「ん……あ。カーテン閉め忘れてたか……」
まだ寝ぼけたままの眼を少しこすり、それからカーテンを閉めるために腕を伸ばした。しかし、他の誰かの手がそれよりも早く俺の腕を引き止める。優しく俺の手を包んで下げさせると、俺の代わりにカーテンを閉めてくれた。
「まだゆっくり寝ていても平気ですよ。カーテン、気づかなくてごめんなさい。あ……でも、起きちゃいましたか……?」
その姿に見覚えはない。でもその所作はあまりにも自然で、記憶の奥底が揺さぶられる。姿は違えど仕草は同じ。だから俺はその名を呼んだ。つい、呼んでしまった。
「レ……イン」
「えっ? あの、ライヒさん? 私です、アリシアです」
知っている。レインよりも背は低いし、眼鏡をかけているので見間違えようがない。でも、全部が夢で、俺はそこから目覚めて、いつもの様に寝床に侵入してきたレインが余計な世話を焼いてくれている。そんな光景がフラッシュバックして、どうしようもなく懐かしくなってしまった。
そう、懐かしい。それだけ。
「あー……ごめん。いや、そんなことより何でここに?」
「その! 昨日は凄い戦いで、疲れてるかなって思って!」
「おたく、心配性だな。親切なのはいいけどちゃんと相手は選びなよ? 誰にでも世話焼けばいいってわけじゃないんだから」
「ちっ、違います! 誰にでもこんな事しません! ライヒさんだからです!」
「えっ」
一瞬にして凍ってしまった部屋の空気。アリシアは自分の発言の意味に気がついたのか、顔を真っ赤にして手をわたわたさせながら弁解を始めた。
「違います違います違いますから! なんて言うか……色々違うんです! 信じてくださいっ!」
「わかったわかった……。別に深い意味に取ってないから。みんなに言いふらして話題のタネになんかしないから」
「ライヒさんのそういうのは信じられません! お願いですから黙っててください!」
何で俺の寝床で世話を焼いていたのかは告げられないまま、しかし朝の一悶着はもう少し続いた。からかい過ぎてアリシアがぷりぷり怒りながら部屋から出ていったところで俺も着替えを済ませ、そのあとを追ってリビングへ向かった。
朝食は今日もサンドイッチ。何一つ文句はないが、このギルドのメンツはそんなにも朝はパンじゃないと気が済まないのだろうか。謎がまた深まったなどと考えながらサンドイッチを食べる。
「なあライヒ! コンボ中の踏み込みの角度について聞きたいことが!」
「キリト……さん。食事中くらいはその修羅な思考やめませんか」
さん付けするのに少し躊躇いながらまだ続く質問を回避する。他のギルドにメンバーにも同じ注意をされてぶすっとするキリト。オリジナルの記憶では、向こうのキリトはもう少し尖っていた。結婚した後もその孤高気取りは悪化する一方で、ひたすら俺と同じように、狂ったようにモンスター相手に技術を磨いていた。そういう意味ではちょっと俺の相手にはならない。二刀流は健在だろうが環境が違うだけでここまで変わるものか。
「それでこれは業務連絡な。今朝ヒースクリフから連絡が来たんだけど、討伐準備にはもう少しだけ時間をかけるそうだ。そのー……思った以上にライヒの編成が難しいらしくてな」
ソラからの連絡を聞いて、まだ上層部は揉めてるのかとため息をつきたくなる。別にLAなんて要らないし何所に回されても文句は言いませんと昨日言っておいた気がするのだが、それでもまだ揉めているらしい。
「なんで? ここのメンツに加えればいいじゃない」
「いや、最近ギルド間での戦力差が問題になっててさ。ウチがずっと叩かれててそういう訳にもいかなくなった。これを機に攻略組全体を均等に混ぜて、攻略組単位での編成にシフトして行きたいんだと」
「ほー、妥当な判断だな。てかどう考えてもこのギルド叩かれて当然だろ。強い奴らだけに強くなるきっかけがある状況はさっさと改善すべきだ。世論と対立したら攻略組なんて出来なくなる」
「その……お前が言うと余りにもその、何故だかわからないんだが含蓄がだな」
「そうか?」
少しとぼけてみるが、ソラは全く意に介していなかった。しかしソラの発言は意外と的を射ている。俺は基本的には弱い。圧倒的に弱い。だから強者には遅れをとっていた。ではなぜ現在では強者に真っ向から立ち向かえるほどになったのか、それは俺がほかの弱者と違い自分というものが完全に変わってしまうくらいに生き延びようと足掻いたからだ。
――――反応速度が平均未満だったから、反応できるようになるまで鍛えた。
――――美味しい狩場は使えないので、その代わりに睡眠時間を削って狩りに勤しんだ。
――――モンスターが怖かったから、怖くなくなるまで戦った。
――――独りでは限界があるから、徒党を組んだ。
――――俺は弱かったから、強くなるまで頑張った。
そして気がついたら色々なものをぶっちぎって強さを手に入れていた。生き延びるために必要なことを全力でこなしただけ。勝つ方法を知っているのではなく、負けない方法を熟知しているだけ。強いやつは当然凄い。だが弱者が見えないのだ。見ようとしないわけでもなく、本当に見えないのだ。強者ばかりのこのギルドのメンバーは果たしてどこまで俺を理解できているのだろうか。
「ああそれと、今日は各自で自由に過ごしてくれて構わない。たまにはゆっくりしてもいいと思う」
「はあ……。どうせソラは休むと言って特訓するのでしょう? やめろとは言えませんが見ていて心配になります」
「ははは……。それはそうとライヒは? 用事が無いならちょっと特訓しないか?」
ごまかさないでください、と怒るアリスさんを宥めるソラ。確かに用事は無いし、だからと言って適当に出歩くには下層は退屈すぎる。ここはおとなしく特訓に参加するかとぼんやり考えていると、アリシアが勢いよく手を挙げて言った。
「あのっ……! お暇なら私と何処かに行きませんか?」
ソラが笑顔を凍らせてカップを床に落とした。アリスさんが一瞬殺気を放った。その他の女子はきゃーとかわーとかどこか興奮したように叫び始め、男子勢はあのアリシアが……、といった様子で驚きをあらわにする。
「うん? 別にいいけど」
なんとなく放った言葉のせいで笑顔は氷点下まで冷え切り、殺気は増し、再び歓声。そこで俺は、はたと思い当たるのだった。これは、つまり、なんと言えばいいのだろうか。つまるところ
「てか何でわざわざ俺? ソラとかアリスさんじゃ駄目なのか?」
「それは……はい。ライヒさんが、いいんです」
「よし分かったライヒ。ちょっと付いて来てもらおうか」
「ええ。
「え? いや待てよ何で俺を何処かへ連行しようとしてんだよ。放せよ、落ち着けって、いやホントに待てって」
愛憎混じりあう視線にさらされつつ、俺は両腕を引っ張られながら抵抗虚しくギルドホームの裏に連行された。いや確かにソラから見れば愛弟子で、アリスさんから見れば大切な妹分なんだろうが、そんなに俺に任せるのが不安なのか? 流石に信用なさすぎやしないか?
「なあライヒ。俺もアリスもお前のことはちゃんと信用してる、だから正直に答えてくれ。――アリシアにどんな色目使ったんだ? ああ?」
「いや怖いって。信頼してんならまずは剣を仕舞えよ、アリスさんもその殺気向けないでくださいよ。俺が何かする暇があったかどうかよく考えてくれ。そもそも何でリスク冒してまで色目使う必要があるんだよ」
少し考えこむ二人。そして何を言い出すかと思えば――
「デュエルの前に何故かアリシアはお前を追って行ってたな。あの時は状況が状況だったから追及はしなかったけど、よく考えるとおかしい。
「俺が知るかよ……」
大体アリシアはソラに横恋慕しているのではないのか。前提として間違っているという可能性もまだあるというのに、俺が非難されている理由が分からん。そんなに大事なら首輪でもつけておけばいい。
「それにだ。俺にはちゃんと好きな人がいる。相方がいるって話しただろ? そいつとは恋人だった。結婚だってしてた。
それでも信用ならないなら首を跳ねてしまえばいい、最後にそう言った。どうにもソラには比喩なしにそれが可能な気がする。そもそも本当に前提から間違っているのだ。実質俺と何の接点もないアリシアにどう色目を使えと言うのか。強い奴らに庇護されのうのうと生きてきた奴らのどこに魅力を感じられるのか。俺がレインと恋をしたのは、同じだったからだ。孤独気取りな大嘘吐き同士だからこそ、理解しあえたのだ。やっぱり、理解はしてもらえないんだろうか。
「ああああのええとごめんなさい。まさかライヒに恋人がいるなんて思わなかったんです」
「わわわわ悪かった。すまない色々と誤解してたみたいだ本当にごめん!」
二人はどうやら俺が激怒していると受け取ったようだ。まあ、こればっかりは仕方がない。溜息一つで許してやることにした。
アリシアに連れられてこられたのは、71層のフィールド。何処かに行こうなんて言わずにレベリングに付き合ってくれと言えばよかったのに。とんだ被害を被ってしまった。本人に悪気が無いのが質が悪い。これでは責めるに責められない。今日は少し嗜好を変えて、俺もカタナを使うことにした。ソラを見ていると、刀ってかっこいいなあなどととつい思ってしまう。
俺のカタナ、固有銘《
「――スイッチ」
そしてまた一匹。
「やあっ!」
モンスターが撃破された。
「わあっ、すごい、凄いです! もうレベルが3つも上がりましたよ!」
「俗にいうパワーレベリングに近いんだよなあコレ……。まあ基本的にちゃんと戦ってるからいいんだけどさ」
「ぱわあ……何ですか?」
「気にしなくていいよ。独り言みたいなものだから」
アリシアが首をかしげるが、構わず先を促す。狩りすぎたせいかモンスターの発生が落ち着いてきている。隙間があれば余裕も生まれてくるわけで、否応なしに会話が始まる。嫌ではないが、ソラにあそこまで言われた手前あまり親密にしたくない。
「ライヒさんは誰かに技を教わったりしたんですか?」
「ああ、師匠がいたよ。両手を使って戦う天才だった」
「両手を使う……具体的にはどんな戦術だったんですか?」
アリシアが突っ込んだ質問をしてくる。答えるべきか、そうしないべきか。俺が色々教えてしまえばソラの教えに色々余計に上書きをしてしまう可能性もあるし、教えたところで両手武器を使っているのならあまり役には立たないだろう。――いや、もしかしたら?
「アリシア、お前、今のままだと不満なのか?」
「はい。このままじゃ駄目だっていうのはずっと前から考えていました。でも何をすればいいのか分からなかったんです。先輩をなぞるだけじゃ駄目なんです」
「そうは言うけどなあ。師匠と俺の技術なんて小手先だけの目くらましとか、小賢しいやつばっかだぞ? その、なんていうの? 正統流派みたいな戦い方とは絶対に相容れないから止したほうがいい」
「それでも、今じゃないと駄目なんです! お二人の戦いを見た今なら何か掴める気がするんです! ……そうじゃないと、私はずっと皆さんのお荷物です。ずっとそのままでいるのは、耐えられません」
なんて純粋なんだろう。なんて眩しいのだろう。だからこそ怒りが湧いてきた。何も知らないのに勝手な物言いをするのが許せなかった。
「お前ふざけるなよ。お荷物でもなんでも守られて生きてるんだからそれでよしとすればいいだろ。まだ第一層に留まってるプレイヤーを見たことがあるか? 毎日毎日《軍》に怯えて過ごす日々だ。誰も守ってくれやしない。お前はそういう戦えない人たちを見て、戦わないからそうなると哀れに思うのか? お前らはここで死んだら本当に死ぬって忘れてないか? 自分たちだけは死なないなんて勘違いしてるだろ。お前、俺らが毎日毎日何やってるか考えてみろ。命のやり取り、つまりは殺し合いだぞ? そんな狂人が、戦わない常識人を見下してんだぞ。少しは恥を知ったらどうだ」
「それ――は」
ああ、また失敗した。自分の印象を貶めることでしか物事を解決できないのは俺の悪癖だ。誰かを救えても、戻ってくるのは恨みや憎しみ。でも今回はギリギリでフォローが間に合った。感情が俺への憎悪へ変わる前に話題を切り替える。
「すまんすまん。つい愚痴がな。今のは極論だから言い返せって言われても無理だな。ちょっと慣れない環境で疲れててな。それはそうとして、そんなに言うならほんの少しは教えるよ」
「えっ――あっ、はい! よろしくお願いします!」
やっぱり、人に嫌われるのは辛いから。俺はオリジナルほど強くはないのかもしれない。
「んじゃ、取り敢えず短剣あるか? なんかドロップ品とかであるだろ」
「分かりました。じゃあ……これ」
アリシアが取り出したのは合金製の短剣。割とポピュラーなドロップ品で、形もシンプルだ。チョイスはいい。
「俺の技術の基本理念は、殺すこと。現実世界で急所にあたる部位を突いてとにかく最初に戦意を削ぐことだ。例えば心臓、顔、首筋なんかはクリティカルポイントだろ? そういうところを狙っていかに効率よくHPと戦意を同時に削ぐかがミソだな」
「ええっ! そんなのまるでレッドプレイヤーみたいじゃないですか」
「正解だ。俺らはお前らとは根本的に違うんだよ。倒すためじゃなくて、殺すために。だから真剣勝負なんて絶対にしない。どんな状況でも搦め手で攪乱して急所を突くんだよ」
「でも、先輩とのデュエルでは割と正面から戦ってましたよね?」
「あれは場を読んだだけだ。流石に外道な真似して追い出されても困るだろ」
唾吐いて目潰しとか、観客の中に紛れるとか、うまい具合に逃げて相手の集中力が切れたところで初めて戦いだすとか。
「まあそんなのすぐに出来るわけもないし、取り合えずこれな」
親指、人差し指、中指の三本で短剣を持ち、親指を軸にくるりと回転させる。その後は最初の持ち方に戻す。この技は単調ながらも応用が利いて、相手の目の前で繰り出して怯ませたり首筋を掻っ切るなんてことも出来る。確実に成功して、速さが乗っていればの話だが。
「さささ――っと。まあこの速さで三回連続で回せたら上出来かな」
「よ、よっと……あっ」
刃の起動がブレブレで、しかも遅い。でもこういった地味な技術をひたすら積み上げた先にあるのが今の俺なわけで。今のアリシアが下手なのも当然だ。かつての俺はすぐに出来てしまったが。
「ライヒさんのお手本、親指なんて使ってないように見えるんですけど……」
「全部慣れだよ。これは指の使い方のトレーニングでもあるんだからな」
結局一日、アリシアの特訓に付き合っていた。慣れないことをしつつも割と充実した一日だったなと今日のことを振り返りつつ夕食を御馳走になる。穏やかに一日は過ぎ去っていく――筈だったのだ。少なくともギルドに帰るまではそう思っていたのだ。
「よっ、はっ、あっあれ……。また失敗しちゃった……」
帰ってからもアリシアは食事用のナイフでトレーニングを続けていた。しかも食事中に。
「ラ~イ~~ヒ~~~?」
「いやごめん本当に申し訳ない! 最初はやめろって言ったんだけどアリシアが――」
「俺の大事な弟子に……何を吹き込んだんだ!!」
「あ、ライヒさんライヒさん。三回連続で出来ました! 見てましたか、ねえ、ライヒさん!」
謂れのない説教を俺は受け続けた。それはそれは理不尽な言われ様だった。
ギャグ要素を多めにしてもシリアスは抜けないいつものスタイルでお送りしました。次回は多分恐らくきっとコラボ最終回です。投稿できる日は定かではありませんが、最後まで突っ走っていきますので!
感想その他お待ちしております。