居たら居たで役に立つ、でも居なくてもいい。だから御影。
俺がカタナを使うとき、攻撃は基本的に斬り上げが主体となる。腰より下に剣を構え、左足を軸に常に相手の方向を向き続ける。時には体の向きを変え、時にはステップで距離を取りつつ。がら空きの胴体を斬るべくして斬る。俺の戦法がそういう訳だから、突き技主体のソラとは非常に戦い易い。オマケに庭という比較的狭い場所では十分な踏み込みで斬撃は繰り出せないだろう。
ボス戦の朝。ソラから特訓の誘いを受けて、俺たちは二人で圏内戦闘をしていた。
「良い刀だな、それ、一目見ただけでわかる。俺の菊一文字もそれなりの名刀だと思うけど、タメ張れるくらいの業物だと思う」
「あの……95層産ですけど? 70層程度の素材で比べるも何も無いだろ……」
強化施行上限回数50なんですが。フル強化済みなんですが。それよりも強いとか正直何でコイツが怪しまれないのかが分からない。それはいいとして、そろそろ色々聞いても大丈夫だろう。
「そういえばさ」
いたって普通に、冗談を言うような口調で、他愛ない世間話のような雰囲気で話を切り出す。
「お前ってミュータント?」
「は?」
「じゃなかったらエイリアン? もしくはプレデターかなんかの擬態?」
「何でアメコミの怪物なんだよ、失礼な奴だな。大体そんなのフィクションに決まってるだろ」
フィクション、ね。俺も剣を召喚して戦うチーターなんてフィクションかと思った。しかしそんなセリフはおくびにも出さない。俺の役目を果たすために質問は続ける。俺の役目とは何か、もちろんソラの観察だ。それは一貫して変わっていない。知ること。理解すること。基本的に俺はそのためにしか動いていない。
目下最大の謎は、『俺と大して年の差の変わらないソラという人物がなぜ幾つもの非人間的性質を有しているのか』、だ。そもそも、一生かかってもまだ会得に至らないのが剣術だとか剣道ではなかろうか。一般的常識に照らし合わせればそうだ。だから俺が探るべきは、一般的常識から外れた方法又は経緯。探れる機会があるとすれば今しかない。俺の思いつく限りの
「そうじゃなかったらそうだな……対人間用に開発された改造人間」
「ちげーよ!」
「じゃあ……
そう言った瞬間にソラが見せた反応を、俺は見過ごさなかった。当然俺の気づきは表には出さない。
「あの、なあ……そんな馬鹿な話あるわけないだろ?」
「あ、わかった。もしかしてお前……」
狼狽してる狼狽してる。いいぞいいぞ。これならイジりがいがある。
「俺は神に選ばれた転生者だ! ……とか名乗りたくなってただろ! あっははは。そんな三流ラノベの主人公じゃあるまいし。中二病も程々にしないとアリスさんに愛想尽かされるぞー?」
「よ、余計なお世話だ。アリスは関係ないだろ」
「ま、俺はどうでもいいけどな。たとえお前が振られようが二股かけようが、ね。そうそう、これは
コートのポケットから写真を一枚取り出すと、ぽいっと放り投げた。ソラが危なっかしい手つきでキャッチしたそれには――
「なっ……。こっ、これは――」
「『あ~ん』、か? いやあ暑い暑い。南極の氷が溶けちまうくらいにはあっつい」
「おまっ……こんなものどこで」
「情報屋に張りこみ頼んで、写クリは持ち込みで依頼した。
爆笑しながら追加十枚ほどの写真をばら撒く。ソラが慌てて拾いあげている間に、ハイド&エスケープ。ちなみに一枚目の裏にはちゃんとメッセージを残しておいた。『朝飯はいらないから。 御影より」。
剣を向けられ脅迫された恨みはこれで晴らした。後はさりげなく窓付近に誘導しておいたアリスさんがソラの様子に気が付いて、二人で赤面すればバッチリだ。こういうクリエイティブな嫌がらせのセンスなら、
「カミサマ、神様ねえ……」
何の気なしに呟いてみる。
「神は居るらしいよ、管制塔? 説明をつけるならそれしかない」
俺はホロウ。どこまでも役割には忠実な存在、それだけだ。そういえば、カッコつけて御影より、なんて書いたが俺のことだと気付くだろうか。
***
53層転移門前。約束通りヒースクリフはそこにいた。
「なかなか皮肉が上手ですね。俺がここにいるに値しない
「まさか。
減らず口はお互い様。気にした様子も見せることなくヒースクリフは即座に本題に入った。
「君の帰る方法を色々模索したが、やはりボスの撃破しかないようだ」
「そうですか。まあ、大体予想はついてましたが」
シャガラガラの異常な強化は、やはり俺の介入が原因だろう。正確には俺の世界のホロウエリアだが、些細なことだ。
「まあ、それはともかく。あのボスはやはりソラ君を見るために意図的な強化が施されている。本来ならこちらのシステムが自動的にそれを阻むはずなのだがね。こちら側も何を考えたか提案に乗ってしまった」
「共犯に等しいじゃないですか」
「まったくその通りだ。初めは一方的に君たち側の責任だと思いこみ、ソラ君に始末させようと考えたのだが無理だった。《異双流》はこちら側にも存在するからそれとなく情報を流したのだが……君はアレを使わなかった」
「開発者ならわかるでしょ。あれは生身の人間に使いこなせるものじゃないですよ」
「私は使えるが?」
「それは一瞬だからです。あんなもの15秒間ナーヴギアに脳をやられてるのと変わりませんよ」
批判の意味を込めて言ったつもりだが、当然通じない。わかっていても言わずにはいられないのだが、少しは反省の色を見せてほしいものだ。
「それは今更な話だと思うがね。それと、一つ忠告しておくが、あのボスは君の本気なくしては勝てない。覚えておきたまえ」
そういって踵を返すヒースクリフを、俺は逃がしはしなかった。忠告とやらが終わったのなら、俺のターンだ。攻略組の一員として言っておくことがある。
「攻略の編成のことでお話があるんですが、いいですか?」
「ほう?」
「編成に
「――少し、考え直してみるとしよう」
今度こそヒースクリフは転移門で帰っていった。本気を使えとまで言ったのだから、俺がパーティーにいる意味がないことくらいわかっているはずだ。それでも一応筋は通しておいた。まったく、これでは本当の騎士団のようだ。俺は朝飯を調達するべく人気のない街を彷徨い始めた。
「
***
当初の予定での俺はアスナさん傘下の第一アタッカー隊に入っていたはずなのだが、血盟騎士団団長の勅令でアリシアとのコンビに変更されていた。理由は単純で、レベルの低い司令官に従う道理がないから。しかし、当然大きく編成を変えることもできないので俺達だけ別動隊になったというだけの話だ。ソラやヒースクリフは司令塔としての役割を全うする必要があるし、俺を監視する暇なんてない。だからこそ、コンビという形をとらせて責任ある行動をさせようとしたわけだ。こういう時のためにアリシアのレベル上げに付き合い、俺としてはそれが報われた。
だが、それに簡単には納得しない人もいるわけで。ソラには散々仕組んだとかなんとか言われたが、当然の主張をしたまでで、俺は尊厳ある黙秘を続ける。しかし、ソラのただ一言だけ。
「アリシアを、頼むな」
それくらいは胸に刻んでおこうと思う。
「勇気ある諸君。この日予定したメンバーが欠けることなく揃ったことに感謝したい」
喧騒を破ったのは朗々と響くヒースクリフの声。
「かねてより攻略困難とされてきたシャガラガラ・ザ・キングキメラだが、幾度もの偵察を重ね討伐は今は現実的なものとなった」
頷く者、神妙な顔つきをする者、様々な感情が壇上一点に突き刺さる。ヒーさんはやはり凄い。俺にはこういう空気を受け止められるほどの強さがないから。
他にも演説があるが、それを無視して俺はアリシアとの連携の確認を始める。
「いいか、俺の指を見て判断しろよ。右か左か、そして出した指の本数。お前は覚えは早いけど実戦で使えるかは別問題だからな」
「はい。今日はよろしくお願いしますね!」
しばらくサインの確認をしてから改めて演説に耳を傾ける。どうやらいい加減終わったようだ。この後、再びあの化け物と巡り合うことになる。
「では――――行くぞ」
小さな合図とは裏腹に雄叫びを発して陣が展開される。俺とアリシアは真っ先にボスへ突っ込んでいき、俺は『10秒後にソードスキル』と合図を出してから突進技《ソニックリープ》を始動させた。
キメラが仰け反った瞬間にアリシアが飛び出し、カタナ三連《緋扇》を発動。ここまでやってもまだHPは全くと言っていいほど減っていない。スキル後硬直に陥る俺らに凶爪が襲い掛かるが、タンク隊が三人がかりでそれを止める。その間にアタッカー隊のいくつかが横から攻撃。その攻撃が終わる前に俺たちはボスの目の前から離脱し、側面に回り込んで通常攻撃で追撃。俺ばかりにヘイトが集中しないようタンク隊が威嚇スキルで注意を分散させる。
「まあ、こんなもんか。後はタンクがどれくらい耐えてくれるかだな」
「ライヒさんのソードスキルでも全然減らないなんて……」
「今更だな。認めるのは癪だけどソラのスキルの方がまだしも効く……いや」
俺にできるのは精々陣形を整えるまでの時間稼ぎくらいだ。それが終わった今、どうやって動こうと自由になったわけだがここではイマイチ場所が悪い。
「アリシア、後ろに回るぞ」
「はい」
俺が見るべきは存在するはずのボスのウィークポイント。鑑定スキルでソラの刀を視せてもらったが、このあたりの層では確かにトップクラスの性能を持っているものの、当然俺の剣と比べればパラメータは低い。そんなソラが俺よりも高いダメージをあのキメラに対して叩き出せるというのはどうにも辻褄が合わない。ユニークスキルの恩恵を鑑みても、なにか引っかかるものを感じずにはいられない。
俺の推測の裏付けとして、現状のソラの攻撃はあの時ほどの威力はない。寧ろ俺のほうがダメージは高いくらいだ。つまり、このボスには何かしら大ダメージを与えられる条件があるはず。俺も空も事実上初見ではないのに、ソラだけが条件を満たすことができていたのは何故か。今一度ソラの様子を観察するも、ダメージ量は変わらない。つまり、
「まさか、剣が弱点を自動的に突いてたなんて言うなよ……」
ソラに神か何かの加護が本当にあるとして、それが剣術を極める助けになるものだとするならば、弱点を見抜く技術が完全に無意識に備わっているという線もある。
故に、それを逆手に取れば弱点の発見は容易い……はず。
問題はどうやって弱点発見器に働いてもらえるかだが、ソラは今のところ弱点はないと思い込んでいるためこのまま見ていても期待は出来ない。偵察を何度も繰り返した結果なので仕方がないが、ゲーマーたるものいかに最速でボスを倒せるかくらいは常に考えておいてほしいものだ。
「ライヒさん、スイッチの準備を!」
「了解――――今だ、出るぞ」
タンク隊の完璧なガードによって一瞬固まるキメラに向かって全力で駆け出す。
「「スイッチ!」」
アリシアに先行させ《旋車》が発動している間にバトルスキルをかけておく。
「《ライトニングアタック》、《ブラッディピーク》、《ラストリゾート》、《リインフォーサー》」
肉質の柔らかい腹部を狙うことで少しでもダメージを入れようと試みるが、ほとんど変わらない。一通り斬り込むと一旦下がるべくスイッチ用意の合図を後方に出す。ちらと後ろを振り返ると、そこにはソラがいる。ああそうだ、ちょっといいことを思いついた。
スイッチを行い交錯する瞬間に、ソラの耳元に囁いた。
「
ソラは一瞬俺の方を訝しげに見たがすぐに敵へと注意を向ける。そしてボスとすれ違うようにして放った一撃は俺の読み通り派手なクリティカル・エフェクトとともに、通常攻撃であるため大した量ではないが、確実に視認できるほどにボスのHPを削った。
そして肝心の弱点部位は、今までただのテクスチャだとばかり思っていた
「攻撃する奴は
それを聞いたアスナさんは一瞬にしてボスの懐にまで潜り込むと、細剣技《オーバー・ラジェーション》を脇腹の縫い目に叩き込んだ。シャガラガラのHPの一段目が
シャガラガラの腕振り下ろしをタンクがしっかりガードして、アタッカーは縫い目を狙って次々にソードスキルを発動させる。ボス戦開始から二時間。ようやく三段ゲージの一段目を削りきることに成功した。この時点で既に通常ならあり得ない時間がかかっているが、ここから先は殆ど手間をかけずに――――
「SHAAAAAGAAALAAAAAAAAA」
ボスが全身全霊で吼え、同時に思いきり床を踏みつけた。振動が広大なボス部屋全体に響く。そして――――
――――二本の巨大な石柱が頭上から落下してきた。
「――は?」
シャガラガラは床に転がった
幸か不幸か部屋の中心から動かないようだが、俺たちも下手には動けない。
だがまだ勝ち筋が消えたわけではない。目線だけでソラを探すと、運のいいことに隣に居た。近づき話しかける。
「おい、今こそアレの出番じゃないのか」
ソラは答えない。
「聞いてるんだろ。この状況でお前の小さなプライドに拘ってる暇はない」
答えない。
「いい加減に――」
「それは出来ない!」
それはただの意地のようにも聞こえたが、何よりも怯えが色濃く含まれていた。思わず押し黙ってしまう。
「俺は、俺には出来ない……っ。攻略組全員の恨みなんて、俺一人で背負えるわけがないだろ!」
背負わされてきた俺からすれば、仲間にも力にも恵まれている分そっちのほうが軽い。俺と比べてしまえばあまりにも軽すぎる。
「じゃあ大事な仲間にも背負ってもらえばいい」
「そんなのは嫌だ!」
「じゃあどうするんだ? 入り口も塞がれたみたいだし、転移結晶も使えなくなってる。お前の大事なものとやらがあれにペチャンコにされるのも時間の問題だと思うけどな」
どれだけ崇高な意思を持っていようが、それを捨てるしかない状況になればそんなものはただの妄想に成り下がる。俺が嫌というほどSAOで学んできたこと。今更ながら他人に押し付けるのはどうかと思う。
「なあ、お前なら……」
「俺なら、なんだよ」
「ライヒ。お前なら、この状況をどうする。お前だって同じだろ? お前にも
「まあ、ねえ……」
シャガラガラは未だに大暴れしている。恐らくゲージの二段目を削りきるまで止まらないの。それを確認してから、仕方なく提案する。
「――いいよ。何とかしてやる」
「……出来るのか」
「まあ、ね。でも、
罪悪感で
「頼む。俺たちを、助けてくれないか」
散々偉そうに言ってはいたが、この答えはほとんど予想していた。
「ま、メシ代くらいは働きますか……」
「待ってください」
俺を引き留めたのはアリシアだ。多分全て聞いていたのだろう。
「もう少し待ちましょう。そうすればパターンが変わるかもしれません」
「それはないな」
「なんでそう言い切れるんですか! ライヒさんはきっと全部知ってて……自分を犠牲にすればいいって思っているんでしょう! そんなのはダメです、ですよね先輩!」
「アリシア……俺は」
「はあ……こんなとこでケンカするなよ。大丈夫だから。別に死にはしないから。ただ、ちょっと
我ながらひどい嘘だ。正直、俺の持ちうる全てを使えば生存率は二回に一回くらい。カーディナルは本当にちゃっかりしている。まさか俺のデータも取ろうとするなんて予想外だった。だとすれば、ここは俺でないと突破できない。
これ以上議論を重ねてもボスは倒せない。だから、必ず帰るからというメッセージを込めて、少し笑ってピースサインをして見せた。ユウキが得意になるとよくやっていたポーズだ。ソラの目が一瞬見開かれる。俺の中に一体何を見たのだろうか。
「じゃあ、後のことは任せた」
乱れたマフラーを整える。そして片手剣・細剣を抜くや否や、全力で駆け出す。接近する俺に気が付いたボスは俺を集中的に狙って石柱を振り下ろしてくるが、それを大きく跳んで回避し続ける。あと10歩、7歩、2歩。
そしてあと1歩。俺は異双流スキル《アート・オブ・デザイア》を発動させた。
極限の世界の中で俺は全力で地面を蹴り、首筋の縫合跡を切り裂きながら一直線にすっ飛ぶ。そして
「アァァアアアアアァァァッッ!!」
脳に走る凄まじい痛みを絶叫で誤魔化して攻撃を続ける。斬って蹴って斬って蹴って斬って――――。
残り12秒、9秒、6秒。
ピンボールのようにシャガラガラの周りを飛び回りつつも観察は怠らない。そして、残り5秒で、ようやく見つけた。最もダメージ倍率の高い部位。頭頂部に存在するヒビ。
垂直に空気を蹴って頭頂部にまで達すると、俺は剣を両方とも投げ捨てて両の拳を構えた。そして。
「
全力で拳を叩きつける。最大速度、秒間20発。
――――俺の余力全てをつぎ込んででも削ってみせる。
4、3、2、1――――0。
そして二段目のゲージは残り1ドット。ここで時間切れになるが、問題ない。鉤爪のように折り曲げた右腕に新たな光が宿る。
頭部の亀裂に深々と突き刺さった腕は二段目のHPゲージを全て吹き飛ばし、三段目にほんの少し食い込ませたところで力を失った。次の瞬間、ボス特有の波状攻撃をまともに食らって俺はボス部屋の壁まで吹き飛び、そのまま床に落下した。スタンに、落下ダメージ。しかしそれを認識する余裕すらすでに失われていた。とにかく頭が痛い。脳を直接ぐちゃぐちゃにされているような、気持ち悪さ。吐きそうなのに吐けない苦しみ。死んだほうがまだましと思えるほどの圧倒的苦痛に見舞われた俺は立ち上がることも出来ずにただ這いつくばっているほかない。
辛うじて見えるのは、シャガラガラが石柱を捨てて脱皮している様子だった。新たに翼を背中に宿したその姿はまさしく悪魔のそれだ。
ソラ達が駆け寄ってくる。
「ライヒ……。お前」
痛みは引かない。それでも何とか呼吸を整える。だが何度返事をしようとしても声が全く出てこない。受けすぎたヘイトは他の攻略組が総動員で分散させているが、全く足りない。脱皮が終了して、動くこともままならない俺が狙われるのは時間の問題だ。震える指を動かして離れろと伝える。伝えたのだが。
「バカ言え、後を頼んだのはお前じゃないか。少し休んでいろ。あの翼は、俺が堕とす」
俺はアリシアに付き添われながら床に横たわる。木製のせいなのか寝心地は多少いい。吐き気はだいぶ収まったが頭痛だけは全くよくならない。まあ、《アート・オブ・デザイア》はただでさえ尋常じゃない集中力を必要とする上に
「ライヒさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫な、わけ、ある、かよ」
言葉が途切れ途切れにしか出て来ない。犠牲とか大げさな言葉を吐いていながらこのザマだ。ソラを始めとしてアリシアでさえも俺に呆れ果てていることだろう。
「それに、お前なら、この状況が、どうにもならないことくらい、分かってただろ。何で、止めた?」
アリシアはバツの悪そうな表情をすると、俺の質問に正直に答えてくれた。
「そうですね……。きっと罪滅ぼしのつもりなのかもしれません」
「罪?」
「私にとってソラ先輩は世界一大好きな人で、アリス様は世界一尊敬する人です。だからその二人が結ばれたなら、それは世界一嬉しいことのはずなんです。そうじゃなきゃ、いけないんです」
「へえ……なんとなく、分かった」
「ええ、きっとライヒさんの考えている通りですね。はっきり言ってあのお二人がくっついているのを見るのは辛いです。毎日毎日胸が引き裂かれるような思いで二人のお傍にいます。でも、そんな感情は私には求められていないから。私の思いは絶対に届かないから、私は都合よくライヒさんを好きになろうとしました」
感情のすり替え。これは俺にも覚えがある。師匠に裏切られたことへの圧倒的憤怒は、しかし本音では師匠にそんな感情を向けたくはなく、結果的に俺をPKKへと駆り立てた。そして、アリシアにも罪があるのだとすれば俺にも当然ある。俺は、
でも。
俺は、最後の最後まで冷酷に徹せられるほど強くはない。弱いから、せめてもの慈悲を乞おうと思う。
ホロウエリアからの援助で頭痛が和らぐ。これなら何とか立てる。
「なあアリシア」
「はい」
「俺ってさ。特定の誰かのために戦うのって出来ないんだ。いつも知らない誰かに期待して、勝手に失望してる。でも、一人だけ例外がいたんだよ」
「レインさん、ですか」
「ああ。だから……今だけでいいからその代わりになってくれないか?」
返事は目線で事足りた。そして今一度剣を握りなおしす。ソラ達はすでに戦闘を再開している。見たところ、ほぼ一撃で翼を切り落としたらしい。いや待て。このゲームの中で物理法則を使って部位破壊だと? 何のチートだ? いくら何でもここの攻略組の観察力が無さすぎる。
「行くぞ」
「サイドは任せてください」
二人同時に駆ける。今にも地面すら抉ろうとする神速の拳を片手剣で横に受け流し、スイッチ。アリシアの《絶空》がヒットすると、三段ゲージの二十分の一ほどが削れる。速度が二倍になった代わりに耐久力が激減したというところだろうか。
「ライヒ……もう、大丈夫なのか?」
「異双を使えるほど集中力は残ってないけど……まあ、やれる」
「無理はするなよ」
そういって飛び出していくソラを追う。そして残念ながら無理しないと戦えない。思うようにスピードを出して走れない、が。今回に限ってそれが功を奏した。ソラがこちらを気にしすぎたせいか、爪振り下ろしをガードし損ねる。異様な音を立てて刀と爪が激突した。爪が刀の脆弱部を叩いた音だろう。刀が破壊されソラが無防備になる。追撃が来る。振り下ろしの二撃目。
一部始終を見ていた俺は、ソラの後方から片手剣ソードスキル《ファントム・レイヴ》を発動させた。初撃は上段下段任意の突進。上段を選択した俺はソラとの距離を一瞬にして詰めると、左手でソラを突き飛ばして爪を迎え撃った。高速の六連撃が爪を破壊する。シャガラガラが少しだけ後退した。
「おい、大丈夫か」
「ダメージはない、けど、武器が……な」
「えーっと……あれだ。召喚すれば?」
「残念だけど耐久値はオリジナルの半分未満になるんだよな……こっそりやるにしても限度がある」
「あーもう、わかったわかった。特別だ、これ使え」
心底呆れながらも俺の『恋紫+50』を投げ渡す。あいつの武器とタメを張れるとソラ自身が言っていたのだから多分問題ない。使い心地にまでは責任持てないけど、まあ何とかなる。
さて、敵の残HPは三段目の半分ほど。多分、次の攻撃で決着がつく。俺らを含めて攻略組はすっかり疲弊していて、これ以上戦わせてうっかりミスを招く訳にもいかない。だから。
「なあソラ、二人で行こうぜ。一回敗走した借りを返してなかったし」
「奇遇だな。俺も同じことを思ってたよ」
アイコンタクトを交わして、合図する。
「ソラ、噛み付き来るから俺が受ける」
「分かった」
襲い来る咢を《ホリゾンタル・スクエア》で迎撃する。両方がノックバックしたところをソラが追撃。カタナスキル五連撃《東雲》。重ねるように俺が追撃、短剣・体術複合スキル《シャドウ・ステッチ》。
お互い至近距離でソードスキルを放っているというのに、間違って当てることはない。まるで長年共にに戦ってきたかのような錯覚すら覚えるほどに。
「次で決めるぞ。併せろよライヒ」
「勘弁してくれ――よっと」
ソラは右から、俺は左から。互いに今出せる全力を放とうと構えをとる。
片手剣六連撃ソードスキル《ファントム・レイヴ》
カタナ五連撃ソードスキル《散華》
計11連撃の猛攻が吸い込まれるようにしてシャガラガラにヒットする。そして凶悪なキメラはその動きを停止させ、一瞬だけ収縮して爆散した。
歓声が上がる。場が沸き立つ。ようやく終わったのだと理解すると同時に、視界が薄れていく。技の副作用かと思ったがこれは違う。俺は0と1のコードでできたベールに包まれていた。元の世界のホロウ・エリアに呼び戻されているようだ。
「意外と早かったけど……サヨナラかな」
「なあ、もう少し居られないのか? 一晩とは言わない。せめて一時間くらいなら」
「無理だな。別にここに来たのも返されるのも俺の意思じゃないし。まあ、飯代くらいは働いたってことで勘弁してくれると助かる、かな」
まあ、蓄積データをありったけ抜き取られてから記憶を消されるオチだろうが、特に恐怖はない。俺はそのようにプログラミングされているから。ホロウというコードネームの
残念ながら別れの言葉を長々と話している余裕はない。あと一つだけ、思い残しがある。
「アリシア、時間がないから手短に言う。お前のおかげで俺はここで多少は頑張れた。師匠の真似事だけど……それなりに楽しかった」
「私も、です。貴方のおかげで、私もまだまだだって分かって……教えてもらったことは忘れません」
「そっか。じゃあ、置き土産を残すとしますか……」
クイックチェンジでソラがまだ持っている恋紫を取り返すと、アリシアに鞘ごと投げ渡した。
「この刀は……?」
「固有銘は『恋紫』。まあ、俺はもう使わないし、あげるよ。うまく使えばきっと役に立つ」
もう前が見えない。感覚も残っていない。最後の最後に、俺は何とか声を絞り出した。
「楽しかったよ。いつかまた、戦ろう」
***
消えることを覚悟していた。でも、感覚がある。仄かに花の香りがする。噴水だろうか? どこかから水音が聞こえる。硬くひんやりとしたタイルか何かの上に寝そべっているのが分かる。
「庭、なのか?」
インスタンスマップをタッチして現在位置を確かめる。
「そうか、これが報酬かよ」
二度とここから外には出られないが、その代わり楽園での安寧を与えられる。さしずめ天国といったところか。あるいは、ただオリジナルと遭遇しないための措置。振り返ると大きなダンジョンの入り口が目に飛び込んできた。
「なるほど。確かにこれなら殺しあわずに済むよな――」
しかし、俺は疲れを癒すために、目を閉じた。ほんの少しだけ、長い長い、眠りの旅に逝く。いつか、
***
「ライヒくん。そろそろ起きなよ」
「う……ん?」
レインの声がして、ゆっくりと目を開けた。首が少し持ち上がっているのはレインの膝枕だろうか。柔らかくて、落ち着く感触。
「あれ? 俺、なんでここに――」
「あたしが聞きたいよ……。前夜祭が始まるから呼びに行こうとしたら、こんなところでグースカ寝てるんだもん」
「前夜祭、あー……今日だっけ。どうしようか。演説考えてないんだよな……」
「そんなの適当でいいよ。さ、早くいこ?」
転移門に入る前に少し振り返ってみる。気のせいか、長い長い夢を見ていた気がするのだけど、よくわからない。思ったより疲労が溜まっていたのかもしれない。だがもう少し。最後の決戦に挑むために。俺はもう少しだけ頑張ろうと思う。
ただ、生きる。今も昔もそれだけのために。
そういうわけでコラボ編、完結です。今回めっちゃ書きました。最高記録です。それはともかく、まずは快くコラボを引き受けてくださったジャンヌ・オルタ様に感謝申し上げます。お忙しい中本当にありがとうございました! また何かの機会にやりましょう!
それではここからは私事を。コラボ編を書くにあたって一番意識したのは、曖昧な異双流の設定をしっかりさせる。ホロウ・ライヒの心情。この二つです。だから何だという話ですが、まあこの設定が後々役立つかもしれない……しないかもです。私も高3になりましてますます忙しくなっており一年以上は執筆が滞るかもですが……感想いただけたら勉強そっちのけで書くかもですが……そういうわけです。本当に申し訳ありません。それではまた逢う日までということで。
感想その他お待ちしております。