最近、ずっと誰かに後を付けられている。しかし索敵用のバトルスキルを何重に重ねても何一つ引っかからない。一度レインを疑ったらきっぱりと否定された。
俺ではもうどうしようもないので、俺は今アスナさんに相談しようとしているわけだ。攻略組の指揮を執るような人に時間を割いていただくのは申し訳ないが、俺だけで解決できる問題でもない。
だが、結局。
「何度も言ったけどそれについてはストレアさんじゃない? としか……」
「まあ、そうだな。俺も被害受けてたけど結局丸く収まった」
「このままだと怖くて圏外いけないんだけど……。何か対処法とかなかったのか? こうしたら会えた、とか」
「そういえばキリト君。どうやってストレアさんと知り合ったの? 『みんなと仲良くなりたい』――なんて言ってたけど……」
「ふむ、どうだったかな。『出てきてくれないか』って言ったら割とあっさり」
「なるほどね。試してみるか。じゃ……失礼して。ストレアさん、
「っくちゅん! はーい、アタシのこと呼んだ?」
―――・・・。
いた。街中で堂々とハイド。そして呼ばれて返事をするならなぜ隠れるのか。
「あ~あ。見つかっちゃたか……。噂されるとくしゃみ出るってホントなんだね。アタシって有名人?」
「いや、知らない。――アンタ誰だ。今までに会ったことは無いよな?」
「そうだよ、初めましてだね。―――アタシはストレア。宜しくね?」
***
成程。こういう事なら皆がストレアストレア言うのも理解できる。確かにストレアさんとしか言いようが無かった。
「いや……宜しくね? じゃなくて。何でハイドしてたのか教えてくれるか」
「悩みを抱える少年を陰から見守るのがお姉さんの役目なの!」
「オイ、コラ。話聞いてくれ話」
さっきからペースを崩されっぱなしだ。しかし、ハイドの目的くらいは追求しておかなければなるまい。放っておけばこういった違反行為が日常と化してしまう。
「え? だってライヒは目立たないけど強いからね。だからもっと知ってたいなーって」
「じゃあ、せめて直接来て話すとかしないか。街中でのハイドは完全な迷惑行為だなんて常識だぞ」
「いいじゃん、いいじゃん。こういうのも面白くってさ」
「面白いだけで迷惑が許される訳ないだろうが。何でもいいから付け回すのはやめてくれ」
「は~い! ……つまり直接なら良いんだね?男の子に二言は無いんだよね?」
「は? な、おい止せ!」
ストレアに急に抱きしめられた。キリトとアスナさんが深い憐み、そして同情の視線を向けてきているのが束の間に見えた。
「あはは。ライヒってかわいいー!」
「止めろ……この、マジで苦しいんだって……」
必死に引きはがそうとするが何という筋力パラメータであろうか、微動だにしない。しかしまずい……こんな状況をレインにでも見られでもしたら―――
―――ひやり
冗談抜きで背中にそれを感じた。まさしく怒りの権化とでも呼ぶべき何かが確かにやってくるのを俺は確信した。「それ」はヒタリ、ヒタリと静かにしかし、確かな気配を以って接近している。―――俺は覚悟を決めた。
「ラ、イ、ヒ、く、ん――――?」
「これは違う!! こいつが……ストレアが勝手に―――」
言い訳虚しくレインは俺をストレアから引きはがすと、俺の首根っこを掴み持ち上げた。もう―――だめだ。
「……あたしがいるのに浮気なんていい度胸だね。―――ブチ殺していい?」
「話せば分かる」
だが、無駄。不言実行。俺はこの時、冗談抜きに走馬燈を見た。
とある日の朝早く。アークソフィアの街を断末魔が一時間にわたって響き続けたという。事情説明と誤解解きと仲直りとストレアとの和解と俺の引きこもりの解決には、丸々一週間の時を要した。
***
76層のフィールドは開けていて、見渡しがいい。モンスターも比較的難易度が低いものがほとんどだ。パーティーを組んだ俺とキリトはそんな中を駆けていた。通路代わりの洞窟型ダンジョンの奥地に存在したリザードマンの群れが基本的に一番の難所であり、迷宮区前にはすんなり辿り着けた。ユニークスキルが二つも手を組んでしまえばそれは当然なのだろうが、この世界において力を持って持ち過ぎという言葉はない。常に勝利が当然であり、負けとは即ち死を表す。
俺達が居るのは迷宮区の7階あたり。出てくるモンスターはほとんどがリザードマン系に固定されている。―――少々厄介だ。モンスターは人に近くなるほど学習能力が上昇し、ソードスキルも多様化してくる。故に戦闘は短期戦でなければならない。
「《ミスディレクション》《バックスタブ》《ライトニングアタック》」
キリトがタゲを取っている隙に立て続けにバトルスキルを発動させ《リザードマンモナーク》の後方に忍び寄り、ソードスキルを叩き込む。片手剣四連撃ソードスキル《サベージ・フルクラム》。バトルスキルによって高速と化し全弾クリティカルとなったソードスキルが、獣人を後方から襲いその命を削りきった。収縮、爆散。
意外とSAOで知られていない事実の一つに、『階段は安全地帯としてシステムに保護されている』というものがある。攻略組にとっては常識なのは当然として、中層プレイヤーには意外と浸透していない。つまり何が言いたいかと言えば、階段は絶好の休憩ポイントである。という事だ。
「お疲れ。これ飲んどけよ」
「ん。あんがと」
キリトが放ってきたポーションをありがたく頂戴する。相変わらずマズイ味だ。極限まで酸化させた茶葉からでた緑茶みたいな味。
「そういや悪いな。経験値ボーナス全部貰っちゃって」
「いや、いい。パーティーバランスも考えないといけない時期だしな。それにユニークスキル使い同士助け合いも必要だろ?」
「――ああ」
「そういえばライヒ。お前ホロウエリアの時のパチモノ・リーパーからLA取ってただろ? あれ何だったんだ?」
「そういえば。えーっと、どこ行ったかな」
出来ればS級食材とかがいい。レインかアスナさんにでも調理してもらってみんなで食おう。アイテムを入手順にソートして探していく。例のそれは意外とすんなり見つかる。防具だった。固有名《ホロウナイト・コート》。
「防具だった」
「へえ。どんな?」
「お前が好きそうなコート。正直趣味じゃないからやるよ」
そう言ってトレードウィンドウに放り込もうとすると急に紫色のシステム障壁に阻まれ、続けてシステムメッセージが視界に飛び込んでくる。
――『このアイテムは「Reich」以外のプレイヤーが所持することはできません』
「おい、どうしたんだ?急に手が弾かれたように見えたけど」
「さあ……なんか俺以外は所持できませんとか怒られた」
「なんだそりゃ。詳細プロパティ確認したか? まだ何も知らないエリアでドロップしたなら、特定プレイヤー専用装備とかもあり得るだろ」
「なるほどな」
言われてみれば確かにおかしい。俺の今の防具が霞むほどには確かに強力な装備だ。今のですら73層産の素材から作った最高級オーダーメイド品なのに、それを凌ぐとは一体どうなっているんだろうか。それに見慣れない一文【特殊効果:ホロウプロテクタ】。可視モードにしてキリトにも見てもらうがさっぱり見覚えも聞き覚えも無いという。それに、フレーバーテキストも無いために、もう俺はこれ以上謎のコートについて知ることが出来ない。
「真面目にどうするか悩むな。何かのバグならさっさと捨てるところだけど、多分、これは正規品だ」
「いっそ開き直って装備したらどうだ? ホントにお前専用装備かもしれないしな。それに「ホロウナイト」って《御影》にピッタリじゃないか」
「ま、確かに何かの巡り合わせかもしんないな。――よし」
ひらりと起き上がると、例の《ホロウナイト・コート》を装備する。全身を対象とする装備の為マフラーが装備できなくなることに少々がっかりしたが、それは杞憂だった。俺が装備していたものより数ランクは上質な黒のマフラーが出現した。そのマフラーの先端が魔獣の尾の如く背中に垂れる。コート本体は黒を基調としていて、肩や腕の辺りにプロテクターが装着されている。
「おお、滅茶苦茶似合うじゃないか! もっと早く気が付けばよかったのにな」
「そ、そうか……? ちょっとイタイ恰好なような気もするんだけどな」
「大丈夫だ。こういうのは慣れなんだ。俺は元々こうなんだって思えるようになるから」
「流石はコートに関しては大先輩だな。ま、確かに慣れの問題か」
――確かに、俺には似合うのかもしれないと。俺はそう思った。恐ろしい程に俺にピッタリと馴染むし、性能も破格だ。いや、でもこれを単純に喜んでいいだろうか。これが俺に馴染むという事は、俺の行動から好みまであのフィールドに把握されていることになるではないのか。思い出す。あのフィールドで感じた妙な空気が再現されたような気がした。俺とキリトはテスターだ、故に全てを監視されている。軽視出来るほど単純な問題ではない。
一体ホロウエリアとは何なんだ?
***
今までに何回か感じ取ってきた死の気配を今まさに直接肌で感じている。迷宮区はギミックにより多少階数が異なるが基本は10階が基本であり、76層もその例に漏れることは無かった。ボス部屋前の広場が立ちはだかる。
「やっと見つけた、な」
「ああ、特にやり残したことは無いよな?」
無言で頷きを交わすと、回廊結晶を設置する。少々豪勢だが、命には代えられない。さて、コイツは一体どうやって俺らを殺そうと暴れてくれるのか。想像しただけで怖気が走る。
救いの代償に必要なものは、果たして。
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