虚ろな剣を携えて   作:狩奈

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 落ちるところまで落ちたのならば、見える景色もあるでしょう。


ALO:Into the Abyss
終わりの続き


満月の光すらも届かない暗闇の中、草木の揺れる音と共にいくつかの人影が俺の前に現れる。その影たちは俺を徐々に取り囲み、闇の中僅かに除く口元からは僅かに歓喜の表情が読み取れた。こんなところで俺を取り囲んだのは付き従おうとする決意の為か、或いは逃がしはしないという意思の表れか。

 

 人影たちの正体はわざわざ確認するまでもなく察しがついていた。

 

「私から聞くのはおかしな話だとは思いますが、本当によかったのですか?」

 

 苦笑交じりにアコールの疑問に答える。

 

「いいかどうかで言えば良くは無い。でも」

 

 様々な幸運や条件に助けられた結果であるとはいえ、《ALO》における種族という大型勢力を実質的に陥落させた(ライヒ)というプレイヤーはもはや無名の新人プレイヤーとして認識されることはない。スプリガン領が崩壊してまだ間もない今でこそ俺自身の平穏は保たれているが、じきに《ライヒ》《トリックスター》《明けない夜の住人(ワルプルギス・ナイツ)》といった単語の数々が《ALO》中に知れ渡るはずだ。ここまで来れば無責任にこのゲームから降りることは許されない。そしてこの世界で一匹狼を気取って生き続けることもまた不可能だ。だとすれば付いて来てくれる者がいるという現状に感謝こそすれ拒絶する道理はない。

 

 俺という存在を各勢力がどのように捉えるか。邪な企てをしていた魔女を斃した英雄、世界の均衡を滅茶苦茶にしかねない危険因子、或いはスプリガン領()()()を御した程度で調子付く弱小集団のリーダー、或いは――――。

 

「でも……俺といるのがお前たちの望みだって言うなら」

 

 ナイツの彼女たちの協力なくしてスプリガンを、ゼノビアを打倒することは絶対に出来なかった。

 

「はい。貴方を手に入れるためだからこそ、我々は勝ち目のない戦いに挑んだのです」

 

「そう言われると……確かに。傍から見れば無謀にしか見えないか」

 

「ですが、ライヒさんだからこそ成し遂げられたのもまた事実です」

 

「ああそうだ。だから――」

 

 それはきっと間違いない。俺とお嬢が出会わなければスプリガンを攻略しようという企みがそもそも成立しなかったかもしれないのだ。奇跡と偶然と、そして少しの必然とがこの結果を引き寄せた。

 

 思えば俺は常にだれかと共に居た。師匠(ルクス)と、相棒(レイン)と、お嬢(ミズチ)と。時に寄り添い、時に憎み合い、時に依存し、時に愛し合い、時に背中を預けた。手を引かれたり、手を引いたり。共に並び立ち背中を合わせることはあっても、俺自身が自分の意志で誰かを従えたことなど一度もない。

 

「少しだけ、待ってくれ」

 

 都合のいい話だとは思うけれど俺にも俺なりの理由や動機付けが必要だ。

 

「自分の足でこの世界を見て回って俺なりの理由を見つける。何か意味を見出さないと、空っぽのままじゃどうしようもない」

 

「……そうですか。では、それまでは待ちましょう」

 

「いいのか?」

 

「こうして貴方と関りを持てたのですから焦る必要はありません」

 

 影たちは一斉に俺に跪く。

 

「我々は貴方のいる場所で、貴方の目線で、この世界を生きていたいだけなのです」

 

 

 

 

 

 影の気配が消えていくと、俺は再び一人になった。もしかすると――と少しは期待していたがレインはここには来ない、来てはくれない。

 

 しかし今回の件を通して彼女のやりたいことを理解していくにつれ、俺という存在がその目的にどれほど邪魔なのかが分かってきた。余りにもわざとらしかったため偶然だと思い込んでいたが、別の方向からのヒントもあった。

 

 もし俺の予想が正しいとするのならレインは恐らく七色博士との接触を目的としている。博士とその助手である住良木さん、さらにその住良木さんとレインとの接触。多少強引だが最終目的へ向けた準備だとするなら辻褄が合う。加えて言うなら、レインと七色博士は似ている気がするのだ。

 

 実際に会うことでレインが何をしたいのかまでは分からないが、レインが七色博士に会うにはあくまで一般プレイヤーを装う必要がある。「闇」の茅場明彦と対比され「光」と称される七色博士にとって、定着しつつあるそのイメージは可能なら保持しておきたいものだと言える。かつて俺を勧誘したのは俺が《ALO》においてはまだ無名だったからであって、大事件の首謀者だと分かれば余計な火種を巻き散らす障害と認識されるだろう。

 

 そんな俺と距離が近い人物だと知れてしまえばレインは目的から大きく遠のいてしまうだろう。仮に俺や知り合いが明かさなかったとしても、元《SAO》プレイヤーからの噂や口伝えで俺とレインの関係性がバレる可能性は極めて高い。

 

 それほどまでに不利な条件を背負ってなおレインが求めるのモノは一体何なのだろうか。

 

 あんなにも煌々と輝いていた月がほんの少し陰りを帯びた。ほんの少し前までお嬢と並んで眺めたあの景色を思い出す。もうあの時の胸をも震わす感動は味わえないのかと思うと、切ないような苦しいような気がした。

 

 

 

***

 

 

 

 スプリガン領襲撃から数日後のこと。《鼠》のアルゴからインプ領の《黒龍の翼亭》で待ち合わせをしたいとのメッセージを受け取った俺は、店の奥まった場所で妙な面子と顔を合わせていた。一人はメッセージを寄こして来たアルゴ、そしてもう一人は先の激戦の末なんとか勝利をもぎ取った相手であるゲントクだった。要件を含めた詳しいことは何も知らされていないのでゲントクの姿を見た瞬間に要件は謝罪や賠償かと踏んでいたが、どうやら何かしら別の事情があるらしい。

 

 アルゴも話に加わるのかと思っていたがあくまでメッセンジャー、密談――というには大袈裟だが――の引き合わせまでが仕事との事ですぐに何処かへ去っていった。残されたのは俺とゲントクの二人のみ。正直、めっちゃ気まずい。

 

 遺跡ダンジョンの最深部に安置された古代のゴーレムが動き出すときのような重々しさで、ようやくゲントクが話を切り出した。

 

「呼び出しに応じ足を運んでくれた事、感謝する。なにぶん急を要する話故、情報屋に約束を取り付けて貰ったのだ」

 

「お、おう……。それは別にいいんだけど、アンタ普通に話せるんだな」

 

「ゲームなのだからキャラ作りというものは必要だろう。貴殿は違うのか?」

 

「そ、そういうもんか……。まあいいや。それで? 何か用事があって呼んだんだろ?」

 

 本題について話してくれと促すと、ゲントクはもっさりとした動作でテーブルの上で腕を組みただならぬ様子で語りだす。

 

「スプリガン領()()()()()()()が陥落したことを受けて、これからのことを話し合うため領主たちの間で緊急に会談の場を設けようという話が出ている。そのことについて貴殿に頼みたいことがあって呼び出しをした次第だ」

 

「いやまあ、アンタ個人とノームのプレーヤーに思うところがあるわけじゃないからアイテムの返却とかならもちろん受け付けるけど……」

 

「それについては問題ない。もとよりノームの総意としてスプリガンに加担し、結果敗れただけの話だ。金もアイテムも好きにするといい。問題は我々ノームではなくスプリガンの方にある」

 

「その問題ってのは?」

 

「領主会談には当然スプリガンにも代表を立ててもらう必要がある。今回に限っては貴殿も参考人として呼ばれるだろうが、最も重要な人物の居場所があれから全く掴めないでいる」

 

「一応聞くけどその重要人物っていうのは……」

 

「ゼノビアだ。スプリガン領はもちろん中立領域やそれ以外に地上で潜伏できる可能性のあるエリアを調査したが一向に尻尾すら掴めんのだ」

 

 今のゲントクとの会話で何となく状況は理解できた。しかしそれだけではまだ疑問が残る。

 

「俺が言うのもなんだけど、別に代表は立てられないのか? あれだけ派手に失敗すればしばらくはログインしない可能性だってある。そもそもの動機からしてゼノビアが《ALO》に固執する理由もないんじゃないかと思うけど」

 

「それならそれで構わんのだが、問題はゼノビアが確かにログインし続けていることにある。領主は全員がフレンドの関係にある故ログインしているか否かの判別はさほど困難ではない」

 

「それがなんで問題なんだ?」

 

「あくまで領主としての権限はゼノビアが保持したままで、スプリガンには会談に出席できる人物がいないのだ。失敗した時の保険なのかはわからんが奴は事実として副領主すら任命せずに姿だけを消している。奴の妹――インプ領主を囲うという目的は初めから頓挫していたと見るべきだがもう一つ、この世界を乱すという目的については未だその途中なのだろうな」

 

「つまり、種族間のバランスが崩れたこの状況を引き延ばそうとしている――」

 

「あくまでまだ推測だがな。奴は我を盟友だとのたまっておきながら決して腹の底は見せようとしなかった」

 

「逆になんでそれを分かっててアイツに協力したんだよ」

 

「見ているものは違えど目的は同じ――奴の言葉は嘘偽りだらけではあったが確かな信念があったのも事実だと、今でも思っている」

 

 ゼノビアの事を語るゲントクの眼は過去を懐かしむようでもあったし、敵として対峙した時のような決意に満ちているようでもあった。ゲントクにはゲントクなりの覚悟があってたとえそれが利用されていただけだったのだとしてもその意志までは嘘にしたくない、のだと思う。カタチは違うがその気持ちは俺にも理解できる。今はもう無いからと言って嘘にだけはしたくない。きっとそうだ。

 

「アンタのいう事は分かった。でも当のゼノビアはどう考えても俺を憎んでるわけで、俺が探しに行くのはどう考えても逆効果なんじゃないか? それに場所の見当だってつかないんだろ?」

 

(いや)、実のところ場所の見当はついているのだ」

 

「いやでも探せる場所は探したってさっき」

 

「その通りだ。()()においては、な」

 

「それは聞いたけど。だからって空中に隠れる場所があるわけでもないだろ」

 

 自分でそう言ってからようやく気が付いた。確かに、《ALO》にはこの地上――アルヴヘイム以外にも広大なフィールドが複数存在する。そしてそのうちの一つはこの上ではなく、下。つまり、

 

「そう、我々は、そのどちらでもない。地下にこそ奴はいるのではないかと踏んでいる」

 

 アルヴヘイムの遥か地――()()()()()()にこそゼノビアがいるかもしれない。

 

 新たな冒険、まだ見ぬ物語の予感。得体のしれない高揚感に、俺の瞳の中には星が一つ瞬いた。

 

 





 お久しぶりですアクワです。ややこしいですがTwitterでは狩奈を名乗ってます。一年ぶりですがまたゼロからの気持ちで書いていきますので、どうぞよろしくお願いします。

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