殺意は目覚める。
――いつものように
***
誰もが
結果自分が大損すると知っていても、身勝手に救いの手を押しつけるのが彼の生き方。まるでおとぎ話に出てくる哀れで滑稽なピエロのよう。
しかし、彼はピエロに見えてピエロではない。救うと決めれば絶対に助けてくれる、《王子様》。少なくともボクはそうだと信じている。
――彼がいなければボクは確実に衰弱して、病気が治ることなんて無かっただろうから。
だから何が何でも救う、この身に代えても現実世界に連れ戻す。……もちろん一緒に帰るため。だから不気味な大洞窟エリアも一人で駆け抜けられた、モンスターがどんなに強くても怯まなかった。昔、ボクに対してやってくれたように。強くなって強くなって、隣に並んで話せるように。
そしてやっと。
「見つけたよ、兄ちゃん――!」
***
「私、やっぱりライヒを助けるのに賛成」
「シノのん!?」
ライヒがラフィン・コフィンも真っ青な人殺しであると知ってから、否、人殺しだと知ったからこそシノンは協力を申し出た。
「アタシもアタシも~!賛成だよ~」
次はストレアが。
「俺も賛成だ。昔馴染みをほっとけるか!」
「おう! もちろん俺様も賛成だぜ?くぅ~……!男の絆ってのはこういうもんだよな……」
エギルが、クラインが。あいつを分かってあげようとしてくれる。友達が友達を助けようとしてくれる。
――これならいい。みんなでやるならみんなの責任だ。
「ねえ、ちょっと待ってよ! ラフコフだよ!? 人をいっぱい殺してるんだよ!? みんなを危険に晒してまで助ける人なの!? 彼はそこまでの人なの!?」
「アスナ。気持ちは分かるわよ、でもそれはそれでかなり言いすぎじゃない?」
俯き、それでもなお言葉を紡ごうとするアスナ。仲間割れなんて見ていて気持ちがいいものじゃない、アスナが間違っていると戒めるのは簡単だ。けれど言い分は至極真っ当なのもまた事実だ。幾つもの因縁を持ち、何度も屈辱を与えられた過去はそんな簡単に拭えるものではない。しかし俺は、そんな過去があるからこそアスナにはそれを乗り越えてほしい。ゲームを解放した暁に、トラウマを抱え込むことが無いように。
――アスナが正しい。そうに決まっている。
「でも…でも、駄目だよ……。ラフコフってつくだけでもう、駄目。人殺しなんて、それを平気でやる人なんて……。――私は絶対にそれを許さない! 絶対に、絶対に許すわけにはいかないの!!」
「もしあなたの剣が本当に人を殺せるとして、目の前の人間を殺さなければ自分か大切な人間が失われるとして、アスナは剣を使える?」
痛いほどに響く悲鳴をぴしゃりと掻き消すシノンの一言。それはアスナだけでなく、この場全員の胸を打った。それはきっと、自分にはその覚悟が無いと気がついたから。間違いなく躊躇うと確信したから。そして何よりライヒには剣を振るう覚悟があると理解したから。
「覚悟、覚悟……ね。ライヒ君はそれを持ってる、なら――それはきっと第一層の私……」
リズも、シリカも、リーファも腹は決まったらしい。後は誰が行くべきか……。
「キリト君。あたしも、連れてって」
レインは絶対にそう言う。初めから分かっていた。
「これで決まりだな、後は具体的にどうやって居場所を探すかっていうと……」
そう言うや否や、酒場の扉が大きく開け放たれ誰かが入ってくる。
「ボクが偵察してきた! どう? これがマップ」
「ユウキ!? お前いつの間にそんなことを……」
「あたしがお願いしたの! まあ、頼まなくても無断で行くつもりだったらしいけど」
また構成員が増えた。おそらくユウキはレインとパーティー組むのだろう。後はいかにしてPoHを制するか、モルテに対応するかだ。しかしこちらは倍の数。ユウキの情報では、道中で他の構成員は見なかったという。
ポーションも結晶も大量に準備して、俺たちはホロウ・エリアに向かった。
***
「あ、キリト。……それにみんな」
フィリアはいつものように管理区で待っていてくれた。俺が声をかけようとしたその瞬間、レインはフィリアに斬りかかっていた。全力の《ソードスキル》――
「ねえ! 死ぬってどんな気持ちだと思う!? ライヒ君を手引きしたのはフィリアちゃんなんでしょ!? ねえ! ねえ!!」
「お、おい! 何を……!」
前に出る前に、ユウキの剣が俺たちを阻んだ。いったいこれはどういうことか。
「キリト、アスナ。これはレインさんの復讐でもあるし、ボクの復讐でもあるんだ。フィリアは兄ちゃんを売ったからね」
「なんだよ……何が起こってるんだ――」
不意打ちで吹き飛ぶフィリア、一切の容赦なくHPバーが四割削れる。
「ひ――ヒぃああぁぁ!!」
あまりの恐怖に悲鳴を上げるフィリア。しかし勿論オレンジプレイヤーを攻撃したところで何のペナルティも無い。レインは無理やりにフィリアの手首を斬り落とすと、ようやく攻撃を止めた。利き腕が使用不能になったことから、想像を絶する恐怖でフィリアは声を出すことすら忘れていた。
「
「ちが……あ、たし、は。脅されて……じゃないとあたしが殺されるって……」
「人殺しが言い訳? 許さないよ」
蹴りが入った。フィリアが跳ばされるたびに近づいてまた蹴った。蹴り続けた。
「いや、だ――」
HPが一割になったところでフィリアは気を失った。暫くは誰一人として口を開こうとしなかった。
「フィリアちゃんは――」
「……うん。もう分かったよ、行こう」
アスナの言葉に少しだけ割り込む形でレインは続けた。
「ここにずっといたせいであんなになっちゃったんだ。ライヒ君に、もしも機会があったらこうしてくれって頼まれたんだ。もう一回やり直せるように一度壊してやってくれないかって。酷い人だよね」
寂しそうなレインの顔を見て俺はようやく我に返った。そして遅すぎたが気が付いた。この世界は狂気に満ちているのだと。
***
マップで見ると、ここは《ジリオギア大空洞》エリアのほとんど最深部に位置していた。ライヒが勝手にここまで攻略していたのかと思うと、ゲーマーとして嫉妬を隠すことができない。流石に自重したが。
「さ、後はキリト君とアスナさん。行って」
「で、でも二人はどうするの……」
「邪魔者はボクたちが防ぐから、早く」
本当は誰よりも先に駆けつけたいだろうに。心の底から侘びと礼を入れた。しかし、それは弾き返された。
「勘違いしないで。二人は『助け』に行くんじゃない。『贖罪』をしに行くんだよ。罪を噛みしめさせて、後悔させて、恥じさせて帰ってもらうためにあたしはここにいる。だから、行って」
今度こそアスナと共に突入した。あまりに現実が辛すぎて、ただ立っているだけでも悲しかった。そしてその先には――
「ははははは。お、こう? それともこっちか? あはは」
最早それはライヒであってライヒではなかった。何が悲鳴で誰の悲鳴か分からなかった。俺が見たモノは、積みあがった二人のプレイヤーを、ライヒが剣を逆手にさも愉快そうに串刺しにしている光景だった。
タイミングを計ったかのように、床に散らばっていた結晶――恐らく録音用のもの――が一斉に砕け散る。それと同時にプレイヤー二人も同じように砕け散った。その二人は紛れも無くPoHとモルテだった。アスナは口元を押さえて後ずさる、俺ですらあまりのグロテスクさに吐き気を覚えた。
「嫌、もうこんなの嫌だよ……。キリト君……」
お互いに体を支えあう。そのぬくもりが、ようやく勇気を奮い立たせてくれた。ライヒがこちらに気が付く。そして依然と変わりないように片手を挙げて、言うのだ。
「よ、久しぶり。そういう訳だからここで死んでくれ」
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