虚ろな剣を携えて   作:狩奈

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深層

 殺すならやはり不意打ちに限る。二刀流だろうと、たとえ二人掛かりだろうと回避不可能な一撃を見舞った。剣を重ねるには低く、なおかつ弾くには力が入りにくい位置。すなわち鳩尾より少し下。当然ソードスキルでもなければ、衝撃追加効果のある武器を装備しているわけでもない。しかしそれをいいことに、剣を逆手につかまったまま股を潜って後方に瞬時に回った。流れるように追撃を加える。

 

 体術スキル《水月》が、《閃光》ごと《黒の剣士》を薙ぎ払った。

 

 なんのことはない、いままで公に見せてこなかった技術のほんの一部分を引きだしただけだ。暗殺剣(アサシネイト)《トグロ》。

 

「弱い。弱すぎて……あー、なんだ。もう何にも言えないな。はは」

 

 感じたままに笑い、叫びながら上から斬りかかる。今度こそ重なった二刀に阻まれるが跳ね上げるように剣を引き戻すと、たちまち下からの斬撃でガードを崩した。隙を埋めるように蹴りで追撃を入れることも忘れない。とにかく圧倒、圧倒的な技術の差に酔いしれた。そもそも俺はキリトとは根本的に違っていた。同じ土俵で戦って勝てるわけがない。キリトたちがモンスターをシステムと扱いそのアルゴリズムを捌いているなら、少なくとも俺と兄弟はモンスターをモンスターとして扱いその身を捌いている。

 

 ポリゴンを崩すか肉を斬るのか、その違い。

 

「ライヒ君……なんで、なんでよ!! こんなの、ひどすぎる……」

 

「酷いって……そんな大げさな。お前らが見てなかっただけで、これが俺なんだ。嗚呼、早く死んでくれ。目障りだ」

 

 拘束されていたためにずれたマフラーを整える。

 

「そういやプレイヤーの腕って落としたらしばらく残るでしょ? あれって美味いのかな」

 

「お前、なに言ってるのか分かってるのか……? このままだとアインクラッドにも戻れなくなるぞ!」

 

「戻る――?」

 

 何やら不思議な言葉を聞いた気がして、思わず反芻する。もどる、もどる。街に戻る、そしてどうする。

 

「キリト? お前、ばっか……マジで馬鹿じゃねえの? 戻ってまたボス相手にぐさぐさソードスキル撃ち続けろってのかよ、お前がやれよ。お前が」

 

「あれはお前にしかできないことだ! 頼む……もう一度力を貸してくれないか――」

 

「え、やだ。死ね」

 

 思わず甲高い笑い声が出てきた。俺の犠牲で救われる人間がいるのはいいけど、俺が救われていない。俺を一度壊した人間がさらに俺を壊そうと、その差し出した手で引きずり降ろそうとしている。そうにしか見えない。

 

 しばしの沈黙。もう俺が何を言ってもそれは間違いに仕立て上げられると理解するのには十分な時間だった。

 

「もういいや。俺が犠牲になってることに目を瞑って楽してるやつらに言う言葉なんてないさ。――ほら、構えろよ。欲しけりゃ奪え。俺もそうする。お前らが俺から奪ったように。お前らを殺す」

 

 覚悟を決めた二つの顔。正確無比な速さで構えると、同時にソードスキルを繰り出してくる。当たり前の話だが、こんな狭い箱のような空間で、しかもパートナー同伴の時に突進型や横薙ぎ型のスキルを使う奴はいない。つまり相手側が連携して使うなら縦斬り型に限定される。構えを確認した瞬間、俺は背を向けて一目散に後方へ駆けた。無駄に空を舞う光と光、それが止むタイミングを見計らって足を踏み切り、向き直ってソードスキルを繰り出す。《ヴォーパル・ストライク》。

 

 二人いたことで狙いをつけることができなかったが、両者を吹き飛ばして分断するには十分な衝撃だった。《ヴォーパル・ストライク》特有の血色の光に思わずうっとりとする。

 

「ああ……綺麗だ――」

 

 しかしその瞬間だった。なんの前触れも、気配すら無く飛び込んできた誰かに奇襲を受けた。いや一人ではない。それが合図だったかのように先ほど吹き飛ばした二人も一斉に飛びかかってくる。

 

「兄ちゃん、ごめんっ!!」

 

「ユウキ……お前もかよ……。なおさらどうやって帰れってんだよ! 味方もいない! 救いもない! なにもない! 俺には何にもないじゃねえかっ!」

 

 無我夢中で二本目を抜く。何を斬るかなんてどうでもよかった、何もないから何でもよかった。見えるものの何もかもを斬り裂いた。繋いだ、継いだ、思いつくまま想いを叩きつけた。だれもかれも俺より弱いんだ。俺は強いから一人でも平気なんだ。殺し屋につかまっても平気だった。消えろ。消えてしまえ。煩わしい、目障りだ、邪魔で邪魔で殺したくて仕方がない。

 

 

 

 

 ――いまきみは何を斬ってるの?

 お前。

 

――目を開けないの?確認は大丈夫?

 どうせ消えるから、要らない。

 

――約束、してたでしょ?

 ああ、ずっと一緒だ。

 

「だから……っ。お願い! 戻って来て!」

 

 

 

 

 

「――……あ」

 

 HPは赤く、そして視線を少し外せば見えなくなるほど細く、そんな『彼女』をいままさに俺は、踏み殺そうと――

 

レインが、レインがし……しんで――。

 

「俺は、人を、殺したのか」

 

「報いを受けろ」

 

 後ろから心臓が黒い剣に食い破られていた。一瞬で俺のHPが消し飛んだ。

 

 そして。そし、て。か、らだは。ちりぢりに、き、えて。

 

 自分が砕ける音を確かに聞いた。思考すらところどころ砕けて行くようで、今もこうして思考出来ているのが不思議だった。俺に残っていたのは糸くずのような思考と、そして絶望と罪悪感。そして微かに聞こえた知らないフレーズ。

 

「まさか、コレをこんなことに使うなんてな……。《蘇生》、ライヒ」

 

「……っ、こほっ、はあ、はあ――」

 

 五本の剣が俺の喉元に突き出される。俺の剣は全て取り上げられていた。そんなことよりもただ、この場から一刻も早くいなくなってしまいたかった。視線が全く定まらない。頭がくらくらして気持ちが悪かった。そしてただ思いつく限りに――

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 そこから先の記憶は……あまり残っていない。

 

 

 

***

 

 

 

 気がつくと、俺は宿屋のベッドで寝ていた。それに気がついたとたんにウィンドウを開いて自分以外が入ってこれないように設定した。あの狂気の後、とにかく罪悪感と絶望と、恐怖が俺を縛り付けている。布団にもぐったが、暗闇が恐ろしすぎてすぐに止めた。最早生きることを止めてしまいたい衝動に駆られたが、動くことすら怖くなった。

 

「ねえ、アンタいつまで何やってんの?」

 

「うるさい。出てけよ」

 

普通に受け答えをしてからはっと気がつく。声の主はそう、あのフィリアだった。

 

「あ、あ……あ」

 

「なによ。助けてくれたお礼も言えずに終わるとこだったじゃない」

 

 何を言えばいいのか、何を為すべきなのか。俺には分からない。

 




 
 求めるのならその全てには代償を。


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