虚ろな剣を携えて   作:狩奈

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 幾度も流れ星を見た。蒼い軌跡は果たして、どこに存在したのだろう。





ALO:Fairy's Drop
Fluct


 

 

 目覚まし時計できっかり決めた時間に目を覚ました。わざわざ家族が起きてくる時間よりも三十分ほど早い時間に起床して何をするのかと言えば、朝の運動だ。軽くストレッチ、その後にランニング。たったこれだけのことだが例のVRゲームをクリアしてから日も浅かった俺は、始めたころは二キロを走破するだけで体が動かなくなるほど弱かったのだ。

 

 日常生活を問題なく行える程度にはリハビリを終えているが、それでもすぐには体を巧く動かせなかった。最近創設されたらしい『仮想課』の菊岡さん曰く、一種の『後遺症』だという。

 

 しかし、それはあくまで()()の問題であって、永久的な障害ではないと診断結果が出ている。そこで俺は日々のストレスたりえる体の不調を治すべく、毎日欠かさず体を動かしていた。

 

「ひぃぃ……。ひぃ……。うえっ、ゲホッ」

 

 昨日よりもう少し走った辺りで限界を迎えてへたりこむ。体はまるで電気ストーブのように熱く、脚は絶え間なく震えている。これが冬で本当によかった。これが夏だったらどんな有様だったのだろうか。

 

 この調子なら、春から新設される特別学校に通うまでには目標を達成できそうだ。目標は大きく十キロ走破。いやまあ、俺のコンディションで十キロ走破って結構頑張らないとできませんからね?

 

「今日は……やっと五キロ走れた!」

 

 時間はかかる。途中で何回か歩いたこともある。やはり走破と言うにはいささか語弊があるかもしれないが、それでも昨日はここまで来れなかったのだ。走破と言うよりは、進歩。自分の成した結果に満足すると、どっこいしょと口に出しながら立ち上がった。

 

 さっさと帰ろう。今日の朝ご飯は詩歌が作るそうだ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ただいま~」

 

 間延びした挨拶をしつつリビングに向かうと、妹の詩歌が鼻歌を歌いながらベーコンエッグの乗った皿をテーブルに並べていた。

 

「あ、兄さん。おかえりなさい」

「ん、手伝えなくて悪いな。今からでも出来ることある?」

「兄さんは座っててください。体調がもどったら一緒にお料理も出来ますから」

 

 顔よし、気立てよし、成績よし。それが自慢の妹詩歌なのだ。同じ腹から生まれたというのに、どうしてこうも素晴らしい人間に育ったのだろうか。母さんは不公平だと思う。母さん関係ないけども。

 

 どういうわけか俺の生活を助けてくれるのはもっぱら詩歌だ。両親が共働きと言うのもあるが、イマドキの女子なら兄を毛嫌いしていてもなんら不思議なことは無いというのに。情けない半面、俺自身とても嬉しいと思っている。

 

 元々仲が悪かったわけでもなかった筈だが、SAO以前よりも話す機会は増えた気がする。父さんも母さんも口をそろえて、詩歌が一番心配していたと言っていたが果たしてどうなのか。

 

 二人でいただきますの挨拶をしてから、味噌汁をすすった。立ち上る湯気、香り。どれもこれも生きていることを実感させてくれる。

 

「どうですか兄さん。美味しいですか?」

「うん美味い。文句のつけようもありません。……てかさー、いっつも思うんだけどさー。なんでお前俺の妹なの? 俺ってば恵まれ過ぎてない? てか俺と出来が違いすぎません?」

「そんなことないです。兄さんもいいところはたくさんあります。寧ろ、私が見習うべきところが多いくらいです」

「俺みたいないじめられっ子に育っちゃ駄目だぞ~。詩歌が今のように素直で優しくいてくれたら、俺も嬉しい」

「兄さんてば自分を卑下しすぎです。あっ、そう言えば菊岡さんから電話がありましたよ」

「へえ……、なんだろ。もう検査もあらかた終わったはずだけどな」

 

 特別支援学校への仲介など病院にいる間にかなりお世話になった人だが、それが終わればもう関わることは無いと思っていた。今更俺に何の用事だろうか。事後処理で様子を見に来るだけか?

 

「どうやらバイトのお誘いのようです。社会復帰のためにもぜひ一度話がしたいとか……。お昼前にはお見えになるそうです」

「うーん……まあ話を聞いて決めればいいか。俺も今や社会的弱者だからな、学校に通いだしてバイトしようと思ってもなかなか出来ないだろうし。ある意味ありがたいお話だ」

 

詩歌は心配そうにこちらを見たが、すぐに表情を綻ばせて言った。

 

「兄さんがそう言うのなら。また、目に星が流れてましたし」

「マジで?」

「マジです」

 

 最近家族に言われる事で、俺が何かしらワクワクしたり――要は楽しみな状況にいると目に星が流れるのだと。俺としては全く意味がわからないが、そう言うこともあるのだろうと適当に飲み込んで解釈している。

 

 俺には見えたことがないからなおさらそうするしかない。嘘をつくと視線が泳ぐだとかいうのと同じで、どうせ俺にも癖があって、光の加減とかなんとかでそう見えるだけのことだろう。

 

 その後も適当なおしゃべりを続けていると、呼び鈴が鳴った。

 

「あっ、片づけしないとヤバいな」

「私がやっておきますから。どうぞ客間で」

 

 ありがとうとお礼を言ってから玄関に向かう。扉を開くと、来ていたのはやはり菊岡さんだった。

 

「朝早くからすまないね。妹さんから聞いていたりするかい?」

「ええ。とりあえず立ち話もなんですから中にどうぞ」

「ありがとう。しかし大きい家だねえ、一体いつ建てたんだい?」

「俺もそこまでは。でも言われてみれば広いですよね、俺言うのもどうかとは思いますが」

 

 客間に案内して、ソファを勧める。エアコンを入れつつ早速話を切り出すことにした。

 

「それで要件は何でしょうか。確かバイトがどうとか」

「その事なんだけどね、取り合えず前提の確認からしてみようか。君はSAO生還者たちが社会でどんな待遇を受けているか知っているかい?」

「そうですね……社会問題になっているとか。年齢で言えば学生が大半でしょうけど社会人は相次いで辞めさせられて、行き場を失った方の中には自ら命を絶つ方もいるそうで」

「そうだとも。僕たち仮想課も被害者のために社会復帰活動を支援してはいるんだが……そこに使える人手も予算もロクに回ってこない」

「でしょうね。社会問題とは言ってもほんの一部の人間のために手厚いサービスはしていられない。仮に予算を回すならフルダイブによる医療発達とか、そういうのに回そうと思うのが普通でしょう」

「へえ、中々に状況を理解してるじゃないか」

「新聞くらいはしっかり目を通すようにしているので。それよりなんで今の話の流れがバイトに繋がるんですか」

「まあ待ってくれよ。そうだね……、社会の目とは逆にSAO生還者のアドバンテージが何なのかを考えたことはあるかい?」

「何って……豊富なフルダイブ経験とか」

「そう! それだよ! 君たち、特に若者に期待されているのはフルダイブ技術分野での活躍だ。今や社会では急速にフルダイブ技術が発達し、一般家庭にまで普及するようになった。この意味が分かるかい?」

「なるほどです。従来の機械とは全く違う世界でしょうからね。フルダイブ技術者がフルダイブに適さない人間ということもままあるでしょう。つまり、長時間のフルダイブが可能な俺たちは臨床実験をしてもらうには都合がいいと」

「それだけじゃないさ。例えば、仮想世界にも秩序が必要だ。仮想警備員なんていう新しい職業も実際に法律で定められる予定なんだ。それには現実世界とはまた別のスキルが必要になってくるだろう?」

「そうは言いますけどね。不適合者なんてそんなにいないですよ。やろうと思えば誰にだって出来る、違いますか? 実際どこぞの稀代の天才科学者が自動調整機能をすでに実装してるじゃないですか」

「そうだとも。でもね、()()()()()()()()()()()()()()。これが現実なんだ」

「そう、なんですか?」

「よく考えてみてくれ。SAO事件では四千人がすでに死んでいる――つまり世間では未だフルダイブは危険なものであるという印象が強いんだ。そこで僕たち仮想課はフルダイブ機器を検査したり監視したりしているんだが、課の中にも実際にフルダイブをしようなんて人は僕くらいだろうね。それでもゲームなんかは大人気なんだけど……実験台になりたいなんて普通は思わないさ」

「つまりバイトっていうのは?」

「新しいフルダイブマシンのテスターになってもらいたい。といってもそんな難しいことはないさ。君の得意なネットゲームで遊んでくれさえすればそれでいい。――簡単なことだろう?」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「そんな危ないこと、私は反対です!」

 

 早々に言われてしまった。言いたいことは分かるのだがここまで強固に反対されるとは思っていなかった。確かに俺自身VRMMOというゲームジャンルに飽きている。二年も同じゲームを続けられたのは異常事態だったからだ。

 

 専門の施設で常にバイタルチェック等をするにしても危険なものは危険だ。だがしかし、しかし、だ。

 

 給料が余りにも好待遇すぎる。家族に迷惑をかけたあげく棒に振った二年間を償い、これからの俺の事を考えるためには多少なりともお金が必要だ。

 

「でもな、世話になった分何かで役に立つならそれがいいと思うんだよ。それにこれからの社会においても意義のあることだし、危険はほとんどないって説明があったろ?」

「そんなの駄目です! まだ完全に体調が戻ったわけでもないのに……。また向こうに閉じ込められたらどうするんですか!」

「いや実際に何万人単位でプレイされてるゲームだぞ? それこそSAOの比じゃない。いざとなったら強制的に運営がログアウトさせてくれる」

「私も説明を聞いて色々と調べたので最低限の安全が確保されているのは知っています。ですが、()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 言葉に詰まってしまった。どうしても言い返す言葉が見つからない。なぜなら、向こうの世界とはまるっきり違うからだ。

 

 かつて犠牲となることを強要されていた時とは違う。身を案じてくれている。犠牲となることを認めないでいてくれる。支えようとしてくれる。

 

 だから、そんな人を裏切る気持ちにはどうしてもなれない。

 

 家族は勿論のこと、菊岡さんにも恩を感じている以上俺には裏切れない。そういう性分なのだから仕方がない。

 

 それに、本当にVRMMOから離れてしまえば()()との再会が叶わぬものになってしまうという恐れが確かにある。VRMMOという共有できる世界にいることが出来さえすればいつか会えると淡い期待を未だに抱いている。

 

「ごめん。でもやる」

「どうしてっ……!」

「どうしても、やるんだ」

「お金ですか、それとも私が嫌いだからですか」

「前者は否定できないけど……。俺は父さんも母さんも、詩歌にも感謝してるんだ。でも、菊岡さんにも散々世話になった。俺にはどっちも裏切れないよ。俺が被験者になれば父さんと母さんの助けになるし、社会にも貢献出来るんだ」

 

 詩歌は黙る。頭がいいこいつは当然俺の言わんとすることを、恐らく言っていない事すらも理解してくれているだろう。それでも反対してくれるのは純粋に詩歌が俺のことを心配してくれているからだ。

 

「それ、私には全然報いてくれてないじゃないですか」

 

 くすり、と困ったように笑いながら詩歌は言った。

 

「いやまあ……一番の問題はそれであってだね。どうすりゃいいものかと考えてはいるんだけどな?」

「もういいです。私が何を言っても仕方ないでしょうから。だから、ちゃんと十キロ走れるようにはなってください」

「それについては続けるぞ? あくまでバイトなんだから毎日行くわけじゃないし」

「それじゃあ、一緒にお料理してください」

「えっと……それでいいの? なんかこう、奢るとかじゃなくて?」

「バイト代が出るのですから、当然兄さんならそれくらいお願いしなくてもやってくれますよね?」

「え、あ、うん。それはもちろん……」

「ですから。無事なら全部出来るようになるでしょう? 私については後払いで構いません。――そ、の、か、わ、り」

「その代わり……何でしょう」

「もっともっと。お願い、させてくださいね?」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 それからしばらくして、俺はとある病院に来ていた。最新の施設を有した国内でも指折りの大病院で、俺は驚きの事実を知らされる。

 

「SAOのデータを引き継げる……と。俺の悲しみは何処に行った?」

「ははははは、要らない感情だったようだね。本当につい最近公開されたシステム――『ザ・シード連結帯(ネクサス)』と言ってね。連結帯のゲーム同士なら個人データを共有できるんだ。勿論ある程度の制限はあるけどね。まあ、ALOにおいてはSAOのステータスデータをそのまま使うことができるからご心配なく。アバターの外見とかは一から再構成されるし、おまけにアイテムも引き継げないけどね」

「なるほど……。二年間進歩してたってわけですか」

「そのとおりさ。SAOとは違ってwikiなんかもあるけど、確認はしなくていいのかい?」

「すでに確認済みです。ゲームは下調べが重要ですから」

「そうか――引き継ぎ設定は入ってすぐのメニューにある。検討を祈るよ」

 

 被検体服に着替えてでジェルベッドに横たわり、『アミュスフィアⅡ』なる最新機種を頭から被る。電源を入れて準備完了のランプが点灯すると、俺は久しぶりにあの言葉を発した。俺を新世界に誘う呪いの言葉。

 

「リンク・スタート」

 

 

 

***

 

 

 

 一言でいえば、俺のアバターは闇妖精(インプ)としては普通である。黒と紫のグラデーションを描く髪の毛。顔立ちに関しては現実とさほど変わらず。前種族共通のナガミミ。瞳の色は紫紺。

 

「ネットで見たけど……インプの領地ってやっぱ暗いな」

 

 ゆっくりと緊張していた手の平を解いた。どうやら適合はしているようだ。後は跳んだり跳ねたりつねったり。いや、確かこの世界のウリって『飛ぶ』だった、はず。主なPVとかプレイ動画は見て研究したが。色々やってみなければ解らない。

 

 とにかく一度やってみることにした。

 

 俺はインプ領地で最も高い塔から飛び降り、壮絶なダイブ死を遂げたのであった。例えばこれば森であったならば、草木がクッションとなって死には至らなかったらしい。後にこれはとある人から聞いた。

 

 

 

「えっ、あっ。俺、死んだ? 嘘だろこんなにあっさり?」

 

 俺は宙をふわふわと浮いている――俗に言う霊体化――ようで、歩こうとしても一歩も前に進まない。改めて色々と理解すると、自分がえらく恥ずかしく思えてきた。膝を抱えて復活(リスポーン)するまでの三十分を待つために心なしかいつもより淀んだ眼を前に向けた。

 

「あれ? コイツの顔いいじゃない! すごい、好み!」

「ちょっと領主! 唐突に逆ナンですか? てか俺らには見えませんし!」

「それよりホラ! アレ、出しなさいよ。()よ、早く!」

「領主館にツケときますからね……」

 

 何か神秘的な輝きを放つ液体を、現在の俺を表す残り火(リメインライト)に振りかけるインプの男性プレイヤー。すると――

 

「お、おお……復活とかするんだな」

 

 感心するのも束の間、恩人の男性が耳に口を寄せてくる。

 

「(気をつけろよ。あの人滅多に人を選ばないが……見染められたら最後)」

 

――襤褸雑巾だ。

 

 その言葉の真の意味を理解する前に俺の腕が横に引っ張られ、体勢を崩していた。

 

「ねえ。ね~え~。今からワタシとお茶しない?」

「お茶って……。俺、今から飛ぶ練習をですね」

「あら、もしかしてALO初めて? じゃあワタシが手取り足取り教えてあげるわ」

「いや、その……えっと。インプ領主の《ミズチ》さんですよね? そんなお方が俺なんかに構ってていいんですか……なんて」

 

 はっきり言って、面倒だ。この類の人間に関わるとロクなことがない……なんかデジャブを感じる。似たようなヤツを知っている。行動の一つ一つ全てに嘘が混じっていた頃のレインにちょっとだけ似ている。

 

 今回に関しては本当に趣味で男漁りしてるという線もあるとは思うが。とにかく面倒事は避けたい。あくまで楽しくゲームするために余計なことを背負わないという事は大事なことだ。

 

「いいの~。だって、将来のインプへの投資だと思えば安いとは思うのよ」

「将来って……。まあ確かにインプって人数少ないですけど」

「ちーがーうーのー。アナタ、どっかからの引き継ぎでしょ? 筋力敏捷共にステータスの高さが以上。スキルに関してはほとんどがカンスト――いやどっかから、というか」

 

 先程の小悪魔じみた態度はどこへやら。ロリ体系の領主は俺をじっくりと観察しつつも冷静に分析を開始する。恐らくは識別スキルか、それに準ずるスキルで俺のステータスを参照しているのだろう。しかし一体どれだけの数のスキルを併用すればここまで詳細に解析できるのだろうか。

 

「アナタもしかして、元SAOプレイヤー!? うっそ、初めて見た! ねえねえ、領主官にスカウトするからここに留まってくれない? 最近レネゲイドも雇いづらくて困ってたの!」

「ええ? いやそんなのに任命されても困るし、観光とか自由に出来なくなるのはちょっと……」

「じゃあ、ワタシとパーティ組んで。一緒に観光行きましょ」

「はあ? ちょっ、何考えてるんですか! だって領主とか何とか」

「い、い、の! たかがゲームよ。マジでそんなことやってられないわ。たまには自由に遊ばないと領主なんてやってらんないの、ホラ! まずは飛ぶ練習から行くわよ~!」

 

 行かないでくださいこれからまた執務がとかなんとか悲鳴を上げるプレイヤーをよそに、俺をずいずいと引っ張っていくミズチ。正直なところ、俺も悪い気はしない。だってこんなにも楽しくゲームしようとしているヤツと友達になれそうなのだから。

 

 そして俺はこの日、飛ぶ練習と称した紐無しバンジーを十数回にわたって強要されたのであった。

 

 




 

 最新話はいかがでしたでしょうか。ALO編はまあ、色々カオスにしていこうと思っております。私の趣味全開で行きますので(シリアスもまぜたいっ!)どうかお付き合い頂けると幸いです。


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