虚ろな剣を携えて   作:狩奈

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狂イ咲ク

 

 ――初めて見た彼の眼が、他の何と比べても恐ろしかったことを覚えている。

 

 

 

 PK集団に囲まれ、命を散らすその寸前に彼は現れた。対人戦に関しては攻略組すら上回る『ラフコフ』の一個集団相手に、たった一つのソードスキルのみを用いて蹴散らした。あたしと彼以外の生存者は、少なくとも今はいないようだった。

 

「何だ……新種じゃなくてプレイヤーかよ……。金にもならねえ雑魚ばっか……」

 

 月光を映してゆらゆらと青白く蠢く双眸。身の毛もよだつ程の冷たい声で、特に何かに向けているわけでもなく文句を散らしながら、犯罪者が落として行った武器防具を拾ってはストレージに放り込んでいく。現実世界で言えば大量殺人に当たる行為をしたにも関わらず、何の感慨も伺わせない。この状況に耐えきれずに、たまらず口を開く。

 

「あ、あの……!」

 

「おたく、それ以上の大声は止したほうがいいよ。――もう、手遅れか」

 

「あの、何が、何の話?」

 

 無言である方向へ指をさす彼。その方向には――

 

「ここじゃあ……お互いにいい気分じゃあねえな。ちょっと付いて来ねえか。別に殺しゃあしねえよ、そこの嬢ちゃんも来ていい……一杯やらねえか、Bro」

 

 小さく、あたしたちにやっと見えるくらいに手招きをするフードケープの影。状況が飲み込めずに固まっていると、手が差し出される。思わず見上げると先ほどの冷徹さがほんの少し抜けて、入り込む余地が見えた――気がした。

 

「どーする?向こうが殺すつもりならとっくに死んでるだろうけど……帰りたいって言うならさっきの奴らが落とした結晶をやるから」

 

 特に迷うことは無かった。手を借りて立ち上がり、付いて行く意思を見せる。どれだけ怖くても命の恩人であることには変わりない。お礼の一つもなしに立ち去るなんてもってのほかだ。

 

「決まりか。すぐそこに安地がある――オレらのアジトだ」

 

「あ、そ」

 

 繋いだ手はそのままに、彼と共に歩き出す。彼ではなく、あたしが放したくなかった。初対面で、怖い印象はちっとも薄れてはいない。でも、安心できる。きっと悪い人ではない。こんなゲームの中にずっといるんだ。命をかけて戦って――その結果にああなったのなら、あたしがそれを責めるなんて出来はしない。だって同類なのだから。

 

 例のアジトまで歩いて五分もかからなかっただろうか。石造りのとても小さい建物だった。そこに入っていくと、フードの男は何かハンドサインで他の誰かに指示を出す。雰囲気だけで言えば、『あっちへ行け、邪魔をするな』。といったところか。ストレージから三つのグラスを出すと、こちらへ差し出してくる。彼も普通に受け取っていた。

 

「オマエ、よくもまあ蹂躙してくれたもんだよ。お陰で一大戦力がそっくりお陀仏になっちまった」

 

「知るか。雑魚は死ぬ、強いと生きる。アンタが一番好きな理屈だろ、『PoH』」

 

「Aaha!その通りだぜBro、代えようのない同類。後にも先にもお前だけは殺したくねえがな」

 

 遅まきながら理解が追い付いてくる。ここは『ラフィン・コフィン』のアジトだった。そして仲間を殺されたそのリーダーと殺した彼は友人のようで、あたしが場違いであるということもよく分かった。

 

「っとお……嬢ちゃん。シカトして悪かった。今日も生きてることへの祝杯だ」

 

 持っているグラスに紅い液体がなみなみと注がれる。躊躇なくそれを煽る彼らを横目に、同じく液体を口に流し込む。爽やかな、それでいて濃い果物の味がした。端的に言うと美味しい。

 

「こうやってお前とのんびり出来るのも、もう無理かもな」

 

「へぇ? どうしたよ、急に」

 

「攻略組に編入した。俺がって言うか……表向き参加してるパーティーがな。ちょっと事情でひと時離れてたんだ」

 

「じゃあ、無理だな。『互いに良くない』」

 

 二人だけで延々と話し続けている。どうしても会話に入っていける自信がなかった。目の前の二人にはあたしが入ることの許されない絆があるような気がした。

 

「あの、あたし……」

 

「ン、おお。どーした嬢ちゃん。いや、違うな。どうした兄妹」

 

「えっと、兄弟とかなんとか……説明ほしいな~なんて……」

 

「お酒を酌み交わしたからってやつ。おたくもめでたくその一員だ、よろしく」

 

 全く説明の意味が分からなかった。でも、仲間に入れてくれたのだと分かると何となく嬉しかった。しかしあたしはこの世界でPoHと会話をするのはこれで最初で最後だった。この後しばらく話して、それから街に帰還した。

 

「それじゃ、明日からはこの層で狩りをするのは止すんだね。あと、パーティーくらい組んだほうがいい」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!まだ何もお礼が」

 

「いらない。時間を取らせないでくれ」

 

すげなく断られる。そんなことより女の子の誘いを断るとは一体どういった了見か。

 

「じゃあ、さっき言ってたパーティーの人に会わせてよ」

 

「なんで」

 

「頼んで入れてもらう」

 

 驚いたような顔。この人、きっと押しに弱い人だ。それに展開があまりにも早すぎるが、もっとこの人のことを知りたい。『騙して』でも一緒に行動してみたい。

 

「明日。朝八時にここに集まることになってる。勝手にしろ」

 

「うん!絶対行くから!」

 

 『いつも』のようにいっぱいの笑顔を振りまく。お母さんからもらったこの顔は、とてもよく使える。特に男の人には――

 

「なあ、おたく。なんでそんな気持ちの悪い笑い方してんの?ああ……女の子だもんな、男の一人や二人たぶらかしたって不思議じゃないか」

 

 全く、小揺るぎもしない――?

 

「そういうのも生き方だし否定はしないけど、戻った時虚しいよ?きっと」

 

「い、いや~。何の事だかさっぱり……」

 

「ま、とにかく役に立たないなら来ないことをお勧めする」

 

 あろうことか役立たずとまでこきおろされた。いままでうまくやってこれたのに、そのための技術を全否定され、役立たず。何としても撤回させてやりたい。変な空気であることは重々承知だが、最早意地だ。

 

「とにかく!明日は絶対来るからね!」

 

「全く……エギルさんになんて説明すりゃいいんだよ……」

 

「ほら!そこは彼女……とか?実はこんなカワイイ彼女持ちでしたー!とか」

 

「俺が説明するのやめた。勝手に話してくれていい。そもそもゲームで彼女彼氏なんて正気か?馬鹿らしい」

 

 どうもこの人に色仕掛けは通用しないらしい。

 

 

 彼――ライヒ君と第十三層で初めて出会った時に初めて思ったのがそれだった。最初はあたしの言いなりにしてやろうとあれやこれやと試していた。でも、何かと理由をつけてパーティを組み、エギルさんたちから離れてコンビになっていくに連れて、本気で好きになっていた。

 

 そう気がついてから、彼に対してだけは本音を語るようになっていた。

 

 

 

***

 

 

 

 いい加減に気が狂って死にそうな夜があった。第二十五層ボスを倒したその日の晩。ヒーさんの言動から《両手装備》がサーバーにたった一つのユニークスキルだと気がついた夜でもある。

 

 宿の部屋に帰るなり、とりあえず絶叫した。頭を何度も床に打ち付けた。膝を抱えて恐怖に震えた。また絶叫した。

 

 ビーターという単語を初めて理解した時の恐怖そのものだった。第一層から実力をひた隠しにしてエギルさんのパーティに潜りこんで、生きて帰れた喜びを噛み締めていた時だった。キリトなるソロプレイヤーが自らを悪のビーターと名乗った。

 

 即座にそれは自分のことであり、自分の罪であると理解し、勝手にそれを背負わせたキリトを殺したいほど恨んだ。そして宿で狂った夜を過ごした。

 

 それを二十五層で再び味わった。何度もスキル消去を試みた。消すことは叶わなかった。せめてスキルパレットから外そうとした。出来なかった。露見しないようにパーティから抜けた。それだけは呆気ないほどに簡単だった。

 

 そしてまた俺は狂いだした。

 

「俺じゃない俺じゃないビーターじゃない俺は違う俺はそんな悪じゃないユニークスキルなんて知らない」

 

 文脈も何も無い。ただ思いつくままに自身を正当化した。

 

 突然ドアが勢いよく開く。レインだった。でもそんなことはどうだってよかった。誰が来ても俺のスキルがなくなる訳じゃない。狂いは収まることは無かった。

 

「どうして急にパーティから離脱してるの!?心配した!」

 

「うるさいッ!!」

 

 もう共に行くことは出来ないから抜けた。それだけだ。

 

「誰も俺を知らないくせに!偽善者の癖して近づくなこの《嘘吐き》が!装備が欲しけりゃ持っていけ!そこに置いてあるだろ!!」

 

 自分でも分からない。何故嘘吐きだと知っているのに、わざわざ本音を叫んだのか。何一つ本気にしていないくせに本気で怒鳴ったのか。静寂は無かった。俺はひたすら頭を壁や床に叩きつけていた。

 

「あたしも抜けてきた。ライヒ君と相談して、コンビでやっていきますって。嘘、ついちゃったの」

 

「ああ大嘘だ。誰もお前と組むなんて言ってない」

 

「嘘をつく人は嫌い?」

 

 嘘。それはこの世界だ。現実を無視したこの世界こそが嘘であり、虚構に塗れている。そう思わないとやっていられなかった。そして、そんな中でも嘘をつき続ける人間は――

 

「大嫌いだ。虫唾が走る」

 

 断言する。犯罪者集団以上に、この世界をもう一つの現実と呼ぶ人間ほど俺の嫌いなものは無い。だから俺はこの世界でまともな生き方をして、普通なまま現実へ帰りたい。

 

 その生き方が出来ない今、狂わずに何をしていられようか。

 

「君は、元々まともじゃないよ」

 

「――何言ってんだ。俺以上に現実見て、それで動いてるやつなんていないだろ」

 

「プレイヤーを一度に五人殺すような異常者が今更何を言ってるのか、あたしには理解出来ない。《黒の剣士》に憧れてるくせにそれに矛盾する行動をとる意味は?偽善者のくせに他人を偽善者と言う理由は?」

 

 そして、もう一度。

 

「君は、頭がおかしいよ?」

 

 この時、俺は一度完全に壊れた。俺を支えていた正義が崩れて無に帰る。俺は何をすべきか、言うべきか。何一つ定まらなかった。顔をぐちゃぐちゃにしたまま、壁に持たれて座り込む。

 

「君は今何がしたい?何をすべきか理解できる?」

 

「どうしたら、いいと思う?」

 

 分からないから聞いた。レインはすべてを見透かしていたように思えた。ここから先、具体的な会話内容はほとんど記憶にない。その代わり、約束を覚えている。

 

「ずっと傍にいて」

 

「ずっと傍にいる」

 

 

 





 愛は救いとなる。


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