「ずびっ――……。うあ~、随分冷えるな」
「ふえっくしょん! うう、こんなに寒いなんて思わなかったぁ……。っていうかライヒだけマフラー巻いてるのズルくない?」
「一応これでも俺のアイデンティティなんだよ。羽織りの一枚くらい持ってないのか?」
「もちろん用意はしてるけどさ、露出減ったらガッカリするでしょ? ヘンタイさんなんだから~」
「う、うるせえな! 気づいてるんだったら尚更隠せ、バカ!」
《ALO》第2の地。氷と雪原の彩る極限世界《ヨツンヘイム》はアルヴヘイムの穏やかさがまるきり嘘であったかのように視界一面が白く覆われていた。
地形に関してはアルヴヘイムよろしく起伏に富んでいて潜伏にはうってつけのように見えるが、従来のモンスターとは一線を画す強力な邪神級モンスターがウヨウヨしている。
果たしてこんな厳しい環境の中でたった一人のプレイヤーがどのくらい滞在できるものなのだろうか。
「ストレア、索敵は任せる。可能な限り広く、正確に。頼んだ」
「らじゃ! さてさてどんな感じかな? ……おおっ、斬り応え満載のモンスターがいっぱい!」
「いっぱいってお前な……効率は確かに魅力的だけど目的を忘れるなよ。今回ばかりは敵を寄せ付けちゃ駄目だ」
俺たち一行と同じように、ゼノビアもまず間違いなくモンスターには最大限の警戒をしているはず。
もしモンスターが俺たちを目掛けて動き出す所を検知されれば、それだけで向こうも俺たちが来ていることを察するだろう。
フィールドだけでなくマップまで吹雪に覆われて現在位置の把握も難しいこのフィールドでかくれんぼは流石に避けたい。
お嬢とゼノビアは全く正反対の方向へ自分の力を伸ばしている。
ゼノビアが隠蔽や幻影の技に長けている分、お嬢がそれらを看破するためには得られるリソースの殆どを索敵や分析につぎ込む必要があった。
しかし自身の本拠地であるとはいえ、ゼノビアは数百にも及ぶ分身を最後の最後までお嬢から隠し通して見せた。
事実としてそれを見抜くことが出来なかったために俺のソードスキルはゼノビアの重力魔法に押し負け、無様にも床に倒れ伏してしまった。
ストレアのナビゲートに従い白い闇の中を行軍するが、どうにもこうにもさっきから全然進んでいる気がしない。
AIのストレアはどう感じているかは分からないが、俺は索敵以外に感覚を補うスキルを持っていないため、視界が悪いだけではなく距離感も大きく鈍っている。
今後ヨツンヘイムのような環境に赴くことが多くなるようであれば、そのためにも新たにスキルを鍛えたほうがいいだろうか……。
もう三十分も歩き続けただろうか。いくら高難易度のマップとはいえ、モンスターが隈なくマップを埋め尽くしているなんて流石にあり得ない。
「ストレア」
「分かってる。これ、明らかに
それはつまり――。
「待ち伏せされてるな。――
ストレアが目を閉じる。これまでのモンスターの位置、動き、そこからゼノビアが背後にいることを前提に、彼女が潜伏している場所を予測・確定させていく。そのはずだったのだが……
「嘘、わからない……」
「分からないって――お前なら分かるはずだ! 意識的にモンスターを操るなんて、それこそゼノビアみたいな特殊なプレイヤーにしかできない!」
「で、でも、邪心級のモンスターをテイミング可能なスキルを前提とした場合の有効範囲内にプレイヤーがいないの! 多分、アタシの存在も見越してジャミングしてる……」
ストレアが人格AIを搭載したNPCであることは既に露見している。だがそれを知っていたからと言ってどうやって対策を練る? 少なくとも俺には物理的な速さでの逃走以外に方法が思いつかない。
ヨツンヘイム、あるいはALOというゲームに対してあまりに無知なことが祟った。しかしここまでされて引き返すのはあまりにも格好悪い。
左腰の長剣を右手で、右腰の細剣を左手で音高く抜き放つ。
何も相手の盤上で馬鹿正直に戦ってやる必要はない。あくまで駒を差し向けてくるというのなら、駒ごと盤ごとひっくり返し、台無しにするだけだ。
「さっきはああ言ったが作戦変更だ。一体ずつ確実に狩る」
「りょうかい! ふっふーん、やっぱり一緒だと楽しいね!」
「行くぞ!
姿はなくとも気配は嗅ぎ取れる。
なにも周囲のモンスターは邪神だけではないし、動植物やゴーレムといったモンスターの数はそれと比較にならないほど多い。
小型のモンスターは大型のモンスターを呼び寄せやすいため、可能な限り迂回をしていた。
しかしモンスターが集中する位置はあまりにも意図的だ。
俺たちを消耗させその上で返り討ちにするための罠だったとしても、その目論見ごと崩してやればいいだけの話。
阿吽の呼吸で左右に展開。挟み込むように同時に攻撃を加え、敵がどちらかにターゲットを定めるまでの時間を数秒ずらす。
そしてその間に俺の構えは既に終わっていた。
「
内心で力を使ってしまっことをゲントクに謝りながら、地を蹴ってソードスキルを発動させる。
加えてバトルスキルの並列同時使用によって技の速度、威力、射程距離を底上げ。
一息に四度の剣技を繰り出し、生まれた隙はストレアが壁となることで埋めてくれる。
……あの時。
俺が頭痛で動けなくなったのは力の使い方を誤ったからだ。とにかく一秒一瞬でも早く決着をつけようとMPを絞りつくす勢いで全身を賦活させ、強引に勝利をもぎ取った。
しかし、あの経験は俺に確かな成長をもたらしてくれた。
なにも全身を鎧で覆うかのように強化する必要はなかった。
必要な時に、必要な力を、必要な場所に。戦いの原理原則に従い力を使えば、ほら――
クラゲのような形をした邪神の触手を摺り抜けるように躱し、軟性の殻に包まれた核を真下から狙う。
もちろん一度の跳躍で届く距離ではないが、脚の裏に力を溜めこみ不可視の足場を蹴るイメージで空中ジャンプ。
細胞核にも似たコアを左手のレイピアで正確に貫くとそれだけでモンスターは爆散した。支えを失い落下する俺の体をストレアが受け止める。
そして視線を交わし、頷き合い、次の敵へと意識を向ける。
小型の雑魚に対してはレンジの広いソードスキル、手こずりそうな大型に対してはバトルスキルで強化した通常攻撃を主体に戦いを構成する。
軒並み耐久の高い大型モンスターをどうしても隙が出来てしまうソードスキルで強引に押し切る戦法は分が悪い。
「ナイツのみんなも連れてくればよかったね~!」
「はあ? あんな事言った手前すぐに会いに行けるかよ……」
それはそうとして人手が欲しいのは間違いない。視界が悪い中での戦闘に慣れてきたとはいえスキルの隙を突かれて囲まれれば一瞬で窮地に陥り、武器も雑に扱えば耐久力をすぐにすり減らしてしまう。
――ああ、でも、いいな……。
戦いとは、闘いとは、己の
培ったものを十全に振りかざすことの出来る場はやはり何物にも代えがたい。
そしてこのゲームの世界では戦えば戦うほど――例え勝とうと負けようと――その過程そのものが熟練度となり、己が糧となる。
今は負けても次があることのなんと素晴らしいことか!
悪魔のようなモンスター、もう邪神かそうでないかなど些細な問題だった、の鉤爪を剣で受け止める。
ギチギチミシミシと嫌な音が聞こえてくるが、拮抗する交点をずらしモンスターの体制を崩す。
その大きなチャンスを見逃さなかったストレアの両手剣がモンスターの胴体を深く貫いた。
「やぁっとライヒもノッてきた!」
「そっちこそギア上げろよ。まだまだこれからだ」
犬歯を剝き出しにして獰猛に笑う。俺はいまだこの世界から完全に解き放たれていないことを自覚しながら。
***
「ハァ、ハァ……何体倒した……?」
「さあ? ん~、でも二十は超えたかな?」
俺たちはあれから更に一時間もモンスター相手に戦い続けた。
もはやゼノビアが明確にこちらに敵意を向けていることは疑いようがなく、いくら倒しても次から次へと新手が差し向けられる。
元を絶たなければ押しつぶされるのは時間の問題だ。しかしストレアのサーチ機能を用いても位置は特定できなかった。
(これほどの量のモンスターを操る手段があったとしても、有効射程が無制限ということはあり得ない)
具体的な方法やその入手方法はこの際無視する。俺に同様の手段があった場合、俺はどこから敵を見るだろうか。
(俺ならどうしても目視しようとして、起伏の多い場所を選ぶ)
だがそれは俺自身にそれなりの戦闘力があるからこそ取る行動である。
範囲外のモンスターが寄ってきたり目標以外のプレイヤーがくるなど、予期はできても対処は出来ないトラブルを最大限回避するには、目視を捨ててでも現場からある程度の距離をとる必要がある。
(状況を俯瞰しつつも逃走が容易な位置取り……高台か? いや、まだ俺の常識の範囲内だ)
例えば、起こりうるトラブルをも自分の味方につけることができるとすれば? ゼノビアからすればモンスターで溢れかえった今ここの状況こそが最も有利な状況であるとは考えられないだろうか?
(そう、この戦場から最も近い場所こそが絶好の潜伏位置なのだとすれば)
……
「ストレア、サーチだ」
「ええっ? いいけど……さっきは何にも」
「地形を探れ、人工物……とまではいかなくても人が手を加えた痕跡があるはずだ。たぶんそう遠くない」
「よくわかんないけど分かった!」
陣形を変えてストレアがサーチを終えるまで俺が時間を稼げるように戦術を組みなおす。
俺たちの奮闘が相手の想像以上だったのか、モンスターの頭数は依然として多いがわずかに隙間が見いだせるようになっていた。
「行くぞ、《スキルコネクト》――カテゴリー、《ロングソード・レイピア》」
意識を切り替え暗示をかけるように呟くと、俺の戦意に呼応してマフラーが不可視の力でふわりと浮き上がる。
両手にソードスキル特有の光を灯し、怒涛の勢いで技を繰り出していく。
片手剣のソードスキルで広範囲に渡って敵に間断なく攻撃を浴びせ、間隙を縫ってストレアに襲い掛かろうとする敵はレイピアで正確に討ち倒す。
大方の敵を片付けてようやくストレアがサーチを完了させた。
「ライヒ! 見つけたよ!」
「でかした、何処だ!」
「三時の方向、十メートル先の
読み通りだ。
「アタシは残った雑魚を片付けておくから本丸を叩いてきて! 期待してるからね、
「お前次それで呼んだらぶっ飛ばすからな!?」
***
金属板を素手でこじ開け暗闇の中を手探りで少しずつ進む。
スプリガン首都の摩天楼のように大量の守護兵やトラップで足止めされるのかと思ったが、どうもそうではないらしい。
代わりに何か毒々しい液体を煮詰めている壺や、禍々しい装丁の魔導書なんかが所狭しと置かれていた。
「はは……これが本性か?」
正面に見える薄明りだけを頼りにこの隠れ家の最奥を目指していく。
煙と本の匂いは進めば進むほど濃度を増していく。
むせ返りそうなほどの激臭に意識が朦朧としそうだ。
ようやく明かりのついた部屋にたどり着く。
どこか部屋の隅や陰から不意打ちを仕掛けるつもりかと警戒していたが、どうやらその必要はなかったらしい。
「こうして二人きりで会うのは二回目、かしら?」
勿体ぶるように、焦らすように、ヒールの靴音を一歩ずつ鳴らして彼女――ゼノビアが地下室の奥からついに姿を現した。
扇で隠されいる謎めいた表情や淑やかな立ち振る舞いを見ているだけで何故か不安になり、心が頼りなく浮き立つような感覚を覚える。
「お久しぶりね《御影》のライヒ。……いいえ、《トリックスター》。ご機嫌はいかがかしら」
ゼノビアは悪戯っぽく目を細めて混じりけのない笑みを浮かべる。
俺よりは年上に見えるが、大きく離れているとも思えない。
ゲームの中であるとはいえ、そんな少女がこれほどまでに妖艶な雰囲気を醸し出せるものだろうか。
「ツレない人ね、折角再会できたのに何にも話してくれないなんて」
「…………」
「それとも――オトコノコの部分が元気になっちゃったかしら?」
「あいにくだけど、お色気担当は間に合ってる」
「アラ、残念。私を下した貴方なら慰めてあげても――」
「――そんなことはどうでもいい」
ゼノビアの饒舌さには大概惑わされてきた。人を誑かしたり、時間を稼いだり。
彼女の語りには裏がある。
今回に限ってはそれが余りにも露骨すぎる。
「それじゃあ、何が気になるのかしら?」
「アンタと俺。一対一でやりあえばまず不利なのに、逃げもしないでこうして時間稼ぎをする目的は何だ」
ここはスプリガン城ほどの加護をゼノビアに与えてくれない。
MPが無尽蔵にあるからこそ重力魔法を湯水のように使えた訳で、最後の砦だったゲントクという盾も存在しない現状では支援系魔法を主体とするゼノビアに対してアタッカー剣士の俺は有利をとれる。
と、まあ俺なりに状況を整理して最大限真面目に問いかけた……のだが。
「フフ、フフフフフ……。ウフフフフフフフフ、アッハハハハハハ!!!!!!」
先ほどまでの落ち着いた雰囲気を打ち消すようにゼノビアは体を曲げて大きく笑った。
その様子はまるで滅茶苦茶にうごかした操り人形のようだ。
「アハハ、ハハ。……あ~あ」
「――?」
「殺す」
その一言が発された瞬間なんの違和感もなかった床から何かが一直線に突き出て天井を貫いた。とっさに後方へ跳んで回避したが、完全に不意を突かれる。
「殺す、殺す殺す殺す殺すッ。殺すわッ!!」
苛烈なまでの宣言。彼女の殺意の発現を皮切りに先刻と同じ何かが床、天井、壁、ありとあらゆる方向から伸びてくる。
「串刺しにして磔にして動けなくなったところを奈落に叩き落してやる!」
「これは……触手!?」
よく見れば俺をめがけて殺到する間は高質化しているようだが、反対側に刺さった後はぬらぬらと不気味に蠢いているように見える。
「まさか、基地の地下にもモンスターを……」
「流石の判断力と理解力……と褒めてあげる。私の
這い出てくる触手の数と勢いが増す。
「お前を殺してくれるって――!! ホラホラ……ホラァ!! 無様に醜く穴だらけで死になさいッ!」
「こんなことってあるかよ……っ、クソ!」
触手が出てくる前の一瞬その場所が盛り上がることは最初の数本で理解した。だが、あまりにも数が多すぎる。躱しきれない分は剣で払い落としていく。
「最高の気分ねえ~~~、復讐っていうものは!」
「――」
「どうかしら? 格下だと舐め切っていた相手に手も足も出ない気分は?」
「――――」
「いい加減に何か――ッ」
「別に舐めてはいない」
ダンッ! と大きく床を踏み鳴らし、数本の触手を衝撃で押し返す。
そして改めてゼノビアに向き直りつつ、俺は応えた。
「はっきりと断っておくんだが、俺自身はアンタに勝ったなんて思ってない」
ゼノビアに近づくほどに密度を増す触手を、取り回しに優れた短剣で振り払っていく。
「あれはあくまで俺を手駒にしたお嬢の勝利であって、事実として俺はアンタに一太刀も加えられちゃいない。それどころか全力の《ヴォーパル・ストライク》が推し負ける始末だ。どう考えても俺は一度アンタに負けてる」
限られた空間の中全てを防ぎきるのは不可能だ。
故に致命傷のみを見極めて叩き落す。かすり傷は完全に無視する。
「だから俺はアンタに挑戦する立場なんだよ」
だんだんと空間を把握し始めるとそれに比例して動きも最適化され、次の一手への余裕が生まれる。
触手の長さや硬さも掌握が終わり、負ける要素が俺から削ぎ落されていく。
心身が
手の中で短剣が躍りだす。
――そして。
「今回こそは俺の勝ちでいいよな?」
ゼノビアに肉薄した俺は即座に彼女が持つ扇を払い、隠されていた首筋に短剣を突き付けていた。
驚愕にゼノビアの目が見開かれる。
剣を突き付けておいて変な話だが、俺はこの時初めてゼノビアと向き合えているような気がした。
「…………そう、そうなのね。私は再び負けたのではなく私自身の誤解のために二度も負けた。ほんと、酷い話ね。私は
「なんの話だ?」
「貴方の話よ。貴方がSAOの最上階で戦う姿を私も見ていて……そうね、端的に言えば憧れてしまった。頭を貫かれ痛みに狂ってさえ立ち上がり、突破口を開いた貴方のことを――尊敬している」
「それは――どうも」
「だからこそ許せなかった。何に変えても守りたかったものを貴方が守っていて、私がその敵に回っていることに。こんな理不尽には怒りと殺意で応えるしかなかった」
「……」
「だから私は、貴方のように――――
体が急激に重くなる。それに耐えきれず倒れるとまではいかないまでも短剣を取り落とし、床に膝をつく。
「畜生……!」
「これは……フフ。貴方への恨みと敬意を表した私の最後の手段。やはり切り札は多用するものじゃないわね」
「貴方をここから《ニブルヘイム》に放り込むわ。
力が入らない。どれほど体を動かそうとしても床に吸い寄せられるだけで、抗うことも出来ずにゼノビアは俺をさらに奥の大穴へと引っ張ってゆく。
「さようなら、私の仇、私の英雄。もう一度地上で会えることを楽しみにしているわ」
俺が悔しさに歯噛みし、ゼノビアが俺を穴に落とそうとする。
まさにその瞬間のことだった。
突如として隠れ家そのものが崩れ落ち、俺も、ゼノビアも、隠れ家の備品も、何もかもが一斉に大穴に向かって落ちていった。
「しまった! 集中力が切れて――」
焦燥するゼノビアの声が聞こえる。
そして俺が大穴に飲まれてしまう前にかろうじて目にしたのものは――
「ライヒ!!」
――こちらに向かって必死に手を伸ばすストレアの姿だった。
お久しぶりのお久しぶりです。アクワ改め狩奈です。2022年の二作目は「虚ろな剣を携えて」の続きとなりました。もはや忘れ去られたものとばかり思っていましたが、未だに読んでくださる方々がいてくださり感謝でいっぱいです。
ここからはALO編二章の「深淵編」がゼノビアさんをパートナーとして書いていけたらと思っております。またお待たせしてしまうことになりそうですが、気長にお待ちいただければ幸いです。
感想その他お待ちしております。