みんなが偽善なら、俺は偽悪?
実は、割と71層には思い入れがある。『七十五層事件』の折にスキル熟練度が軒並みリセットされたせいで、上層に行くのを取り止めにして数か月この層でスキルを鍛え直していた。だから他の層よりは構造を細かく把握していたりする。そんな中久しぶりの主街区《オブシディア》に到着すると、まるで学校から家に帰ってきた時のような――酷く懐かしい――感覚に囚われてしまう。確か、一番安い平家を買ったはずだが地図にマーカーが表示されていない。やはりというか、ココは先程まで俺の居た場所ではない。だったらここは何処なのか。例えば、ホロウ・エリアのシミュレーション空間に迷い込んだとか……。
「ここは少し人目に付きすぎる。どこか、場所を変えて話をしないか」
「あー……、うん。了解。そこの細道の奥に隠し酒場があるから、案内するよ」
ソラとやらはあまり人を疑った事がないのか、ちょっとした疑惑の眼差しも増して険悪な表情に映る。余程信頼のおける人達に囲まれているなんて、SAOに来て結構月日が経つが珍しいこともあるものだ。或いは、レインとの関係に慣れすぎて俺がいたずらに偏見を持っているだけかもしれないけれど。ごちゃごちゃと余計なことを考えつつも、バ火力持ちプレイヤーを先導する。勿論表情は悟られていない。深刻な表情ほど人に不信感を持たせてしまうから。
とあるポイントの木箱を押して移動させると、階段が表れて地下へ進めるようになる。その先にあるのはシックな酒場。一定の静けさを保ちつつも独特の雰囲気を損なわず、寂れた老舗とはまた違う。とにかくお気に入りだった店で、隠れ家としても使っていた。バーと言い換えてもいい。適当な席に二人して座ると、適当に飲み物を注文した。ここは俺のオゴリということにしておく。別に、大した金額でもない。
「それで、話がしたいんだっけ? じゃあ、取り敢えずは自己紹介から始めよっか」
「ああ、そうだな。俺はソラ、ギルド《イノセントエクセリア》のマスターをしてる。そのまんまソラって呼んでくれ」
「じゃあ、次は俺。ライヒ、普段はれい――もとい相方とパーティー組んでる」
出来るだけフレンドリーさを意識しつつも、こちらからあまりペラペラ話さないようにする。特に意味はないけれど、あだ名について『ソーラン節』などという極めて失礼な案が脳裏を掠めていった。口に出した瞬間速攻で剣を向けられそうなので絶対に言わないが。ともかく素性は明かしたし、ようやくまともに会話が出来る。まずはお互いに現状の確認をしたいところだが、どうやって切り出したものだろうか。適当に『うーん』と声に出しつつ、少し迷ってから口を開いた。
「まずは……。共通認識として、討伐が終わったはずの《シャガラガラ》が復活して道を塞いでいる――ってことでいいんだよな?」
「いいや――シャガラガラは一度たりとも倒されていないぞ? そもそも、71層が解放されてまだ三日だ。攻略もロクに進んでない」
薄々勘づいてはいた。でも心のどこかで、そんなことある筈が無いと笑い飛ばしてもいた。だから敢えて確認してはみなかった。まだ、変な夢で済まされるのではないかと期待していたから。今度こそ、独りぼっちで地獄に放り込まれるなんて耐えられないだろうと思っていたから。一言ことわってから、震える指で《ミラージュスフィア》をインベントリから取り出しアインクラッドの全貌を表示する。72層以上の階層は全て黒く染まっていて、帰還する望みは存在しなかった。がっくりと肩を落とす。実際はそんなことでは済まされないくらいに絶望していたが、懸命に表情に出すのだけは堪えた。いっそ泣いてしまえばよかったのに、俺は変なところで不器用だった。
「ライヒ、お前はどこか別の世界から来た……。そういう事でいいのか?」
「さあ? 俺が一番それを知りたいんだけど……まあ、今はいろいろ内緒にしてくれると助かる、かも」
主にこっち側の攻略組で起こる騒動とか。別に俺は何を知られたとしてもほとんど被害を被ることはないし、闇討ちくらいは日常茶飯事として返り討ちにできる。まだ師匠と活動していたころの話ではあるが、PKerを粛清して回っていたらその類の連中から山ほど恨みを買われるのも仕方がない。そのおかげで、PvPではまず負けないくらいの強さを得られたのは否定できないけれど。今でもPKer粛清者は少なからずいるし、どうということはない話ではある。その師匠がPoHに魅せられてしまうとは夢にも思っていなかったが。
「わかったよ、確証がないことを皆に話すわけにもいかないしな。……それで、だ。ライヒ。お前の知ってる限りの最前線はどこだ? こればっかりは『わからない』で済まされちゃ困る」
「信じるかは任せるけど――100層直前。ついでにレベルが高いのは上層だから当然ではあるんだけど、はぁ……。どうやって説明したものか」
「ま、まあその辺はなんとかなるさ。答えてくれてありがとう。それで、そっちから質問はあるか?」
聞きたいことはそれなりにあった。『あのスキルはチートなのか』、『強い力があるのに何でこんな時にまで隠すのか』、『お前は本当にSAOにゲームをしに来たのか』などなど。しかしこれらは間違いなく地雷だ。逆鱗と言ってもいい。見えている危険物にわざわざ触れようとは思わないし、実際俺も何かと言えたクチではない。それに、単純に聞いてしまうのが怖い。見てしまったからには……なんて可能性もゼロではない。やろうと思えば、向こうはいつでも俺を殺せる。だから絶対に敵対だけはしたくない。
「うんまあ、今のところはないかな。それよりも乗り掛かった舟だし、攻略に混ぜてもらえるか? 『最弱のユニークスキル』使いではあるけど……何かの役には立てるかもしれないし」
「俺としては歓迎なんだけど……。流石に俺の一存だけじゃあな。明日会議があるからそこで俺が紹介するよ」
そこは是非とも鶴の一声を発動してほしかった。まあ、利害とかいろいろ関わってくるのは十分に理解している。俺もその中枢にいたわけだから、嫌でも理解してしまう。しかし会議か……。75層に上がってきた時のことを思い出す。だって、パターンがまるっきり同じなのだから仕方がない。まさかあんな経験を二度も味わうことはないだろうが、何が起きるかなんてその時までわからない。
「了解。騎士団長様はなんて言うかなあ……」
「大丈夫、きっと認めてもらえるよ。そういえばお前はこれからどうするんだ? お前の相手になりそうなモンスターはいないと思うけど」
「そうなんだよな……。シャガラガラも強いんだけどレベルが低すぎて
「そうか、特に用事がないなら――ウチのギルドホームに来ないか? 歓迎するぜ」
「え? ああ……」
返事こそ頼りないものの、内心では大いに喜んでいた。タダ飯、ゲット。
***
もはや忘れていた22層に《イノセントエクセリア》のホームはあった。第一印象は、おお結構立派だな。そんなところだろうか。ソラに続いてホームに入ると、既に帰って来ていたらしい先程の女性プレイヤー二人が出迎えに来た。うわ……本人に自覚はないだろうけど金ピカ鎧さんの威圧感が凄まじい。
「先ほどの方ですね。夕食のときに全員が揃うので、自己紹介はその時に」
「あ、はい」
ふと横に視線を移すと先ほどのメガネっ娘がこちらを凝視していた。やはり怪しまれているのだろう。ソラを先輩と呼ぶくらいに尊敬していたのに、レベルに関してはその上を行く俺が突然現れたのだから反応としては当然だ。表立って邪魔だと言われていないだけ感謝するべきなのだろう。言及されたときの言い訳の一つも考えておくべきだろうか。
「お、そろそろ皆が戻ってくる時間だな。ライヒは適当に座っててくれ。飯の準備は俺らでやるから」
「ん。悪いな」
テーブルに頬杖を突きしばらく暇を持て余していると、奥の扉が開いた。他の団員だろうか。目線をやると、そこには
「あぁ、彼がさっきメッセージで言ってた――」
「そう。ライヒって言うんだけど、事情が複雑らしい。でも剣の腕に関してはとんでもないやつなんだ」
「へぇ、ソラもたまには面白そうなやつ連れてくるな」
「たまにって……こんなこと今日が初めてじゃないか」
「そうだっけか?」
呑気に頭をかくキリトに、この場の全員が呆れ顔をした。SAO随一のトラブルメーカーが何を言い出すかと思えば……。それはともかくとして、俺を除いてこのギルドのメンバーは11人。割と大所帯だが人数のおかげか食事の準備は割と早く終わった。アスナさんに促され、改めて自己紹介をする。
「ライヒです。普段は相方とパーティープレイしてます」
我ながら短すぎるとも思うが、これを超えるものがいる。もちろんキリトだ。あいつの自己紹介『キリト、ソロだ』を超える自己紹介なんてどこを探しても存在しないだろう。自分でソロを名乗ってしまうところもポイントが高い。あれだけ仲間に囲まれておいて何がソロなんだか。もちろん向こうにも存在した面子――同一人物かは知らない――に加えて他何人かとも挨拶を交わした。ベルク―リだとか、ロニエ、ティーゼ、アリス、アリシア、ユージオ。《生命の碑》にそんな名前は載ってなかった。こっそり写しと照らし合わせてみた結果だ。間違いない。
挨拶もそこそこに、ようやく晩飯にありつくことができた。ソラ曰くギルド団員の大半は《料理》スキルをマスターしているのだとか。確かに味はSAOでは一級品だ。素材もB+級をふんだんに使っている。A級S級ともなると労力が一変するのでそこは仕方がない。レインはしょっちゅうA級食材を持ち出してお弁当なんかを作っていたが、改めて考えると一体どこから持ってきていたのだろうか。ともかくいくら招待されたとはいえがっつくのも行儀が悪い。ご飯なんかをメインに食べながらおかずには手を出さずに端っこの野菜なんかを摘まむ。
「口に合わなかったか? 苦手なものがあったら遠慮なく言ってくれていいからな」
「全然平気。ご馳走になってるから遠慮してただけ。あんまり大勢で食べることもなかったし」
「遠慮しないで食べてやってくれ。そっちのほうがアリスもアリシアも喜ぶ」
小声でのやり取り。気遣ってくれたことに感謝しながら、一番大きな唐揚げを強奪した。キリトが悲痛な表情を見せるが、構わず一口で頂く。こういう時に限っては大勢での食事も悪くない。
***
質問攻めに合うこと数十分。ようやく解放された俺はあてがわれた部屋のベッドでごろごろしていた。普段ならスキリングでもするところだが、実際問題としてできないのだから仕方がない。ホロウ・エリアに籠っているとどうもそのあたりのギャップが大きくなりすぎて困る。ふとシステムクロックを覗くと、同時にドアがノックされた。きっかり約束の時間の30秒前。
「どうぞー」
「夜分にすみません。あとお時間を頂いたことも」
「暇だったし丁度いいよ。それで、さっそくなんだけど聞きたいことって何さ? あ、椅子どうぞ」
ありがとうございます、と言葉を置いてからメガネっ娘――アリシアは俺に質問を投げかけた。
「『強い』とは、どういう事だと思いますか」
「哲学とかは勘弁してくれ。これでも精神的にはまだ中学生なんだ」
「すみません。私にもよくわかっていなくて……。その、なんていうか、ソラ先輩やキリトさんのようになるためにはどうすればいいですか? たぶん、ソラ先輩よりもレベルの高いライヒさんならわかっていそうな気がして」
彼女の言葉の本質が、データ上の数値を指しているのではないことはすぐにわかった。そしてその疑問はもっともだ、とも。それと俺にそんなことの回答を求めるなんて酷い皮肉もあったものだ。
「てっきりレベルについて詰問されるのかと思ってたよ」
「先輩の独り言を聞いちゃったんです。だから、ライヒさんの力は決して反則ではないと信じます」
中々逞しいな……。しかしあいつ、そこまで俺の処遇に悩んでいるのか。気持ちは分かるけど、ひやひやするから独り言は控えてほしい。
「その上で、お聞きします。強さとは、何ですか?」
じっとりと重苦しい雰囲気。ここまで真摯に聞かれてしまえば、俺なりの答えをなんとかひねり出すしかない。いや、一つだけ。どこかで聞いたような言葉が湧いてくる。どこで誰が言ったのかまでは分からない。けれど説得力のある一言。しかし俺は残酷極まりない事実を述べることになる。果たしてどう受け止めてくれるのか。意を決して口を開いた。
「資格。強さっていうのは、資格がないと、手に入らないんだよ。どんなに願っても努力しても、そういった資質を持った奴には絶対に勝てない。
そしてアリシアは――くすりと笑った。
「哲学、得意なんじゃないですか」
「……そうかな」
「はい。それじゃあ、参考にさせてもらいますね。今はないかもしれませんが、いつか資格が手に入るかもしれませんから」
失礼しました、と言ってからアリシアは出て行った。柄にもなく語ってしまい、少し憂鬱だ。そういえばソラにも呼ばれていたはずだ。いつの間にかホームからいなくなっているのを確認すると、アリスさんのもとへとソラの居場所を聞き出しに行った。アリスさん自身ソラがいなくなっていたのには気づいていないらしかったが、なぜか居場所は知っていた。いそいで指定の場所へと向かう。
――いた。
主街区の隅にある隠し湖の畔にソラは座っていた。大きな月は夜空と、湖にもう一つ。
「よくここがわかったな」
「アリスさんに聞いたんだ。まあ、探そうと思えば俺だけでも探せたかもだけど」
「そうか、納得だ。今のところこの場所は俺とアリスしか知らないからな。――もちろんお前はノーカウントだけど」
断りを入れてから横に並んだ。目の前に広がるのは偽物の景色。残酷な世界を嘘で塗り固めるための、ほんの少しの要素。しかしまたどうして抜け出す真似をしたのか。おかげで全力で走ってくる羽目になった。時間に遅れて軽蔑されても困る。
「綺麗だと、思わないか」
「現実なら惜しみなく言えるんだけどな」
「それは……そうだけど。ここでしか見られない綺麗なものとか、ここだけの出会いとか、たくさんあると思うんだ。うちの近所は割と建物が少なくてさ、空にはたくさん星が見えるんだけど、ここまでの景色は絶対に向こうじゃ見られない」
何処かで聞いたような、本気か詭弁か分からないような理屈。俺はそれらを全部引き裂いてここに立っている。だって、全部まやかしにしておかないとここで受けた俺の苦痛はどうなる? 全部偽物にしておかなければそれこそ俺が報われない。現実に帰ってまでゲームの事情に引きずられてたまるか。
だからあえて、こう言い表そう。
そんなわけでコラボ編第三段です。本編の方もちょくちょく進めているのでいい感じにバランスが取れているかと。前にもお話ししましたが、一話ごとにジャンヌ・オルタ氏とは綿密に構成を話し合っておりますので楽しんでいただければ幸いです。
感想その他お待ちしております。