虚ろな剣を携えて   作:狩奈

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足りない

『《御影》のライヒ失踪』

 

 SAO内での新聞的役割を果たす雑誌、《MMOトゥデイ》に大々的に掲載されたこのニュースは攻略組を騒然とさせた。攻略の第一線で《黒の剣士》キリトと共に背中合わせで活躍する三人目のユニークスキル保持者が何の脈絡もなく消えたのだ。無理はない。中でも強いショックを受けたのはそのキリトともう一人。

 

 

 ***

 

 

 

 エギルの店はいよいよ混沌の様を呈していた。俺の影響なのか、攻略の士気も低下。――いいや。それも十分に大きな問題ではあるのだが、一番の問題を抱える爆弾は――

 

「レインさん? 飲み物なんてどう?」

 

「いらない」

 

「じゃあ、一緒にお昼なんてどう? ちょうど評判の出店があるんだけど」

 

「いらない」

 

「なんか、ごめんなさい……」

 

《閃光》のアスナをも黙らせる、《暗黒》のレインが顕現していた。食事も睡眠も取らず、ひたすら不機嫌なままである。《舞姫》の異名は何処へやら。ストレスのピークになった瞬間急に壁を殴り出したりもした。その時に大抵俺の顔スレスレに直撃するのは偶然であって欲しい。

 

「キリトくん」

 

「あ、ハイ。何でしょうか」

 

「ライヒくんはまだ見つからないのかな?」

 

「探してきた! 探してきたけどいなかったんだ! ホント!」

 

「あ、そ」

 

 ライヒの話題の時のみ自発的に話すようになってしまったレインの姿に一同は流石に元気を出して欲しいと願うようになった。

 

「解決策って言うか……ライヒくんを見つければそれで済むんじゃないかな。お兄ちゃんが」

 

「そうね。私たちが被害を被っているわけでもなし。キリトが探すべきね」

 

「え、俺だけ!?」

 

「私も仕事があるから。よろしく頼んだわよー」

 

「私もレベルが低いので実践的なお手伝いはちょっと……」

 

 誰も彼も俺任せ。そんな事だからライヒは見つからないのではないだろうか。確かにアイツは俺と比べれば他のプレイヤーからの信頼は低い。得体のしれない、知ったら戻れなくなりそうなアイツの何か……差し詰め心の闇とでも言うべきか。そのせいで、みんながライヒから目を逸らす。俺も、同じだ。

 

 死者が激増したのは、ライヒが階層が解放されていく度に先回りして、ほとんど一切の休息も無くネームドモンスター級のボスを一人で倒していた(………………)からだ。アスナには分かっている筈だ。それなのにどうして一緒に行くと言ってくれないのか。俺を信頼しているならこういう時にこそ信頼してついて来て欲しいのに。

 

 ――だがそれでいいじゃないか。

 

 そう思った自分に驚いた。確かにアイツが消えてホッとした自分が、いる。アイツが消えれば自分の居場所を、アイデンティティを、奪われないで済む。

 

「皆、知ってくれてるよね。ライヒくんがどれだけSAOプレイヤーのために命を削っているのか」

 

 唐突に発したレインの言葉に、誰もが沈黙した。

 

 ――もういいだろアイツの事なんか。

 

「一人でボスのタゲ取ったり、先回りして正攻法だと戦い辛い敵を片付けておいてくれたり。なのに、どうして、彼のために命を懸けてくれる人が出てきてくれないのかな」

 

 誰も何も言い返せなかった。言い返せるはずもない。攻め立てるようで静かな声のトーンは針のように鋭い。

 

 ――アイツがいてもいなくても同じだ。アイツがいなくなれば他の誰かが代わりになるだけ。

 

「ぶっちゃけてみると、キリトくん以外は助けられない? 助けたくない? ライヒくんは友達じゃなかったの? 彼はただの便利なレベルリングマシン? シリカちゃんもシノンさんもリーファちゃんも、今のレベルに届いたのはライヒくんのお陰だよね? 彼がいなかったらフィールドで死んでたかも知れないのに、それでも彼を助けようとは思えない?」

 

「レイン。それ以上は止そう。君が傷つくだけで終わる。」

 

 ――でも、ここで助けに行かないというのも、少し違う。

 

「本当に誰も手伝ってくれないなら。俺は、もう、攻略に参加しない。友達を助けようとしない奴らには、すまないが剣を預けて戦える自信がない。それだけアイツは俺にとって大事な友達だ。分かってくれないか」

 

「キリトくんの言う事はわかるけど、わかるよ。うん、わかる。でもどうしても彼を助けるに当たって、どうしても関わりたくない理由があるの。きみならそれこそ一番分かってるはず」

 

 やっぱりここでその言葉が出てきてしまう。仕方がない。こればっかりはライヒの自業自得だ。

 

「PoHと同じあのセリフ。私はどうあっても奴とその精神を許せない。そしてもう一つ」

 

 ――すまない、ライヒ。お前とはこれっきりになるかもな。

 

「ラフコフには絶対にこれ以上関わりたくない」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「Hay! 気分はどうだBro」

 

 ――最低だ。お前ら全員殺してやる。絶対に殺してやる。

 

「苦しいだろうなあ。分かるぜその気持ち。誰も助けに来てくれないだろうからなぁ」

 

 ――死ね。死んでしまえばいいのに。俺を害する奴らは死ね。一人残らず。

 

「お前はオレ様達と同じでよかったんだよ。それを無理して向こうにつくからこうなる。分かるか」

 

 ――分かるものか。お前らこそ俺の事を欠片も理解していない。

 

 俺は気が付けば、鎖につながれていた。真っ赤なブロックで構成された部屋に暫く放置されたと思えば、暫くすると責めるような誘うような毒のある言葉が囁かれる。

 

 そんな事はどうでもいい。正直もう壊れてしまいそうだ。それは部屋そのものが原因ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 誰とも知らない死ぬ間際の狂声が耳をつんざく。それは呪いの言葉であったりも、言葉としての体裁をなしていなかったりもする。

 

 ――ああ、うるせえ。

 

 ここは死という概念に最も近い場所。罪の意識も、殺すことへの躊躇いも、限りなく薄くなっていく。

 

「あははははは」

 

 ()()()()()()。思考が落ち着いてきた。響き渡る声も最早気にならない。

 

 ――そうか、遠慮なんて、しなくてもよかったんだ。

 

 俺は、俺という人間をようやく理解した。殺意、憎しみ、悲しみ、その他ありとあらゆる負の感情をその胸の内に湛えた人間の成れの果てだ。

 

 抑えていた感情を、力を、開放する。鎖を破り剣を手に執った。

 

「お前ら全員殺してやる」

 

 

 

 

 

 

 




 殺意は復讐の力となる。

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