不思議なヤハタさん   作:センセンシャル!!
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2015/12/05 17:06 誤字訂正
2016/01/05 23:48 あとがきに追記


三話 夏の思い出 (あとがきにモブ紹介あり)

 出会いの春は過ぎ、暑い夏が来る。八神はやてとの「偶然の出会い」から、早4ヶ月が経過していた。

 

「うあー、あーづーいー……」

 

 夏休み二週目、オレの部屋へ毎日遊びに来る彼女は、内職をするオレの横で、服を着崩し横たわっていた。

 

「夏は暑いものだ。耐えられないなら自分の家に帰るといい」

「ミコちゃーん。せめて扇風機ぐらい導入しようやー……」

「電気代の無駄だ」

 

 窓を開けて玄関をチェーンだけ締めて開ければ、それなりに風が通る。オレはそれで十分なのだが、冷暖房に慣れた現代っ子にこの環境は辛いらしい。

 オレも暑い事は暑い。汗でシャツが肌に張り付き、気持ち悪い。額に浮かんだ汗が顔を伝って顎から落ち、畳の上に敷いたタオルにしみこんでいる。だが、耐えられないほどではない。去年は耐えた。

 学校がある期間の休日が稼ぎ時と言うならば、夏休みはまさに書き入れ時だ。毎日続けられれば、30万以上もの稼ぎになる。

 とはいえ、現実にはそうもいかない。夏休みの宿題はほぼ終わらせているが、自由研究だけはどうしても時間がかかる。まだ内容も決めていない段階だ。

 それに、暑さと疲労で作業効率も落ちる。数日は休止を入れなければ体がもたない。現実的な目標額はせいぜい20万だろう。

 

「一学期はなんだかんだで出費してしまったからな。ここで節約しておかないと、後で苦労することになる」

 

 今は時期を外れて箪笥の中に眠る、クラスの女子達が見繕ったオレの春物衣類。その支払は当然オレの財布からであり、たった一回で二万円が飛んだ。あれは衝撃的だった。

 値段を見て、オレは必要ないと主張した。だが奴らは、「それなら私達がプレゼントする」などと言い出して、何が何でも着せようとしてきたのだ。

 親しいわけでもない彼女らにそんな借りを作るのは本意ではなく、結局オレの出費となった。

 

「何処かの誰かさんはこっちの事情を知っているくせに、向こう側に回っていたしな」

「むぐっ。そ、そら悪かったと思うとるけど。でも、わたしも可愛いミコちゃん見たかったんやもん。しゃあないやんか」

 

 プリプリと頬を膨らませる何処かの誰かさんこと八神はやて。

 何が仕方ないのかは知らないが、彼女はむしろ女子達を主導していた。毎日のようにオレの服装をチェックし、髪型を整えた。

 おかげで今まで着なかったような服も着慣れ、髪型のセットも覚えてしまった。ちなみに、今はわずかでも涼しくなるように、アップポニーにしている。

 

「それまでって、ミコちゃんダボっとしたポロシャツとか、ゆるゆるなハーフパンツとかしか着いひんかったやん。そら口出ししたくなるわ」

「楽な格好をしていただけだ。外に出て職質されない格好なら問題はない」

「わたしのミコちゃんの可愛さが評価されないのは嫌。問題ありや」

 

 いつからオレは彼女のものになったんだろうか。それに、可愛さとやらが評価されて何になるのやら。

 

「それが女心ってもんや」

「オレには一生かけても理解できなさそうだ。理解する気もないが」

「ミコちゃんが女心理解出来たら、それはそれで偽物やんな」

 

 オレもそう思う。相変わらずよく分かっているやつだ。

 

「んー」

 

 しばらくの沈黙――いや、あーうー唸ってはいたが、ともかく会話が止まって間があってから、彼女はおもむろに体を起こす。

 そして何を思ったか、オレの背中にもたれかかってきた。

 

「暑いんだが」

「せやねー。夏やもんねー」

「君も暑がっていなかったか?」

「せやねー。夏やもんねー」

 

 相変わらず何を考えているかよく分からないやつだ。

 

「暑いのは嫌やけど、ミコちゃんの体温なら嫌やない。落ち着くわー」

「そんなものか。どちらも熱エネルギーであることに差はないが」

「気持ちがちゃうでー」

 

 そんなもんか。そんなもんや。いつの間にか定形となってしまった、いつも通りのやり取りだ。

 

「それに、ここやと絶景やし」

「何が絶景なんだ?」

「ミコちゃんのペッタンコとシャツのスキマ」

 

 造花を置いてからスケベ顔を晒す八神はやてにデコピンを一発。何をしているんだ、こいつは。

 それなりに強くやったからか、彼女は涙目だった。しかし何故か表情はニンマリとした笑み。

 

「なんや、いっちょまえにペッタンコ気にしとん、6歳児?」

「人のことを言える体格か、7歳児。君が放送コードに引っかかりそうな顔をしていただけだ。『私は悪くないわ』」

「括弧つけんなや、気色悪い。ローカル放送だからええねん。……わたしらまだ小学一年生なんよなぁ」

 

 君と会話していると、時折そのことを忘れそうになるよ。

 ノーガードで言葉の殴り合いを交わす、オレと八神はやて。最初は好きじゃなかった無軌道な会話も、何かをしながらの暇つぶしにはうってつけで、この4ヶ月毎日続いた日課となっている。

 オレは、間違いなくこの時間を楽しんでいる。この会話が突然なくなってしまった日には、きっと調子が狂ってしまうだろう。

 

「なーミコちゃん。まだわたしのこと「はやて」って呼んでくれへんの?」

「機会があったらな」

「そればっかやんな。そんなに名前で呼ぶのが恥ずかしいん?」

「そう見えるか?」

「んーん、全然。だから疑問やねん」

 

 何と言ったらいいのか。彼女のことを「はやて」と呼んでしまったら、彼女をオレの人生に「致命的に巻き込んでしまう」ように感じる。それが、オレが彼女を名前で呼ぶことへの抵抗感となっている。

 彼女を「外れ者」にしてしまう不義への反発。大げさかもしれないが、直感的に漠然とした未来を感じていた。

 尊敬している彼女だからこそ、「こちら側」になってほしくなかった。

 

「君から見て、オレはどう見える」

「めっちゃ可愛い子」

「質問を変える。オレの人格をどうとらえている」

「めっちゃ可愛い不思議ちゃん」

 

 彼女は、最初からオレの見た目を「可愛い」と称していた。先入観で物を言っているんじゃないかとも疑ったが、そこまで愚かとも思えない。

 

「……以前話したと思うが、オレは孤児院から放逐されるような形でミツ子さんに引き取られた。あそこでオレは「異物」だった。それはオレ自身も実感しているし、否定する気はない」

 

 そして、彼らの判断を批難する気もない。あれは正しい処置だった。

 

「人の気持ちが理解できず、人の知り得ないことを知り、人から外れた行動をとる。それを君は「可愛い」と思うのか?」

「むっちゃ可愛いやん」

 

 即答だった。やはりオレにこの少女を理解することは出来ないようだ。彼女がオレを理解できないのと同じように。

 八神はやてはオレの頬を両手で覆い、目線を合わせた。内職の邪魔である。

 

「あんな、ミコちゃん。わたしはキミが「違う」ってことを理解しとるんよ。私らに理解できるようなヒトじゃないってことを、ちゃんと理解しとるんよ」

「知っている」

「そうするとな。女心が分からんとか、異常な物知りとか、言動が不思議ちゃんとか、単にミコちゃんを表すだけの言葉になるんよ」

「そうなのか」

「そうなんよ。やから、わたしの中のミコちゃんは、ありのままの可愛いミコちゃんなんや」

 

 つまり、オレが背負うありとあらゆるバックグラウンドは、八神はやてという少女の価値判断に関係がない。そういうことか。

 乱暴な理屈ではあるが、真理でもある。事実オレは、全ての人に対して彼女と同じような価値判断を行っているのだから。

 

「ミコちゃんは、ちょっと気にし過ぎや。わたしは元から「こう」なんやから、自分のせいでわたしがわたしやなくなるなんて、考えなくてもええんやで」

 

 慈しむような声で、少女は微笑みそう言った。……なるほど、な。

 

「まあそちらの理屈が分かったところで、オレがどう判断するかはオレ次第なわけだが」

「デスヨネー」

 

 空気をばっさりと切り捨て、内職に戻る。さっきまでの歳不相応な表情が嘘だったかのように、彼女もグデーっとオレに背中を預けた。

 

「ともかくー。わたしの方はいつでもゥウェルカムンッ!なんやから、さっさと覚悟決めて名前呼びしてーな」

「機会があったらな」

「結局それかいっ! あーもー、ミコちゃんいけずやわー!」

 

 「いけずーいけずー」と独唱する「はやて」に背を向け小さく笑いながら、オレは造花作りを続けた。

 

 この後、昼食に八神邸にお邪魔する際に名前で呼んでやったら、困惑顔で泣かれて困った。曰く、「びっくりしすぎた」そうな。

 それ以降「八神はやて」呼びでは反応してくれなくなったので、オレは正式に彼女のことを「はやて」と呼ぶことになったのだった。

 

 

 

「ミコちゃん。わたしは夏祭りに行きたい」

 

 本日の晩餐はカレー。野菜のみではなくちゃんとおビーフ様が入ったカレーだ。もやしも入っている。もやしは万能食材である。

 遠慮なくお替りを装って戻って来ると、突然はやてがそんなことを言い出した。

 

「付き添いの依頼か?」

「デートのお誘いや。ミコちゃんと一緒に、お祭りの出店を回りたい」

 

 ふむ、なるほど。椅子に座って、カレーをスプーンですくって食べる。うまし。

 

「オレと君でデートになるのか?」

「最近は仲良い友達で遊びに行くんもデートって言うんやで」

 

 そうだったのか。つまり、「兄貴と私」が薔薇を背景にスキップしているのもデートということになる……。

 

「うわっ、変なもん想像させんでや。鳥肌立ったわ」

「奇遇だな、オレもだ。今の発言は忘れてくれ」

 

 自分で言って鳥肌立った。どうやらオレは、そっち方面はノーマルのようだ。

 気を取り直して。

 

「要するに、オレが毎日内職ばかりしててつまらないから、外に出て一緒に遊ぼうと」

「ちゃんと理解しとるやん。名前呼びに変えた成果やな」

 

 関係ないと思うぞ。いい加減、こういうときの君の言葉の意味ぐらいは掴み取れる。

 

「あとは、せっかくの夏休みなんやし、思い出作りやな。このままやとミコちゃんの日記、毎日内職のことしか書かへんようになるやろ」

「ふむ、一理あるな。手抜きをしているつもりはないが、疑われるのは厄介だ」

「小学生の日記とは思えへんよな。内容が「本日の造花納品数・1500本」とか」

 

 いつの間に見た。そう言う君はどんな日記を書いている。

 

「わたしはその日に読んだ本のタイトルと大まかな感想やな。締めは毎回「今日もミコちゃんといられて嬉しかったです」や」

「文章は出だしと結びが一番難しいというのだから、それは立派な手抜きだな」

「日記という名の報告書書いてるミコちゃんよりはマシやで」

 

 どちらにしろ、お互いそろそろ別の内容を書けないとまずいな。

 

「しかし、出店で何を買うでもなし、冷かして帰るだけになりそうだな」

「空気を楽しむだけでも意味はあると思うんよ。それに、せっかく浴衣用意したんやし、着ないともったいないわ」

 

 なるほど。……うん。

 

「待て、はやて。少し嫌な予感がしたんだが、浴衣を用意したというのは君の分だけだよな?」

「あっはっは。何言うとん、ミコちゃん。わたしとキミの二人分に決まっとるやろ」

 

 どうしてそういうことするかな……。

 

「オレがノーと答えたらどうする気なんだ」

「そんときゃそんときやね。一時的に貸すって形なら、ミコちゃんも平気やろ」

「その通りだが、最初からオレに着せる気満々なら意味がないだろう……」

「まーまー、わたしの趣味に付き合うと思って諦めー。埋め合わせはちゃんとするから」

 

 このぐらいなら埋め合わせは必要ないが、先走り気味なはやての行動力に若干の頭痛を覚えた。

 

「……状況を鑑みて、今回は夏祭りに行くのが妥当だろう。だからその提案に乗るが、次からはちゃんとオレに確認を取ってから行動してくれ」

「善処するわー」

 

 ダメだこりゃ。

 ともかく、週末に近所の公園で行われる夏祭りに出向く約束を交わした。

 食べ終わり、食器をシンクに持っていく。少量の水でこびりついたカレーを洗い落とし、スポンジに洗剤を付ける。

 

「そういえば、自由研究のお題は決めたのか」

 

 隣でカレーの残りをタッパーに詰めて冷蔵する作業をしているはやてに尋ねる。オレは方向性だけは定まった。時間短縮のため、文献調査のみで実験の必要がない内容にするつもりでいる。

 

「ミコちゃんの生態とかどや?」

「それで通ると思うならやってみるといい」

「じょーだん。わたしのミコちゃんの秘密を早々他人に教えたるかいな」

 

 だからいつオレは君のものになったんだ。

 

「真面目な話、まだなーんも決まってないんよ。本は毎日読んどるけど、それじゃ自由研究にはならんし」

「はやてが普段読んでるのは、家事の本と小説がメインだったな。おすすめ本をまとめるので十分じゃないのか」

「それもう日記の方でやっとんよねー」

 

 そういえばそうだったな。なら、実践書の内容を試してレポートにする類なら被りはないだろう。

 

「家事は毎日やっているわけだから、それなりの実験量になっているはずだ。自由研究には十分だと思う」

「なるほどなー。さすがミコちゃん、目の付け所が違うわ」

「岡目八目というやつだ。オレの方は方向性しか決まっていない」

「そんならミコちゃんも、造花作りの手順まとめとかでええんちゃう?」

 

 確かに。既に調査を終えてまとめるだけのものだから、内職の妨げにならない内容だ。たまには他者の視点も必要だな。

 何気ない会話で互いの自由研究内容が決まり――内容があまりに小学生離れしていたせいで、二人して職員室に呼ばれることになるのは知る由もない――洗い物が終わった。

 風呂も夕食前に沸かし始めたから、もう入れるようになっているだろう。踏み台を片付け、はやてを伴い脱衣所へ向かった。最近は八神邸で入浴までがテンプレートになっている。

 

「ミコちゃんはいつになったらうちにお泊りしてくれるん?」

 

 はやての髪を洗っている時、彼女は久々にそんなことを聞いてきた。名前呼びをするようになったためだろう。

 

「前にも言ったと思うが、生活資金を稼がなければならん。そんな余裕はない」

「どうせ朝はうちに来てご飯食べるんやから、泊まってもええと思うんやけどなぁ」

「その前に100個は造花を作っている。それに、泊まるとなったらこの後の分も作れないだろう。さすがにそれを無視することは出来ない」

 

 食事と入浴は互いの利益が釣り合っているからご一緒させてもらっているが、それ以上はデメリットの方が大きくなってしまう。彼女もそれは分かっているはずだ。

 だが今日のはやては、ひょっとしたらオレが初めて見るかもしれないほど、歳相応にわがままを言った。

 

「一人は寂しいんよ」

 

 返事を返さない。しばらく髪を洗う音だけが風呂場に響く。

 

「流すぞ。目を閉じてろ」

「……ん」

 

 桶に汲んだお湯を頭からかけ、シャンプーを流してやる。鏡に映ったはやての瞳は、普段からは想像も出来ないほど弱弱しかった。

 

「そうしていると小学生らしいな。普段の勢いはどうした」

「わたしかて、ナイーブになるときはあるよ。女の子やもん」

「そんなもんか」

「そんなもんや」

 

 オレとは「違う」彼女は、やはりオレとは「違う」のだろう。大人びてしっかりした少女も、やはり子供なのだ。

 それを嬉しく感じているのは、多分先に彼女が宣言したことが正しかったからか。「彼女は彼女のまま」であると。

 だから、オレの譲歩を引き出したんだろう。少女が、オレの尊敬する八神はやてのままだったから。

 

「後で残りの材料を取ってくる。とりあえず、今日は泊まってやる。明日には復活していろよ。今の君は調子が狂う」

「ん、分かった。ありがとうな、ミコちゃん。……大好きやで」

 

 彼女が落ち着くまで、オレははやてを抱きしめた。

 

 はやてはこの日、寝るまでオレから離れようとしなかった。いや、寝ても離れなかった、が正しいか。

 幸い彼女が使うベッドは子供が二人横になっても十分な広さがあったため、寝るのに困ることはなかった。

 ――思えば、彼女はこの日を境に歳相応な我儘を言うようになったんだったか。それまでも自分の意見をはっきり言ってはいたが、オレのレベルに合わせたものだったように思う。

 きっと、オレとの間にあった距離が少しだけ近くなったのを、正しく感じ取ったからだろう。「違う」ことを理解し、対話を続けた成果だ。

 全ては偶然の積み重ね。偶然はやてという存在が生まれ、偶然オレという存在が生まれ、偶然二人は出会った。

 だから、オレはこの偶然に感謝する。彼女のようには感じられないかもしれないが、少なくともオレは今を楽しめているのだから。

 ……なお、翌日目が覚めるとはやての抱き枕にされており、彼女が目覚めるまで抜け出せず、朝の造花作りが出来なかったことを記しておく。

 

 

 

 

 

 それから数日後の、夏祭りの日だ。

 

「……ふわー! ミコちゃんの浴衣、用意したかいあったわー!」

 

 オレが浴衣に着替えてからのはやての第一声だ。彼女とは色違いの、黒の生地に白で牡丹だかの模様がえがかれた浴衣だ。

 ちなみにはやては赤に白。花の種類はこちらとは違い、百合だろうか。生地といいデザインといい、中々お高そうな二品だな……。

 

「ええでー! やっぱ黒髪ロングは和服が映えるでー!」

 

 さっきから彼女は携帯のカメラでパシャコーパシャコーとオレを撮影している。とても足が不自由とは思えないフットワークだ。鼻息も荒くてちょっと怖い。

 

「それはもう分かった。夏祭りに行くんじゃなかったのか」

「そやけど、もうちょい撮らせてや! 次は見返りポーズで!」

 

 やれやれとため息をつき、彼女の指示通りにポーズをとる。

 いくら普段と違う格好とはいえ、オレの表情は相変わらずの仏頂面。写真うつりは良くないと思うが、まあそんなことを彼女に言っても今更か。

 

「ほああああ!! 素ン晴らしい! これだけでご飯三杯はいけるでー!!」

 

 前にもこうなったときがある。そう、一学期に購入した服を初めて着たときだ。あのときは黒のゴシックカジュアル、だったか。

 この4か月でいい加減理解したが、どうやらオレの容姿というのは、はやてにとってストライクゾーンど真ん中らしい。オレのことを「めっちゃ可愛い不思議ちゃん」と形容したことからも、それは明白だ。

 だからオレが普段と違う格好をすると、こんな風に暴走するのだろう。嫌悪するほどのことではないが、正直だるいと感じる。

 

「いい加減にしろ。祭りを回る時間が無くなるぞ」

「ああん、まだ撮り足りんわー。……あー、けどもうこんな時間か。しゃあないなぁ」

 

 携帯電話を浴衣と同じ色の巾着袋にしまう。それを見て、ふと悪戯心が湧いたというか。

 

「待った。はやて、携帯を貸してくれ」

「えー。写真消すのは無しやで」

「そんなことはしない。少し思い付いたことがあるだけだ」

 

 はやての携帯を借り、写真アプリを起動する。特に掛け声もなしに、フレームに収めた彼女を撮影した。

 

「えちょ、ミコちゃん!?」

「君の携帯なのにオレの写真ばかりあるのは納得がいかないのでな」

 

 写真の中のはやては、何も分かってないようにポケーっとした表情を浮かべていた。それが恥ずかしいのか、現実の彼女はみるみる頬を紅潮させた。

 それでオレは少しだけ溜飲を下げた。

 

「君も似合っているのだから、自分を被写体にすればいいんじゃないか?」

「よしてや、ナルシストやないんやから」

 

 はやても、赤の浴衣は実に似合っていた。

 

 近場の公園で行われている夏祭り。それは自治体が主体となって開催する、納涼盆踊り大会だ。

 孤児院時代、「どんぐりの里」の近くでも行われていたことから、この手の祭りは何処でもやっているのだろう。目新しいものがあるわけでもない。

 出店は、焼きそばや焼き鳥、焼きイカに焼きとうもろこしなど。夏らしくかき氷もある。ごくごくスタンダードと思われる夏祭りだ。こんな場所に新しい何かを求めるものでもないか。

 

「あ、八神さーん!」

「こっちこっちー!」

 

 そして近所の公園ということは、近所の子供達――オレ達の同級生も来ている可能性は十二分にあった。

 オレ達が通っているのは、ごく普通の公立小学校だ。学区で学校が決定され、そうである以上全員近場に住んでいる。

 向こうは数人で集まって来ていたようだ。はやてに次いでオレと交流を取っている5人だ。もちろん、はやてとは比べるべくもないが。

 

「おー、さっちゃんにむーちゃん、いちこちゃんとはるかちゃん、おまけであきらちゃんやないか」

「ちょっと八神さん! わたしがおまけってどういうこと!?」

「出席番号の問題だろうな。諦めろ」

「八幡さんまで……ってかわいいっ!?」

 

 「あきらちゃん」こと、矢島晶(やしまあきら)の出席番号はオレの一つ前で16番。このグループだと、彼女は一人だけ外れている。

 「さっちゃん」と呼ばれるのは、亜久里幸子(あぐりさちこ)。「むーちゃん」こと伊藤睦月(いとうむつき)と並んで、出席番号は1番2番。

 田井中いちこ(たいなかいちこ)と田中遥(たなかはるか)は9番目と10番目で、やはり最初の頃に席が前後だった。

 結果、5人組だと矢島のみ島が離れてしまい(洒落ではない)あぶれてしまう。そしてオレとはやてのと絡めても、3人組とはならなかった。

 まあ、それでふてくされるようなこともなく、さばさばとした少女だ。ついでにオレがこういう格好をしていると真っ先に抱き着いてくる要注意人物でもある。

 

「きゃーなにー!? また八神さんのグッジョブ!?」

「せやでー。さっきまでミコちゃんの写真撮ってたんや。あとで写メ送るわ」

「ふあー、やっぱりミコトちゃんって黒にあーう!」

 

 可愛い物に目がないと自称する亜久里は、一学期のショッピング事件でも大活躍していた。つまりは危険人物だ。

 亜久里はそこまで身長が高いわけではないが、クラスで一番背の低いオレよりは高い。矢島とは反対側から、覆いかぶさるように抱き着いてくる。動けん。

 

「さっちゃん、あきらちゃんも。八幡さん苦しそうだよ。八神さん、じゃましちゃってごめんねー」

「ええよー気にせんで。わたしは帰ってからもミコちゃん堪能するからな」

「二人ってごきんじょさんなんだっけ。どれくらいちかいの?」

「あたしたちよりちかいってことはないでしょ」

 

 田中と田井中は、名前も近いが家も隣だそうだ。所謂幼馴染というやつだそうな。抱き着いてくる二人を止めた伊藤を含めたこの三人は、先述の二人よりはキャラが弱い。何となく一緒に行動しているのだろう。

 別にそれでどうというわけでもない。オレにとっては流れていく大勢の人々と同じというだけだ。

 

「かーわーいーいー! おもちかえりしたいー!」

「ダメー! わたしがつれてかえるのー!」

「どっちも却下だ。オレは君達の人形じゃない」

「せやでー。ミコちゃんはわたしのお嫁さんなんやから」

 

 おい、どうしてそうなった。君と婚姻関係を結んだ覚えはないぞ。というか色々と無理だろうが。

 いい加減鬱陶しくなってきたので、二人の少女を力ずくで引き剥がした。弄られたせいでヨレヨレになった浴衣を直す。

 

「お嫁さんが嫌なら、旦那さんでも可やで」

「そういう問題じゃないだろう。君の性癖に巻き込まないでもらいたい」

「一人称が「オレ」の子に性癖云々言われてもなぁ」

 

 仕方ないだろう、これがしっくりくるしゃべり方だったのだから。

 オレに抱き着いていた少女達は、はやての側に回ってうんうん頷いている。

 

「八幡さんとさいしょ話したときはびっくりしたけど、なれるとかわいいよね」

「ミコトちゃんだとにあうしねー。ふしぎー」

 

 そういえば一学期の中頃から、彼女達はオレとの会話に尻込みしなくなっていたな。そういう風に思われていたのか。

 

「うん。こわい子だとおもったけど、八神さんが「けっこうおもろい子なんやでー」って言ってたから。さいきん分かってきたかも」

「ミコトちゃんってじっさいてんねんはいってるよね」

「いちこちゃん、てんねんって何?」

「誠に遺憾の意を表明しよう」

 

 はやてのみオレの言葉を理解し腹を抱えて笑ったが、他の少女達は意味が分からず首を傾げた。誰が天然だ、誰が。

 結局オレ達はクラスメイト達と合流し、7人で祭りを回ることになった。

 

 

 

「はいミコちゃん、あーん」

「……見るだけという話じゃなかったのか」

 

 いつの間にか焼きそばを購入していたはやてが、割りばしでそれを掴みオレに向けていた。

 

「皆と合流してもうたからなぁ」

「確かに、皆よく買うものだと思うよ。一体小遣いをいくらもらっているんだか」

 

 皆がいろいろ買い食いしているのに、彼女は見ているだけというのは、つらいものがあったか。

 彼女達の買い物に連れて行かれたときも思ったことだが、小学生にしては小遣いをもらい過ぎ。今から散財癖がつくと、将来ろくなことにならないと思うが。

 まあ、オレが気にしても仕方がないことではあるのだが。

 

「だからミコちゃん、あーんして」

「君が全部食べなさい。オレはいらん」

 

 はやてが我慢できなかったのは許容するとして、オレまで巻き込むなという話だ。彼女達と違って、全く浮かれることが出来ない。

 結局オレは、何処に行こうと何があろうと、自身のスタンダードを崩すことがないのだろう。

 オレの隣にいるはやては、不満げに頬を膨らませた。

 

「ミコちゃん、それじゃお祭り来た意味がないで。わたしらはこの空気を楽しみに来たんやから」

「正直に言って、これなら普段の君との会話の方が楽しいな。君が楽しめればそれでいいだろう」

 

 こればかりはどうしようもない話だ。オレが「祭り」というものを楽しむ性分ではなかったというだけのことなのだから。はやてはオレを楽しませたいようだが、それならば会話をするだけで十分成り立つ。

 それでも納得がいかないらしく、はやては眉を八の字に曲げた。しようのない奴だ。

 

「貸しなさい」

「? ミコちゃん?」

 

 焼きそばの入ったプラスチック容器を右手に取り、左手に箸を持ち焼きそばを掴む。

 

「はやて、口を開けろ」

「……ミコちゃん。こういう場合は「はい、あーん」って優しく言うもんやで」

「サービス過多だ。この辺で妥協してくれ」

「はあ、しゃあないなぁ。……あーん」

 

 はやての口に焼きそばを近付け、彼女は大きくかぶりついた。もむもむと咀嚼する。

 

「ふふ、美味しいわ」

「君の作った焼きそばの方が美味だと思うがね」

「気分の問題や。ほら、次ちょうだい。あーん」

「はいはい」

 

 苦笑してしまう。これで彼女が満足するなら、安いものか。

 

「あ、ミコトちゃん今わらってた!」

「うそっ!? みのがしたぁ!」

「さっちゃんとあきらちゃんって、じつは八幡さんのことだいすきだよね……」

 

 向こうは向こうで、伊藤が何やら苦笑していた。……田中と田井中はどこに消えた?

 

「うぅ、おこづかいなくなっちゃったぁ……」

「うわーん、むーちゃーん!」

「わっ!? ど、どうしたのふたりとも!?」

 

 と、どこかの店に行っていたらしいクラスメイト二人が戻ってきたようだ。察するに、景品系の店でムキになって散財しすぎたといったところか。

 オレには関係ない話なので、はやてのご機嫌取りに意識を割く。

 

「ぜったいインチキだよ! 一回たおれたのに、おきあがったんだよ!?」

「い、いちこちゃんゆらさないでー!」

「くまさん、ほしかったのにぃ……」

 

 オレには関係ない話である。

 

「……これ、どうするの?」

「さあ……八幡さん、ブレないなぁ」

 

 オレには関係ない話だからな。

 マイペースを貫くオレとはやて、悲壮感溢れる伊藤達という極端な状況に挟まれた亜久里と矢島は、困惑しているようだ。小学一年生に収集を付けろというのも無理な話だろうが。

 伊藤がシェイクされて目を回す頃、はやては焼きそばを食べ終えた。

 

「ごちそうさまでした。で、はるかちゃんは何を泣いとるん?」

「八神さんも……やっぱりおにあいの二人だよねぇ」

「だねー」

「はやてちゃん……かくかくしかじかで……」

 

 オレが焼きそばの容器と割りばしを捨てに行っている間にはやてが田中から聞きだしたところ、射的屋で欲しい景品があったのに取れなかったということらしい。

 しかもただ取れなかっただけではなく、二人がかりで全弾を集中させて倒したのに、何事もなかったかのように起き上がったということだ。

 恐らく、取りたかったという熊のぬいぐるみの重心が低くて、倒れきらなかったのだろう。起き上がりこぼしの原理だ。それを田井中は「インチキだ」と憤慨しているというわけだ。

 だがオレから見ると、それは店側として当然だと考える。

 

「そんな簡単に景品を取られたら、商売あがったりだ。上手い話に考えなしに飛びつくのではなく、ちゃんと裏を取って行動する。いい教訓になっただろう」

「うぅー! だってだってぇー!」

 

 意味が分かっていないのだろう、田井中は顔を真っ赤にして駄々をこねる。そんな意味のない行動をとっても、状況は動かないぞ。

 はやては田中の方を慰めている。目を回した伊藤は、矢島と亜久里に介抱されていた。

 ……ふう、面倒くさい。こうして考えると、はやてが如何に小学一年生離れした理解力を持っているのか思い知らされる。正直この少女には、何を言っても伝わる気がしない。

 だからオレは、はやてが田中を慰め終わるのと同時に、田井中の説得をバトンタッチした。

 

「ミコトちゃん、おつかれさまー」

「のみものいる?」

「いや、いい。結論を決めた人間の相手は難しいものだ」

 

 オレの言い回しが理解できなかったのだろう、少女達は首を傾げた。今のは、田井中の状況を端的に表現した言葉だ。

 田井中にとって、件の射的屋=インチキ商売という式が決まってしまっている。だから、「それは違う」という意見を一切受け付けられないのだ。

 そうなってしまうと、彼女の心をほぐす方法を知らないオレにはどうしようもない。オレには正論を述べる以外の手立てがないのだから。

 

「必ずしも「正しさ」が通用するわけではないということだ」

「うーん……よくわかんないけど、ズルいおみせをやってるのにおこられないってこと?」

「いちこちゃんもはるかちゃんも、かわいそう……」

 

 まあ、そんなものだろうな。この子達は完全に田中・田井中コンビに同調してしまっている。実物を見たわけでもないのに、友達の意見に引きずられてしまっている。

 実際のところ、自治会が許可を出している出店なら、そこまであこぎなことはしていないだろう。良識の範囲内で商売を行っているはずだ。

 勝手に悪者にされてしまった店主は多少気の毒に思う。

 彼女らにも説明は無理だと判断し言葉を切る。と、伊藤が話しかけてきた。

 

「……八幡さん。いちこちゃんたちがほしがってたくまさん、とってあげられない?」

「さあな。見てみないことには断言できん。何故そう考えた」

「うん……ひとつは、せっかくおまつりに来たのに、かなしいままおわっちゃうのはいやだから」

 

 この少女も、心情的には友人達と同じなのだろう。友人の味方になりたいと思う気持ちに、おかしなところはないはずだ。

 だが彼女は「ひとつは」と言った。ならば、別の理由もあるのだろう。

 

「なるほど。もう一つの理由は?」

「しゃてきやさんはズルくないって、二人におしえてあげたい。八幡さんが言ってたのは、そういうことなんだよね」

 

 ほう。オレの言葉を完全に分かっているとは言い難いが、それでも理解しようとはしているのか。どうやら、オレ達と関わっているうちに、いつの間にか成長しているようだ。

 「人」の可能性も、案外バカに出来ないものだ。

 

「理屈は分かった。だが、オレを動かすには対価が足りないな。そこはどうする?」

「え!? え、えっと……」

「えー、そんなのいいじゃない。ともだちのためなんだから、いいとこ見せてあげなよー」

「矢島は黙っていろ。今は伊藤に答えを求めている」

 

 俺とはやてを抜いた5人の中で、気付いているのは伊藤だけだ。少なくとも今は、他の誰が何を言おうと、その言葉に価値を感じない。

 面食らった顔をする矢島に視線を向けず、オレはただ伊藤の答えを待った。

 

「ミコちゃん、そこまでや。これ以上はむーちゃんにはまだキツいわ」

 

 はやてからタイムアップの宣告。伊藤は暗い顔をして俯いた。

 そんな彼女に、はやては優しく言葉をかける。

 

「よう頑張ったで、むーちゃん。大丈夫、そう落ち込まんでも、いつか出来るようになるはずや」

「……ほんと?」

「ほんとほんと。だってむーちゃん、ちゃんとミコちゃんの言いたいこと分かっとったやん。したら、あとちょっとや」

 

 そのちょっとが伊藤にとってどれぐらいの量かは分からないが、確かにいつかは辿り着くだろう。その可能性は感じた。

 少なくとも、横でさっぱり分からんという表情をしている二人よりはよほど見込みがある。

 

「はい、ミコちゃん。これで熊さん取ってきたって」

 

 そう言ってはやては、財布から100円玉を一枚取り出した。ワンコインチャレンジをしろと申したか。

 

「いいだろう。田井中、田中。その射的屋まで案内してもらおうか」

「へ!? い、いいの?」

 

 はやてからお願いされたのだ。あとでこの分は「請求」するから、何ら問題はない。

 何も分かっていない二人の少女は、嬉々として先行した。そして、オレとはやて、伊藤のやり取りを見ていた矢島と亜久里は。

 

「……お父さんとお母さんだ」

「うん、そんなかんじ」

 

 そんなことを言ったそうだ。

 

 さて、問題の射的だが、やはりと言うか予想通り、これといった不正をしている様子は見受けられなかった。

 店を出しているのも、何処にでもいそうな好々爺。さっき泣かれてしまった少女達から厳しい目を向けられ、困っているようだった。

 オレはというと、それらには一切取り合わず、金を払いコルク銃を受け取り、さっと狙いをつけて撃った。

 適当に撃ったわけではない。要求の品を取れるよう、適当な位置に狙いをつけて引き金を引いたのだ。

 狙ったのは屋台の鉄骨部分。細い的にコルク弾は寸分違わず命中し、跳弾が巨大な熊のぬいぐるみの横の景品を倒す。こちらは大サイズのスナック菓子の箱だ。

 菓子箱はぬいぐるみに向けて倒れる。だが、これでは質量のあるぬいぐるみを倒すには至らない。だからオレは、箱が倒れはじめる少し前に、少しだけ角度を変えたコルク銃の引き金を引いていた。

 再び跳弾し、今度はぬいぐるみに向けて命中する。ちょうどそのタイミングで、菓子箱がぬいぐるみを押しだした。さすがに底面を浮かせる的。

 あとはもう簡単だ。熊の尻の中心を叩くように、真っ直ぐにコルク弾を発射。ポコンと間抜けな音を立てて、狙いの景品を倒した。

 10秒にも満たない、確定事象のトレース。だというのに屋台の周りはシンと静まり返っていた。

 

「終わったぞ」

「……え? ええ??」

「う、うそ……」

 

 クライアントである田中と田井中は、目の前で起きたことに理解が追い付いていないらしい。のみならず、店主も目を丸く見開いて唖然としている。

 

「店主、景品をいただきたい。早いところ再起動していただけると助かる」

「……は!? あ、ああ、そうだね……」

 

 オレの言葉でようやく復活した店主。続くように、はやてと伊藤を除くクラスメイト達がわっと駆け寄ってきた。

 

「すごーい! どうやったの!? 見てたのにわかんなかった!」

「なんでちがうむきにうったたまが当たったの!?」

「八幡さん、こんなとくぎがあったんだ……」

「めにもとまらぬはやわざだったねー」

 

 口々にやいのやいの言うが、オレは気にせずはやての方を見た。彼女はグッとサムズアップをし、隣の伊藤は安堵の表情をしていた。どうやらお気に召してもらえたようだ。

 「やられたよ」と苦笑いをする店主から景品を受け取り、まずは熊のぬいぐるみ(80cmもある巨大なやつ)を田中へ。

 

「こんなものはやり方次第だ。がむしゃらなだけでは、何事も限界がある。君は冷静さを保つ努力をした方がいい」

「……ミコトちゃんの言ってること、むずかしくてわかんない」

 

 だろうな。オレも分かると思っては言ってない。最低限言うべきだと思ったことを言っただけだ。

 副賞で得られた(布石で倒した)巨大ポッ○ーは田井中へ。

 

「君もだ。結論ありきで物事を進めるな。その生き方の辿り着く先は争いだけだぞ」

「うん、わかった! ミコっち、ありがとうね!」

 

 絶対分かってない。まあ、この先の人生で彼女が友とケンカ別れをしても、オレには一切関わりのないことだ。興味もない。義理は果たしたのだから、これ以上は必要ない。

 最後に、迷惑をかけてしまった射的屋の店主へ。

 

「さわがしくして申し訳なかった」

 

 何も分かっていない二人に代わり、頭を下げる。これで全て後腐れがない。

 顔を上げると、彼は穏やかに笑っていた。

 

「気にしないでいいよ。子供はこれぐらい元気があった方がいい」

「寛大な処置に感謝する」

「ははは……。君は随分と大人びてるね。もう少し皆に甘えてもいいと思うよ」

「甘え方を知りませんので」

 

 そして、必要性も感じない。オレはやはり自己完結しているのだ。

 少し寂しそうにこちらを見る店主に背を向け、オレ達は射的屋を後にした。

 

 

 

 それからしばらくして、オレ達はクラスメイトと別れて帰路についた。

 その途中、歩きながらはやてが口を開く。

 

「やっぱり、クラスの皆に興味は持てない?」

 

 オレが「違う」ことを理解している彼女は、正しく俺の胸中を射た。

 

「そうだな。伊藤はまだ見込みがあるだろう。だが他は話にならん。特に田井中は、必要があれば真っ先に切り捨てる」

「あはは、相変わらず厳しいなぁ。……見込みありが一人だけでもおるんなら、上出来やろ」

 

 彼女は、オレがクラスで孤立することを嫌っている。オレには理解できない理由で、オレの評価が不当となることを望まない。

 現状、オレの「理解者」ははやて一人だ。そしてはやては、足が良くない。いつ悪化するとも分からないと言っていた。

 だから、自分以外の「理解者」が必要だと考えているのだろう。オレは必要としていないが、その考え自体は彼女の自由だと思う。

 

「足はどんな感じなんだ」

「うーん、良くも悪くもって感じや。相変わらず松葉杖なしじゃ歩かれへんしな」

 

 はやては週に一回、海鳴総合病院に定期健診に行っている。一番交流を取っている知人というだけのオレは、詳しいことは知らない。だが今の話からして、そちらも進展はないのだろう。

 彼女の足は、原因不明の麻痺が広がっている状態だ。小学校に入学するまでは反応が鈍いだけで済んでいたが、入学直前に膝に力が入らなくなったそうだ。そのため、移動に松葉杖が必須となってしまった。

 

「ほんとは、松葉杖やなくて車椅子を勧められてるんよ。危ないから学校も行かない方がいいって。けど、そんなん寂しいやん」

 

 と、以前彼女は語っていた。

 

「気を付けてどうなるものかも分からないが、悪化はさせるなよ。オレでは、はやてを抱えて運ぶのは無理だ」

「あはは、ミコちゃんちっちゃくて可愛いもんなぁ」

「後半は関係ないだろう。というか、小学一年生なら大した差は……矢島辺りなら出来そうだな」

 

 矢島は現在125cmで、オレより15cmもでかい。世の中不公平である。

 

「ともかく、引きずられたくないなら注意することだ」

「そんなこと言うて、いざとなったらミコちゃんはお姫様抱っこぐらいしてくれるんやろ?」

「調子に乗るな」

 

 からから笑うはやての額に軽くチョップを入れる。

 ……やはり、彼女との会話が一番楽しいな。とても貴重だ。頼むから、足を悪化させてこの時間がなくなるような真似はしてくれるなよ。

 

「えへへー。ミコちゃん、大好きやでー」

「抱き着くな、暑苦しい」

 

 じゃれ合いながら、というか、はやてから一方的にじゃれつかれながら、オレ達は八神邸へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 そうして夏休みは過ぎ、再び学校のある秋が始まる。

 

 はやては、車椅子が必要になった。




ミコトの身長は110cm程度です(低身長ギリギリ)



オリジナルモブ紹介

・八幡ミツ子(やはたみつこ)
ミコトの養母(ミコト当人は身元保証人と言っているが、法的な続柄はこちら)。70を過ぎており、数年前に夫を亡くしている未亡人。
温和な性格であるが、相応の人生経験を積んでいるため、ミコトの「外れ者」としての性質を正しく受け止めることが出来た。
しかしもし出来ることなら、ミコトに子供らしく振舞ってほしいと願っている。
ミコトからは「ミツ子さん」と呼ばれ、ミコトへは「ミコトさん」と呼ぶ。



・矢島晶(やしまあきら)
海鳴第二小学校一年一組、出席番号16番。ミコトの一つ前。身長はクラスで一番大きい。可愛いものが好き。
小学校でミコトが初めて話した相手だが、そのときは(一見すれば)固くて冷たい言葉に尻込みしてしまった。髪型を「HAYATEカスタム」にしたミコトを見て、何かがボッ切れた。
グループの中では島が離れてしまっているためあぶれているが、亜久里幸子とはかなり波長が合うらしい。
ミコトからは「矢島」と呼ばれ、ミコトへは「八幡さん」と呼ぶ。



・亜久里幸子(あぐりさちこ)
同上、出席番号1番。ぽわぽわ系アグレッシブ少女。可愛いものが大好き。通称「さっちゃん」。
矢島晶と同じく、最初はミコトの態度を敬遠していたが、実は可愛いと知ってから鮮烈アタックを仕掛けている。ミコト的には手痛い出費の主犯格扱いである。
出席番号が前後している伊藤睦月と行動をともにすることが多い。
ミコトからは「亜久里」と呼ばれ、ミコトへは「ミコトちゃん」と呼ぶ。
※追記
「亜久里」は通常ファーストネームに使われる単語で、名字としては不適切でした。
しかしながら今更変更も出来ない(修正原則に抵触するため)ので、この作品では名字として扱っていきます。
紛らわしい扱いで申し訳ありません。全国の亜久里さんに心よりお詫び申し上げます。



・伊藤睦月(いとうむつき)
同上、出席番号2番。常識人。若干引っ込み思案の気があるが、言うときはちゃんと言う。通称「むーちゃん」。
ミコト&はやての似非小学生コンビを除けば、クラスで最も精神年齢が高い。グループの影のまとめ役兼ブレーキ役。
眼鏡っ子。運動は苦手。
ミコトからは「伊藤」と呼ばれ、ミコトへは「八幡さん」と呼ぶ。



・田井中いちこ(たいなかいちこ)
同上、出席番号9番。幼馴染ーsのバカ担当。一子でも市子でもなくいちこ。いちごに似ているかららしい。
突撃しか出来ない脳筋タイプ。身長も高い部類で、運動能力もそれなり。でもバカ。どうしたってバカ。
後ろの席の田中遥とは家が隣同士の幼馴染。当然同じ幼稚園出身である。
ミコトからは「田井中」と呼ばれ、ミコトへは「ミコっち」と呼ぶ。



・田中遥(たなかはるか)
同上、出席番号10番。幼馴染ーsの気弱担当。そこまで気弱というわけでもないが、相方が突撃バカなせいで相対的に気弱に見える。
乗せられやすい性格で、田井中いちこの猪突猛進に付き合ってしまうタイプ。結果二人で痛い目を見るのに、中々反省しない。
幼馴染とは部屋が向かい合っており、窓から窓への移動が可能。親からは「やめなさい」と怒られている。
ミコトからは「田中」と呼ばれ、ミコトへは「ミコトちゃん」と呼ぶ。


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