虚ろな剣を携えて   作:狩奈

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 彼女は偽りの平和を騙るもの。
 彼女は真なる自由を歌うもの。

 自由の歌を彼は選んだ。


Foray Ⅰ

 

 

 菊岡さんによれば企業に送るためのデータは殆ど出揃ったらしい。それは名目でもあったが同時に真実でもあったようだ。本題の俺のメンタルケアについても順調であるらしく、そろそろ完全に自立できるであろうと判断された。つまり俺の『アルバイト』はもうじき終わるのだ。それでも俺とお嬢の目的は何とか遂行できる。本当に良かったと、心から思う。試作品ではなく実際に販売するという《アミュスフィアⅡ》の実機を装着していると、菊岡さんがとてもやりづらそうに話しかけてきた。

 

「ああ、えっと。謳歌君? 前々から謝ろうとは思っていたんだが、その、黙っていていて本当に申し訳なかった。君の為であるとはいえ、説明責任を果たしせていなかった……」

「もういいですよ菊岡さん。自分の置かれていた状況は理解できたつもりです。それに、俺はもう少しだけALOに居ないといけないんです」

 

 約束が、果たすべき契約がまだ残っている。

 

「君がそれでいいならそれで構わないが……くれぐれも無茶はしないでくれよ? まあ、迂闊にも僕が君と……レイン君だったかな? 彼女を鉢合わせたのがまずかったんだが……」

「レインの事は――完全に呑み込めた訳じゃないです。それでもアイツはアイツで自分の道を進んでいるなら、それでいいんですよ。多分」

「君は……君は、やはり以前の君ではないんだね。何はともあれ君が無事に一般の学生として社会復帰できそうで何よりだ」

 

 いつものように体のあちこちに電極が張り付けられ、脳波を測定する大仰な機械が作動する。今日も、行こう。

 

「リンク・スタート」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 いつもの朝、変わり映えしない様子。お姉ちゃんと私は二人きり、向かい合って朝ご飯を食べている。ニコニコしているお姉ちゃんと澄まし顔のワタシ。ああ駄目だ。息が詰まってしまいそうだ。早くライヒに会いたい。話をしたくて仕方がない。

 

「ねえ、千早ちゃん」

 

 思わず体がぴくっと動く。ゾッとするほど耳障りのいい声にお姉ちゃんへと意識を向けざるを得なくなる。声音だけじゃない。表情、仕草、言葉の選び方に至るまで。お姉ちゃんは他者を魅了する武器としてそれらを使う。

 

 お姉ちゃんは男女や年齢を問わず人に好かれる天性の才能を持っている。だからこそワタシはお姉ちゃんを好きになりたくない。どんなにそう思っていても家族である事、ワタシには無条件に優しい事、いろんな意味で完全に嫌うことが出来ない。

 

「今日もログインするならスプリガン領に遊びに来ない?」

「どうして急に呼ぶの」

「そんなにツンツンしなくてもいいじゃない? 近頃はインプ領に戻ってないみたいだし、《放蕩領主》なんて呼ばれてるみたいじゃない」

 

 よかった。『ミズチ』は未だ厄介な『放蕩領主』として捉えられている。自分で自分に課した設定通りに言葉を返す。

 

「執務ばっかりで面倒になったの。かといって委任できる部下も居ないし、押し付けてもよさそうなのを探してるのよ」

「そう……。前に会った『クロートー』さんなんか優秀だと思っていたけど。千早ちゃんは千早ちゃんなりにちゃんと考えてるのね。見つかったら是非紹介してちょうだい?」

 

 ふざけたことを言うな。うちの元副領主はアンタが奪っていったくせに。どうせ本当にそんなヤツが居たとしても、ソイツを取り込んで傀儡にしてインプを支配下に置こうとするクセに。そしてワタシを現実だけではなくゲームの中ですら独占しようとする。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。お姉ちゃんの行為に悪意は無い。でもワタシにとってはただの嫌がらせだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。スプリガン領を崩壊させてお姉ちゃんの築いたものを全て叩き潰す。ワタシの今までの怨念を思い知らせてやると同時に、ワタシに恨みを抱かせる。完璧だ。

 

 自分一人では絶対に無理だと分かっていたから、一緒に来てくれる人には何を差し出しても構わなかった。だというのにライヒはワタシの物を何一つ要求しなかった。彼の要求はワタシそのもの。そうだ。求められる喜びを教えてくれたのが彼であったからこそ、彼が弱々しく項垂れているのが許せなかった。よりにもよってワタシと同じように失う悲しみに絶望して欲しくなかった。

 

 所詮はゲームで知り合った赤の他人で、そんな人物にワタシの前では強く在ってくれなんて。なんて浅ましいエゴなんだろうと自分でも思う。実際ライヒには笑われた。

 

「でも、そうね。私からいい人を紹介できるかもしれないわ」

「……え?」

「知らない? 《御影》のライヒ」

「それって、SAOの英雄の? なんでその名前が出るのよ」

「その本人がインプでALOを始めていたらしいの。偶然戦っているところを見たけれど、本当に強くて――そう、芸術作品を観ている様だったわ」

 

 白々しい。本人とそのナビ・ピクシーから話は聞いている。有力なインプを取り込むなり潰すなりしてワタシをスプリガンに頼らざるを得なくするつもりなのは分かっている。()()()()()、という頼られたら当然助けるという大義名分がある状況が益々腹立たしい。

 

 そんな無駄に等しい優しさを享受しなければならない日常はもうすぐ終わりだ。

 

 だからちょっとだけ揶揄ってやることにした。

 

「そんな英雄がわざわざ面倒ごとを背負ってくれるわけないじゃない」

 

「自分から面倒ごとを背負ってくれるから英雄なんじゃない?」

 

 やっぱり大嫌いだ、こんな姉。

 

 三日後だ。スプリガンの主力がヨツンヘイムに狩りに行くおかげで領土の警備が僅かに手薄になる三日後。お姉ちゃんには必ず私を嫌ってもらう。今までの事を考えればその位が丁度いいのだ。今日も朝食を終えるや否やログインの為に部屋へ駆け込む。そのつもりだった。

 

「そんなに慌てなくてもいいじゃない。あ、そうだ。お父様とお母さまがいい紅茶を送ってくれたから飲んでいったらどう?」

 

 いつもはこんな事にはならない。だがここで誘いを断るとワタシが『約束をしている』と露見する。ライヒ達には悪いけど、今日だけは少し遅れていくことにする。ここまで来て計画がバレてしまえばみんなに申し訳が立たない。

 

 まさかこれが情報屋の準備のための時間稼ぎであるなんて、この時のワタシは思いもよらなかった。()()()()()()()()という事実に最後まで気が付くことが出来なかった。

 

 

***

 

 

 

「思ったより俺が目立ってないんだよな……」

 

 久々の集合日。インプ領の高級酒場、《黒龍の翼亭》貸し切り席のテーブル。

 

 当の俺はかなり真摯に悩んでいるのだが《明けない夜の住人(ワルプルギス・ナイツ)》の面々はさして気にもしていないようで、俺の決意と覚悟による情熱が完全に空回りしている。寧ろこんなこと騒ぎ立てる程のものでもないとでもいうような雰囲気だ。実際にアコールから窘められてしまい、俺を筆頭にスプリガンにケンカを売るという作戦がますます分からなくなった。

 

「いいのですよ、(あるじ)。何も我々は圧倒的強者としての貴方だけを求めているわけではありません」

「はあ? 俺に王様みたいなカリスマでも求めてるってのかよ」

「「その通りです」」

 

 アコール、リューネ、ネイ、ナノの四人が同時に答える。なんだそれ。俺の想像していた《トリックスター》とは余りにもかけ離れていて気味悪さすら感じる。確かにボス戦でパーティーの指揮官を押し付けられたことくらいはある。

 

 大手ギルドの《ALS》が最前線の攻略から引っ込んだ時や、有力プレイヤーの参加率が低い時。詰まるところ人手不足の時に呼ばれて責任をおっ被せられたのである。当然腹が立ったのでしっかり責任は取った。他パーティーには多少の死者が出ていたのに対して俺の率いるパーティーでは死者を出さなかった。新勢力増強の名目で参加プレイヤーの平均レベルが極端に低かったのが原因なのだが。脅して傀儡みたいにして動かした気がする。

 

「君がやる気になったらどこかの情報屋に自分が《トリックスター》だって言いふらすの分かってたからね。『シオン』で蛮族みたいな活動してミスリードしておいたよ」

「いや待て、それに何の意味があるのか教えてくれ。お嬢から目を逸らすのが目的で、最終的に俺が攻め込む……だよな? 『シオン』でミスリードしてどうするんだ」

「特に意味は無いです。あるとすれば……主と出会うまでに我々が集団として活動する口実、でしょうか。それと申し訳程度の情報攪乱ですね。以前から暴れまわっていた『シオン』に、何故か挙がってきた『ライヒ』というビッグネーム――意味不明でしょう? 取り合えず蛮族活動の実績を持つ『シオン』を先に調査するでしょうが、『シオン』というプレイヤーを追うことは事実上完全に無駄足になりますから。作戦決行までの準備時間はどうしても必要です」

 

 思わず唸ってしまう。今ここで語られたことが本当に上手くいくかどうかは分からないが、考え方が俺よりは論理的だ。

 

「アコール。これ以降はお前に情報集めとか活動の方向性とか一任する」

「光栄です、主」

「それにお前のシナリオ通りなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それならそれで面白い」

「はい。こんな大掛かりな作戦に加担するのですからその位の土産は頂いて帰ってもいいでしょう?」

 

 どうやら俺はこの状況下ですらある程度試されているらしい。待ち伏せの際に戦闘力を、何気ない会話の中で知力を。要は『理想のライヒ』であることを確かめている訳だ。或いはそうであってほしいと期待されているのか。ルクスは、ひよりは言っていた。俺の為なら立ち上がれる人間が少なからずいる。自分もそうだ、と。だったら俺も多少は考えなければならない。

 

 レインがいなくなってしまってから、自分が未だ病人のようなものだと気が付いてから、色々と悩んだ。それこそ病的なまでに求めていたレインとの再会が仮初めのものだと気が付いてしまって、頑張る理由というものがすっぽりと抜けてしまった。勿論レインのことが完全に吹っ切れた訳ではない。取り返せるものなら何が何でも奪い返してやりたい。だが今の俺には口実がない。何を言おうにも何もないのだから仕方ない。諦めるにしても諦めないにしても、それ相応の理由が要る。

 

 なら()()()()()()()()()()というのが今の考えだ。幸いお嬢の為に、という戦う理由を他でもないお嬢がくれた。それだけはもう二度と違えてはいけない事なのだ。貰ったものは返さなければならない。

 

「あら、全員揃ってたのね。遅れてごめんなさい」

 

 しゃらりと髪を流しながらお嬢がやって来た。いつもは時間通りに来るのに珍しい。

 

「お嬢、今日は遅かったですね」

「ちょっとリアルで姉さんに……ゼノビアに絡まれたのよ。今日に限ってどうしてか話が長かったわ」

 

 俺はさして気に留めなかったが、アコールは違った。

 

「作戦決行が近いとはいえ、流石に不自然ですね。まだ感づかれてはいない筈ですが……」

 

「逆に向こうが動いたとすれば?」

「敵にも別の何かがあるのかもね」

 

「スプリガンが種族を挙げてやりそうなことって何だろうな……」

 

 スプリガンの特徴。影魔法や幻惑魔法といった不遇魔法を得意とし、それ故に種族人口がダントツで少ない。しかしゼノビアが領主として君臨した後は政策としてレネゲイドを積極的――或いは貪欲とすら表現できる程――に取り入れたことで、実質的な種族人口は、現状二位のシルフにすら匹敵するのだという。

 

 仮に『今のスプリガン』の特徴をその多様さに求めるのであれば、レジェンダリー・ウェポンの総取りやレイドイベントの上位入賞が狙いだと想像できる。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。寧ろ属性の多様さを活かすことでいずれは本当にサラマンダーやシルフ、ウンディーネといった優遇された種族を追い越せる可能性も秘めている。

 

()()()()()()()()、かしらね。仮に野心を持って行動するならその位じゃないかしら」

「だとすれば私たちには関係ない……そういうことだよね?」

「そうそう! 皆で一緒にどーんとやっちゃおう!」

 

 リューネとストレアの言葉に一同が頷く。方向性が見えたなら、後はやるべきことをやるだけだ。ルート取りの確認や戦闘時の連携の練習、純粋なスキルや戦闘力の強化。出来ることは少なからずある。作戦決行は三日後であるとはいえ、その日の二十四時間前である二日後には《宣戦布告》をしなければならない。

 

 戦争を仕掛ける一日前に通達することで、攻め込むと宣言したその日のみその領地にいる種族を攻撃できるようになる。もちろんナイツの首魁たる俺が代表者として通達する。スプリガン領のパス・メダリオンを持つお嬢はスプリガン領での戦闘に制約は無い。お嬢の存在は可能な限り隠し通す。《領主》身分を使って戦争をしてしまえば関係のないインプのプレイヤーに迷惑が掛かるし、成功しても失敗しても何かしら外交的問題が発生する。

 

 だから、最後まで国と国との対決ではなく個人と国との対決という形を取る。あくまで俺が表立っていたというのであれば何とでも言い訳は立つ。今回の作戦における勝利条件は二つ。ゼノビアのキル、或いは領主館の種族旗の奪取。速攻で突入して旗を盗れるならそれでよし、ただお嬢その人はゼノビア本人の打倒を望んでいる。

 

 どうなるかは出たとこ勝負で何とかするしかない。ただでさえ秘密主義のスプリガンだが、敵勢力はさして多くないと予想できる。レネゲイドの人数が多いとはいえ全員が同時ログインしているわけではない。宣戦布告により警戒が強まったところでせいぜい狩りメンバーを急遽寄越してくる程度だろう。

 

 《宣戦布告》は全プレイヤーの持つ権利だ。当然ALOにもプレイヤー同士の秩序というものがあり、無闇に戦争を仕掛ければそのバランスが乱れてしまう。だからこそ、やるならやるで念入りな仕込みをするなり、恐れるなら恐れるで領地の国力の増強に努めたりとこのゲームならではの駆け引きが生まれる。

 

 一度サラマンダーがシルフ・ケットシーの条約締結会談を襲撃したようだが、それはたった一人のレネゲイドの活躍によって阻止されたらしい。なんと、びっくりしたことにそのプレイヤーは不遇種族スプリガンだったと言う。さらに、まさかまさか、そのプレイヤーは一騎打ちで《魔剣将軍》ユージーンに勝利したとかしていないとか。

 

 まあそんな出鱈目(キリト)のことはさて置き、俺たちはその秩序を多少なりとも乱そうとしているのである。ぶっちゃけ侵略のための大義名分が無い。それっぽい理由は苦し紛れながらもでっち上げているがしっくりこない。スプリガンは別に何か悪事を働いているわけでもなく、種族の持つ強みと領主の人間性で勢力を拡大している。つまりは()()()なのだ。

 

 俺たちが掲げるのは『レア資材の独占に対する制裁』。完全ないちゃもん付けだ。比べてしまえば俺たちのほうがよっぽど質が悪い。確かに俺ら以外にもスプリガンのやり方に不満を持つ輩はいるだろうが、()()()()()()()()()。じゃあお金を稼いで買えばいいという考えになる奴が殆どだ。何でもいいから隙を見せてくれはしないだろうか。

 

 予め断っておくと、これは完全に出来すぎている。いや、確かにゼノビアが何かを始めようとする予兆はあったが、いろんな意味でこれは予想外だった。その発端はアルゴからのメッセージだった。

 

『今すぐに会って話したい事がある。会ってもいい場所を指定してほしい』

 

「一応確認しますが、ここに呼んでも?」

 

 メールを可視表示にしてからお嬢に確認する。

 

「アナタ《鼠》とも知り合いだったの?」

「向こうではみんなお世話になってますよ。俺が《トリックスター》だってことは伝えてあるので特に心配することは無いと思いますけど」

「そ。ならいいんじゃないかしら。居場所の口止め料は惜しいけど……今更ね」

「じゃ、来てもらうように伝えます」

 

 流石は《鼠》というべきか、情報やアルゴはものの数分で《黒龍の翼亭》の個室までやって来た。ネイとナノに扉を塞がせ、席についている俺とお嬢の護衛としてルクスとリューネを着けた。

 

「これはこれは……とんでもないメンツだネ。それにしても一応は顔見知りだロ? おネーさん信用無くて悲しいナ」

「邪推が過ぎる。話をするのに相応しい場所を整えただけだ。それで話ってのは何だ? 文面からして急ぎなんだろ?」

「そっちこそせっかち過ぎないカ、ライライ。確かにオレっちは話したいと言ったし、会える場所の指定も頼んだ。タダで――とは一言も言ってないけどナ」

「千」

「ココはインプ領の超高級酒場だロ? まさか客人にドリンク一つ出さないのかナ?」

「三千」

「おネーさんお昼まだなんだけド、ココのオススメはあるカ?」

「チッ……一万」

「毎度あリ、じゃあ情報を提供するヨ。取り合えずこれを読んでくレ」

 

 その辺のクエスト情報とは価値が違う。その位は分かっていたがここまでぼったくるとは。数枚のスクロールに分割されたテキストを受け取る。その内容は、思わず首を傾げたくなるような内容で、正直戸惑った。

 

「スプリガン領主ゼノビアが……()()()()()『ゲントク』と結託……。なんだ――? スプリガンは、ノームは何をやろうとしている?」

「最終的な目的は、サラマンダーとシルフの打倒ダ。ゼノビアは、今のALOの勢力図をひっくり返そうとしていル」

 

 何だ、何だそれは。俺らとは全くもってスケールが違う。追い付け追い越せなんて、考え方が甘すぎたというのか。『引っ繰り返してしまえ』。そのためのレネゲイド集め、そして資材流出を税金や値段の吊り上げで防いだのは国力を蓄えるためではない。()()()()()()()()()()

 

「マ、オレっちにとっては面白いネタっていうだけなんだけどナ。顔見知りのよしみで一番にセールスに来たわけだけド……。ライライ、()()()()()()()()()()?」

 

 もしもノームが種族を挙げてスプリガンに協力しているとすれば、スプリガン領攻略の難易度は跳ね上がる。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。悪くない、寧ろいい。

 

「面白くなって来た――。なあ、アルゴ。活動資金を都合してやるからこの情報もっと売り込んでくれ。今日と明日で可能な限り売ってくれ」

「情報のソースはいかがかナ?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「オレっちの目の前で『嘘』なんて言葉を使うなんてナ。サービスで聞きながしてやル」

 

 そう。そういう疑惑さえあればいい。実際に阻止しようとする事で、真実味は勝手に増していく。そもそもアルゴは嘘を売らない。どんな情報も事実関係を、最低限彼女の中では成立させて商品にしている。アルゴ自身がでそう公言しているからこそ《鼠》は最高の情報屋として名を馳せているのだ。アルゴが個室から去っていくのを見送ると、メンバーの顔を見渡す。全員が決意と興奮に満ちた顔をしていた。

 

「いける……これなら行けるわ! ワタシたちが侵攻する理由としては打ってつけよ」

「ええ、まさかここに来てこんな情報が舞い込んでくるとは……。流石は主です」

 

 この場の誰もが確信していた。最早上手くいかない理由がない、と。

 

 そのせいで当時の俺たちは忘れていた。本来であればこんな無茶な作戦が上手くいく筈がない、と。()()()()()()()()()()()()()。俺は失敗した。アルゴからの慈悲を容易くフイにした。誰がこの情報の発信源なのかが分かっていれば、俺たちが踊らされていることがすぐに分かったのに。

 

 

 

***

 

 

 

「ライライには悪いことしたかナ……。ま、仕方なイ。依頼主(ゼノビア)から百万も積まれたら断れないだロ?」

 

 まさか、《トリックスター》に直接この事実を伝えに行けと依頼されるとはアルゴ自身思ってもみなかった。ゼノビアの考えは、知ってはいるが理解はできない。だが彼女は自らの役割に忠実なだけ。()()()()()()()。実に単純明快な動機が《鼠》のアルゴの生き甲斐である。

 

「だけド――()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってのが面白いところだナ。ま、フロントランナーのよしみダ。成功を陰から祈らせてもらうヨ」

 

 これが情報屋の醍醐味の一つだ、とほくそ笑む《鼠》のアルゴはやはり金のために今日もALOを駆け巡る。事が大きくなればなるほど、傍観者という立場はますます面白くなる。彼女からすればどちらが勝とうと、勝った方に肩入れすればいいのだから。

 

 

 

***

 

 

 

 万が一来ることを悟られていたとしても、いつ来るかまでは予測できないはずだ。そもそも俺たちはまだ何もしていないのだから、敵とは認識されていない。出来ない。後はどうやって決して少なくはない軍勢を退けるかだが、それは各々の技量と申し訳程度の作戦が上手くいくのを祈るばかりだ。今更どんな不安も意味をなさないが。

 

 《宣戦布告》。

 

 オーダー通りアルヴヘイム中に情報は流れた。誰もが困惑と疑念を抱くこととなる。そんな状況下で、風の噂程度の存在であった《トリックスター》が声を上げた。均衡を崩さんとするゼノビアを討つと果敢にも宣言して見せた。我ら《明けない夜の住人(ワルプルギス・ナイツ)》は悪しき女帝に挑み、そして平穏を守る。首魁たる《トリックスター》の名は『ライヒ』。SAOをクリアした勇者、その一人である。

 

 俺とお嬢は領主室で二人きりで話していた。

 

「ねえライヒ。白状するとね、ここまで来られるとは思ってなかったの」

「俺もですよ。こんな大事になるなんて思ってませんでした」

 

 本音だ。なんとなくの目標を掲げて、何となく遊んでいればいいと思っていた。それがいつしか契約になり、ただの遊びではないほどに規模が膨らんだ。ちっぽけなコンビだったはずの俺たちは、今や一つの世界を騒がす一個集団だ。もちろんみんながみんなタダで手伝ってくれる訳ではない。俺は俺でナイツの連中に対価を支払う約束をしている。作戦に参加する代わりに、俺は彼女たちのために《トリックスター》として立ち続けなければならない。それが彼女たちの望んだ報酬。

 

「いい夜ね」

「明日が本番なんですからさっさと落ちたほうがいいんじゃないですか」

「いいじゃない、もうちょっとだけよ」

 

 お嬢がいいと言うのならいいのだろう。

 

「戻っても面白くもなんともないもの」

「そうですか」

「アナタと話してる時間だけが、生き甲斐なの」

 

 大袈裟だ。俺はただついて来ただけで、お嬢には迷惑ばかりを掛けていたように思う。それでも俺と一緒にいる時間を楽しいと言ってくれるなら、きっとそれが全てだ。

 

「……流石に今日はここまでにしましょう。俺たちなら出来ますよ」

「ふふ。期待してるわよ、勇者サマ?」

 

 お嬢。俺は貴方の勇者になれるでしょうか。迷ってばかりで、一人では前に進むことも出来ない。それでも、もう一度やり直そうと決意できたのは貴方のおかげです。お嬢がくれたマフラー、固有銘《ブラック・ファー》にそっと触れる。

 

「それに個人的な理由だけじゃ済まない状況だもの。今ゼノビアを叩いておかないと本当にとんでもないことになるわ」

「なぜですか?」

「情報が正しかったとして、ゼノビアが《転覆構想》を本当に実現しようとしているならいずれALO全土で戦争になるわ。確かに一時は税の徴収やらアイテムの差し押さえで覇権を握ることは出来る。けど――」

「相手方が報復しないわけないですよね。流石に」

 

 そんな状況になればALOの情勢は荒れに荒れるのは間違いない。だからこそ今なのだ。ゼノビアを討ち、スプリガン領を壊滅させ、構想を破壊できるのは俺たちだけ。

 

「ここまで来ると宿命とか運命とか……そんな風に思えてきます」

「バカね。そこは疑問を挟まずに運命だって言うところよ」

「ま、そうですね。必ず貴方と一緒にゼノビアを倒す。そして貴方を、お嬢を貰います」

 

 そういう約束だ。違えることのないように繰り返し誓う。お嬢との時間は、交わした言葉は、俺にとってもかけがえのないものだから。壊れてかけの俺を完膚なきまでに壊して、そしてその代わりに新しい俺と勇気をくれた。その恩に少しでも報いたい。

 

「そうよ。だからちゃんと最後までワタシを見ていて」

「分かってます。あんな無様な姿はもうナシです」

 

 もう時間だ。話すべきことは話した。後は待つだけ。

 

「それではまた明日」

「ええ、また明日会いましょう」

 

 

 

***

 

 

 

 何処とも知れない暗闇に彼女はいた。ゲーム内で売られている新聞をじっと見つめ、そしてふとした決意に体を起こす。

 

「会いに行くよ、ライヒ君」

 

 そこは央都でありながらも多くのプレイヤーにとっての死角に存在し、ある意味隔絶された空間。彼女は新聞を丁寧に、そしてどこか愛おしそうにポーチの中に仕舞うと暗がりへと溶けていった。

 

 多くの野望を孕む夜は更けていく。

 

 

 




 

 次回からいよいよ本当に大詰めです。

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