――今でもすぐに思い出すことが出来る。クォーターポイントである25層ボス。《イグ二ウス・ジ・ヘルハウンド》の名を冠する五頭の魔獣を倒した後の事だ。血盟騎士団結成前。当時同じパーティーだったヒーさん―――茅場が俺のところへ来て言った言葉。
ライヒ君、このスキルに見覚えは無いかね―――
わざわざ俺の所に来て、エクストラスキル《神聖剣》を見せに来たあの一幕。思えば俺に出現した《両手装備》がユニークスキルであることを教えに来たのだろう。余計なお世話だ。幾らゲームマスターとはいえ、人のプレイスタイルを一気に変えてしまうような真似をするなんて幾らなんでも悪趣味すぎる。一体何様のつもりだ。4000人殺した無差別殺人者が余計な真似をするな。あれのせいで俺がどれだけ苦しんだと思う。ビーターの烙印を(それがばれたわけではないが)背負い、そうでなくてもこの世界におびえ続けてきた俺にいったい何のつもりでこんなことをした。奴だけは絶対に許すことは出来ない。さらに許せないのはキリトに負けた癖にこの世界が顕在していることだ。
ふざけるな
負けてもまだ殺したりないか。お前は一体何を見れば気が済むんだ。今すぐにでも出てきて頭を地面に擦りつけろ。蹴りやすくなった頭を蹴り上げてやるから。
絶望だ。この世界には絶望と恐怖しかない。失いたくない物を失った。要らない物ばかりが手に入った。嗚呼、それでもたった一つ礼を言うとすれば。
――生きるとはどういう事なのか、学べたことだろうか。
***
カウントが始まる。30秒という時間は実に微妙だ。長いようで―――その実短い。ただ一つ言えることは、俺は《二刀流》を知らない。そしてキリトも《両手装備》を知らないという事。俺もキリトも構えは実にゆったりで、棒立ちも同然の状態だ。しかしSAOではこれが最強の布陣。敵を如何に出し抜くか。それを相手に考えさせない構え―――
「3」
「2」
「1」
【DUEL!!】
システム文字を突き破る勢いで細剣突進系ソードスキル『シューティング・スター』を発動させる。発動が早く、スキル後硬直がほとんどない優秀な技だ。しかし、キリトは当たり前のように躱してしまう。いきなり左手を使ったのに躱されたのは惜しいが、所詮は挨拶代わり。
「クソッ!」
毒づきながら体制を整えようとするが、この少しの隙も見逃す気は無いと次々に剣を打ち出してくる。暴風のような剣閃に、手捌きだけで必死に食らいつく。武器のグレードに大した差は無い。しかしその分プレイヤー本人の力が物を言う―――
突如、先程までとは違う異質な金属音を立てて四本の剣が噛み合う。やはり重さではかなわないか・・・?それでも何とか足を踏ん張り、懸命に押し返そうとする。鍛えに鍛えた武器防御スキルのお陰か何とか押し返すことが出来た。それでも優位には立てず、両者が二メートル程ノックバックするに留まる。
「幾らなんでも速すぎ重すぎだろッ!」
「そっちこそ、防御テク半端じゃないな!」
再度、剣戟の応酬が開始される。キリトは速さに任せて、俺は手先の感覚を頼りに。全く戦局が動く気配は無い。押し返せないし、押し返させない。まだだ、まだ追随できる。思考は既にオーバーヒートし、視界は真っ白になってしまっている。見えるのは剣と互いのみ。それ以外の何が必要だというのだ。弾き弾かれ、打ち打たれ。いったい何合斬り結んだのだろうか。自分の殻がひび割れていくのが分かる。もっと荒く。荒々しく。これが真の人の本性なのだろうか。原初より続く野生の勘とでも表現するべきか。きっとキリトもそれを知覚して―――
刹那の瞬間に生まれた隙にキリトが距離を取る。剣をクロスさせ、高く掲げる。ソードスキル―――
だが俺もその隙を見逃すはずがない。足に装備していた短剣《アブソリュート》をその瞬間に抜き、投剣スキル《シングル・シュート》を発動させる。狙いは顔面。顔を傾けて交わされる、だがそれでいい。確かに顔をキリトは背けた。ここで一瞬。スキルの発する音と、ライトエフェクトで更にもう一瞬隙が出来る。
――こっちの仕掛けはここからだ。
体術スキル《弦月》がキリトの顎を的確に捉えた。クリティカルヒットで今度こそ決定的な隙が出来る。普通なら《弦月》のスキル後硬直で俺は動けない。普通・・なら、な。俺の右腕がスカイブルーのライトエフェクトを帯びる。キリトの目が驚愕に見開かれる。
――これで決める。
片手剣スキル《ホリゾンタル・スクエア》が続けて発動される。右、左、右、右。の順でキリトの胸部を抉る。通常ならこの後俺には一、五秒のスキル後硬直が生じる。だが俺のターンは始まったばかりだ。左手の細剣がスチールシルバーの輝きを帯びる。六連撃《クルーシフィクション》。超高速の刺突が縦に、次いで横にキリトを穿つ。再度右手が光を帯びる。四連撃《バーチカル・スクエア》―――
これが俺の切り札であり、長い間隠してきたユニークスキルの真髄。システム外スキル《
終わらせない。
細剣三連突き技《ぺネトレイト》が更にキリトの体を抉る。キリトのHPバーがようやく6割を切った。そして全てはこのソードスキルに繋げるため。俺が習得してから最も愛用し、ずっと使い続けてきたこの剣のために。左手を前に、右手の剣は担ぐように。片手直剣用六連撃ソードスキル《ファントム・レイブ》。この剣技の魅力は初撃を上からでも下からでも任意に出来ることにある。その意味では斜め斬り《スラント》と酷似しているが、速さも威力も桁が違う。キリトは剣をクロスしてガードしようとしているが、すぐに弾かれるのは分かっているはずだ。踏み込みと腕の振りによって加速された俺の剣は二本の剣を物ともせずにキリトへ痛烈な一撃を加えるはずだった。
でも見えてしまうのだ。外の目が。お前が勝つことは許されないと、誰もがそう思っているのが分かる。
腕の力を抜く。スキルの動きにただ身を任せ、しかしそれがバレないように。細心の注意を払って手を抜いた。
必殺の一撃であるはずの《ファントム・レイブ》の初撃があっさりと阻まれた。思わずキリトの二刀を凝視する。それらは純白のライトエフェクトを纏っていた。
――武器防御系ソードスキル。俺も使えるスキルだ。名は《クロス・ブロック》。
ああよかった。これで必然的な敗北となる。俺は、この敗北を捧げることでようやくこの場にいる事を許される。
初撃をインタラプトされた俺は数秒の硬直を課せられる。キリトがソードスキルのプレモーションに入る。右の剣は青く。左手の剣は赤く。
その後の事は一言で済む。秒間およそ十発の剣を浴びせられ、いや、その全てを食らう前に吹き飛ばされた。これがうわさに聞いた最強の剣技。《二刀流》スキル最上位ソードスキル《ジ・イクリプス》。
【YOU LOSE】のシステム表示を俺はボンヤリと倒れたまま見上げていた。
敗北は存在の許しになりうるだろうか。
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