――気が付くとまた前線に立っていた。
86層のボス。その名を《アルフェルド・ザ・スケルトンキング》なる巨大かつ強大な敵を前にしている。薄く靄がかかっていた意識が晴れると同時に、俺は会議中に言われた通り《バトルシャウト》を発動させた。ボスを構成する骨のテクスチャ一つ一つがどうにも禍々しく俺の目に移る。ファーストターゲット時の咆哮を縫うように一瞬で接近し、右手から片手剣ソードスキル《スネークバイト》を奔らせる。初動が居合切りのそれと酷似しているため、あたかも抜刀術のように剣が鞘の中でも発動できる。さらに踏み込みつつ細剣を左手で抜き放ち《スター・スプラッシュ》でコネクトさせる。
繋ぐ、繋ぐ。まだ繋ぐ、もう一つ繋ぐ。
10程繋いだ頃だろうか。背後で陣形が完成したのを見届けると、合図として取り決めておいた《ヴォーパル・ストライク》を骸骨に叩き込んだ。当然ここで止めてしまえば俺は10秒の硬直を課せられるが、しかしこれは合図であって意図的なものなのだ。絶妙のタイミングでキリトが割り込んでソードスキルを始動させた。確か名を《シャイン・サーキュラー》。それでも硬直を解くに十分な時間は得られないが、それも計算の内。タンク型プレイヤーが更に割り込み大剣の一撃をガードする。体が自由になるや否や、速やかに後方に下がりレインと合流する。
「お疲れさま、ライヒ君。はい、これ耐毒POTね」
「あれ、ポーチに入れてなかったか。サンキュ」
軽くアイテム整理をしながらレイドに加わると何時もの攻略が繰り広げられていた。アタッカー隊を中心に通常攻撃を重ねて隙を作りソードスキルで痛撃する。ボスの大技のプレモーションがあればタンク隊が前線にスイッチ。そしてそのローテーションが崩れようものなら―――
――俺が飛び出てすかさず《スネークバイト》。相手のディレイがいつ切れてしまうか。そんな恐怖の中でひたすら時間を稼ぎ続け、体制が整えば《ヴォーパル・ストライク》。キリトが割り込んでソードスキル。そんな中、タンク隊は専用のヘイト上昇スキルでタゲを分散。
一番槍は犠牲の象徴。最近のボス攻略で俺はそんな持論を展開しつつあった。身の丈から大きく差がある敵に愚直に突撃して時間稼ぎ。何という愚かさなんだと自分で自分を笑いたくなる。それでも攻略組の組織的トップの連中はこれが最善かつ最効率だという。ある意味では俺もこれはユニークスキル使いの義務だと思わなくもない。しかしこんなプライドも人権もないがしろにした方法論がなぜまかり通るのかが不思議でたまらない。結局は『一人はみんなのために』を強要されているわけだ。だったら俺にも考えがある。
骸骨王のHPバーが真っ赤に染まると同時に、過去のボスとは比較にならないほど強力な衝撃波が発生した。バランスを崩したアタッカー隊に、通常時とは桁違いの恐るべきスピードで放たれたソードスキルが襲う。
速く行けと責め立てる様な視線を潜り抜けて何度目かの突進を敢行した。まだ続いているソードスキル《ファイトブレイド》をステップとジャンプのみで回避し、
そんなに俺を囮にして生き残りたければ、俺だってむざむざ死にに行こうとは微塵も思っていない。折角ボスと切り結べる状況だ。『プレイヤースキル上げ』に利用させてもらおうと俺は考えた。硬直などあってないような感覚で放たれるソードスキルをひたすら躱して、一瞬の隙を通常攻撃で突く。時にはレイピアで、時には拳や脚で。
そしてついにスキルが一つでも決まれば倒せる範囲内にHPバーが減ると、骸骨王は急に体を縮めて後方にステップした。―――恐らくは《アバランシュ》。回避では間に合わないことを瞬時に悟ると、俺は迎撃に移った。
向こうの剣を弾こうとするのではない。こちらから触れに行くのだ。剣が近づく、重なる。
瞬間俺は手首から出来る限り力を抜き、押されるがままに押された。凶悪なフォルムの大剣が剣を伝って、俺の体ではなく横に突き刺さる。勿論現実でこれを再現するなど、俺では100年修行しても不可能だ。しかし、この世界のルール。即ち『関節は曲がるとこまで曲がる』を利用することで荒業を可能にした。剣を抜くのに忙しい骸骨さんにソードスキルを叩き込もうと構えを取ろうとした。
最速の《スネークバイト》のモーションを取ろうとした、が。
「……ああ。そういえば俺何でここにいるんだっけ……。」
うわ言のように俺は呟き、瞬時に《ファントム・レイブ》へ構えを変えるとそのままとどめを刺した。勝手な暴走が、説教だけで済んだのは幸いだった。
***
「ねえ」
「んだよ」
うっかり
「なんか最近アンタのソードスキルの回数が減ってる気がするんだけど。気のせい?」
「いんや合ってるよ。ここ一週間くらいは意識してる」
「そういうんじゃない。アンタの持ち味っていうか切り札っていうか……スキルコネクト、だったっけ? なんであれを使わないのかって聞いてんの」
「さすがはトレハン。鋭いな」
「その略しかたやめて。……別に単純な興味よ、命張ったゲームで出し惜しみする意味ってあるの?」
「へえー。んじゃ、もしここにいるのがキリトだったらそれと同じ違和感について質問できるか」
「え……? って、いきなり何の話してるのよ」
「簡単なことだろ。俺は今の仲間全員が、俺のことを『キリトがいない間の経験値稼ぎマシーン』にしか考えてないんじゃないかって疑ってるって話。俺がスキル使おうが使うまいがお前には関係ない」
「それは……うん。ごめん。マナー違反、だよね」
「――違う。そういう事が言いたいんじゃない。そんなに追い詰めたいわけじゃない。悪い」
「えっと……今のは本音、なの?」
「さあな。俺にも俺が分からない。俺は何のために――」
しばしの沈黙。まあ、いきなりそんな仲間なんて一切合財信じてません寧ろその仲間たちに裏切られる空想勝手にしてますそれが怖くてしょうがないんです。みたいな宣言をして唖然としないわけがない。
「忘れてくれていい、独り言だと思って話を聞いてくれ。この前、いや、ボス戦だといつもだ。俺はいつもキリトの横、最前線も最前線に出されてる。そんでもってひたすらダメージディーラー任されてる」
「それが何かあるの?」
「83層だったか4層だったかうっかりキリトがでっかくダメージ受けた。そうすると当然のように悲鳴があがったり高価なポーションが降ってきたりするわけでさっさと復帰できる……ま、みんな優しいからな。当然だ」
「それって……。普通じゃない、誰も死んでほしくないでしょ」
「その戦闘の際。後で俺もミスって片腕欠損して戦線離脱した」
「それで?」
「レイン以外、誰も何も言わなかった。俺がキリトの代わりに受けて当然みたいに。気味悪かったよ、だって本当に何の反応もなかったからな。俺はさっさと高い結晶使って復帰した。でも本当にびっくりしたのは倒した後だ。ボス討伐後の戦利金分配の時だよ。キリトは俺の2倍もらってた」
「え!? そんなのおかしいじゃない!消費が大きい人にはそれだけ保障が出るんじゃ……」
「ああそうさ。それで責任者に問い詰めてみたら、何て言ったと思う。―――『あれ、アンタそんなに戦ってたっけ』ってさ。傑作だ。笑うしかなかった」
「そんなこと……」
「別にあいつほどモテたいわけじゃない。ただな、あいつと同等か。それ以上の『評価』があっていいと思う。俺の存在が霞むくらいなら一々前線に立たせないでくれ。俺が邪魔ならいっそはっきり排斥してくれ。つまり俺は『利用』されてる。俺はもう誰のことも心から信用なんてしてないし、したくもない」
この世界で生きるためにではない。勇者様の身代わり人形として、捨て駒として生かされ戦わされているのだ。ユニークスキル使いならそれをやって当然だなんて、嘘以外の何なんだ。俺は『ユニークスキル使い』としてすら見られていない。どれだけ俺が死中にいようとも、誰しもがキリトのほうを向き続ける。
俺に近づく何かは、キリトに効率よく近づこうとする何か。そんな言葉が脳裏をかすめてしまった。もしかしたらレインもユウキも、シリカもリズもリーファもシノンもストレアも。そしてここにいるフィリアも。仲間だと思っていた全てが俺を利用しようとたくらんでいると、そう思ってしまっている。我ながら醜いエゴだとも被害妄想だとも分かって理解している。それでもなぜか恐怖が止まない。俺に巣食う疑念は今にも俺を乗っ取ろうとしているような気配さえある。
「……なあ。俺ってやっぱり死んだほうがいいか」
「アンタ。何洒落になんないこと言ってんのよそれ以上言うなら……」
「ああ、本当そうだよな。PK集団に囲まれてる状況で何を呑気にいってんだろう―――なっと」
「え? 何!?」
言うが早いか何もない―――ように見える空間に、投擲用ピックを投げつけると案の定数人のオレンジプレイヤーが露見した。まあ、接近はとっくに索敵で分かっていたわけだが。そもそもおかしいとは思っていた。仮定として俺、キリト、そしてフィリアも《ホロウ・エリア》のテスターとして選ばれたとしよう。しかしここで思考に待ったがかかる。そもそも《ホロウ・エリア》自体が3人のテスターに対して広すぎる。大まかに数えても4つのエリアに分かれていて、なおかつその中も無数のダンジョンで埋まっている。どう考えても明らかにデータ収集の効率が悪い。だったら見てないだけで他に代替品があるはずだと考えた俺は管理区のコンソールを徹底的に調べ上げた。ユイちゃんにも手伝いを要請し、結構な量の情報を得られた。
茅場が生み出した自立AI型プログラム、通称《カーディナル》でSAOは構成されている。要するにこのプログラムと俺たちは戦っていると言っても過言ではないらしいが、それは置いておく。茅場はSAOサービスを始めるにあたって《カーディナルに》もう二つのプログラム要素を追加したらしい。一つは、プレイヤーの心理状態の解析とモニタリングの機能を持ったNPCである『MHCP』。どうやらユイちゃんもそこに属するらしいがこれも置いておく。もう一つは、プレイヤーの行動パターンの解析とモニタリングの機能を持ち世界のバランスを保つために適宜アップデートなどを行うサーバー。それが《ホロウ・エリア》。
これがサービス開始当時からあったとすれば、俺らが来る前まではどのように稼働していたのか。答えをユイちゃんの口から聞いたとき、俺は恐怖を隠せなかった。すなわち、『MHCPとホロウ・エリアの蓄積したデータを複合させ、擬似的AIを用いてテストを行っている』―――らしい。なるほど、だとすればユニークスキル保持者は格好のテストサンプルだろう。他とは異なる思考で戦っているのだからMHCPのサーバーもそれは仕事がはかどるだろう。
ここまでを踏まえて、俺はずっとある確信を抱いていた。他とは異なる思考を持って戦うプレイヤー、もしくは集団。つまりPKer集団、最低でも《ラフィン・コフィン》のメンバーは必ずサンプル要素として用いられていると。今でも攻略組の中で最大のタブーとされるそのギルドがサンプルになっているのなら。間違いなく、偽物ではあろうが『あの男』も存在している。
「オー、相変わらずそういうの外さねえよなあオマエ」
何かの聞き間違いだと信じたい。
「いやー、やっぱりこのくらいじゃ敵わないですねぇヘッドォ」
堪らなく懐かしく、しかし『この世界で』出会ったならすぐさま殺すべき存在が。殺意の悪魔が。
「ホンっと、いつぶりだっけか?ええ?」
「……
―――目の前に立っていた。
自己犠牲は存在理由になるか否か。
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