虚ろな剣を携えて   作:狩奈

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最後は君と

「いよいよ明日だねえ」

 

「そうだな」

 

 100層攻略前夜祭は既にお開きとなっていた。99層から見るアインクラッドの天蓋は第1層と比べると非常に薄くて小さい。そこから覗く微かな星の光を、俺とレインは二人きりで眺めていた。いままで話すべきことは話して来たし、今更愛の言葉を囁く必要もない。だからといって解放される歓喜を叫ぶのも不謹慎だ。

 

「ストレアのことは責任取って助けなきゃだからな……」

 

 99層ボス戦のことだ。最後の最後にアルベリヒが、アカウントの権限を行使して攻略組を抹殺しに来た。俺たちにデスゲームの宣告をしたローブのアバターを召喚し、さらにはその場の全員を麻痺状態にしてあわや絶命の危機だった。間違いなく死ぬはずの状況だったが――

 

 ――カーディナルがプレイヤーへ最初で最後の救済をした。

 

 それはどちらかと言えば怒りだったのかもしれない。『これ以上我が世界を汚すな』と吠えるかの如く、その場の全員の《トライレジスト》が成功した。それはまさしく世界そのものの咆哮。かくいうローブの巨大アバター、《ホロウ・アバター》でさえもそれに加担しているかのように瞬く間に討伐された。

 

 しかしアルベリヒはまだ折れない。往生際悪くもう一度全員を麻痺させてから「私が英雄になってSAOをクリアする」などと言って即死効果つきの武器を俺へと向けた。お前がいるから(・・・・・・・)全てが狂った。謂われのない非難に、()()()()()()()と飛び出して来たのがストレアだった。

 

「ライヒが皆の感情を背負って……苦しんで……。それは本来アタシの役目なのにね、ホントごめん」

 

 だからこそ、今、この瞬間がある。俺の死を回避する一手になりえたのだと、ストレアはそう言った。無理なハッキングで体がシステムに取り込まれようと、ホロウ・アバターとして最終ボスの消滅という矛盾を正すための生贄になろうとも。恨むでもなく、ただただ誇らしげにそう言った。

 

 

 それでは駄目だと何故分かっていないんだろう。

 

 命を賭してでも守らなければならないのは誰か? 

 

 そんなものは言うまでも無く《黒の剣士》だと。

 

 どうしてレインもストレアも、ユウキでさえも。

 

 俺にそこまで思い入れているのかが分からない。

 

 

 だから俺の存在のせいで危険に足を踏み入れているのなら、俺のせいで苦しんでいるのなら。せめて普通に戻して、いつも通りの姿でいられるように努めて。せめてもの償いに、この世界が終わってしまう前に、俺は全部直してからこの世界を去る。

 

「どうしたの? 珍しくやる気になっちゃった顔してさ」

 

「あー、うん。やる気は出さなきゃならんけど、それよかは覚悟を決めてる感じだよ。だからそのために色々捻りだしてる」

 

 そうでもしないと恐怖に押しつぶされそうになる。いくらアルベリヒとはいえあそこまで圧倒的な憎しみや殺意を向けられてしまえば、いままで死を忘れていようと関係なく怖くなる。頭の中がごちゃごちゃして何を言えばいいのか、何を考えればいいのか分からない。本当に覚悟を決めているのかも怪しい。

 

「わーーーーーっ!!」

 

 意味も無く叫んでみる。声は返ってくることなくどこかへ吸い込まれていく。

 

「だめだ、全然すっきりしない」

 

「そりゃあそうだと思うけど……」

 

 呆れた様子のレインは、ねえ、と前置きをして唐突に真剣な様子で話し始めた。

 

「前にさ、ライヒ君はちゃんと色々持ってるんだよって話したの覚えてる?」

 

「ん? うん」

 

「ここで問題っ! ライヒ君が持ってるものってなーんだ!」

 

 スキル、違う。レベル、違う。両利き、合ってるけど違う。俺がこの世界で持っているものと言えばそれくらいしかないと思う。両利きに関してはリアルの特徴でもあるけれど、リアルの俺に何かとても凄いといわれるような特徴は無い。

 

「……本当に分かってない?」

 

「いや分からないってば」

 

 言いたいことがあるならはっきり言ってくれ、と促すと意外にあっさり答えを教えてくれた。

 

「正解はねー……勇者の資格、だよ」

 

 ――はあ。

 

 そんな返事しか返せない。勇者なわけではなく、あくまでその資格と来た。全くもって情けなく、恥ずかしい。そんなものがあったところで俺のスキル熟練度やレベルに影響が出るわけでもない。せいぜい瑣末なプライドを満たすためのエッセンスにしかならない。そんなものは無駄だ、無駄だとよく分かっている。なのに――

 

「嬉しくないのに……嬉しいんだよなあ」

 

「でしょ? 色々あったけどとりあえずこれだけは言っておきたくて」

 

「また《嘘》か?」

 

「どうかな、リアルのほうで確かめてみたら?」

 

「リアルで会えるわけないだろ。個人情報教える気無いし」

 

「恋人同士なのに?」

 

「関係ないだろ。ゲームが終われば俺は弱りに弱った学生だ。お互いにすることもあるだろうし、そんなことにうつつを抜かしてる暇なんて無くなる」

 

 唯一例外があるとすれば、偶然同じ病院に搬送されていて、さらに偶然ご近所さんだったときくらいだ。勿論あり得ないことだ。ただ、極小の確立の中でもしもそれが本当に起こったのなら考えなくもない。

 

「そうだよねえ。あたしもやりたいことあるから、確かに会えなくなるかもね」

 

「分かってるならいいだろ。全部ここで終わるんだから」

 

「じゃあさ、せめて最後は一緒にいさせてね」

 

「最後までは、な」

 

 

 

 ***

 

 

 

 最後にやり残したこと。どうしてもやっておきたかったこと。よくよく考えてみれば俺にも一つだけあったんだ。この世界で初めて信用した奴に、最後にどうしても会っておきたかった。直接は無理だが、せめて文通だけでも。

 

「……ルクス。わざわざ来なくてもいいって言わなかったか」

 

「ううん。別に攻略に参加したいわけじゃないし、最後の物見遊山って感じかな。上層の街とか観光しながら明日は過ごしたいなって」

 

 それは俺の師であり、俺を殺そうとした仇敵でもある。()()()()()()()から片時もコイツへの復讐心を忘れたことは無い。そういう意味で最も信用した人間に会っておきたかった。

 

「アンタに負けて、でもやり返して……。そうでもしなきゃ兄弟にも会えなかったし、生き抜いてやろうとも思わなかったんだろうな」

 

「キミの助けになったなら嬉しいな。殺しがいありそうだし」

 

 しばしの沈黙。

 

「殺すぞ」

 

「死になよ」

 

 どちらともなく喉の奥から笑い声が漏れる。くくく、くくく。

 

 それはそうだ。互いに思っているのだ。思い続けなくてはならないのだ。たとえどれほど嫌だったとしても、コイツをブッ殺したいと。

 

 そんな俺らが仲よさげに会話しているのだ。可笑しくて可笑しくて仕方がない。

 

「そうだ、ヘッドから伝言。忘れたら殺されそうだし――あ、それはそれでいいんだけど」

 

「死ね。ゴタク並べはいいからとっとと言って消え失せろ」

 

「じゃあ、ささっと。『It`s show time』。おわり」

 

「あ、そう」

 

「何か伝えとくこととか無いの? 折角来たんだからそれくらいはするのに」

 

「今更ないよ、本当に。終わるまで何も言うことなんてない」

 

 ふーん、とルクスは零した。俺を本気で心配している。弟子だから、分かる。実際βや本編の序盤では散々戦い方をレクチャーしてもらった。勿論こっちで殺されかけてからは、見かけたら即殺しにかかった。

 

「ないならいいや。それじゃ、もう行くね。愛してる(殺したい)よ、ライヒ」

 

 狂気はようやく終わる。俺も、世界も。

 

 

 





 誰かが負の感情を背負うということは、他の誰かが負の感情を背負わなくてもいいという事。

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