秋風を受けた木々がざあっとひと揺れふた揺れする。
ゆっくりと揺れる木の葉の間を日差しがチラチラと突抜けて姿を現した小波に降り掛かっていった。
「小波、か?」
「おう。久しぶりだな、三鷹」
僕は向かい合う相手、というよりは自分自身に問いかけるように名前を口にする。
「ああ……久しぶり、だな。いつこっちに戻ってきたんだい?」
「ん、最近だな。二週間くらい前だよ」
「そうか」
突然の出来事に置いて行かれていた頭が、徐々にその距離を縮め、最初ぎこちない流れだった会話が段々とその流れをスムーズにしていく。
目の前にいる男ーー小波ーーとはいわゆる幼なじみという関係だった。
とはいっても小さい時から今までというような長い関係では無く、小波が小学生の時に親の仕事の関係で引っ越してしまったので空白のある幼なじみという方がしっくりくるのかもしれないが。
「それで今日はどうしたんだ? 戻って来た事を伝えに来ただけかい?」
「いや、それだけじゃねえよ。もちろんな」
何年かぶりの幼なじみとの出会いという緩やかな雰囲気を滲ませながらも小波は真剣な目つきを僕に向けて口を開いた。
「俺は野球部を再建する……そして甲子園を目指す!!」
「野球部……そういえば秋先に潰れたとか言っていたな」
変わらない。記憶の中から掬いだした幼い頃の彼の姿は今目の前にいる彼とは違うけれど、彼の特徴的な挑戦的な目と声色は未だ変わる事なく、その瞳に熱を込め僕を見てくる。
だが肝心の野球部は夏休みも終わり新しい学期の始まりのさなか、急遽廃部になってしまった。その時には、先輩たちが廃ビルを倒壊させたせいだという噂が真しやかに広まったのだが人の噂も何とやら、いまでは誰も理由など気にせずただ野球部が潰れたという事実のみが受けられているだけとなっている。
「そう。それでいまは野球部に入ってくれそうな奴を探してるって訳さ」
野球か、と心の中で呟く。文字ではたった二文字で表すことのできるこのスポーツは、僕にとって大きな意味を持っていた。
心の中から湧き出てくる思いを飲み込みながらゆっくりと僕が目をつぶると、真っ暗になった僕のキャンパスに映し出されたのはセピア色のグラウンド、頬を流れ落ちる汗をそのままにただただ白球に向かい合ったあの頃の自分。そしてーー
「ふん、ごくろうな事だね。その為に汗水流してるって訳か」
「まあな、ただこの時期だからなぁ」
へへっと力なく後頭部を掻いている小波だが、彼の言葉にはどこか弱々しさが見え隠れしていて、彼の部員集めの実情を僕に教えてくれる。
「そうか。でもあいにくだけどテニス部にも野球部に入りたいって奴はいないよ」
「は? いや、そうじゃなくて」
「それに僕らは秋の大会がもうすぐ控えているんだ」
「ち、ちがーー」
「だから引き抜きは残念だけーー」
小波は一瞬顔をポカンとさせたが、あわてて僕の言葉を遮ろうとする、逆に僕はそれを知りながらも畳み掛けるようにあいつの発言を遮った。
「違うっ!!」
そんな僕の思惑に気付いたのか、流れを止めようと小波は声を張り上げた。
「俺が、テニス部に来たのは、テニス部の他でもない、お前を誘いに来たんだ。三鷹、お前をだよ」
とぎれとぎれになる口調はあいつの思いの現れか。それと共に確信を持った目で小波は僕を見てくる。
「前みたいにまた一緒に野球をやろうぜ」
まるで僕の返答がわかってるかのような小波の発言に僕は心の底から沸々とした感情が込み上げてくるのを感じた。ドロドロしたなにかが胸に支えたような、そんなイヤな感じが僕の胸の中でうごめく。
小波、君に……君に何がわかるって言うんだ?
「すまないが、もう野球なんて泥臭いスポーツはごめんだね。それにテニスの方が女の子にモテるしね」
僕は半ば睨みつけるような目線を小波に送り、彼の申し出をきっぱりと拒絶した。
まさか断ってくるとは考えていなかったのだろう、あいつの目線が忙しく動き出す。
「お、おい」
「悪いけど、」
だが尚も諦めきれないのか、話しを続けようと近づいてこようとした小波を手を挙げて制止する。
「もう午後の練習を始めるから話しはもうここまでだ。わざわざ来てもらって悪いけど、僕に野球部に入る意志はないからあきらめてくれ」
そう吐き捨て、僕はコートに向かう。後ろからの小波の声を無視して。
◆
「な、なあ。ほんとにあんな終わらせ方で本当に良かったのか? なんか知り合いだった見たいだし。それに午後の練習を始める時間、予定と違うぞ!」
「良太、僕に意見するなんていい度胸だね。大丈夫さ、もう付き合う事は無いと思うからさ。」
いつもの調子で言おうとしたセリフが段々と弱々しい声音になってしまう。だめだな、こんな素人役者みたいな言い方じゃ。
案の定良太は不安そうな目で僕を伺うように見てくる。数ヶ月とはいえ、曲がりなりとも部活で日々を過ごしている友人だ、やはり分かってしまうのだろう。
だか良太は結局ふうとため息をつくだけで何も言わないでコートに入っていった。僕を追い越してコートに入った彼の背中は自分の問題は自分で解決しろよとでも言っているようで、深く突っ込んで来ないでいてくれる彼に僕は心の中でありがとう、と感謝の言葉を送る。
僕はこれで終わると思っていたのだけれど、僕は良くも悪くもぶっ飛んだ小波のしつこさを見くびっていた。
あれだけ突き放したのに、あいつの辞書の中には諦めるという項目が無かったらしい。
朝から偶然を装いボールを飛ばしてくる
机に野球部のビラを入れてくる。
休み時間には教室に来て誘ってくる。
下駄箱に果たし状。
校門で待ち構えている。
一日ならともかく、あの手この手でなされる勧誘活動を何日もずっとされ続けるとさすがに捌くのにも限界がくる。
「いい加減にしてくれっ!!」
放課後のクラス、太陽に照らされた教室の中には僕ら以外の人影はなく僕と小波だけがいた。
クラスメイトは自分たちの時間を謳歌する為に早々と教室を離れてしまい、良太も先程部活に先に行くと言って教室を出ていってしまった。
僕はダンッと手を机に叩き付けて、小波を睨みつける。
「毎日毎日いい加減我慢ができない! 前にも言った通り僕はもう野球には興味はない。だからこれ以上僕につきまとうのはやめてくれ」
「悪いがそれはできないな」
「なんだと?」
「俺はお前が野球部に入ってくれるまでやめないぜ」
僕の怒りはつゆ知らずと言った様子のしれっとした顔で小波は言う。
その顔からすると、これからもやめる気はないんだろうね。でも、そっちがその気ならこっちにも考えがあるんだよ。
「……そうか。ならどうだい小波、僕と一つ勝負をしないかい?」
「勝負?」
「ああ、簡単な勝負さ。すぐに終わるし、もしもこの勝負に君が勝ったら喜んで野球部に入ってあげよう」
「ほんとだな!?」
小波、ずずいっと近づいてくる。それを片手で制止し僕は続ける。
「ただし! もしもぼくがこの勝負に勝ったら、金輪際野球部への勧誘をしてくるのはやめてもらおう。そして僕は君の事を『負け犬』と呼ぶ事にする」
「はぁ!? ふ、ふざけんな! それに最後のはなんだよ」
「ふっ。べつに良いんだよ、もしイヤなら『受けなければ』良いんだから」
「グググ……」
ふふふ、小波のやつ予想以上に悩んでるな。最後の条件はとっさに今までの嫌がらせに対する仕返しとして思いついたんだけれど、僕が想像していた以上に効果があったみたいで、頭から煙りをだして悩む小波を見て僕は胸がスカッとする思いだった。
もしも今回あいつが引き下がるなら今後も野球部の話しをしてくるには時はこの条件を出せば良いストッパーになってくれるだろう。
「……いいだろう」
絞り出す様な小さな声だったが、悩んだ末に小波はゆっくりと承諾の声を上げた。
「ほんとうかい? もう後には引けないよ」
「ああ、こうなりゃ何でもどんとこいだ!」
「そうかい。じゃあ始める事にしよう」
熱くなるあいつを尻目に僕はほくそ笑む。
僕はこの勝負に絶対に負けない、悪いな小波。
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