虚ろな剣を携えて   作:狩奈

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 誓いを果たすため、それぞれの戦いを――


Foray Ⅲ

 死角を狙う。

 

今の俺ではゲントクを一撃で撃破することは絶対に不可能だ。故にこの空間が四方を囲まれた空間であることを利用し、上下左右に立体駆動で絶え間なく攻撃を加える。そうすることで揺さぶりを掛け、徹底的に死角を奪い、決定打のみを狙う。だが間に合わない。どうやっても防御を完全に崩すことが出来ない。相手はステータスの一切を攻撃に回していない、壁役(タンク)の極致とも呼べる存在だ。そして一番の障害はあの両手盾――《聖盾アイギス》。正面には蟻の穴程の隙も無く、中途半端に側面に回ろうとすればいとも簡単に攻撃が止められてしまう。やはり、こういう手合いは俺の手に余る。

 

 例えばそう――無駄なことだとは承知しているが――ヒースクリフと比較してみよう。《神聖剣》は攻防一帯を体現したスキルであり、プレイヤーの腕次第でタンクとアタッカーを同時にこなすことが出来る強力なスキルだ。扱いは非常にタクティカルだがそれ故に付け入る隙がある。ラスボスであるが故に戦い、勝利を求める必要がある。それはある種の制約だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。たとえどれほど強かったとしても、ラスボスに絶対の勝利は許されない。だからパワーとスピードの極致たる《二刀流》で強引な突破が適う。だからスピードとテクニックの権化たる《異双流》で隙を突ける。《射撃》の援護で反撃を許さずメタを張ることも出来るだろう。

 

 だが、今俺の目の前に屹立するこの男は違う。敗北しないため、ただそれだけを突き詰めた存在だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 隙を突いてクリティカルを狙う俺のスタイルでは、勝てない。

 

 ――それでも。

 

「ここで逃げたら駄目なんだよ……」

 

 ダガーを投げてガードを誘う。()()()()()後ろを取る。そして堅牢な鎧の隙間に剣をねじ込み、ダメージを与えては離脱。そしてまた攪乱の為にとにかく動く。コイツがお嬢の元へ行ってしまえばそれだけで形勢がひっくり返る。何としてでもお嬢が決着をつけるまでゲントクを足止めしなければならない。

 

 だが、恐らく俺の手の内が尽きるほうがそれよりも早い。

 

「我が守りをこうも乱すか。口先だけでは無いようだ」

「そいつはどうも。それに免じてここは諦めてくれないか」

「出来ない相談だ」

 

 予備のダガーは後三本。回収と再装備の為に《クイックチェンジ》のコマンドを使用する必要があるのだが、その暇さえ許してくれない。考えるまでもなくこのままではカウンターダメージで俺の方が先に倒れる。いや違う、それでは駄目だ。考えろ。一分一秒でも時間を稼ぐ手段を常に編み出さなくては。だがいつまで続く? 今は不意を突いて凌いでいるが、じきに相手も俺の呼吸に対応してくる。技術面では間違いなく互角だが、戦闘スタイルの相性の悪さと装備のランクの差が決定的過ぎる。

 

(フン)!」

「チ――ッ」

 

 駄目だ、まだ遅い。これでは、このままでは読まれる。足りない、足りない足りない。もっと早く、より複雑な軌道を。時間が経てば経つほど不利になる。そんなことは先刻承知だがそれでも時間を稼がなければ。俺はキリトとは違って閃きが無い。常に考えて、自分の可能性を探り続けて、それでようやく正しい動きへと辿り着ける。勘に頼っても上手くいかない。経験と技術をフルに使って行動を確立させる。確実に観て、確実に聴いて、確実に触れる。何度も何度もそれを繰り返す。その果てに今の俺がある。

 

 どれだけ隙を作っても、攻撃力が不足している。

 

 逆立ちしても勝てはしない。

 

 ならば空気を変える。雰囲気(ペース)を纏う。

 

 掲げられる盾に対して攻撃を中断。体を丸めて盾を足場に後方へ跳躍。一度大きく距離を取る。そうだ、間合いだ。逃がさないための間合いを作り出す。

 

「フウゥゥゥゥ――」

()……」

 

 大きく深呼吸、そして足を前後に広げて両手は剣を握ったまま地にぴたりと就ける。丁度クラウチングスタートのような姿勢を取り、意識を集中させてスキルが立ち昇るのを感じ取る。

 

 ――手数と速さで圧倒する。

 

 《翼撃》スキルを起動させ、翼を展開した。ジャキリ、と金属が重なり鳴るような音と共に大小二枚ずつ、計四枚の羽根が新たに背中に生え揃った。《飛行》スキルの派生で取得できるこのスキルは、翼に物理的な質量を与えると共に攻撃手段としての機能を付与する。しかし、質量を持つことで当然の事だが重さが増し、ただでさえ難解な飛行がさらに難しくなるために()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だが、俺なら出来る。

 

 お嬢の言葉を心の中で反芻する。意思で飛ぶ。今がその時。

 

「ウオォォ……オ!」

()ゥッ!」

 

 仮想の翼を思い切り羽ばたかせて宙を駆けた。両手と翼。合わせて六本の刃で連撃を仕掛ける。超高速で行う低空飛行により不規則な動きで裏をかきつつ、天井や床を蹴っての加速も織り交ぜた緩急自在のヒットアンドアウェイ。レジェンダリー・ウェポンだろうが何だろうが防御が間に合わないのなら意味がない。しかしここまでやっても完全に圧倒することは出来なかった。故に、そっちがその気ならば、とさらに加速する。俺が最も得意とする超近距離戦闘(インファイト)を仕掛け、ペースを何とか引き寄せようとする。

 

 通常のフットワークではどうやっても不可能な剣の軌跡を、翼によって生み出される捻転力によって創出する。まともに防御されればそれだけでスタンしかねないため威力を盾のその先へと逃がすように攻撃を打ち込む。そういえば《アイギス》の固有能力とは何だっただろうか。

 

 《聖剣》エクスキャリバーはありとあらゆる敵と打ち合える『固有性無視(オールスタンダード)』を。

 

 《魔剣》グラムはあらゆる防御を無視する『万物透過(エセリアルシフト)』を。

 

 《光弓》シェキナーはあらゆる距離・角度から矢を命中させる『抵抗無効化(マテリアルシフト)』を。

 

 《聖盾》アイギスは――

 

 視界、意識、その他あらゆる面から完全に隙を作ったと確信した。両手の件をその無防備になった首筋に差し込む。そのはずだった。突如として半透明の《アイギス》が俺の件とゲントクの体の間に現れ、俺が放った渾身の斬撃を完璧なタイミングで防御した。さらに別の場所からもう一枚盾が現れ、ガラ空きの胴体にシールドバッシュが繰り出される。俺は成す術なく弾き飛ばされ、壁に体をしたたかに打ち付けた。HPが凄まじい速度で減っていく。

 

 ――受け止めた攻撃をそれ以上のダメージにして反射する『倍返し(ダブルペイバック)』。

 

「……《グランド・クエスト》攻略のため編み出した切り札を、まさかたった一人のプレイヤーを倒すために使う羽目になるとはな」

「な、んだ。それ」

 

 見れば半透明のアイギスは、先ほどの二枚だけではない。()()()()()()()()()()

 

「これこそ、我が決意の証。我が求めた強さの到達点。PS(パーソナル・スタンス)――《鬼門遁甲(キラー・メイズ)》」

「パーソナル……お嬢と同じ、ユニーク、か」

 

 何となくではあるが理解できた。ゲントクは先ほどの俺のように《翼撃》スキルで翼に質量を与え、それを攻撃ではなく防御に用いたのだ。飛行に優れ、随意飛行に至るプレイヤーはそう多くない。随意飛行は上級者の証であり、技術を完全に修めることが出来ればそれだけで一躍名を馳せるだろう。それこそ《領主》に選ばれるほどには。

 

「誇ると言い。《凶星(ロキ)》、否……《御影》のライヒ。貴様は、今までに見たどのプレイヤーよりも強い」

「畜生が……。上から目線で、偉そうに。そういうセリフは……勝ってから、言うんだな。まだ、何も、終わって無い……だろ」

 

 四枚の《聖盾》がファンネルの如く自在にゲントクの周囲を動く。そしてその防御面ではなく側面を、防御の為ではなく攻撃のために俺の方へと向けた。

 

「俺は……。俺は、まだ……負けられない――」

「終わりだ。せめて安らかに散れ」

 

 何とか躱そうにも、バトルスキルを発動させるためのボイスコマンドすら間に合わない。四枚の盾が、確実に俺を仕留めようと不規則に向かってくるのが見える。俺はそれをただ目で追う事しかできない。こうまで追い詰められても、敗北を確信しても、思考だけは手放さない、いや、手放せなかった。たとえ負けるのだとしても、お嬢の元へは追い付けないのだとしても、せめてあと一秒。

 

 思考が加速する。

 

 闘志は未だ残っている。

 

 せめてもの悪あがきに体を反らそうとしたその瞬間、俺の意識は別のどこかへと吸い込まれていった。

 

 

 

***

 

 

 

 駄目だ、指一本動かせない。本当に動けなくなる前に抜き打ちで投げた《ファルクス=パンドーラ》は微々たる威力に終わり、いとも容易くゼノビアの持つ扇子でワタシ手の届かない場所へと弾かれた。これは――何だ。

 

「どう? 動けないでしょう。姉妹のよしみで教えてあげる」

「こんな――事が、有り得ない……」

 

 ゼノビアは妖艶に嗤う。ワタシの元へと歩み寄り真下に見下ろせる位置まで来ると、いつもと変わりない口調で囁いた。

 

「これはね。拡張アップデートで追加された新魔法……《重力魔法》よ。存在だけは噂されていたけれど、習得条件は今まで不明だった――当然よね。だってこの魔法は《影魔法》と《幻影魔法》の両方をマスターしてようやく獲得できるんだもの。不遇スキルに目もくれない奴らには見つけられっこないわよね」

 

 そんなことはどうでもいい。確かに今まで未発見だった《重力魔法》の習得条件を自力で探し出したことは称賛に値するだろう。だが、そんな強力な魔法を、いくら複数の魔法スキルをカンストさせてMP量を底上げしていたところで長時間の使用は出来ない筈だ。なのに何故。

 

「なんで、MPが減ってないの……!」

「さっき言ったじゃない。ここは、この部屋は()()()()だって。あのね、()()()()()()()()()()()()()()M()P()()()()()()()。領主館のランクを上げれば上げるほど、いろんなギミックを付与できるおよ。隠し通路とか、仕掛け弓とか、警報装置とか。《魔力供給》――。これもそのうちの一つ。凄いでしょう?」

 

 そんな、そんな無茶苦茶な話があってたまるものか。ゼノビアの言ったことが本当なら、この部屋にいる間ゼノビアは無敵だ。サイズを二本装備するためにステータスの大部分を筋力に割り振ったワタシですら完全に動きが封じられている。

 

「でも、アンタの攻撃なんかじゃ、何時間やってもワタシを倒すことなんて出来ないわ」

「そうね……。確かにコロシアムなんかだったらそうかもしれないわね。でも――本当にそうかしら」

「どういう、意味」

「結局MPが問題なのよ。ここから一歩外に出てしまえば一分と待たずにミズチちゃんは私を簡単に倒せる――いいえ、他のプレイヤーでも同じ。どれだけこの魔法が強くても、時間制限があるのはどうしようもない」

 

 ばさり、と音を立てて扇子が開かれる。そしてゼノビアは魔法の詠唱を始めた。詠唱されるスペルの語感からして恐らくは影魔法だが、それが一体何だというのか。あたり一面の影から生み出されるのは無数のゼノビアの《分身体(アルター・エゴ)》。直後、疑問が理解そして確信に変わる。ゼノビアの分身がそれぞれ一斉に魔法の詠唱を始めた。

 

「だったらこの部屋から出なければいいのよ。この発想に至るまでどんなに苦労を重ねたか――わかる?」

「そん――」

 

 そんなの知らない。そう言おうとしたが、体が床にめり込んで口すら開けなくなった。《重力魔法》の重ね掛け。まるで鉄の塊に押しつぶされたかのように呼吸さえ困難になる。筋力をも上回る質量に押しつぶされたことでダメージが生まれる。

 

「ごめんごめん。苦しいわよね、すぐに解くわ」

「ぐ、ぁ……っ。けほっ、けほっ」

 

 HPゲージが消し飛ぶ寸前で魔法が解除され、思わず咳き込んだ。何故かはわからないがワタシをキルしたい訳ではないらしい。

 

「ゼノビア、アナタ……何が目的なの。ノームを味方につけて、レネゲイドを片っ端から取り込んで、何をしようとしているの」

「そんなこと、もう教えたはずよ? 《鼠》から聞かなかった?」

「《転覆構想》――。正気、かしら。あんなもの、実現できるわけ、ないじゃない」

「うーん……それじゃあなんでそう思うの?」

 

 正しいとか、正しくないとか、それ以前にゼノビアの理想とする計画にはどうしても足りないものがある。それは――

 

「今の情勢を引っ繰り返すまでは、いい。でも、スプリガンが上に立ち続けるなら、その後もずっと勝ち続ける必要が、ある。そんなこと、出来るわけ、無いじゃない」

 

 ――上に立ち続けるための、権力の維持。プレイヤーの強さにおける環境の上位に立ち続けるサラマンダーには、それ相応の根拠がある。圧倒的な人数と分かりやすい強さ。それらを率いるに足るカリスマと、マニュアル化された堅実な人員や資材の運用。果たしてスプリガンに同じことが出来るかと問われれば、絶対に出来ない。それはゼノビア自身よく分かっているはずだ。なのになぜこんなにも楽観的でいられるのか。

 

「もっともな疑問ね。でも、そんなこと私には関係ない――私と同じ意思を持つ誰かが勝ち続ければいいだけの話じゃない」

「何を、言って……」

「軍を率いるのが私自身である必要は無い。そういう事よ」

「まさか……まさか、そのために《トリックスター》を!?」

 

 ワタシはこの時ようやくゼノビアの計画を完全に理解できた。そもそもゼノビアは、自分が最終的に成り上がりたい訳ではないのだ。気に入らない奴らを陥れて、敗北に嘆く様をどこかから眺められるならそれでいい。そして自分に代わって動く指揮官として《トリックスター》という名前を求めた。分かりやすい反逆の先導者――いいや違う。《扇動者》を立てるために。

 

「残忍な『モーティマー』! 高慢な『サクヤ』! 媚びへつらうしか能のない『アリシャ・ルー』! いけ好かない『ラン・スイクン』! 全員を一度倒して情勢を崩壊させる。その旗印として《トリックスター》はうってつけよ。トリックスターは創造と破壊の象徴。その名において曇った群衆の目を引き付ける!」

 

 まるで演説でもするかのように、大仰な仕草でゼノビアは己の計画の全貌を語った。

 

「彼……《御影》のライヒはまさしく私の計画に相応しい人よ。英雄としての資質、否応なく人を引き付ける魅力、高い指揮能力。彼自身に自覚があるかどうかは分からないけれど、今回の襲撃でそれを証明してくれたわ」

「ワタシを、ライヒを誘い出したのは……味方につけるため……」

「そうよ。だからお願い」

 

 甘く、脳髄までもがしびれるような心地いい声でゼノビアはワタシの耳元で囁いた。

 

「私を助けてくれないかしら?」

 

 

 

***

 

 

 

 気が付くと俺は意識の湖を漂っていた。この場所には以前にも来たことがある。確か、ヒースクリフの剣で頭を貫かれた時だっただろうか。なぜ湖だと分かるのかというと、海ほどにしょっぱくはなく川ほどに流れを感じないからだ。俺の精神の湖の中で、浮かんで消えていく記憶の泡沫に触れる。何かが聞こえてくる。

 

 

 

 其は、汝らの産みし獣なり。

 

 

 

 其は、かの者への許しなり。

 

 

 

 故に。其は、世界への憎悪なり。

 

 

 

 ――汝ら世界を憎み、破壊を欲するのならば。

 

 

 

 この続きは何だっただろうか。細かくは思い出せない。ただこの記憶からは俺が相当に焦っていたことが伝わってくる。あの戦いの時とは違い、今は自由に動くことが出来た。また別の泡に手を触れる。記憶が再生される。

 

『……やっと聞けた。君の言葉があれば、あたしはそれだけで生きていけるから』

 

 優しい思い出だ。心から安らげる。今度は記憶に自ら近づくことなくこの空間に身を委ねてみる。深く。深く。もっと、奥へ。

 

「久しいな。ライヒ君」

「お前……茅場晶彦。ここは、俺の場所のはずだ」

 

 そう。ここは紛れもなく俺の心が、精神が、或いは魂が作り出した幻影だ。この男が入り込む余地など無い。それを知ってか知らずか、構うことなく茅場は……ヒースクリフは俺に語り掛けてくる。

 

「私は君の後悔だ。残滓を……その象徴として君が私を見ているに過ぎない。心配せずともじきに消滅する」

「俺の、後悔。俺は――何を悔いているんだ」

 

 今のコイツは俺を映している。故に回答はあっけなく返ってくる。

 

「伝えるべき言葉を惜しんだ。行くべき道を違えた。見たくない物を見た。或いはその全ての逆を――」

「ああ。そうだ」

 

 ――そう。言えなかった。言いたかった。会わなかった。会えなかった。逃げたかった。逃げたくなかった。

 

 間違えれば間違えるほど自分が壊れていくような気がした。実際に何度も自分は壊れた。そして壊れる度に組み立てなおして、立ち上がってきた。何度も。諦めたくなかったから。

 

「そう。それこそが君の持つ『資格』」

「俺だけの、俺の、特権(パーソナル)

 

 傷つくことを恐れつつも、立ち向かう勇気。深手を負い倒れ伏しても再び立ち上がろうとする覚悟。

 

 果たせるまで、何度でも。

 

「そう、俺の強さ。みんなが持っていて、でも、みんな忘れてしまったモノ」

 

 それこそがヒトの――ココロという曖昧なものを構成する、原初の輝き。

 

「本能」

 

 そう。本能だ。魂の光の源泉。心以前にこの身を動かす衝動。闘争本能。生存本能。

 

「もう行かないと」

 

 俺を待ってくれている人がいる。俺を頼ってくれる人がいる。いつまでも感傷に浸っている場合ではない。あの時と同じように、元の場所へと戻らなければ。

 

 そっと瞠目する。意識の浮上を自覚する。そして目を開けた時には――

 

 俺を殺そうと盾がすぐ目の前に迫っていた。限りなくスローに見えるその盾と、俺の視線を遮るようにその表示が目の前に現れる。

 

『パーソナル・スタンス:《心応活性(ハートレシオ)》を習得しました』

 

 言われずとも、これがどのような能力であるのか理解できた。こんなもの、本当に大したことのない能力。目の前のゲントクと比べても、お嬢と比べてすらその実態は単純かつ明快だ。すんでのところで回避に成功する。あとほんの僅か――それこそコンマ一秒でも遅ければ俺はこの場でやられていただろう。それほどに刹那の間隙を縫って俺は生存に成功する。バトルスキル《サイレント・ブースト》が俺の位置を数センチだけ移動させた。

 

「危ねえ。取り乱した」

 

 《心応活性》の能力は、バトルスキルの使用におけるボイスコマンドの省略。本来、バトルスキルを使いたいのならたった一言その名称を口にすればいいのに、ただそれだけの事を言わずとも可能にしただけ。何ならシステムメニューから選んで軽くクリックすればそれで事足りる。原理としては随意飛行と変わらない。随意飛行とは、本来のコントローラー操作を省略する技術の事だ。そういう意味でゲントクの《鬼門遁甲》と俺の《幻想舞踏》は非常に似ている。だが、俺の《幻想舞踏》は翼を失わない。本来届く筈の無い場所に手を伸ばす。たったそれだけの事だが、それ故に今の俺に足りない物を補ってくれる。

 

 《イリュージョン・ソニック》。《シャイニー・ホロウ》。《バースト・テンパランス》。《ライトニング・アタック》。《ソード・ダンサー》。

 

 脳裏で閃くスキルの数々が、言葉として発せられるよりも早く発動する。五つもの巨大な盾を掻い潜り、正確に攻撃を命中させる。回避率を向上させているため防がれてもその殆どをカウンターダメージを食らうことなく凌ぐ。

 

「貴様まさか――この期に及んで《特筆能力》を……」

「ああ――でも、大したものじゃない。こっから先は根比べだ」

 

 劇的に何かが変わったわけではない。だからこそ同じように絶え間なく連撃を加える。スキルを重ねてあらゆる能力を向上させる。これでようやく対等に戦える。絶対的な勝利の力である伝説級武具を相手取るならこれくらいでないと話にならない。より早く、より重く、より正確に。

 

「貴様は何故我の前に立ち塞がる! なんの大義も、覚悟も持たぬ蛮族にも等しい貴様が!」

「お前こそ何故だ! レジェ武器なんて持ってて、誰よりも負け知らずなお前が何でよりにもよって《転覆構想》なんかに賛同してやがる!」

「分かるものか! 貴様に――英雄に! 求めた栄光を、誇りを、尊厳を、目の前で剥奪される苦しみが! 理解できまい! 壁として使い潰されるこの屈辱が!」

「分かるさ――俺だって同じだ! だけど、それを見ず知らずの奴らにまで背負わせるのは違うだろ! 楽しいか! 憎しみ合って、争い合って、そんな不毛な時間をこの世界に来てまで過ごすのが楽しいと思うのか!」

 

 後に残るものは思いの丈をぶつけ合う事だけ。より強い思いと覚悟を以てこの場を制した方がこの先へと進める。だからこそ、負けられない。たとえ力で負けていても心の強さでは――本能の部分で俺は何者が相手だろうと負けたくは無い。魂がそう吼えている。ここでの敗北は俺の存在の否定と同義であると叫んでいる。

 

「この瞬間だけは――絶対に!」

「貴様にだけは、絶対に!」

 

 待っている人がいるんだ。会いたい人がいるんだ。次は無い。ここで消えれば二度と戻ってくることは叶わない。

 

「負けない!」

「負けられんのだ!」

 

 剣と盾が激突して一際大きく火花が散った。ゲントクが俺の攻撃を完全には殺し切れていないためか、ダメージが返ってくることは無い。お互いが後方へ大きくノックバックする。武器を構えなおす。本当にこれが最後だと、今にも断線しそうな思考の糸が俺に告げていた。

 

「《心応活性》」

「《鬼門遁甲》」

 

 ゲントクが盾を俺へと向ける。俺の攻撃を全て確実に防御できると確信しての行動。それに応えるべく俺も限界まで思考を振り絞った。盾の位置を全て把握しつつ、一撃で殺すための策を練りながら迫りくる盾を迎撃。その間にも翼で高速軌道を続け、脳裏で使うべきスキルを選抜。さらに口では魔法の詠唱を開始する。《異双流》の使用者であったからこそ身に付いた分割思考。この程度できなければ攻略組の最前線で単独行動など出来るはずがない。

 

 視界を殺す。

 

 行動を殺す。

 

 感覚を殺す。

 

 《幻想舞踏》の効果で《クイックチェンジ》を起動。持ちうる武器を片っ端から盾に投げつけ、動きを止める。一瞬だけゲントクに肉薄出来る瞬間が生まれる。その刹那を全力で駆け抜けた。視線が交差する。その邂逅は数秒にも満たないはずなのに、妙に長く感じた。ロングソード・レイピアを正面から思い切り突き込む。防がれるがそれでいい。剣を手放して自由になった手で剥き出しになった首筋を狙う。

 

 体術重攻撃《龍爪》。

 

 魔力によって構成された右の鉤爪が首筋を掴む。そのまま握りつぶそうとするも、足りない。多くのスキルを完全習得しているおかげで俺のMP総量は純粋なALOの住人の比ではないが、それを使い果たす勢いでスキルを同時併用してもまだ足りない。

 

 《バースト・エラー》。《ブラッディ・ピーク》。

 

 HPの大部分を犠牲に筋力を超強化する《狂戦士》スキルを使っても、あと一歩足りない。だが、まだだ。後一手残っている。

 

「終わりだ――」

 

 《剣技連携》。左手でもう一度《龍爪》。

 

 今度こそ確実に急所を捕らえる。限界まで強化を施された両手で、()()()()()()()()()()()()。HPが一瞬で消し飛ぶ。

 

「何故――――。それ程の力を持ちながら、覚悟がありながら、なぜ……」

「俺の力は……。きっとアンタらとは不理解なんだ。この力は誰にでも……」

 

 ゲントクのアバターが爆散する。後には、通常のプレイヤーとは比較にならない程の熱量を帯びたリメインライトが残された。夥しいほどの経験値、アイテム、そして《領主》撃破の実績解除にノーム領全土を対象とした課税や資材の徴収コマンド。

 

「グッド・ゲーム……。でも、正当な報酬だ。貰っていくぜ」

 

 俺の言葉を首肯するように、残された黄土色の炎が一度だけ揺らめいて消えた。

 

 

 

***

 

 

 

 何人倒しただろうか。途中から数えるのも億劫になり、来るままに敵を葬り続けた。ライヒ達は無事屋上に辿り着けただろうか。先に行けとは言ってみたものの、そろそろ限界だ。回復アイテムも尽きた。武器の損耗も激しい。最後まで共に行く事の出来なかった自分の弱さを噛みしめる。

 

 またぞろぞろと援軍がやってくる。クロートーたちはとっくにやられてしまった。ストレアも。残っているのは僕だけ。

 

「ごめんね。後は任せるよ」

 

 ぼろぼろになった剣をしっかりと握り直す。これが最後の一撃だ。予備の武器はもう無い。

 

「君と――君と一緒に戦えて、楽しかった」

 

 覚悟を決めたその瞬間、聞きなれない詠唱と共に、僕を取り囲んでいたレネゲイド連合軍が全滅した。

 

「《エック・カッラ・マーグル・メキアー・レクン》」

 

 虚空から無数の武器が現れプレイヤーたちを正確に打ち抜く。敵か味方かもわからない。そんな闖入者を見た僕は驚きを隠せなかった。

 

「レイン――。なんで、どうして……ここに」

 

 ライヒの思い人――レインは、全く同じ形状をした二振りの剣を腰の鞘に納めると僕に向かって歩み寄ってきた。

 

「ルクスさん……。あなたこそ、どうしてライヒ君と一緒に居るのか答えていただけますか――なんて。そんなことを聞くのは野暮ですよね」

 

 いつか必ず出会わなければならないとは思っていた。初めて彼女を見てからそんな予感はしていた。だが、よりにもよって何故こんなところで遭遇してしまったのか。そして、僕の恋敵は屈託のない笑顔で言うのだ。

 

「ライヒ君に会いに来ました。彼は今、どこにいますか」

 

 

 




 幻想に溺れてなお足掻く。それこそが唯一の存在意義である故に。

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