ゲームなら愉しもうか。生きるも死ぬも所詮は幻。
目が覚めるとほんの少し埃っぽい部屋のベッドの上にいた。世界は都合の悪い現実を夢にはしてくれないし、都合のいい夢ほどそれは夢だけで完結してしまう。酷く憂鬱な朝は遅れることなくやってきた。寝巻を外しいつもの武器防具に身を包むと、昨日夕食を食べた居間へと向かう。流石に午前六時となると誰も起きてはいない。手近な椅子に座り、暇つぶしに短剣を一本だけ足のホルスターから抜いて手で弄ぶ。
《異双流》は両利きであるというだけでは完全に扱えない。《二刀流》や《神聖剣》はそれだけで完結できるが、《異双流》はそれらのスキルとは少し仕様が違う。なぜなら《異双流》は《片手剣》などの武器スキルではなく、《索敵》と同じカテゴリの補助スキルに分類されるからだ。専用ソードスキルが一つしか無いのもそれが理由。《異双流》とは即ち本来なら噛み合うはずのない別種のスキルを無理矢理繋げるためのスキル。それ故に、腕は勿論のこと指先一ミリの極限まで自在に動かせなければまともに扱うことなど出来はしない。
そう、俺は世界に『歪で在れ』と命じられた哀れなモノ。
足音が聞こえてくると同時に装備をストレージに仕舞いこみ、一人一人にしっかりと頭を下げて挨拶をした。どれだけ歪んでいようがお世話になっているのにお礼を言わないほど人としてクズになった覚えはない。朝食はサンドイッチだった。朝はパン派なのだなとどうでもいいことを知った。
***
「KoB、DDA、風林火山、それに『レギンレイヴ』と『ペンドラゴン』か。後者二つは知らないな……」
「そうなのか? 因みにそれはギルドの名前が違うのか、存在しないのか、どっちだ?」
「後者だ。俺の所はKoBとDDAのツートップだった」
指定された会議場に着くまで軽く情報の擦り合わせをやっておくことにした。ギルドにまで違いが及んでいるとなると、流石にこれ以上現実から目を逸らしていられない。いい加減に覚悟を決めないと駄目だ。ここから先の事のほうが今はもっと重要なんだから気を引き締めるべきだ。いかに穏便に、どさくさにまぎれた感じで攻略に参加するのか。どうにかして信頼までとはいかないでも、疑いの視線を晴らさないと。考えることやることは山積みだ。
会議場に着く合間も、着いた後でも妙な視線は張り付いている。俺が今現在一番困っているのは、正面切って『怪しい者ではないですよ~』と言えないことだ。いやまあ、実際全力で怪しい者だから当然だけど。一切の間違いなく怪しい者だから仕方ないけど。
「すまない。居心地はよくないだろうがここは耐えてくれないか」
「へーきへーき。コレよりひどい目に会った事あるし」
実際周囲の目線による心理的ストレスは無いに等しい。あいにく自分の保身に頭がいっぱいでそこの所まで意識が回らない。簡素な席に着き集合時間の午前十時を待つ。SAOにおける攻略会議で最後に来るのはKoBだと相場が決まっていて、それはここでも同じらしい。正直なところ俺はKoBのそういった態度が非常に気に入らない。攻略組を引っ張る存在だかなんだか知らないが、だったら早く来て弁当の一つも支給してもらいたい。
予想通りがっしゃがっしゃと派手に鎧を鳴らしながらヒースクリフ様御一行がやってくる。直にヒースクリフを見るのは久しぶりで、しかしどうしても意識せずに緊張してしまう。こんなクソゲーを作り出したマッドサイエンティストを前にしているのだから仕方がない。ここの世界ではどういう扱いなのかは知らないが。ともかく、ヤツは俺と目が合うや否や――いやめっちゃ驚いてるよあの人。てか絶対事情知ってるだろ。一瞬だけどあんなに目を見開くなんて普段のヒースクリフなら絶対にやらない。
「では攻略会議を始めよう。皆、静粛に」
騒がしかった会議場はこの一声で静けさを取り戻した。淡々と行われていく会議を、時折あくびをしながら聞き流していく。横に座るソラに肘で小突かれた。いやさ、君たち余裕なさすぎではありませんかね。こんなガッチガチに構えてても死ぬときは死ぬし楽に構えて視野を広げることに努めたほうがよっぽどいいと俺は思う。そうじゃなくても多少は冗談を交えるとかしたほうがいいんじゃないのか。ヒーさん? あなたに言ってるんですよ?
ここの会議の特徴はとにかく綿密であることだ。リーダー格の人間が多いおかげで意見を比較的言い易い場となっている。だが権力が分散しすぎかもしれない。この雰囲気のせいでお互いが言いたいことを言いすぎている。利益を狙う人間が多すぎると会議がややこしくなるのは必然と言ってもいい。だからと言って俺の知ってる会議のような、まるで決定事項を読み上げるかの如く淡々とした会議がいいというわけでは決してない。あの会議にはそう、拒否権というものが存在しないのだ。色々と比較してみて思ったことを込めて、つい一言だけ口から出て来てしまった。
「すごいな……」
しかし隣の奴にはしっかり聞こえていたらしい。
「会議なんてこんなものだろう」
「へえ……。俺のとこはもっとこう、大雑把だったから」
「そんなんで本当に90層超えられたのか?」
こそこそと話をしている間に、ボスについての討論は終わったらしい。さて、この終わったムードのまま行ってくれれば万事解決――
「これで会議は一通り終わったが、今回はソラ君率いる《イノセントエクセリア》の紹介で助っ人が一人来ることになった。よければ軽く自己紹介をお願いできるかな?」
――しませんよねーー!
思い描いていた理想の未来を捨て去り、意を決して一つ呼吸をしてから立ち上がる。それだけで面白いくらいに視線が俺へと集中した。
「ソラさんのギルドでお世話になっています。ライヒです。訳あって参加できるのは今回限りですが、何かの役に立てるくらいの自負はあります。どうぞよろしくお願いします」
出来るだけ丁寧に、しかし俺は『有用』だぞとさりげなく刷り込みつつ頭を下げて自己紹介を終えた。反応は正直予想通りだった。全員がまったくと言っていいほど同様に渋い顔をした。当然だ。自分の分け前が一人分減ってしまうのだから、俺が彼ら彼女らと同じ立場だとしたら渋い顔をするに決まっている。混沌の中で最初に発言をしたのはレギンのマスターだった。たしかアルスとか言っただろうか。
「俺は彼が攻略に参加すること自体は構わないと思っています。どうして今まで出てこなかったかは分かりませんが、他ならぬ《イノセントエクセリア》の方々が連れてきた人です。腕については問題ないでしょう。でも、このまま頷いてしまうのは筋が通りません。これは攻略組全体の秩序の問題でもあり、何よりそこの彼――ライヒ君の信用のためにも何かしらの説得材料があって然るべきではないでしょうか」
と、なるとだ。手っ取り早く俺を見定めるのに有効な方法を取ろうと誰もが思うはずだ。俺が思い描いていた最悪の事態。この場でのデュエル。一番避けがたい状況なのは分かっていたが、実現してしまうとは。会場は『何を以って決めるか』ではなく『誰によって決めるか』に話題が移っている。耳が痛くなるほどに場が騒がしくなっていく。しかしこの喧騒にはすぐに終止符が打たれた。ヒースクリフだ。
「静粛に……。では、ライヒ君の攻略参加には試験を設けることとしよう。試験内容は『半減決着モード』におけるデュエルとする。そうだな……今回の相手はソラ君、君が務めたまえ。これは攻略会議決定権保持者としての命令だ。開始は一時間後とする。以上だ」
一瞬で血の気が引いた。突然呼吸が苦しくなる。空気を求めて喘ぐが、喉の奥から奇妙な音が漏れ出て来るだけで苦しさは一向に癒えない。空気なんて俺には必要ない筈なのに、何故。
とにかくずっとここにいたら駄目だ。なんとなくそれを感じ取り、とにかくここから離れるために歩き出した。
「お、おい、どこに行くつもりだ!」
「いい、から。ちゃんと、デュエルはするから。だから、一人になる、時間を、くれ」
引き留めようとするソラになんとかそれだけ言い終えて、町の隅にある喫茶店のテーブルに突っ伏した。適当にコーヒーを注文し、届くや否や一瞬で飲み干した。一人になったおかげかだいぶ落ち着くことが出来た。俺がするべきことは現実を嘆くことではなく、対策を練ることだ。呼吸がだんだん戻る。思考が落ち着く。
まず、デュエルの勝敗について。向こうが両手カタナスキルのみを使ってくるならば勝ち目はいくらでも見える。だがあの妙なスキルを使われてしまえば、勝ち目などどこにも存在しない。しかしあのチートじみたスキルを使ってくる可能性は案外低い、はず。彼の言動からして使わないよう制限しているフシがあったので、信用できなくはない。でも、もしも攻略組全体がグルだったら。俺を殺すために一芝居打ったのだとしたら? 俺はその可能性を完全に否定できない。
いいや、考えたところで初めからどうにもならない。何が起ころうと俺にできることは変わらない。ならせめて、楽しもう。ゲームなのだから楽しまなくては損なのだ。所詮は同じ穴の狢。奴らも俺を見世物にして楽しんでいるのだからお互い様だろう。考えがまとまったところでもう一杯コーヒーを注文した。ここの店のコーヒーは、今気が付いたがかなり苦い。
カップを傾けてちびちびと少しずつコーヒーを飲んでいると、店の扉が開いた。入ってきたのは、意外なことにアリシアだった。
「なんか用事か?」
「いいえ、心配になったので、ちょっと……」
「そうか、ご苦労様。俺はもう平気だから戻っていいぞ」
「いえ、実は伝えたいことがあって来たんです。皆の前では、ちょっと言えませんから」
アリシアは、誰もいない店内を見まわすと遠慮がちに言った。多分、きっと俺だけに聞こえる声で。
「頑張ってください。応援してます」
それは、たった一言。誰にでも言えて誰でも言えるような、ともすれば陳腐極まりない一言。それでも俺は言葉に表せない感動に打ちのめされて絶句してしまった。俺は頑張ってもいいのだと、彼女は確かにそう言った。このアリシアという人間はソラやキリトらに心酔している節があってイマイチ信用に欠ける。それでも、精一杯の勇気を振り絞った一言には確かに俺に剣を握らせるだけの何かがあった。
「――――。そうか、ありがとう」
「はい。先輩が信じたものを私も信じます。だから先輩にもライヒさんにも頑張って欲しいんです」
「まあ、死なない程度にはね。……じゃ、そろそろ行くとしますか」
怖い、当然だ。どちらかが半殺しになるまで終わらないイカれた戦いだから。
怖い、当然だ。本当に殺されるかもしれないから。
怖い、当然だ。味方なんて一人もいないから。
ならせめて、楽しもう。戦いを、殺しを、独りを。結局は損をするばかりなのだから、楽しんでしまえばそれはもう勝ちなのだ。損得ではない、勝敗。得をしていようがそれを楽しめないのであれば負けなのだ。PoHの気持ちがよくわかる。誰も理解してくれないから、分かりやすい形で表すしか方法がない。
ようやく俺は敵と対峙した。もはや心は揺るがない。決めたからには、ただ敵を全力で打ち滅ぼすだけだ。
「お互いに手加減は無用だ。お前の《多刀流》、見せてもらうぜ」
――なるほど、そう来たか。
初手から読み違えてくれるとはさすがの俺としても嬉しい誤算だ。だったらそのまま何度でも読み違いをしてもらおうと、心の中で嘲笑しながら無言でデュエル了承のボタンを押した。一分間のカウントダウンが表示される。
片手剣のみを抜き、構えはいつもと同じ棒立ちに、腕はだらりと横に垂らす。
そしてこれもまた、いつものように相手を観察する。ずっこけそうになった。
なんと言えばいいのだろうか……。非常ににそれっぽい構えをとっているのは分かるが、そこまで殺る気と警戒心を剥き出しにされてしまえばこちらはどう動いていいか分からなくなる。どこからどう見ても一撃で決める気満々だし、正面から来るにしては明らかに重心が前に偏りすぎているので先手を取って後方に回ろうとしているのがバレバレだ。ここまで色々と見せつけられてしまうとブラフか何かと勘違いしてしまう。ある意味読みづらい。
3
2
1
――DUEL!!
カウントダウンが終わるや否や後ろに振り向き、俺を貫こうとしていた相手の刀を掬うように剣で弾く。やっぱりというか、予想通りにあのチートじみた移動方法で俺の後方に回り込んでいた。
「なに――ッ」
「び、ん、ご。……流石に避けるか」
どうも外すとは思っていなかったらしく、大きく動揺しつつも俺のカウンターを躱して距離をとるソラ。位置関係は振り出しに戻る。俺は少し考えてから口を開いた。
「もしかしてだけどさ。『初見殺し』でも狙ってた? あんなに分かりやすくしてくれてたからにわかに信じ難いけど」
「その……。狙ってた。何でわかった?」
「いや何でもへったくれもあるかよ。あんないかにも『そこ狙うからね~』って感じの構えしといて読まれないほうがおかしいだろ」
「なるほど、ね。それじゃあ今度は――」
「正面から、か? バーカ」
足の短剣を指で引っ掛けるようにして抜き、宙に放る。回転しながらソラの顔面へと襲い掛かる短剣は彼の虚を突き、目を閉じさせて動きを止めた。その隙を逃すはずもなく、全力で胴体に蹴りを叩き込む。《体術》スキルがあるとはいえ、しっかりと装備を着込んだプレイヤーにはあまり効き目が無いようだ。しかし未だ体勢は崩れている。好機とばかりに攻撃を仕掛ける、が。
「ハッ――!」
「ク……ッソが……」
悉くを阻まれ攻勢に出ることを許してくれない。いつの間にかこちらが防御に回っている。カタナの奴よりも俺のほうが早いというのに、この何十年と研鑽を続けてきたかのような技の冴えは一体どういうことだ。どう考えても俺と歳はさして変わらないのに。
「ッ――《サイレントブースト》」
「何を――」
バトルスキルにより何とか間合いから逃れて間合いをとる。どうやらここの世界にバトルスキルは存在しないようだ。だからと言って気を抜くことはできない。レベル差は絶対であるはずのMMORPGにおいてその常識が通用していない今、このデュエルはただでは済まない。
そう、真の殺し合いはまだ始まったばかりなのだ。
コラボ編も中盤に差し掛かってまいりました。戦闘描写はやっぱり書いていて楽しいです! ジャンヌ・オルタ氏の「白夜の剣士」もよろしくお願いします。
感想その他お待ちしております。