ALOプレイヤーの大勢は、未だにコントローラーを用いて空を飛んでいるという。随意飛行――己の意思で翼を操れるプレイヤーは領主を始めとした一部の強者のみ。故に、それは一流の証でもある。
それをたった三時間で他人に教え込み、習得させるなんて。ミズチはやはりトッププレイヤーの一角なのだ。
「いい? 意思で飛ぶのよ、意思。イメージじゃなくて、意思!」
「意味がわからない……。どう違うのか分からない……」
「じゃあアナタ、本気でイメージで飛べると思ってんの? だったら救いようのないバカね、バーカバー―カ」
「テメエ……、しまいにゃ殴るぞ? 俺にも堪忍袋があることを知れ?」
――教え方については『雑』の一言に尽きるが。
「いいから、意思で、飛ぶ!」
よくわからない説教を受け、突き落とされる。これを何回繰り返しただろうか。スキルをカンストしておけばデスペナは免れるが、あんなロリにここまでひどい目にあわされているとなると精神衛生上非常によろしくない。いっそ、害悪ですらある。
「ちっくしょおォ!!」
翼を出すところまでは何とかなった。問題は実際に羽ばたかせる事。どうしてもそれが出来ない、どうしても慣れない、どうしても理解できない。何をして、何を理解して……何を何して何とする? 俺は、今の今まで、何かを会得しようとしたら、どうしてきた? こんな時、どう、
思い出すのはかつての師、その言葉、対する憎しみ、そして怒り。たとえそれが偽りの物であろうとも、俺を少なからず支えてきた感情だ。
――不器用で不器用で不器用な。
――君は所詮私の二番煎じ!
――壊して楽しい、直して嬉しい。
――鏡を割って他人の顔をぐちゃぐちゃにするみたいに!
――なのに《異双流》なんて。私の趣味が台無し!
――だから、改めて、私とキミの技の名を確認しようか!
――《一、五刀流》!
肩甲骨よりも少し内側から延びる、仮想の筋肉を、作る造る創る、俺の体の、どこの筋肉を動かそうと飛べない、理屈理論理由を、知らないのだから無視して、実行する。
瞬間的に閃く思考に身を任せる。久々の感覚だからすっかり忘れてしまっていた。関係ないものは関係ない。そう割り切って何事も身につけてきた二年弱の記憶を手繰り寄せては必死に再演する。
***
「三時間、ね。アナタはっきり言って才能あるわよ?」
「あれだけスパルタされたら誰でも出来るわ! もうやってられるか! 帰る、帰って寝る! ログアウトする!」
駄々っ子のように喚きつつシステムウィンドウを開こうとするが、その前に腕を引かれてしまう。
「アナタ顔はいいけど、やっぱり初期装備だとダサすぎ。剣とか防具とか揃えに行くわよ!」
「店売り? だったら地道に素材集めてプレイヤーメイドとか……」
「アナタ、レプラコーン知ってるでしょ? 商人気質が多いから価格と質を身内でしょっちゅう競い合ってるのよ。その一環で自分を売り込みに各地を回ってるヤツも多いからデザインとか質とかを求めるならそこで買うの。 安心しなさい? コーディネートはワタシがしてあげるから」
「完全に人形扱いじゃんか……」
「当然よ。だからワタシの好みに仕立ててあげようとしてるの」
清々しいまでに俺を人形だと言い切るミズチにジトっとした目線をやってから、諦めて従うことにする。まあ、成り行きとはいえ俺自身も割と楽しんでいる節があるのは自覚しているし、何よりALO初のフレンドだ。
形は歪なれど仲良くプレイできているのだから、こういった役回りも新鮮でいいのかもしれない。ロリっ子に遊ばれているという事実には変わりないが。
運がいいのか、悪いのか。ミズチは、どちらかといえば陰ながら見守ってくれる用心棒タイプのほうが連れていて楽しいとかなんとか。つまるところ付いていくなら勇者様に、連れ歩くなら下僕を、という男的には何とも不本意な女王様気質なのだ。いつかぎゃふんと言わせてやりたい。
偶然だと言ってほしいが、さんざんショップを連れまわされた不幸極まる俺の出で立ちはSAO時代とさほど変わらなかった。インプである以上は紫色のラインが入っていたりはするが、それはそれで構わない。
SAOには無かった仕様として同シリーズの装備を複数着用することでマジック効果が発生するなど勉強にもなった。
これだけはとリクエストしたマフラー、《ブラック・ファー》もばっちり装備したところで、ようやくまともにALOへ来たという実感が湧いて来る。
「あの、なんで俺の装備なのにお金払ってくれるんです? 引継ぎ勢だからそれなりに金はあるんですけど……」
「何言ってんの? 人形の服を人形に買わせるわけないじゃない。領主を舐めないでちょうだい」
――……そうですか。
「次は武器ね。アナタのメインは……ん? そういえば何で無駄に武器スキルのカンストが多いの?」
「いやまあ、そういう戦い方をしてまして。単純にカンストされたスキル見てると興奮するといいますか、カンストが趣味といいますか」
「変な趣味ね。人それぞれだから文句までは言わないけど」
「俺がどんな格好しようと人それぞれでは」
「人形は黙る!」
首根っこを掴まれてうぐ、と変な声が出てしまう。周りからクスクスと笑われてどうにもやるせない気分になってくる。あまりに恥ずかしいので顔だけでも隠そうとコートに付随したフードを被――脱がされた。
そんなことをしているうちに主に武器を売るプレイヤーの集まる区域に足を踏み入れた。俺はやはり笑いの種と化してしまっているが、その反面ご主人様……もとい。ミズチは普段からそうなのかは知らないが、領主相応のカリスマで視線を集めていた。しかし、いくらナンパ相手とは言えども『豚、この豚』と連呼するのはやめていただいていいだろうか。冗談抜きのトーンで言っているのであまりに向こうがかわいそうだ。
そんなこんなでこっそり隠蔽スキルで目線を逃れた俺は当初の目的通り武器を物色していた。しかし三件ほど見て回ってもなかなかしっくりくる武器が見つからない。軽いが攻撃が低すぎる、重いだけで芯がしっかりしていない、属性攻撃は高いがすぐに壊れそう。失礼だがここで俺が使うに値する剣は見つからないのではないか?
いい加減諦めてとりあえず耐久力優先の武器で妥協しようかと考えたとき、突然怪しげな店の奥から声をかけられた。
「そこのお方、武器にお困りですか?」
ま るで占いの館のように怪しげな布で包まれたその屋台はどうにも入る勇気を削ぐようなもので、正直言葉を返そうか返すまいか迷った。ただ、こう言った怪しげな店に魅力を感じるのもまたゲーマー男子としては仕方がないもので。しばらく黙っていると再び奥から声が這ってくる。
「いえいえ、別に武器を見てくれとは言いません。どうやらお疲れのようですし、おしゃべりでもしませんか? お客も少ないので暇なんですよ。よかったらお茶とお菓子もお出しします」
確かに怪しいが、しかしその怪しさが今の俺には唯一のオアシスに感じられたので。半ば救いを求めるようにして、俺はお茶とお菓子を頂くために入店した。
***
「それはそれは、大変でしたね。ですがインプ領主は人見知りとお聞きします。貴方も貴方でそんなお方と高度されるとはなかなか罪なお人なのでは?」
「確かに気に入られてるのはわかるけどさ~……。ゲーム開始直後にこんな苦労するなんて思います?」」
出てくるのは愚痴ばかり。俺の鬱憤もあるが、何よりこの謎のローブの女性商人がとにかく話しやすい。聞くべきところはしっかりと聞き、絶妙なタイミングで相槌をしてくれる。ゆるゆるとした雰囲気の会話が今は何より心地よい。正直涙が出そうだ。
「俺は、この世界で何をすればいいんでしょうか」
ぽつりと。自分でも意図していないような言葉が漏れる。どうして突然こんなことを? 馬鹿じゃないのか。よりにもよって他人に、まったくもって恥ずかしい。無視してくれていい。そう言おうとしたとき。それよりも早く謎の女性プレイヤーは言った。
「それでは、貴方はどうしてまた
「それはまあ――暇だから?」
「いえ、その……そういう答えではなく。もっとシリアスな答えを頂けると」
「そう? じゃ、なんか……えっと……約束の人ともう一度出会うため?」
「なるほど。それは何とも深刻な動機ですね……」
「あの、自分の中で盛り上がってません? そういう導く系キャラやりたいだけになってません?」
「さて、なんのことでしょう? わたくしはしがない武器商人。そしてお客が来ないので貴方と同じく暇人です」
これはもう認めるしかないのだろう。俺のALOライフは凄まじく面倒くさいものだ、と。でもまあ笑えるからいいとしよう。必要以上に重責もなく、自由に、のびのび、正直目的なんて要らないではないか。どこかの誰かさんみたいに手足を引っ張ってくれるお方もいることだ。そもそもゲームとはそういうものだ。
「あっ、アナタこんなところに居たのね! ワタシの目をすり抜けられたのは褒めてあげるけど……。下僕風情がいい度胸ね?」
「だってお前と一緒にいるといつまでたっても事が進まないし……」
「お前じゃない。『お嬢様』、でしょォ?」
「いやいや。いつそんな関係になったんスか。待った待った、ステイすてーい」
「こともあろうにワタシを犬扱い!? 流石にワタシも度し難い……」
どんな膂力を発揮したのかミズチによって店の外にたたき出された俺。せっかく新調した装備が土埃まみれ……とは言っていられない。石畳にへたり込んだ俺の視界に現れたのはデュエル申請――しかも拒否権がない。
おそらくは領主の権限を用いた断罪システムか何かだろう。とてもじゃないが未曽有の世界で最強の一角と勝負とは何ともハードモードだと思う。そして面倒な状況からの逃避的思考であることも知っている。
「あの、マジで? 弱者いじめはよくないような」
「いい? これは
慣れた手つきで禍々しいフォルムの鎌を弄ぶミズチ。カウントダウンは残り二分と十二秒。いくら装備が充実しているとは言えども武器があまりに貧相すぎる。どう考えても勝算がない。
SAOとのネクサスを確立した時点でソードスキルが実装されたらしいが、武器のランクが低すぎて高位のものは軒並み使えない。俺の識別スキルで見た通りの領主のステータスに加えて、鎌特有の『引き込み』や『即死』を去なすためには、彼の剣《ナーバライザ》と同程度の武器がなければ不可能だ。
「せめてさっきの店で装備を買っておけばなあ……」
「いえいえ、買ってくれとは言いませんよ? 初めてのお客様にはサービスです」
声に方向がない。ドームに響いた声を聴いている感覚。しかしさっきの少女商人の声であることは確かだ。
「それではまた何処かで。わたくしはとばっちりが来る前に退散させていただきますね」
声が途絶えたと同時に、アイテムボックスが送られてきた旨のメッセージが目線を掠めて消える。中身は片手剣《アルバク=リカラ》一本、細剣《ミィティア》一本、短剣《ルー・ガルー》と《シャルガフ》が一本ずつ。……いや、待て。この武器種と、数。かつての俺を知っていなければ、絶対に出てこないはずだ。
「――お前、どこの誰だ?」
もちろん声は帰ってこない。この貸しはいつ返せばいいのかも告げないままとは何とも詐欺的なお人だ。ありがたく貰ってはおくけれども。
「何ブツブツ言ってんの? 残り、三十秒よ」
「あー……。はい。えっと装備装備……」
昔の経験を頼りに装備、バトルスキル、mod『クイックチェンジ』の設定を十秒で終わらせて剣を抜く。武器表面のテクスチャを見る限りではあるが、かつての剣たちとほとんど変わりないランクだ。扱いにはまだ慣れが必要ではあるが、それは適当に実践でやっていくことにする。
三、二、一。
DUEL!!
「『ライトニングアタック』『サイレントブースト』『バックスタブ』『リィンフォーサー』」
「『
――剥がされた……っ。
俺が速攻をかけることを見越して俺のエンチャントをすべて解除する、その冷静さ。SAOにおいても稀にみる読みの才能だ。俺があまりに浅はかな特攻を仕掛けたこともあるが、簡単には勝たせてもらえないようだ。
SAOにすべて置いてきたと思っていたが、これは久々の昂ぶり。どうやって
「ホラホラ! どんっどんっ行くわよ!
『
頭上で回された鎌から次々と闇色の鎌が生成され、旋回しながら飛来する。軌道は全く予想できない動きで、しかし首だけを執拗に狙っていることはよくわかる。要するに完全に遊ばれている。
「《OSS》は……使えない、か。それくらいなら弾くけど」
しっかりと飛んでくる魔法刃を見据え、中心を正確に打ち抜いていく。純粋な物理属性だけでなく、武器に追加で魔法属性が追加されていれば魔法の迎撃は可能である。WIKIからの情報だ。
「あら、いつの間にそんな剣を。でも……手数、足りる?」
鎌の回転数が増すと同時に、魔法鎌の大きさ、速さ、数が見た感じではあるが
コネクト始動に選んだのは片手剣八連撃《ヴォルテージ・ダンス》。鎌には鎌だろという理由で回転する類の剣技を選んだのだが、なかなかに効果的なようだ。しかもALOへの実装によって火属性を追加されたらしく、描かれた焔の螺旋は非常に美しい。もちろん見とれて動けないなんてマネはしない。
鎌を弾いて道を作り終えると回転の勢いを殺さずにレイピアを突き出す。突進技《シューティング・スター》。
一瞬で間合いを詰め、同時に技で
二撃目でHPの半分を削り取り、三撃目からはシステム障壁に阻まれた。勝負がすでについているからか、同じインプだからなのか。それはあとで検証するとしよう。とにかく俺の勝ちだ。
『YOU WIN』のシステム表示を見て満足すると同時に、ぶわりと仮想の冷や汗が背筋を流れた。やじ馬たちがまるで俺を、いたいけな幼女をいたぶった不審者を見るような目で見ているのが分かる。いや、違うけど違わないといいますか。
全力で、俯いたままのミズチに駆け寄る。その……俺、もしかしてやりすぎてしまった?
「ぅ……」
「う?」
「帰る! 帰るって言ったのよばかぁ! あと、明日午後五時ここに集合!」
取り残された俺は、非難するような視線を振り切って宿屋に身を潜めるしかなかった。
◇◇◇
初バイトを終えて帰ると、引っ越し業者が来ていた。いや、いやいや。まさか皆さん俺を置いてどこかに行くつもりなのだろうか。
「あれ。帰ってたのか謳歌」
「あ、うん。ただいま父さん。で、これはどういうこと?」
「何って、母さんから聞いてなかったか? 今日から家族が増える」
待て。
「ちなみに本人きっての希望でお前の部屋で過ごしてもらうからそのつもりで」
「待って父さん。それ、誰」
「お前と詩歌の従妹の紺野木綿季さん。難病から回復したそうだが行き場がなくってな。お前ら昔から仲よかったから別に問題ないだろ?」
目線を少し右にやるとそこには満面の笑みを浮かべた木綿季がいた。
「よろしくね、兄ちゃん!」
ライヒ/謳歌くんは徹底してお兄さんキャラにしていこうかと思ってます。アクワです。新キャラを出しすぎてしまえば苦労が増えるのが分かるのですが、書いていて楽しいからいいやと思ってます。
感想その他お待ちしております。