嘘半分本音半分かと、思った。
なんでこんなに優しいのかなって、思った。
自分がブレない為に必要だからと、言った。
いい加減見切りをつけろと、言った。
それが出来たらやってると、キレた。
愛してるよって、想った。
自信がないって、謝った。
どうしようもないけど愛してくれと、願った。
必ず見つけ出してもう一度愛すると、誓った。
どうしてだろう。
すごく痛くて辛いことがあった。それに耐える日々は唐突に終わりを告げた。
病院のベッドで起きて、リハビリをして、ご飯食べて、ちょっとだけ勉強して、あとはぼんやり。SAOが終わったあとはずっとこんな感じ。そうそう、お父さんもお母さんも毎日来てくれて、先生も交えて面談をすることもある。
別に、特に不満があるわけでもないし、先行きに不安があるわけではない。特別支援学校に通うことも決まった。なのに、泣きたくなるほどの罪悪感、そしてその反面狂おしいほどの愛しさが込み上げてくることがある。
それは丁度通り魔のようなもので、本当にいつ来るかが判らない。怖い。
いいや、本当にそうだろうか?
***
「おっと、悪い!」
「はァ? どこに目ェ付けてんだよこのタコ」
「何だとテメェ!」
「おっ、戦る気か? オッケーオッケー。それじゃあ
「お、おい……何言ってんだ……?」
「だってお互いこのままじゃ収まらないだろ? じゃあ手っ取り早く決めようぜ」
「意味わかんね……俺は行くからな」
「何、逃げんの?」
「知るかよっ、クソっ……」
――とまあ、こんな感じで悪態つき放題で喧嘩売り放題という具合だ。グレるというよりはトチ狂っていたというほうが正確なのかもしれない。補給をする以外の時間はフィールドを放浪していた。
ちゃんと場所を選んで、そこをほっつき歩いていると、一週間か二週間に一回は
「あはっ、あははは!」
やがて俺は。
「あははははは!」
一つ、また一つと死を紡ぐたびに。
「あッハハ! ははハハ! あは、はは、
狂っていった。
11層に到達したあたりだっただろうか。首をさらすのが不安になってマフラーを巻くようになった。それが動物の尾に見えたらしいことと、服装が白いこと、それに
だんだんと視界がぼやけて、意識も朧に、強い何かを求め、見つけては殺した。もちろんレッドプレイヤーを選別して殺した。ただしモンスターは見境なしに。もっともっと強くなる。師匠がいなくなったのは俺が弱いからだ。きっとそうなんだと信じた。
時折現れては俺に殺意を抱かせるのも、そういうものなんだと勝手に納得した。ネームド・モンスターを見つけ次第、命がけで戦った。と、いうより新たな層が解放されるたびに攻略組に先んじてそこへ飛び込んでいたせいか、必然的にそうなった。その強さを買われたのと、危なっかしいプレイスタイルを諫めるためなのか、エギルさんのパーティにスカウトされて半ば強制的に加入させられた。
徹底的に管理され、外出も許可制になり、そんな環境から何とか逃げ出してフィールドに出た時のこと。13層でレインと出会った。出会ったばかりの時の印象は、性根の腐ったクソビッチ。おまけに嘘つきと、まったく良い印象を持っていなかった。
可愛かったのは、確かだけど。そのうち攻略組としての活動も真面目にこなすようになって、無謀な殺戮に身を投じることも少なくなった、その矢先のこと。
レイドの半数を犠牲に25層のボスを討伐した直後、俺に《
エギルさんのパーティーから脱退し、フィールドに飛び出した。なぜかレインもついてきた。
そして、《異双流》の熟練度が500に達したころ。33層で俺は師匠と再会した。何も言わずに全損決着モードで決闘を仕掛けてきたので、黙って受けた。気が付くと、一分も経たないうちに俺は師匠を地面に組み伏せ、残り僅かとなったHPを消し去ろうとレイピアの切っ先をその喉元へと向けていた。
ところで、《異双流》スキルはSAOに存在する全スキルの中でも群を抜いて異質なスキルだ。会得時に、武器系スキルに限定して10のスキルスロットを得られる。そこにマスターしたスキルをセットすることで、熟練度の値が100ポイント上昇する。10のスキルをセットすることで、ぴったり合計1000ポイント。
《異双流》はこの方法によってのみでしか鍛えることができない。33層時点で俺がその枠に入れていたスキルは五つ。《片手剣》《盾防御》《体術》《短剣》、そして《細剣》。
前者の四つのみで戦ったとするならばもう少し戦闘は長引いたかもしれないが、俺が独自に編み出した《ロングソード・レイピア》の前に、
そしてあと一突き。それだけで全てが終るはずなのだが、どんなに力を込めても腕がこれ以上振り下ろせない。レインが、俺を必死に羽交い絞めにしている。これ以上ない、夢にまで見た復讐という名の甘美な時間はあとほんの少しのところに迫っている、いや、すで手を掛けたというのに、何故邪魔をするのか。
或いはそれすらも言い訳に過ぎなかったのかもしれない。レインがいなくとも、もしかしたら、俺は。
「どけよ……。退けってんだよ! 知ってるだろうが! この時のためだけに、俺はッ!」
「それだけは……それだけはダメだよ! この人だけはキミが殺しちゃダメなの!」
「黙れええええぇぇっっっッ!! こいつは! ここで殺さないと! 俺が、全部、無駄になんだよぉぉぉッ!!!」
「お願いだからやめてよ! もうやめようよ! キミがこの人を殺したら
「フッ、フッ、フゥゥゥ……ッ!」
獣のようなうなり声を上げるも状況は膠着したまま動かない。目の前のコイツを殺して俺も死ぬ。そのために強くなったのに。そのためだけに生きてきたのに。そしてようやく今まで沈黙を貫いていたルクスが初めて口を開いた。
「ご……
その、何もかもがどうしてなのかが判らないとでも言いたげな表情で泣きながら顔をぐしゃぐしゃにしているその姿と、レインとは異なり一切の嘘を交えないその声で、俺は事の顛末をある程度察してしまった。
どんなに憎んでいても師匠として尊敬していたから、彼女のことが異性として好きだったから、察せてしまった。最初から最後まで――多少の誤算はあれども――俺はこの人に踊らされていたのだ。
「――――――…………なんだよ。じゃあ、
だから、もういい。その言葉は果たして自分に向けていたのか、ルクスに向けていたのか。のろのろとした動きで投げた剣やらナイフやらを拾い上げて踵を返した。
「……行こう、レイン。宿は――取り直そう。俺は、寝るよ」
既に部屋を取っていた主街区には戻らず、最寄りの小さな村へと向かう。いつの間に狩り尽くしていたのかモンスターとのエンカウントは無かった。小さな村の小さな宿の、これまた小さな部屋を取ってベッドに倒れ込む。
意識全てを放り捨てて泥のように眠った。それから、どのくらいの時間が経ったのだろうか。
やわらかな風が俺の頬をやさしく撫でる。それを感じるとともに太陽の光が目を灼いていることに気が付いて、俺は目を覚ました。
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
窓は今開けたばかりなのだろうか。立ったまま微笑を浮かべるレインを、しかし俺は直視できなかった。朝日に照らされる彼女の笑顔はどうしようもなく美しく、眩しかったから。
「どうかしたの? 体調悪いならまだ寝てていいけど」
「あー……いや、起きる。俺どのくらい寝てた?」
「うーん、二週間?」
「おいっ!? 嘘だろ!」
「うーそ。でもこの三日間ライヒ君ってばまったく動かなかったんだよ? うつ伏せだったから転がして布団かけておいたけど」
「ありがとさん。それにしても三日か……。そのくらいなら……まあ、大丈夫か」
ボス戦も不定期参加のため、俺に大した需要はないだろう。俺のステータスが攻略組の中でどのくらいの強さなのかは知らないが、別にドロップアウトしたわけではないはずだ。
「一か月くらい休んでもライヒ君のステなら大丈夫な気もするけどね。まあ、文句は言われるだろうけど」
「――なんで?」
「そりゃあ、キミが最前線を荒らしまわってたからだよ。そのお陰で攻略専門ギルドはお金もリスクも節約しながらメンツを保ってたんだから。中ボスとかネームドからの恩恵も結構大きいけど、やっぱり層ボスは別格だからね。倒せば名前が残るし、LAっていうチャンスもあって、そうじゃなくても経験値は中ボス無視してもお釣りがくるからね」
「俺が消えれば全部とれるんだからいいじゃん」
「そんなにホイホイ態勢は変えられないよ。ボスに挑むとなればギルド同士での話し合いとか、人員とか、必要経費とか、その他諸々倍々ゲーム状態なんだから。因みにそれだけ影響力があるのに知名度がほとんどないのは、攻略ギルドが情報屋に報道規制敷いてたからだね。ボス戦限定アイテムとか、お金とか……かな。いろいろ横流ししてもらえるって考えれば美味しい話だし」
「へえ? それで? 不都合が出てきたから俺を探そうとしても当の本人は相方と一緒に行方不明。フレンドは軒並み切られてるわ情報は入り乱れるわで今頃攻略本部は大慌てだろうな。お前があることないこと情報屋に吹き込んで攪乱したせいだろうけど。いくら払った?」
「……わかっちゃう?」
「まあ、な。流石は《
《
レインの習得しているスキルといえば、《舞踏》やタブーとされている《歌唱》をはじめとして、《ポーション作成》《装備作成》《料理》《裁縫》《所持容量拡張》といったように何を目指しているのかがさっぱりわからない。純粋な戦闘系スキルといえば、そこに申し訳程度に《片手剣》があるくらいだ。
本人曰く他にもスキル保持系のアイテムでいろいろ
「その話はもういいでしょ? 今日はどうする? やっぱり寝る?」
「流石に起きるよ……。腹減ったから何か食べにでも――」
「すぐ作るから待ってて! リクエストある?」
「えー、じゃあ、ご飯と味噌汁」
レインは結構いい素材で作られた調理器具や食器を取り出すと、材料をポンポン鍋やらフライパンやらに放り込んでいく。表示されたシステムタイマーのカウントが終るのを待ち、出来上がった先から手際よく盛り付けていく。いや……オムレツにケチャップ(そのままの味がする変なドロッとした青い液体)でハートとか書くな。
「美味しくなぁれ……なんちゃって!」
「はいはい。もえもえきゅん、もえもえきゅん」
「なーんだ、こういうの好きなら言ってくれればいいのに」
「なっ、ばっか! ……そういうんじゃねえよ」
これ以上話すといろいろと恥ずかしいので強引に席につき、二人でいただきますをした。
「オムレツとお漬物もあるから、ご飯は絶対おかわりすること!」
「いや俺朝はそんなに食べないんだけど」
「だーめ! 男の子なんだからそれくらいは食べないと!」
「お前は俺の母さんかよ……」
「お母さんじゃなくて――カ・ノ・ジョ! だよ?」
「わかったわかった。自称彼女ね、自称」
軽口の応酬はそのくらいにして俺は味噌汁を一口啜った。思わずほっこりしてしまう暖かな味だ。
「おお……おいしい」
「じゃあ、
「
「あははー……。もう一押しだったんだけどね」
それからしばらくはお互いに黙々と食べ続ける。俺がご飯茶碗を空にするとレインはすかさずそれを奪い取って二杯目をよそってから俺に茶碗をかえした。全ての料理を食べ終えてから片付けまできっちり終わらせて宿を後にした。
そして、俺のほうから話を切り出す。
「これからの事を話し合おうと思う」
「うん!」
「いやさ、何でお前嬉しそうなんだよ」
「だって二人で逃避行するんでしょ? どこまでも一緒だー……的な感じで」
「お前、分かってて話を茶化すのはやめろ。ここで別れようって言ってんだよ。お前だけなら攻略組に戻っても大丈夫なはずだからな。後衛に回ってサポート役に徹すれば十分にやっていける。だから……」
「だから別れるの? なんで?」
なぜ、何故って。それが普通なのではないか? これ以上一緒にいたところで腑抜けた俺には何の旨みもない。もともと、俺に就いてアイテムや経験値を啜ろうとしていたことくらい知っている。
だから打算的に考えるならレインが俺に付いてくる理由は、ない。いや、それは俺の言い訳だ。俺は、ただ純粋に好意を向けてくるレインを忌避しているだけ。今までは『勝手に付いてきている』で済ませることができたが、これからは違う。
コンビであることを自覚した以上は互いに互いを守り、助け合わなければならない。しかし今の今まで復讐に身を投じてきた俺にはその自信がない。好意に応える自信がない。25層のあの時、一緒にいると誓い合った。守り抜くと約束した。それでも今の俺ではその
「これじゃあ嘘つきは俺のほうだ……なんて考えてる?」
「なんでわかる」
「君はかっこつけたがり屋だからね。自分を悪者にしてそれで済まそうとしているんだろうけど……
「別に、かっこつけたりなんか、してない」
「じゃあ何で君はパーティーを無理やり解消しなかったの? なんやかんやで守ってくれたし、お金ない時も自分だけ野宿しちゃったりしてさ」
「それは……気まぐれだよ」
「ライヒ君は約束を破らないよ! しかもあたしの嘘は全部見抜いてるし、キミを利用しようとしてるのにそれを見て見ぬふりしちゃって! かっこつけ以外のなんなのさ!」
「ったくなんだよ……。嫌ならやめちまえばいいんだよ、こんな関係」
「それは……その、仕方ないんだよ。あたしは、その、だから……」
一拍置いてからレインは言った。
「キミに恋してるから。キミを愛してるから、しょうがないんだよ」
頬を桜色に染めて、口元はむずむずさせ、目線は逃げるように斜め下に向いていて、体の後ろで指を組み、心底恥ずかしそうにもじもじしている。俺はそんなレインの様子を直視できずに、顔を背けながらもなんとか言葉を探す。
これだけ自分に好意を持ってくれている女の子を自分の都合で引っ張りまわし、挙句の果てに『別れよう』などと言い出す奴が、今更何をどうするつもりなのだ。俺はその負い目から逃げたくてたまらないだけ。自覚しているけれど、どうしようもない。
「本当に気まぐれなんだよ。お前は俺と一緒に行きたいんだろうけど、俺にその気は無い」
「……まったく。だからキミはかっこつけ屋なんだよ。どうせ負い目がどうとか考えて、自分に悪役のレッテル張り付けて楽になりたいだけなんでしょ?」
「お前、本当に俺の事好きなの? ちょっとそうだとは思えないんだけど」
「嫌いだったら何にも言わないよ。言っておくけど他人はそれほどキミのことを見てない」
「……随分厳しいな」
お互い言いたいことは言った。そんな沈黙が流れる。これで完全に終わったな、と俺は思った。深く深くため息をついた。レインは動かない。考えるような仕草をしたまま動かない。そのままの体制で考えて、考えて、考えて、また考えて……。
「あ、そうだ! ライヒ君がちゃんとあたしのことを好きになってくれれば解決するんだ!」
「――はあ?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまうが、レインは全く意に介さない。俺の腕と自分の腕を強引に組むと、謎の膂力で俺をどこかに連れて行こうとする。
「いやーあたしってば天才だね! それじゃあとりあえずデート行くよ! 行きたいとこたくさんあるんだ~」
「おい! どこへ行く気だよ! ちょ、やめ、放せってええぇぇ!!」
何はともあれ、俺の更生はこのようにして強制的に果たされたのだ。この先どんな目に合うのかも知らずに、俺は少し、いやとてもワクワクしながらレインと行動を共にすることを決めたのだ。
***
『君はもう、攻略に参加しなくていい
From Heathcliff』
***
コンコン、と乾いたノックの音がした。どうぞと声をかけると『仮想課』に所属する公務員を名乗る人物が、開口一番こう言った。
「
半年ぶりです。アクワです。相も変わらず重苦しいストーリーで、しかも前進してない! 文章も色々と影響を受けて作風変わってるかもしれませんが、温かく見守っていただければ、と。
感想その他お待ちしております。