不思議なヤハタさん   作:センセンシャル!!

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A's編、始まります。

※前話のまえがきにも書きましたが、活動報告に「ヤハタさん」のアンケートをご用意しました。お暇でしたら、暇つぶしがてらにどうぞ。

2016/10/10 誤字報告を受けたので文言誤用修正
憮然→怫然
これは完全に私の勘違いでした。同じ勘違いしてる人多そう。
憮然とした:失望してぼんやりとしている様子
怫然とした:腹を立てている様子


A's章 序盤
二十四話 始動


 光が迸った。瞬間、頭の中のスイッチが瞬時に切り替わる。

 

 現在時刻、深夜12時。町は寝静まり、日付が変わり、はやての誕生日となった瞬間の出来事だ。何の前触れもなく、はやての部屋に光が溢れた。

 驚くはやて。だけどオレはそれには取り合わず――そうするのが何よりもはやてを守ることになるから――ガバリと体を起こす。

 ベッドから飛び降り、ベッドサイドテーブルに置いたエールの羽根を手に取り、光の発生源を見る。……本棚、その一番上の段の一番端。既に全く手つかずとなっていた、古本置き場だ。

 そこにある一冊の黒い本が、明らかに自然的でない光を放っていた。そもそも普通の本は自然に発光したりはしない。

 あからさまに"魔法"の品である。……何故こんな身近にあったのに、今まで気付かなかったのか。はやての最も近くに存在する"異常"に、どうして目がいかなかったのか。

 

「な、なんやの……」

 

 さすがのはやても呆然としたようにつぶやく。オレは何が起きてもすぐに動けるよう、本から目線を外さない。

 本は――ひとりでに動きだし、本棚を抜けて宙に浮いた。だが、襲い掛かってくるようではなく、まるでオレ達を……否、はやてを見下ろすようにとどまる。

 そして。

 

『Anfang.(起動)』

 

 流れる機械音声。同時、理解した。これは"魔法"の品ではなく「魔法」の……管理世界で使われている「ミッド式」に連なる代物であると。

 何故、そんなものがはやての部屋に。疑問は尽きないが、オレの考察を待たずに事態は進行する。

 

「キャッ!?」

「! はやて!?」

 

 彼女の驚きの声で振り返ると、はやての胸元から光る小さな球体が抜け出していた。あれは……リンカーコア。「プリセット」を通じて、その正体を瞬時にはじき出す。

 ミッド式の魔法を使用するための、不可視臓器。管理外世界では持たない人間の方が圧倒的に多い、生命活動に関わらない肉体の一部だった。

 そんなものが、はやてにあった。今まで誰も気付かなかった。魔法の力を持たないオレはもちろん、魔導師であるフェイトも、なのはも、ユーノでさえ。

 何故。やはり疑問は尽きないが、それよりも優先してオレにはやるべきことがある。

 それは……。

 

「『"風の召喚体"エール、その姿を顕現しろ』!」

 

 はやてのリンカーコアを取り込まんとしている、あの古本を破壊すること。

 エールも事態を理解しており、顕現と同時に風を纏う。その力を全てエッジに回し、左上から全力で振り抜く。

 ……が、やはりと言うべきか、シールドに阻まれてしまう。ミッド式のシールドは、エールの力では打ち破れない。

 

「くっ! エール!」

『ごめん、ミコトちゃん! ボクの力じゃこれ以上は……っ!』

「っ、チクショウ!」

 

 口汚く悪態をつく。ソワレと離れて寝たのが裏目に出てしまった。彼女の力なら、今まさにはやてのリンカーコアを捕獲しようとしているこの魔本を、問答無用で葬り去ることが出来たのに。

 リンカーコアは、生命活動に必要な器官ではない。だが肉体の一部であることには変わらず、それを持っている人間が失った場合、ショック症状が出る可能性がある。場合によっては……。

 

「っ……はやてぇ!」

 

 振り返り、彼女の名前を呼ぶ。彼女は、やはり何が起こっているのか分からず、呆けた表情のままだった。

 魔本は、容赦なくはやてのリンカーコアを取り込んだ。

 

 結論から言うと、取り込んだのではなく、取り込んだように見えただけだった。そう見えてしまったのは……「書」が持つ特性故なのか。

 しばらくはやてのリンカーコアを捕獲していた「書」は、用が済むと、それを彼女の胸元に返した。光の球ははやての胸に吸い込まれ、やがて見えなくなった。

 そして書は、魔法陣を展開する。見覚えのあるミッド式の……ではなかった。あれは、円と四角を基本として形作られている。それに対して、書が展開したのは三角形。

 ミッド式じゃ、ない? だけど基盤は同じものを使っている。はやてのリンカーコアに触れたのだから、間違いはない。ミッド式以外の、別系統の魔法体系。そう結論付ける。

 魔法陣は全部で5つ。天井に描かれるように大きなものが1つと、床に描かれる小さなものが4つ。小さなものは、ちょうど人一人が入れる程度の大きさだ。

 その考えが正しいことを証明するかのように、魔法陣は「構築」を始めた。4人分の人間の姿を。

 

「召喚、体?」

 

 まだ現実に戻って来れていない様子のはやてが、自身の知識から酷似した現象を紡ぐ。だけど、違う。これは"魔法"ではなく「魔法」の産物。オカルトではなく、科学的にエミュレートされた、疑似的な生命だ。

 4人の"魔法プログラム"を構築し終わった魔法陣は、光を失い姿を消す。魔本は、ゆっくりと床の上に落ちた。

 オレははやてを守るように立ち、警戒の目線を4人の男女に向け続けた。つかの間の沈黙。

 彼らは……まるで主にひざまずくように、はやてに向けて頭を垂れていた。

 

「闇の書の起動を確認しました」

 

 薄紅の髪をポニーテールにした大柄な女性が、厳かに口を開く。それは、騎士の誓言だった。

 ついで、ショートカットの金髪な、冷たく怜悧な印象の女性が引き取る。

 

「我らは"蒐集"を助け主を守る従者、守護騎士でございます」

 

 「蒐集」。その一言が、いやに頭に残る。先ほどのはやてのリンカーコアに対する「書」の反応が、まさにそう呼ぶに相応しかったからだろうか。

 

「夜天の主の下に集いし雲の騎士、"ヴォルケンリッター"」

 

 唯一の男性、人型のアルフと同じような耳を持つ大男が、彼らの名称を紡ぐ。「ヴォルケンリッター」、それが彼らを表す言葉。雲の騎士。

 最後に、オレ達と見た目はそう変わらない少女が、乱暴に締めた。

 

「なんなりとご命令を」

「……えっ、え……、……ええー……」

 

 はやては混乱の真っただ中だ。背中に視線を感じるから、多分オレに助けを求めている。

 ……はやてに怪我がなくてよかったという安堵。一瞬それを感じ、すぐにカチッと頭が切り替わる。ならば、オレがはやての代わりに確認しよう。

 

「「闇の書」とは、そこにある黒本のことか?」

 

 無言。どうやら主=はやての言葉以外を聞く気はないらしい。まあ、今のは確認替わりだ。そんなことはどうでもいい、分かりきった質問だ。

 オレが確認したいのは、もう一つ。

 

「では、今から「闇の書」を破壊する」

『ッ!』

 

 瞬間的に敵意が返ってきた。ヴォルケンリッターが敵意を込めてオレを睨む。……正直、プレシアに睨まれる経験がなかったら、竦むぐらいはしていたかもしれない。

 明確な殺意がこもっていた。主と書に害を成す存在は許さないと。これではっきりした。今のままでは、オレに闇の書を破壊することは出来ない。

 

「……挨拶替りの確認だ。殺気を引っ込めろ。落ち着いて話も出来やしない」

「貴様は何者だ。魔力を持たぬ故捨て置いたが、書と主に害成す者ならば、この場で切り捨てる。たとえ女子供であろうとも」

 

 ……ああ、今の発言はちょっとイラッと来たぞ、大女。

 

「言うに事欠いて貴様がそれを言うか? 現在進行形ではやてに害を成している貴様が」

「……私を愚弄するか、小娘」

「事実を指摘することを愚弄と言うならその通りだよ、脳筋」

 

 「脳筋」という言葉の意味が分からなかったようで、一瞬表情を動かす大女。こいつじゃ話にならん。

 

「ヴォルケンリッター。お前達の中に交渉事が通用する者はいるか」

「貴様のような小娘と交渉など不要。命あるうちに、そうそうに去ね」

「貴様には話しかけていない。会話の成立しない間抜けがしゃしゃり出てくるんじゃないよ。あとここはオレとはやての寝室だ。出て行くなら貴様の方だ」

「ちょ、ミコちゃん! 落ち着きぃや!」

 

 オレの様子でようやく再起動を果たしたはやてが、背中からオレに抱き着いて止めようとする。

 安心しろ、はやて。オレは今、とても落ち着いている。目的を達成するために、非常に冷静に事を成せる。

 

「主、離れていてください。この不届き者を、今すぐ排除します」

「何ゆーとんのや! もしミコちゃんに傷一つでもつけたら、あんたが何者でも絶対許さへんで! 絶対や!」

 

 主に凄まれ、「うっ」と呻いてたじろぐ大女。はやても感覚的に、彼らが「自分の従者である」ということを理解しているようだ

 従者というプログラムなら、主に逆らうことなど出来るわけもない。大女はすごすごと引き下がった。

 

「……シャマル」

「今のはあなたが悪いわ、シグナム」

 

 シャマルと呼ばれた金髪の女性が前に出る。大女の名前はシグナムというようだ。

 

「八幡ミコト。はやての同居人で、「相方」だ」

「ご丁寧にありがとうございます。わたしは闇の書の守護騎士「ヴォルケンリッター」が一人、"湖の騎士"シャマルです。あなたが言い負かしたのは、"剣の騎士"シグナム。一応、わたし達のリーダーです」

「一応とはなんだ、一応とは」

 

 うるさいよ。貴様ごとき、一応で十分だ。

 

「……シグナムが主に害を成しているというのは、どういうことでしょうか」

 

 交渉事に駆り出されるだけあって、シャマルはすぐにオレの意図を察したようだ。真剣そのものの表情で、オレに問いかける。

 

「正確には、あのおっぱいお化けではなく、闇の書の方だ」

「誰がおっぱいお化けだッ!」

「ぶふっ! くくくっ……あいつ、結構センスあるじゃねえか」

「ヴィータぁ!!」

 

 オレの当てつけに反応したシグナムを笑う赤い少女。"鉄槌の騎士"ヴィータというそうだ。

 一触即発の空気を醸し出した二人を、残った一人が諌める。

 

「二人とも、主の御前だ。大人しくしていろ」

「ぐっ、ザフィーラ……いや、お前の言う通りだった」

「そーだぞ、大人しくしてろ、おっぱいお化け。くくっ」

「お前もだ、ヴィータ」

 

 狼耳の男性は"盾の守護獣"ザフィーラ。……盾、ね。あの変態とは大違いの紳士だ。

 まあ、そんなことは大勢には関係ない些末事。オレはシャマルとの交渉を進める。

 

「見て分かると思うが、はやては足が悪い。麻痺によって動けなくなっている」

「……そうみたいね。だけど、それでどうして闇の書が関わっているという話に?」

「はやての足は、医学的には問題がないとされている。正確には「管理外世界の医学」だ。そしてはやてにリンカーコアがあることを、今日まで気が付かなかった」

 

 それが何故だったのかは、今は捨て置く。大事なのはそこじゃない。

 

「はやての足は、リンカーコアに発生している異常が原因である可能性が、現状では一番高い。そして身近に存在するリンカーコアに影響を及ぼすものが、闇の書ということだ」

「……しかし、闇の書は主に無限の力を与えるもの。そんな真逆の現象が起きているとは考えにくいです」

 

 また物騒な代物だな。ますますもってはやての近くに置いておきたくない。

 

「疑うのなら、確認してみればいい。オレは魔導師ではないから無理だが、お前達なら方法があるんじゃないのか?」

「ええ。わたしは、後方支援を担当する守護騎士。必然的に治癒や調査といった役割をこなすための能力を持っているわ」

「なら、はやての足を見てやってくれ。主の許可が必要というなら、オレが取り次いでやる」

「そこまでせんでも、診察してくれるだけやろ? なら早よ見てや。なんや、さっきからやたら眠くて、かなわんのよ」

 

 恐らく、守護騎士召喚の際に闇の書に魔力を取られた影響だろう。

 なのはもスターライトブレイカーを撃ったあとは激しく消耗する。同じように、魔法を使ったことのないはやてが魔力を取られたことによって、眠気という形で疲労が現れている。単に夜遅いというのもあるだろうが。

 

「……それでは主、失礼致します」

「あー、なんや初めの頃のブランよりも固いなぁ。わたしのことは普通にはやてでええよ。敬語とかも一切いらん」

「えっ!? で、ですが、主に対してそんな不敬な……」

「主って言われても、わたしなんてただの小学三年生の小娘やで。むしろ主や思ってくれるんなら、わたしの意志を尊重してただの小娘として扱ってほしいわ」

 

 はやてらしい上手い切り替えしに、少し口角が上がったのを自覚する。シャマルは「わ、わかりまし……わかったわ」と言って、早々に順応してみせた。ブランより飲み込みがよさそうだ。

 はやての足元に、先ほどと同じような三角形の魔法陣。……ふむ。

 

「何でもないただの質問だが、その魔法はミッド式とは違うのか?」

「ええ。わたし達の使う魔法は「ベルカ式」と言って、歴史としてはミッド式よりも古いものよ。ミッド式が汎用性や非殺傷性に優れているのに対し、ベルカ式は特に攻撃性能を重視しているの」

 

 「もちろんわたしのように間接支援のための魔法もあるけど」と続ける。やはり、大元となる基盤はミッド式と同じ、リンカーコアを通じて魔力を操作する技術のようだ。

 そこまで答えて、シャマルは逡巡した後に質問を返す。

 

「……ミコトちゃんは何でそこまで魔法について知っているの? あなたは、魔導師というわけではないのに。管理世界についても知っている口ぶりだった」

「少し前に管理世界のごたごたに巻き込まれただけだ。あとは、お前達とは基盤の異なる"魔法"を使える。……エール」

『教えちゃってよかったの、ミコトちゃん。まだ、測りかねてるんでしょ?』

 

 オレが手に持つ「鳥の意匠の片手剣」がしゃべったことでシグナムが警戒を見せたが無視。会話が成立しないようなリーダーに割くリソースは存在しない。

 

「シャマルは何処かの誰かと違って話が通じる。既に見られているお前のことを黙っているよりは、正直に話した方が情報の出し渋りはしにくいだろう」

「よく考えているのね。これでは何処かの誰かさんじゃいいようにあしらわれても仕方ないわ」

 

 身内からのフレンドリーファイアで「うっ」と呻く何処かの誰かがいたが、やっぱり気にしない。それよりも、シャマルの「診察結果」の方が重要だ。

 彼女は――調査の途中から表情が険しくなっていた。それはつまり、オレの指摘が的外れなものでなかった証拠。

 

「……結論だけ言います。闇の書からはやてちゃんへ、魔力の略奪が発生しています。これが原因と見て間違いないでしょう」

『なっ!?』

 

 シグナムとヴィータが驚き、表情を崩して声を上げる。ザフィーラは……重苦しい表情で黙っていた。

 対してオレは、少し歓喜していた。ここまでずっと回り道をして、結局自分の手で明らかにしたわけではなかったけれど。はやての足の原因を突き止めることが出来たのだ。

 

「これまでにはやてが魔導師と接触することは何度もあった。というか、うちの家族に魔導師とその使い魔が一人と一匹いる。しかし、彼女達がはやてのリンカーコアに気付かなかったのは……」

「闇の書が、はやてちゃんの魔力をギリギリまで奪っていたから。未活性の状態な上に極限まで魔力を削られていては、よほど疑って調べない限り、リンカーコアには気付かない」

「そして、リンカーコアは生命維持に関係ないとは言え、臓器であることに変わりはない。その機能を停止寸前まで抑え込まれては、体に異常が出てもおかしくはない」

「それが現在は足の麻痺として表れているけれど……今後広がる可能性はぬぐえない。それが、ミコトちゃんの懸念していることね」

 

 こくりと頷く。理解が早い相手は、話が楽で助かる。この場にいる中で着いてこれているのは、分かる限りではやてだけだ。ザフィーラはよく分からないが、シグナムとヴィータは絶賛混乱中だ。

 

「そうなれば、オレが「闇の書を破壊する」と言った意味が分かるだろう」

「……ええ、悔しいけれど。闇の書がなくなれば、はやてちゃんのリンカーコアにかかる負担はなくなる。ほどなくして足の麻痺は消えるでしょう」

 

 シャマルは葛藤しながら、自身の消滅を受け入れたようだ。主を守るためのプログラムが主を害しているのだ。自己矛盾を打ち消すためには、妥当な判断だろう。

 だが、そんな合理的な判断が出来ないバカが一名いるのだ。本当にこいつがリーダーでいいのか、ヴォルケンリッター。

 

「待て、シャマル! 何を勝手に決めている! そんなもの、闇の書を完成させれば解決できるだろう!」

「完成させるのにどれだけの時間がかかる? はやての麻痺が広がる前に終わるのか? その保証を貴様は出来るのか? ……いい加減オレをイラつかせるな。貴様の言葉は、一言も求めていない」

「ッ、貴様ァ!」

 

 怒りの咆哮とともに剣型のデバイスを展開するシグナム。炎熱の変換資質を持っているようで、その剣の周囲には炎状となった魔力が渦巻いている。

 戦いとなったら、オレは絶対に勝てないだろう。この場で殺される。だが、戦いには絶対にならないのだ。彼女が"プログラム"である限り。

 

「やめえ言うてるやろ、シグナム!」

「……くっ! 何故なのですか、主……」

 

 彼女が守護騎士という"プログラム"である以上、主に逆らうことは出来ない。その主が戦いを望まない以上、戦うことしか能がない彼女に出来ることは何もないのだ。

 そこを行くと、上手く自分の感情を抑えられたヴィータの方がよほど大人だ。いや……あれは、諦めているのか。

 

「諦めろ、シグナム。分かってんだろ。どんなに人に似せて作られても、あたし達は所詮"道具"なんだよ。主の役に立たないなら、廃棄されんのが宿命だろ」

 

 ……その言葉は、至極道理だ。道の理を解した言葉だ。オレの理性は、その意見に一切の反論を持たない。完璧な理屈だ。そのはずだ。

 それなのに……召喚体の皆の姿がチラついて、納得することが出来ない。フェイトの寂しそうな姿が浮かんで、抱きしめたい衝動に駆られる。

 オレと向き合っていたシャマルは、オレのわずかな変化を感じ取ったか、怪訝な表情を見せる。頭を振り、迷いを払う。

 

「物理的に破壊するので問題はないのか」

「ええ。ただ、闇の書には転生機能というものが存在していて、時間が経てば何処かで再構成するわ。そして、新たな主が犠牲となる……」

「そこまでの責任は持てん。もうお前達は知っているのだから、起動のたびに自分達の手で終わらせろ。そうすれば、いつかは終われる」

 

 転生機能にエラーが発生すれば、そこで終了だ。完璧なものなどこの世に存在しない。闇の書とて、それは例外ではない。

 オレの言葉を聞いて、シャマルは寂しげに笑った。

 

「あなたは……冷たい子だと思ったけど、本当は優しい子なのね」

「錯覚だ。オレはオレの都合で動いているに過ぎない。お前が勝手にそう感じただけだ」

「ふふ、そうなのかもね。……それじゃあ、今回はお任せするわね」

 

 当然だ。はやての足はオレが治す。そのために、「コマンド」を作り上げたのだから。

 

『ミコトちゃん……』

 

 エールが気遣わしげにオレを見ている。……大丈夫だ。これで、終わる。オレは、平気だから。

 エールを握る左手に力がこもる。ザフィーラは、目を瞑って受け入れ、その時を待っている。ヴィータは、諦めた瞳で皮肉な笑みを浮かべた。

 そしてシグナムは……納得がいかない顔で、オレを睨みつけていた。こいつに関しては一切取り合う気はない。

 床に置かれた闇の書の前に立つ。黒い本は……何処か、穏やかに見えた。終わり方を見つけたような、そんな意志を感じる。……ただの気のせいかもしれないが。

 迷いなく、オレはエールを振り上げた。

 

 

 

「はーい。そこまでや、ミコちゃん」

 

 オレの行動は、はやての気の抜けた声で止められた。振り返り、彼女を見る。

 はやては、ベッドの上で座りながら、眠たげな目をこすっていた。だけど、「相方」であるオレには、その目にこもった意志の強さを感じ取ることが出来た。

 

「……何故止める。はやての足が動くようになるんだぞ」

「そら嬉しいけど、それよりも悲しい思いするんなら意味ないやん」

 

 悲しい、だって? この、ポッと出の守護騎士たちが消えることが、今まで見向きもしなかった魔本が消えることが、悲しいだって?

 いや、はやての心を考えれば、それは十分あり得ることだけど……それでも、繋がりが薄い今なら、時間で癒える程度で済む。

 

「今しかないんだ。本格的に情が移ったら、もうこの方法は取れない」

 

 必死の思いを込めて、はやてを説得する。だけどはやてはオレの言葉を意に介さず、シャマルに指示して自分の体を運ばせる。

 そしてオレの目の前に来て。

 

「わたしやない。ミコちゃんが、や。気付いてるか、ミコちゃん。今にも泣きそうな顔やで」

「ッ!」

 

 指摘され、大いに狼狽えてしまう。……はやてには、一目瞭然だったか。オレがヴィータの言葉で動揺したことは。

 

「……こんなこと言ったら皆に悪いけど、わたしの優先順位は、最初にミコちゃん、次に他の皆、や。そんなミコちゃんが納得してへん選択肢、選ばせるわけにはいかんやろ」

「オレは、納得していりゅ」

 

 言葉の途中で頬を引っ張られた。はやては楽しそうに笑う。

 

「あはは、ミコちゃんのほっぺやわらかー。すべすべもちもちで癖になるわー」

「にゃにを、しゅりゅ」

「舌ったらずなミコちゃんも可愛いでー。チュッチュや」

 

 頬を引っ張りながら、オレの唇にキスをするはやて。……はやてを抱えるシャマルが、信じられないものを見た顔だった。いや、その反応は間違いではないか。

 

「ミコちゃん。わたしな、上っ面だけの人は嫌いなんや。知っとるよな?」

「……知ってる」

「レッテル貼りとかしてるの、自分に向けてやなくても、見てるだけでも嫌なんよ」

「ああ……オレも、助けられた」

「せやな。だからミコちゃん。……上っ面だけの納得なんて、そんな悲しいこと、やめて」

 

 ……分かって、しまうか。「相方」には。彼女のごまかしがオレに通用しないのと同じように。

 はやてに頬を撫でられる。オレは……もう、動けなかった。

 そしてはやては、一つ頷く。

 

「シグナム。エール預かっといて。ひょっとしたら今ので他の家族起きてるかもしれんけど、エールに説明してもらえば大丈夫やから」

「は、はい。分かりました」

「あんたも固いなぁ。ま、今は眠いし置いとこ。ザフィーラ、ミコちゃんのことベッドに運んで。可愛いからって変なとこ触ったらダメやで」

「了解しました、主はやて」

 

 オレはシグナムにエールを取り上げられ(その際エールがホッとした表情を見せた)、ザフィーラの大きな体に抱きかかえられた。

 

「ちょっと待て、オレは自分で動ける」

「主の御命令だ。意図は分からんが、俺に出来ることは従うのみだ」

 

 実直な騎士だった。……男に抱きかかえられるの(しかも所謂お姫様抱っこ)なんて、初めてで、その……普通に恥ずかしい。

 大人しくなったオレを見て、シグナムが勝ち誇った顔をした。何でこいつがそんな顔をするのか意味が分からない。何もしてないだろうが、貴様は。

 ザフィーラの手によって、オレはベッドに腰掛ける体勢になった。はやては、シャマルに運ばれてオレの隣に座る。オレの左手が、彼女の右手に握られた。

 

「あとは……ヴィータ、おいで」

「は、はい」

 

 二転三転する状況に置いて行かれ気味のヴィータが、はやてに呼ばれて近付いてくる。彼女は、オレ達の前までくると、さっきと同じようにひざまずいた。はやてが眉をひそめる。

 

「そういうのやめてって。普通でええんや、普通で」

「ふ、普通って言われても……」

「そんな聞き分けのない子は、こうや!」

「うわっ!?」

 

 オレから右手を放したはやては、ヴィータの頭を抱え込んで、器用にベッドの中に引きずり込む。そしてちょいちょいとオレを手招きした。ヴィータが抜け出せないように、サンドイッチにする。

 

「わあ!? な、何してんだよお前!?」

「こんなに近くで騒ぐな、耳が痛い。オレだって眠いんだ。もう今日は何も考えたくない」

「それやと起きた後も何も考えたくないってことにならん? もう日付変わっとるで」

「……訂正、寝て起きるまでは何も考えたくない。だから、ヴィータもとっとと寝ろ。話の続きは起きてからだ」

「え、ええー……」

 

 オレははやての考えの全てが読めるわけじゃないが、オレと同じように感じたのかもしれない。だとしたら、彼女がヴィータに手を差し伸べるのは、ごく自然なことだと思えた。

 オレも……その小さな姿がフェイトと重なって見えて、自然と抱きしめていた。ヴィータは「あうあう」言いながら黙り込んだ。

 

「そーゆーわけや。エール、皆を適当な空き部屋に案内したってな。家族の皆、特にふぅちゃんと会ったときは、まず戦闘回避。オーケー?」

『オーケー、ズドンッ! ってね! おやすみ、はやてちゃん、ミコトちゃん、ヴィータちゃん!』

 

 シグナムの手に握られたエールに先導されて(中々珍妙な絵面だ)、ヴィータ以外のヴォルケンリッターははやての部屋を出て行った。シャマルのみ、最後にこちらを向いて一礼をした。

 

 これが、オレと"夜天の守護騎士"ヴォルケンリッターの邂逅だった。……相変わらず、管理世界絡みの初対面は印象最悪になりやすいものだ。

 

 

 

「それにしても……びっくりしました。はやてちゃんが、あの歳で、その……同性愛者だったなんて」

『あー、そう見えちゃったか。二人の名誉のために言っておくけど、そうじゃないからね。そう見られても仕方ないことしかしてないけど、あの二人』

「そうなんですか? えっと……エール君、でいいですか?」

『いいよー、ボクの方はシャマルさんって呼ぶね。あれがあの二人の親愛表現なんだ。可愛いよねっ!』

「……っ、その通りですね!」

「シャマル、今の間はなんだったんだ。いや、いい。知らない方が幸せだ」

「真理を得ました!」

『可愛いは正義、なんだよ! ザッフィー!』

「そうよ、ザッフィー!」

「ザッフィーとは何だ。意気投合しすぎだ、お前ら」

「お前も順応しすぎだ、ザフィーラ。私はいまだに現状の理解が追い付かん……あの小娘っ! 思い返しただけではらわたが煮えくり返る!」

『シャマルさんもザッフィーもヴィータちゃんも、苦労してるんだねー』

「分かってくれますか、エール君。これがわたし達のリーダーです……」

「むっ、誰か来るぞ」

「あ、あなた達は誰ですか! ここはわたし達の家ですよって、エール!? 捕まっちゃったの!? 今助けるからねっ! バルディッシュ……ってこれハタキだ!?」

「エール君も、苦労してるんですね」

『あはは、普段はしっかりしたいい子なんだけどねー、フェイトちゃん。説明してあげるから、ちょっとお兄ちゃんの話を聞いてねー』

 

 そんな一幕があったらしい。

 

 

 

 

 

 翌朝。八神家+ヴォルケンリッターで、リビングに集まる。どれぐらいの話になるか分からないから、学校には「家庭の事情」という理由で欠席の連絡を入れた。ミツ子さんにも連絡済だ。

 5人衆に向けてはミステールの念話共有を用いて「はやての足の原因が分かった」と伝えてある。皆一様に驚いていたが、こちらの真剣な様子でただごとではないと察したようだ。

 オレの隣に、はやてとフェイト。膝の上にソワレ。エールは変わらずヴォルケンリッター側についてもらい(シャマルと意気投合したらしい)、もやし1号も顕現させている。

 ブランとミステールは中立的な位置にいてもらい、ブランは書記、ミステールは観察。気になる点があったらすぐに指摘してもらう。

 そして机の上に黒い本……中央に金の荘厳な十字の装飾が施された、魔法の本「闇の書」を置き、会議が始まる。

 

「まず全体共有事項として、はやての足の麻痺の原因が発覚した。シャマル、詳細を報告」

「了解しました、ミコトちゃん」

「……何故貴様が仕切っているのだ。シャマルは私の部下であり、主の従者だ。部外者が勝手な指示を出すな」

 

 またシグナムが突っかかってくる。オレは無視してシャマルに指示を出し、彼女もそれに従う。今この場でどちらに理があるかなど、頭脳担当である彼女には分かっていることだ。

 シャマルは昨日の「検査結果」を報告する。シグナムは自分の意見が通らなかったことに怫然とした表情を浮かべていたが、一度始まってしまえば口は挟めない。

 

「……以上の理由から、闇の書による魔力の簒奪がはやてちゃんに影響を与えているというのが、ミコトちゃんとわたしの共通見解です」

「ふむぅ。今まで誰もこんな怪しげな本に気付かなかったというのも疑問じゃが、奥方に魔法の才があったということも同じぐらい驚きじゃの。フェイト、アルフ、何故気付かなかったと思う?」

「多分、リンカーコアが眠ってる状態だった上に、本に魔力を奪われてギリギリになってたからじゃないかな。闇の書の方については……ちょっとわかんないね」

「起動までは認識を誤魔化す魔法プログラムがかかってるとかじゃないのかい? 貴重そうなものだし、起動してない状態だったらただの本だろ? バレバレだったら盗みたい放題じゃないか」

「オレもアルフと同じことを考えた。闇の書は見た目からして派手だ。認識阻害ぐらいなければ、魔法の品と分からずとも盗難される可能性はある」

「わたし達は未起動状態の闇の書を見ることは出来ないから確かなことは言えないけど、その可能性は高いと思います。ただ……そんなものがあったというのは、今まで考えもしなかったわ」

 

 闇の書の実態と守護騎士の認識の齟齬。昨日の検査のときも思ったことだが、何かの食い違いがあることは確かなようだ。

 シャマルの様子からして、闇の書が主を食い殺そうとするというのは、本来ならばありえないことなのだろう。だが、実際には起きてしまっている。その理由は、一体何なのか。

 とりあえず、この段階ではまだ答えは出ない。話を進めよう。

 

「次に、闇の書とは何なのか、説明してもらいたい。オレからすれば現状では「はやてに害を成している魔法の本」でしかない」

「貴様、一度ならず二度までも我らを愚弄するか! そこに直れ!」

「……ヴィータ。この戦うことしか能のなさそうな使えない将をつまみ出してくれ」

「はいよ。行くぞ、シグナム」

「な!? お、おいヴィータ! 何故あんな小娘に従っている! ヴォルケンリッターの誇りはどうした!?」

「現在進行形でリッターの信用を落としてんのはお前だろ! どうして何でもかんでも戦闘直結なんだよ、てめーは!」

 

 口論をしながら、シグナムはヴィータに引っ張られてリビングを退場する。……面倒な役を押し付けて悪かったな、ヴィータ。

 彼女達の姿が見えなくなると、シャマルとザフィーラは大きくため息をついた。苦労してるな。

 

「ごめんなさい。闇の書について、だったわね。……ええと」

「フェイトとアルフについては気にするな。オレ達の家族、身内だ。魔導師だからと言って、魔法の品を狙っているとは限らないだろう」

「あ、フェイト・T・八幡です。ミコトおねえちゃんの妹で、娘です」

「さらにいもうとのアリシア・T・八幡です! けどほんとだったらわたしのほうがおねえちゃんなんだよ!」

「そ、そう……分かりました、信用します」

 

 二人の発言で目を白黒させるシャマル。……事情を知らなかったら混乱するような内容だったしな。しっかりしてるようで割と天然だからな、フェイトは。昨晩もバルディッシュとハタキを間違えたらしい。

 コホンと咳払いを一つ。そしてシャマルは、闇の書について語り始めた。

 

「闇の書は、古代ベルカの戦乱の時代に作られた、魔導を記録するためのデバイスです。魔導師・騎士が持つリンカーコアを"蒐集"することによって、術者の持つ魔法を書にコピーすることが出来ます」

「また穏やかではない話だ。蒐集というのは、昨日はやてのリンカーコアを一時的に奪ったような行為ということか?」

「それをもっと強引にした感じね。再度になるけど、わたし達は仕様の関係でその瞬間を見ることは出来ないから、どこまで同じだったかは分からないわ」

 

 彼女達が人間の姿をした"魔法プログラム"であることは、既に全員に共有済みだ。とはいえ、人間同様にエミュレートされているなら、感情や思考といったものも存在する。あくまで「基盤が違うだけ」だ。

 驚きはすれど、うちには召喚体という「基盤が違うだけ」の存在が多数いる。受け入れられない事実ではない。

 

「戦乱の時代の品、と言っていたな。それが闇の書の仕様がいちいち物騒である理由だろう。戦の場なら、蒐集対象に配慮する必要はない」

「ええ。……ちょっと嫌な話になるけど、実際にわたし達は、以前の主のときに、魔導師のリンカーコアを奪い尽くして命を奪ったことが何度もあるわ」

「……ほんと、嫌な話やな。それ聞いたら、わたしは蒐集なんて絶対させたないわ」

 

 ちょっと場が暗くなる。一旦仕切り直そう。

 

「ともあれ闇の書は、やや物騒ではあるが、記録用デバイスという認識でいいわけか。……最初に言っていた「闇の書は主に無限の力を与えるもの」というのは何だ?」

「リンカーコアの蒐集を行い、全666ページを完成させた闇の書は、膨大な魔力を秘めた魔導書となる。それは、主に無限に等しい力を約束するもの、という意味ね」

 

 ただ魔法を記録するだけでなく、それ自体がタンクにもなるということか。と、ここでミステールから質問が上がる。

 

「素朴な疑問じゃが、奥方の魔法の才はどの程度のものなんじゃ? 今の話じゃと、書を完成させるまでは何の力もないように聞こえてしまっての」

「わたしは戦う気なんてないから、力なんて必要ないけどなー」

 

 オレも、はやてには戦いなんてものに関わってほしくない。足を治して、平穏な日常の中で、一緒に笑っていたい。そのために走ってきたのだ。

 それはそれとして、はやての魔法の才である。答えたのは、フェイト。

 

「ええっと……気付いた今だと、正直言って「どうしてこんなあからさまなのに気付かなかったの!?」ってレベル。魔力量だけでものは言えないけど、それだけならわたしやなのは、ガイでも足元にも及ばない、かな」

「……マジか」

 

 マジか。はやての言葉と同じ思いが溢れる。そしてそれ以上に、それだけの魔力を奪い続けた闇の書という魔導書の暴食っぷりにあきれ果てる。

 

「元々選択肢にも含めていないが、闇の書を完成させるのにどれくらいの期間がかかる?」

「……そこにいるフェイトちゃんのような膨大な魔力を持つ魔導師がたくさんいるなら、一月もあれば。そんな都合のいいことはありえないから、上手くいって二、三年というところね」

 

 時間的な問題もあるし、やり方が物騒すぎるという問題もある。はやての足を治すのに、もっと大きな厄介事に巻き込んでしまうのでは本末転倒もいいところだ。

 

「あとは、そもそもの話として闇の書を完成させれば本当にはやての足が治るのかという問題もある。あんなものはシグナムの希望的観測に過ぎない」

「ミコトちゃんはシグナムに対して当たりが強いわね。気持ちは分かるけど。……全くの希望的観測というわけでもないのよ」

 

 ほう。シャマルの分析に耳を傾ける。オレは魔法の専門家ではないので、彼女の分析は貴重な意見だ。

 

「完成した闇の書の持つ力、というのも根拠の一つだけど、それ以上に現在起きているのが魔力の簒奪であるという点ね。この作用機序は、闇の書が蒐集を行うのに酷似している」

「つまり、原因は分からないが、蒐集の必要がなくなる段になればはやてに向けて行われている「蒐集」も自動的に止まる可能性が高い、と」

「……本当にミコトちゃんは理解力が高いわね。とても8歳とは思えないわ」

 

 そういう性分だ。割り切れ。というか、この場で着いてこれてないのは、ソワレぐらいしかいないと思う。シグナムがいたらどうなったかは分からんがな。

 

「とはいえ、言った通り元々選択肢に含めていない。策としては下の下もいいところだ。やはり、魔力の簒奪が起こっている原因を抑えないわけにはいかんか」

「闇の書を守る者としては存在意義を否定されてる気がしないでもないんだけど……はやてちゃんも、さっきそう言ってたものね」

「とーぜん。自分の足のために誰かを傷つけるとか、何処の独裁者やねん」

 

 独裁者だからと言って必ずしも誰かを傷つけるわけじゃないが、今はそういう話でもないな。

 はやての感情を抜きにしても、闇の書を完成させる――蒐集を行うという選択肢は、被害者に恨みを持たれる以上に、自分から進んで管理世界の厄介事に首を突っ込むということを意味する。

 何故なら、この世界にはリンカーコアを持つ者が少ない。必然的に管理世界の住人から奪うことになり、如何にオレ達が管理外世界の人間だからといって、管理世界の人間に手を出せば向こうの犯罪者として扱われる。

 これでは何のためにジュエルシード事件のときにオレの情報を削ってもらったのか、分かったもんじゃない。はやてを管理世界というしがらみだらけの世界に関わらせるなど、オレとしてはありえないことだ。

 

 シャマルが説明を終わる。今分かっている情報はこれだけのようだ。これだけだが、大きな前進だ。

 

「ようやく……はやての足を治すために何をすればいいか、分かったんだね」

 

 フェイトが感慨深げにオレに語りかけた。そうだ。本当にようやく、分かったんだ。

 はやての足を治すことに決めて、一年半程度。通常の医学では無理だから、"魔法"を求めて「コマンド」を作り上げた。結局それは原因究明には結びつかなかったが、治すための方法は用意できたのだ。

 頷き、ミステールに視線を送る。ミステールもまた、頷いた。

 

「今後は、引き続きミッド式、およびベルカ式の魔法の因果を勉強する、じゃな。簒奪の因果さえ理解できれば、わらわの力で対処可能じゃろう」

「あなたも、エール君と同じ、ミコトちゃんの"魔法"で生み出された存在なの?」

「"理の召喚体"ミステールじゃ。長兄殿、つまりエールの妹に当たる。以後、よしなに」

『僕はもう自己紹介は済ませてるけど、"風の召喚体"エールだよ。ミコトちゃんに生み出された、最初の召喚体さ。つまり、皆のお兄ちゃんってこと!』

 

 エールは自身が何者なのかをシャマルに説明していたようだ。指示にはない行動だが、オレもそれでよかったと思う。余計な説明の手間が省けた。

 ミステールとエールの自己紹介に触発され、膝の上でじっと話を聞いていたソワレが両手を上げる。

 

「ソワレ! ミコトとはやての、こども!」

「補足しておくと、"夜の召喚体"だ。当人の認識としてはこの通り。そう扱ってやらないと不機嫌になるから、注意してくれ」

「ふふ、分かりました。やっぱりミコトちゃんは、優しい子だったんですね」

 

 ……もうそれでいい。君の好きなように納得してくれ。オレのような自分本位を見て、どうしてそう思うのやら。

 

「ブランです。"光の召喚体"で、この家ではお手伝いさんをやらせてもらってます。最近は、翠屋のウェイトレスのアルバイトで家計にも貢献してますよ」

『もやし1号兵団長である。女王様・八幡ミコト殿の忠実なる兵団、"群の召喚体"もやしアーミーが筆頭。これからよろしくお願いしますぞ、王妃様の騎士殿』

「さっき紹介されてたけど、フェイトの使い魔のアルフだよ。そこの狼耳のお兄さんと同じ、狼素体の使い魔さ」

「……俺は守護獣だ。"盾の守護獣"ザフィーラと申す」

 

 今になって自己紹介を交わす面々。彼らも、オレ達の意志を汲み取ったのだろう。

 

「ヴィーター。話終わったから、シグナム連れて入っといでー」

「何か蒐集は行わないって話になったみたいだな。ザフィーラから念話受けてたから、大筋は理解してるぜ」

「納得がいかん……これでは何のための守護騎士なのだ!」

 

 昨晩一緒に寝たために、オレ達とだいぶ打ち解けたヴィータと違い、シグナムは相変わらずだった。……こいつだけ分離って出来ないかな。出来ないんだろうな、チクショウ。

 

「改めて、"湖の騎士"シャマルです。ほら、ヴィータちゃんとシグナムも」

「……"鉄槌の騎士"ヴィータ。やっぱ何か調子狂うな、ははは……」

「"剣の騎士"シグナム。ヴォルケンリッターのリーダーだ。我々は諸君を完全に信用したわけではない。主と書に害を成したときは、容赦なく切り捨てる。そのつもりでいろ」

 

 個人の意見を全体の総意のように語るなよ、脳筋。シャマルがとても申し訳なさそうにしてるじゃないか。

 はあ……こんな奴と一緒に生活をしなければならないとは、運がない。

 ヴォルケンリッターと向き合い、主となる彼女がコホンと咳払いをする。

 

「八神はやてや。なんや、わけわからんうちに闇の書の主っちゅうんになってもうたけど、これも何かの縁や。よろしゅうな、皆」

「はっ! 主の御身、我が命に代えてもお守り致します!」

「……もう貴様は一人だけそのノリで行け。他のリッターには他人のフリをさせる」

「あ、あはは……はあ。わたし、ミコトちゃんみたいなリーダーが良かったです」

「ほんとほんと。どこぞのおっぱいお化けは、栄養全部胸に行ってるからな。柔軟性が足りねえんだよ」

「……フォローできんな。強く生きろ、シグナム」

「お前達、どっちの味方だっ!?」

 

 シグナムを除くリッター全員がオレを指差す。女性陣で最も大柄な彼女は、その場で打ちのめされた表情となった。

 まったく……まだオレの自己紹介が終わってないだろう。今後共同生活をするんだから、そのぐらいは締めさせろ。

 

「オレは、八幡ミコト。カタカナ三つでミコト。ソワレの母で、フェイトとアリシアの姉にして母で、召喚体達の生みの親。そして、はやての「相方」だ」

「ついでに八神家のリーダーもミコちゃんや。ちゃんと言うこと聞くんやで、シグナム」

「そんな、バカな……」

 

 シグナムは愕然とした。本当に、こいつだけはどうにかならないものか。こいつだけは、「家族」と認めたくない。

 

 

 

 昨晩、ヴィータを抱きしめながら決めたことだ。はやても同じ気持ちだったのだろう。「ヴォルケンリッターを家族として迎える」。オレ達の出した、同じ答えだった。

 はやては……心根が優しい子だから、切り捨てて解決という選択肢を取りたくなかったのだろう。4人の姿を見てしまった時点で、切り捨てるという選択肢はなくなっていたのだ。

 それに対してオレは、何処まで行っても自分の都合だ。ヴィータの諦めた瞳にほだされたわけじゃない。オレが、それを放置することをよしとしなかっただけ。

 だって、それをしてしまったら……狂っていた頃のプレシアと同じだ。オレは、プレシアが信頼して娘を預けた「母」なのに。だから、「道具の都合」を無視することなんてできない。

 きっと、ヴィータを始めヴォルケンリッターは、今までの主に道具として酷使されてきたのだろう。自身達の心情・都合の一切を無視されて。でなくて、あのような諦めの表情を出せるものか。

 それはとりもなおさず、「ヴォルケンリッターはそういう扱いを望んでいたわけじゃない」ということだ。なのにこちらの都合で切り捨てたのでは、利害が釣り合っていない。

 オレ達はヴォルケンリッターと敵対しているわけじゃない。「闇の書による魔力の簒奪」という想定外の事態に対処したいだけ。なら、彼らの利害を切り捨てる必然性はないのだ。

 そうやってしっかりと判断した上で、オレは彼らを家族として迎え入れることにしたのだ。断じて、断じてヴィータへの同情からの行動なんかじゃない。

 

「もう分かっとると思うけど、これからはヴォルケンリッターの皆も、八神家の家族や。人が増えたんやから、しばらくは混乱すると思うけど、出来るだけ仲良うするんやで」

「うん! なかよく、する!」

「るすばんなかまがふえるよ! やったね、ヴィータちゃん!」

「うえ!? え、えっと、アリシア、だっけ? と、とりあえず、よろしくな?」

「緊張しなくてもいいんだよ、ヴィータ。わたし達みたいに、すぐに慣れるよ」

 

 当のヴィータは、娘組と交流を取り始めている。……また娘が一人増えるかもしれないな。それはそれで、悪くない。

 アルフは、ザフィーラという自分と似たような存在に興味津々のようだ。

 

「へぇー。じゃああんたは、攻撃よりも防御重視なんだ。あたしはどっちかっていうと攻撃の方が得意なんだよねー」

「役割の違いだろう。聞く限り、そちらの主はあまり防御を必要としていないように思える。どちらの在り方も正しいということだ」

 

 ……どちらも魔法戦のための存在のようなものだから、物騒な会話はしょうがないか。

 しかし、そういえばザフィーラは雄なんだよな。……大丈夫だろうか、八神家の風紀的な意味で。

 

『晩から思ってたけど、シャマルさんとブランちゃんって雰囲気似てるよね。ひょっとして、シャマルさんも実はドジっ子だったりするのかな?』

「そ、そんなことないですよ! これでもヴォルケンリッターの頭脳担当、そちらでいうミコトちゃんの立場なんですからね!」

「それは凄く頼もしいです! じゃあこれからは頼りにさせてもらいますね、シャマルさん!」

「はいっ! もうじゃんじゃんお任せください、ブランさん!」

「盛大に失敗フラグが立ったのぉ、湖の騎士殿。呵呵っ」

『我らも、皆様方には美味しく召し上がっていただきたい。上手に調理してくだされ』

「……やっぱり、見間違いとかじゃなくて、普通のもやしなんですね」

「あはは。この世界、結構ファンタジーだから。ミコトの周辺は特にね」

 

 シャマルが早速第97管理外世界の洗礼を受けていた。フェイトも言っていたが、じきに慣れる。

 そんな風に皆を眺めて微笑ましさを感じていると、後ろから威圧感で台無しにしてくるバカが一名。

 

「……言いたいことがあるならはっきり言え。オレ自身は念話などできんぞ」

「ふんっ。主の御命令だから従うが、私は貴様の下に着く気などさらさらない。もしリーダーに相応しくない言動があったときは、容赦なく切り捨てる。その心づもりでいろ」

「オレは自分からリーダーを名乗ったことはないが……まあ、貴様よりはリーダーである自負はあるよ」

 

 最高のメンバー達から、最高のリーダーと呼んでもらえたのだ。この程度の脳筋リーダーに後れを取るなど、ありえない。

 とはいえ、戦いが発生するような予定は、今のところないのだ。そうならないように事を運んできているのだから。

 

「大変不愉快だが、貴様がヴォルケンリッターの将である以上、切り捨てるわけにはいかん。耐えてやるから、ここでの生活に慣れろ。それが最初の指示だ」

「……いいだろう、従ってやる。その程度の任務、この私には造作もないことだ」

 

 いや、オレの所見では貴様が一番時間がかかると思うがな。というか、シャマルはもう馴染んでるし、ヴィータも馴染み始めてるし。ザフィーラはアルフからペットポジションを学べばいいだけだし。

 どうでもいいことか。他のヴォルケンリッターの不都合はないようにしたいが、こいつの不都合に関しては放置でいい。こちらから歩み寄る必要などないのだ。

 リーダー(失笑)から距離を取り、全体に声をかける。交流もいいが、実は会議の議題はもう一つ残っているのだ。

 

「皆、もう少し会議に付き合ってくれ。重要な話が残っている」

 

 手を鳴らし、意識をこちらに向けさせる。八神家古参の反応がはっきりしているからか、ヴォルケンリッターも従ってくれる。

 そう、とても重要な話がある。オレの雰囲気からそれを察した皆は、表情を張りつめさせる。

 そして、オレは議題を口にした。

 

 

 

「――第二次・八神家エンゲル係数危機だ。乗り切るために、皆の知恵を貸していただきたい」

 

 古参の表情が、青ざめた。




明言しておきますが、シグナムアンチではありません。この作品は、アンチ・ヘイト描写を極力避けたいと思っています。

単純に、ミコトとシグナムの性格を考えると、どうしても反発してしまうのです。どちらもリーダー気質でありながら、片や状況を支配して目的を達成するタイプ、片や小細工なしで陣頭に立って道を切り拓くタイプ。方向性の違い故の反発です。
だから、和解まではどうしてもこうなってしまいますが、和解した後はきっと最高のタッグとなることでしょう。この作品は行き当たりばったりなので、そこまで行けるかは分かりませんが。

非常に危うかったヴォルケンリッターの出現ですが、何とか成すことが出来ました。ひょっとしたら、何処かの猫どもが計画遂行のために細工を仕掛けたのかもしれません。
しかして、ミコトは現時点で彼らの二手三手先を(結果的に)行っています。果たして何処かの猫ども、そして"お父様"はミコトを出し抜くことが出来るのでしょうか。
……無理そう(確信)

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