虚ろな剣を携えて   作:狩奈

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天邪鬼

 

 俺のような友達の比較的少ない人種が、ひっそりと食事を楽しむ店。普段のここでの俺はあらゆるしがらみから解放されるひとときを楽しんでいるはずだが、今日の俺は空気を読むことを強制されていた。最近すっかり見ないと思っていたアルベリヒだ。

 

 プライドごと鎧を粉々に砕いたにも関わらず、全く同じ鎧を身に纏うその学習力の無さは感服する他ない。犬だって一度躾を受ければやっていい事と悪いことは学習するだろうに。相変わらず全てを見下したような態度で紅茶を啜っている。

 

「おや、《御影》殿。今日は何ゆえお独りで?」

 

「別に、ここが贔屓の店ってだけです。食事は静かに摂りたいので」

 

「ははは、それは失礼」

 

 何が失礼なのだろうか。確かに普通は一人でいる事を指摘されれば萎縮するのだろうが、俺は別にどうでもいい。むしろそっちの存在が迷惑なので出て行って欲しいくらいだ。

 

「失礼、ですか。じゃあ、アンタの取り巻きの無礼さをなんとかしてもらえます?」

 

 ちらと横目で店の一角の惨劇を確認する。女性プレイヤーが一人ナンパされている。その姿は遠目に見ても気分が悪い。ここで関われば無駄に因縁が増えると空気を読んで干渉はしない。

 

「いやあ、申し訳ない。何度も言い聞かせてはいるのですがね。女に飢えてしまうのは彼らの病気のようなものですよ。全く」

 

「へえ……。そういうあなたも随分と総督にご執心な感じですけど」

 

 総督とはアスナさんのことだ。親しくない人間にはそう呼ばれていると最近知った。だからと言ってどうということもないが、無駄に親しいと勘違いされても困る。ぶっちゃけ親しくなどない。

 

「それこそ男性の本能でしょう! 美女に目が眩んで何が悪いのか? 寧ろそれは美徳ですよライヒ殿。あなたも結婚していらっしゃるのでしょう?」

 

「あれは協力体制みたいなものですよ。ストレージ共有のメリットは言わずともわかるでしょ」

 

 会話の横で尚も続くマナー違反。そこまではいいが、問題はアンチクリミナルコードが発動していない(…………)ことにある。もう少し前なら、キリトが運命力を発揮して助けるだろうと考えていたが気が変わった。パスタ料理をいそいそと完食すると席を立つ。

 

「ああ、それと最近神隠しが起きてるって噂なんで、気をつけてくださいね。ギルマス不在だとメンバーも苦労するでしょうから」

 

「……ご忠告、痛み入ります御影殿」

 

 柄にもなく喧嘩を売ってみる。さて、次に神隠しに会うのは一体誰なのだろうか。ーーさて、まずは目前の面倒事を解決するのが先だ。静かに歩み寄り男の腕を掴む。

 

「はい、そこまでにしてもらっていいですかー。店内が騒がしくなるのでやるなら外でどうぞ」

 

「おいおい、坊主。これはこっち側の問題なんだよ。俺はこのお姉さんをお茶に誘ってるだけだぜ?」

 

「へえ……。じゃあ何でこの人は抵抗してるんです?」

 

「それはな……」

 

「で、何で抵抗してるのにコードが出てないんですか?」

 

 その言葉にはっとする男。()()()を看破されたことへの動揺が手に取るように分かる。そのまま数回の問答を繰り返すと、無様にも逃げ出していった。全く、あまりに分かりやすい。

 

「あの……どうも」

 

 控えめにお礼を言う女性プレイヤー。俺の立場上逆に不審者扱いされても仕方が無いのは知っているので、逆にお礼を言いたくなる。

 

「俺ですいませんね。次はキリト呼ぶのでそれで勘弁してください」

 

「あの……助けて頂いて、そんな事言われても、その、あの、ありがとうございました」

 

「別に」

 

 それだけ告げて店を後にした。どうも、あの店も通いにくくなってしまった。それだけを後悔しながら俺は宿屋へ向かった。

 

「やはり貴方は()()です。《御影》のライヒ」

 

 

 

 ***

 

 

 

 アインクラッドに残る未踏の層も片手で数えられるようになった。攻略重ねる毎に狭くなる層は最早脅威ではなくなって来ている。新出モンスターがボス以外にほとんどいないのがやはり大きいだろうか。

 

 茅場はこの状況をどのように見ているのだろうか。愉しんでいるのか、それとも焦っているのか。どちらにしてもラスボスなら殺す。今の俺では到底勝てないだろうが、それだけは決めてかからなければ勝てないだろう。

 

 そのあたりキリトはどう考えているのだろうか。

 

「さあな。でも負けるとは思ってない」

 

「そう言うと思った。でもどう言う状況で戦えるかってのも考えると中々勝たせてはくれないと俺は思う」

 

「へえ、例えば」

 

「レイドで挑めるのか、パーティ単位なのか、それとも選ばれた個人が単身戦うのか。ボスとして一体どんなステータスがあるかも想像がつかないだろ」

 

 アインクラッドに来てからというもの予想や希望は全て裏切られてきた。その中で最も酷い裏切りは、ゲームをもう一つの現実と謳ったことだ。現実で溜まったストレスなどなどを発散するための世界こそがゲームだと、そう信じてやまない俺を裏切った。

 

「結構考えてるんだな。てっきり殺せば変わらないとか言い出すかと」

 

「言ってくれるな、勇者サマ。俺はちゃんと現実に戻った時の事まで考えて動いてるんだよ」

 

「現実、か」

 

 何か含みのある表現。こいつもこいつで何かと苦悩があるのだろうか。俺には微塵も関係ないが、こいつの精神状態は周囲にも影響する。それはそれは凄まじい規模で。

 

 例えばキリトが頭が痛いと言って、攻略を休んだとしよう。 まずはアスナさんが確定的に看病と言って攻略を休む。次に新参組のシリカ、リーファ、シノンが俺にレベリングの手伝いを頼んでいたにも関わらず、見舞いと言ってドタキャンする。さらにリズが同様の理由で店を開ける。

 

 俺はと言うとパーティ消失により死の危険が増幅し、生還したとてなぜ見舞いに来ないのかとバッシングを受ける始末。

 

 とにかく、もう少しだ。あとほんの少しでこの世界から解放される。誰でもいい、誰かが茅場さえ殺せば後は自動でこの世界の何もかもが消滅するはずだ。今はそれだけ考えていればいい。

 

 だが、まだそれだけに集中は出来ないようだ。

 

「う、うわあぁぁぁ! やめ、許してくれッ!」

 

「おい! 悲鳴だ行くぞ!」

 

 相変わらずお人好しな勇者サマの後を追って駆け出す。頼むから面倒事はよしてくれと心底祈ったが、俺の願いは届かず。代わりに与えられたものは予想を遥かに飛び越えた面倒事だった。

 

「ほら、動いたら当たりどころが狂うだろう?」

 

 アルベリヒが、禍々しいフォルムの短剣をプレイヤーの体に突き刺しているのが見えた。蒼い光に包まれ、転移する時と酷似したエフェクトを確認した。恐らく被害者は――ギルド風林火山のメンバー。つまりここには。

 

「クソッ。その剣をしまいやがれ!」

 

 クラインが得意のカタナでアルベリヒを牽制しているが、恐怖を見透かしたかのようにアルベリヒはじりじりと距離を詰めていく。いよいよ間合いに入るといったところでキリトが間に合った。レベル相応の素早さで駆け寄るとクラインを下がらせる。

 

「見ていたぞアルベリヒ! その剣は一体何だ!」

 

「おや、黒の剣士様に……御影殿。そのように血相を変えてどうなされたのです?」

 

 少しも臆することなく上から目線の言葉を投げつけてくるアルベリヒ。かくいう俺も中々奇襲のタイミングを掴めない。あのダサい短剣が()()()()()()であることを知っているからだ。適切な距離を模索しつつ、キリトの反応を待った。

 

「お前、一体何者だ……」

 

「僕かい? 君たちなんかに答える義理はないねえ! あの時君たちはあろうことか僕を」

 

 話の途中で地面を蹴って飛び出した。とりあえずは組みついて短剣を奪う――

 

「そのくらいは読めていたよ小僧!!」

 

 明らかにシステムアシストだと分かる速さで振り向くと、俺の胸に短剣を深々と突き刺した。幸か不幸か()()()()()()()()()()()()()()()()()()。短剣が刺さったまま腕に組みつき、()()()()()()()()()。悲鳴を無視して腰のレイピアも遠くへ放り投げる。一連の動作を終えた後、逃れようとする取り巻きを同じ手法で取り押さえる。

 

「お前……覚えていろッ!」

 

 アルベリヒは自分一人転移脱出してしまった。刺さったままの短剣を抜いてようやく安心することが出来た。剣を収めると取り巻きの拘束を済ませたキリトらの元へ向かう。当然ながらご立腹のようだ、知ったことではないが。

 

「なんでお前アレに刺されて何にもねえんだよ!? 俺らが死ぬかって時に何でその秘密を言わないんだ!? アホなのか!?」

 

「はいはいうるさい。分かったから顔を寄せない。……簡単に言うと、あれはマスター装備だ。文字通り本来なら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ヤツが使うあれ」

 

「いや……でもおかしいだろ? じゃあ何でお前には効いてないんだ」

 

 疑念の眼差しが俺へと集中する。成程、確かにこれでは俺が管理者とグルであると疑われても仕方がない。しかしカラクリは単純だ。

 

「俺がホロウ・エリアの最高位テスターだからだよ。アイツよりもアカウントの序列が高いから俺には効かないって話だ」

 

 ホロウ・エリアに通い詰めるうちに自覚できるようになったこの感覚をなんと言えばいいのか。思うままに狂気を制御できるようになった、とでも言うべきか。制御が完璧であるが故に、寸分の狂いもなく大胆かつ冷静な動きが出来ている気がする。この感覚がまた、たまらない。

 

 この世界で俺を殺せるのは、最早(システム)のみ。その快感を胸に、俺は今日も狩りを続ける。

 

 

 






 艱難辛苦は乗り越えるためにある。


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