逃げられないものがある。目を背けてはいけないものがある。生き続けるにはそれと戦わなければならない。
ワタシには目で捉えることすら出来ない剣の乱舞が目の前で繰り広げられている。驚くべきはそこではなく四対一の
繰り出す攻撃をすべて弾き返されている四人も決して弱いわけではなく、一人一人が副領主ないし領主クラスのステータスと実力の持ち主だと
だとすれば残る一人は?
異様に習得している武器種が多いこと、軒並み上限まで鍛え上げられたスキルの数々、それなりに高級な装備。それ自体は別にどうということはない。
スキリング・ジャンキーはそれこそ腐るほどいるし、どスキル制のこの世界ではスキル値の高いプレイヤーが強いのは当然だ。でも、だとすれば今眼前で起きている戦いはどう説明するべきなのだろうか。
短剣一本でこの場を完全に支配している彼から、ワタシは目が離せない。見たことのない身のこなし、知らなかった足運び、鬼のような容赦の無さ、その全てがワタシの心を鷲掴みにする。
彼とは前に一度戦ったがあの時の彼は少なくともワタシに手こずっているようにいるように見えた。でもあれは魔法システムだとか、大鎌という武器に対してのものであったのだと今更ながら理解できた。
自分でも魔法を使うようになりSAOよりもさらに複雑化した武器の多様さを知った彼に果たしてワタシがどのくらい持ちこたえることができるのだろう。
彼の両肩の後方に向かって垂れ下がるマフラーの先っぽをぎりぎりの所で目で追っているだけのワタシが勝てる道理がない。それよりも、何よりも、
初めて出会ったときは飛び降りて死んでしゃがみこんでいた。随意飛行のレクチャーをしたときはへろへろになって文句をぶー垂れていた。冒険中に戦っていた時は結構魔法の詠唱を噛んでいた。
そこまで思いを巡らしたとき、ワタシの中で強烈な葛藤が生まれ、ぐるぐると渦を巻き始めた。それは憧れだった、それは感動だった、そしてそれは欲望でもあった。あろうことかワタシは彼に従いたいと思ってしまったのだ。本来領主として人を従えるべきワタシがそう思うほどに、今の彼が放つカリスマは凄まじかった。ただ
***
「あれ、フレンド申請来てる……」
襲撃を受けた日から集合日まで一切ログインしていなかった。あれだけ大暴れした後に出歩いてしまえば目立っているだろうし、恐らくゼノビアも俺の情報をばら撒くはずだ。俺を再び呼び出すためか、或いは、すでにお嬢とのことを悟られてしまっていたら……。しかしあの時ストレアがいてくれてよかった。
いや、それでもあの怪盗シルフに助けられなければ危なかった。お嬢のことを抜きにしても引き抜きに来る可能性は十分にある。そして、恐らくその怪盗シルフだと思われるプレイヤーが俺にフレンド申請をしてきた《
なんでシルフになってまで装備を紺色で固めるのかちょっとよく分からないのだが、いつかちゃんと会って話してみたい。特にあの閃光玉か何かについて。そして
「アラ、早かったのね。待たせたかしら?」
「いえ、ついさっきログインしたところです」
「ならよかったわ。ストレアはどうしたの?」
「あれ? そういえば今日は見てませんね。まあアイツは俺がいなくても自由に動けるんでまたどっかでウロウロしてるんでしょう」
「はあ……ちゃんと集合日は言っておいたのにこれって何? 本番で遅刻されたらたまったもんじゃないわよ」
「まあ、一応俺がマスターなんで最悪命令すれば大丈夫ですよ」
「それってちゃんと連携取れてるって言えるのかしら?」
それはストレアだから仕方がないと言ってみるがお嬢はやはり不服なようで、相互理解にはまだまだ時間がかかりそうだ。戦力としてみれば一級品で希望にも沿っていると思うのだが、お嬢はそれに加えて人格を重要視したいらしい。
仮にゼノビアを意識してそうしているのであれば、ストレアほどの適格者はいないのではないかと思う。自由奔放にして天衣無縫。ユウキに匹敵するほど扱いづらいプレイヤーだ。ユウキは誰の配下にもならないが、ストレアは現在進行形で俺の配下である。……はっきり言って俺は今最低なことを考えている。
女の子をなし崩し的にではあるが従えていてよかったとか人としてどうなんだろう。近いうちに必ず主従関係を解消したいと考えているが、ナビゲーション・ピクシーを消すということはストレアを消すということになるので、結局ストレアの意向次第になる。
「それで今日も仲間探しですか? 掲示板かなんかで募集する……のはダメか。ばれるか」
「面倒なのは分かるけど付き合ってちょうだい。ワタシは今は放蕩領主って感じで通ってるけど、時間が経ちすぎると絶対に怪しまれるからそろそろ仲間集めは終わらせないと駄目ね。集まらなくても何とかするしかないけど」
「まさかとは思いますけど集まらなかったら特攻ですか!? 俺嫌ですからねそんなの!」
「冗談よ、さすがにそこまでやるほど馬鹿じゃないわ。集まらなかったらまたタイミングを計ってやるだけ」
でもいつかはやらなきゃいけない、と言わずとも伝わってきた。俺もそれまでは決して諦めるつもりはない。大切なのは目指すことで、続けていれば必ず叶うものだと俺は思う。今のところゲーム以外では何の取り柄もない俺が、無様であろうとも英雄の一人として数えられるようにまでなったのだから。
だからもう俺は少なくともただのライヒとしてこの世界に関わりたい
「さて、そろそろ行きましょうか。観光気分はおしまいにしてしっかりスカウトするわよ」
「行先はどうします?」
「中立の村や街を回るわよ。最短ルートは把握済みだから、目立たないようにできる限り徒歩で行くことにするわ。翼禁止ね」
「うっそだろ……。ALOじゃないじゃんSAOじゃん……」
「文句言わない! ほら、さっさと行くわよ」
「チェックアウトはいいんですか?」
「あのね? 領主っていうのはお金持ちなの。アルンのホテル部屋のいくつかは買い上げてあるから好きに使っていいわよ」
さて、女の子の部屋に入る勇気が果たして俺にあるだろうか。
***
アルンの周り数十キロは大草原が広がっている。世界樹の存在のせいで樹木が育つほどの栄養分が無いからなのだとか。世界樹は養分を吸い取りもするが、邪悪を祓う存在でもある。だからこそ央都は初心者を育てる場として機能する。
初心者が多い中でわざわざプレイヤーを狩る奴らもいない。お嬢が言うには今日の目的地の村はその領域に存在しているので襲撃の心配は無いとのこと。所要時間は徒歩一時間弱。あれからしばらくたっているしゼノビアの襲撃はないだろうが、やっぱり何かに襲われる可能性を考えずにはいられない。
あれほど大胆に街中でプレイヤーを狩る奴が存在するという事実だけでこちらは気が気でない。お嬢に件の出来事を言うべきだろうか。ゼノビアと相対してお嬢の気持ちは何となく理解できた。本当に朧げに、なのだが。
ああやって友達を獲られてしまえば、そりゃお嬢はゼノビアを嫌うだろう。多分あの副領主もちゃんと信用したうえで任命したはずだ。それなのにあの裏切り方……。何がどうなればこんなことになるのだろうか。
──―やっぱり、言わないでおこう。嘘をついているわけでもない。ただ余計な疑いを持たせたくないだけだ。俺はお嬢を裏切ったりしない。
「どっかに仲間が転がってればいいですよね」
「仲間はアイテムじゃないんだから……。そんなに焦らなくていいのよ、元から無茶やってるんだから」
「でもいい加減目途くらいは立てておかないとこのままずるずると……って急に止まらないでくださいよ。躓くので」
「アナタ、掻っ切られたいの? ……そうじゃなくて。そこの森、わかるかしら?」
「あの──―五キロ? もっと? 先のあれですか? わかりますけど全然よく見えませんよ」
「そう。あそこの丁度入りやすい入口に、四人」
「狩の前の準備でもしてるんじゃないんですか?」
別に気にするようなことでもない。ゲームなんだからプレイヤーがいて当然だ。いや、何であんな遠くまで見えるのだろうか。そんなスキルを聞いたことがない。遠見をしたいのならスコープを使うべきなのだが……。
「いいえ、こんなしょっぱい狩場に出歩くような連中じゃない。武器も防具もアナタに匹敵するわよ」
「えーっと、待ち伏せ型の盗賊グループか何か?」
「そうでしょうね、気づかれないうちに迂回しましょ」
「ま、そうですね」
こっそり「残念」、と呟きながらお嬢について歩く。どうにも最近退屈だ。いい加減強い奴と、俺が苦戦するくらい強い奴らと戦いたい。じゃないと俺はさっさとこの世界から──―。いやそんなことを考えるものではない。
それを考えるのはもっと先のことで、決して今じゃない。何度でも確認しなおすべきだ。ここはSAOではなくALO。俺は既にバトルジャンキーではない。ただただ、この瞬間を楽しめばそれでいい。だとすれば俺のとるべき行動は……。
「ああいや、んー。ちょっと思ったんですけど、あいつらを仲間に引き入れるというのは?」
「その心は?」
「金さえ積めば裏切らない……っていうのがSAOでの盗賊の法則でしたから。ここでも割と通じるものがあるのではないかと思いまして」
「ま、誘われたフリして返り討ちにすれば早いわね」
「流石はお嬢。分かってるじゃないですか」
進路変更。俺らは森に向かって真っすぐに進み始めた。およそ五キロ先の森の入り口は、何故だろう、昼間にしてはあまりにも暗く、どう頑張っても奥まで見渡せない。今更ながらやっぱりやめようと言うべきだろうか? しかしこのまま観光気分で足踏みしていても何も変わらない。
ここは多少リスクを負うのだとしても突撃してみるべきだ。ああもう、さっきから思考に一貫性がないぞ、俺。どうしようもこうしようもない。これが最善のはずなのにわざわざ不安を作って立ち止まる馬鹿がどこにいるというのだ。
お嬢は敵の裏を取るからついて来いと言って俺を先導している。死亡状態の俺の姿が見えていたことから何かしら特殊なスキルを持っているのだろうが、五キロあるいはそれ以上の遠見を可能にするスキルに全く心当たりがない。wikiに《死霊目視》みたいなスキルの記載があったのでそれに連なるものである可能性は高いが、今のところは俺にも明かすつもりはないらしい。よほど詮索されたくないらしい。
さて、森に到着したわけだが。俺らはどう攻め込むべきか。
「来てみたのはいいけれど、どうしましょうか。一応後ろは取ってるけど……あ、アナタはまだ視認してないのよね」
「そもそも、いるらしいから来てみたって感じなのでよく分かってませんよ。あちらさん方に動きは?」
「いつも通り配置に就いたってところかしらね。散らばってるから各個撃破で簡単に制圧できそうよ。──―あそこ、見える?」
お嬢に指さされたあたりに目を凝らすと、なるほど。確かに武器を構えて何かを待ち伏せしているプレイヤーがいる。俺としても見覚えのあるプレイヤーではない。
「それじゃ、殿はアナタに任せるわね。ワタシは後ろから後続をワンキルするから、そこのところヨロシク頼んだわよ」
「ハイヨ。それじゃあ行きますよ……。3、2、1──―GO!」
俺は正面から、お嬢は狙った敵を挟み撃ちにするように後方から回り込む……筈だった。
「なッ……! アンタ、何で、こんなっ、きゃあっ!!」
「お嬢!? どうしたんですか、お嬢!!」
それっきりお嬢の声は途切れる。代わりに狙っていたはずの敵が俺に答えた。
「ご安心を、彼女に危害を加えるつもりは一切ありませんので。ですが……我々の気分が変わるのを恐れるのであれば、一度木から降りて話を聞いて頂けますでしょうか」
なるほどつまり、用があるのは──―。
「俺にだけ用事があるってのか。いいよ、聞いてやる。でもな、もしお嬢をキルなんかしようもんなら……」
「ご安心を。この時点で我々が彼女に危害を加える理由の半分はなくなりましたので」
「……そうかい、わかった」
相手に見えるように、出来るだけ大仰な動作で地面に降り立ち開けた場所に出る。やはり俺たちは意図的に誘い込まれていた。
やはりゼノビアと会ったことはすぐにでも話しておくべきだった。そうでなくともあの出来事はいとも簡単に知られてしまうというのに、俺の無駄な感情が招いたミスだ。俺がケリを付けなければならない。
「こんなところに呼び立ててしまったこと、お詫びいたします。本来ならば然るべき場所で然るべき対応をするべきだったのですが、予想外の出来事が起こってしまったので」
「御託はいらない。来るならさっさとかかって来な、いるやつ全員同時に相手してやるよ」
「……やはり、コンタクトの方法が不味かったでしょうか。ですが、
その声が聞こえるや否や、歌が聞こえてきた。そのメロディはまるで自殺者の歩みめいて陰鬱だ。直に聞いてしまえばそれだけで怖気が走るほどの、不愉快極まる音楽。だが、それだけではなかった。急に体が重くなったかと思えば、俺の死角を突いて何者かが飛び出してくる。しかしここは森である。動こうとすれば物音がするのは必然。
足のホルスターから短剣を抜いてその攻撃を弾き返す。リーチがないためカウンターとして攻撃を加えるには至らないが、初撃を防げれば十分だ。ステータスバーを見れば、いつの間にかデバフが山ほど掛かっていた。
「歌によるデバフ……
俺は手にしていた片手剣を仕舞うと、短剣を一本だけ取り出して掲げて見せた。
「いいハンデだろ。いい加減俺も飽き飽きしてたからな、少しは楽しませてくれよ?」
「あまり舐め過ぎると後悔しますよ──―!」
「後悔したいのさ。いいからさっさと俺をボコボコにしてみろよ」
再度攻撃が来るが冷静に引き付けてガードする。敵は頭をすっぽりと隠すようなフード付きローブを纏っているので顔は見えないが、武器は見える。小太刀とはまたマイナー武器を扱うものだ。
カタナとは別に専用ソードスキルもあった気がするが、リーチのあるカタナの方が断然使いやすい。──―お、鍔迫り合いで押し切るつもりか。受けて立とう。
「ほらほら、こっちはナイフだぞ? さっさと押し返して来いよ、はーやくー」
「ちいっ……私ではやはり足りませんか。
「わかったよ」
「攻め込むよ」
次、両脇から全く同時に突撃してくる二つの影。こちらも素顔を隠しているので目線から武器の軌道を読むことはできないが、面白いことに動きが完全に同一なのだ。片方の狙いが分かればもう片方の狙いも自ずと分かる。
小太刀使いを一歩踏み込んで強引に押し返すと、その場で短剣を振るいつつコマのように素早く一回転。同時に弾いてしまえば問題ない。
俺には視界全ての情報を見据えて適切な行動をとるなんて真似は到底できない。だからこそ最低限の情報だけを拾い集めて最小限の思考と行動で対処する。
俺という人間はいつだってそうだった。俺は、どんな時でもそうせざるを得ない。
「きゃあっ」
「ひゃあっ」
声も同時とは……。キャラを作ってるのか、それともリアルでもこうなのか。ちょっと興味が出てきた。
「流石だね、久しぶりに会ったけどやっぱりすごいや」
場所までは分からないが、今度はデバフの曲の歌い手たるプーカが答えた。
「顔は見えないけどお前らなんか知らないぞ」
「うん。それはキミがそういうヒトだったから、仕方ない。でも私たちはキミのことを知っている」
こいつらと何かを話すたびにもやもやとした何かを感じる。俺を知っているということは、SAOサバイバーである可能性が高い、いや、間違いなくサバイバーだ。でも俺はSAOでは嫌われ者だったし、悪態をつかれることはあってもこんな丁寧で穏やかな口調で接してもらえるなんて、そんな謂れは無い。
だが、それすらも今この瞬間は関係ない。迷いを振り切るように眼前の小太刀使いにソードスキルを始動させる。《ソニック・レゾナンス》。
「うっ──―」
当然まともにソードスキルを食らえば後方へ吹き飛ぶ。全スキル中最速の軌道を誇る《ソニック・レゾナンス》を至近距離で食らえばガードする術は無い。ノックバックの勢いで後ろの木にぶつかりそのまま崩れ落ちた小太刀使いのフードが、その衝撃で顔から脱げて素顔をさらした。そうだ思い出した。俺は、この人を知っている。
「占い師、さん? 占い師さんですよね!?」
「……ばれてしまいましたか。ですが、まだ終わっていませんよ?」
「そのとおりだよ」
「試してもらうって、言った」
いつの間にか復帰していた二人組がまたもや切りかかってくる。二人とも獲物は片手剣のようだ。流石にこれ以上まともに相手をするのは疲れるので、しばらく動かないでいてもらう。
剣を引き付けて、引き付けて、体を掠めるギリギリのところで左側の剣に短剣を沿わせ、
「残るはお前だけだぞプーカさん。試してやるから、来い」
「本当はもうちょっといろんな歌を聴いてもらうつもりだったんだけど……仕方ないかな」
そうして暗がりから出てきたそのプレイヤーは、果てしなく邪悪な雰囲気を纏っていた。頭には花飾り。アイドルのステージ衣装を思わせる黒装束。そして、闇をそのまま切り取ったかのような漆黒のレイピアが一振り。レインが何かの拍子にひっくり返ったらこうなるのかもしれないと思わせるほどにそのオーラは強烈だ。
「シッ──」
「お……?」
突きの速さに反応が一瞬遅れてしまったが、しかしすんでのところでガードには成功する。レイピアによる連撃は超高速でこそあるが慣れてしまえばどうということはない。これだけならば退屈すぎると一笑に付していたところだが、コイツは一味違った。
「WO──AA──AA──」
戦いながらあの不愉快な歌を歌い始める。デバフ強化に加えて聴覚に響くこの歌声は正直きつい。しかも、その後ろから復帰してきた他の三人が懲りずに襲い掛かってくる。なるほどなるほど。かなりハイレベルな連携だと思う。
前衛後衛二刀のメインアタッカーに、中型の片手剣使いが二人。二人の連携は特に完璧だ。そして何をしてくるか未だにわからない小太刀使い。翼を見る限りレプラコーンなのだが、あの種族は使える武器の種類が豊富で魔法にも他にない特徴がある。だが、まだまだ俺を倒すには至らない。
強いことも認めよう、面白そうな奴らだということも認めよう。ゼノビアの部隊よりは楽しめたが、それでもここまでハンディキャップを背負わなければならないとは。もはや自分に嘘はつけない。
俺は激しい戦いを望んでいる。前に語ったことは全て撤回しよう。俺は紛いもないバトルジャンキーだ。俺目掛けて殺到する刃を掻い潜りつつ上手く受け流す。相手のテンポをズタズタにしてやるのが目的なのだが、中々上手くそうならならないように立ち回っている。
さて、いい加減デバフを重ね掛けされたおかげで体の動きが鈍くなってきた。短剣だけで相手をしてやるといったが、それも厳しそうだ。ここは相手に賞賛と怒りを送りつつ──―。
「ハッ!」
「えっ、拳!?」
「お見事。ハンデがあるとはいえ俺に体術を使わせるとはな」
短剣でレイピア使いを押し戻すと、双子の片方は拳で殴り飛ばし、もう片方は肘鉄で地面に沈めた。小太刀使いは蹴りで小太刀を跳ね飛ばしてやる。さらに追撃の後ろ蹴りでぶっ飛ばしておくことも忘れない。残るはレイピア使いただ一人。
ここまで仲間がやられているというのにあきらめないとは中々の胆力だ。押し返されたとはいえ再度連撃を仕掛けてくる。しかし体術を解放した今なら全く敵にならない。流れるようなスウェーで懐にまで潜り込むと、ソードスキルを始動させた。多段ヒットする掌底での一撃《
「かっ……は──―ッ」
これで全員地に伏せた……と思ったのだがレイピア使いはまだ諦めない。倒れまいと強引に地面を掴むようにして無理やり体制を戻すと、きつく歯を食いしばりながら滅茶苦茶なモーションからソードスキルを繰り出してきた。その顔は少なくとも女の子がするような表情ではなく、何が何でも負けたくないという言葉が聞こえてくるようだった。
渾身の《ブラスト・スパイク》。
なんの気まぐれか、それとも本当に気合に押し切られてしまったのか。完全に受け切ったと思ったレイピアの切っ先は威力はほとんど失せてはいるものの、俺の心臓のあたりを僅かに貫いていた。四人がかりで、しかも俺に大きなハンデを相手に背負わせてもいた。それでも確かに俺に届いた。
あちら側にどんな事情があるのかはわからない。だとしても、この場は間違いなく俺の負けだろう。相手を舐め切って短剣一本で戦う宣言をした挙句に、体術まで使ったのに受け切れず刃をアバターに通してしまったのだから。
「お前、強いよ。《閃光》にも見劣りしないんじゃいのか?」
負け惜しみたっぷりにそんなことを言ってやると、精根尽き果てて倒れこんだレイピア使いは顔を何とかこちらに向けながら言った。
「あはは……光栄だね。それでも、キミにこれだけのハンデを負わせた上で私たちはこの体たらく。多分キミがもう一本短剣を抜くか、片手剣に持ち変えるかするだけで戦況は全く違ったはずだよ」
「俺は全員キルするまでやってもいいんだけど?」
「それをキミが本当に望むならいいけど。でもひとまず話を聞いてみる気にはならない?」
「馬鹿か。お嬢を放すまでは徹底抗戦だ」
「ああ、それについては申し訳ない。
疑問を口にする間もなく、言葉通りストレアがお嬢を連れて上空から降りてきた。なんだかお嬢は俺と目を合わせようとしてくれない。
「ストレアって、いや、お前何でこんなことした?」
「ん~、アタシたちのお願いを聞いてもらうため、かな?」
「なんだそれ」
訳が分からない。おそらくストレアは自慢の怪力でお嬢を連れさり宥めつつ俺たちを鑑賞していたのだろうが、何か言いたければ調節言えばいい。それともストレアがこの一味の加担者だとでもいうのか。『寄り道』とはこの計画を練るためにこいつらと合流していたことを言っていたのか?
「私たちの要求はただ一つ」
黒のプーカを始めとして、占い師、二人組、ストレアまでもが全員ローブを脱ぎ去り、
「「「「「私たち《
思考がすっかり凍り付いてしまった。仲間にするどころか、仲間にしてくださいだと? 当然裏があるに決まっているし、向こうが何を望んでいるのかがはっきりしていない以上おいそれと仲間には出来ない。そもそも《ワルプルギス・ナイツ》ってなんだ。
「お前らに何のメリットがあるんだ」
「貴方に仕えること。それこそが我々にとって至上のメリットなの」
「勇者をご所望なら他を当たれ」
「貴方以外に仕える意味がない……。多分何を言っても理解してくれないだろうけど、色々と誤解を招くかもしれないけど、私たちは──―」
──―《御影》のライヒの
「は、ははは」
思わず口から乾いた笑いが出た。別に何かが可笑しかったわけでもなく、俺の心がただ無機質にその笑いを発したのだ、と思う。適当な笑いを発さなければならなくなるほどに俺は何を言われているのか理解できなかった。
だから理解した瞬間に何か良く分からない感情がいきなり胸の内からせりあがって来ていた。しかしそれはあまりにも冷え切っていた。俺の感情が急激になりを潜めていくのが分かる。
「そんな奴はここにはいないぞ」
「え?」
「だから、《御影》なんてどこにも居ないだろって言ったんだ。お嬢、こいつら人違いみたいです。残念ですがこいつらを仲間にするのは諦めましょう」
「ちょっ、待ちなさいよ。アナタが英雄だなんてこと初めて知ったんだけど? 確かに似てるとは思ってたけど……、
――……今、何と言った? お嬢は今、
「待て、待ってくれ。放送ってなんだ。俺は初めて知ったぞ、そんなものは。まさか、まさかまさかまさかッッ!」
あの最後の戦いが終始、全て、ネット上で──―
「配信されていたのか!!! SAO内部にも、現実世界でもっ!」
だからゼノビアはキリトに接触した。そして恐らくは英雄の一人に似ている奴がインプにいるという情報を聞いたからインプ狩りをしていた。目の前のこいつらも動機は別にあるのかもしれないが、それをきっかけに俺を追いかけてきた。
つまり、
「ライヒ……どうしたの……?」
珍しく気遣うようなお嬢の声。もはや隠し通せない。さんざん葛藤した末に俺はぽつりと言った。
「言わなければバレない。気が付かないならそれでいいと思ってましたが、無駄でした。俺はお嬢の知ってる通り元SAOプレイヤーで、そして……言ってた放送に映っていた英雄の一人です」
「え、でもそんなのって、おかしい、わよね? だって映ってたのってもっと髪の毛ボサボサだったし、目が完全に逝ってたし……。使ってる武器もただのトレースかなって、思ってて……」
「そうです。俺、身だしなみに気なんて使わなかったし、生き残ることに必死で何にも見えてませんでしたから」
「じゃあ、そんな。本当にそうなら……」
ああ、ビンタの一つも来るのだろうか。そりゃそうだよな。信用してたはずのやつが地雷原とか笑えないよな。仮初めではあるが命を差し出す覚悟で目を閉じると、しかし何も起こらない。そっと目を開けると、そこには──―
「すっっっごいじゃない! アナタがあのSAOをクリアしたなんて何かのジョークかと思ってたけど、それなら全部の問題が一気に解決するわ!」
──滅茶苦茶目を輝かせたお嬢がいた。
「いや、あのですね。俺はその悪気は無かったけど結果的にお嬢を騙していてですね」
「そんな細かいことはどうでもいいのよ。アナタが有名すぎて計画がすぐばれるっていうなら、それを
「その通りだよ《
「えーっと……。つまり?」
「察しが悪いわね。
「は、ハアアアァァァ!?」
「その通りです。ライヒさん、貴方には《
「いや待て……そんなことしたらどこでどんなこと言われるか分かったもんじゃねえぞ」
「それすら黙らせるような活躍をすればいいのです。あらゆる誹りは私たちが引き受けます。あらゆる障害は私たちが取り除きます。……貴方はただ──―君臨してくれさえすればいい」
なぜ俺にそこまで拘泥するのかは分からない。ただ俺が格好良く見えたからではないというのは分かるが、すぐには教えてくれないらしい。ここまでの狂信者であれば、ここで断ったところで何度でも付きまとわれてしまうだろう。何より契約主のお嬢が良しと言っているのだから断るという選択肢がハナッから存在していない。俺は、覚悟を決めなければならないのだと思った。
俺は絶対に、この世界から逃れられないのだと。
「いいぜ。俺は今から《トリックスター》だ」
お久しぶりです、アクワです。半年はかかりませんでしたが二か月以上かかってしまいました。でも! 今回ちょっと多めに書いたので! 読みごたえはあるはずですよ! 多分! そういうわけでオリキャラ大放出の回になったわけですが、如何でしょうか。我ながら黒の歌い手ちゃんは気に入ってるんですよ。それぞれのお名前は出せ……ると思います。乞うご期待というわけで。
感想その他お待ちしております。