84層攻略も佳境に入ってきた。76層からのカウントでは死者はゼロ。これが90層以上になってくればどんな惨劇になるのか。こういった局面では何より犠牲者排出が最も痛い。ただでさえ上層に存在するプレイヤーはギリギリで、大半が《
両ギルドとも下層支部を通じて攻略参加を呼び掛けているが、《軍》は解散したわ下層にそんなギリギリの攻略に耐えられるプレイヤーなんていないわで、あまり意味を呈していないわけで。
当然そんな中で参加希望が来ればそれはありがたい話なのだが……。
「どうかしたんですかアスナさん」
俺はこの日呼び出しを受けて血盟騎士団の執務室に居た。
「ライヒ君。攻略に新しく加わってくれるギルドが来てくれるっていうのは聞いた?」
「いましたねそんなの。装備もスキルも結構なもんだとか。それで今日視察というか、新参テストをするとかなんとか」
俺たちにやったように――とは言わないでおく。
「そうそう。それで私が主催するから一緒に立ち会ってくれないかなって」
「分かりました。……どうせ暇ですからね」
「君は大事な戦力だから、それ位でいいんだよ」
そう、これくらいどうという事は、無い。
***
「おライヒ、随分早いな。今日は? レインはどうしたんだ」
「代わりにクエスト片してくるってさ。リーファとかシノンと一緒にワイワイやってたぞ」
「いいよね~。ボクあんな友達もっとほしいなー」
「まて、ユウキ。ナチュラルになんでこんな大事な場所に来てはしゃいでんだ。レインと行ったんじゃないのかよ」
「兄ちゃんが心配だからってレインさんに言われた」
気にするほどの事でもないのにな、と相棒に想いを馳せる。
「……来たわ」
野次馬のざわつき具合で様子は窺えた。今日のお客さんがやってきたらしい。キリトも、ユウキでさえも、いつもの和やかな雰囲気は完全に霧散させる。それはアスナさんも俺も同様だ。そもそも今日の来訪者は『警戒すべき』だと事前に知っていた。装備のグレード、個々のスキルの高さ。申し分ないだろうがそれに反して武器防具のテクスチャ。特に輝きがあまりに薄っぺらい。通常、攻略組は勿論、SAOプレイヤーの用いる装備は何度か破壊を経験し幾度となく強化やメンテを行っている。それに比例して輝きはより濃密に深くなっているはずなのだ。
つまり『一度の破壊も修理も強化も行っていない』装備そのものを着こんだ『攻略組SAOプレイヤー』がやってくるのだ。レインには事情を話したうえで皆をこの場から離れさせた。キリトもユウキもそれを知っている。それくらい細かい芝居を打つべき怪しさを持っている。
「これはこれは。トッププレイヤーの皆さんがお揃いでいらっしゃるとは。我ら一同感謝の念に絶えません。―――私は我らがギルド《ニブルヘイム》を率いております。アルべリヒ、と申します」
大仰に気障なセリフを吐く男。髪もレアな金の染料で染めている。装備は剣の柄頭に至るまで豪奢な装飾が施されている。
俺達がそのナルシストっぷりに呆れている間にも男は無駄に恰好つけた抱負を語っていた。まあ、つまらないことだ。小さくも貢献だの、もう一度下層に希望をだの。やはり怪しい。攻略組は大きな戦力以外は絶対に貢献させない。細切れ同然の集団は小さいクエストを片付けて情報を運んでくるのが仕事だ。奴らの語る行為は貢献とは言わない。最も死ぬ確率の高いボス攻略に参加し、生き延びて討伐することが即ち貢献だ。それはアインクラッド周知のルールであり、知っていなければならない最低限のマナーでもある。
「なあ、どう思う?」
「さあ、小物だろ」
キリトも俺もおおむね同意見らしい。しかしアスナさんの精神力は流石としか言いようがない。あんな奴にも微笑を絶やさないのだから見かけによらず苦労人だと思う。
「それではお言葉通り実力を見せていただきます。どなたか、この方ととデュエルをしていただけませんか」
この流れ。人込みは自然とキリトを前に押しやった。俺もそれでいいと思う。間違いなく最強のプレイヤーは《二刀流》の事を指すのだと俺は心の底から思う。これはお世辞でも何でもない。ありのままがそのまま俺の意見なだけだ。
「《黒の剣士》様が直々にお相手なさっていただけるのですか?光栄でございます。私も全力を以って剣を」
「待った」
キリトはそこで強引に言葉をせき止めた。
「俺の専門は『MvP』だ。この中には俺より優れた『PvPer』がいる。アンタを値踏みするにはそれが適任だ―――そうだろ!みんな!」
そんなヤツ、いただろうか。本気でそう思った俺とは裏腹に、キリトに代わって俺は担ぎ出されていた。ああ、ユニークスキル使いってこういう時だけのために存在いるのか。
「……。ども」
「――? よければお名前を拝聴しても?」
「ライヒ。《御影》のライヒ」
「その御名。確かに…………そろそろよろしいですか?」
――何故俺が。
面倒だ。余りにも面倒だ。俺じゃなくてもいいだろ。大事な戦力ならこんなところで駆り出さなくていいだろ。
もういい。やってやる。八つ当たりであることは解っているし、多少申し訳なくも思うが、それ以上にアルベリヒ。お前が癪に障る。
【DUEL!!】
――速。
素人な突進だが、速度だけは俺が本気で走っても出せないほどだ。
軽い右ステップで躱した。外すことなどは毛頭考えていなかったのか、アルべリヒはアークソフィアの街の石畳に頭から突っ込んでいた。立ち上がるのを待った。上がった顔は羞恥と怒りに震えていた。
「このックズがああ!!」
「ちょ、自分からやっといてそれ……」
攻撃の筋は大振り、軌跡が見るまでもなく分かるようだった。キリトのあのソードスキルと比べてしまえば遅い。遅すぎる。欠伸が出そうだ。それに鎧の形状に不慣れなのかスピードに対して動きが鈍く見える。
「ステータスの差を思い知らせてあげよう―――《インサ二ティーナイト》」
ダメージを三回まで与えた者に反射させられる超高等バトルスキル。だが、その程度の見掛け倒しに倒されるほど俺達は甘くない。地面を蹴って前に出る。身を小さくかがめてアルべリヒの股をくぐり背後を取ると、左手のレイピアで三回鎧を軽く突いた。勿論鎧に吸収されてダメージは0だろうが、その0ダメージはアルべリヒへのダメージであることに変わりない。たちまちバフアイコンが消滅した。
「何だとぉぉぉッ! この僕が負けるわけがないッ!!!」
ボッ! と音を立てて周囲が黒い煙に包まれる。煙幕でも張ったのだろうか。
しかし、ここで索敵スキルのmodである《暗視》が自動的に発動した。しかし相手は自分で自分の視界を塞いだせいで、急に俺に背中を向け明後日の方向を斬り始める。もういい。これ以上は時間の無駄だ。見るだけ哀れで、無価値に尽きる。瞬時に勝負を決めるべく、煙幕が晴れるや否や俺は両手の剣を同時に投げつけた。
「うまく転んだな―――なあぁッ!?」
そして剣を躱し怯んだ相手の懐に一瞬で飛び込むや、ついつい友の好きな言葉を口にしてしまった。
『It's show time!!』
「《OSS》―――《
囁きの一瞬。キリトが息を呑んだのは見間違いではないだろう。まあ、何か勘違いをされても仕方がない。俺とPoHが
肩幅の二倍ほど開かれた足が風車の如く回転し体を宙に浮かし、更に後方宙返りしながらの蹴りがもう数秒浮かす。その瞬間を前方宙返りの踵落としが迎え撃つ。
「《
――「
右肘左肘が交互にヒット。横薙ぎに蹴りつけ、九連撃のラッシュで追い詰め――――――《体術》スキル最大威力の貫手での一撃がアルべリヒの堅牢極まりない鎧を穿ち砕き、消滅させた。
「ヒ、ヒイイィィヒィ!!ま、負けだ。僕の負けだ。ここ、降参だ!!」
***
「あ~くたびれた~。ちょっと本気出しすぎたかな」
「ううん。手の内を見せるのを嫌うのが当然なのに、あれだけやってくれたことにはすごく感謝してる」
「アスナの録画クリスタルで見たけど結構な戦いぶりだったじゃない。これからも特訓をお願いしたいわね」
「ま、俺じゃなくてもあれくらい追い詰めるのは誰だって出来ただろ」
「う、嘘でしょ!?」
「ま、皆がそういうのはもっともだよ。でも、だからこそあの敵相手にあれくらいできなきゃ、アインクラッドのボスは倒していけない」
「ライヒ君はその中でも最強の一角! 彼女冥利につきるなあ」
「こいつめ」
世界は、今日もゆっくりと終焉に近づいている。
苦しみは救いに能うだろうか。
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