デート・ア・ライブ 士道ハッピーデイズ   作:サイエンティスト

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 「スピリット」=「真意、趣旨、霊、霊魂」
 今回タグが色々増えていて文字数が猛烈に多いのは、このお話の終盤に理由があります。 
 でもこの「ハッピーデイズ」を続ける上でどうしても外せない展開でした。どのような展開なのかは、ぜひご自分の目でお確かめ下さい。たぶん「はあっ?」って呆れると思います。



鞠奈スピリット

「園神凜祢、何故士道がきていないのか説明して欲しい」

 

 教室に入った凜祢たちを最初に迎えたのは、折紙のこの上なく真剣な眼差しだった。

 ここで下手なことを言ってしまうと、士道の元へ看病に向かってしまう可能性がある。看病という名の襲撃をかけさせないためにも、上手く言いくるめる必要があった。凜祢は学校への道すがら、考えていた説明の手順を思い浮かべ、口を開く。

 

「えっとね、実は――」

 

「ふん! 士道はお腹が痛いから遅れてくるなど、誰が教えてやるものか!」

 

 しかし反射的に答えた十香に遮られ、説明を始めることすらできなかった。手順の一つ目すら消化できず、凜祢は自分の情けなさに苦笑いを浮かべる。

 

「まあ……士道さん、お腹の具合がよろしくないんですのね。心配で私の胸は張り裂けてしまいそうですわ」

 

 眉を曇らせ、多少大げさなことを口にするのはクラスメートの時崎狂三。もとい、最悪の精霊<ナイトメア>。

 狂三もまた<凶禍楽園(エデン)>の影響下にあり、何の疑問も持たずにこの日常に溶け込んでいる存在だ。凜祢が<ルーラー>だった頃の<凶禍楽園>では、誰よりも早く異常に気が付いていた危険な人物でもある。当初は警戒すべきかとも思っていたが、結果的にその心配はなくなった。この時が巻き戻らない<凶禍楽園>の中では、そもそも違和感を覚えることがないのだ。それにこの<凶禍楽園>は、凜緒が自分の存在と引き換えに完成させたもの。そう易々と見破られるわけがない。

 凜緒。<ルーラー>の力の欠片から生まれた、凜祢の幼い娘。今はもういなくなってしまったが、代わりに多くのものを残してくれた。皆と過ごす楽しい時間を、士道と過ごす幸せな時間を、そして――あの不思議な夢を。

最近はいつもあの夢を見る。一体何故なのか、凜祢はよくそのことを考えていた。そして、今この時も。

 

「心配はいりませんよ、狂三。具合は良さそうでしたので、士道はきっとすぐにきてくれると思います。ですから折紙も、看病に向かう必要はありませんよ」

 

 鞠亜の流れるようなフォローを耳にして、凜祢は注意散漫になっていた自分に気が付いた。見れば折紙は何食わぬ顔で帰り支度を始めている。まだ一時間目の授業どころか、朝のホームルームすら始まっていないというのに。

 

「何故。具合が良くても腹部が痛むのなら、優しく撫でさすって介抱してあげるべき。そしてそれは恋人である私の役目」

 

 反論しようとしていた鞠亜が、一瞬むっとした表情を浮かべる。確かに今のは鞠亜だけでなく凜祢にも聞捨てならない言葉だった。

 

「あら、あら、私の聞き間違いでしょうか? 士道さんが恋人という冗談は抜きにしても、まるで疚しい気持ちは微塵もないと仰っているように聞こえましたわ」

 

「冗談ではない、本当のこと。それに下心がないのは事実。腹部をさすっている時に士道のズボンの中に手が入ってしまっても、それは偶然。疚しい気持ちは一切ない」

 

「よくもまあ、いけしゃあしゃあと仰いますわね……」

 

 自身の言葉に悪びれた様子もない折紙に、流石の狂三も呆れ顔だ。

 凜祢も同じ気持ちだったが、ここで黙ってしまう訳にはいかない。士道との約束を果たすためにも、何とか思いとどまらせなければ。

 

「だ、大丈夫だよ、鳶一さん! 士道は胃腸薬を飲んで安静にしてるから、きっとすぐに良くなるよ!」

 

「そう。では一刻も早く看病に向かわなければ」

 

「絶対に看病する気はありませんわね……」

 

 ますます帰る気を強くする折紙。どうやって止めるべきか凜祢は内心慌てたが、鞠亜が何か思いついたらしい。任せて下さいとでも言うような笑みを浮かべ、席についている十香の元へ歩いていく。

 

「……仕方ありませんね。折紙が看病に向かうと言うのなら、代わりに十香に頼みましょうか。十香、士道からの頼み事があるのですが、聞いてくれますか?」

 

 聞こえよがしに言う鞠亜の言葉に、帰り支度をする折紙の目がちらりと向けられる。

 

「む、シドーからだと? 何をすれば良いのだ?」

 

「授業中に取ったノートを後で見せて欲しいそうです。本当は字が綺麗で読みやすい折紙に頼んで欲しいと言っていましたが、折紙は帰るようですし。お願いできますか、十香?」

 

「よし、任せろ! シドーのためだからな、頑張るぞ!」

 

 胸の前で両拳をぐっと握り、力いっぱい答える十香。そのいじらしい様子に、鞠亜はにっこりと微笑んで続ける。

 

「その意気です、十香。頑張ればきっと、士道はたくさん褒めてくれますよ」

 

「そ、そうか……よし、頑張るぞ!」

 

  真剣そのものといった表情を浮かべ、早くもノートや筆記用具を取り出す十香。だがその直前に頬が緩んだのは、誰の目にも明らかだった。特に話の行方を見守っていた凜祢と鞠亜、手を止めて盗み見ていた折紙には。

 折紙は何度か手元と十香を交互に見て逡巡していたが、やがて帰り支度を止めて席についた。どうやら頼み事を聞いて士道に褒めてもらうか、短時間の看病に向かうかを天秤にかけ、前者を選んだらしい。

 

「むっ、帰るのではなかったのか?」

 

「気が変わった。士道の頼みを無下にすることはできない。それにこれは私への頼み事。あなたがする必要はない。あなたが褒めてもらう必要もない」

 

 どうも士道に十香を褒めさせたくないようだ。残ることにしたのはそのせいもあるのだろう。

 何にせよ折紙を止めることができたので一安心だ。凜祢はほっと一息つき、鞠亜の元へ歩み寄った。

 

「……ごめんね、鞠亜ちゃん。さっきは何もできなくて……」

 

「気にしないで下さい、凜祢。それより、先ほどは何を考えていたのですか? 何か悩んでいるようにも見えましたが……」

 

 責めているわけではなく、気遣うような優しい口調。

 無駄に心配をかけさせたくないので、凜祢は正直に話した。

 

「悩みっていうほどじゃないんだけど……最近ね、凜緒ちゃんの夢を見るの」

 

「凜緒の夢、ですか?」

 

「うん。ちょっと変な夢でね……私は一人で眠ってるんだけど、すぐそばに凜緒ちゃんがいるように感じられるの。まるで見守ってくれてるみたいに……」

 

「そう、ですか……」

 

 鞠亜は悲し気に目を伏せる。

 凜祢と同じく、鞠亜もこの世界の秘密を知る数少ない人物の一人だ。当然、凜緒のことも知っている。その存在理由と、迎えた結末も。だからこそ鞠亜も悲しんでいるのだ。

 

「……もしかすると、本当に見守ってくれているのかもしれませんね。凜緒は、とても優しい子ですから」

 

「うん、そうなのかもしれないね……」

 

 きっと凜緒は、鞠亜の言う通り見守ってくれているのだろう。自身の存在と引き換えに安定させた<凶禍楽園>の中の、皆の幸せを。

 そう考えると、凜祢は凜緒を心配させないよう、精一杯幸せに生きていこうと思うのだった。できることなら、大好きな士道と一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねえ」

 

「ん、何だ?」

 

 凜祢が大好きな士道と共に、幸せに生きていきたいと改めて思っていたちょうどその頃。当の士道は凜祢たちに大嘘をつき、学校をサボって鞠奈と楽しくデート中だった。これは刺されても文句を言えない状況なのは間違いない。士道本人に自覚はないが。

 

「キミは一体、何を思ってこんなところへつれてきたのかな?」

 

 とりあえず最初に士道が向かったのは、天宮大通りの裏手に建つとある店。

 道中はどこにつれていってくれるのか期待しているように見えた鞠奈も、店に入った途端その様子は綺麗さっぱり消え失せた。かわりに軽蔑にも近い表情を露わにして立ち尽くしている。

 まあ気持ちは分からないでもない。初デートでこんな場所へつれてくるなど、普通なら正気を疑うレベルだ。もちろん自分から士道をここへつれてきた、折紙のような特殊な例は除く。

 

「何を、って……デートで洋服屋に行くのは基本だろ? 琴里の受け売りだけど」

 

 他にも目的はあるが、本人を前に恥ずかしがらせるためにきたとは言えない。本当の目的は心の中に閉まっておいた。

 

「うん、あたしもその意見には賛成だよ。でもここは洋服屋じゃないと思うんだ」

 

 妙に感情のこもっていない口調の鞠奈は、冷めた瞳で店内を見回している。

 とはいえ店内自体は割と普通だ。ちょっと床や壁がピンク色だったりしてやたらファンシーだが、それだけだ。

 問題は服のラインナップ。壁やラックの隣に飾られている衣服は、セーラー服やスクール水着、体操服などのソレ系のものから、チャイナドレスやメイド服、巫女服といったアレ系のものまで。確かにこれは洋服屋ではない。コスプレショップだ。

 士道には元ネタは分からないが、木曜日の天使がどうという説明書きがあるトレンチコートや、ボックスの中に住む変人がどうという酷い説明書きがついた蝶ネクタイとサスペンダー、ジャケットのセットなど、純粋なコスプレ衣装も置いてある。

 

「細かいこと気にするなよ、鞠奈。ここだって洋服は置いてあるんだし、別に良いだろ?」

 

「どうしてもって言うなら構わないけど……キミってやっぱりそういう趣味があったんだね。ちょっとキミへの気持ちを考え直そうかな……」

 

 肌を隠すように胸の辺りを両腕で覆い、数歩後退る鞠奈。

 心の底から引かれた気がしてわりと傷ついたが、いつもの小悪魔的な笑みから冗談だということが分かり、少しほっとした。

 

「いや、ないからなそんな趣味。ていうかやっぱりって、思い当たる節でもあるのかよ?」

 

「女装したり、時崎狂三にあり得ない格好をさせたり、鳶一折紙におかしな格好をさせた前科があるでしょ。どう考えても有罪だよ」

 

「それは全部俺の意思じゃないからな!? 指示されて仕方なくやったことで、俺にコスプレ趣味はない! 冤罪だ!」

 

 ただし今回は自らの意思でコスプレさせるつもりなのだが、それを口にすると鞠奈裁判官の心証が悪くなるので黙っておいた。

 

「まあどっちでもいいけど。それで一体どうするわけ? あたしに似合う服をキミが見繕ってくれるの? それともあたしに着せたい怪しげな服でもあるの?」

 

 士道の必死の弁明をどうでもいいけどの一言で流し、尋ねてくる。

 

「あるにはあるけど……頼んだら着てくれるのか?」

 

「よほど変なものじゃなければね。デートに誘ったのはあたしの方だし、平日に無理言って呼び出したんだから、それくらいはしてあげるわよ」

 

「そうか、じゃあ何を着てもらうかな……」

 

 反射的に右耳へ伸ばしかけた手を顎に当て、士道は考えた。

 普段ならこういう場合は<フラクシナス>のメインモニターに選択肢が表示され、そこで琴里たち<ラタトスク>のメンバーによる選択が行われる。士道はインカムを通じて伝えられる選択肢の通りに行動すれば良いのだが、今回はそもそもサポートがないので自分で考える必要があった。

 鞠奈を恥ずかしがらせるのが目的なので、普通なら露出度の高い水着などを選ぶべきだろう。しかし以前鞠奈が電脳世界で作り出した擬似霊装を見るに、それは効果が薄そうだ。あれは胸元が開いている上にそこから下は前開きになっているという、目のやり場に困る霊装だった。あれに比べれば水着など可愛いものに違いない。

 となると別の方面から責める――もとい攻めるしかない。思い浮かぶのは以前折紙が着たスクール水着と犬耳、犬尻尾くらいだが、間違っても鞠奈は着ないだろう。ならばどんなコスチュームなら良いか。士道は頭を悩ませた。

 

「ちょっと……何でそんな真剣に考え込んでるわけ? 言っておくけど、鳶一折紙が着たようなものは絶対に着ないよ」

 

「そ、そんなこと分かってるって……じゃあ、あのセーラー服とかどうだ?」

 

 完璧に考えを読まれて焦った士道は、とりあえず目に付いたものを答えた。これ以上悩んでいたら色々な意味で疑われてしまう。具体的にはコスプレ趣味とか、今日の目的とか。

 

「セーラー服? せっかくあたしが何でも着てあげるって言ってるのにそれなの?」

 

「何でもならあれも入ると思うんだが……とにかくセーラー服くらいなら文句はないだろ?」

 

「まあ別に良いけど、案外つまらないものを選ぶんだね。もっと変なものを選ばれると思ってたから、少し意外かな」

 

「お前は俺を何だと思ってるんだよ……というかそんなにつまらないものじゃないと思うけどな。鞠奈の制服姿とか一度くらいは見てみたいし」

 

 制服を選んだのは偶然であるものの、これは紛れもなく本心だった。共に学校に通うようになって制服姿を見慣れた鞠亜はともかく、通っていない鞠奈の方は一度も見たことがない。欲を言えば同じ来禅の制服を着たところが見たいのだが、流石にそんなものは置いていないだろう。

 

「ふーん……キミが見てみたいなら仕方ないか。じゃあちょっと待ってなさい」

 

 そっけない口調で言うと、鞠奈は自分に合うサイズのセーラー服を手に取り、近くの試着室へと入っていった。向かう足取りがどことなく軽く見えたのは、士道の気のせいかもしれない。

 鞠奈が着替えている間に、士道は店内を物色することにした。流石にセーラー服程度で鞠奈が恥ずかしがるとは思えないし、何より実物を見ながらの方が選ぶのも捗る。

 一番近くにあった水着専用と思しきラックを見てみると、スクール水着だけでも何種類もあった。旧々スク、旧スク、新スク、スパッツ、スカートと幾つも区分されているものの、正直色の違いくらいしか分からなかたった。たぶん折紙なら分かるかもしれない。

 他にも近くのラックを調べてみると、一つのコスチュームでも何種類も取り扱っていることが分かった。メイド服なら基本的なものから露出過剰なものまで。制服ならセーラー服から軍服のようなものまで。コスプレショップなので当然かと納得する士道だが、ないと思っていた来禅の制服まで置いてあるのには目を疑った。これはコスプレ衣装と言えるのだろうか。

 

「どこ行ったのよ、士道。着替え終わったよ」

 

「おっと悪い、今行く」

 

 振り向いてみれば、鞠奈が試着室から顔を覗かせている。士道は試着室前に戻り、正面から鞠奈の姿を見た。

 

「で、どう?」

 

 何気ない顔を装いつつも、どこか期待するような目で見つめ返してくる鞠奈。似合っていると誉めて貰いたいのだろう。

 確かに良く似合っていた。赤いスカーフと鞠奈の黒髪が、清潔感のある白いブラウスに良く映ている。紺色のスカートの裾から覗く、膝上までソックスに包まれた太股にも、つい視線を誘われてしまう。

 だが何故だろうか。確かに似合ってはいるのだが―― 

 

「何か、スケバンみたいだな」

 

「スケ……キミ、一体幾つなのよ?」

 

 思わずこぼれた本音に、流石の鞠奈も眉を顰めた。

 要するに不良少女っぽく見えるということだ。全体的には何故かそんな風に見える。ひょっとすると鞠奈の生意気そうな表情が原因なのかもしれない。

 

「確かにあたしは鞠亜みたいな優等生タイプには見えないだろうけど、幾ら何でもそれは失礼じゃない?」

 

「わ、悪い。でもお前が真面目に授業を受けるようには見えなくてな……」

 

「全然謝ってないよね、それ」

 

 瞳から不機嫌さを滲ませながら睨みつけてくる鞠奈。これが<ラタトスク>によるサポートのあるデートなら、士道はまず間違いなく琴里から罵声を浴びせられることだろう。

 

「そ、そういえば、鞠奈は皆みたいに学校に通わないのか? そうすれば毎日俺や鞠亜に合えるぞ?」

 

 経験上、フォローするか話題をそらすのが一番なので、できる限り自然に話題を逸らした。その甲斐あってか、鞠奈の顔には不機嫌さの代わりに多少の驚きが浮かぶ。

 

「何? もしかしてあたしと学校生活を送りたいの?」

 

「そりゃあ送りたいに決まってるだろ。皆でいた方が楽しいし、それに……幸せに過ごさないと、凜緒が悲しむぞ?」

 

 凜緒をだしにしたようで気分が悪いが、一緒に学校生活を送りたいのは本当だった。せっかく鞠奈は消えずに済んだのだから、もっと人生を楽しんで欲しい。そのためには、皆と過ごすのが一番良いはずだ。

 

「……そうだね。あの子はあたしの幸せも望んでいたし。それにキミの近くにいることが、あたしの幸せに繋がるのは確かだしね」

 

「それじゃあ、お前も通うのか?」

 

「まあ前向きに考えてみるよ。毎日キミを弄り倒すことができるっていうのは、すごく魅力的だからね」

 

「一番の理由がそれなのかよ。やっぱり不良じゃねえか……」

 

 少し素直なことを言ったと思ったらすぐこれだ。やはりもっと素直になれるよう協力する必要がある。

 士道が再び決意を固めると、鞠奈は妙に機嫌の悪そうな顔をして試着室のカーテンを閉めた。何か気に障ることを言ってしまっただろうか。

 

「おい、どうしたんだ鞠奈?」

 

「……別にどうもしてないよ」

 

 返ってきたのは明らかに棘のある声。どうもしていないはずがない。

 

「そんなわけないだろ。何怒ってるんだよ?」

 

「だからどうもしてないよ。もしも怒ってるように見えるなら、きっと誰かさんが誉めもせずに不良呼ばわりしたせいじゃないかな」

 

「あ……」

 

 言われてみればその通りだ。似合っているとは思ったが、それを口に出していない。誉められることを期待していたにも関わらず、二度も不良呼ばわりされれば怒って当然だ。

 

「あー……良く似合ってたぞ、鞠奈?」

 

「今更遅いよ、士道」

 

「……すまん」

 

 どうも上手くいかない。<ラタトスク>のサポートがなければ満足にデートもできないのだろうか。ちょっと男としての自信がなくなってきた。

 しばらくがっくりうな垂れていると、試着室から元の服装に着替えた鞠奈が出てきた。一瞬士道を睨みつけると、手に持ったセーラー服を戻しに行く。機嫌はかなり悪そうだ。

 

「さて、次は何を着ようかな。誰かさんは誉めてくれるのかしらね?」

 

「うぅ……」

 

 セーラー服をラックに戻し、自分で服を選び始める。どうやら鞠奈は根に持つタイプのようだ。もう士道の選んだ服を着てくれないのだとしたら、ここにきた目的がなくなってしまう。次こそ褒めちぎらなければ。

 何らかの服を手に取った鞠奈が、再び試着室へと戻る。その頬が若干赤く染まっているのは、きっと怒っているからに違いない。

 暗い気持ちで着替え終わるのを待つ士道だが、何故か鞠奈はなかなか出てこない。先ほどのセーラー服の時と比べても、二倍は時間がかかっていた。

 

「なあ、そんなに着にくい服なのか?」

 

「う、うるさいわね! 静かに待ってなさいよ!」

 

 カーテンの向こうから焦ったような声が聞こえてくる。どうも急かされていると思ったらしい。

 何にせよまだ時間がかかりそうなので、士道は今の内に凜祢たちへメールを送ることにした。たぶん学校へは行けない、という内容のメールだ。それに適当な理由をつけて送信したちょうどその時、試着室のカーテンが開かれた。

 

「これならいくらキミでも――って、な、何写真撮ろうとしてるのよ!?」

 

「へ? いやこれはメールを打って――って、お前こそ何なんだよその格好!?」

 

 携帯から顔を上げた士道は、思わずそう口走った。それほどに鞠奈の格好は衝撃的だった。

 白いエプロンとフリルつきのカチューシャから、メイドの格好なのは分かる。だがメイド服本体とエプロンのデザインがちょっと普通じゃない。セパレート型の水着のように上下に分かれており、スカート部分は僅かに動くだけで下着が見えそうなほど短く、胸元にはハート型の穴が開けられている。そのくせ袖は手首まであり、何故か脇の部分だけ布地がない。しかも試着室の姿見を見る限り、上の部分は大胆に背中が露出している。

 これはどう考えても仕事用のメイド服ではないだろう。仮に仕事でこれを着せる奴がいるとすれば、そいつは相当いやらしい奴に違いない。あるいはその方面の天才か。

 

「な、何ってただのメイド服じゃない。それくらい見れば分かるでしょ」

 

「そんなメイド服があってたまるか! 大体変な服は着ないって言ってたくせに、何でそんなもの着てるんだよ! 折紙でももっとまともなもの着てたぞ!」

 

「仕方ないでしょ! キミが全然誉めてくれないから、こんなもの着るしかなかったんだから!」

 

 そこまで言い放った途端、目を吊り上げていた鞠奈の表情が凍った。どうやら思わず本音を口走ってしまったらしい。元々赤くしていた顔を一段と赤くして、決まり悪そうに顔を伏せている。

 たぶん士道が誉め言葉を口にしなかったのが、よほど頭にきたのだろう。この格好なら鈍感な士道でも望み通りの言葉を言うはずだと、恥を忍んで着たに違いない。見返してやろうと思ったのか、あるいは単なる負けず嫌いなのか。どちらにせよ士道は望み通り誉めることにした。

 

「えーと、何ていうか……良く似合ってるぞ、鞠奈。かなり、その……綺麗だ」

 

「ふ、ふん! やっと誉めてくれたね。何だか無性に言葉を選ばれてる気がするけど嬉しいよ。ありがとう」

 

「これは選ぶだろ普通……」

 

 ただでさえ目のやり場に困るほど白い肌が露出しているのだ。しかも先ほど問題になった生意気そうな表情のせいか、普通のメイド姿には見えなかった。何というか反抗心のある少女に無理やりメイドをやらせているような、得も言われぬ背徳感がある。それが妙に扇情的で大いに興奮させられる(分かりやすく言うとエロい)とは口が裂けても言えない。

 

「お、そうだ。せっかくメイド服着てるんだし、何かそれっぽいこと言ってみてくれよ」

 

 だが軽い頼みくらいなら口にしても良いだろう。気付かれないようにこっそり携帯を操作しつつ頼んでみた。

 誉めて貰って機嫌を良くしたのか、鞠奈はしばらく台詞を考える素振りを見せる。

 

「それっぽいこと、ねえ……くるりんぱ、とか?」

 

「それ凜緒に教えたのやっぱりお前か……もっとこう笑顔で、お帰りなさいませご主人様、とかさ」

 

「注文多いわね、キミ……特別にやってあげるけど、一回だけだよ」

 

 恥ずかしさを誤魔化すような咳払いをする鞠奈。そして両手を下腹部の辺りにきっちり揃え、にっこりと微笑んで言った。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様!」

 

 そして士道は、それをパシャリと撮影した。

 

「な、何撮ってんのよ!? メール打ってたんじゃなかったの!?」

 

 極めて珍しい鞠奈の煌く笑顔は、当然ながら一瞬で崩れた。

 

「すまん、つい。でもほら、良い写真撮れたぞ?」

 

「ほら、じゃないでしょ! さっさと消去しなさいよ、それ!」

 

 試着室から飛び出し、携帯を奪おうと飛びかかってくる。

 もちろんこれも作戦の一つだ。鞠奈を怒らせたことで多少予定は狂ったが、作戦自体は大成功と言える。まあ今の鞠奈の姿を記録しておきたいという下心も、なくはない。

 

「けどせっかく可愛い姿が撮れたんだし、消すのはもったいないだろ。鞠亜にも見せてやりたいしな」

 

「ちょっ、よりによってあの子に見せる気!?」

 

 鞠亜に見られるのがよほど嫌なのか、鞠奈はしばらく苦しげに呻く。やがて観念したような重いため息を吐くと、鋭い目付きで睨みつけてきた。

 

「……仕方ないわね。消去しなくて良いから、誰にも見せないって約束しなさいよ。破ったらあたしが消すよ、キミの記憶を」

 

「そ、そっちを消すのか……分かった、約束する」

 

 <ルーラー>である鞠奈がその気になれば、記憶は本当に消せてしまう。少なくともこの脅しは冗談と笑い飛ばせるものではなかった。

 

「さてと、じゃあ次はどんな服を着てもらうかな……」

 

 気を取り直して次に移ろうとするが、鞠奈は試着室に戻らない。代わりにメイド服のまま離れたラックや壁まで向かい、色々な何かを持って戻ってきた。

 

「それよりこういうのはどうかな? 今度はあたしじゃなくて、キミが着てみるっていうのは」

 

 手にしているのは長い黒髪のウィッグにスクール水着、そして犬耳と犬尻尾に見える。でもきっと見間違いだろう。たぶん目の錯覚でそう見えたに違いない。

 

「……あの綺麗なドレスとかどうだ。きっと鞠奈に似合うと思うぞ」

 

「そうだね、あれは次の機会に着てみるよ。それでキミにはこれなんか良いんじゃないかな?」

 

「ほら、あそこにある可愛いワンピースとかも……」

 

「キミにはこれなんか良いんじゃないかな?」

 

 先ほどと同じような眩しい笑顔。しかしその目には明らかに静かな怒りが浮かんでいた。

 どうやら少しやり過ぎてしまったようだ。

 

「……はい」

 

 折紙風の有無を言わさぬ責めに屈し、士道は大人しくコスチュームを受け取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行くぞ夕弦よ! 魔性の輝きに魅入られし咎人共の魔の手から、至高の逸品(フェイバリット・ワン)を守り抜くのだ!」

 

「奪取。カツサンドは渡しません」

 

 昼休みの鐘が鳴り響く中、廊下を風のような速さで耶倶矢と夕弦が駆けていく。目指しているのは間違いなく購買だ。

 

「えー、だーりんまだきてないんですかぁ? もうお昼なんですよー?」

 

 八舞姉妹が去った後に凜祢の教室へ入ってきた美九は、士道の姿が見当たらないことに不満そうな声を上げる。

 ちなみに休み時間にも度々教室を訪れ、がっかりしては女の子に絡んでいた。何度かその対象にされた凜祢としては、できれば士道に早くきて貰いたい。とはいえ、どうやらそれは難しいようだった。

 

「うん、思ったより長引いてるみたいなの。たぶん今日はこられないかもしれないって」

 

 何故なら士道からそんな内容のメールが届いていたからだ。

 

「そうなんですかー、心配ですねぇ。だーりん、大丈夫なんでしょうか……」

 

 表情を曇らせ、美九は十香や折紙の方へ歩いていく。今回の対象は凜祢ではないようだ。

 そのことに多少の安堵を覚えつつ、凜祢も向かった。十香たちの方へではなく、鞠亜の所へ。

 

「ねえ、鞠亜ちゃん。士道はこられると思う?」

 

「どうでしょうか。メールにはたぶんと書いてありましたから、可能性はあると思うのですが……」

 

「……士道の本当の用事が、どんなものかによるんだよね?」

 

 言いよどんだ鞠亜の台詞を引き継ぐ。返ってきたのは驚きではなく、微笑み。

 

「やはり凜祢も気付いていましたか。流石は士道の幼馴染ですね」

 

「ふふっ。そう言う鞠亜ちゃんこそ気付いてたんだね」

 

「当然です。私は士道の鞠亜ですから」

 

 自慢するように言う鞠亜に、思わず苦笑してしまう凜祢。

 鞠亜と同じく、凜祢も気が付いていた。士道が本当の用事を隠していることに。

 考えてみれば最初からおかしな話だった。そもそも士道が休む理由を、凜祢たちを通して精霊たちに伝える意味がない。単純に<フラクシナス>へ行くと精霊たちに直接伝えれば、何の面倒もなかったはずだ。

 にも関わらずわざわざ嘘の理由を考え、凜祢たちを挟んだ。それは恐らく、<フラクシナス>に用事があるということこそが嘘だから。

 精霊たちにこれを直接伝えてしまうと、<ラタトスク>の司令官である琴里に伝わり、嘘がバレてしまう可能性がある。そのため一般的な理由を考えたのだろう。

 同時にそれは、凜祢たちにも嘘をついているということになる。

 

「鞠亜ちゃんは……怒ってるの? 士道が本当のことを話してくれなかったこと」

 

「そうですね……怒りを覚えていないと言えば、嘘になります。ですがこれは、本当のことを話してくれなかったことに対する怒りではありません」

 

 どうやら鞠亜も凜祢と同じらしい。多少は士道に対して怒りを抱いてるようだ。

 ただしこれは鞠亜の言う通り、違う理由に対する怒りだ。

 

「士道に嘘をつかれたから、だよね?」

 

「ええ、その通りです。何も話さないならまだしも、私たちに嘘をつくなど許せません。士道には後でお説教が必要ですね」

 

 頬を膨らませて言う鞠亜。

 本当のことを話さないだけなら構わない。きっとそれは凜祢たちを思って、何も言おうとしないだけだから。少なくとも凜祢はそう信じている。

 だが嘘をつかれたなら話は別だ。何か後ろ暗いところがあると、自分で白状しているようなものなのだから。

 

「……そうだね。だけどその前に、士道との約束を果たさないと」

 

 凜祢はちらりと十香たちの方を見た。

 

「どうだ鳶一折紙! 私はこんなにたくさん書いたのだぞ!」

 

「字が下手過ぎて話にならない。見られる字なだけ漢文の方がまだ読みやすい」

 

「な、何だと!? 狂三、私の字は漢文とやらより酷いのか?」

 

「そんなことはありませんわ。十香さんの字は苦痛にのた打ち回る人間のようで、とても個性的で素敵ですもの」

 

「そ、そうか……どうだ鳶一折紙! 狂三もこう言っているぞ!」

 

「そう、確かに一理ある。粗暴さと無学さが滲み出た素敵な字。個性的過ぎて私には到底真似できない。とても美しい字」

 

「ふふん、そうだろう。やっと負けを認めたか」

 

「十香さーん、それ多分皮肉ですよー」

 

 視線の先では美九と美九に抱きつかれた狂三に見守られ、十香と折紙が喧嘩を始めている。

 本来なら仲裁に入るのは士道なのだが、今この場に士道はいない。その役目を凜祢たちに託しているから。

 

「……そうですね。士道の本当の用事が何であれ、安心して済ませられるように私たちで支えてあげなければいけませんね。見えないところで助けになるのも、良妻としては当然の務めですし」

 

「もうっ、鞠亜ちゃんったら……その言い方だと、私たち二人とも士道のお嫁さんってことになっちゃうよ?」

 

 でも選ばれないよりは悪くないと僅かに思いつつ、凜祢は鞠亜と共に喧嘩の仲裁に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わって天宮大通り。

 とある事情によりコスプレショップで多くの時間を費やした士道と鞠奈は、その足で表通りにあるレストランへときていた。ちょうど昼時なのでかなり混んでいたのだが、自然と窓際の良い席に座れた。もしかすると<ルーラー>である鞠奈がいるおかげなのかもしれない。

 

「うーん、どれにしようか迷うね。キミはどれが良いと思う?」

 

 そして当の<ルーラー>は、テーブルの向こう側で肘をついて悩んでいる。今にも鼻歌を歌いそうなほど上機嫌で。

 

「どれも嫌だ。ていうか俺に聞くなよ」

 

「感じ悪いよ、キミ。ま、それも仕方ないか」

 

 対象的に機嫌最悪の士道は、ぶっきらぼうに答えた。

 それでも鞠奈は特に気にした様子はない。

 

「……じゃあ、これにしようかな。やっぱり最初のが一番だよね」

 

 そう言って見せてきたのは、このレストランのメニュー表――ではなく、自分の携帯。

その待ち受け画面に映っているのは、他ならぬ士道の姿だ。特におかしなことはない。長髪のカツラをつけ、スクール水着に犬耳と犬尻尾といういかれた格好をさせられ、半泣きになっていること以外は。

 

「……なら俺ももっと変なのにしてやるぞ。良いのか?」

 

 こちらも負けじと携帯を操作し、一枚の写真を呼び出し突きつける。それはデザインのおかしいメイド服姿の鞠奈――ではなく、どこかの応援団に所属していそうなチアガール姿の鞠奈。耳まで真っ赤に染めながら、ヤケクソ気味の笑顔でポンポンを振り上げている一枚だ。

 しかし鞠奈は多少顔を赤くしたものの、突きつけられた写真を鼻で笑った。

 

「別に構わないよ。あたしの写真はキミほど変じゃないし」

 

「そりゃあ半端に女装した状態でコスプレさせられてる俺よりはマシだろ!」

 

 思わず声を荒げてしまい、周囲から怪しいものを見る視線が向けられる。

 実は士道の携帯に保存されている鞠奈の写真は、メイド姿とチアガール姿の二種類だけではない。他に何枚も様々なコスプレ写真がある。

 その理由はあの後、仕返しの応酬が始まってしまったせいだ。泣きたくなるような姿を撮影された士道が、今度は似たような服を着せて鞠奈を撮影し、そしてまた士道がおかしな服を着せられ、それを鞠奈に撮影されるという終わりなき戦いが。

 おかげで士道の携帯の中は、鞠奈のコスプレ写真集でかなり華やかになっている。変な服はなしという縛りもその内消え失せたため、大いに恥ずかしがらせることもできた。結果的にはこれで良かったのかもしれないが、その分多大な犠牲を払うことになったのは言うまでもない。

 

「ま、あたしの写真を待ち受けにするのは良いけど、誰かに見せたらどうなるか分かってるよね」

 

「わ、分かってるって。記憶ごと消すんだろ?」

 

「違うよ。撮った写真を全部キミの周りの子に送ってあげる。鞠亜とか、園神凜祢とか……ああ、あとキミの大好きな四糸乃にも送ってあげるよ」

 

「や、やめろ! 四糸乃だけはやめろ!」

 

 あんな中途半端に女装した挙句、あられもない服装をした写真など、唯一の心のオアシスに見せることなどできない。元々女装姿は何度か見られているし、ベッドの下のブツも許してくれた四糸乃なら、たぶん軽蔑したりしないことは分かっている。だが多少引かれる可能性はあるので、それだけは嫌だった。そんなことになったら立ち直れない。

 

「全く……キミは一体何がしたかったの?」

 

「俺にもよく分からん……」

 

 最終的に仕返しの応酬は、どちらが先に恥ずかしさで音を上げるかという勝負になった。

 ちなみに勝者は鞠奈であり、決め手は女性用の際どいビキニ。あれは明らかに反則だった。なお、士道がそれを着用したかは尊厳に関わるのでノーコメントだ。

 

「そこそこ楽しかったから良いけど、あれって初めてのデートですることじゃないわよね? 次はもうちょっとデートらしいことをして欲しいかな」

 

「デートらしいことか……」

 

 悩んで見せるが、実は既に二つほど考えがある。どちらも準備は整えてあるので、後は待つだけだった。

 そしてその内の一つは、悩む素振りをする士道の元へと届けられた。

 

「……何これ?」

 

 妙ににやけた店員が置いていったドリンクを見て、鞠奈が疑問を口にする。

 

「デートらしいことして欲しいって言ったろ? だから頼んだんだよ」

 

 そう答えつつ、運ばれてきたグラスをテーブルの中心、士道と鞠奈のちょうど中間に置く。

 手元に置かないのはそういうタイプのドリンクだからだ。刺さったストローは途中から二又に分かれ、ハートを描いて飲み口が別々の方向を向いているタイプ。いわゆるカップル用である。

 

「……確かに言ったけど、これを頼んだのってあたしが言う前だよね。もしかしてキミもあたしと……」

 

「まあ、やりたくないなら無理しなくていいぞ? 流石に俺もこれはどうかと思うしな……」

 

 注文しておいて何だが、ちょっとファンシー過ぎた。

 ジュースは淡いピンク色だし、グラスの縁を彩るレモンもハート型にカットされている。メニュー表では良く見えなかったものの、氷までハート型という徹底ぶり。ここまでファンシーだといっそ清々しい。

 これは鞠奈でなくとも抵抗を示すだろう。周囲には他の客の目もある上、窓際の席なので通行人の目もあるというおまけ付きなのだから。

 

「……まあせっかく頼んだんだし、仕方ないから付き合ってあげるよ」

 

「……え?」

 

 しかし意外にも鞠奈は文句一つ言わず、赤い方のストローに口をつける。顔は火が出そうなほど赤くなっているものの、妙に素直に。コスプレショップでの作戦が功を奏したにしても、ちょっと成果が出すぎではないだろうか。

 

「何してんの。さっさとキミも飲みなさいよ」

 

「お、おう……」

 

 上目遣いに睨まれ、多少困惑しつつ士道も青い方に口をつけた。そうして二人でピンク色の液体を吸い上げていく。

 甘いイチゴ味の炭酸ジュースでとてもうまかったが、正直ゆっくり味を楽しむことはできなかった。

 何せ鞠奈の顔(恥ずかしさを誤魔化すように睨んでくる)が近いし、周囲からは好意的なものから敵意(嫉妬が大多数)剥き出しのものまで、あらゆる視線が注がれている。流石にこれを気にせずいられるほど士道も鈍感ではない。

 とはいえ何かできることがあるわけでもないので、鞠奈と共に黙々とジュースを飲み続けるしかなかった。会話がないせいか余計に恥ずかしい。何か話題を提供するべきかもしれない。

 

「……ねえ士道、キミは魂の存在を信じる?」

 

「た、魂? 何だよいきなり?」

 

 頭を悩ませていると、鞠奈の方から唐突に話題を提供してきた。いたたまれなくなったのは分かるが、もう少し内容を考えるべきではないだろうか。

 

「いいから答えなさいよ。キミの考えでいいから」

 

「……信じるかどうかはともかく、存在すると思うな。精霊だって存在する世の中だ。別に魂が存在したって不思議じゃないだろ」

 

「ふーん、そう……」

 

 言われた通り答え、返ってきたのは小馬鹿にしたような笑み。

 何故そんな質問をしたのか少し気にかかったものの、やっと料理が運ばれてきたので放っておくことにした。

 注文していたのは士道がチャーハン、鞠奈がラーメン。朝はご飯ものだったので本当は士道もラーメンにしたかったのだが、目的のために注文を変えたのだ。

 テーブルに料理が置かれたので、三割ほど残っていたドリンクはひとまず脇にどける。この時ストローの飲み口は九十度ほど横にずれた。

 

「なあ鞠奈、良かったら少し食べるか?」

 

 しばらく食べた後、士道はそう切り出した。

 料理を食べさせあう。これが二つ目の考えだ。ラーメンを注文しなかったのは少し食べさせにくそうだからである。

 

「別に良いよ。特に食べたいわけじゃないし」

 

 しかし出鼻を挫かれ即座に挫折した。ある程度は予想していたので、さほど堪えはしなかったが。

 

「――だけど、キミが食べさせてくれるなら話は別かな」

 

「……へ?」

 

 めげずに再度アタックしようとしたところ、何故か鞠奈はそう続けた。

 

「……ほら」

 

 もちろん断る理由はない。一も二もなく頷き、チャーハンをすくったレンゲを鞠奈の口元に寄せた。

 多少頬を染めつつも、それを口にする鞠奈。良く味わうように、時間をかけてゆっくりと食べている。その姿を見て士道は疑問を抱いた。少し、積極的すぎる気がする。

 愛の告白をしてきた鞠奈だ。これくらいしてきても不思議ではないだろう。だがそれはあくまでも二人きりの時の話。この場には第三者の目がいくつもある。鞠奈の性格からすると、この状況でここまで積極的になるとは思えなかった。

 

「……塩辛いもの食べてたせいで味が分からないわね。もう少しもらっても良いかな?」

 

「お、おう?」

 

 挙句もう一度と口にする。最早不審に思いつつ、一旦ジュースを飲んだ鞠奈に再び食べさせる。

 偶然かもしれないが、この時鞠奈が口をつけたのは青いほうのストローだった。まあこのレンゲも士道が口をつけたものなので、特に気にしていないのかもしれない。

 

「ん、まあまあおいしいね」

 

 やはり何かおかしい。士道の協力の成果なら喜ぶべきことだし、恥ずかしがってもいないのなら気にすることでもない。だが今の鞠奈は明らかに無理をしていた。

 

「……何見てるのよ」

 

「あ、いや、すまん……」

 

 真意を探ろうとじっと見つめていたせいで、怪しく思われたらしい。すぐに目をそらしたものの、向こうからの訝しむ視線は途切れなかった。

 

「……ああ、キミもこれを食べたいんだね。いいよ、食べさせてあげる」

 

 気付いたように頷き、麺を冷ましてからこちらに突き出してくる。零さないようにレンゲと共に突き出しているので、やはり少々やりにくそうだ。

 

「ほら、さっさと口を開けなさいよ」

 

「あ、ああ……」

 

 やはりおかしい。

 半ば口に突きこまれた麺の確かな味わいを感じながら、士道は疑いを強めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、士道はこなかったね」

 

「ええ、残念です。三人で買い物に行こうと約束していたのですが」

 

 放課後、凜祢は鞠亜と共に夕暮れ時の商店街を歩いていた。二人だけなのは十香たちを先に帰したせいだ。

 流石にこれ以上引き伸ばすことはできないので、十香たちには士道の具合は良くなったと伝えてある。ただし体調が回復したので買い物に向かったとも。もっともあまり長くは持たないだろうが。

 

「仕方ないから、私たちだけで買い物に行こっか?」

 

「そうしましょうか。何をしているのか分かりませんが、疲れて帰ってくるはずの士道に負担はかけらませんからね」

 

「じゃあ今日の夕飯は何にしよっか……あれ?」

 

 自分の目に映ったものに対する驚きから、凜祢は思わず足を止める。雑踏の中に良く知る人物を見かけたのだ。

 

「どうかしましたか、凜祢?」

 

「……あれ、士道じゃないかな?」

 

 疑問形になったものの、間違いなく士道だった。凜祢が見間違えるはずはない。

 夕日に照らされた商店街を士道が歩いている。それ自体に不思議はない。用事が終わった帰り道なのかもしれないし、道すがら買い物にきたのかもしれない。だが士道は一人ではなかった。

 

「……隣にいるのは、鞠奈のようですね」

 

 鞠亜も視線を辿って目にしたらしく、冷静に返してくる。

 そう、士道の隣には鞠奈がいた。隣というか、ほぼ密着していた。士道の腕を抱きかかえるようにして、それはもう仲睦まじい恋人同士のように。これは色々な意味で信じられない光景だった。

 

「ふふ、ふふふ……なるほど。士道は鞠奈とデートするために、私たちに嘘をついたということですね。士道もプレイボーイぶりが板についてきましたね……ふふふ」

 

「ま、鞠亜ちゃん? 顔が怖いよ……?」

 

 気持ちは分かるがそれを差引いても怖かった。表情自体は普段通りの柔和な笑みだが、目が全く笑っていない。

 

「……ですが、これは良い傾向かもしれません」

 

「えっ、士道の浮気が!?」

 

 思わず浮気と口走るほど驚く凜祢。

 しかし鞠亜は首を横に振ると、二人の姿を後ろ姿を慈しむような目で見つめた。

 

「鞠奈のことです。鞠奈はツンデレ――いえ、恥ずかしがり屋ですから、自分の気持ちを正直に出そうとはしません。ですがあれを見る限りは、正直であろうとしているように見えます。鞠奈がデレ――ではなく、素直になりつつあるのは、まるで自分のことのように嬉しく思います」

 

「鞠亜ちゃん……」

 

 一部おかしな表現があったものの、言わんとすることは凜祢にも理解できた。

 自分の気持ちに正直になるのは、とても良いことだ。まして二人は双子と言っても差し支えない関係。向こうが一歩踏み出したことは、何よりも嬉しく感じられるだろう。

 

「……さて。では追いかけましょうか、凜祢」

 

「あ、それはそれなんだね」

 

「もちろんです。士道が私たちを騙してデートしている事実に変わりはありませんから」

 

 再び静かな怒りと微かな好奇心を瞳に浮かべ、鞠亜は当然のように頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見てよ士道。夕日が綺麗だね」

 

「ああ、そうだな」

 

 柵から若干身を乗り出し夕日を眺める鞠奈に、士道はぼんやりと相槌を打った。

 デートの終わりに訪れたのは、始まった場所でもある高台公園。昼とは異なり夕焼けに染まる公園は、どことなく憂いを帯びた光景に思える。

 あのレストランで生じた疑問は、士道の思い違いなどではなかった。不思議なことにデートが進むに連れ、鞠奈の積極性はより顕著になっていったのだ。自分から手を握ってきたかと思えば指を絡めてきたり、そうかと思えば腕を組んで身を寄せてきたり、特に肉体的な接触が。憎まれ口は消えなかったものの、最終的には態度もかなり軟化し、この場へ向かう時には笑顔で腕を抱き寄せてきている。

 素直になったのなら喜ばしいことだ。だがどう考えてもそうは思えない。何か裏があるのは明白だった。

 

「はあっ……もっと気の利いたこと言えないの? 夕日よりもお前の方が綺麗だよ、とかさ。無自覚のジゴロでもそういう台詞は出てこないのね」

 

「誰がジゴロだ。大体そんなキザな台詞そうそう出ねえよ。まあ、お前が綺麗なのは認めるけどな」

 

「っ! キミはまたそうやって……」

 

 夕日に背を向け呆れ気味に返してきた鞠奈は、再びこちらへ背を向ける。逆光のせいで表情はさほど見えないが、恥らっているのは今日の経験から理解できた。実際これまで積極的に触れ合ってきたにも関わらず、鞠奈の表情は羞恥に染まっていた。

 つまりは恥を忍んででも触れ合いたい理由があったのだ。それが何なのかは考えても分からない。

 

「何してるの。早く隣にきなさいよ」

 

「おう……」

 

 不満げな顔を向ける鞠奈に促され、その隣へと並ぶ。

 沈み行く夕日は赤みを帯び、眼下の街並みを茜色へと染め上げている。実に美しい光景だ。

 だがそれを楽しむ余裕はない。頭の中は疑問で埋め尽くされている。

 

「……なあ、鞠奈」

 

「ん、何?」

 

 尋ねれば鈍感と罵られるかもしれない。

 しかし何故だろうか。聞かなければならない気がしたのだ。

 

「今日は、一体何が目的だったんだ?」

 

「おかしなことを聞くね。最初に言ったじゃない。キミとデートしたかったって」

 

「それは分かってるよ。けど、今日のお前は何ていうか……」

 

「――あたしらしくなかった、でしょ?」

 

 鞠奈は観念したようにため息を吐き、続けた。

 

「ま、いくらキミが鈍くても流石に気付くか。いいよ、そんなに気になるなら教えてあげる。あたしにキスしてくれたらね」

 

 そして人の悪い笑みを浮かべ、条件を付けてくる。

 

「……分かった。その代わり、ちゃんと全部教えてくれよ」

 

 僅かに逡巡したものの、士道は要求を呑んだ。

 下心からではない。どうしても理由を知りたかったから。

 

「いいよ、約束してあげる。本当は黙っておこうと思ってたけど、キミは知りたいだろうからね。それが例えどんな結果になっても」

 

 やはり何か目的があったのだ。それも笑い飛ばせるような軽いものではなく、とても重要な目的が。

 鞠奈と向かい合い、士道は視線を交わらせる。

 正面から見据えた鞠奈の面差しは、息を呑むほどに美しかった。

 夕日に照らされる横顔が大人びた雰囲気を醸し出し、影の落ちる横顔が妖しい魅力を漂わす。混じりあった異なる二つの美しさは、容赦なく士道の胸を高鳴らせていた。

 呼吸が早まっていくのを感じつつ、鞠奈の両肩にそっと手を置く。手の下で僅かに身を震わせた鞠奈は、静かに目蓋を閉じた。

 士道はほんの僅かに開いたその口元へと、ゆっくりと顔を寄せていく。

 そして――唇を重ねた。

 

「んっ……」

 

 触れ合う唇が立てるのは、湿り気のある音。

 隙間から漏れ出るのは、鞠奈の小さな喘ぎ。

 柔らかな感触と瑞々しさに、甘く痺れるような感覚が胸を満たしていく。

 それはあまり続けていると、我を忘れそうなほどの多幸感。

 取り返しのつかない事態に陥る前に、士道は口付けを終えた。

 本来ならこの時点で<ルーラー>の力は封印されるのだが、以前の鞠奈とのキスでも、今回のキスでも封印はされていない。鞠奈が元々はプログラム上の存在であるせいか、それとも<ルーラー>の力によるものなのか。多少熱に浮かされたせいか、士道の思考は若干横道にそれていた。

 

「……及第点、ってところかな。できればもっと激しい方が良かったけど」

 

「む、無茶言うなよ……」

 

 不満を口にしつつも満ち足りた様子の鞠奈は、悪戯めいた笑みを浮かべた。

 

「ま、それは次の機会にしよっか。約束通り教えてあげるよ。だけどその前に、話しておくことがあるんだ。こっちの方が、キミにとっては重要な話だしね」

 

 一拍置いて鞠奈は切り出した。予想以上に重要で、衝撃的な話を。

 

 

 

 

「――もしかしたら、もう一度凜緒にあえるかもしれないよ?」

 

 

 

 

「な!? ど、どうしてだ!? だって凜緒は、もう……」

 

「消滅した。それはあたしも分かってる。だけど良く考えてみてよ。キミの周りにもいるでしょ? 消滅したはずなのに、この<凶禍楽園>の中で生きている人が」

 

「……凜祢のことか?」

 

 確かに凜祢は一度消滅した存在だ。

 霊力の結晶体である凜祢は、本来肉体を持たない。だからこそ<ルーラー>としての力を封印した時、消滅してしまった。

 だがこの<凶禍楽園(エデン)>の中で、凜祢は生きている。人間として、肉体を持って生きている。

 

「そう、園神凜祢。凜緒と同じように完全に消滅したはずなのに、何故かこの<凶禍楽園>の中で生きている存在」

 

「……けど、凜祢は完全に消滅したわけじゃない。俺の中に、封印した霊力の一部が残ってたんだからな」

 

「そうだね。でもその霊力からは凜緒が生まれた。つまり園神凜祢の存在の痕跡はほとんどなくなったも同然。キミは知らないかもしれないけど、<凶禍楽園>は全能の天使じゃない。存在の痕跡がなければ死者を蘇らせることなんてできないんだよ」

 

 <凶禍楽園>が全能の天使でないことは士道も知っている。

 鞠奈がやがて消滅してしまうという未来。避けられなかった凜緒の消滅という結末。全能ならばそんな問題は発生などしなかったはずだ。

 それどころか記憶の改竄にも気付けず、凜祢が作り出した<凶禍楽園>の中で、今も永遠の幸せに浸っていたに違いない。

 だが痕跡がなければ死者を蘇らせることができないというのは、初めて聞いたことだった。確かにこの世に痕跡しか残っていない存在なら、死者と定義しても差し支えはない。その意味では痕跡がなくとも、凜祢は間違いなく死者だ。

 

「じゃあどうして凜祢はここにいるんだ。言ってることと矛盾してるだろ?」

 

「分からない? あたしはほとんど同然って言ったんだよ。全部なくなったなんて言ってない。それに、ヒントならもう教えてあげたよ」

 

「ヒント……?」

 

 鞠奈の聞き方は、存在の痕跡が何かを答えてみろという問いかけだった。

 凜祢が生きているのだから、間違いなく存在の痕跡はあった。それは鞠奈の口振りからも分かる。

 だがそれが何かは分からない。ヒントは教えたと言っているが、そんなものを聞いた覚えはない。そもそも霊力でないのなら、他に何があると言うのだろうか。霊力以外で凜祢がこの世界に残せたものなど、考えられるのは精々レストランで鞠奈が聞いてきた――

 

「――魂、なのか? 残ってたのは……」

 

 思いついたのはそれだった。魂が存在するという前提の話だが、他に思いつくものはない。

 鞠奈はこの答えに首を振った。横にではなく、縦に。

 

「正解。<凶禍楽園>には魂に肉体を与えて、存在させる力があるんだ。蘇らせるっていうのは少し語弊があったかな。鞠亜みたいな例もあるし」

 

 魂に肉体を与える力。それが事実なら凜祢のことも鞠亜のことも納得がいく。

 今この<凶禍楽園>の中にいる凜祢と、霊力の結晶体で肉体を持たなかったはずの<ルーラー>の頃の凜祢。本来は<フラクシナス>の管理AIである鞠亜。鞠亜の場合はAIにも魂があるという前提が必要だが、<凶禍楽園>の中で二人が肉体を持つ理由が説明できる。

 

「ま、たぶん園神凜祢はこのことを知らないだろうけどね。あたしは色々考えてこの結論に至ったんだから」

 

「知らない? そんなはずないだろ。そもそも<凶禍楽園>は凜祢の天使だったんだぞ」

 

 天使は精霊にとって、自分の身体の一部と言っても過言ではない存在。自分の一部の力を知らないなどありえない。

 

「そんなこと知ってるよ。だけど天使の力を知っていても、その原理や理屈まで把握しているとは限らない。キミだって自分の手や足を動かせても、それがどういう理屈で動いてるかなんて学ばないと分からなかったでしょ?」

 

「まあ、そりゃあな……」

 

 確かにその通りだ。

 人は誰しも原理を知る前に手足を動かせるようになる。脳から発生した電気信号が筋繊維を伸縮させる、という原理を知らなくとも手足を動かすことはできる。

 恐らくそれは本能的なものなのだろう。そして天使が身体の一部なら、同様に本能的に扱えても不思議ではない。

 事実士道もキスによって精霊の力を封印する能力を持っているが、何故そんなことができるのか、どういう理屈でそうなるのかは全く分からない。

 重要なのは自分の力で何ができるか、どのように扱うかで、理屈も原理も必要ないのだろう。

 納得はできたが、魂に肉体を与えるという力に一つ疑問が生じた。

 

「凜祢のことは分かった。だけど魂に肉体を与えるって言うなら、お前はどうして自分の身体を持てなかったんだ? 鞠亜に魂があるんだから、お前にだって魂があるはずだろ」

 

「たぶん前に言ったことと同じ理屈だよ。あたしのデータ、つまり魂が欠片しか残ってなかったから、鞠亜の肉体に同居する形になったんじゃないかな。データは微妙に混ざってたしね」

 

 鞠奈は肩をすくめると、再び夕焼けに目を向けた。だがその視線は赤銅色に変化した夕日ではなく、どこか遠くへ向けられている。

 

「だからあたしはずっと考えてたのよ。あの子の……凜緒の魂は、消えずにこの世界に留まっているかをさ」

 

 もし凜緒が魂まで消滅していないのなら、肉体を与えることができる。凜緒との再会を叶えることができる。

 だが凜緒は『いちばんだいじなもの』を探すために、<凶禍楽園>によって生み出させれた存在。その役目を果たして、与えられたものは全て消滅してしまったはずだ。単純に消滅した凜祢とは違い、奪われるような強引で残酷な形で。魂が残っている可能性は、お世辞にも高いとは言えない。

 

「あの子に再会するには、あの子の魂を見つけないといけない。もしも消えずに残っているなら、その場所も大体の見当はついてる。だけど……確かめに行くことができなかったのよ。もしそこに凜緒がいなかった時のことを考えると……」

 

「鞠奈……」

 

 柵の上に置かれた鞠奈の両手が、硬く握られている。湧き上がる感情を抑え込むように。

 口に出さなくとも、理解できる。鞠奈はきっと、怖かったのだ。

 

「……だから、キミとデートしたんだよ。キミと楽しく過ごしていれば、少しは勇気が貰えそうだったから。いつまでも引き伸ばしてられないし、いい加減覚悟を決めないといけないしね」

 

 再びこちらを振り向いた鞠奈は、どこか晴れやかな笑みを浮かべていた。

 

「……そうか。だからあんなに積極的だったんだな。ずいぶんお前らしくないから、頭でも打ったのかと思ったぞ」

 

「う、うるさいわね! キミこそ今日はおかしかったじゃない。嫌がるあたしのことを散々辱めて弄んだくせに」

 

「人を犯罪者みたいに言うのやめろよ!」

 

「何よ、事実でしょ? 四糸乃みたいな小さい子や、自分の妹にまで手を出してるんだから」

 

 さも面白そうに笑う鞠奈。嘆息を漏らす士道だが、自然と同じような笑みが沸いてくる。

 辱め云々は抜きにしても、今日のデートは楽しかったからだ。それにこの後は、確かめに行かなければならない。例えどんな結果が待ち受けていようと。

 だから今だけは、楽しさに浸っていても良いはずだった。

 

「……士道、あの子は本当にいると思う?」

 

 しばらく笑いあった末に訪れた静寂を破り、鞠奈は一転して不安に顔を曇らせる。

 きっといると答えてやりたい。だが何の根拠もなく答えを返すのは憚られた。それでも何か励ましの言葉を返そうとした時――

 

「――うん、きっといるよ」

 

 後ろから、聞き覚えのある声が届いてきた。驚きに振り返ってみれば、そこには士道の良く知る少女が二人。

 

「凜祢!? それに鞠亜も! 何でお前らがここに……」

 

「商店街で士道たちを見かけたので、尾行しました。ここでの会話は全て聞かせてもらいましたよ。もちろん、ここで士道と鞠奈がしたことも見ています」

 

「鞠亜、キミ……」

 

 したり顔で答える鞠亜に、流石の鞠奈も二の句が告げずにいる。キスしている場面を鑑賞されていたのだから、当然かもしれない。

 

「……まあ、それはこの際置いておくよ。園神凜祢、どうしてキミはそんなことが言えるの?」

 

 申し訳無さそうにたたずんでいた凜祢に向けられる、鋭く尖った視線。単なる希望的観測なら許さないという、冷たい怒りを湛えた瞳。

 それを正面から受け止め、凜祢は口を開いた。

 

「……最近ね、凜緒ちゃんの夢を見るの。凜緒ちゃんが近くで見守ってくれているような、暖かさの感じられる夢を。ただの夢だと思ってたんだけど、これはきっと――」

 

「――本当に見守っているのだと思います。恐らく凜緒は、すぐ傍にいるはずですから」

 

 凜祢と鞠亜は、その優しい面差しに確信にも似た色を浮かべていた。

 士道は二人を心の底から信頼している。二人が確信しているのなら、信じないという選択肢はない。それに士道も信じたかった。あの場所に凜緒がいるということを。

 

「……鞠奈、早く行ってやろうぜ。きっと、凜緒が待ってる」

 

「……そうだね。娘が待ってるなら、早くお母さんが迎えに行ってあげないとね」

 

 皆に後押しされて勇気を得た鞠奈は、余裕のある笑みで頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その場所は、士道にも見当がついていた。

 行き場を失くして彷徨う魂が向かうとしたら、それは強い思い入れのある地。

 例えば、生前に何よりも幸福な時を過ごした場所。

 あるいは――両親との暖かな一時を過ごした場所。

 

「……ここが、私の部屋だよ」

 

 皆で訪れたのは、凜祢の家の寝室。

 凜緒が凜祢に抱かれながら、士道の温もりに包まれて眠りについた場所。

 大好きなパパとママと一夜を過ごした、幸せな思い出の眠る場所。

 凜緒がいるとしたら、考えられるのはここしかなかった。

 

「……どうだ、鞠奈。凜緒は、いるか?」

 

 魂がそこに存在するかどうかは、士道には分からない。

 だが<ルーラー>である鞠奈は違う。

 問われた鞠奈は言葉も返さず、視線も返さない。

 だがその金色の瞳に、微かに涙を滲ませていた。

 表情を悲しみではなく、喜びに染めながら。

 

「全く……気の利かない娘なんだから……いるならいるって、教えなさいよ……」

 

 鞠奈が震えた声で呟くと同時、部屋の中に微かな光が生じる。

 光は部屋の中央へと収束して輝きを増し、やがて閃光となって弾けた。

 眩しさに目を細めていた士道は、網膜に焼きついた光が消え去った時、それを目にした。

 部屋の中央に座り込んでいる、一人の少女の姿を。

 

「ん……うー……?」

 

 意識が明瞭でないのか、どこか虚ろな様子の瞳。

 その大きな瞳は微かに赤く、湛えているのは柔和な光。

 腰元まで伸びる若干ウェーブがかった髪は、艶めく薄い紫。

 顔の左で揺れるのは、綺麗に編みこまれた一房の髪。

 そして<ルーラー>の頃の凜祢に似た、どことなく神秘的な雰囲気。

 見間違えるはずはない。

 そこにいたのは、かつて消滅してしまった士道の娘。

 紛れもなく、凜緒だった。

 

「――凜緒ちゃん!」

 

 涙ぐむ凜祢が、その小柄な身体を抱きしめる。

 

「……ふふ。まま、くすぐったいよ」

 

 包み込むような優しい温もり。

 凜緒はその暖かさに意識を取り戻し、どこまでも優し気な微笑みを浮かべた。

 

「……っ」

 

 その胸を打つ光景を、涙をためて見守っている鞠奈。

 自分も同じように抱きしめたいのに、素直になれず二の足を踏んでいる。

 だから士道はその身体を引き寄せ、凜緒の元へと背中を押した。

 

「ただいま、おかーさん」

 

 視線を鞠奈に向け、凜緒はにっこりと微笑んだ。

 

「っ! もうっ! 世話の焼ける子なんだから!」

 

 その微笑みに感極まった鞠奈は、もう何の迷いもなく凜緒を抱きしめる。

 二人の腕の中で、凜緒は最後に士道へ視線を向けた。

 気を利かせたのか、いつのまにか鞠亜の姿はなかった。

 

「ただいま、ぱぱ」

 

「……ああ。お帰り、凜緒」

 

 答えて、凜祢と鞠奈ごと強く抱きしめる。

 この世界は束の間の夢に過ぎない。

 だが今腕の中にある温もりは、心を満たす幸せは、胸に溢れる喜びは、間違いなく現実のものだった。

 

「また、あえたね!」

 

 凜緒は腕の中で、しあわせに満ちた笑みを浮かべた。

 

 

 

 




 ……後編、終了です。
 はい、仰りたいことは分かっています。
 ありえない解釈にとんでもない捏造、そしてぶっ飛んだ展開ですね。正直ここまで極端な独自の解釈や設定の捏造は初めてなので、勝手というか加減が分かりませんでした。今までやったことがある捏造で最もぶっ飛んでたのは『よしのん~~』くらいですから。他には精々くっつく可能性があったカップリング小説くらい。
 何故このような展開になったのかと言うと、一番大きな理由は凜緒が消えるという結末が納得できなかったからです。バッドエンドもいける口ですが、やはり一番は皆幸せなハッピーエンドなので。特に幸せになって欲しいのは可愛い女の子。凜緒は可愛い。七罪も可愛い。
 本当はもうちょっと鞠奈とのデート場面を増やしたかったのですが、文字数の都合上断念しました。無駄に多いのはどうかと思いますし……。
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