不思議なヤハタさん   作:センセンシャル!!
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今回はガイ君(転生者)視点です。ようやく色々と明かされます。


二十二話 惑る少年の独白 転

 まずは自己紹介からしとこうか。

 

 俺の名前は、藤原凱。聖祥大付属小学校に通う、れっきとした男子小学生だ。エロにまみれた中学生でもヤりたいざかりの高校生でもない。所属はなのは達と同じ、3年1組。

 家族構成は、両親と俺の三人暮らし。世間一般の平均よりはまあ、裕福な暮らしをしてるんじゃないかな。私立行きたいって言ったときも、特に反対されなかったし。

 特筆すべき点としては、リンカーコア、つまり魔法の才能を持っているってこと。師匠のユーノ曰く、保有魔力量だけならなのはとタメ張れるらしい。シールドしか出来ない俺が持ってても、宝の持ち腐れだと思うが。

 俺はちゃんと家族に管理世界のことを話している。高町家が家族ぐるみでなのはのサポートをしているのを見て、俺も黙っておくのは筋じゃないと思ったんだ。これについては、ユーノが若干渋い顔をしたな。

 だけど、これは俺が「前々から」思ってたことでもある。危ないことに首を突っ込むのに、家族の理解を得ないでどうするって話だ。それが後々の仕事になるかもしれないってんならなおさらだ。

 いつかバレるなら、黙っておくのは問題の先送りでしかない。だったら、余計な隠し事はしないで素直にゲロっちまった方が、変な心配はしなくていいってもんだ。

 ちょっと話は逸れちまったが、今の俺に関しては大体こんなもんか。ああ、こんなんだけど、成績はいいぞ。今更私立とは言え小学生の問題にてこずってられるかよ。

 

 何? 野郎には興味ないからさっさと話終われ? ミコトちゃんの百合生活を見たいだって?

 バカヤロウ、そんなん俺が見たいわ! 俺がどんだけ生殺し喰らってるか分かるか!? 男だからどうしても隔離されるし! 女の子に生まれればよかったって気が迷っちゃったぐらいだぞ、チクショウ!

 ……ゴホン。まあ、気持ちは分かるさ。俺だって野郎の独白なんて汁気のないものよりも、オレっ子のふとした瞬間に現れる女の子らしい内面の方が、見てて潤うって思うもん。

 だけど、今回は俺の番なんだ。我慢して付き合ってくれ。

 

 自分の内側の声から推測した「観測時空の誰かさん」の意見への返答も終えたことだし、ちょっと核心に入ろうか。

 もう皆分かってると思うけど、俺は転生者……っていう表現はちょっと正しくないかもなんだけど、まあその言葉が持ってるニュアンスで考えれば大体合ってる存在だ。

 より正確に言うなら、「この世界によく似た世界を作品として観測した分岐世界の住人の記憶を持っている小学生」ってとこだ。ややこしいな。めんどいから普通に転生者でいいや。

 そういうことで話を進めるけど、俺がこの世界に"転生"したのは、偶然でもなんでもない。俺が意図して、選んでこの世界に生まれ落ちた。「選ばせてもらった」んだ。

 要するに二次創作用語で言うところの「神様転生」だ。俺が「お願い」した相手は、神様ではないって明確に否定をしてたから、この表現は完全一致じゃないけれども。

 じゃあ俺が「神様転生」をしたのは、その「神様」の気まぐれだとか不注意による失敗だとか、そんな必然なのか? 答えは、ノー。絶対にノゥ。もっと理不尽で抗いがたい何かだ。

 端的に言ってしまえば、「偶然の事故」。それも普通だったら発生し得ないような、何億何兆でも済まないレベルの天文学的な確率の事故が起きた。

 それが、俺がこの世界に生まれ落ちた、本当に最初のきっかけ。「神隠し」。そして現在、この世界で小学生をやっている。

 

 こんな説明じゃ分かりにくいだろうから、会話とエピソードを思い出して説明することにしようか。

 あ、予め言っておくけど、完全再現じゃないからな。俺の記憶の補正が入ってるだろうし、何より"俺自身"は経験したわけじゃない。"前の俺"の記憶なんだから、多少不鮮明になるのは勘弁してほしい。

 それでは、回想スタートだ。ポップコーンとコーラ片手に楽しんでくれ。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 突然だが、皆さんは「時の最果て」という場所を知っているだろうか。某国民的人気漫画の作者や某国民的人気RPGのデザイナーが協力して作り上げたゲームに出てくる地名の一つだ。

 その場所は全ての時が生まれる場所であり、辿り着く場所でもある。そんな時間の理から外れた場所という設定だ。まあ、今は設定自体はどうでもいい。

 大事なのは、今俺が立ち尽くしている場所がそれに酷似しているってことだ。いきなりのことにわけが分からず、呆然と立ち尽くしていた。

 

「……はあ?」

 

 どれぐらいそうしていたか。体感時間的には結構長かったけど、実際は5秒とかそんなもんかもしれない。

 俺の口からは意味のない問いかけ……問いかけ? まあ、「なんだこれは」とか「どういうことだ」とか、色んなものが混じった音が発せられた。

 もちろん、返って来る答えなんてない。今この場には、歪んだ時空のような空間しかない。正しく人っ子一人いない。俺一人だ。

 俺はついさっきまで大学のキャンパス間を移動していたはずだ。教職課程を取るべく、俺が所属する学部のキャンパスとは徒歩で20分ぐらい離れた本キャンパスに移動している最中だった。

 それが、何の前触れもなく景色が変わり、この最果て染みた空間に辿り着いた。……記憶をたどってみても、その事実しか出てこない。トラックにひかれた覚えも、スキマに落ちた記憶もない。

 それを証明するかのように、俺が耳に付けているイヤホンからは、音飛びなしで曲が続いている。陰気な雰囲気とは場違いな明るい洋楽が流れていた。

 音楽――それに気付き、ポケットからスマホを取り出す。画面を起動して……やはり圏外である。GPSなんか起動するはずもない。

 曲を止め、肩にかけたトートバッグの中にしまう。辺りは一切の音がない静寂に包まれていた。

 生命が感じられない、時の流れすら分からない歪んだ時空に、突如として俺は放り込まれた。

 

「……は、ははっ……」

 

 笑いが漏れたが、別にこの状況が面白おかしいわけじゃない。人間追い詰められると、自然と笑いが出てきてしまう生き物なのだ。

 つまり、今の俺はどうしようもないほど追いつめられていて――どうにかなると楽観しているわけじゃないが、ある意味腹をくくることが出来た。

 どうしようもない。分からないことはあまりに多いが、その一点だけは理解出来てしまった。ほとんどの可能性において、俺がこのままここでくたばることを理解したのだ。

 そう理解すると……今出来ることは全部やろう。自然とそう思えた。そうして俺は、歩き始めたんだ。一人で、無言で。

 

 そして、そういうことはやってみればやってみるもんだ。

 

「……おいおい、マジかよ」

 

 歩き始めてほどなくして、人など一人もいないと思われた空間に、何やら音が響き始めた。カタカタカタカタという、まるでキーボードを叩くような音。

 こんな、神秘的でありながらおどろおどろしい空間に、まるでそぐわないプラスチックなタイプ音。だがその軽さ故に俺が安堵出来たのは事実だ。

 カタカタ音が強くなる方向に歩を進める。やがて俺は、街灯の明かりに包まれた小さな区画を見つけることが出来た。まんま時の最果てだ。

 だが、そこにいたのは時の賢者たる老人ではなく、古めかしいディスプレイを睨みつける精悍な男。手は休むことなくキーボードを叩いており、その背は大きなオフィスチェアに預けられている。

 とてつもないミスマッチがそこにあった。俺はようやく見つけた人だというにも関わらず、声を発することも出来ずに、またしばらく立ち尽くした。

 俺が動けるようになったのは、彼がタイプを止めて大きく伸びをしたときだ。

 

「……んあ?」

「あっ」

 

 のけぞった彼のさかさまになった目線と、俺の狼狽えた目線が絡み合う。しばし無言の沈黙が場を満たす。

 そして。

 

 

 

「誰だお前!? おあだっ!?」

 

 大声を出した男が、椅子をひっくり返してこけた。それはこちらが聞きたいことだった。

 

 

 

 ともあれ、現状唯一の手がかりである彼を無下に扱うことは出来ない。転んだ男を抱え起こし、椅子に座らせる。

 彼は「立ち話もなんだろ」と言って、キーボードを操作してから何処からともなく椅子を取り出した。……まさか、立体プログラム的な何かなのか?

 

「あー……みっともねえとこを見せたな」

「あ、いえ。俺は特に気にしてないですし……」

 

 男は「失礼」と言ってタバコをくわえて火を点ける。背は190cmぐらいあるだろうか。無精ひげと、ボサボサ頭。そして何故か、白衣を着ていた。

 ふぅー、と紫煙をくゆらせ、男は一息ついた。どうやらこのタイミングで休憩を取るようだ。

 

「で。お前さんは何者……って、自分でも分かってねえみたいだな」

「はあ……。学生証とか、そういうのは持ってるんですけど」

「あー、いい。んなもん見ても、上っ面が分かるだけだ。この場にいる理由にはならねえだろ」

 

 財布に入った学生証を取るべく伸びた手が、男の言葉で止められる。……確かに、その通りだ。

 くわえタバコのまま「めんどくせー」と言いながら頭をガシガシかく男。今度は俺から質問した。

 

「あ、あの! ここは何処なんですか? 俺、気が付いたらこんな場所にいて、ここに来た心当たりもなくて」

「……うーわ、マジかよ。本格的にめんどくせえことになってんな」

 

 額に手を当てて天を仰ぐ男。俺の言葉で、自分の疑問への答えを得たようだ。

 タバコを手に持ち、はあーっと深いため息をつく。そして再びくわえタバコとなり、男は説明を始めた。

 

「この場所は……あー、「観測境界」とでも呼ぶことにしようか。次元階層の異なる世界の狭間だ。つっても、ほとんど意味は分かんねえだろ。ぐるぐるしてる世界とでも考えとけ」

「は、はあ……」

 

 こんなよく分からない場所にいる割には、ざっくばらんで所帯じみた男だと思った。

 

「で、お前さんがここにいる理由だけど……観測してなかったから確証はないけど、確信を持っていうと、ただの事故だ」

「……はっ?」

 

 意味が分からない。こんな場所にいるのが、ただの事故?

 

「いえいえ、待ってくださいよ。俺、ただ道を歩いてただけですよ? 別にトラックにひかれたとか、変な穴に落ちたとかでもない。思い当たることなんてないですよ」

「だから、歩いてたらいきなりここに飛ばされたんだよ。お前の世界にもあるだろ、「神隠し」って単語。あれの超稀なケースが起きたんだよ」

 

 男は語る。神隠しには様々なケースが考えられるが、基本的には空間が別の空間と一時的につながることで発生する。この時点で俺の知識からすると驚愕なんだが、この身に起きていることを考えると、驚く余裕もない。

 で、この空間――「観測境界」は文字通りの狭間であり、通常なら素通りしてしまいつながることはない。事実、これまで俺のような"迷子"は一度もなかったそうだ。

 だが、今回はそれが起きてしまった。通過の最中に亜空間(二つの空間を繋いでいる空間だそうだ)が消失し、零れ落ちるように俺はここに投げ出されてしまった。

 確率にして、ミクロとかナノとかフェムトとか、そんなのが生易しく見えるぐらいのごく微小な確率だそうだ。

 

「……それってつまり、俺はここに来なくても、神隠しにはあってた、と」

「そうとも限らねえさ。繋がってる二つの空間が、実は全くの同一って可能性もある。ってかほとんどの場合はそうだ。寸分たがわぬ位置にワープしてりゃ、神隠しにはなんねえだろ」

 

 確かに。ということは、やはり俺がここにいるのは、とてつもなく運が良かったのか、とてつもなく運が悪かったのかのどちらかだということだ。

 とりあえず、俺がここにいる理由は……原理とかはともかくとして、ある程度理解した。問題はここからだ。

 

「その……俺って、元いた場所に帰れますかね?」

 

 とても重要なことだ。俺は、自分の世界に家族がいる。友人もいる。大学にも通っている。将来もある。元の世界に未練がやまほどあるのだ。

 俺は、死んだわけじゃない。こうして生きて、普通だったら来れない場所に来てしまっただけだ。もし帰れるなら帰りたい。

 だけど男は、顔を渋く歪めた。

 

「……分からねえ、としか返しようがねえ。気休め言っても仕方ねえからはっきり言うが、確率で言えばまず無理だ。ゼロではないが、ここに来たのと同じぐらいの偶然をもう一回起こさなきゃならねえ」

 

 ここの景色が流動しているのは、単なるエフェクトではない。常に変容する可能性によって、観測される位置座標と時間座標、その他諸々が変化しているためだそうだ。

 難しいことはよく分からなかったが、はっきりしていることが一つある。それは、こんな中から俺が元いた世界を見つけ出すのは、事実上不可能であるということ。

 

「まさか俺もこんな場所に迷子が来るとは思ってなかったからな。それに、観測しようにも世界は無数だ。勘で「迷子が来そうなところ」に当たりを付けるなんてのは出来ねえよ」

「そう……なんですか」

「俺は神様じゃねえんだ。ただ存在してる次元階層が違うだけの人間だよ。俺自身は、ただの端末だけどな」

 

 絶望。家族や友達に別れを言うことが出来なかった。理不尽に、安否すらも分からぬ場所に送り込まれてしまった。

 いや、世の中そんな人間は存在するだろう。こんな場所に送り込まれなくたって、僻地で行方不明になったりすれば、家族や友達は分からぬ安否に心を痛めるだろう。そう考えれば、生きていられる俺はまだマシな方だ。

 だけど、生きている分、それは俺の心に重くのしかかる。項垂れる俺の様子がいたたまれなかったか、男はガシガシと頭をかいた。

 

「……お前さんが元の世界に帰りたいって言うなら、送り出す努力はしてやる。ただ、いつになるかは分からない。千年かもしれない。一万年で済むかもしれない。ひょっとしたら、無量大数の先でも無理かもしれない」

 

 「その間お前さんの精神が持つなら、やってやる」と男は言う。そんなの……多分、耐えられそうにない。

 それが分かったから、俺は力なく首を横に振った。もう一度、男はガシガシと頭をかいた。

 

 しばらくの間、俺はしゃべる気力がなかった。家族や友達に二度と会えない、その絶望に打ちひしがれていた。

 だけど人間は、いつまでも絶望していられるほど、一つのことだけに打ち込める生き物じゃない。首を横に振って、これからのことを考える。

 

「それで、俺はこれからどうなるんです」

 

 家族や友との縁が切れてしまっても、俺自身は絶対に切ることが出来ない。俺は俺が終わるまで、自分のことは考えなければならないのだ。

 俺の質問に、男はタバコの火を灯しながら、ふーむと考える。

 

「一番の選択肢は、適当な世界に飛ばす、だな。お前さんが生きていけそうな可能性を検索して、そこに落とす。そうすりゃ、死ぬまでは生きていける」

 

 そりゃそうだ。最初の印象でぶっきらぼうな人かと思ってたけど、意外と面倒見のいい兄貴分という感じだ。

 

「他にも選択肢があるんですか?」

「そらな。二番目、ここで元の世界が見つかるのを待つ。とはいえ、これはもう選択しないって決めたみたいだからボツ案だな」

 

 指を立て、三つ目の選択肢を語る。

 

「三つ目は、お前さんは一旦ここで「終わって」、記憶だけ残して適当な世界で生まれ直す。第一案の変則案ってとこだな」

「……転生、ってことですか?」

「似たようなもんだ。第一案との違いや、メリット・デメリットについて解説する必要はあるか?」

 

 ない。俺にも、一つ目と三つ目の違いは分かった。

 一つ目は、「今の俺」のまま、新しい世界に適合して生きていこうとする道。今までの想いも何もかもを抱えたまま、最後まで歩く道だ。

 そして三つ目は、「次の俺」に全てを託す道。一度俺という存在を途切れさせ、新しい俺となって生きていく道だ。記憶は受け継がれ、しかし想いの全てはここで終わる。

 そうすれば、メリットとデメリットも自ずと分かる。一つ目は俺の精神を保つことは出来るが、重荷を抱え続ける必要がある。三つ目はその逆だ。

 選択肢はこの三つ。実質二つ。一案と三案のどちらかを選ぶことになる。

 そして俺が選んだのは――もう分かっていると思うが、三案だった。

 

「……理由を聞いてもいいか? オブラートに包まないで言えば、三案ってのは「ここで死ぬ」選択肢だ。普通の奴なら一案を選ぶはずだ」

 

 その通りだと思う。誰だって、死にたくはないだろう。事実俺も、「これからどうなるのか」という質問は俺が生きることを前提にしたものだ。

 だけど、同時に俺は思う。これから先、絶対に叶わぬ郷愁を抱えるよりも、「次の俺」として面白おかしく生きてみたいと。それは、「今の俺」では絶対に叶わないことだ。

 「ほぉ」と男は感心したように頷いた。

 

「ただの自暴自棄だったら、無理矢理一案を飲ませたんだけどな。未来を見据えてってことか」

「あはは……俺、あんまし心が強くないっすから」

「はは、見るからにそうだな。よし、「次のお前さん」は図太いヤロウになる可能性を選択してやる」

 

 それは助かる。「今の俺」みたいな状況に陥っても、心が折れない強い人間になってほしい。

 これで合意は取れた。俺の存在はここで終わり、記憶を継承してどこかの世界に生まれ落ちる。悔いは、ない。

 次に決めるのは、生まれ落ちる世界の希望だ。

 

「要望があるなら聞くぞ。ああ、どんな要望でも「次のお前さん」が天寿を全うできる可能性は選んでやるから、安心しておけ。絶対の保証じゃないけどな」

「世知辛いっすね」

「そりゃお前さん、世の中絶対はねえよ。お前さんがこんな場所に落ちてきたのがいい証拠だろ」

 

 確かに。しかし、要望か……。せっかく新しい俺として生まれ落ちるわけだから、前と同じような世界っていうのは刺激がなさすぎるな。

 だけどあんまりファンタジーな世界にして、振り回されても可哀そうだ。……一応自分のことなんだが、「今の俺」ではなくなるせいか、自分の子供のことを考えているような感覚だ。

 刺激はあるけど、ファンタジー過ぎない世界。そう考えたところで、俺は元の世界で好きだったとある作品を思い出した。

 それを言う前に、確認を取らなきゃならない。

 

「あの……俺の世界にあった作品のような世界って、選択できますか?」

「俺が知ってる作品ならな。言っておくが、完全に同一にはならねえからな? ってまあ、察しのいいお前さんなら分かるか」

 

 作品の世界なんてのは、ほんの一部を切り取ったものだ。実際「次の俺」が生まれることになる世界は、たくさんの人が生きている現実の世界だ。

 それでなくとも、「次の俺」という近しい作品の世界――言うなれば「原作」を知る人間が存在するのだ。バタフライエフェクトぐらい想像がつく。

 ともあれ、確認は取れた。俺は、その作品の名前を口にした。

 

「「魔法少女リリカルなのは」っていう作品なんですけど」

「あー、「なのは完売」のリリなのか。ちょっと待ってろ、調べる」

 

 男が放置してあったディスプレイ(ブラウン管式だった)に向き合い、マウスとキーボードを操作する。

 「これか?」と画面を見せられると、それはアニメ版リリカルなのはの公式ホームページだった。……なんでそんなものが見れるんだ?

 

「さっき言ったろ、俺は端末だって。こいつも同じ。"本体"がいる次元階層の情報なら、引っ張ってこれるんだよ」

「は、はあ……それってつまり、お兄さんの、本体?がいる世界にも、リリカルなのははあるってことですか?」

「不思議なことじゃねえよ。階層が違おうが似たような世界はあるってこった。分岐世界は、それこそ無数にあるんだからな」

 

 なるほど。……そう考えたら、俺の運も捨てたもんじゃないな。こうして話が通じる相手と出会うことは出来たのだから。

 リリカルなのはを知っているのなら、話は早い。

 

「俺が生まれ直したいのは、これに近い世界。登場人物は全員存在して、かつ「彼ら全員が幸せになれる可能性がある」世界です」

「……ほう」

 

 ニヤリと男は笑った。俺が、彼に出来ることをだいぶ把握していたのが、よほど愉快だったと見える。

 俺は今「幸せになれる」と断定せずに「可能性がある」とつけた。彼が出来るのはあくまで選択することであり、運命を決定することではない。ここまでの会話から、それを理解した。

 男の反応からして、それは正しかったと見える。「あい分かった」と、本当に愉快そうに答えた。

 

「再三になるけど、絶対の保証はないぞ。彼らが幸せになれるかどうかは彼ら次第、そしてお前さん次第だ。まさか、可能性だけ与えて関わらないなんてことはしないだろう?」

「……そうですね。それは、ダメですよね」

 

 ちょっと考えてなかったけど、確かにその通りだ。大筋は一緒と言っているのだから、働きかける何かがないと意味がない。それが、「次の俺」なのだろう。

 何故彼らが幸せになってほしいのかというと、単純明快。「不幸になることを知っていて放置する」のは気が引けるから。ただ、それだけのことだ。

 結果として厄介事に巻き込まれることにはなったが、それもまた人生のスパイスだろう。上手くやれば、「次の俺」はちゃんと天寿を全うできるのだから。

 男は手をパキパキと鳴らし、ディスプレイに向き合ってキーボードをタイプし始めた。多分、条件に合致する世界を探しているのだろう。

 数分ほど、そうしているのを見守った。と、男の動きがピタッと止まった。

 

「……ククク。なるほどなるほど。そうかそうか」

 

 そして何やら一人で納得し始めた。顔は、先ほどにも増して愉快そうな笑み。くわえタバコの火をもみ消し、食い入るようにディスプレイを見た。

 やがて彼はオフィスチェアを回転させ、再び俺と向き合った。

 

「いい世界線が見つかった。詳細は話さないが、お前さんの要望は全て満たす。かつ、お前さんが生まれ直した後、ちゃんと天寿を全うできる世界線だ」

「そ、そうですか……」

 

 明らかにそれだけではない笑みを浮かべている。その迫力で、若干腰が引けてしまった。

 

「さて……あまり逸脱することは出来ないが、生まれ直す体の希望について聞いておこう。性別はどっちがいい?」

「男で」

 

 即答する。どうせ「今の俺」ではなくなるのだからどちらでもよかったが、「今の俺」の感覚として、原作キャラの誰かとくっ付いてほしいという希望がある。……皆可愛いし。

 

「容姿は?」

「一般的な日本男児でお願いします。あ、出来れば不細工じゃない範囲で」

「こういう場合、銀髪オッドアイを希望するとか何かで見たことがあるんだが」

「何処の二次創作の転生者ですか。しかもどう見ても踏み台だし」

 

 彼としても冗談だったのだろう、クックッと笑っている。

 

「あとは、こういう場合は特典を三つ付けなきゃいけないんだったか。UBW、ニコポナデポ、か?」

「分かってますよ。そんなものないんでしょう」

「当然。俺は神様じゃなくて人間の端末。そんな力はないし、世界線を希望している以上、可能性を逸脱する真似が出来るわけがない」

 

 その理屈で行くと、銀髪オッドアイも可能性を外れるから無理なんじゃ……ああ、それだと無理のない次元世界に生まれ直すことになるのか。

 これで全てが決定した。あとは、彼の意志一つで俺は「転生」を果たす。

 最後に彼は、俺に尋ねた。

 

「青年。君は自分でした選択に、悔いはないか? 限られた選択肢の中、それでも自身の精神の自由に従って選んだと、胸を張って言えるか?」

 

 鋭く、だけど何処か優しく。短い時間だったけど、兄貴分のように感じた彼は、厳かに尋ねた。

 ……彼は自分を人間だ(正確には端末だけど)と言っていたけれど。それでもやっぱり、俺とは「違う」のかもしれない。

 彼の言葉を深く刻み込み、自身の心に尋ねかける。迷いは、なかった。

 

「はい」

「……いい顔だ。偶然ではあったが、ここに来たのが君でよかったよ。楽しい時間を過ごすことが出来た」

「こちらこそ、要望を聞いていただきありがとうございました」

「気にするな。俺の都合だよ」

 

 ポンっと、彼の指が軽くエンターキーを押す。俺の周囲に光輪が現れ、俺の姿が足元から消えていく。俺という存在が分解されていくのが理解出来た。

 恐怖はない。これが俺のした選択だから。俺は俺の意志に従って、「次の俺」に全てを託したのだから。

 

「旅立つ者へ。君に「三つの言葉」を贈ろう」

 

 消え行く俺に、彼は手向けの言葉をくれた。

 

「一つ。"特異点"を見つけろ。君が求める全ての可能性は、そこから始まる」

「……はい」

「一つ。"君の力"を見つけろ。何をするにしろ、君には君だけの力が必要になる。研鑽を怠るな」

「はいっ」

「一つ。"君の命題"を見つけろ。自分が何のために存在し、何のために行動するか。基準をはっきりとさせ、目的を達しろ」

「はいっ! 本当に、ありがとうございました!」

 

 何故だか涙が溢れる。「今の俺」の最後に、本当だったらここで果てるしかなかった俺に、選択肢を与えてくれた彼に、恩義を感じたのかもしれない。

 そう思い――俺はあることに気付いた。

 

「あのっ! あなたの名前はっ!」

 

 俺はまだ、彼の名前を知らなかった。彼も、教える必要はないと思っていたのだろう。少し驚いた顔だった。

 既に光輪は胸のところまで上がってきており、もう間もなく俺は消える。その前に、どうしても聞いておきたかった。

 

「……本体の名は、さすがに明かせない。だが俺という端末の名ならば。俺は、「観測八号」。観測境界から分岐世界を観測する役目を担う者」

「観測、八号……あなたの名前は、絶対に忘れません!」

 

 最後の恩人の名前を胸に刻む。「次の俺」が、その名を決して忘れないように。

 俺もまた、俺の名前を口にする。

 

「俺は、俺の名前は――……」

 

 

 

 そうして俺は――「今の俺」の精神、連続性は、完全に消失した。

 

 

 

 

 

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 いやー、感動のストーリーだったねー、はい拍手拍手ー! ……反応返って来るわけないから虚しいよね。分かってた。

 そんな感じで「前の俺」は消えて、「今の俺」になったってわけ。だから「転生とはちょっと違うよ」って話になるわけだね。

 俺は、確かに「前の俺」の記憶自体は持ってるけど、精神は完全に別物だ。一応前の俺の魂的なものを使ってるのかもしれないけど、記憶以外は完全にリセットされてる。

 経験も、精神も、俺と「前の俺」は別人だ。そういう意味で言うと、俺はアリシアちゃんと同じなのかもね。あっちはどう見ても連続しちゃってるけど。ミコトちゃんも理由は分かってないみたいなんだよなー。

 それは置いとくとして。俺は、八号さんが最後に言った言葉を思い出す。

 

 「"特異点"を見つけろ」……これは言うまでもない。ミコトちゃんのことだ。この世界が俺の知識にある「原作」と大筋が変わらないなら、「八幡ミコト」なる人物が存在するはずはない。

 だけど彼女は、「原作」に深く食い込んでいる。意図してかどうかは分からないけれど、あらゆる部分に影響を与え、「原作」と大きく変容させた。

 その最たる例が「プレシアとフェイトの救済」だ。プレシアさんは、結局亡くなってしまったけど。「前の俺」の最後を知る俺には、満足しながら逝っただろうと想像することが出来た。

 フェイトちゃんも、プレシアさんとちゃんとした形でお別れすることが出来た。アリシアちゃんも。だから二人とも、プレシアさんの話題で暗くなったりせず、普通に話題にすることさえできている。

 あれは、ミコトちゃんという存在なしには成し得なかったことだ。月村邸でのファーストコンタクトのときから影響を与え、最終的にあんなにきれいな形にしてくれた。

 彼女自身は……もっといい結果があったんじゃないかって悩んでたみたいだけど。俺からすれば、最高すぎる結果だったと思う。何せ、「皆が幸せ」に終わることが出来たんだから。

 ミコトちゃんのこと、最初は何者なのかと警戒してたけど、今は「俺達の最高のリーダー」だと思ってる。だから俺は「知っている者」として、適宜彼女に情報を開示したいと考えている。

 一気に教えないのは、あの子の行動を抑えるためだ。たとえば「はやてちゃんの足の件」を今話してしまったら、彼女は何をするだろうか。多分、他の影響を一切考えることなしに、"アレ"を破壊してしまうだろう。

 そうなったら、確かにはやてちゃんは救われるかもしれない。だけど、他の皆は不幸なままだ。クロノも、グレアムさんも、"アレ"の中の人達も。それは、俺の望むところじゃない。

 皆が幸せに。俺の周りの人達が最優先だけど、俺は知ってしまっている。周りの人たちが増えることを。だから、そのときが来るまでは、何も話すことは出来ない。

 だけどそのときが来たら……ちゃんと話そう。"アレ"に纏わる因縁を。何故、はやてちゃんの足が動かないのかを。多分それが、「皆が幸せになれる可能性」だと思うから。

 

 「"力"を見つけろ」も言うまでもないよな。魔法の才能、とりわけシールド魔法の制御能力のことだ。これは、俺もユーノと出会うまで知らなかった。

 恐らくは八号さんが気を利かせてくれたんだろうと思ってる。「原作」に関わって皆を幸せにするためには、「原作」に関われるだけの力が必要だ。その分かりやすい形が、魔法だ。

 なのはと同程度の保有魔力というのは、可能性を外れない中で最大値だったんだろう。「なのはという例」があるから、それだけの力は「可能性的にあり得る」ということだ。

 なんでシールド魔法限定な才能だったのか、最近までは分からなかった。だけど多分、シールドに特化させることで皆を守るためだろう。事実、この才能のおかげで皆を守れたことが何度かある。

 プレシアさんの次元跳躍魔法。あれは俺じゃなかったら、その後のジュエルシード封印のための余力を残せなかったと思う。ディバイドシールドという放出系魔法には鉄壁を誇るシールドがあったからこそだ。

 俺やミコトちゃんという存在がいることによるバタフライエフェクト。たとえば、なのはが「原作」に比べてへいわしゅぎしゃであることなど。それを補うためのシールド魔法ということだ。

 ミコトちゃんのおかげでシールド魔法だけでも出来ることはたくさんあると気付かされたし、特に問題はないと思っている。この力を正しく理解し、使いこなす。それが俺の課題だ。

 

 

 

 最後に、「"命題"を見つけろ」。実はこれももう見つかっている。俺は、八号さんの「三つの言葉」の全てを実践したことになる。

 これはもちろん「皆が幸せになること」……などではない。それは、「前の俺」が俺に願ったことだ。俺自身の意志から生まれた命題じゃない。

 最初から気付いていたわけじゃない。むしろ最初は、「前の俺」が願ったことが俺の命題なんだと思っていた。だけど……それは違うと気付かされたんだ。あの三人娘たち、とりわけ、なのはによって。

 そうだな……最後にそれを思い出して、俺の話は締めにしよう。諸君、ポップコーンとコーラの貯蔵は十分か?

 

 あ、母さん俺ポップコーンお替り! あとジンジャーエール! やっぱ映画見ながらポップコーンはやめらんねえよな、父さん!

 

 

 

 

 

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 私立聖祥大付属小学校、1年1組。それが俺の所属する学級だ。俺は今、悩んでいることが一つある。俺が生まれた時から持っている「原作」に関する知識についてだ。

 今から大体二年後ぐらいに、「リリカルなのはの原作」が始まる。それまでの俺の身の振り方について、どうすればいいか考えている。

 このクラスには、「原作キャラクター」である「高町なのは」、「アリサ・バニングス」、「月村すずか」の三人がいる。今のところ俺は彼女達と接点がなく、彼女達三人もつるんでいない。

 確か……このあとに「アリサ」が「すずか」のカチューシャを取って、「なのは」が仲裁に入ることで、三人は仲良くなるはずだ。今はそれよりも前ということになる。

 今はそれはどうでもいい話で、俺は二年後に始まる「原作」のために、「なのは」と接点を持つべきなのかどうか悩んでいるのだ。

 俺は、絶対に「原作」に関わることになる。何故なら「皆を幸せにすること」が俺の存在意義であり、それが成せるのは「知っている」俺だけだから。

 八号さんが言っていた"特異点"だとか"力"だとかは見つけられてないけど、命題だけは最初から持っていると自負している。そのために、どう行動を起こすかだ。

 正直言って、今の「なのは」はただの小学生だ。後々DBもびっくりな砲撃魔法を使うようになるのかもしれないが、今は何処からどう見ても頭の中がお花畑な、平和な女の子だ。

 そんな彼女と、普通の小学生男子がどう接点を作るのか。そもそも接点を作る必要があるのか。原作に関わるだけなら、別に「なのは」と接点を持つのは必須じゃない。必要なところで手出しをすればいいだけだ。

 だけど接点を持つメリットもないわけじゃない。「原作」の最初の事件で、主力になるのは「なのは」だ。そのサポートに回ることが出来れば、彼女の負担を少しは軽くすることが出来る。

 ただ、そのためには"力"が必要になり、それを探してから「なのは」と接点を作るのでも遅くはないのではないだろうか。などなど。

 小学一年生の頭で考えることではないようなことを、色々と考えていた。とりあえず、何か動き出すきっかけがあるまでは静観するというのが、当面の方針だ。

 そんな感じでごちゃごちゃした頭の中を整理しながら、今日も学校に登校する。

 

 教室につくと、既に騒然としていた。騒ぎの中心にいるのは、金髪の西洋系の少女と、青みがかかった黒髪の和風少女。「来たか!」と思った。

 

「か、かえしてよー……だいじなものなのー……」

 

 涙目になりながら、黒髪の少女「すずか」は、金髪の少女「アリサ」が乱暴に持っている白のカチューシャを必死で取り返そうとしている。

 だが「アリサ」は、そんな「すずか」の懇願を不遜に一蹴する。

 

「なら、なおさらかえせないわね! あんたみたいなねくらがもつより、あたしがもったほうが、このこもしあわせってもんでしょ!」

 

 ……「アリサ」ってこんなムカつく「キャラクター」だったっけ? 所詮「記憶」でしかないし、生まれて時間が経っているためだいぶ風化している。多分改善前だからそう思うのだろう。

 俺は自分の席に鞄を置き、仲裁に入ろうとして……思い直す。

 これは、「なのは」達三人が仲良くなるための「イベント」だ。「部外者」である俺が立ち入っていいだろうか? 上手くおさまることが分かっているのだから、手出しせずに静観するべきじゃないか。

 俺も野次馬達に加わって、成り行きを見守ることにした。そして、とうとう「なのは」が動き出す。

 

「かえしてあげなよ! すずかちゃん、こまってるの!」

 

 ……あれ? なんかおかしいぞ? 起こると思って身構えていたことが起きず、困惑する。

 「記憶」では、ここで「なのは」は問答無用で「アリサ」をぶっ叩き、説教をするはずだ。そうはせず、まずは言葉からの説得だった。

 ……いやいや、思い出せ、俺。八号さんの言葉では、「完全に同一にはならない」ということだったじゃないか。そう、少し違いがあるだけだ。

 俺が自問自答している間にも、状況は進む。「アリサ」は「なのは」の指摘すらも一蹴した。

 

「かんけいないわね! こいつのものはあたしのもの、あたしのものもあたしのものよ!」

 

 何処のジャイアンだこいつ!? あああ、マジでムカつくよこの「アリサ」! もう「イベント」とか無視して男女平等パンチかましたろうか!

 俺が内心でイラ立ちを我慢していると、「なのは」が涙目になった。今にも泣き出してしまいそうだ。おいおい、「説教イベント」はどうなったんだ!? まさかこのまま「アリサ」の一人勝ちなのかよ!?

 見ちゃいらんねえ。そう思って野次馬をかき分けた瞬間、バチンという乾いた鋭い音が響いた。全員がそちらを向く。

 「なのは」の平手が、「アリサ」の頬を叩いた音だった。「なのは」は今にも泣き出しそうな顔のまま。「アリサ」は自分が何をされたのか分からないようで、キョトンとした顔であらぬ方向を見ていた。

 ……よかった。「説教イベント」はちゃんと進行したみたいだ。そう内心で胸をなでおろした。

 

 だけど、そうじゃなかったんだ。

 

「……あっ。ご、ごめ……」

 

 「なのは」は……いや、高町さんは、自分が「暴力を振るった」ということに気付いた瞬間、顔を青ざめさせた。自分が、とても悪いことをしてしまったと思っているように。

 「アリサ」、バニングスさんは、自分が叩かれたことに気付いてカッと頭に血を上らせる。月村さんは、おろおろした様子で二人の間を見ていた。

 

「っ、あんた! なにすん……」

 

 バニングスさんが高町さんに食って掛かろうとしたけど、彼女の様子があまりにもおかしかったからか、一気に勢いを失った。

 しゃくりあげるように体を震わせる高町さん。だけどそんな我慢が、小学一年生の女の子にいつまでも出来るわけがなく。

 

 

 

「……う、ぅぅ……わあああああんっ!!!」

「ええ!? ちょ、なによいきなり!?」

 

 高町さんは、火が点いたように泣き出してしまった。涙をボロボロこぼしながら、鼻水が垂れることも気にせず、わんわん泣いた。

 そして――彼女の口から発せられた言葉で、俺は、きっと彼女が放った平手打ちよりも強烈な衝撃を受けた。

 

「たたいちゃって、ごめんなさいいいぃ! おかお、たたいちゃって、ごめんなさいいいいい! うわあああああん!!」

 

 高町さんは、明らかにバニングスさんに非があるにも関わらず、自分が彼女に痛い思いをさせてしまったことを悔いていた。

 あまりにも優しすぎる女の子の泣き声。俺は……野次馬から抜け出し、教室を抜け、人気のない非常階段まで走った。

 そして思い切り、壁に向けて拳を叩きつける。

 

「っっっバッカヤロウ! 俺の、バカヤロウッ!!」

 

 何度も、何度も。拳の皮が剥けて血が出ても、構わず叩きつけた。自分の身勝手さを戒めるがごとく。

 ――何が「原作」だ! 何が「イベント」だ! 何が「皆を幸せに」だ! そんなもの、俺の考えたことじゃねえじゃんか! そんなもの、俺の判断なんかじゃない!

 痛みで腕が上がらなくなる。その頃になって、ようやくというか、拳から激痛が走ってその場に崩れる。

 ……俺は、「前の俺」が願ったことが、そのまま俺の考えだと思っていた。「知識」があれば何とか出来ると、無根拠に思い込んでいた。

 そんなわけがない。この世界は、「よく似ているだけの別世界」。それだけで知識なんか大して役に立たない。現に、高町さんは人に暴力を振るっただけで泣いてしまうぐらい、優しい女の子だった。

 あそこで俺が迷わずに仲裁に入れば、彼女は悲しい思いをせずに済んだんだ。あんなに泣かせないで済んだんだ。そう思うと……拳を握りしめて、痛みで力が抜ける。

 「前の俺」は、所詮は消えてしまった誰かだ。今ここにいる俺は、「前の俺」の記憶と遺志を継いだだけの、別の人間だ。

 だから、「前の俺」が「皆の幸せ」を願ったとして、それは俺の願いじゃない。俺はそれを託されただけであり、俺がそれを遂行したいと思わなければ意味がない。

 義務感に従って生きているだけで、「皆を幸せに」出来るだろうか? 俺にはとてもそうは思えない。

 

「……俺の、"命題"は……」

 

 自分自身への怒りで発生した熱が体から抜けていく。それとともに、思考も冷えていく。

 俺の"命題"は……なんだ? 「皆を幸せにすること」? そんな、顔を合わせたこともない「前の俺」が願ったことに従うことなのか?

 

「っ、違う!」

 

 そうだ、違う。俺はそんなことは願えない。見ず知らずの誰かの幸せなんて、願えるはずがない。俺は「記憶」を持っているだけの、ただの小学生なんだから。

 じゃあ、なんだ。俺の、俺がこの人生で成したいと思える、"命題"は。一体なんだろう。

 

 痛みと疲労と答えの出ない疑問で重たい体を引きずりながら、俺は保健室に向かった。保健の先生からは、なんでこんなことをしたと心配されて怒られた。

 

 

 

 拳の傷は、思ったよりも深くなかった。小学生が本気で殴ったところで、かかる負荷はたかが知れている。おかげで骨にも異常はなかった。

 ただ、皮が剥けているためガーゼを当てて包帯でぐるぐる巻きにされた。今日一日は安静にしろとのことだ。

 治療が終わる頃には一時間目は終了していた。俺は一時間目と二時間目の間の短い休み時間に、教室に戻った。

 

「おっ。どこいってたんだよ、ふじわらー。なにてにほうたいなんてまいてかっこつけてんだよ」

「悪いな、剛田。今はちょっとお前に構ってらんねえ」

 

 俺らの年頃にして大柄な級友に断りを入れて、目的の場所に向かう。後ろから剛田の冷やかしのような声が聞こえた。

 目的の場所は、三人の女の子が談笑している場所。さっき泣いたカラスがなんとやらで、彼女は恥ずかしそうに笑いながら、新しい友達と会話していた。

 ……あんな大泣きをしてどうなることかと思ったけど、ちゃんと仲良くなれたみたいだ。だけど、俺は思う。彼女がそんなことをする必要はなかったんだって。

 

「おっす。高町さん、バニングスさん、月村さん。ちょっと話いいかな?」

「あれ? ふじわらくん?」

「あたしたちになんかよう?」

 

 月村さんとバニングスさんが反応する。高町さんは何も分かっていないようで、ぽややんとした表情を浮かべている。

 

「なんつーか、高町さんに謝りたくってさ。ほら、さっきのバニングスさんと月村さんのケンカの件で」

「うっ! は、はんせいしてるわよ! なのはもすずかも、いっぱいなかせちゃったし……」

 

 さっきまでのジャイアンっぷりは何処へやら。まあ、根はいい子だったんだろう。ちょっと歯止めが効かなかっただけで。ジャイアンだって劇場版ではいい奴だしな。

 

「その高町さんが泣いた件でさ。実は俺、高町さんが動く前に、バニングスさんのこと止めようとしてたんだ」

「そうなの?」

「そうなの。でも、男の俺が女の子同士の間に入っちゃっていいのかなって躊躇っちゃってさ。その間に高町さんが間に入って、あんなことになっちゃって……」

「あぅ……」

 

 皆の前で大泣きしたことを思い出したか、高町さんは恥ずかしそうに俯いた。……っべえな、知ってたけど可愛いわこの子。

 って、そうじゃない。気を取り直して。

 

「ごめんな、高町さん。俺が二の足踏んだばっかりに、辛いことさせちゃって」

「……ううん。ふじわらくんはきにしないでいいの。おかげで、アリサちゃんとすずかちゃんと、なかよくなれたの」

 

 そか。……それを聞いて、少し気持ちが軽くなった。だけど、やっぱり思う。この女の子には、いつも笑っていてほしいって。

 もう二度と、あんな風に泣いてほしくない。そのために、俺はどうすればいい。俺は、何を思ってそれを成す。

 三人娘が、黙り込んだ俺の顔をのぞき込んで来る。ほんと、皆将来的に美人になりそうなレベルの高い美少女で――

 

 

 

 

 

 ――天啓が、降りてきた。

 

「そうそう。俺のことはガイでいいよ。男友達は藤原って呼ぶけど、女の子には是非名前で呼んでもらいたいね」

「……はあ? よくわかんないけど。じゃあ、あたしもアリサでいいわよ」

「わたしも。すずかってよんでね」

「なのはも!」

「オッケーオッケー。名前で呼び合った俺らはマブダチってことで、オーケー?」

「なんか、いきなりケーハクになったわね。マブダチってなによ?」

「マブいダチでマブダチ、親友って意味さぁ。可愛い女の子とは仲良くしたい、男として当然っしょ」

「え、えーと……」

「?」

 

 アリサが警戒気味、すずかが意図を理解できず困惑。そしてなのはは、全くついて行けずに疑問顔。

 ああ、やっぱり可愛いな。だから俺は、俺なりのやり方で、「それ」を守りたいと思ったんだ。

 

「あんた、なにかんがえてるの? いやらしいことかんがえてるなら、ちかよらないで」

「おうおう、手厳しいなぁアリサは。何を考えてるか、ねえ。ならば皆に発表せねばなるまい!」

 

 俺は教室の前に行き、壇上に乗る。クラスメイト全員が、なんだなんだとこちらを見た。

 教室の入り口には、うちの担任の女性教諭。俺の突然の行動に目を丸くして固まっていた。

 ビシィと指を天に突きたて、俺は高らかに宣言した。

 

 

 

「男なら、目指すはハーレム王! 俺の目標は、可愛い女の子を100人侍らせること! アリサ、すずか! そしてなのは! まずは君達を、俺の魅力のとりこにしてみせよう!」

 

 ――俺は、「皆の笑顔を守れる道化」になろう。そんな男になれたら……最高じゃないか。

 

 この後先生からしこたま怒られました。




ちょっと変則的な神様転生をした男の子のお話。ガイ君はあくまで「前世の記憶」を受け継いだだけであり、その精神が始まってからは8年しか経っていません。ある意味でミコトと同じようなものです。
ガイ君にとっての特異点はミコトでしたが、ミコトにとっての特異点はガイ君なのかもしれません。ガイ君がいたからこそ、ミコトは存在することが出来たのです。ミコトが存在する世界だからこそ、ガイ君は生まれたのです。
観測八号が語った三つの言葉は、そのままミコトにも当てはまることでしょう。みことだけに。

彼が見つけた命題は、「自分も皆も面白おかしく生きること」でした。可愛い女の子三人に顔を覗きこまれて受ける天啓って……。
ハーレムハーレム言っているのは、半分冗談、半分本気です。現実問題としてそんなもんは無理だと思っている反面、なのはもアリサもすずかも可愛くて、一緒にいたいと思ってます。要するに優柔不断なヘタレ。

「笑顔を守る」。盾の魔導師たる彼には、まさにぴったりの目標と言えるでしょう。





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