虚ろな剣を携えて   作:狩奈

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オーバーライト

 浮遊城の頂は、どこまでも血の色に染まっていた。王宮へと至る通路を通る俺たちは見ようによってはさながら地獄の淵を歩く亡者に似ている。或いは数時間数分、もしくは数秒先に控える俺たちの末路が映し出されているのかもしれなかった。

 

 正直なところ今の俺達は倒すべき何かを知らない。先のホロウ・アバターを倒さなければならないのか、それでストレアが救えるのか、本来のラスボスであるヒースクリフはどうなっている? 英雄譚にしては起承転結がまるでなっていない、その世界の最終章はどのように終結するのか。

 

 ようやく扉の前に到達しても、誰も何も言わなかった。先頭のアスナさんがこちら側に振り向き、攻略組(プログレッサー)の顔ぶれを一つずつ確認する。恐らくは一番最後に俺と目を合わせた彼女は深々と頭を下げた。今更何をしようと俺が犠牲であったことは覆しようがない。いずれにしてもこの戦いが終われば俺はアインクラッドでの出来事の一切合切全てを忘れて現実での生活を取り戻す。俺以外――特にキリトの仲間たちはこの世界での出来事のは大事にしていくらしいので、一生俺を犠牲にしたことを悔やんでいてもらいたい。

 

 アスナさんが鋭く剣を抜いた。俺たちもそれに倣った。

 

「行くぞッ――――!!!」

 

「「「応ッッ――――――!!!」」」

 

 

 

 ***

 

 

 

 其は、汝らの産みし獣なり。

 

 其は、かの者への許しなり。

 

 故に。其は、世界への憎悪なり。

 

 ――汝ら世界を憎み、破壊を欲するのならば――

 

 我を滅ぼし証明せよ――!! 

 

 

 

 およそ人間のものではない声が仮想の大気を揺らす。俺たちはまるでスタンを受けてしまったかの如く動けない。そう、俺達の目の前に存在するボスはホロウ・アバターでもストレアでもない。体の半分を床に埋めた巨大な異形が俺たちを迎えた。

 

 紫に彩られた体は、素体がなんであったかを如実に示している。しかし余りに大きすぎるその巨体を見上げるうちにそれはストレアでは決してないと嫌でも理解させられた。腹部に埋められた血の色をしたコア部分は視界に入るだけで生理的嫌悪をもたらし、口からは時折ぐじゅりぐじゅりと妙な音が聞こえた。

 

 そして、巨木のような腕をゆっくりと動かして掌をコアにかざす――

 

 ――ブラスター・ホロウ

 

「避けろ――――ッ!!」

 

 いち早く危険を感じた誰かが叫ぶ。誰が言ったのか、などと確認している余裕はない。飛び込むように横へ身を投げた。あとコンマ一秒でも遅れていたらどうなっていたのだろうか。さっきまで俺が立っていた場所が極光に呑まれ、遅れて耳障りな高音が聴覚の全てを奪っていった。

 

 冷静さを保ちつつレイド全体のHPバーを確認する。そして驚愕した。五人のHPが既に消し飛び、その名前は灰色に染まっていた。全身に襲い来る恐怖を何とか振り払いながらボスの方を見ると、巨大な腕で体を支えて疲れたようなモーションを見せている。恐らくは、そうそう何度も放てる技ではない。

 

 だが、だがこれは一体なんなんだ。終わりの瞬間さえ見届けられることなく死んでいく人の姿を目の当たりにして誰も何も思わないのか。見ている者が茅場でも、カーディナルシステムでもいい。こんな残酷な死に方をさせていいものなのか。こんな反則がまかり通った世界に一体何を見ているのか。

 

「全部隊、とにかくボスに張り付いて! まずは腕を破壊します!」

 

 扉は既に閉じている。ならば、戦う以外に生き延びる方法はない。

 

「先行します!」

 

 同じ部隊のAGI型プレイヤーがいつもボスに挑む時のようにボスへ迫る。そこには一切の油断も、慢心もなかった。しかし、それを上回る速度で振り上げられた腕が視認すら許さない速度で振り下ろされた。まるで目障りな虫を叩くように、一切の容赦なく。

 

「ぁぁぁぁあああああッ!!」

 

 ここまでたどり着いたのだから、彼のAGIは全プレイヤーの中でも最高峰であるはずだ。それが全く通用せず、呆気なく砕け散った。余波の衝撃で体が浮き、数メートル飛ばされてしまう。

 

 悲痛な断末魔を全てなかったことにするように、ボスが吠えた。HPバーに表示されるはずの固有名がある筈のスペースぬは文字化けしたあとの記号やら文字が浮いていた。

 

「接近も許さないなんて……。一体どうすれば」

 

「遠距離攻撃……魔法で戦うのが一般的かな」

 

 レインが畏怖に表情を染めた。SAOに魔法は存在しない、つまり今の俺たちでは何があろうと勝てない相手というわけだ。おまけにほぼ全ての攻撃は喰らえば最後即死だろう。

 

 投剣は論外、なまじ当たってもダメージは全く期待出来ない。

 

 突進技をコネクトし続けて接近、どう考えても途中で潰されるかビームで死ぬかのどちらかしか未来が見えない。

 

 肉壁、無駄。

 

 ガード、無駄。

 

 無意味、無駄、無価値。

 

 自分にできる行動全てが自分によって否定される。勝てない、負ける、死んでしまう。ボスが再び腕をコアにかざして光を収束させる。空間全体が揺れたような気がした。

 

 収束された光は先程よりも明らかに大きい。ボス部屋ごと焼き払われる勢い。唯一対抗の可能性があるのは武器防御系のスキルだが、果たして武器防具すら溶かすビームを去なすことが出来るのだろうか。

 

「私の弓なら届くから、絶望するならその後にしてくれる?」

 

「おい、何を……」

 

 シノンが弓を構えた。そして放つ、ソードスキル。確か名前を《ストライク・ノヴァ》。距離が遠ければ遠いほど威力の上がるスキルだと聞いている。そしてそれはこの状況では凄まじく効果を発揮した。コア部分に弓矢が命中する。

 

 三段ゲージの一本目が、たった一撃で半分ほど消失した。

 

「LOOOOOOAAAAAAAAA」

 

 

「「「シノンさん、マジカッケええええ!!!」」」

 

 この世に在ってはならないような程におぞましい咆哮をも上書きするように、俺たちもまた吠えた。びりびりと心を震わせる鬨の声(ウォークライ)に、プレイヤー全員のボルテージが高まっていく。そして戦意がようやく一つになりボスへと向く頃には、俺は既に全力疾走でボスの懐まで入り込んでいた。大技を潰されたのがよほど効いたのか、未だに疲れのモーションから立ち直れていない。しかしコアは何か――恐らくは触手群に囲まれて簡単には近づけなくなっている。

 

「全員ライヒ君の支援を! シノのんは隙があったら確実に技を当てて!」

 

「でも、アイツが射線上にいたら……」

 

「いや、大丈夫だ。ライヒなら全部計算してる筈。だから信じて待っておいたほうがいい」

 

「キリト、アンタはどうすんのよ」

 

 一拍置いて、一言。

 

ボスのLA取りに行くんだよ(MVP奪うわ)

 

 そんな会話を微かに背負いながら、コア部に何とか接近しようと無数に襲い来る触手をひたすら捌く。時には剣を放り捨て、短剣や拳脚で掻い潜る。勿論隙を見てシステムメニューのクイックチェンジも忘れない。突き出された職種を被せるように断ち切り、無効化していく。ステップでかわしつつも、素手で次の一本を引きちぎる。足を取られたら最優先に無効化する。

 

 そんな攻防が何回続いただろうか。ついにコアが再び剥き出しになった。ここまで来て出し惜しみはしない。

 

「《OSS(剣技連携支援システム)》、起動」

 

 僅かな隙間をソードスキルでごり押しする。初撃は《ノヴァ・アセンション》。超高速で体が動く間にも、左手のレイピアを次の技の起点に持っていく。二撃目、《キグナス・バラ―ジ》。

 

 技を当てるたびに凄まじい速度で減っていくHPゲージは既に半分を下回っている。それもそのはず。このボスは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ボスに仕立て上げた存在だからだ。ホロウ・エリアの一件でSAOというシステムそのものへの理解を深められたお陰か、直感的に分かる。

 

 いまやカーディナルは神にすらなったのだと。

 

 恐らくストレアは取り込まれた後も激しく抵抗したはずだ。俺と言う悪意のスケープゴートの存在によってほとんど自我を失わずにいられたに違いない。そして多分、例のボスアバターに打ち勝った。ここまではいい。しかし、こうなるとボスがプレイヤーではない何かに退治されてしまうというカーディナルにとっても予想外の出来事が起こってしまった。だがカーディナルは冷静に、一つ決断を下した。

 

 都合のいい素材が、今、ここに、あるではないか。

 

 恐らくはこういう経緯だ。急造のせいなのかあまりにも粗削りだが確かにラスボスとしての性質は十分すぎる。十分すぎるほどに不条理な強さだ。どんな思考をすればこんな考えに至れるのかは全く持って疑問だが、その企みも間もなく潰える。責任をもって叩き伏せる。

 

「シノンッ、キリトォォォ!」

 

「お遊びは無しね」

「セ――――アアア!」

 

《ストライク・ノヴァ》、そして《スターバースト・ストリーム》。ユニークスキルの中でも最高峰の威力を持った技が余すことなく突き刺さる。凄まじい勢いで減っていくHPゲージを祈りながら見つめるプレイヤーたち。やがて黄色から橙、赤へと突入し――。

 

 

 

 

 






 救済の祈りとは力への欲望。

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