『ユグドラシル』終了まで残り4時間。
エリックは街に出るべく行動を開始した。
とりあえず椅子から立ち上がると石造りの部屋を歩き始めた。
床には綺麗な黒い大理石でできたタイルが
敷き詰められており、真ん中の歩く
スペースの部分には申し訳程度の
薄い赤い絨毯が敷かれていた。
部屋の入り口まで行くと、そこには鉄製の
大きな門のような扉があった。
エリックがその前まで行くと、扉はまるで
自動ドアのようにゆっくりと開く
扉の隙間から光が差し込み
一瞬目の前が白一色になる。
部屋の外に出るとそこは辺り一面
のどかな田園風景であった。
雀の鳴き声でも聞こえてきそうなこの風景は
洞窟の地下3階のはずのこの場所には、
あまりに不自然な光景である。
しかも天井があるはずの場所には空が広がり
太陽の光が燦々と降り注いでいるのである。
これらは全てクリエイトツールを用いて作った
エフェクトである。
エフェクトと言っても実際に太陽光の効果があり
畑では様々な作物や薬草が採れる。
エリックが来る以前からあったので、
どうやって作ったかまではわからないが
前ギルド長『桜田ファミリア』が苦労して作った
賜物だと自慢気に語っていたのを思い出す。
エリックは再び歩みを進める。
扉からは一本の道が真っ直ぐに通っていて
その左右のほとんどの敷地は畑になっており
時折NPCのドワーフが畑の中で作業している以外は少し殺風景な雰囲気を醸し出していた。
周りの風景を見渡しながらエリックは考える。
今日まで毎日の日課のようにログインし
ここの作物を収穫して調合や料理をして
アイテムを増やしたりしていた。
別にそのなかに特別必要な物が
あったというわけではないのだが、
エリック個人は基本貧乏性であるため、
なんとなくやらずに放置するのは勿体ないと感じてしまったのだ。
─ここを通るのも今日で最後か……
結局大量に保存してあるアイテムも無駄になってしまったな。
今更使用する気も毛頭ないが……。
そんなことを思いながら畑の中をしばらく進むと階段が見えてきた。
田園風景の道の真ん中、明らかに不自然な場所に置かれている、その階段は
上へと続いているようだった。
階段の前まで行き上を見上げると
空の空間の真ん中、階段の一番上の位置に
四角い蓋のような物があった。
エリックはそのまま階段を登りその蓋を開いた。
下から見たその状態は空間の真ん中に四角い穴が開いた何とも不思議な光景になっていた
穴の先には広い部屋があった。
エリックが開けた蓋はいわゆる仕掛け扉であり
上側からは見えづらいように床にカモフラージュされていた。
開いた蓋から登り、体半分を出し周りを見渡すと
部屋の隅々には様々なアイテムを製造するための作業場があり、部屋というより
工房と呼んだ方が正解なのだろう。
まるでテレビスタジオのように区画ごとに
分けられた作業場には担当と思われる
NPCドワーフ達が配置されており、それぞれ
鍛冶屋、服飾、調合、料理場、加工場、
スクロール作成場など多岐にわたる行動を
可能にしていた。
ここは地下2階にある
ギルド・ハイドアンドシークの
アイテム製造工場である。
ユグドラシルにおいて本拠地にこういった
アイテム製造施設を設置するのは一般的である。
いちいち街などに行き施設を利用する手間も
コストも掛からないため、わざわざ製造施設を
造るためだけにギルドを立ち上げ拠点を作る者だっているほどだ。
(別にギルドである必要はないのだが……。)
施設を作るプレイヤーの中には、
ただ制作工場を設置するだけでは飽きたらず、
巨大なショッピングモールや
銭湯、酒場、病院、教会など
更にはジェットコースターまでも造り出す強者までいる。
それに比べればハイドアンドシークの施設は
最低限だと言っても過言ではない。
エリックは階段を登りきり仕掛け扉を閉めると
出口の方に向かって歩き出した。
仕掛け扉のある位置は部屋の一番奥の方にあたる。
つまり出口とは正反対の場所になる。
部屋の中を進む途中、作業場にいるドワーフ達の視線が自身に集中するが、元々そういうNPCの
仕様なので気にも止めず歩みを進める。
部屋の真ん中まで行くと、そこには
『エクスチェンジ・ボックス』という
物資を入れると即座に換金してくれる便利アイテムが置かれていた。
『エクスチェンジ・ボックス』は
普段いらないアイテムやエリックのスキルや魔法で作り出した素材などを入れて金貨を手に得れるのに使われている。
そのエクスチェンジ・ボックスの横を通り抜け
エリックは出口付近まで歩く。
そこには扉があった。
なんの変哲もない木製の扉である。
エリックは扉を開けた。
扉の先には人が1人入れるだけの鉄でできた狭い一室があり、目の前の壁には梯子が掛かっていた。
梯子は上に向かって伸びており、一番上の方は
暗がりで見えなくなっていた。
エリックは梯子を掴むと上へと登り始めた。
狭い空間を黙々と登る途中、背後に
大きな丸い横穴の空いた部分があった。
人1人以上余裕で通れるその穴は、
地下1階の入り口である。
その横穴を無視してエリックは梯子を登り続ける。
更に上に登ると一番上まで来たのか、
天井らしき場所があり行き止まりになっていた。
そこには再び取っ手のついた四角い蓋があり、
地下の終わりを示していた。
エリックは取っ手を掴むと蓋を上に開けた。
その先にはほの暗い洞窟の一室があった。
エリックは洞窟の中に上がりきると
蓋を閉め再び歩みを進め始める。
洞窟の中を歩くと
獣の唸り声や息づく音のようなものが
あちらこちらから聞こえ、冒険者を迎え撃つ
ダンジョンの雰囲気を醸し出していた。
RPGなどによく出てくる
土や岩でできたスタンダードな洞窟
そんな感想が一番似合うのが
ここ『コボルトの洞窟』である。
その名の通り自動スポーンされるモンスターの
大半はコボルト系であり、ユグドラシルの中でも
事実上最低ランクのダンジョンである。
洞窟内の構造はほとんどいじられてないが、
地下1階以降は人為的に作られており、
洞窟の役割は大体にして
そのカモフラージュである。
エリックが洞窟内を歩き続けると
ようやく出口が見えてきた。
外の景色が見えるその場所まで歩く。
突然、バサバサッという羽音と共に
『何かが』目の前に現れた。
「なんだお前か、ゲイル」
エリックがそう言うと『ゲイル』と呼ばれた
それはエリックの前で静止していた。
エリックの前に居たのは1羽の大きな鳥であった。
体長は鷲と同じくらいだろうか
緑を基調とした極彩色の羽毛を持ち
体のあちこちには鳥系専用の装備をしている
赤い宝石のような眼をしたモンスターだ。
『ゲイル』はエリックが造り出した
唯一のNPCである。
「お前と会うのも今日で最後か……。
なら、最後にもう一度、一緒に行こうか」
エリックはゲイルに向かって語りかける。
ゲイルは何も言わず、じっとこちらを見ている。
そもそもNPCには言葉を発する機能はないから
その反応は当然なのだが。
エリックはゲイルを指差しながら命令を下した。
「付き従え」
するとゲイルは羽を広げ空へ舞い上がった。
そしてエリックの頭上へ旋回しながら
ゆっくりとエリックの側まで降下してくる。
ある一定の高さまでくると、そこで
ホバリングするように漂っていた。
「よし、それじゃあ行くか!」
エリックはそう言うと空を見上げ呪文を唱える
《フライ/飛行》
するとエリックの体が浮き上がり空へ向かって
どんどん上昇していった。
そして、目的地の方角へ目掛けその名の通り
飛行を開始した。
その後ろからはゲイルが羽根を羽ばたかせながら同じスピードで着いてくる。
「さて、最後の空の散歩をしようか」
ようやく投稿。
いやはや、とにかく時間がかかる