無責任でいいから、だからこそよかった。
「ここが……」
「そ、央都アルンよ」
世界樹を中心に広がるその街並みはひたすらに輝いていて、プレイヤーが種族の垣根を越えて各々の時間を過ごしていた。時間帯が夜の今だから、それがよく分かる。妖精の理想郷の名前に負けない立派な都。俺とミズチは商業区を回って店を冷やかしたり、露天のジャンクな食べ物をかじったりしていた。
「それで、俺たちこれからどうするんでしたっけ」
「焦っても仕方ないわ。てゆーか、アナタの観光に来てるんだからちゃんと楽しみなさいよ」
「そういえばそうだった、ような?」
「何で忘れてるのよ……。それはともかく、本当はワタシとデートなんてこんな気軽にできるものじゃないの。感謝しなさい?」
「ええまあ……それは。ハイ」
それはミズチがぼっち気質だからなのではないかと思ったが、口に出せば罵詈雑言が降ってくるのでそっと胸の内に仕舞っておいた。ミズチの先導でアルンの名所を回っていると、なるほど確かにデートみたいだ。実際は飼い主と犬のような関係なのだが。
「えーっと、世界樹のグランド・クエストはクリア済みなんでしたっけ」
「ええ。スプリガンのプレイヤーがシルフとケットシーの部隊を率いてゴリ押し。なんでそんな凄いことになったのかは知らないけど」
「お嬢はそのスプリガンに詳しいんですか?」
「それなりにね、何を隠そう手駒候補第一位だったし。接触しようとしたけど、ゼノビアに先を越されたのよ」
「それでそのプレイヤーはスプリガン陣営に?」
「いいえ、ゼノビアをフッて行方知れず。きっとどこかに所属するのが嫌いなんでしょうね」
「黒い……ソロプレイヤー……」
思い浮かぶのは黒コートに、白黒の双剣。まさかとは思うが、あの救世主兼俺のコートの先輩はすでにこの世界に来ているというのか。また色々やらかしたんだなー、なんて思いを巡らしてみる。アイツと決まったわけではないが、可能性は高い。きっとどこかで元気にやっているだろう。
「どうしたの? もしかして知り合いだったり」
「さあ……どうなんでしょう。会ってみないと分かりませんし、会ったからといって特に何かあるわけでもないですし」
「ふーん……」
何かを察したのか、それとも俺の言葉に納得したのか。曖昧に場を濁すミズチ。隠し事のようなものがあまり気に入らなかったのかもしれない。かといってこれ以上話したところでどうしようもない。
本当に何もないのだから、どうしようもない。特別を除いては、あの世界での出来事は全て精算した。俺の勝手だとしても、やはりケジメだ。だからこそ平気で引継ぎのデータを使っているのだし、もしまだSAOを引き摺っているなら恐怖でアミュスフィアさえ触れられていないだろう。
それに、一度殺しあって、一度は殺されたなどと、誰が言える?
それだけじゃない。彼の世界では師匠に裏切られ、その復讐のために何度も何度も殺し会ったと、誰が言える?
PKという悪であったとはいえ、その全てを返り討ちに殺したなどと言えるわけがない。
今はいい。つい思い出してしまうのはきっと仕方がない事で、時間が解決してくれる。それに、命を懸けてゲームをクリアしたことで償いはすでに果たしている。そう信じている。
「いや! 本当に! なんにもないですから!」
「急にどうしたの!?」
「あー……すいませんすいません。ちょっと考え事が過ぎただけです」
「本当にアナタってよく分かんないわね……」
まあいいけど、とミズチは先に走って行ってしまう。だというのにこちらを振り向いては手を振り回しつつ遅い遅いと文句を言う。そんな無邪気な姿を見ていると、やっぱり過去なんてどうでもよくなってくる。
「ホラ! アナタもジュース飲むでしょ!」
「わかりましたから! すぐに行きます!」
相 変わらず周囲からクスクスと笑われながら、ミズチに渡されたグミを液体にしてハッカを混ぜたような妙な味のジュースをすする。普通のハッカジュースもあったはずなのだが、なんでわざわざ謎ブレンドのこれを選んだのだろうか。美味しくもなく不味くもなく、一体原料は何なのだろうか。
「なによこれ、マッズいわね。グミみたいな味に何でハッカを混ぜたのかしら……」
「マズいなんてひでえなあ……。これでも『アルンでは絶対に味わいたい!』の人気ワーストワンなんだぜ?」
「それダメじゃん! 逆に売れてるのかもしれないけど!」
「行列が途切れたところを狙ったんだけど……確かにワーストワンね。あの雑誌、『絶対に味わいたくない!』も作るべきよ」
がっはっはと誇らしげに高笑いする店主に別れを告げて、俺たちは再び歩き出した。俺の観光とは言ってくれたものの、ほとんどミズチに引っ張りまわされているようなものだ。一番楽しそうにしているのは実際俺ではなくミズチのような気もする。
やがて一通りアルンの観光を終えて、人気のないテラスで休憩を取っていた。今日は満月で、しかも普段より月が近くに降りてくる日らしい。適当に回っていると思いきやこのタイミングに合わせてスケジュールを組んでいたらしく、やっぱり凄いヒトなんだなあと改めて実感させられる。最初に話しかけられたのがこの人で俺は本当に幸運だ。
「本当にありがとうございます。領主の仕事とかもあるはずなのに……」
「別に。言ったでしょ、未来への投資だって。もうこんな待遇はしないから今のうちに味わっておくといいわ」
「そうでしたね……」
手すりに腰掛けるミズチは、俺のほうを改めて振り向いた。月に照らされた彼女の顔は陰りを帯びていてあまり表情が読み取れない。ただ、最初に出会ったときのように、俺を値踏みするかのような視線が俺の目を真っすぐに捉えていた。そんなはずはないのに、心まで全て見透かされているようで落ち着かない。
「アナタは、いつまでワタシと一緒にいてくれるの?」
ほんの一瞬だけミズチが何かを期待したような気がしたが、すぐにそれは引っ込んでしまった。
「いや、特には決めてません。多分面白かったらずっと付いていくでしょうし、つまらなかったらこのゲーム自体から出ていくかもしれません」
「そう、曖昧ね」
「ゲームって大体そんなものだと思ってますから」
「正論ね。でもそれだとワタシが困るのよ。この期間までは絶対にワタシの見方でいてくれるって保証が欲しいの」
そんなのは無理な話だ。プレイヤーはアイテムじゃない。ましてや装備品でもない。領主の権限を使って脅すこともできるだろうが俺には通用しない。俺の場合はインプ領から追放されようと活動できるだけの強さがある。
実際俺も面白そうだからという理由だけでミズチに付いて行っている。ほとんどゼロから国盗りを始めるなんて中々経験できることじゃない。だからこそミズチに賛同した。ミズチが俺を楽しませてくれそうだったから。だが、それ以外に俺に理由を作るのであれば。
「ワタシと契約しない? アナタが国盗りを成功させてくれるまでワタシの見方でいるなら、このゲームの中でワタシが持っているものなら何でも、一つだけ好きなものをあげる。流石に先払いは出来ないけどね」
「本当に、なんでももらえるんですか? もし俺が領主権を欲しいと言ったらどうするんです?」
「もちろんあげる。言ったでしょ、ワタシの持ち物ならなんでもっ、て。どうするの? 断りたいなら今が最後のチャンスよ」
ミズチの顔はなんとなく寂しそうで、でもその先には確かに何かをひっくり返せそうな予感があって。今の俺にはそれが何よりも面白そうなものに見えた。だから俺は、選んだ。
「お嬢をもらいます。もし、色々終わって関係なくなっても、俺と友達でいてくれますか」
ミズチは驚いたそぶりを見せたが、すぐに嬉しそうな、満面の笑みを浮かべて言った。
「ええ、もしワタシの野望が叶った暁には……ずっと友達でいましょう?」
俺とミズチの手は、自然と重なっていた。これからはきっと楽しくなる。予感ではなく実感として。
いつもみたいにぐだぐだな感じで最新話です。アクワです。もうすぐ年も明けるということで多少無理して短いながらも上げました! 記念すべき三十話目! 実際はコラボ編が完結していないので厳密には違うのですが、まあ三十回目に出した回として一つよろしくお願いします。メインヒロインはいつ出て来るんでしょうかねえ……。自分でもあんまりタイミング分からないとはこれ如何に。
感想その他お待ちしております。