不思議なヤハタさん   作:センセンシャル!!

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※注意:同日更新です。先に十一話の二をご覧ください。



今回はなのは視点です。


十一話 温泉 その三 ☆

 皆で温泉に入っていると、突然フェイトちゃんから念話があった。内容は「先に上がってる、ごめんね」というもの。

 それが何だかとても弱弱しく感じて、彼女のことが心配で、わたしは「無理しないでね」と返信した。だけどその日、フェイトちゃんからの念話が返ってくることはありませんでした。

 フェイトちゃんを最後に見たのは、ミコトちゃんとエール君。エール君は「余計なことを言っちゃったかもしれない」と気にしていました。

 ミコトちゃんは「現実に気付いたんだろう」とそっけなかった。……分かってる。ミコトちゃんはこういう子だ。フェイトちゃんのことを名字で呼んでいることからも、いつでも切り捨てられるようにしている。

 それが間違っているなんて言えない。だって実際に、フェイトちゃんとはジュエルシードを巡って敵対している関係だから。わたし達の感情は、その現実には関係がない。

 客観的に見たら、ひょっとしたらわたし達が間違っていて、ミコトちゃんが正しいのかもしれません。少なくともユーノ君は、一度も警戒を解いていなかった。

 だけど……遊んでいるときのフェイトちゃんは、本当に楽しそうだった。すずかちゃんと卓球で互角の勝負をしたときは、本当に輝いていた。あれが嘘や演技だったとは思えない。

 だからわたしは、フェイトちゃんの本当の気持ちが、わたし達と同じだって信じたい。友達になれたって、信じていたい。

 わたしの気持ちは、ミコトちゃんに伝えました。そして彼女は、「そう思うのは君の自由だ」と、やっぱりフェイトちゃんに興味を持ってくれませんでした。

 わたしは……どうしたらミコトちゃんを動かせるんだろう。どうしたら、彼女にわたし達の気持ちを、教えてあげられるんだろう。

 今のわたしには……何も思い浮かびませんでした。

 

 

 

 明けて翌日。今日は一日中温泉に入れる日。……なんですけど、その前に昨日のことがあったからお散歩中です。歩きながら、頭をすっきりさせて思考の整理中。

 さすがに子供一人では出歩かせてもらえず、お兄ちゃん、それからソワレちゃんのお散歩の付き添いのミコトちゃんが一緒です。

 

「ミコト、ミコト、これなに?」

「温泉まんじゅうか。ここの名物の菓子だな。食べたいのか?」

「いいの!?」

「だが、贅沢は敵だ。分かるな、ソワレ?」

「……うー」

「まあまあ、そう厳しくしてやるなよ。ソワレ、俺が買ってやろう。はやて達の分も、お土産にな」

「きょーや、ありがと!」

「……恭也氏、あまりソワレを甘やかさないでいただきたい」

「ミコトがもう少し親として成長出来たらな」

 

 お兄ちゃんはソワレちゃんから怖がられません。……なんでわたしだけ怖がられるんだろう。笑顔は絶やさないで接してるのに。

 ともあれ、和気藹々としたお散歩風景。わたしはその輪からちょっと外れて、考えていた。

 

 昨日、ミコトちゃんの言葉に打ちひしがれたわたしに、はやてちゃんが教えてくれました。ミコトちゃんが「違う」理由。

 ミコトちゃんが使う"魔法"――わたしが「フェアリーテール」と呼んでいるものは、ミコトちゃんにしか使うことが出来ない。その理由は、力の行使に必要なものをミコトちゃんしか持っていないから。

 それがミコトちゃんの原初の能力である「プリセット」というもの。ミコトちゃんは生まれつき、この世界の普遍的な法則に関して、漠然としたイメージの形で知っていたそうです。

 それはイメージでしかないので、その時点では言い表すことが出来ない。だけど間違いなく存在はしていて、言葉を得ずともイメージをするだけなら出来る。このイメージが「フェアリーテール」に必要なんだそうです。

 なら、イメージさえできれば誰でも「フェアリーテール」を習得できるんじゃないか。話はそう簡単なものではないようです。

 「フェアリーテール」に必要なイメージというのは、対象となるものや事象「そのもの」である必要があって、それは五感を通して世界を知る人間には絶対に到達できないものらしいのです。

 たとえば、エール君の基本概念である「風」というものを考えてみる。わたし達は肌で空気の流れを感じて、「風とはこういうものだ」ということを知ることは出来る。

 だけどそれは、「風そのものを知る」ということではなく、「風というものが肌を刺激する感覚を知る」ということでしかない。

 では観測機器を使って数値化すればいいか。それでも、どんなに精密に測ったとしても、わたし達が知り得るのは「数値を通した風の情報」でしかない。「風そのものを知る」ことは出来ません。

 それがミコトちゃんの場合、五感を通すまでもなく「風そのもの」のイメージが「プリセット」の中にある。だから「風そのものを知る」ことが出来、そうしてエール君を生み出したということになる。

 プロセスが真逆。人が本来言葉を得て言葉で知っていくはずのところが、最初から知っていて言い表す言葉を得て形になる。それが、ミコトちゃんの人格形成の基盤となっている。

 だからミコトちゃんは、わたし達とは「違う」。学ぶ順番が普通の人から見たら滅茶苦茶だから、わたし達から見たらとてつもなく歪になってしまっているんだ、って。

 いくつか難しくて理解しきれない話もありましたが、はやてちゃんが語った内容は、大体こんなところでした。……二年前の時点で、はやてちゃんはそれだけのことを分かってたんだよね。

 本当に凄い女の子だ。ミコトちゃんもそうだけど、それ以上にはやてちゃんが。ミコトちゃんが安心して身を預けた理由が、少しわかった気がした。

 

 そんな、わたし達とは全く「違う」存在であるミコトちゃんに、どうやって伝えればいいんだろう。

 わたしはもう知っている。「伝わる」というのは、自分が持っているものをその人の内側から湧き出させ「共有する」ということだと。ただ思うままに話せばいいとは限らない。

 ミコトちゃんをどう刺激すれば、わたし達が持つこの感情を発生させられるのか。それを考えなければならない。はやてちゃんの話を聞いて、まずはそこに到った。

 簡単な話じゃない。だってわたしは、まだ自分の先入観をぬぐい切れてないから。はやてちゃんみたいに、一回自分の主観を捨てて、客観的にミコトちゃんを見て、どうすればいいかを考えられない。

 それに、はやてちゃんのそれも完璧じゃない。完璧だったら、もうミコトちゃんは知っているはずだから。わたし達と同じ感情を共有できているはずだから。

 わたしは、はやてちゃんが出来ない部分をやらなきゃならない。そしてそれは、今はフェイトちゃんと仲良くしてほしいという、わたしの我儘な感情から出てきたもの。

 そのまま言葉で言っても通じないということは、痛いほど理解できています。もう何度もそれで失敗しました。ミコトちゃんの心の何処を刺激すればフェイトちゃんと仲良くなりたいと思うのか、それが問題です。

 ヒントは……ないわけではない。ミコトちゃんは、はやてちゃんとは仲が良い。あきらちゃんとも、友達ではないかもしれないけど、仲が悪いわけじゃない。海鳴二小の皆もそうです。

 あとは召喚体の皆。だけど彼らはミコトちゃんにとって子供というか、自分で生み出した存在。「他人」とはまた違うだろうから、あまり参考にはならないかな。

 この中で参考になりそうなのは、あきらちゃんかな。はやてちゃんの場合、ミコトちゃんとは違う意味でちょっと規格外だ。他の子には真似できそうもない。

 あきらちゃんのエピソードも聞いている。二年前のミコトちゃんの誕生日で、友達だと思っていたのに他人と言われ、カッとなったあきらちゃんはミコトちゃんを叩いた。

 そして一方的に「友達だと思ってやる」と宣言し――あれ、なんかわたしも似たようなことしてるような気がするんだけど――実際にそのように行動するようになった。

 これでまずあきらちゃんは「ミコト」と呼ぶようになり、その次の段階が「フェアリーテール」作りのときにある。

 このときはもっと派手で、身を削って調査をするミコトちゃんに怒りが爆発したあきらちゃんが殴りかかり、学校で大ゲンカをしたそうです。しかも女の子にあるまじき殴り合い。二人とも何やってんのって感じです。

 その後はあの5人が「フェアリーテール」を完成させるための調査に加わり、ともあれあきらちゃんは名前で呼ばれるようになった、と。

 ……嫌な推論が出てきました。今のエピソード、二つに共通しているのは「ミコトちゃんが殴られた」ということ。普通の子がミコトちゃんと通じるためには、気持ちを込めて殴らないといけない……?

 暴力は、嫌いなんだけどなぁ……。ちょっと二年前のことを思い出して泣きそうになった。

 

 わたしがまだアリサちゃんすずかちゃんと交流していなかった頃、とある事件がありました。アリサちゃんが、すずかちゃんが大事にしているカチューシャを取ってしまったのです。

 すずかちゃんは涙目になりながら「返して」と言いましたが、当時のアリサちゃんは聞く耳持たず。「あんたのものはあたしのもの」とガキ大将ぶりを発揮しました。

 さすがに見ていられず、わたしは止めに入りました。「そんなことしちゃダメなんだよ」って、わたしに出来る一番大きな声で呼びかけました。

 だけど当時のアリサちゃんは、「なんであたしが他人の言うこと聞かなきゃなんないのよ」と本気で言うような子でした。それが物凄くショックで、気持ちが通じないことが悲しくて、つい手が出てしまいました。

 あれは自分でも意味が分かりません。……もしかしたら、お父さんの血の力なのかも。運動能力は全く遺伝しなかったくせに、なんでそんなところばっかり……。

 とにかく、自分が暴力を振るってしまったということが悲しくて悔しくて、その場でわんわん泣き出してしまった。忘れてはいけませんが、小学校の教室です。

 これには周りの皆も大困惑。特に叩かれたアリサちゃんなんか、「なんで叩いたあんたが泣いてんのよ!?」と怒ることも忘れて、すずかちゃんと一緒にわたしを慰めてくれました。

 これを機にわたし達は仲良くなったのですが……しばらくわたしのあだ名は「泣き虫なのは」でした。否定は全くできません。

 ――そういえば、あの頃はまだガイ君もとい変態がわたし達にちょっかいを出す前だったけど、あの後ぐらいから積極的に来るようになったんだっけ。目を付けられたこと自体は自業自得かもしれない。

 

 閑話休題。あの頃よりは、「必要な暴力」っていうものを理解できてるとは思います(大体変態のせい)。だけどそれは最終手段で、最初から選択したくはない。

 だから他の手段を考えるけど……ミコトちゃん相手に普通なやり方じゃ絶対通用しないことも分かってる。高確率で最終手段を発動するしかない。気が重いよぉ。

 ……ううん、ダメダメ! わたしはミコトちゃんに、フェイトちゃんと仲良くしてもらいたいんだから! そしてわたしのことも友達と呼んでもらいたい!

 腹をくくる、という表現であってるかな。この間のすずかちゃんちの一件で、わたしは覚悟をするって決めたんだ。よし、旅館に戻ったら、ミコトちゃんと一対一でお話しよう。

 決意し、ようやく意識が現実に向くと、お兄ちゃんがかなり遠くにいました。「何をやってるんだ、なのは。はぐれるぞ」と呼ばれてしまいました。

 

 

 

 慌てて小走りでお兄ちゃんに追いつく。……ミコトちゃんとソワレちゃんは?

 

「あ、いた。……と、誰?」

 

 二人はちょっと先に行った角を曲がったところにいました。だけど対面には、見たことのない赤毛の女の人。

 美人さんなんだけど、ワイルドな感じがして見様によってはちょっと怖い印象を受けるかもしれない、そんな人だった。だからだろう、ソワレちゃんはミコトちゃんの後ろに隠れるようにして、その人を見てる。

 そして、その女の人は、真っ直ぐミコトちゃんを見ていた。表情はあまり明るいものではなく、今にも泣き出してしまいそう。

 い、一体、わたしが目を離してるちょっとの間に何があったの?

 

「あんたがミコト、でいいんだよね。そっちの隠れてる子がソワレで……今来た子は、なのはって子で合ってる?」

 

 どうやら今会ったばかりで、わたしが来たところから話が始まったようです。……わたし達の名前を知っているということは。

 

「そういうあなたは、テスタロッサの仲間とお見受けするが」

「ああ……あたしは、あの子の使い魔のアルフ。今は人型になってるけど、本当は狼だよ」

 

 そう言って女性――アルフさんは、長い髪に隠れていたイヌ科の耳をピコンと立てました。……そういえば昨日、フェイトちゃんが「使い魔」っていう言葉を口にしていたっけ。そういうのもあるんだ。

 朝の温泉街はそれほど人通りがない。だけど誰に見られるとも限らないので、アルフさんは再び耳を隠した。

 ふと後ろに人の気配を感じ、お兄ちゃんが音もなくわたしの後ろに立っていました。その顔には、警戒の色。

 

「……凄腕の剣士って情報は本当みたいだね。あんたは、恭也さんだよね」

「話は聞こえていた。先日の戦いではあなたの姿を見かけなかったが」

「あのときは別行動をとってたのさ。大所帯のそっちと違って、こっちは二人しか人手がなくてね」

「……嘘はないな。あの子の仲間だというあなたの言葉を信用する。用件を続けてくれ」

 

 「ありがと」と短く答えて、アルフさんは続けた。

 

「単刀直入に言う。……あの子と戦わないであげてほしい」

 

 真剣な顔で紡がれた言葉に、思わず息が詰まる。けど……それは一体、どういうことなの?

 

「それは、テスタロッサがそう言ったのか?」

「……あたしの独断だよ。けど、あの子はそれを望んでる。「戦いたくない」って泣いてたんだ」

「フェイトちゃんが……」

 

 やっぱり、あの子の気持ちは嘘じゃない。わたしと友達になったのも、ミコトちゃんと仲良くしたいのも、本当のフェイトちゃんなんだ。

 少しの安心。さっきした決意をさらに固め、話の推移を見守る。

 

「だがそちらがジュエルシードを諦めない限り、衝突するのは必至だ。分かった上での発言か?」

「分かってるよ。本当なら、ジュエルシード回収を諦めてそっち側につくのが、あの子にとって一番いい選択肢だ。少なくともあたしはそう思ってる」

「じゃあ……」

「だけど、それは出来ないんだ。あの子にとって、それは譲れないことなんだ。……一番近くにいるあたしの言葉でも、届かないぐらい」

 

 アルフさんの顔は今にも泣きそうで、悲痛で静かな叫びに言葉を失う。一体何がそこまでフェイトちゃんを突き動かすんだろう。本当の気持ちを抑えてでもやらなきゃいけないことって、一体何なんだろう。

 

「あたしはあの子の使い魔だから、あの子の許可もなしに詳しいことは話せない。本当だったら、この独断専行もいけないことなんだ。だけどあの子は、我慢しちまう子だから……」

 

 だから、アルフさんはわたし達の前に現れた。フェイトちゃんに代わって本当の気持ちを伝えるために。

 痛いほどに強い思いだった。胸の辺りが苦しくなる。それを耐え、わたしは真正面からアルフさんの言葉を受け止めた。

 

「お願いだ。あの子の「敵」にならないでくれ。頼む、この通りだ!」

 

 アルフさんは浴衣が汚れることも構わずその場で膝を付き、頭を下げた。土下座という、この国で最上の懇願を示す行為。アルフさんも勉強してきたんだろう。

 ……わたしの中での答えは決まっていた。わたしにとって、フェイトちゃんは友達だ。わたしだって、敵になんてなりたくない。出来ることなら、これからもずっと仲良くしたい。

 今はジュエルシードを巡って対立してしまっていても、きっと何とかする方法があるはずだ。今は何も思い浮かばないけれど、考え続ければきっと見つかるはず。

 だからわたしは、祈るようにミコトちゃんを見た。アルフさんの切なる願いがミコトちゃんに通じるように、彼女の動向を見守る。お兄ちゃんも、同じだろう。

 そして、ミコトちゃんは――

 

 

 

「お話にならんな」

 

 何処までも冷静で、冷徹だった。

 アルフさんは弾かれたようにミコトちゃんを睨んだ。だけどそれすらもミコトちゃんは意に介さない。

 

「お前が言っていることを分かりやすくまとめよう。「自分達にとって不都合だから、無条件で敵対をやめて、こちらの都合に合わせてくれ」だ。こんな滅茶苦茶な提案で、講和が通ると思っているのか?」

「っ……それは、その通りかもしれないけど」

「「かもしれない」ではない。「その通り」なんだ。感情が先行しすぎて、思考の整理が全くできていない。そんなものは主への忠誠でもなんでもなく、ただのお前の自己満足だ」

「あんたっ! あたしとフェイトの絆を、何にも知らないくせに!」

「軽々しく「絆」という言葉を使うなよ、駄犬」

 

 思わず息を飲んだ。今のミコトちゃんの言葉には、少なからぬ怒気が含まれていた。あまり感情を見せない、ときどきシニカルに笑うぐらいのミコトちゃんが、はっきりとした感情を見せた。

 それだけ「絆」という言葉は、彼女にとって重いということ。……分かるかも、しれない。彼女とはやてちゃんの間にある、とても強い「絆」を考えると。

 ミコトちゃんの言葉が衝撃だったのか、アルフさんは驚愕を露にする。そして、負けじと怒気を放つ。

 

「まあそんなことはどうでもいい。今はお前の提案がどれだけバカバカしくて一考だに値しないか、だ」

「……ふざけんな! あの子が、フェイトが、どれだけの思いであんたと戦いたくないって言ったか分かってんのか!? どれだけ苦しくても我慢できちまうあの子が、泣いてたんだぞ!?」

「だからどうした。その涙が、オレの判断基準になるとでも? 昨日今日知り合ったばかりの相手で、しかも敵対関係なのに? そういう客観的事実の整理が出来ていないから、お話にならないと言っている」

「~~~っっっ! あんたって奴はァ! どれだけあの子のことを傷つければ気が済むんだッ!」

 

 アルフさんが立ち上がり、ミコトちゃんの胸倉をつかむ。ミコトちゃんは、表情を動かさない。

 

「最初はフェイトのことを殺そうとしてッ! 今はあの子に希望を与えてから絶望に突き落とそうとしてッ! あんた、何がしたいんだよ! あの子になんの恨みがあるっていうんだよォッ!」

「テスタロッサに対する感情は、何もない。恨みもなければ好意もない。彼女にも言ったはずだ。オレはオレの目的のためだけに行動していると」

「っってん、めエエエエ!!!」

 

 アルフさんは、右腕を振りかぶってミコトちゃんの顔を叩こうとした。ダメっ、それをやっちゃったら!

 それは、後ろに引かれたところでお兄ちゃんに羽交い絞めされることで止まった。だけど狼と人間の力の差は歴然で、いつ振りほどかれてもおかしくない。

 

「くっ! 落ち着け! それをやったら、今度こそミコトはフェイトに容赦しなくなる! 俺達だって、ミコトに手を汚してほしくないんだ!」

「離せっ、離せよぉっ! なんで、なんでこんな奴がっ! お前も"あいつ"と同じだ! フェイトをいいように使って、傷つけるだけだッ! そんなの、許せるかよオオォ!」

「……本当に駄犬だな、お前は。さすがに、テスタロッサに同情したぞ。彼女も苦労している」

 

 目の前で繰り広げられる攻防を、何処か呆れた目で見ているミコトちゃん。余裕ある動きを失わず、着崩された浴衣を直した。

 そして冷たい目で。本当に、何の感情も宿さない目で。

 

「どれだけ理屈で語っても理解できないなら、はっきりと結論だけ断言してやる。よく聞いて、テスタロッサに伝えておけ」

 

 アルフさんを見据えて、心を抉る一言を放ちました。

 

「「オレは初めからテスタロッサと仲良くする気などない」。彼女はただの敵対者だ。"一人相撲"の結果どうなろうが、端から微塵も興味はない」

「……!!! くっそオオオオオ!」

「ぐっ! しまっ、魔法を!?」

 

 アルフさんの足元にオレンジ色の魔法陣が展開されると、衝撃波が発生してお兄ちゃんを弾き飛ばしてしまった。そのままミコトちゃんに迫り、拳を振るい――

 

 

 

 パン、という乾いた音が、朝の温泉街に響きました。

 

「――、え?」

 

 後ろから、アルフさんの呆けた声。わたしはアルフさんが魔法を使った時点で、既にミコトちゃんの前に立っていました。

 さっきまでの喧騒が嘘みたいに、この場が静まり返る。アルフさんは、目の前で何が起こったか理解出来ていないみたいだ。

 わたしがミコトちゃんの正面に立ち、彼女の顔を平手で打ったということに、理解が追い付いていなかった。

 構わず、わたしは言葉を紡いだ。

 

「……わたしは、ミコトちゃんの心は分からない。けど、アルフさんの心は「伝わって」きた。その頬の痛みを何倍何十倍にするぐらい、アルフさんの心は痛かったんだよ」

「……それで?」

 

 ミコトちゃんの声は、変わらない。無感情で無機質な、いつにもまして冷たい声。だけどわたしは怯まなかった。

 

「わたしはこんな思いをするのも、誰かがこんな思いをしてしまうのも、ミコトちゃんが誰かにそう思わせてしまうのもいやだ。だから、頬を打ったの」

「そうか」

 

 ちゃんと、わたしの言いたいことが彼女に「伝わる」ように。心は熱く、だけど頭は冷静に、言葉を紡いでいく。自分でも不思議な精神状態だった。

 

「ミコトちゃんは「違う」から、わたしは「伝え方」が分からない。どう言えば、アルフさんの気持ちをミコトちゃんに「伝えられる」か、分からない」

 

 自分でも驚くぐらい、残酷な言葉が滑り出した。

 

「……はやてちゃんが傷つけられたら。ブランさん、ソワレちゃんが、誰かに傷つけられたら。ミコトちゃんは、その誰かを恨まずにいられる?」

「……いや」

「同じことなんだよ。ミコトちゃんがそうやって誰かを傷つけたら、その誰かが、ミコトちゃんの大切なものを傷つけてしまうかもしれない。ミコトちゃんは、それに耐えられる?」

「……いや。多分オレは、耐えられない」

「わたしには、「人を傷つけたくない」っていう「感情」をミコトちゃんに伝えられない。だけど、「理屈」だけなら伝えることが出来た」

 

 あとはミコトちゃんの気持ちに任せるしかないけど……多分、大丈夫だと思う。ミコトちゃんは感情が少ないけど、全くの無感情ではないから。

 

「ねえ、ちゃんと想像して。ミコトちゃんの大切なものが、たとえばアルフさんに傷つけられてしまうところを。想像して……ミコトちゃんは、どう思った?」

「……泣きたくなるな。この駄犬、ぶち殺してやろうか」

「それは想像の中のアルフさんだよ。現実のアルフさんは、そんなことしない。とってもフェイトちゃん想いのいい人なんだから」

「……そうだな」

 

 意外と想像力豊かなのか、ミコトちゃんの目は潤んでいた。……そういえば、これもはやてちゃんが言ってたっけ。ミコトちゃんには「プリセット」を使った高精度なシミュレーション能力があるって。

 それが人に対してどの程度の効果を発揮するものなのかは分からないけど、想像の中で悲しめるぐらいではあるみたいだ。

 

「でも、現実にミコトちゃんはアルフさんにしてしまった。どうしてそうなったかは考えないで、ミコトちゃんにはきっと分からないから。でも、傷つけてしまったというのは、事実なんだ」

「……そう、みたいだな」

 

 分かってくれた。もうミコトちゃんに任せて大丈夫。わたしは体をどけて、背後で直立不動になっていたアルフさんとミコトちゃんを対面させる。

 ミコトちゃんは……今まで見たことがないぐらい、しょんぼりとした顔をしていた。不謹慎だけど、今までとのギャップのせいで物凄く可愛らしい。

 だからアルフさんも毒気を抜かれたんだろう。明らかに面食らった顔をしている。

 

「その……無神経な言い方をして、すまなかった」

「あ、ああ……いいよ。そっちの、なのは、だっけ。その子が全部言ってくれたみたいだし。これ一発で済ませてやるよ」

 

 そう言ってアルフさんは、ミコトちゃんに軽いデコピンをした。ちょっと痛かったのか、ミコトちゃんは額を抑えて涙目だった。かわいい。

 とりあえず、何とかなった。ふう、とため息をつき……感情が溢れてきた。

 

「ぅぅぅうわあああああああん! ミコトちゃんごめんなさいいいいいい! 叩いちゃってごめんなさああああい!!」

 

 溢れだす涙とともに、ミコトちゃんに後ろから抱き着いた。

 わたしはミコトちゃんの背中に顔をうずめていたから、彼女の表情は分からない。……あとでアルフさんに聞いたら、凄くびっくりした顔をしてたって言ってた。見れなかったのがちょっと残念だ。

 わずかに間があってから、彼女は平坦だけど何処か優しい声色で。

 

「全く……本当に君は、分からない。分からないから、オレは君を認めたんだろうな。だから……ありがとう、なのは」

 

 わたしの名前を、呼んでくれました。

 当然ながら、そのせいで泣いている時間がちょっと長くなりました。

 

 

 

 何故か話のメインでないわたしが泣き止むまで待つことになり、ちょっとどころではなく恥ずかしかった。あ、けどおかげなのかソワレちゃんがわたしを怖がらなくなりました。

 今はソワレちゃんと手を繋いで、ミコトちゃんとアルフさんの話を聞いています。

 

「確かにさっきの言い方が悪かったのは認めるが、オレの言っていることはそう間違ったことではない。そちらも、まずは認めるところから入ってくれ」

「……そうだね。冷静になって、自分が如何に無謀な話し合いをしに来たのか理解したよ。駄犬って言われてもしょうがないね」

「その通りだな」

「……」

「場を和ませる冗談だ。そう睨むな」

 

 だ、大丈夫だよね? 心配になってお兄ちゃんの方を見たら、ちょっと笑って頷きました。大丈夫みたいです。

 

「一応停戦というか、戦闘回避のための互いの譲歩か? それを成立させるためのアイデアは、オレの中にある。君が語ったテスタロッサ像に間違いがないのであれば、だが」

「本当かい!?」

「こんなときに嘘はつかん。ただ、それをするためには一つ、知らなければならないことがある」

 

 「何だい?」と聞くアルフさんに、ミコトちゃんは一拍呼吸を置いてから。

 

「君達の背後にいる人物と、その目的について」

 

 そう答えました。アルフさんは驚愕で目を見開く。

 ……それってつまり、フェイトちゃんがジュエルシードを求めているのは、本人の意志じゃないってこと?

 

「君がさっき口を滑らせた"あいつ"という発言で確信した。そもそもがオレが分析したテスタロッサの主体性のなさと、ジュエルシードを求める動機が結びつかない。誰かの命令で動いていると考えるのが自然だろう?」

「……ははは、凄いねあんた。フェイトが「不思議な女の子」って言ってた意味が分かった気がするよ」

「オレにとっては不思議も何もないんだが、そう評価されることが多いな。まあいい。とにかく、それが分かりさえすれば、状況のコントロールは可能だろう」

 

 ……本当に凄い子だ、ミコトちゃんは。わたしなんて、そんなこと全く思いもしてなかった。「なんでフェイトちゃんはジュエルシードを求めてるんだろう」とは思っても、分析なんてしてなかった。

 そっか。そうやって「分かる」方法も、あるんだ。

 ミコトちゃんから魅力的な提案。だけどアルフさんは、難しい顔をして考え込んだ。

 

「……さっきも言ったけど、あたしはフェイトの使い魔だから、あの子の意志を無視して行動は出来ない。その辺のことはあの子と直接話してもらうしかないけど……目的だけは、それでも分からないと思う」

「知らない、ということか?」

「そ。あたしらも"あいつ"が何の目的でジュエルシードを求めてるのか分からないのさ。ただ、フェイトは絶対に従わなきゃならない理由がある。だから何も知らないまま、ジュエルシードを探しているのさ」

「……なるほど、な」

 

 ミコトちゃんは今ので何か分かったんだろうか。わたしにはさっぱりだ。額面通りのことしか分からない。お兄ちゃんなら何か分かるかな。

 

「オーソドックスなところで言うと、人質を取られている、とかだろう。だがそれなら、昨日の呑気さはおかしい気がする。別の理由だろうな」

「うーん、やっぱりなのはにはまだまだ分からないの……」

「なのは、がんばれ。ソワレ、おうえんする」

「っっっやっぱりこの子可愛いぃぃ! うん、お姉ちゃん超頑張るっ!」

「……なのは、こわくないとおもったけど、やっぱりこわいかも」

「ガーンなの!?」

「調子に乗るからだ、全く……」

 

 外野は外野で会話をする。その間にも、ミコトちゃんとアルフさんの会話は進んでいた。

 

「何はなくとも、テスタロッサと会話をしなければならないか。会談への参加の説得は任せてもいいか?」

「会談って……お堅いねぇ。まあ信頼は出来るか。そうだね、精一杯努力させてもらうよ。成否は念話で知らせればいいかい?」

「そうだな。なのはに念話を入れてくれ。藤原凱でもいいが、この場にいる人物の方がいいだろう」

「? ミコトでいいんじゃないの?」

「……そうだな。会談参加への前報酬という形で、一つだけこちらの情報を開示しよう」

 

 そう前置きして、ミコトちゃんは今まで黙っていたこちらの戦力の事実を、一つアルフさんに伝えました。

 

「オレは魔導師じゃない。君達の使う「魔法」とは別の"魔法"を使う能力者だ」

「!? ……レアスキル、ってやつかい?」

「そちらでどう呼ぶのかは知らない。ただ、オレが使う力が君達の知り得ないものだという事実だ。だから、オレに君達の念話は届かない」

「なるほど、ね。フェイトは高ステルスのレアスキルかもって言ってたけど、そもそも魔力がないってわけか」

「そういうことだ。理解していただけたか?」

「分かった。あたし達は、昼になったらチェックアウトで街に戻る。あんた達は、もう一泊するんだっけ?」

「本当はジュエルシード探索に戻りたいところだが、高町家の予定に乗っかっただけなんでな。全く、なのはは自分がやっていることの自覚はあるのか」

「にゃっ!? 飛び火してきたの! と、ときには休憩も必要だと思いますっ!」

「あー。フェイトにちょっと休んでこいって言って温泉に押し込んだあたしには何も言えないよ」

「そのおかげで、今この状況になっているわけか。果たしてこの先、吉と出るか凶と出るか……」

 

 出来ることなら、吉と出て欲しい。先のことなんて分からないから、誰にも何も答えられないけれど。

 だけど、これだけ皆で、「より良い未来」を模索しているんだから。結果を伴ってほしいと思うのは、いけないことじゃないよね。

 真面目な話はここまでみたいです。

 

「ふう。結構時間が経ったな。そろそろ戻れば、温泉に入れる時間になるだろう」

「あたしもご相伴に与らせてもらうよ。昨日はフェイトを慰めるので、結局入りそびれちゃったんだ」

「それはご愁傷様だ。ここの温泉は、中々に気持ちがいい。オレも湯に入るのに何故金を払う必要がと思っていたが、これは金を払ってでも来る価値がある」

「あ、ミコトちゃんが温泉の良さを分かってくれたの! それじゃ、また皆で来ようね! 今度はフェイトちゃんとアルフさんも、最初から一緒で!」

「……ああ、そうだね!」

「気楽に言ってくれるな。こちらは日々の食費も考えなければならないというのに」

「ソワレ、おんせん、すき。……ダメ?」

「まあ娘がこう言ってるんで、次も機会が合えば御一緒させてもらうか」

「鮮やかな掌返しを見たの……」

「なんつーか、親バカだねぇ。ま、確かにソワレは可愛いと思うけどね」

「旅行資金はうちが持つよ。俺達は既にそれ以上のものを君達からもらっているんだ。貸し借りなんか気にするな」

「……はあ。高町家の魔の手からは絶対に逃れられない、か」

 

 その言い方、なんか酷いの。

 最初の張りつめた雰囲気は消え、和やかな空気の中、わたし達は旅館へ戻る道を歩いた。

 どうなるかは分からない。けど、きっとどうにかなる。そう信じさせてくれる空気だった。

 

 

 

 だから、その気配を感じたときは、さすがのわたしもちょっとイラッとしてしまった。

 

「――あー。なーんでこのタイミングかなぁ……」

「……せっかくいい雰囲気だったのに。空気読めなの」

「ジュエルシードか」

 

 わたしとアルフさんの反応で、ミコトちゃんはすぐに理解したようだ。緩んだ空気が一気に張りつめる。

 ミコトちゃんは意識を切り替えると、すぐにわたし達に指示を出した。

 

「アルフ。一先ず今回のところは共闘だ。まずはジュエルシードを止める。配分については、暫定措置で封印した方が取る。異論はあるか?」

「ないよ、完璧すぎる。フェイトを呼んで先行しとくよ。結界は、魔導師以外はミコトと恭也さんを入れるのでいいかい?」

「問題ない。なのは、今の条件を藤原凱とスクライアに念話。その際ブランに旅館の警護を指示しておくように伝えてくれ」

「了解です!」

 

 ミコトちゃんの指示に従って、アルフさんが物凄いスピードで跳躍し、すぐに見えなくなった。正体が狼というのは伊達じゃない。

 わたしはお兄ちゃんに手を引かれて走りながら、ガイ君とユーノ君に向けて念話を試みた。

 

≪ガイ君、ユーノ君! 気付いてる!?≫

≪もぉビンビンですよぉ! こちとら全裸になったばっかなのによぉ!≫

≪そこはどうでもいいだろ! とにかく、僕達も急いで向かう! フェイトの動向が気になるところだけど……≫

 

 さっきのアルフさんとの会話を要点だけまとめて、今回に限った共闘条件を伝達する。

 フェイトちゃんはわたし達と戦いたくないこと。温泉から戻った後、ミコトちゃんが話をまとめること。先に封印した方がゲットすること。

 今回はミコトちゃんが見つけたわけじゃないから、わたしとフェイトちゃんの競争ということになる。やっぱりユーノ君は、納得がいかない様子だった。

 

≪彼女がやっていることは違法行為だ。それを容認してっていうのは、おかしいんじゃないかな≫

≪あったま固ぇぞ、ユーノ! 女の子が泣いた! それだけで俺達男が行動する理由は十分なんだよ!≫

≪ガイ……だけど≫

≪だけどもデモクラシーもねえの! ミコトちゃんが頑張って話をまとめてくれるっつってんだろ? それともユーノは、ミコトちゃんのことまで信用できねえのか!?≫

≪だ、誰もそこまでは言ってないだろ!? 分かったよ! 今回はフェイトを信じて共闘する!≫

≪っ! ありがとう、ガイ君! ユーノ君!!≫

 

 本当に、普段は変態のくせに、いざってときには頼りになるガイ君。だからわたしは、彼を憎めないのかもしれない。

 念話が切れ、走り続ける。そうほどなくして、わたし達はアルフさんが展開した結界の中に侵入した。

 

「ここから先は飛行魔法で行け。出来るようになったんだろう?」

「うん! 先に行って、フェイトちゃんと一緒に待ってるから!」

「戦っておけ、全く」

 

 ミコトちゃんは呆れたようにため息をつき、だけどわたしに向けて、小さく笑ってくれました。

 それが嬉しくて、不屈の心を胸に抱き、レイジングハートを起動する。

 

「それじゃ、行ってきます!」

『Flier fin.』

 

 わたしは、色あせた世界の中、空を駆けて現場に向かった。

 ジュエルシードの発動場所は……海鳴温泉ほど近くの、山の中。




あれれーおかしいぞー?(Bah Law) 本当ならこの話でジュエルシード封印まで行く予定だったんだけどなぁ……。
ジュエルシードの発動場所と時間が原作と違いますが、この話ではこういう流れにしました。ついでに暴走体も強化される予定です。ってかそうじゃないと、戦闘があっさり終わりそうなんで。

なのちゃんの過去話が出ましたね。「ヤハタさん」のなのちゃんは、ミコトによって気付かされた桃子さん及び退院した後の士郎さんによって、激甘に育てられてきています。
そのため暴力に対して強い抵抗感があり、自分の暴力でも自己嫌悪で泣き出してしまうほど。これによってアリサとすずかのエピソードもかなり変わっています。父親譲りの正義感はある模様。
但し変態は除く。ある意味なのはにとって特別な人間ってことなんじゃないですかね?(ゲス顔)

ミコトの人でなしぶりが炸裂。アルフさんじゃなくても怒るわ……。
今回なのはが精神的に大きく成長したため、名前で呼んでもらえるようになりました。それでもミコトは切り捨てるときは容赦なく切り捨てるけどね!(外道)
やっぱり叩かれないと名前で呼べないのか……ミコトちゃんはドMかな?(白目)

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