霞んで薄れ、擦れて消えて、それでも大事に持っていた。
目覚めは悪くなかった。寧ろ今までで一番いい位で、それが戦闘後の高揚によるものなのか或いは別の理由があるのか――。正直そんなことはどうでもいい。今の俺には会うべき人がいて、そしてそれを待たなければならない。ダイブ中のモニターを担当している比嘉とかいう人が心拍数が高すぎてどうのこうのと言っていたが聞き流した。上着を着込み早足にモニタールームから出ると、すぐ前に彼女はいた。
「はじめ……まして」
思わず目を背けてしまいそうになったが、すんでのところでそれを堪えた。なぜなら、目の前に少女はどう見ても
あんなにも大きな存在だった彼女が、現実ではこうなのだ。今、この瞬間に現実味が全く感じられない。そんな彼女はか細く絞り出すような声で言った。
「少し、歩かない?」
「そんな状態で無理に歩くのは……よく無いんじゃないですか」
「大丈夫、お医者様からは積極的に動けって言われてるんだ。本当はちゃんとした格好で会いに行きたかったんだけど……中々リハビリが上手くいかなくて」
「それは――女性は、男と比べると、やっぱりその……筋肉が付きにくいって言いますし」
「ありがとう。それじゃあ、行こうか」
どちらともなく歩きだす。冬はまだ過ぎ去る気配を見せない。会話がないのは寒いからだろう、きっと。デートというには二人の距離感は余りにも離れすぎていて、赤の他人というには二人の距離感は余りにも近い。どこまでも行けそうで、それでも俺たちの一歩は微々たるものだった。
「そういえば、ちゃんと名乗ったことあったかな」
「ない……と思います。そっちは分かりませんけど、リアルの自分をあんまり知られたくなかったので」
「うん、そうかもしれないね。私は柏坂ひより。君の名前は?」
「俺は、四条謳歌、です」
「ふふ、すごい名前だね」
「もう慣れました。因みに、その……妹の名前は詩歌です」
「妹さんがいたんだね。全然知らなかった」
「はは……」
どうしよう。何を話せばいいのかが分からない。俺はこの少女をどうすればいいのだろう。喜ばせればいいのか? 悲しませればいいのか? どちらにしてもどうやって? そんなことをして何になる?
『四条謳歌』ではなく『ライヒ』ならこういう時に迷ったりしないかもしれないのに。俺はどうしようもなく弱い。邪魔になるなら切り捨てる、そうじゃなければ放っておく。それくらいの即断即決が出来る強さがあればいいのに。生身の俺は棒切れ一つ振り回せないガキなのだ。
「――ごめん」
「は?」
「こんな感じにするつもりじゃなかったんだ。本当は、こんなのじゃなくて、もっと違うようにって……。話したいこともあったし、でもゴメン。何を話したらいいのかよく分からなくなっちゃったんだ」
「それは、俺だって、変わらない――」
「ねえ、もし僕たちがこのまま新しく仲良くなったとして、そうしたら昔みたいになれると思う?」
「それは――多分、出来ない。だって俺たちお互いに分かってて騙し合ってたじゃないですか。いや騙し合いのフリか。アンタは俺を嘲笑う、俺はアンタを憎み続ける。そういう構図を作ってラフコフが俺たちにあれ以上介入できない様にした」
「
「だからこそだ。だからこそ俺たちはお互いにどうやって信じあえばいい? 嘘を吐きすぎたから分からないんだ……」
口調もぐちゃぐちゃだ。自覚している。昔を装おうとしても取り決めた決まりが俺を縛り付ける。今でも解かれていないそれを抱えたままでまともな関係を築くことが出来るのだろうか。絶対に無理だ。辛いだけだ。苦しいだけだ。
「……どうして僕が現実に戻ってもこんなザマなのか、分かる?」
「そりゃあ、喪失感とか体調とか……色々あるでしょう」
「
「正気ですか? 俺をそんな……拠り所にしても、アンタ自身で生きないとなんの意味もないでしょう」
「でもALOで君を探して、出会って、そうやって君の傍に近づくにつれてリハビリも余計に頑張るようになって、体調も良くなってきた。そもそも僕は弱いのさ。誰かに、何かに縋っていないと途端に崩れるような存在なんだよ。アレだよ、この杖だって君の比喩なんだよ? 君が支えてくれている限り――みたいな」
「うっわ……、流石にキモ……。あの、悪いんですけどその杖手放してもらえます?」
「じょ、冗談だってば。とにかく僕は君がどう思おうと君とのよりを戻すために頑張るよ。そもそもナイツだってそういう人の集まりだからね。あの『ライヒ』に会えるなら、『ライヒ』の為になるのなら。そういう変な人間の集まりなんだよ」
「それは、ラスボス戦の影響で?」
「それは切っ掛けに過ぎないんじゃないかな。レインさんを筆頭に、君のファンクラブとして存在していた人たちが君を実感することが出来ただけの話。まあ、その、ややこしくなっちゃったんだけどさ。とにかく君とまた会えてすごく嬉しかった。今日はそれが言いたかったんだ」
「俺は――」
正直なところ、驚いている。こんなにも普通に話せるとは思っていなかったから。現実で再会できた懐かしさや嬉しさよりも、過去への恐怖や憎しみの方が勝るだろうと考えていた。でも、結局はこうなのだ。SAOで最後の最後に会おうと思った時も、今日この時会うことを承諾したのも、結局俺が怒りと憎しみというそれっぽい名目で他者と向き合うことから逃げようとしていただけに過ぎない。
レインと会わないことも、家族の心配をよそにALOに潜り続けているのも、面白そうだからという理由で
それに比べてしまえば俺を拠り所としつつも他者との関りを取り戻そうとする師匠や、自称ナイツの連中のほうがよほど誠実だ。いつだって最後に空っぽなのは俺だ。それに一度は気が付かされた筈なのに、俺はまた同じ過ちを犯そうとしている。
俺も、ちゃんと自分に素直になれたのなら、ちゃんと生き直すことが出来るのだろうか。あの二年間の空白を、ただの空白ではなく俺にとって価値あるものだと少しは言えるようになるのだろうか。その上で家族や友人に向き合うことが出来たのならばきっと俺は――。
今更俺にこんなことを言う資格があるのかは分からない。俺の言葉なんて向こうは望んではいないかもしれない。でもこれは俺には必要なことなのだ。避けては通れない。だから、ちゃんと言わないといけない。でも今の俺にはこんな些細なことが、人と正面から向き合って話すという他愛もない行為が何よりも難しい。
だから立ち止まる。無駄に深い深呼吸をする。突然歩くのをやめた俺を師匠は不思議そうに振り向いて、それだけで覚悟が跡形もなく消えてしまいそうになるが、勇気を振り絞る。
「俺も、嬉しい……です。――会えて、話せて、嬉しかった……。人と、向き合うのが本当に、怖いけど、最初がアンタで、よかったって、そう、思い……ます」
半端ではない羞恥心に襲われる。馬鹿じゃないのか他人に何を言ってるんだまるで告白じゃないか俺が好きなのはレインだぞいやこの人には一回告白したけどいや失敗したからノーカウントかいやそうじゃなくて。流石にこれは、駄目だろう。意味が分からない。しかし師匠は引くでもなく嫌悪するでもなくただ柔らかい笑顔を浮かべていた。
「うん……ありがとう。僕も、出来る限り君の支えになりたい。だから、これからはひよりって呼んでくれると嬉しい、かな? あはは、何言ってるんだろうね僕って」
「ホント、何言ってるんだかね……。じゃあ、俺の事も、あのー……まあ、謳歌、で」
感情の行き先が分からなくなって、もう滅茶苦茶だ。だけど、もしレインともう一度会えたのなら、もっと近い距離感で、もっと楽しい雰囲気で話が出来るのだろうか。まだ自分の事すらどうにもならないし、会ったところできっと上手くいかない。もしひよりとの交流を通して少しは自分に自信が持てたのならその時にはきっと――――
◇◇◇
「全部許してほしいとは思わないけど、許容してほしいんだ。謳歌君の事を信じ切れない僕は確かにあの頃の僕だけど、それとは別に君とは友達になりたいっていうこの気持ちを、どうしようもないけど捨てられない僕の気持ちだけでも分かってほしい」
ひよりは後にそう語った。
「それは何とも……酷い勝手というか」
「別に師匠面するわけじゃないんだけどね、君だって僕とそう変わらないんじゃないかな」
「それは……まあ」
「僕を避けようとする思いとは別に、あえて嬉しいっていう気持ちがある――。そういう我儘みたいな気持ちを押し付け合いつつも、そういう気持ちが互いにあるっていうことを理解して、許容する。そういうのも友達っていう在り方の一つなんじゃないかって。勝手な言い分ですごく悪いけどそう思うんだ」
確かに、それが正しいか間違っているかはまた別の話として、ひよりの考えには確かに頷ける。俺には――おそらくひよりにも――嘘を吐かずに生き続けられるほどの強さは無いし、嘘の一切無い人間関係というのもまた存在しない。
レインと俺がそうだった。嘘だと分かっていつつもそれを許容することでお互いの穴を埋め合わせていた。つまりは今までもこれからもその本質は変わらない。それはある意味歓迎すべきことではあるかもしれないが、その一方で、それは少しだけ寂しい事――
いや、たとえそうであるのならばそれを埋めるのはこれからの俺でなくてはならない。何時までも埋めようとしないから空っぽのまま。それだけの事。その第一歩として、ほんの少しだけ、その努力をしてみるのは悪い事ではないのではないだろうか。
「あの、これからちょっと時間あるか? 杖、辛かったら別にいいんだけど」
「特にすることもないから大丈夫だよ、病院にいても退屈なだけだからね」
「じゃあ……何か食べないか? ログイン前にたくさん食べるわけにいかないから腹減って」
「そうだね、じゃあ……ここなんてどう?」
「いや、流石に適当すぎるだろ……。嫌なら嫌って言ってくれていいんだけど……」
「そういう訳じゃないよ!? ただ寒いし疲れてきたから手近なところの方がいいかなって思っただけで」
「にしてもこんなチョイスあるか?
「まあまあ」
「いやそんな軽いノリで一見さんお断りな店に入っていくな! あ、もうドア開けてる。いやそのへんのファストフード店でいいから! ……あーもう、めんどくさい……」
普段はこういう性格の人ではなかったはずなのだが、これが本来の性格なのか、あるいはたまたま気分で冒険したくなってみたのか。こういう俺が付いていくといった構図はしばらく変わりそうにない。仕方なくひよりの後を追って怪しさ満点星の店に入る。そこには予想通りヤの付く人物――と初見で言われたら納得しそうな人物がいた。
チョコレートのゴーレムですよと言われたらはいそうですかと納得してしまいそうな浅黒くも健康的な肌、そして何よりもその巨躯が目を引く。簡潔にまとめるとエギルさんが店主としてそこにいた。
「お、おおっ!? お前もしかしてルクス――それにライヒか? 久しぶりだな! マフラー巻いてんのはこっちでも変わんねえんだな。まさかそっちから来てくれるとは思わなかったぜ、まあ色々積もる話はあるがとにかく座れ座れ!」
「なあ、図った?」
「流石に誤解だね……、こんな怪しい店に僕一人じゃ流石に入れないよ」
「キリトといいクラインといいお前らと言い何でいちいち俺の店の雰囲気に文句言うんだ?」
立ち話もそこそこに俺たちはカウンター席に並んで座った。エギルさんは店主なので当然カウンター越しに俺たちの正面に立っている。SAOでのよしみという事で日替わりランチをご馳走になることに。きっちりお代は払うと言ったのだが、英雄サマからお代は頂けねえなと笑って押し切られた。この人には一生かかっても敵う気がしない。
「しっかしなあ、お前らが一緒だとは思わなかったぜ。いつの間に和解してたんだ?」
「さあ……どうでしょうか?」
「俺からもノーコメントで」
別に誰かに語る事でもなければ語ったとて分かるような話でもない。エギルさんはそのあたりを汲み取ってくれたのか、あるいは何もわかっていないのか、それ以上は追求してこなかった。
「ま、変わりないようならいいんだけどな。そういやライヒ……じゃなくて謳歌か、お前もうレインとは会ったのか? 今日はたまたまいないのか?」
「いや、まだリアルでは会ってませんね。なんか踏ん切りがつかなくて」
「お前なあ……いくらVRとはいえヤることヤった相手を放っておくってのは無いだろう……」
思わず飲み物を吹き出しそうになった。その勢いで思いっきりむせてしまう。
「っ――く。ゲホッ。何で知ってるんですか!?」
「お前らの蜜月っぷり見てるとやってない方がおかしいだろうが。それに向こうのカップルだとそう珍しいコトでもねえぞ?」
「謳歌君、流石にそこまでやっておいて会いに行かないっていうのは不味いんじゃないかな?」
「――え、悪いの俺? ちょっと待ってくれます? これには俺の意思だけじゃなくてレインの意思でもあってですね」
「お前は馬鹿なのか? そんなん会わない理由にすらなってねえ。まあ、まだあっちとこっちで色々区切りがつかないみたいな気持ちも分からないではないけどよ。ちゃんと近いうちに何とかして会いに行け。ちゃんと時間があるうちじゃないと後悔するぞ?」
それくらいは俺だって分かっている。でも、レインは特別なのだ。待っていると約束した。俺を見つけてくれると約束してくれた。嘘だらけの俺たちだったが、最後の最後に交し合ったあの本音だけは信じたい。これこそ酷い独善だ。それでも、今すぐには無理だ。
「約束しますよ。いずれ必ず会いに行きます。でも、それが今すぐって訳じゃないんです。それが俺とレインとの取り決めなんです。そこだけは分かってください。あ、ごちそうさまでした。この豆料理すげー美味しいですね。正直アメリカの本場料理って聞いてハンバーガーしか思いつきませんでした」
「あとはピザなんかもそうなんだぜ? 発祥の地って訳じゃねえんだが伝わってからはアメリカの風土に合わせて独自の進化をしたある意味全く別の食い物として根付いてだな――」
「エギルさん、そろそろ僕らは帰りますね」
「オイせめて代金分の話は聞いて行けよ!? ま、また来てくれればそれでいいけどよ」
「あの、本当にありがとうございました。ちゃんとまた来ます」
「おう! 待ってるぜ! ……ああっと、ちょっと待て。渡すの忘れるところだったぜ」
そう言ってエギルさんは俺に一枚の紙きれを渡してくる。二つ折りにされているその紙片には住所、電話番号、そして名前が書かれていた。その名前は――
「まさか……キリト、なのか」
「ああそうだ。もしお前がここに来るようなことがあれば渡してくれって頼まれた。それと、連絡してくれっていう伝言も預かってる」
「アイツはもうアスナさんとは?」
「会ってるってよ。アイツらの事だから真っ先に会いに行ったんだろうさ。ま、あいつらもあいつらで色々大変らしいけどな……。ま、せっかく出来た縁なんだ。いろいろ考えずに電話の一つもしたみたらどうだ?」
「考えておきます」
そうして俺たちは店を出た。ひよりを病院に送るまで少し他愛のない話をして、次は俺がお見舞いに行くことを約束した。
「それじゃあ、またね。ミズチさんともまた話を詰めないと」
「そういえばお嬢のあの……《
「あれは彼女の工夫に付け入ってみただけだよ。高性能な索敵スキルは確かに強力だけど、その分見えすぎて視界のジャックになるっていう弱点がある。流石にどの程度のモノかは分からないけど……基本的に自分がいるマップ内とその少し先までに絞って索敵しているなら――って推測して、それが当たっただけ。森の上空の空域で待機して、ずっとスタンバってましたってやつだね」
「あんな無駄な演出の為によくもまあ考えるもんだ……。まあ、そういうとこが頼りになる気もするけど」
「ふふ、謳歌君にそう言われると嬉しいね。次は『ルクス』のアカウントで行くよ」
「ええ、待ってます。それじゃ」
「うん。またALOで」
帰路についている途中で、家族に連絡を忘れていたことを思い出した。帰ってからは案の定詩歌に詰問を受ける羽目になった。
「別に兄さんの自由を束縛しようとしているわけではないんです。ただ、遅くなるなら遅くなると言ってくれないと父さんも母さんも、もちろん私も心配するんです」
「あー、うん。悪かった。ただちょっと友達と会って話込んじゃってさ。次からは気を付ける」
「それならいいんですけど。じゃあご飯にしましょうか……。あ、兄さんは外で食べて来たんでしたっけ」
「いや、晩飯は家でもちゃんと食べるよ。食べないと体重戻らないし」
詩歌は、俺がちゃんと現実に馴染もうとしているのが嬉しいのか少しだけ機嫌を直してくれた。こんなに心配してくれている家族がいるのに、俺が何もしないという訳にはいかない。一日でも早く学校に行って心配を掛けないようにしなくてはならない。
「すぐ用意しますから待っててくださいね」
「分かった、待ってるよ」
待っててくれているのは、本当は詩歌の方なのだ。
◇◇◇
色々あって疲れているはずなのに、まだ暗いうちに目が覚めてしまった。横を見るとユウキが気持ちよさそうに寝息を立てている。その様子に少し安心しながら、俺はそっと自室を抜け出した。
時計を見ると午前二時を回ったところだ。流石にこんな時間に起きているはずがない。でもまあ電話を掛けるだけならいいだろう。そう思って、『桐ケ谷和人』なる人物の番号をコールした。当然、出ない。いくらなんでも非常識すぎたかなと電話を切ろうすると、電話が繋がった。
「もしもし……」
「あ、えっと、その……」
「もしもし……?」
俺の記憶が正しければ、この声はSAOのキリトで間違いない。こんな時間だ、寝ていてもおかしくは無い。だからここは簡潔に。
「ライヒなんだけど、今、大丈夫か」
「――ライヒっ!? ちょ、おま、こんな時間に掛けてくるなよ!」
「なんか、悪い。何となく思い出してな」
「ははは、お前らしいな。俺の電話番号を知ってるってことはエギルの店には行ったのか?」
「ああ、本当に偶然だったけどな。なんか帰り際に連絡先渡されたんだ」
「ああ、お前とはちゃんと会っておきたかったんだ。えっと……ライヒは通う学校とか決めてるのか?」
「SAO被害者の支援学校に通うことになってるけど」
「俺も同じだ! なんか、知ってる奴がいるって分かると安心するな」
「四条謳歌だよ」
「ん?」
「名前だよ名前。現実でもライヒだと変だろ。謳歌でいいよ」
「そうか、確かにそうだよな。……なあ、覚えてるか? ゲーマー同盟のこと」
「『俺とお前』の間柄ってやつか?」
「そうだ。俺はあの同盟、まだ有効だと思ってるんだけど、どうかな」
「どうかな、ってのは?」
「その、なんていうかさ。俺たち改めて友達になれるかな」
言い出しにくいことをどうしてさらっと言ってのけられるんだろうなコイツは。確かにそこがキリト、否、桐ケ谷和人のいい所なのだが、そこがまた苦手なところでもある。でも、ちゃんと自分でも歩くと決めた以上は俺も自分を偽りたくは無い。だからちゃんと答える。
「なれるよ、きっと。リアルで会った時は飯でも食いに行こう」
「ああ! 待ってるぜ!」
みんなみんな俺より先に行っている。それでも待っていてくれる。確かに嬉しいのだが、それがどうにももどかしくて、申し訳なくて、そしてほんの少しだけ妬ましい。俺が欠落者であることが浮き彫りになってしまうから。不条理に、自分勝手に、こんなのは不公平だと叫ぶ自分がいる。こんな自分を殺せるのであれば今すぐにでも殺してしまいたい。願わくば、それ位の強さを俺に下さい。
***
《トリックスター》として生き直すことを誓う。俺は確かにそう宣言した。しかし、だからと言って今すぐに何がどうこうという話になるのだろうか? 俺がその名で立つための仕込みは済ませているとアコールたちは言っていたが、具体的にはどういうことだ?
お嬢をゼノビアの目から反らすために別の代表者を立てる策は確かに有効かもしれないが、《トリックスター》という固有名詞がどれほど行き渡っているのかが分からないことに加えて、それを俺とどうやって結びつけるのかが問題だ。
今日は特に集合日という訳でもない。バイトの日だからログインせざるを得ないが、派手に狩りをして目立つわけにもいかないので暇極まりない。だから村のベンチに腰掛けて適当な考え事をしているわけだが、はっきり言って俺の考えごときには何の生産性もない。これまた仕方なく所持スキルや魔法の説明に目を通してみる。
既に散々読み込んだ後だ。じゃあ次はヘルプのスキル説明画面。この世界にサーバーに数が限定されているスキルや魔法、いわゆるユニークは初めからは存在しないが、ある特定の条件を満たし、なおかつそれがNPCに認められ実績として開放されることで手に入るユニークがある、かもしれない。
ただそれは完全にランダムで、並大抵の事では手に入らず、決まった入手法があるわけでもない。あくまでコンピューターの判断で生成される……。
「久しぶりだナ、
「うおおおっ!?」
「なんダ? そんなに驚かれるとおネーさん傷つくゾ」
「アルゴ……。お前、来てたのかよ」
完全にノーマークだった《鼠》のアルゴが唐突に表れる。SAOナンバーワンの情報屋であり、歴戦のフロントランナーでもある彼女はやはりお馴染みのフェイスペイントを張り付けていた。お陰ですぐに彼女が彼女だと分かる。
「まあナ。SAOが移植されたとなれば来ない理由が無いからナ。ライライもどうせ同じだロ?」
「――。ライライ呼びは変えないのな。流石に呼びにくくないか?」
「こういうのはリズム感なんだナー。こういう親しみがリピーターを呼ぶ切っ掛けにもなるんだヨ」
「あ、そ。それで? 売れる情報は特にないし買いたい情報も特にないぞ」
「残念だけどそれはこっちが決めることだヨ。最近インプ領主が見境なくレネゲイドを集めてル。特にサバイバーは歓迎していて、結構な人数が集まってるのは知ってるカ?」
「なんだ? サービスとは随分気前がいいな」
「その上で《トリックスター》を首魁とする《ワルプルギス・ナイツ》って集団がかなり派手に活動を始めてる。そのメンバーがみんなそこそこALOでも名の知れたサバイバー達……。そこでライライにも話を聞きたくてわざわざ来てみた訳だけド。どうダ? 何か知らないか? なくても何かしらライライの見解を聞きたイ。謝礼は弾むヨ」
そうか、俺の《トリックスター》としての役割は、
「報酬も謝礼もいらないな。その代わり喧伝してくれないか? 逆にこっちが金を積んでもいい。あらゆる場所に伝えてくれ。
「それはまた……随分と面白くなりそうな話だネ。何をやらかそうとしているんダ?」
「それは今明かすことじゃないな。破壊、そして創造。両極に位置するものを司るのが《トリックスター》っつー存在だ」
「インプとの関係についてはどうなんダ?」
「それも今明かすことじゃないな。安心しろ、何かするときは一番にお前に教えてやるよ」
お嬢に尽くすと決めたのなら、俺もまた自分の身を削ろう。心身ともに彼女の下僕となるために、心労すら厭わないと態度で示そう。中途半端はしないと誓った。ならば徹底的に。誰もが今更と笑うかもしれない。或いは俺の名前に驚くだろうか? それでいい。俺は俺に出来る方法で、過去の責任を取ってやろうじゃないか。
求められるがままに、俺はここに在り続けよう。
お久しぶりです。ほんっっっとうにお久しぶりです皆さん、アクワと申す者です。最後に投稿してから半年……とはいきませんがおよそ五か月。大変お待たせしてしまい申し訳ありません。特に何かがあったわけでもありませんが、きわめて個人的ながらのっぴきならないあれこれがありまして……。それでもこうして投稿できたことを嬉しく思います。初めて見てくださった方、そして辛抱強く待ってくださった方、これからも改めてよろしくお願いします!
感想その他お待ちしております。