ふと顔を上げる。
俺の目に映ったのは紛れもなく鬼の姿だった。血に濡れたように赤い髪に、黒い瞳、愛嬌のある顔。しかしその顔は歪みに歪んで原型を留めてはいなかった。これ以上俺の無様な姿を見られたくない。生きた心地は最早しない。
「もう、俺に構うなよ。レイン。初めからお前は、俺について来るべきじゃなかった」
「勇者さんが他にいるから?」
「
そうだ。お前に出会う前から、ずっと。
「二刀流だけでよかったんだよ。誰でもそう思うだろ。終盤にいきなりしゃしゃり出て来る俺なんかありがたくもなんともない」
本音は誰も語らない。だからこそ行動が如実にそれを映し出す時がある。何度もなんども繰り返される言葉。排斥はしない、しかし受け入れもしない道具を使うような態度。
「この中で何人が本当に俺を仲間だと思ってる? 誰もいないに決まってる」
ここにいるのはレインと、フィリア。その他にストレア。
「君は……君は、それでも人を救ったんだよ? フィリアちゃんを正しい道に戻して、それは君にしか出来ない事なんだよ」
「違う」
「何が!」
「何もかもが!」
布団を勢いよく払った。存在可能区域を外れたせいか、一人でにたたまれて足の先に戻っていった。ようやくまともに感情を表に出したせいか、長く感じていた乖離性が全て消えた気がした。
「今更仲間なんてクソ喰らえだ。第一お前らは一体何だよ。俺と同じ偽善者のくせして、俺に説教かまして楽しいか。俺が邪魔ならお前らが消えればいいだろ、中途半端に関わって利用して、その上捨てるなんて最低だとは思わないか。違うか」
「仲間じゃない! あたしは君の彼女だよ!」
何も言葉を返せない。
ロックを解除して振り返らずに出ていった。すすり泣きが聞こえたが無視した。これからは俺のために生きる人間を作りたくはなかった。そもそも俺にそんな価値は存在しない。これからはお互い自分のために生きて自分のために死ねばいいのだと心から思う。
ただ、どうしようもなく。俺を放さない因縁が存在する。
宿屋の外には黒の剣士が立っていた。そのはるか後ろまで攻略組の面子が俺たちを取り巻いていた。そう、俺を離そうとしないもの。それはきっと運命。きっと本当は繋がっていないもので、どこからかいたずらに繋がってしまって、何の意味もなさないままに離れることはなくなった。もはや間違った何か。
『離反者だ』
『裏切り者だ』
『恥ずかしくないのか』
『詫びろ』
『謝罪しろ』
うるさい。うるさい。もういいだろ。誰も知らない場所に行くから、お前らにはもう関わらないから、俺を解放してくれ。どうかお願いだ。
「決着を、つけたい」
決着も何もあったものではない。
キリトを完全に裏切って、俺は剣を無言で投げ捨てようとした。もう戦うのは疲れた。価値も名誉も勇者も勝利も最初からお前のものだと宣言するために。しかし剣はどこにもなかった。腰に二本下がっていたあべこべな二振りの剣はおそらくどこかの時点で回収されている。
「本気だけ見せろ、それ以外は許さない」
「……今更、ここで戦って、どうなる」
「ここでお前が決闘を拒めば、お前は逃げた恥知らずだ。俺の為に、お前にはここで完全に屈服してもらう」
剣を渡される。《
続いて《デュールライト》も返される。濁ったような刀身は何を語るでもなく俺の手に無条件で収まった。
もう、全てが分からない。戦う意味も何かを考える意味も俺の意思も他人の意思も。
「何でだよ。何でなんだよ! なんでお前と決着なんかつけなきゃいけない!? なんでお前らはそれを見てる! 意味なんかどこにもない!! お前らにあるとしてそれを押し付けるな! ふざけんな、ふざけてんじゃねえよ!」
「でもお前は逃げられない。俺はな、いいかもう一度言うぞ。お前をブチのめし叩き伏せてから屈服させたいんだよ。俺だってな、英雄の名前に縋ってないと生きていけないんだよ! お前が羨ましい。自分のために力を使えるお前が! ずっと目障りだったよ!」
戦う意味もない戦いは、どちらから始めたのだったか。どちらともなくデュエルを申し込んで受諾し、そして名乗った。
「《二刀流》、キリト」
「《
そう言うとキリトは満足したようで、そして覚悟を決めて距離を詰めてきた。多分二度と離れないであろう宿命を背負ったのだと俺は確信した。そして俺も遅れて一歩踏み出した。決着は呆気ないほどにその一撃で済まされた。勝負はついたはずなのに、剣を振り抜いた体勢のまま俺たちはしばらく動けなかった。
この決着の末路は、後にも先にも誰一人として真実を語ろうとしなかった。
逃避は救いにはならない。
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