不思議なヤハタさん   作:センセンシャル!!
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今日は七草粥の日ですね。今回ははやて視点です(唐突な話題転換)

初めてのはやて視点ですが、これまで彼女の視点がなかったのは
・序章はミコトの性別を隠していたため、描写することが出来なかった
・無印章は本筋にほぼ絡めないため、彼女の視点に出来なかった
という理由からです。今までの総括を駆け足で行います。

2016/01/07 19:29 活動報告に「ヤハタさん」アンケートをご用意しました。お暇でしたら暇つぶしがてらどうぞ。


二十三話 惑る少女の独白 夜

 わたしには、とても大切な「相方」がおる。

 

 

 

 

 

 ミコちゃんと初めて出会ったのは、小学校に入学して最初に教室に入ったときやった。

 

 本当のところを言うと、主治医の石田先生からは学校行くのも危ないからあかん言われとった。松葉杖ついて移動するのも結構しんどくて、車椅子を勧められとった。

 せやけど、わたしは一度も学校行かんで休学なんて嫌やった。自分のクラスに誰がおるのか、どんな子達なのか、そういうのが一切分からんままフェードアウトしてしまうのが悲しかった。

 だから、石田先生に頭下げて、許可もろうて、松葉杖ついてゆっくり登校したんや。

 今では、それが最高の選択やったと思ってる。その選択をしてなかったら、わたしもミコちゃんも、今みたいにはなってなかっただろう。

 

 ミコちゃんを最初見たときの印象は、「何この子髪長っ!?」やった。当時のミコちゃんは、散髪代をケチるために伸ばしっぱなしだったそうなんや。

 腰を越えて、床に着くんじゃないかっていうぐらい長い黒髪。だけどそれは不潔な感じは一切しなくて、窓から差し込む日の光を惜しげなく反射して、とても神秘的に見えた。

 せやのにミコちゃんの服装は、何でか男物だったんや。女子の列に並んどるし男子やないってのは一目瞭然やのに、服装は完璧に着古された男物。

 後に、これもミコちゃんの節約だったことを知った。男物やから安いとは限らんけど、ミコちゃんが着てたような服なら、三着で1,000円とかで買えてしまう代物だったそうや。

 この子なんなんやろなー思って、後ろからじーっと見とった。そしたらミコちゃんの前の子――あきらちゃんがミコちゃんに声をかけた。

 

「かみ、すごいね。のばしてるの?」

「そういうわけじゃない」

 

 冬の空みたいに済んだ、綺麗な声。なのにそれは、冬の空と同じぐらい冷たくて、抑揚のない平坦な言葉だった。

 あきらちゃんはそれに気圧されてしまったみたいで、ちょっと怯んだ。怯みながら、自己紹介をする。

 

「わたし、やしまあきら。よろしくね!」

「ああ」

 

 短い、そっけない返事。それでミコちゃんの方は会話を打ち切ってしまい、あきらちゃんは諦めて前の子達と会話を始めた。

 ――なんや、感じ悪い子やな。クール系なんか? そういうノリなんか? 人が頑張って登校したゆーのに、クラスの空気悪くしちゃう系か?

 そんな風に思ったら、わたしは彼女に声をかけずにいられなかった。それが、今はわたしの大切なミコちゃんとの、ファーストコンタクト。

 

 

 

「なーなー、今えーか?」

 

 わたしの声はちゃんと聞いてくれたようで、こちらを振り返る女の子。その瞬間――目を奪われた。

 

 ぱっちりと開かれた、大きな二つの目。瞳は黒く、だけどキラキラと光を反射しているから、まるで黒曜石かオニキスのような印象を受ける。

 綺麗な目を守る、綺麗な長いまつげ。髪と同じくさらさらしていて、音がしないのが不思議なぐらい。

 顔のラインは、子供特有のふっくらした感じはありながら、将来的には美人になるだろうと確信できるぐらいにシャープなラインを作っている。

 鼻は、高過ぎず低すぎず。顔立ちが和風だから、あまり高過ぎてもミスマッチになってしまう。だけどそんなことはなく、決して低くもない。

 小さな口は、薄い桜色の唇。それが意志強く、真一文字に結ばれていた。

 まるでよく出来た和人形のような、綺麗で可愛らしい顔立ちの女の子やった。息をするのも忘れて、自分がどんな表情をしているかも分からず、ただただ彼女の顔に見入っていた。

 

「何か用か?」

 

 短い、そっけない問いかけ。それでハッと我に返る。いかんいかん、軽くトリップしとった。何やのこの子、わたしのハートにどストライクやん。

 一瞬視線が下がったことで、彼女が身に纏っているダボダボのポロシャツが目に入る。それで何とか平常心を取り戻すことが出来た。

 

「せっかくのご近所さんやし、自己紹介しとこ思ってな。さっき前の子と話しとったけど、今大丈夫やろ?」

「ダメならそう言っている。それで?」

 

 固い言葉遣い。それは容赦なく遠慮なくわたしに返って来る。それが……なんでか嬉しくて、笑えた。

 後から思い返してみれば、妙な気遣いとかをしないでくれたのが嬉しかったんやろうな。今まで会った人達は、足のことを気遣って腫れものに触れるみたいに接してきていたから。

 

「あはは、何や面白いしゃべり方やん。わたしも人のこと言えんかもやけど。あ、これ? わたし、生まれつき足があんま動かんねんけど、最近ちょっと酷なってな。けど、何かかっこええやろ」

 

 いきなり上機嫌になってしゃべり始めたわたしに、彼女は怪訝な表情を見せた。「こいつ何考えてるんだ?」と「鬱陶しい」が混ざったような表情。

 

「自己紹介をするんじゃなかったのか?」

「何や、自分ノリ悪いなー。せっかく可愛い顔しとんに、勿体ないで」

「価値を感じない。無駄は嫌いでもないが、方向性のない会話は好きじゃない」

 

 前の子のときと同じように会話を切ろうとする女の子に、慌てて止めにかかる。わたしは、もっとこの子としゃべりたかった。

 

「あー分かった分かった! 今自己紹介するからこっち向きぃ!」

 

 無視されるかと思ったけど、彼女は要望に従ってくれた。どうやら会話するだけの価値はあると感じてもらえているようだ。

 ああ、なるほど、と思う。この子は、基準が物凄くはっきりしていて、ブレないんだ。とても小学一年生の同い年とは思えないほど、しっかりと考えて行動しているんだ。

 それは、皆から見たら異質に見えてしまうかもしれない。他の子達に比べて差がはっきりしているから、取っつきづらく感じてしまうかもしれない。

 だけどきっと……接し方さえ分かれば、この子もわたしも、皆も、「同じ」なんやって。そう、思った。

 

「わたしは、はやて。八神はやてや。さ、次はキミの番やで」

 

 精一杯の友好を込めて、ウインク一つ。この時点で既に、わたしはこの子と仲良うしたいと思っていた。

 きっと、この子と学校生活を送れたら、楽しいものになるだろう。わたしにはないものをたくさん持っているこの子を見ていたら、きっと面白いだろう。

 だから、わたしは返ってくることを願った。交流の懸け橋を、まずは渡せるように。

 彼女は……ほんの一瞬だけ、小さく笑った。……ような気がした。多分、笑ったんやろうな。無表情過ぎて分からんけど。

 

 

 

「オレは、八幡ミコト。カタカナみっつでミコト。好きなように呼べ」

 

 自己紹介を聞いた瞬間、わたしは多分、顔が真っ赤になっていたと思う。

 綺麗で可愛くてオレっ子とか……反則やろ。ど真ん中どストレートのどストライクやで……。

 

 

 

 その後、わたしは学校生活では常にミコちゃんとつるむようになった。というか、先生からわたしの世話を指名されたってのが正しいな。

 いくらわたしが平気や言うたところで、足が悪いっていうハンディキャップが消えたりはせん。せやから、先生の判断は正しかったんやと思うとる。

 もちろん最初は納得いかんかったけど……ミコちゃんが手伝ってくれるのは、ほんとに最低限。どうしても松葉杖では移動できないところを、肩を貸してくれる程度。他は全部自力や。

 大変だった。けど、嬉しかった。「障碍者」っていうレッテルを貼らんで、わたしという一個の人間に触れてくれるミコちゃんの態度が、本当に嬉しかった。

 ミコちゃん的には、「貸し借りのバランスを取っただけ」なんやろうけどな。借りを作ってないわたしに返すものはないって感じか。

 でも……わたしにとっては、等しく接してくれることが、嬉しかったんや。

 

 ミコちゃんはご近所さんやった。わたしは足が悪くてあんま出歩きせえへんし、ミコちゃんはミコちゃんで内職でこもりきり(!?)だから、今まで顔を合わさんかったみたいや。

 場所は、うちのはす向かいの古アパート。ミツ子さんっていうおばあさんが養母さん(ミコちゃん曰く「身元保証人」、借金みたいな言い方やな)だそうだ。

 ミコちゃんは元々孤児院の出身で、一昨年ミツ子さんに引き取られてこっちに来た。それから、アパートの一室を借りて、ほぼ一人で生活してるという話やった。

 わたしとは違うけど、わたしと同じやった。わたしは、小さい頃に両親が事故で亡くなってしもうて(もう覚えてないぐらい小さいときや)、それ以来大きな家に一人きり。

 一応、お父さんの遠戚やいう「ギル・グレアム」おじさんが後見人になってくれて、毎月の仕送りと学費、税金とかも支払ってもらっとる。ヘルパーさんがいてくれたこともある。けど、今は一人や。

 ミコちゃんは、元々ご両親がおらん。ミツ子さんに引き取ってもらったけど、ミコちゃん的には「他人」の距離感なんやと思う。だから、自分の生活費は自分で稼ぐし、生活も一人でしてる。

 共感した、というわけやない。共感なんかできへん。ミコちゃんは、わたしなんかよりもずっと強く、一人で生きてたんやから。わたしみたいな甘ちゃんが共感なんか言うたら失礼や。

 せやけど、同じやから、ミコちゃんにも知ってもらいたいって思ったんや。誰かと話したり、一緒に食事して笑ったり、そんな「当たり前の喜び」を。

 ミコちゃん自身は必要としてないんやから、迷惑がると思った。実際迷惑がった。だけど、ミコちゃんが自分の思った通りに行動するんなら、わたしも同じようにしてええやろ?

 

 ミコちゃんは、クラスの女子から「冷たい女の子」だとか「お高くとまってる」とか思われとった。もちろん皆が皆ってわけやないけど、そんな感じの風潮はあった。

 わたしはちょっとイラッと来た。ミコちゃんのこと何も知らんくせに、何勝手なこと抜かしとんねんって。

 ミコちゃんは判断基準がしっかりしてるせいで容赦がないだけで、割と愉快な子や。分かって会話すれば、結構冗談とかも交えてるのがよく分かる。表情が動かないから、時々マジなのかと思ってしまうけど。

 自分達がついていけないから、勝手なレッテル貼りをして分かった気になっとる。それが、ミコちゃんの一番近くにいる身として、とても不愉快やった。

 だから、皆にも教えてやることにしたんや。ミコちゃんの可愛さを。

 休みの日にミコちゃんの部屋に遊びに行って、髪型を弄って遊ぶ。ミコちゃんはその間ずっと内職をしてたけど、わたしに反応は返してくれた。

 内職中は手がとんでもない速さで動いている以外は暇なせいか、いつもより饒舌だったように思う。

 そのおかげなのか何なのかは分からんけど、ミコちゃんと一緒に三食食べる約束を取り付けられた。ミコちゃんは何でもないことのように言ってたけど、わたしからしたら嬉しくて涙が出そうやった。

 それはそれとして、わたしの髪型弄り計画は大成功やった。長い髪に隠れることがなくなった可愛らしい顔を見たクラスメイトは、一様にミコちゃんの周りに集まった。

 皆から容姿を褒められるミコちゃんは、これまで見たことがないくらいに狼狽えてて、ちょっと面白かった。

 格好が安物の男物ってのがイケてないから、今度皆で見繕いに行こうってことになって……その後、ミコちゃんに手痛い出費をさせてしまった。今では反省してる。

 これ以降ミコちゃんはスカートをはいてくれるようになり、わたし達の周りには、後に5人衆と呼ばれる面子が集まるようになった。

 

 

 

 夏が過ぎた頃、わたしの足は完全に動かんようになってもうた。朝起きて立ち上がろうとしたら、全く力が入らなくなっていた。

 ショックだった。今までも自由とは程遠い動きしか出来なかったけど、完全に動かなくなったら、松葉杖を使っても立つことは出来ない。

 もう、ミコちゃんと一緒に学校に通えなくなってしまう。認めたくなくて、何度も何度も松葉杖を使って立とうとした。だけど足には力が入ってくれず、虚しく床に転ぶだけ。

 何度も床に打ち付けた痛みと、動けない悲しみで涙が出そうになった。だけどそれは、インターホンの音で引っ込む。わたしの大好きな彼女が、朝ごはんを食べに来た。

 何回かインターホンを鳴らした後、扉が開く音。ミコちゃんはわたしよりも早起きやから、いつでもうちに入れるように合鍵を渡しとった。

 そしてミコちゃんは迷いなくわたしの部屋に辿り着き、床に倒れたわたしを見て呆けた顔を見せた。

 

「……は?」

 

 ――ああ、ミコちゃん。そんな表情も出来るようになったんやね。まだまだ仏頂面やけど、それでも確かに表情が増えとる。……嬉しいわ。

 

「あはは……なんや、足がちっとも動かんようになってしまったわ」

「ッ、……全く動けないのか?」

 

 さすがのミコちゃんも、一瞬動揺した。だけどすぐに立て直し、冷静に状況把握を努める。さすが、わたしの一番のクラスメイトや。

 おかげで、わたしも幾分冷静さを取り戻すことが出来た。

 

「うん。あ、這いずってとかなら移動できるんやけどな。松葉杖で立つのは、もう無理みたいや」

 

 それでも、少し胸がズキリと痛む。……いやや。ミコちゃんと一緒に学校に行きたい。しょうもない話を楽しみたい。

 松葉杖の散乱具合でわたしが立とうとして転んだのを理解したミコちゃんは、パジャマをまくって腕を見た。酷くはなかったけど、若干青あざになっていたみたいだ。

 それからミコちゃんはテキパキ指示を出し、9時になったら病院に行くことになった。ミコちゃんも始業式を休んで、着いて来てくれるとのことだ。

 ごめんな、ミコちゃん。……だけど、ありがとう。

 

 ミコちゃんと石田先生は、この日が初対面やった。ミコちゃんは相変わらずの調子で、石田先生も最初はびっくりしとった。けど、すぐに彼女のキャラクターを受け入れてくれた。

 ミコちゃんを診察室に待たせて、わたしと石田先生は検査のために移動した。その間の会話。

 

「……先生。車椅子になっても、学校行ってかまへんですか?」

「はやてちゃん……。……主治医としては、お勧めできないわ。今まで以上に生活が大変になる。登校だって、これまでよりもっと危なくなってしまう」

 

 石田先生は、一瞬わたしを宥めようとしたけど、瞳にこもった意志を見てやめた。そして、厳正な事実のみで説得しようとした。

 やっぱり、嫌や。ミコちゃんと一緒に学校行けなくなるのは、嫌や。あの家で一人で過ごすのは、もう嫌なんや。

 

「お願いします、先生。どうか、許可を」

「……分かりました、こうしましょう。はやてちゃんを連れてきてくれた子……ミコトちゃんだったわね。彼女が自分の意志ではやてちゃんを手伝ってくれると言ったら、許可します」

 

 今年に入ってから、これまでの診察でもたびたびミコちゃんの名前は出してた。あの子が、わたしにとってどれだけのウェイトを占めている存在なのか、石田先生も理解してる。

 ミコちゃんなら、きっとやってくれる。……なんて言えれば、かっこよかったんやろうけどな。あの子にとってわたしがどの程度の存在なのか、わたしには分からない。あの子がどう判断するかは分からない。

 せやから、これはかけや。ミコちゃんにとって、わたしが「どうでもいい他人」ではないかどうか。

 だけど、ミコちゃんにとってどうか分からんくても、わたしにとってはミコちゃんは大事な人やから。

 

「……ありがとうな、石田先生」

 

 そのかけに乗ることにした。

 

 結果、ミコちゃんは引き受けてくれた。ちょっと回りくどい言い方やったけど、とてもミコちゃんらしい言い回しやったと思う。わたしが好きなミコちゃんの、ちょっと不思議な言葉遣い。

 相変わらずミコちゃんは何でもないことのように言うたけど、やっぱりわたしは嬉し涙を抑えるのに必死になった。

 その上ミコちゃんは、次の日にはわたしが今後のことに不安を持ってることまで看破して、甘えさせてくれた。彼女の胸にすがって、いっぱい弱音を吐いた。

 わたしは、ますますミコちゃんのことが好きになった。ミコちゃんは人を好きになるってことが理解出来てないみたいやけど、そんなの関係ないぐらいに、わたしはミコちゃんのことが好き。

 最初は見た目で、次は言葉遣いで、わたしの心にクリティカルヒットしたミコちゃん。一緒の時間を過ごしてるうちに見えてくる、不思議な内面を持つミコちゃん。そして、本当はとても優しい心を持ったミコちゃん。

 その全てが、たまらなく愛おしい。ミコちゃんと、ずっとずっと、一緒にいたい。朝も昼も夜も、ずっとずっと。

 次の日にミコちゃんに提案した「共同生活」は、理論武装こそしたものの、内実そんな想いの暴走だった。まだまだ心の機微には疎い彼女は、それには気付いてないようやったけど。

 おかげでわたし達は、一緒の家で住むことになった。朝も昼も夜も、ずっとずっと。顔がにやけるのを抑えるのに一苦労した。

 そんなことがあったからだろう、クラスメイトの田井中いちこちゃんと一緒に、暴走してしまった。車椅子から転倒したわたしを見て、ミコちゃんが呆れた顔をしていたけど……それすらも、嬉しかった。

 

 

 

 それから、色々あった。二学期になったら学外実習があるから、それでミコちゃんと5人衆と一緒に行動して、たびたびバカをやったり。

 クリスマスイブのミコちゃんの誕生日を5人衆と一緒に祝って、その後にプレゼント絡みで一悶着あったり。

 それを期に、わたし達の関係に「相方」という名前がついたり。

 初詣で、わたしにとってある意味宿敵とも言える高町家の大黒柱と出会ったり。

 ほんと、色々あった。

 

 その中でも特に印象に残って、今も鮮明に思い出せる出来事。ミコちゃんに「大好き」って言ってもらえたあの日の出来事。

 ミコちゃんが怪我をして少し悲しい気持ちにはなったけど、それを上回ってなお余るほど嬉しかった、わたし達のファーストキスの思い出や。

 あの日を境に、ミコちゃんはある決心をした。わたしの足を治して、これからもずっと一緒にいる。そのために、"魔法"とも呼ぶべき技法を編み出す。何も知らない人が見たら正気を疑うかもしれない。

 だけどずっと近くで見てきたわたしには、それが正気で本気だって分かった。そして、ミコちゃんならきっとそれが出来ると確信が持てた。

 ただ……そのときにちょっと無理をして、寝不足で登校して危なっかしかったりしたのは不安やった。それもすぐに、5人衆が補ってくれた。ちょっと大ゲンカはしたけど。

 そして二年生の二学期が終わる頃に、ミコちゃんは完成させた。彼女が行使する、彼女にしか使えない、ミコちゃんだけの不思議な"魔法"を。

 

 それを使って早速わたしの足を治そうとしたけど、上手くいかんかった。不思議な感じはあったけど、自分の意思で動かせるようにはならんかった。

 ミコちゃんが言うには、「結局は物理的な干渉だから、このままじゃ足りない」ってことらしい。"魔法"を使って医学と同じことをやってるんじゃ、今までと同じってことやな。

 だからミコちゃんは、次なる手段を考えた。はるかちゃんが持ってた本に書いてあった「式神」言うんを基に作り上げた、「召喚体」という手段を。

 最初は……大失敗だったみたいやな。あきらちゃんと一緒にクスノキ公園で召喚体作成に挑戦したけど、たき火が爆発しただけやったって。

 帰ってきたミコちゃんは、綺麗な髪が少し縮れて、服や顔にすすがついっとった。それを見た瞬間、わたしはミコちゃんに対して初めて怒った。

 あのときのミコちゃんはほんとびっくりしてた。わたしが本気で怒るなんて、今までなかったもんな。せやけど、それだけわたしにとってミコちゃんは大切な人やねん。

 召喚体の作成は必要なことだから、やめることは出来ない。だけど、自分の身は大切にすること。"魔法"を試すときは買ってきた厚手のウインドブレーカーを着て、適当な野球帽で髪を保護することを約束させた。

 その後ミコちゃんは「二度と"火の召喚体"は作らない」と、ちょっと涙目になりながらつぶやいた。あんまりにも可愛かったので、怒るのを忘れてキスをした。

 

 その後色々と試して、ミコちゃんはようやく最初の召喚体を生み出した。素体を用いて概念を収束させ、理念を与えて行動させるという方法を確立した。

 その辺で拾った鳩の羽根を素体に用いて、「風」という概念を収束させ、「ミコちゃんの手足になる」という理念を与えられた、"風の召喚体"。

 ミコちゃんは最初、まんま「羽根」って名前で呼んでた。そらあかんわと思って、ネーミング辞典を引いていい名前はないかと探し、フランス語に行きついた。

 「Aile」――エール。翼を意味するフランス語。彼もそれを喜んでくれたので、彼にはエールという名前が与えられた。以降、召喚体の名前はわたしが決めることになった。

 ただ、もやしさんだけは別やね。もやしはもやしであってもやし以外の何物でもない。もやしは至高の食材なんや、いいね?

 

 そうして……ミコちゃんは出会った。願いを叶える魔法の宝石と。そして、管理世界と呼ばれるところで使われる、科学の結晶である「魔法」と。

 

 

 

 

 

 ここまでだいぶ駆け足やったけど、今までの流れはおさらい出来たやろか。ジュエルシード事件については、今更語るまでもないと思うから割愛や。

 事件を終えて、わたし達には家族が増えた。

 ジュエルシードから生まれた新しい召喚体。ブラン。ソワレ。ミステール。

 事件を通して友達になり、最終的にはミコちゃんの娘兼妹となった、ふぅちゃん――フェイトちゃん。彼女の使い魔の、アルフ。

 そして、ふぅちゃんのお母さんを絶望から解き放つために生まれた、"命の召喚体"。シアちゃんこと、アリシアちゃん。

 二年前までの一人の生活が嘘みたいに、わたしの周りは賑やかになった。もうわたしが孤独に震えて夜を過ごすことはない。大好きなミコちゃんと一緒に、幸せな気持ちで眠れる。

 問題はまだ解決してへん。わたしの足を治す目処は立ってない。ミステールが頑張ってくれてるみたいやけど、やっぱりそう簡単にはいかへんみたいや。

 だけどわたしは、とても満ち足りていた。もしこのまま足が治らなくても、皆がいてくれれば平気や。ミコちゃんが隣にいてくれれば、それだけで幸せや。

 わたしは、ミコちゃんのことが大好き。もちろんそれは、恋だとかの好きとは違う。わたしらは別に同性愛ってわけやないからな。

 それでも、思う。たとえこの先素敵な男の子が現れて、わたしが恋に落ちたとしても。わたしにとって一番大事な人は、ずっとずっとミコちゃんやって。少なくとも、今はそう思ってる。

 ミコちゃんはわたしの足を治したいから――麻痺が広がったら命に関わるかもしれないし、わたしだってミコちゃんを残して逝く気はない。出来ることなら、ずっとずっと一緒にいたいんやから。

 だから、彼女の頑張りを止めることはしない。思いっきり、気の済むまでやりぃって思う。

 せやけど、疲れてしんどくなったときは、わたしのところに戻ってきてほしい。一緒に泣いて、一緒に笑って、そしてまた頑張ろうって。そう、思ってる。

 だってミコちゃんは、わたしの大切な家族であり。

 

 わたしの、とても大切な「相方」や。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 今日は金曜日。明日は土曜日。せやけど、明日の土曜日は普段とは一味違う。今日は6月3日で、つまり明日は6月4日。わたしの誕生日や。

 

「……というわけで、診察が終わったら翠屋で貸切パーティだそうだ。石田医師も連れてきていいとのことだ」

 

 晩御飯のとき、ミコちゃんは納得いかない様子ながら、今日の"お手伝い"で士郎さんから聞かされた話を皆に伝えた。内容というのは、わたしの誕生日パーティについて。

 ミコちゃんとしては、うちで内々に済ませたいと思っとったみたいや。けど、それを知った高町家の皆さんがお節介してくれたってとこやな。

 

「ミコトはなんでそんなに不満そうなんだい?」

「主殿のことじゃ、大方奥方と二人っきりになりたかったとか、そんなとこじゃろう。呵呵っ」

 

 アルフの疑問にミステールが勝手に答え、二人してミコちゃんににらまれる。まー、わたしもどっかのタイミングでミコちゃんと二人っきりにはなりたいな。

 

「あまり盛大にやっても気疲れする。それに、はやての誕生日を祝うという口実で騒ぐだけになりかねない」

「わたしは別にそれでええんやけど。しっかり祝ってくれるんは、ミコちゃんがやってくれるやろ?」

「むっ。それは、そうだが……」

 

 最初の年は「誕生日を祝う」ってことを知らなかったミコちゃんやけど、去年はそれはそれは祝ってくれた。「生まれてきてくれてありがとう」「オレと出会ってくれてありがとう」と、心を込めて祝われた。

 これが他の誰かやったら「重すぎィ!」って突っ込み入れるとこなんやけど、ミコちゃんやと納得やし、普通に嬉しいんよね。ミコちゃん用のギアが出来てるとでも言おうか。

 

「わたしは構へんって。わたしが口実になって皆が楽しくなれるんなら、それはそれで嬉しいやん」

「ふふっ。はやては優しいね」

 

 いやー、ふぅちゃんには負けるわ。これ、優しさとはまた別の話やし。

 

「ちがうよ、フェイト。はやておねえちゃんは「わたしを崇めるがいい、下民ども!」っておもってるんだよ」

「アリシア……それはないって」

「シアちゃん正解ー」

「そうだったの!?」

 

 さすがに冗談やけど。それをかなーりマイルドにした感覚なんよね。方向性は合ってるから、正解と言えなくもない。

 

「ソワレ、パーティ、たのしみ!」

「ソワレちゃん、お行儀が悪いですよ。ちゃんと座って食べましょうね」

 

 わたしらの愛娘が立ち歩いて、ミコちゃんに直談判する。ブランにたしなめられて席に戻るソワレ。フォーク持ちながら立ち歩きはあかんな。

 けどま、ソワレにああ言われてしまったら、ミコちゃんも折れるしかない。

 

「……はあ。ミステール、なのはに念話を繋いでくれ。OKの返事を出す。その後で5人衆に連絡だ」

「あい分かった、しばし待たれよ」

 

 そんな感じで、明日の誕生日パーティは、これまでで一番盛大に祝ってもらえることになった。

 自然と笑みが漏れる。

 

「はやて、嬉しそうだね」

 

 ふぅちゃんが話しかけてきた。そう言う彼女も、顔は笑顔で嬉しそう。

 

「そら、こんだけ派手に祝ってもらえることになって、嬉しくなかったら嘘やろ。ミコちゃんかて、内心では嬉しいはずやで。ただ貸し借りを気にし過ぎてるだけや」

「聞こえてるぞ」

 

 聞こえないようにはしてへんからな。ニヤニヤ笑って返すと、ミコちゃんは仏頂面で念話に集中した。

 ……それに。

 

「皆がいてくれてるんや。今日と明日だけやなくて、わたしは毎日が嬉しいよ」

 

 わたしはもう、一人で誕生日を迎えなくていい。大切な家族がいてる。それに加えて、大勢の友人に恵まれた。

 最初のあのとき、休学を受け入れないで学校に行くという選択をしたのは大正解やった。もしあのときに石田先生の言葉に素直に従っとったら……今頃どうなってたんやろうな。

 もしもの話をしてもしょうがないことやな。今わたしは皆と一緒におって、ミコちゃんの隣にいられる。それがわたしの素敵な現実や。

 わたしの言葉を聞いて、ふぅちゃんは優しげに笑った。

 

 

 

 ミコちゃんと一緒にお風呂に入り、一緒にベッドに潜る。ソワレはふぅちゃん達と一緒に寝るみたいや。

 相変わらずあの子は甘えん坊やけど、妹が出来たからか少ししっかりしたみたいで、わたしらと一緒やなくても寝られるようになった。……まあ、寂しくなって結局は潜ってくることもあるけど。

 ソワレを間に挟んで寝るのも好きやけど……やっぱわたしは、ミコちゃんと二人で寝るのが一番好きみたいや。

 ミコちゃんの腕が、わたしをギュッて抱きしめてくれる。だからわたしも抱き返す。

 

「あと1時間で、わたしは9歳やな。またミコちゃんより年上になってまう」

「半年の辛抱だ。すぐに追いつく」

 

 彼女の誕生日は12月の下旬だから、半年とちょっと離れていることになる。その間はわたしの方が数字の上で一つ年上になってしまうのが、ちょっと気に入らん。

 

「ミコちゃんの方が年上っぽいのに、何か癪や」

「そうかな。オレは、はやての方がしっかりしてると思うぞ」

 

 どっちもどっちやと思うけど。それでもわたしが年上やと、ミコちゃんの妹になれへんやん。

 そう答えると、わたしの大切な彼女は、おかしそうに苦笑した。小さく、だけどしっかりと。

 

「フェイト達に対抗してるのか?」

「だって、ミコちゃんふぅちゃん達に甘えさすやん。最近わたし、ミコちゃんに甘えさせてもらえてへん」

「そこまで甘やかしてるつもりはないけど……まあ、最低限はな」

 

 最大限の間違いやと思う。ミコちゃんに出来る最大限、ふぅちゃんもシアちゃんもソワレも、甘やかしとる。

 それを悪く言うつもりはない。あの子達にも笑顔でいてほしいから、ミコちゃんにもそうしてほしいと思う。

 だけど、それはそれ、これはこれや。

 

「あと1時間でわたしの日や。せやから……たっぷり甘えさせてもらうからな、ミコちゃん」

「お手柔らかに」

 

 ミコちゃんはわたしに軽くキスをし、微笑んだ。

 最近のミコちゃんは、以前よりもさらに表情豊かになったと思う。相変わらず基本は仏頂面で、表情が変わると言っても本当に小さなものだ。だけど「相方」であるわたしには、それがどれだけ大きなことかよく分かる。

 彼女の心は、今大きな変革を起こしている。感情が育ち、人として大きく成長しようとしている。

 ジュエルシード事件。それを通して、ミコちゃんは「親の心」を理解した。別離の「悲しみ」を理解した。男の子から「想いを寄せられること」を理解した。

 そしてつい最近、なのちゃんに対して「友達への愛情」を理解した。彼女が置き去りにしてきた様々な感情を拾い集めている。

 相変わらず判断基準がはっきりとしていて容赦のないミコちゃんやけど、どんどん人間らしくなっていくミコちゃんを見ていて、わたしは思う。

 

「大好きやで、ミコちゃん」

 

 今までも大好きだった。だけどもっともっと、止められないぐらいに大好きになっていく。この想いは何処まで大きくなってしまうんだろう。

 少し怖くもあり……だけどそれ以上に、嬉しかった。もっとミコちゃんを好きになれるということが。こうして、ミコちゃんの隣にいられるということが。

 

「オレも大すっ」

 

 皆まで言わせず、ミコちゃんの唇を奪う。少し長めの、親愛のキス。

 

「……最後まで言わせてくれ」

「えへへ、ごめんごめん。ミコちゃん見てたら、我慢できんくて」

「まったく。……大好きだよ、はやて」

「うんっ」

 

 最後は、二人同時に。想いを交わすように、唇を合わせた。

 

 

 

 ミコちゃんは、わたしらの出会いを「偶然の奇跡」って言ってる。ミコちゃんは「運命」って言葉があまり好きではないらしく、普通の女の子が運命を感じるようなところでは、決まって「偶然」と口にする。

 だけどわたしは普通の女の子やから、「運命」って言葉を使いたくなるときがある。たとえば、ミコちゃんとの出会いなんてのは、その最たる例やな。

 わたしの最初の選択が命(みこと)を運んできてくれたなんて、嬉しすぎて涙が出るやん。だからわたしは、ミコちゃんとの出会いは「運命の出会い」だって言う。ミコちゃんでも、ここだけは譲らへん。

 運命は、連鎖して連鎖して、色々な出会いを運んできてくれた。エール、もやしさん。ブラン、ソワレ、ミステール。ふぅちゃん、シアちゃん、アルフ。わたしの大切な家族達。

 せやから。

 

 

 

『Anfang.(起動)』

 

 12時を過ぎて始まったそれは、きっと新しい運命だったんや。

 古い運命を打ち破り、絶望を希望に変え、新しい運命へと繋ぐ始まりの言葉。

 

 「終わり」が、「始まった」。




というわけで、次からA's編です。

不穏な終わり方してますが、しばらくはほのぼのまったりな日常を書きたいです。さすがに奴ら出現直後はちょっとごたごたするでしょうけど。





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