虚ろな剣を携えて   作:狩奈

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Foray Ⅱ

 

 最早これは個人的な戦いに留まらないのだ、と。お嬢は言った。それは領主という立場からの言葉なのか、或いは一人のプレイヤーとしての言葉なのか。少なくとも俺には伺い知れない。どちらにしても同じ考えを抱き始めたのは俺も同じで、アルゴからの情報はそれをただ攻め込むだけの大義名分として扱うには余りにも規模が大きすぎた。

 

 SAOにおいてプレイヤー集団とプレイヤー集団の対立が殺し合いという形で現れたのは、後にも先にも『ラフィン・コフィン討伐』だけだろう。本来モンスターへと向けるべき能力や武装が、極めて例外的に生身のプレイヤーへと向けられた事件。個々のプレイスタイルに差はあれども、基本的にプレイヤー同士での協力を基本とするSAOとは対照的に、ALOはプレイヤー同士の過度な融和を決して許さない。開発者の底意地が悪かったのか、或いは別の理由があるのかは知らないが、ALOでは積極的なプレイヤー同士の対立を推奨している。

 

 だとすれば、今から俺たちがやろうとしていることは、ある意味ALO最大の醍醐味と言えるのかもしれない。ALOでプレイヤーを倒せば生半可なモンスターでは得られない経験値や、倒したそのプレイヤーの装備までもがドロップする。()()()P()K()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 しかしこの世界には恐怖が、狂気が、絶望が、人が争う火種となる感情が足りない。まともな人間なら話し合える。故に外交、貿易、条約、そうでなくとも個人的な仲になるのでもいい。それらのあれこれを駆使することで決定的な戦争を避け、小競り合い程度で済むのならそれで良しとしている。

 

 みんなが戦争を望んでいるわけではない。みんなが同じわけではない。しかしゲームである以上そこには明確な強弱の区別がある。習得可能なスキル、装備可能な武器、得意分野、固有技能……。そう言った数々の要素がある中で、スプリガンという種族は輪をかけて不遇だ。後ろめたい事ではあるが、俺もスプリガンになるという選択肢は初めから捨てていた。さりとてガチガチに集団意識の高い種族に入りたい訳でも無い。俺はそういった諸々の理由から集団としての雰囲気が緩いことに加え、暗視や暗中飛行を始めとした()()()()()()固有技能を保有するインプを選択した。

 

 そんな俺にはゼノビアがスプリガンを選んだ理由が分からない。

 

 ひょっとしたら、あの時ラフコフに所属していた奴らもこんな心持ちだったのかもしれない。

 

 ――分かり合う事の出来ない、天と地ほどの開きがある相互不理解。

 

 共有できる物が無いわけじゃない。ただ、目指す所が、その理想が食い違っていた。

 

 人を殺すという行為は、裏返せば自分の死からの防衛だ。モンスターを倒してレベルを上げることとその本質は変わらない。

 

 ゼノビアは他者からの理解を得られなかったはぐれ者(レネゲイド)を集め、不遇ゆえの弱さという決まりきった()を崩そうとしている。それは実現したならば間違いなく偉業だ。だがその方法を俺自身が容認できない。ゼノビアの『侵攻』が世界への『報復』だと言うのなら、『報復』への『報復』が行われることもまた然り。そしてゼノビアは恐らくその状況をこそ望んでいる。弱った種族をさらに叩こうとする種族が出てくるだろう。勢力を増したスプリガンをさらに上から叩こうとする種族もいるだろう。種族に限らずその大小を問わず集団や個人が戦いに参戦しようとする。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 今まで見向きもされなかった()()()()()になる。()()()()()()、その繰り返し。それを世界規模でやる。

 

 しかしあえて言わせてもらう。()()()()()()()()()()()。それが競争の範疇ならまだいい。その中でなら争いはむしろ正しいと認めよう。だが、()()()()()()()()()()()()()。かつて憎しみで自我を染め、狂気に走った俺が何かを語ることは甚だしく筋違いだと理解している。それでも、それが異常なことだと知っている。故に俺は徹底的にゼノビアを否定する。

 

 これは世界(SAO)を壊すための戦いではない。全く正反対の世界(ALO)を守るための戦い。

 

 ――即ち。

 

「行くぞ、侵略(Foray)だ」

 

 

 

***

 

 

 

 戦闘は完全な奇襲から始まった。第一陣として俺とお嬢以外の《ナイツ》メンバーを先行してスプリガン領へ放つ。リューネが《歌》をばら撒き、弱った敵をストレアが圧倒的かつ理不尽な剛力で殲滅していく。《歌唱》スキルの使用はモンスターからのヘイトをかなり強く受けるので、侵入した時点で追ってくる衛兵を引き付けつつHPを削っていく。後に続くネイ、ナノ、アコールは狩り漏らしの掃除と足止めを行う。幸いなことに敵はこちらの戦力の詳細を知らない。故に隙が生まれる。第一陣が領内を攪乱している間、ルクスは後続を寄せ付けないために罠を張り巡らせる。《ラフコフ》時代の経験が活きると言って自らその役を買って出た。麻痺や毒や、閃光に音など実に多彩な小道具を作成しては配置していく。

 

「Ahaaaaaa――流石に疲れて来たかな……」

「まだまだだよ! 始まったばっかりなんだからがんばろー!」

 

 貴重な戦力であるストレアを真っ先に送り出したのには理由があるが、今はまだ関係ない。慎重に見計らうべきは突入のタイミングだ。

 

「やっぱり。予想より戦力が多いわね」

「むしろちゃんと敵として見られてるならいいじゃないですか。少なくとも、奴らは俺の事を知っていたところでお嬢の事までは予想できない」

 

 それこそがこの作戦最大の肝となる。俺が全力で表に出ることで、ギリギリまでお嬢を秘匿する。速攻で領主館に踏み込み、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。純粋な戦闘でお嬢がゼノビアに負けることは有り得ない。仮にゼノビアがどんなに高位の幻惑魔法を使用したところで、お嬢の《眼》はそれを全て無効化する。

 

 お嬢の《特筆能力(パーソナル・スタンス)》、《貫通透視(アイ・シャドー)》は《索敵》や《暗視》に類するスキルをやたらめったら習得することで発現したらしい。その能力に掛かれば敵のステータスを自在に覗き見出来る上に、広範囲における《隠蔽》スキルや幻惑魔法を無視できる。全てはゼノビアを斃すためにやったこと。そう言っていた。

 

 まだだ、まだだ、抑えろ。いくら奇襲が成功したところで何かを一つ間違えば劣勢になる。信じて待つのが最善の行動だ。

 

 焦れているのは隣のお嬢も同じで、お互い今にも暴発しそうだ。それでも待つ。耐えて、耐えて、さらに耐えたところでようやくルクスから遠隔通話が入った。

 

『今だよ、行って』

「お嬢!」

「分かってるわよ!」

 

 《隠蔽》スキルを解いて全速力で駆け出す。第一陣には敢えて遠回りをさせたのでスプリガン領主館付近の防衛は、今に限って限りなく薄い。全速力で領内に突入し最短距離を突っ切る。

 

『ルクス! 後続が来るとしてどれくらい足止め出来る?』

『どんなに来ても三十分は確実に』

『上出来だ』

 

 こんなのはまだ序の口だ。手の内はまだ残っている。

 

 扉を蹴り飛ばすようにして領主館に踏み込むと、ぞろぞろと防衛隊が俺たちの行く手を阻むために出てくる。そのほとんどが防御に特化したノーム。だが、それでいい。間違いなくノーム軍団で俺たちの本体を迎え撃ってくれると信じていた。

 

「悪いな、お前らの相手をしている時間は無い」

 

 そしてお嬢と目を合わせ、同時に床を蹴って跳躍する。

 

 インプを含めた軽量級種族の特殊技能《壁走り(ウォールラン)》。有り余る資金に物を言わせて限界までランクを上げてあるスプリガン領主館だが、どれほど強化しようと建物は建物だ。壁を駆け抜け最初の防衛線を無傷で突破する。当然重量級のノームはすぐには追ってこれない。その勢いのまま上階を目指して突き進む。

 

『リューネ、そっちはどうだ!?』

『限界まで引き離したよ! 全て計画通り!』

 

 オーケー。そっちは任せてもよさそうだ。今はとにかくこの摩天楼の頂上に辿り着くことだけを考える。

 

「下の奴らは捲けたか?」

「ええ。でも――クソッ……上に行けば行くほど人数が増えてるわ」

「いずれ無視も出来なくなりますね。外は何とかルクスたちが抑えてますが」

 

 まあ、そもそも戦わずして何とかなるなどとは毛頭考えていない。ならばやることはたった一つ。

 

「「強行突破だ」」

 

 半分ほど登っただろうか。大広間には種族混合のパーティーが複数待ち構えていた。以前俺が殲滅した部隊とは明らかに違う。訓練され、鍛え上げられたプレイヤーばかりだ。

 

 だが、それでも俺には及ばない。

 

「《ソード・ダンサー》、《ブレイブ・ストリーム》、《サイレント・ブースト》、《スター・セイバー》、《ソウルフル・スタンド》」

 

 遊びはナシ。行く手を阻むなら容赦なく始末する。

 

 相手の陣形が整う前にステータスをフル稼働させて敵を蹴散らしていく。万が一殺し損ねても後ろのお嬢が始末してくれる。道を切り開くのが俺の役目だ。

 

「敵は二人だ数で押し潰せ!」

「雑魚は引っ込んでろ」

 

 強がっては見せてはいるものの、流石に剣だけではどうにもならない、か。

 

 ――ならば。

 

「『ゲ・キュルキュルケ・ゲ(穿たれるモノ)ガーバラメス・ガシュル(刻まれるモノ)ガシュル・ゲルヴァビア(全て等しく磨り潰せ)』」

 

 魔法の行使。剣の斬撃の延長線上に重ねて闇属性の衝撃波が発生する。お嬢直伝の《マジカル・エッジ》。説明は相変わらず適当で理解するには苦労を重ねたが、その甲斐あって戦闘詠唱は完全に己の技術として掌握した。

 

「アナタね……。ワタシの十八番を取らないでくれるかしら?」

「別にいいじゃないですか減るもんじゃあるまいし」

「本当。アナタって器用なのか不器用なのか分かんないわね」

 

 軽口を叩いてはいるが、実際、かなり危うい。倒しても倒しても次々と後続がやってくる。そろそろ外での陽動も限界を迎えるだろう。ゼノビアを侮っているわけではないが、ここまで行けば馬鹿でも第一陣が囮だと気が付く。まあ、いい。そろそろ詰めに掛かる。手で耳に触れてアコールへと通話を繋げた。

 

()()

()()()()()()

『……悪いな』

 

 アコールの決意と覚悟に心からの感謝と謝罪を伝える。こんなものでは全く足りないことは重々承知だ。でも、今はこれで許してほしい。

 

『いいえ。私が望んだことですから』

 

 通話を切る。

 

 数秒後、離れていてもはっきりと知覚出来るほどの衝撃と轟音が響き渡る。アコールには闇属性の広範囲自爆魔法を使わせた。他のどんな魔法をも凌ぐその威力は、彼女のHPとMP、そして通常時の数倍のデスペナルティの犠牲を以て発動する。恐らく外の敵はその悉くが爆発に巻き込まれたはずだ。

 

 俺たちの勝手で始めた事。今更躊躇していられない。

 

「そろそろ次行きますよ!」

「準備出来たら合図しなさい!」

 

 倒すにしても躱すにしても、全員を相手取っていてはキリがない。繰り返すが出来得る限り最短最速で辿り着けなければジリ貧で負ける。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 窓のガラスを蹴破って外へ飛び出す。さらに上のテラスまでは飛行で昇る。

 

 後を追ってくる部隊を何とか振り切り着地すると、ホッとしたのも束の間、気が付けば既に陣形を整え終えた部隊に取り囲まれていた。本当にこれほどの人数をどうやって集めたのか。

 

「考えたくないけど――完全に読まれてるわね」

「流石にここまで先回りされるとそうとしか言えませんね」

 

 ならばこっちも次のカードを切るまでだ。

 

「ストレア!」

「待ってました!」

 

 突如ストレアが一瞬にして俺の元へと現れ、再び蹂躙を始める。プレイヤーでありながらナビゲーション・ピクシーでもある彼女は、その機能を使って()()()()()()()()()()()()()()()という反則的な性質を持つ。今回はその機能を全力で悪用した。

 

「ここは任せたぞ。心ゆくまで暴れてくれ」

「はいはーい! まっかせて!」

 

 お嬢の手を引いてストレアが拓いてくれた道を懸命に駆ける。途中でルクスから渡された罠をいくつか撒きながら、先を急ぐ。

 

「ごめんなさい。遅れたちゃったわね」

「仕方ないですよ。こんな無茶な戦闘をすれば誰だって疲れます」

 

 お嬢は俺たちとは違って長時間のフルダイブ経験が無い。精神的な疲労が出るのは仕方のない事だが、ここから先はさらに厳しい戦いとなる。それならここは思い切って休んでしまってもいいだろう。

 

「少し休憩しますか」

「平気よ。一秒だって無駄には出来ないんだから、急がないと……」

「罠も張りましたし、ちょっとくらいなら大丈夫ですよ」

 

 そう言うと、近くの倉庫のような部屋にお嬢を抱えて転がり込む。それに、敵が俺たちは先に行ったと勘違いしてくれれば儲けものだ。

 

「もう、平気だって言ってるじゃない」

「お嬢はもう少し自分が切り札であることを自覚してください。出来るだけ万全の状態でゼノビアに挑んでくれないと困ります」

「――そうね」

 

 倉庫にあった菓子類をいくつか失敬して休憩を取る。仮想の甘みが脳に心地よい。

 

「あら、いい茶葉じゃない。貰って行こうかしら」

「ゼノビアに勝てばどうせ全部お嬢の物ですよ」

「……ワタシ、勝てるかしら」

 

 いつになくお嬢の表情は暗い。守られてばかりの自分を歯がゆく思っているのか、或いは嘆いているのか。

 

「ここまで来て弱音なんてらしくないですね」

「そうじゃないの。戦って負けることを心配してるんじゃなくて……何て言えばいいのかしら。本当にゼノビアを斃して、それって正しい事なのかしら」

「と、言うと?」

「だってそうじゃない!」

 

 お嬢は食べかけのクッキーを壁に投げつけて叫ぶ。

 

「ワタシが勝ったとして……お姉ちゃんの計画をぶっ壊して、それでワタシは満足するわ。でも、他の何千何万のプレイヤーにとってはどうなの? もし、お姉ちゃんが――ゼノビアが正しくて、ワタシが悪いってなったらどうしようって……ずっと分からないのよ」

 

 俺は、どうだろう。お嬢の言葉を聞いて少しだけ想いを馳せてみる。うん、ダメだ。何をどう考えてもゼノビアの理想は容認出来ない。だが、お嬢は俺とは立場が違う。ほとんど有名無実であったとしても領主として背負わなければならないことがある。どれだけ言い訳を並べ立てたところで、領主が領主を討ったという事実は残る。称賛の声もあれば、批判の声もあるだろう。それにお嬢とゼノビアは赤の他人ではない。姉妹なのだ。拭いきれない葛藤だってあるだろう。

 

「覚悟で……負けてるんじゃないかって。そう思うの」

 

 カクゴ、覚悟、か。俺の覚悟は決まっている。《トリックスター》として今後どんな悪評をも受け止める。悪意には慣れている。それはとっくに決めたことだ。だから、別に()()()()()()()()()()()()()()

 

「お嬢は悩みすぎですよ。もっと気楽に考えてもいいんじゃないですか」

 

 そう。だって悪いことをしているわけじゃない。そもそも元からいい噂なんて持っていない。

 

「背負えないって思ったら、別に逃げてもいいじゃないですか。何なら《ナイツ》に来てくださいよ」

「それは――いいかもね」

「でしょう?」

「もしワタシが逃げても失望しない?」

「しませんね」

「そう……」

 

 お嬢は不意に立ち上がると、持っていた鎌を手の中でくるくると回して言った。

 

「決めたわ。ワタシは逃げない」

「そうですか」

「いざとなったらアナタに脅されたって言えば何とでもなるわ」

「清々しいくらい酷いですね」

 

 俺は正義の味方というガラじゃない。集団から向けられる批判には慣れているし、それを跳ねのけるために強くなったようなものだ。今更悪名の一つや二つどうという事は無い。

 

「休みすぎたわ。行くわよ」

「ええ、そろそろルクスの足止めも限界でしょうから」

 

 幸い近くに敵の姿は無い。通り過ぎて行ったのかまだ辿り着いていないのかは知らないが、とにかく先を急がなければならない。

 

 

 

***

 

 

 

「なんだ……?」

 

 敵との遭遇率が急に減った。無尽蔵とも思える程の軍勢はなりを潜め、館内の防衛装置を回避すれば楽に進める。

 

「お嬢、敵は?」

「いるわ。いるけれど……なぜかこっちに来ない。見失ったわけでもないのに……」

「どこかにキルゾーンがあるのか――」

 

 驚くほど静かだ。俺とお嬢の足音しか聞こえない。走る、走る、敵が本当にいない。

 

「待って!」

 

 お嬢の静止に合わせて即座に武器を構える。

 

「何人ですか」

「何人っていうか……何でここに居るのっていうか……。ほら、あそこ」

 

 お嬢の指さす先を見ると、そこには何故かあの元副領主がへたり込んでいた。確か名前を『クロートー』と言ったっけ。

 

 ここにはクロートー以外にも数人のインプと、種族入り乱れた無数のリメインライトが浮かんでいた。

 

「ああ……領主。お久しぶりですね」

「クロートー……。アナタ達、今更出てきて何のつもりかしら」

「勿論助太刀に来ました――と言いたいのですが、私たちではこれが精一杯でした」

 

 そういえば、確かに今ここにいるプレイヤーはインプしかいない。恐らくこの付近のエリアにいる敵と交戦していたのだろう。

 

「アナタ……最初からこうするつもりで――?」

 

 お嬢の声が思わず詰まる。俺も驚いた。

 

「正面突破でここまで来れるわけないじゃないですか……全く、これじゃあ本物の襤褸雑巾ですね」

「馬鹿ね……もっと分かりやすくしなさいよ」

「私はそこの新入りと違って強くもなんともありませんから、流石に勘弁してください。領主館にツケときますからね……」

「ま、手引きしたのは僕だけど」

 

 いつの間にかルクスが追い付いてきていた。本当に裏で色々やるのが上手いなあと感心せざるを得ない。

 

「全く……。こんがらがって来たわね」

 

 お嬢は頭痛がしたようにこめかみを抑える。そしてはあ、と大きなため息を吐く。

 

「クロートー、そして以下数名。今回の働きに免じてレネゲイド認定を取り消します。――勝手ばかりでごめんなさい」

「もう面倒ごとは勘弁してくださいよ」

「バーカ。これからが忙しいから呼び戻すのよ」

 

 和やかな空気が流れる。だが、ずっとここにはいられない。

 

「増援ね……時間が無いわ」

「私たちはここで足止めを。領主は先へ行ってください――それと、新入り君」

「何でしょう」

「《世界樹の雫》、必ず返しに来てくれ。でないと困る。私の財布が」

「……はい。分かりました」

 

 足音が近づいてくる。もう行かなければ。

 

「ライヒ、ミズチさん。そろそろ行くよ」

「ええ、次が最後のヤマよ。気合入れなさい」

 

 クロートーたちに別れを告げて新たな敵と対峙する。一度止んだと思った敵の襲撃もかつてないほどに激しい。

 

「なんて数だよ……っ」

「下からもどんどん来てる……。早く抜けないと不味いね」

 

 だが不思議と負ける気はしない。お嬢が以前にも増してやる気を出しているのも勿論だが、ルクスがいるという事実が大きい。気が付けば背中合わせで戦っていた。

 

「懐かしいね、この感覚」

「エルフクエストの終盤以来、か」

 

 後ろを振り向かなくても、ルクスが何をやろうとしているのか、何を望んでいるのかが分かる。逆もまた然り。とっくの昔に忘れ去ってしまったと思っていた。それでも体が覚えている。ルクスのリーチも、攻撃の威力も、手足のようにシンクロできる。

 

 ――ああ、きっとそうなのだ。

 

 レインがいない今、全幅の信頼を置けるのはこの人しかいないのだ。

 

「併せよう」

「分かってる」

 

 散々練習したシンクロ・ソードスキル。俺が縦で、ルクスが横。

 

「《バーチカル・スクエア》」

「《ホリゾンタル・スクエア》」

 

 敵の大部分は殲滅した。あともう少しで――。

 

「行って」

「は?」

「あとは僕だけでも何とか出来るよ。ミズチさんと先に行って」

 

 ここまで来たなら一緒に……とは言えなかった。俺はもうこの人から、師匠からは独立したのだ。ルクスは俺を弟子としてではなく仲間として、相棒として信頼したうえで送り出そうとしてくれている。それを無下には出来ないし、実際ルクスなら何とか出来そうだ。恐ろしい事に。

 

「頼む」

「任されたよ」

 

 頂上はもう間近だ。《ナイツ》の連中の協力を無駄にしないためにもここは進む。

 

「退けッ!」

 

 尚も道を阻もうとする敵を《ヴォーパル・ストライク》で吹き飛ばす。

 

「お嬢早く!」

「分かってるわよ!」

 

 あと少し。本当に、もうすぐだ。

 

 

 

***

 

 

 

 領主室のすぐ下の階。シャンデリアや宝石が眩しいほどに輝いている。ここでこんなにキラキラなら、この先のゼノビアの部屋はもっと凄いのだろうか。

 

「何度来ても悪趣味ね。一体いくらつぎ込めばこうなるのかしら」

「なんかもう眩しいとしか言えない……」

 

 外とはまるで別世界のような広間を進む。不思議とこれ以上の会話は無かった。

 

 ようやくここまで来た。こんなにも人や運に恵まれるとは思ってもみなかった。長いようで、実は結構短期間だったりして、それでも尊いと胸を張って言える冒険だった。もうじき俺とお嬢の旅は終わりを迎える。

 

 しかし俺は今更になって思い知る。

 

「――! お嬢下がって!」

「え……」

 

 突如として上から何者かが降りてくる。果てしなく重く、果てしなく硬く、そしてそれが今ここに立ちふさがっているという事実から俺は全てを悟った。

 

「ノーム領主『ゲントク』――。そうか、そういう事かよ」

 

 余りにも愚かだった。俺たちは今、ゼノビアを追い詰めたのではない。逆に逃げ場のない場所へと閉じ込められたのだ。

 

「お嬢。俺ら、最初から誘い込まれてたみたいです」

 

 目の前の存在には俺もお嬢も思わず一歩引いてしまう程の迫力があった。

 

「そんな……嘘よ。アイツは――ゲントクはALO最強のタンクよ。レジェンダリー・ウェポン《絶盾アイギス》を持つ守護神……。勝てるわけ、ない……」

 

 前方を塞ぐ巨岩のような男は、太く重々しい声で言った。

 

「正直に言おう。貴様らがここまで来られるとは思っていなかった。我が出る幕など無いと胡坐をかいていた。その事を詫びよう。だが、ここまでだ。ここから先、貴様等を一歩たりとも進ませるわけには逝かぬ」

 

 離れていても見れば分かる。ハッタリじゃない。伝説級武具を持つほどの由縁がヤツにはある。アコール謹製の装備がいくら強いとはいえ、連撃でダメージを稼ぐ構成である以上一撃の重さに欠ける俺では、敵のタワーシールドとは相性が悪すぎる。

 

「何を言おうと貴様らがここを引かない事くらいは解る。だが、我も譲れぬ。互いがそうであるならばここで貴様らが斃れるのも必然だと思え」

「アイツ……アイツ!! 最初からワタシたちの事なんて敵としてすら見ていなかった――っ! クソ、クソ! 何で! こんなところで! ここまで来たのに!」

 

 悔しさにお嬢が叫ぶ。俺だって悔しい。まんまと策に嵌って、浮かれて、ノコノコと誘い出されてしまった。

 

 なぜいつもいつも俺の前には何かが立ちはだかるんだ――?

 

 だが、だが、だから何だというのだ。

 

ここで負けるのか? 否。

 

無様だったと嗤われるのか? 否。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 ロングソード・レイピアの構え。決意を、敵意を、殺意を。明確に剣に込める。

 

「我に立ち向かうか、《凶星(ロキ)》」

「ロキ……? ああ……《トリックスター》だから、か」

 

 相性が悪い。それがどうした。今までにないほど敵が強い。それがどうした。元から無理を通して来たのだ。この程度の無理を通せずにどうする。

 

「お嬢。行ってください。ここは俺が食い止めます」

「無理よ! アナタじゃアイツには勝てない!」

「だったら……勝てないかもしれないからってここで諦めるんですか。このままカッコ悪く二人纏めてやられるんですか」

「それは……っ」

 

 すう、と大きく仮想の息を吸って叫ぶ。

 

()()()! 振り向かずにさっさと行け! ミズチ!」

 

 お嬢はぐっと言いかけたがそれを堪えると、次の部屋に続く扉へと走り出した。

 

「通さぬと言った筈だ」

 

 ゲントクはその行方を阻もうとする、が。

 

「悪いな、お前の相手は俺だ」

「む――」

 

 お嬢を庇うようにしてその身を割り込ませる。そしてそのままゲントクの動きを抑え込んだ。

 

「先にいくわね、ライヒ」

 

 お嬢が扉の向こう側へと消える。この場に残ったのは俺とゲントクだけ。

 

「お前、さっき通さないとか言ってたな。即破られたじゃねえかザマアミロ」

「貴様……」

「ああ、あと俺からも言っとく事がある」

 

 二本の剣を用いたブロッキングによって発生したノックバックでゲントクを先へと繋がる扉から引き離す。お嬢を奴から阻む軌道で割り込んだため、必然的に俺が扉の前に立ち塞がり、ゲントクがその俺に相対する構図になる。

 

()()()()()()()()()()()()()。行きたきゃ俺を倒していけ」

 

 

 

***

 

 

 

最上階の一室にゼノビアはいた。下の部屋とは裏腹に暗く、どこか闇に揺蕩っているような錯覚を覚えるほどに空気が異質だ。

 

ゼノビアは、お姉ちゃんは現実では考えつかないほどの風格を纏いながらワタシに語りかけてくる。

 

「まさか、ゲントクを抜けてくるなんてね」

「ええ、頼れる相棒が抑えてくれてるわ」

 

 ゼノビアは心底驚いているようだった。本来ならライヒ諸共ワタシを始末しているはずだったのが、ここまで侵入を許すとは思ってもみなかったのだろう。

 

「馬鹿の一つ覚えみたいに特攻してくると思えば、さらに馬鹿の一つ覚えで二人だけでの特攻……。部隊攪乱からの自爆魔法にクロートー以下インプの裏切り。しかもあの馬鹿力が何故か突然最前線にまで来るわ、よく分からない罠で後続もうごけないわで本当に予想外の事ばかりね」

「観念なさい。ワタシとアナタが戦ってアナタが勝てる道理はないわ」

 

 ゼノビアはさも可笑しそうに扇子で口元を隠して笑った。

 

「千早――いいえ、ミズチちゃん。ここがどこなのか本当に理解している?」

「アナタの墓場よ」

「いいえ――――違うわ」

 

 気付いた時にはもう遅かった。体が徐々に重くなる。立つことさえもままならなくなる。

 

「な――んで。体が……」

 

 ゼノビアは扇子を閉じる。駄目だ。動くことすら出来ない。

 

「知らなかったなら教えてあげる。ここはね……()()()()よ」

 

 

 





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