虚ろな剣を携えて   作:狩奈

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 うん? みんな大好きだよ? 誰を一番に助けたいかっていうと色々変わっちゃうけど、ね。


Fragment Ⅱ

 

「契約、だなんて格好つけて言ったけど。正直大した仕事があるわけじゃないのよね」

「……は?」

 

 今日はいよいよ本格的に活動を開始する集合日。領主らしくアルン随一の超高級宿屋のロイヤルルームで、インプ領主ミズチはしゃらりと優雅に髪を指で流しながら言い放った。

 

「あー、暇ね。こうも暇なんてゲームしてる意味あるのかしら?」

「いやいやいや、作戦とか立てましょうよ。インプ領開けっ()だと作戦バレますって」

「まあ、暇っていうのは冗談なんだけど―――アナタまさか、簡単にスプリガン領の中枢を落とせるなんて思ってないわよね? 作戦だの演習だのの前に、味方の数が少なすぎるの」

「数える以前に二人しかいませんからね」

「うっさい黙る。―――でも、どんなに人数を集めたところでゼノビアの所まで辿り着けるのは二人。パス・メダリオンは分かる?」

「あれですよね、多種族の領地への……通行証? wikiで見ました」

「アイツ……ゼノビアはスプリガンの強みも弱みも熟知してる。プレイ前に全種族を予習した上でスプリガンを選んだらしいわ」

「俺も予習しましたけど流石にコレクターになりたいんでもない限りは選べないスペックでしたよ」

「ホンっト、そうよね。でも、だからこそ滅多にメダリオンを発行しないの。協定で領主と副領主のために各種族へ二つは作ることになってるけど、それ以上は作ってない。国富論っていうのかしら、スプリガンの固有スキルじゃないと発見できないアイテムとかを普通には流通させないようにしてるの。そういうのに限って強い装備の強化には必須だったりするから」

「それで値段を吊り上げて稼ぎまくってると」

「その通りよ、呑み込みが早くて助かるわ。ところでアナタ、元SAOプレイヤーのよしみとかで仲間になってくれそうなプレイヤーに心当たりない? アナタ以上のデタラメなんて流石にいないでしょうけど、誰か強い人いないの?」

 

 言われてみてから、はてどうだったかなと思い返す。一度は色々あってフレンドリストをほとんど空にしてしまったこともあるが、結局は役回り上必要に応じてフレンドを結び直したり新たに結んだりしたので数としては決して少なくはなかった、と思う。

 

 しかしクラインさんやエギルさん、そのた大手攻略組ギルドのメンツが殆どで、普通に友人として接してくれたプレイヤーはほんの一握りだった。一時期俺のファンクラブがあるなんて話を小耳に挟んだこともあるが、一度も遭遇したことはなく、実態も定かではない。他にも成り行きで登録したり、友人として登録したはいいが死んでしまって二度と会えなくなったなんてこともある。総合して考えるに……。

 

「俺、友達少なっ」

「少ないなら少ないなりに誰かいるでしょ」

「うーん……」

 

 何とか覚えている限りのフレンドリストを頭の中で列挙していく。アイルトン、アコール、アスナ、アラスカ、アルゴ、ヴォルフガング……違うウルフギャングって名乗ってた、エギル、カイロネ、カスラナ、カレイド、キリト、クライン、ザザ、さーたん、シヴァタ、ジョニー、スウィフト、ストレア、シトリーン、シノン、シリカ…………プー、フィリア、ネイ、ネクサ、ねんどまん、ナノ…………リズベット、リューネ、リンド、ルクス、レイン…………ユイ、ユウキ。この中で俺たちの悪巧みに乗ってくれそうなのは――。

 

「心当たりがなくは無いですが……ALOにいるかどうかまではちょっと」

「はあ……、ま、そうよね。あの()()()()()()に二年以上いたのなら、VRに戻ってこないのも仕方ないかもしれないわ。作ったのが茅場博士じゃなくてアルシャービン博士だったら結果は違ったかも。博士がALOで立ち上げた《三刃騎士団(シャムロック)》も入団希望者が殺到してるらしいわ」

「へえそんなに凄い人がいたんですか。アルシャ……あ、七色博士のことか!」

「なんでそんなに馴れ馴れしいのよ。七色は名前で、アルシャービンの方が苗字でしょ」

「そうでした……っけ?」

「アナタ知らないの? 博士は日本人とロシア人のハーフ。だからあんなに肌がすべすべで白いのかしら。やっぱりクリームとかに気を使って……」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()。未だ再開の叶わない仮想の恋人は、確かに自分はロシア人とのハーフだと言っていた。それに、レイン――雨。セブン――七色――虹。雨と、虹。()()()

 

 我ながらひどいこじつけだと分かっている。しかし、どうしてかその因果関係は俺の中では違和感なく組みあがっていく。いいや、普通に考えればただそれが繋がっているだけだ。繋がっているから、だからどうした。ただの偶然に決まっている。

 

――いや、たった一つだけ、ある。偶然、幸運或いは運命、と。そう呼ぶにあまりに似つかわしくない出来事が一つだけ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 

 

 年は幼くとも一介の科学者であるあの人が俺ごときをわざわざ探してコンタクトを取ろうとするはずがない。その理由がない。しかし、誰かから紹介されたとすれば? それなら筋は通らなくもない。VR技術の実験がしたい、でもデバッグを取らせてくれる被験者がいない、それでは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がいるのですが会ってみませんか、それは助かります……みたいな。

 

 それじゃあ俺を斡旋した人がいるとすれば誰だ? 考えるまでもなく菊岡さんしか思い当たらない。それじゃあ目的は? VR人気の復興? 別に俺じゃなくてもいい。 博士への売り込み? それなら納得できる部分もあるが、いまいち的を射ているとは言い難い。だとすると、それじゃあまるで、()()()()()()()()()()()()()()()()、だとでも……?

 

「……あーでも、胸ではワタシ勝ってるから。ただのロリ体系じゃなくてロリ巨乳だから。なのにゼノビアの方が人気あるのはワタシが悪いわけじゃなくて単にアイツが性悪で外面だけが取り柄だから……って聞いてる?」

「えっ、あーっと、ロリ巨乳?」

 

 言ってしまってから、後悔した。お嬢がみるみるうちに涙目になる。

 

「なんでそこしか聞いてないのよこのヘンタイ!」

 

 そう叫んで俺をぶつお嬢。横暴……とは言い切れない。地雷を踏みぬいたのは俺だから仕方がないといえば仕方ない。というか自分の体型好きなの? 嫌いなの? 自分で自分のことをロリ巨乳と評せるのはいろんな意味で凄いというべきか。ぶっちゃけ反応に困る。

 

「ンなこと言われてもですね……」

「何よ! どうせロリはひんぬーが王道とか思ってんでしょ! 横暴よ! ワタシだって好きでこんな体系でいるわけじゃないのに!」

「うん? ライヒは背丈関係なく胸大きい人は好きだよ?」

「おぉい! なに人の性癖言いふらしてくれてんの……誰?」

「ふーん? あーだこーだ言っといて所詮は男なんて胸ばっかり……誰?」

 

 突然乱入してきた声に俺もお嬢も首をかしげる。そして、二人揃って首を何気なく宿の窓のほうへ向けると――

 

「こんにちはー! 正統派巨乳お姉さんのストレアでーす!」

 

――ひょこっと首が、胴体が、覗いていた。さらにこれまた二人同時に俺たちはこう叫びながら逃げ出すのだった。

 

「「ギャーッ! 巨乳のお化けだーーッ!!」」

 

 

 

 事なきを得るのに数分かかったが、ようやくお互い会話ができるくらいには落ち着いた。いや、ストレアの謎テンションはいついかなる時であろうと変わらないのだが。何はともあれ俺には彼女に真っ先にかけるべき言葉があった。

 

「無事でよかったよストレア。ユイちゃんから色々事情は聞いたけど、正直本当に助けられたのか自信なかったんだ」

「そうだね、正直アタシもこりゃ死んだわー、とか思っちゃったし。でもユイの操作でデータ圧縮された状態だったからそこからの記憶がまったくないんだけど……。ここがSAOじゃないってことは無事にクリアできたってことだよね? よかった~」

「まあ、それはいいとして。お前はどうやってこの世界に来たんだ?」

「ライヒがセーブデータをコンバートするときに一緒に引っ張られたんだと思うよ。それで解凍されたはいいんだけど、そこでキャラメイキングさせられてノームにしたらノーム領に飛ばされちゃってさ」

「なんで俺の居場所が分かったんだ? 引き継ぎしてもフレンド情報はリセットされるだろ」

「んー、アタシって何でかナビゲーション・ピクシー扱いもされてるから一瞬でワープできたよ」

「その立派な装備はどうしたんだ?」

「これ? 最初からあったよ」

「ナビ・ピクシーってって手のひらサイズじゃないのか?」

「そうなの? でもシステム上は問題ないからいいんじゃない?」

「すぐにワープしなかった理由は?」

「寄り道!」

 

 何というか、いかにもストレアって感じだ。神出鬼没で謎ばかり残すのに、影がとても薄い。それに、こういっては何だが、ある程度自由になったのなら俺についてくる理由など特にないんじゃないのだろうか。

 

 ナビ・ピクシーだからと言っても俺がストレアを束縛できるわけでもないらしい。キリトらとも仲が良かったのだから彼らのもとへ行ってもいいのでは? ストレア的には姉に当たるMHCP001『ユイ』にも会いたいのではないか。

 

「え? だって楽しそうだから!」

「心を読むなよ!」

「MHCPとしての機能は健在だからわかるよ。まあ、何となくこういう気持ちなのかなーってくらいだけど。あ、そういえば―――」

「―――ちょっと! ワタシをないがしろにして訳わかんないこと話してんじゃないわよ! 誰よその女!」

「ああ、すみません。こいつはストレア。SAOで……そうだな……いろいろ助けてくれたNPCです」

「ストレアでーすっ! よろしくね!」

 

 お嬢は相変わらずハイテンションなストレアを訝しげに見ながらも、領主らしい振る舞いで堂々と名乗りを返した。先ほどまでの子供っぽい雰囲気は一瞬にしてなりを潜める。

 

「ワタシはインプ領主のミズチ。生憎だけど出迎えの兵全員に裏切られたからパレードはできないわ」

「領主様なのに信用無いんだ。変なの~」

 

 ストレアの軽口。しかし、言われたままにしないのがお嬢の楽しいところの一つだ。裏切られたのなら即座に報復し、ケンカを売られたら即刻たたき返す。俺を飽きさせてくれないところは本当に好きだ。

 

「アナタの言う通りよ。でも、そこまで言うならなら……受けてくれるわよね?」

 

故に、問う。お前は信頼を語るに値する、信頼できる存在であるのか、と。

 

決闘(デート)、しましょ?」

 

 

 

 人気のない路地で唐突なデュエルは行われていた。片手で巨大な両手剣《インヴァリア》をお嬢に向けて振るうストレアに対して、お嬢は身長の低さを利用して機敏な動作でストレアを翻弄し隙あらば長さが身の丈ほどもある大鎌《ファルクス=パンドーラ》の凶刃で反撃を試みる。

 

 ストレアが横一文字に剣を薙ぎ払えば、お嬢は体を転ぶ寸前まで倒して回避してストレアの懐まで潜り込む。弧を描く鎌の斬撃の軌道にストレアはさらに内側へ入り込むことで対処して見せる。二人のが初期位置から入れ替わるような形で向かい合い、戦闘は一旦停滞する。

 

「流石は《紫苑姫(タナトス)》、だね。スキルの使い方とか、ステータスの構成とか、隙が無さすぎるよ」

「あら? 大体みんな《死神姫(ディアボリカ)》とか陰気な名前で呼ぶのに、そう呼んでくれるなんてアナタってセンスあるわ」

 

 剣閃の衝突は唐突に再開される。一方が動けば、もう一方は確実に強襲を防ぎ反撃に転じる。お嬢が隙を突き鋭い踵をストレアの頭上めがけて振り下ろす。だが、ストレアは両腕でそれをガードして跳ね飛ばす。

 

 綺麗な空中宙返りをしてから着地したお嬢は、怯む様子もなく果敢に凶刃を振りかざしてストレアに向かっていく。ここまでほとんど一進一退の勝負だが、そろそろ―――

 

「そろそろ終わらせようかしら……? 《ヘッド・ハンター》、《ソウルフォース》、《ブラッディ―・ピーク》、《ダブルハンド》」

 

「まだまだ行けるよっ! 《ストライク・エンド》、《バーストエラー》、《エフェクト・ブースター》、《クリムゾンウェポン》」

 

 お嬢は一貫して相手を崩しつつ一撃必殺を狙い、それに対するストレアも同じく似たような戦術をとる。だが、このように正面衝突になった場合スピードとパワーを兼ね備えたストレアに分がある。

 

 それに、いかにお嬢が領主といえどもプレイ時間という見えないステータスもまたストレアの優位を助長する。そもそもの話―――俺はあまりこの言い方は好きではないが―――ストレアは超高性能のAIを宿したMHCPだ。つまり、相手が人間であればある程度その思考が読めてしまう。

 

 ふっ、とお嬢の武器に紫色の光が灯る。《ソードスキル》。このままスキル同士の鬩ぎあいになればほぼ確実にストレアが押し勝っていた……のだが。

 

 ストレアは何を考えてか、完全に受け切ってから技を出すことを選んだ。自分は後方に回避行動をとりつつ自身の獲物を地面に突き刺して身代わりとする技術。俺が編み出してストレアに教えた、《暗殺剣(アサシネイト)》、《キャスリング》。だが、この技術はストレアが使うには少々難がある。

 

 そもそも《キャスリング》は武器を完全に手放してから、別の武器で反撃することを想定した技だ。両手剣一辺倒のストレアが使うにはそれなりの工夫がいるのだが、ストレアは不完全に行ったせいで、カウンターとして発動させて後ろをとる、という工夫すら無駄にした。

 

 何せ、()()()()()()()()()()()()()()。お嬢の、回転しつつ上昇して放つ範囲六連撃技《カタパルト・コイル》は、当然のことながら大剣と、そのすぐ近くのストレアを巻き込んでHPを消し飛ばした。

 

「ワタシの間合いの中に踏み込めば、誰一人逃れらないわ―――なんてね」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「ストレアさんはあのお方にちゃんと私たちのことを伝えてくれたでしょうか?」

「う~ん……、ちょっと微妙だよねえ。だってほら、ああいう人だし?」

 

「きっと有耶無耶に」

「なると思いますが」

 

「それでも問題はありませんよ」

「そのための計画なのですから」

 

 平穏な世界ではだめだと、密やかに、どこかで誰かが誰かと話している。森の中? 洞窟の中? それはまだ彼女たちしか知らない。

 

「それじゃあ、そろそろ行こうか。()()()()()()()()()()。留守は()()()()()()に任せれば安心だからね」

「ええ、行きましょう()()()()()()()。私たちの全ては彼のために使わなければ何の意味もありませんから」

 

「私たちはただその一点だけを」

「共にするだけの無意味な集団」

 

「「「「全ては我らが()()()()()()()()》のために」」」」

 

 欠片(フラグメント)は揃った。彼が置いてきたものはやがて揃う。しかし、また別の意思がかの場所で生まれていたことを彼はまだ知る由もない。なぜなら、彼女らは彼の傍にいたわけでもなければ、まともに会話すらしたことのないものまでいる。故に、これは彼の物語から剥がれた欠片ではない。

 

 彼女ら自身の物語、要素(ファクター)と、呼ぶべきなのだ。

 

 

 




 半年? それともそれ以上ぶりですかね……? 相変わらず三点リーダー多めでお届けしました、アクワです。ようやく卒業、進学、その他諸々の片がつきまして投稿できました。私のことは覚えてい―――ませんよね、はい、長らく投稿せずにすみませんでした。
 

 感想その他お待ちしております。


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