不思議なヤハタさん   作:センセンシャル!!
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お待たせしました、水着回二回目です。しかも今回は全編通して水着です。


三十一話 水泳

「……うーん、よくわかんないね。結局、おじさんは協力してくれることになったの?」

 

 隣で服を脱いで乱雑にロッカーにしまっているのは、最早おなじみの矢島晶。本日からプール開きとなり、体育の授業は屋上プールで行われる。

 夏期しか行えないこの授業は、生徒達にとって待望のものであったらしく、女子更衣室は賑やかなクラスメイト達の声で埋め尽くされていた。

 管理世界絡みの話題を出したところで、次から次へと流れていく彼女達の話題によって、誰に聞き咎められることもないだろう。もっとも、オレ達は日頃からあまり人目を気にすることもないが。

 

「最終的にはそこに落着した。結局のところ、彼としても誰かを犠牲にする意志はないようだ」

 

 あきらとは対照的に、オレは丁寧に服を脱ぐ。しわにならないように折りたたみ、ロッカーの中に重ねていく。服の脱ぎ方一つをとっても、性格の違いは現れるものだ。

 あきらタイプの脱ぎ方をするのは、オレ達の中では亜久里といちこ。フェイトとむつきとはるかはオレと同じように、脱いだ服を畳んでからしまう。

 はやてもオレ達と同じ脱ぎ方をするが、一年の頃からプールの授業には参加出来ていないため、プールの更衣室を使ったことはない。来年には使えるようにしてやりたいものだ。

 

「今まで使い魔が監視してたってことは、わたし達のことも見てたんだよね。どんな感じの使い魔だった?」

「えっと、猫が素体で双子の姉妹だったよ。やり手の大人って感じかな。……こんな場所で、こんな会話して大丈夫なのかな」

 

 まだまだ慣れていないフェイトは、おっかなびっくりキョロキョロしながら、はるかの質問に答える。彼女はこういう場で素肌を晒すのが苦手なため、むつきと同じようにタオルで体を隠しながら着替えている。

 

「だいじょーぶだよー。今までも誰かに聞かれたことないし、聞かれても聞かなかったことにしてくれるし」

「深入りするのは覚悟がいるもん。皆、分かってるんだよ」

「あはは……改めて、凄い環境だね」

 

 亜久里とむつきの解説に苦笑するフェイト。誰しも厄介事に自ら首を突っ込みたくはないのだ。オレ達は、必要だからそうしているだけのことだ。

 亜久里はスポーンスポーンという擬音が似合いそうな脱ぎ方をする。オレよりも小柄ということもあって、脱ぐというよりもパーツを外す感じだ。

 フェイトのてるてる坊主スタイルは、むつきが教えたものだ。オレとしては、何を同性で恥ずかしがっているのかとも思うが。

 

「あれ? いちこちゃん、もう着替え終わったの?」

「ふっふーん。実は最初から下に水着を着てたのだー!」

 

 腰に手を当てて仁王立ちするいちこは、既に学校指定のスクール水着姿になっていた。何故かゴーグルも装着している。気が早すぎだ。

 まあ、この場合お約束というか、なんというか。

 

「ちゃんと替えの下着は持って来たんだろうな?」

「そんなベタな失敗はしませんよぉ! ちゃんと水着袋の中に入れて……入れ、て……」

 

 自分のスイミングバッグに手を突っ込み、ガサゴソと探しながら青ざめていくいちこ。やはり、アホの田井中だったか。

 

「は、はるか! 替えのパンツ貸してっ!?」

「あるわけないでしょ。いちこちゃんズボンなんだから、ノーパンでも平気だよ。多分」

「そんな変態的なことしたくないよぉ!」

 

 諦めろ、変態二号。――このとき、どこぞの聖祥大付属小学校3年1組の教室で、どこぞの変態が盛大なくしゃみをして女子から総スカンを喰らったらしい。どうでもいいな。

 

「君にはこの言葉を贈ろう。君自身が招いた、悪因悪果だ」

「うぅぅ……ミコっちにそれを言われたら諦めるしかない……」

「フェイト、分かった? 着替えるのが恥ずかしいからって下に着てくると、ああいうことになるんだよ」

「う、うん。肝に銘じておくよ」

 

 結局、いちこはプール授業後はノーパンで過ごすことが決定した。

 

「んー、そっかぁ。それじゃあ、また一歩進展なんだ」

 

 あきらが一気に話を戻す。彼女は既にパンツを脱ぎ、水着に足を通すところだった。アホの田井中に付き合っていたせいで遅れてしまったな。

 オレもスカートのファスナーを下ろしながら、会話を続ける。

 

「そうだな。それも、かなり大きな一歩だ。単独行動中とは言え、管理局の提督の力を借りられるのは大きい」

「冷静に考えてみると、とんでもないことなんだよね。ミコトならそれぐらい出来ちゃうと思ってたけど」

 

 管理外世界出身の彼女らには今一つピンと来ないことでも、管理世界出身のフェイトなら分かる。これがどれだけ大きな前進であるのか。

 正直言って、もし彼らの協力がなかったら、よほど運がよくない限り闇の書の修復は不可能だっただろう。情報不足というのは、それだけ大きなハンディキャップだ。

 何も見えないところから希望を見つけ出し手繰り寄せ、ようやくそれが実現可能なレベルまで見えてきたのだ。

 フェイトは着替え終わったようで、タオルを取ってスクール水着姿を露にする。彼女の視線は、オレに一直線に注がれており、顔が真っ赤だった。

 

「お、おねえちゃん。少しは隠そうよ」

「オレは同性に裸を見られる羞恥がないのだから、不要だ。……不愉快だというのなら隠すが」

「そ、そんなことないよ! むしろ、眼福っていうか……な、何でもない!」

 

 顔は赤いが、口元はニヤニヤしている。……最近フェイトがこんな表情をしていることが多い気がする。ちょっと教育方針を見直した方がいいのかもしれない。

 内心で一つ決意をし、スッとパンツを下ろす。「おぉー」という謎のどよめきが起きた。

 

「……君達は何をしているんだ」

「いやいや、気にしないでいいよ。ミコトは見られても恥ずかしくないんでしょ?」

「そーそー、あたしらはおこぼれに与って楽しんでるだけだから」

 

 オレの背中から下半身に注がれる、あきらといちこのエロ親父視線。恥ずかしくはないが……不愉快ではある。

 フェイトに指示を出すと、彼女はコクリと頷いてオレを隠すように立つ。「ぇえー」という不満の声が上がるが、知ったことではない。

 スクール水着の上を開き、足を通す。肩紐に腕を通し、しっかりと肩まで上げる。しわになった部分をピッピッと伸ばし、完成だ。

 

「恥ずかしくはないが、見世物にした覚えもない。必要なことをしているだけだ」

「うーん、まあいっか。水着姿は水着姿で、いいものだし」

 

 この少女が何処に向かっているのか分からない。この格好で背中から覆いかぶさるように抱き着いてくるし。密着するから、いつにもまして動きづらい。

 

「あ、おねえちゃん。髪留め取ってないよ」

 

 フェイトが指摘するが、忘れているわけではない。「大丈夫だ」と答えながら更衣室を出る。

 そこには、車椅子に乗ったオレの「相方」が待っていた。

 

「お、結構時間かかったなー。どうしたん?」

「いちこがアホの田井中をやった。プールの後の彼女は見ものだぞ」

「うぅ、ミコっちの鬼ぃ」

 

 少女の抗議を聞き流し、左の前髪を止めるバッテンの髪留めを外す。そして、はやての手の中に収める。

 

「来年は、こうやって預ける必要がないといいな」

「ふふん、甘いでぇミコちゃん。今年の夏中に入れるようになったるわ」

 

 一番大事なものを、一番大事な人に預ける、オレ達の恒例の"儀式"だ。プールの授業中は外さないといけないから、こうしてはやてに預けることにしている。フェイトも納得したようだ。

 そしてオレは、はやての車椅子を押して、今年初めての屋上プールに足を踏み入れた。

 

 

 

 プールの授業は、2クラス合同で行われる。この学校は、一学年4組、全24クラス存在する。一クラスずつ使ったのでは、週に一回しかプールを使えないということだろう。

 分けて使える校庭と体育館と違って、プールは学校に一つしかない。聖祥みたいな私立なら複数あったりするのかもしれないが、うちは何処にでもある公立小学校だ。

 この時間は、3年1組と3年2組合同。普段一緒に授業を受けない1組の生徒と並ぶのは、結構新鮮だ。

 プールサイドには、男女別で並ぶ。入口から見て右サイドに男子、左サイドに女子だ。そして並び順は背の順。オレ達は身長順にすると結構バラつきがあるため、バラバラに並ぶことになる。

 

「あとで自由時間のときに一緒にいてやるから、少し離れるぐらいでそんな顔をするな」

「だ、だって……」

 

 当然、フェイトの近くにいることは出来ない。彼女はオレより10cmぐらい身長が高い。女子の中では平均より少し上だ。

 対して、オレはクラス合同になっても前5人の中に入ってしまうほどの低さ。間には10人以上の女子を挟むことになり、そのことにフェイトが心細さを感じているのだ。

 

「別に今日に限ったことではないだろう。今までだって体育の授業は全て背の順だったのだから、いい加減慣れてくれ」

「だ、だけど今日は人が多いし……その、男子の視線が……」

 

 ああ……それか。対岸に並ぶ男子生徒達は、既に体育座りで待機しており、一様にフェイトかオレをチラ見しているのだ。あれで気付かれていないとでも思っているのだろうか。

 

「……お前、どっち?」

「俺はやっぱりお姉さん派。黒髪ロングさいこー」

「えー、妹ちゃんの小動物っぽさだろ。見ろよ、あのお姉ちゃんから離れたくなさそうな顔。たまんねえ」

「断然お姉さんだな。オレっ子美少女のレア度は半端じゃねえよ」

「え、八幡さんってオレっ子なの?」

「お前そこからかよ!? 何年この学校の生徒やってんだよ!」

「去年の終わりに転校してきたばっかだよ、バーカ!」

 

 視線の比率は、3:2ぐらいでオレの方が多い。何故フェイトの方が少ないのか、非常に疑問である。

 どうにもフェイトが離れてくれそうにない。見かねた1組担任(女性教諭)がオレ達のところにやってきた。

 

「何をしているの、八幡さん。ちゃんと背の順に並んでくれないと、授業を始められないわ。皆プールに入りたくて待ってるのよ?」

「せんせー。男子はミコトちゃんとふぅちゃんの水着だけで満足してるみたいですー」

 

 教諭は亜久里の茶々をスルーした。石島教諭ほどではないが、中々に精神耐性が出来ている。……今年の3年の担任は全員そうか。

 教諭に叱られ涙目になるフェイト。それでもオレの腕を掴んで離そうとしない。……やはりどこかで教育方針の見直しをした方がいいのかもしれない。

 

「お願いします! 今回だけは……!」

「いつまでもそれだと、5年生になったときに苦労するわよ? 次もお姉さんと同じクラスってわけにはいかないんだから」

「うぅ……」

 

 今は石島教諭に事情を鑑みてもらって同じクラスになっているだけであり、姉妹は通常別のクラスに振り分けられる。次のクラス分けの時は、出来ることなら通常通りに扱ってもらうべきだろう。

 ……まあ、どうなるかは分からない。既にフェイトは、周囲から「8人組の一人」として扱われている。管理外世界の常識との食い違いのせいで、不思議に見える言動をすることがあるせいだろう。

 そして以前石島教諭から「お前らはひとまとめにして監視しとかないと恐ろしい」と言われており、オレ達は同じクラスにまとめられる可能性が高い。フェイトが同じ扱いにならないとは限らないのだ。

 

「……仕方がない。坂本教諭、オレにいい考えがある」

 

 1組担任の教諭に提案する。このままぐだぐだやっていても、授業進行の妨げでしかなく、時間の無駄だ。手っ取り早く解決してしまおう。

 フェイトに聞こえないように小声で教諭に指示を出す。教諭は、本当にそんな方法で出来るのかと怪訝な顔をする。

 大丈夫、と頷くと、彼女は半信半疑な様子でプールサイドの一角に向かった。はやてが見学している場所である。

 フェイトが疑問げな表情でオレを見ているが、すぐにビクンとなって、顔色を赤くする。

 オレが出した指示というのは、「はやてにフェイトが駄々をこねていると伝えてほしい」というただそれだけのものだ。

 何故それだけでフェイトがこんなことになっているのか。答えは簡単だ。二人はリンカーコアを持っていて、はやては「八神家のオカン」だということだ。

 ややあって、ミステール経由の念話共有がオレにも届いた。

 

≪ミコちゃん、事情聞かせてもろたでー。これはシアちゃんとソワレにもちゃんと伝えたらなあかんな。ふぅちゃんが学校で駄々こねたって≫

≪や、やめて! わたしのおねえちゃんとしての威厳が……!≫

≪そんなもの初めからないと思うが。嫌なら、言い訳が聞くうちにちゃんと並んでおくべきだな≫

≪う、うぅ……はやてとミコトの意地悪ぅ!≫

 

 タッとプールサイドを走って(危ないからやめろ)自分の並ぶべき場所に向かうフェイト。しかし悲しいかな、二人には既に知られていることだろう。ミステールが伝えて。

 男子生徒の側から「あぁ……」という落胆の声が聞こえてくる。幻聴ではない。多数派は「八幡姉妹セット派」だったようだ。オレ達は何処のお買い得品だ。

 こうして、ようやく今年初めてのプールの授業が開始した。

 

 

 

「あの子が噂の妹さんなんだー。八幡さんと同じぐらい可愛い子だね」

 

 水に入る前に体を慣らしていると、既に水に入った隣の生徒(1組)が話しかけてくる。こちらは向こうを覚えていないが、向こうは知っているようだ。同じクラスになったことのない生徒だろう。

 オレは、自分で言うのもなんだが、この学校ではそれなりの有名人らしい。特に同じ学年でオレを知らない生徒はいないだろうと言われている。

 だから、これは別に珍しいことではない。今までにも何度かあったことだ。1年の頃は冷たくあしらい、2年の頃は機械的な応対に困惑させ、3年の今はもう少しまともな受け答えが出来るようになった。

 

「可愛がっているからな」

「あはは、仲いいんだ。見ててほっこりしたよ」

「そうか」

 

 沈黙。話題が途切れてしまった。……やはり、5人衆でもないと上手く会話が続かないな。

 名も知らぬ生徒が困惑していると、逆隣りにいるむつきがヘルプに入ってくれた。

 

「来年、ふぅちゃん……フェイトちゃんの妹さんも入学するんだよ。アリシアちゃんっていう子で、ふぅちゃんにそっくりなの」

「へぇー。それじゃ来年は海鳴二小美少女三姉妹になるんだ。また男子達が騒ぎそう」

「うーん、どうだろう。シアちゃんもふぅちゃんぐらい可愛い子だけど、結構いたずらっ子なんだよね。学校に入ったら、男の子たちに交じって遊んでそうなイメージがあるかな」

「うちの同居人が、いつもアリシアの悪戯を喰らって追い掛け回している。あながち間違った未来予想でもないな」

 

 悪ガキに誘われて不良の道に走らないか、心配だ。……いや、大丈夫か。そんな時間の無駄をするぐらいなら、はるかと一緒にデバイスを組み立てていることだろう。

 

「イタリア人なんだっけ、妹さん。どういう流れで八幡さんの妹になったの?」

「あの子の母親じきじきに頼まれた。だからオレは、あの子の姉であると同時に、母親代わりでもある」

「……自分のことを「オレ」っていう母親かー」

 

 しょうがないだろう。「私」なんて一人称を使おうものなら、この場で水死体が大量発生するんだから。

 中々踏み込んでくる子だが、かわすのも慣れたものだ。本当に深入りしたら、この子はきっと後悔するだろう。その程度のレベルにしか感じられない。

 だからむつきも、オレが上手くかわせるように手伝ってくれる。

 

「ふぅちゃんも、ミコトちゃんのことをミコトママって呼ぶことがあるんだよ。皆がいるときだと言わないけど、わたし達だけのときはたまに言うよ」

「何それ!? すっごく可愛い! いいなー八幡さん、あたしもあんな妹欲しいー」

「そういうのは君の両親に頼め。オレに言われて用意出来るものじゃない」

「よぉーっし! 今日帰ったら早速お願いしよっ!」

 

 ……彼女の家は、今日は家族会議だろうな。無知とは恐ろしいものだ。

 5人衆はオレと関わっているせいで精神の成長が早かったため、悪く言えば全員耳年増だ。むつきは"夜のプロレスごっこ"を想像して顔を赤くしていて、冷やすために水の中にザブンと浸かった。

 オレも彼女に倣い、水の中に入る。7月になり気温は上がってきたが、まだまだ水温は低く、冷たい。火照った顔が一気に冷める。

 

「そういえば、二人とも「八幡」なんだよね。ミコトちゃんって呼んだ方がいい?」

「好きに呼ぶといい。皆そうしているだろう」

「いちこちゃんなんか、あだ名で呼んでるよね。「ミコっち」って」

「うーん、それは微妙だね。普通にミコトちゃんで。……えーと」

「あ、わたしは伊藤睦月。むーちゃんって呼ばれてるよ」

「杉本万理。マリッペとか呼ばれるけど、あんまり好きじゃないんだよね。普通にマリって呼んで」

 

 むつきはオレの隣の少女、杉本と交流を取り始めた。あとはむつきに任せればいいか。

 彼女はオレにも名前で呼ばせようとしたが、オレが拒み、むつきがやんわりと宥めた。オレにとって「名前で呼ぶ」というのがどれだけの意味を持つのか、何となく理解しただろう。

 以前よりは人との交流が取れるようになったが、根本的なところは相変わらずのようだった。

 

 

 

 二人組を作る。オレの隣はむつきだが、彼女は杉本との交友を深めるために、彼女と組むそうだ。なのでオレは、亜久里と組むことにした。

 彼女は1組と2組の中では最も背が小さい。間に3人いて、杉本をスキップしても1組生徒と2組生徒がそれぞれ一人ずついる。

 だが、彼女らは彼女らで組んでおり、オレが亜久里と組む分には問題がなかった。……多分、2組生徒が気を利かせたのだろう。彼女なら、オレと亜久里がそれなりに気安い関係であることは知っているはずだから。

 

「相変わらずミコトちゃんは人付き合いが下手だねー」

「自覚はある。口よりも足を動かせ」

 

 しゃべると同時にバタ足が弱まった亜久里に叱責を飛ばす。彼女は纏っている空気が緩いため、疲れたときとそうでないときの区別がつきにくい。時間的にまだバテたということはないはずだ。

 彼女の言う通り、オレはまだ「ある程度会話が出来るようになった」だけであり、「人付き合いが出来るようになった」わけではない。

 5人衆にしろ聖祥組にしろ、「オレに合わせている」部分が確かにある。オレが人付き合いをしているのではなく、人付き合いをしてもらっているということだ。

 

「そうそう人は変わらん。会話の出だしで切り捨てないだけ成長したと思ってくれ」

「そだねー。1年の最初は、会話にすらならなかったもんねー」

 

 あの頃は、冗談抜きではやてとしか会話をしていなかった。ミツ子さんとも最低限のやり取りのみだったし、それでは会話とは呼べないだろう。

 はやてが根気よくオレと会話をし、オレの内面を分析し、交流のためのスイッチを押してくれたのだ。オレの冷たい心に触れて暖かさを教えてくれたから、オレははやてが大好きなのだ。

 またバタ足が弱まるので指摘する。この子はすぐだらけるのが難点だ。

 

「でも、笑顔を振りまいて人付き合いしてるミコトちゃんってのも、想像出来ないなー」

「女言葉でしゃべるよりも似合わなさそうだ。これがいい塩梅なんじゃないか?」

「まー仏頂面ありきだよねー」

 

 表情を繕うのではなく、話術を磨くのがいいか。とはいえ、相手のレベルに合わせて話題を変えるというのは、それはそれで面倒そうだ。

 やはり、交流の相手を限定するのが、一番面倒がない。

 

「もう数年すれば周りの会話レベルも上昇する。そうすれば、もうちょっと交流を取れる範囲は広がるだろう」

「うわー、他力本願。でも、結局それが真理なのかもねー」

 

 「まことのことわり」とは、中々哲学的なことを言う。だが亜久里の言う通りであり、彼女らがオレと会話が成立しづらいのは、語彙力の差もかなり大きい。いちいちかみ砕いた表現を使わなければならないのは面倒だ。

 それが解消されるだけでも、やりやすくはなるだろう。実際、オレは大人との交流は比較的容易に出来ている。向こうが合わせてくれているというのもあるだろうが。

 

「もしそれが必要になるんだったら、オレが周りのレベルを上昇させている。君達5人がいい例だ」

「えへへー、その節はどうもー」

 

 実を言うと、5人衆は学年でもトップクラスの成績を誇る優等生軍団だったりする。アホの田井中でさえ、上位20人の中には入っているだろう。優等生かつ問題児軍団なのだ。

 それと言うのも、1年の時からオレの近くにいたせいで、オレとの会話に着いて行くために知力が強化されたためだ。さらには、「コマンド」作成の手伝いなんかもしている。

 おかげでこの5人はそこいらの子供に比べて理解力が高くなっており、特定の分野においてはオレを凌ぐ知力を見せたりする。はるかがいい例だな。

 もしオレが中学から聖祥に行くとして、こいつらなら普通に着いてこれるだろう。特待生争いなんてこともあり得るかもしれない。聖祥中等部に特待生制度があればの話だが。

 つまり、本当に学年全体の力が必要になるのなら、オレは彼ら全員を5人衆並の知能に鍛え上げているということだ。出来るか出来ないかではなく、オレはやると言ったらやるのだ。

 

「まーそうだよね。何の努力もせずにミコトちゃんと仲良くなろうだなんて、虫のいい話だもんね。あたし達だって結構努力したんだもん」

「そういうことだ。今はバタ足の努力が足りていないようだが」

「あたしばっかり努力するのも癪だから、次ミコトちゃんの番ー」

 

 亜久里が足をつき、今度はオレが彼女に手を持ってもらい、バタ足の練習を始めた。

 

 

 

 水の中に潜って10秒間息を止めるという潜水の練習を始めたところで、加藤からヘルプ要請が入った。亜久里とともにそちらに向かうと、鈴木に抱き着いて離れようとしないフェイトの姿。

 

「……はあ。何があった」

 

 プールが始まってから、フェイトの情けない姿ばかり見ている気がする。魔法戦や魔法を教えているときの凛々しい姿は何処に行った。

 オレの問いに、抱き着かれたままの鈴木が答える。

 

「フェイトちゃん、水に顔付けるのが怖いって」

「だ、だって、水の中って息出来ないんだよ!? なんで皆平気なの!?」

 

 典型的な泳げない子の発言だった。一度プールに行ったし、てっきりこのぐらい平気なものだと思っていた。だが、そういえばあのときも水に顔は付けてなかったな。

 

「正直あたしらじゃ手に負えないわ。何とかしてあげて、お姉さん」

「分かった。ここまで面倒を見てくれて礼を言う。ありがとう、加藤、鈴木」

「どーいたしまして。先生にはあたしらが伝えとくから」

 

 そう言って二人は、女子の指導を担当する1組坂本教諭のところに向かった。

 鈴木から引っぺがしたフェイトは、今度はオレにひしっと抱き着く。

 

「水中で息が出来ないのは当たり前だ。オレ達は肺呼吸なのだから。空気中で十分な酸素を取り込んで、息を止めればいいだけだ」

「で、でももし潜ってる最中に苦しくなっちゃったらぁ……」

「そのときは顔を外に出して息をすればいい。……君は頭がいいはずなのに、何故こんな単純な理屈が思い浮かばない」

「水が怖くて正常に考えられてないんだよー」

 

 そういうものなのか。そういえば、オレは恐怖というものも今一つ理解出来ていなかったな。亜久里が怒ったときは本当に怖かったが。

 それとこれは多分別物の恐怖なのだろう。だから、恐怖を克服して思考を正常にさせる方法が、オレには分からない。亜久里の力を借りることにしよう。

 

「どうすればいいと思う?」

「んー……皆で一緒に潜る?」

 

 そんなので大丈夫なのか? とも思ったが、フェイトの抱き着く力が緩んだ。赤信号、皆で渡れば怖くない、ということなのか。

 

「い、いっしょにもぐってくれる……?」

「それで君が水に顔を付けられるというのなら、そうする。苦しくなったら、オレがすぐに持ち上げてやる。それで大丈夫か?」

「お、おねがい、おねえちゃん……」

 

 手のかかる妹だ。だからこそ可愛いというのはあるが、もう少し自分の力で乗り越えられるようになってもらわないとな。――万一の可能性は、消えていないのだから。

 オレがフェイトの肩に手を乗せ、潜水・浮上のタイミングを決めることになった。亜久里は自分のタイミングで潜るそうだ。

 すーはーすーはーと深呼吸をするフェイト。そんなに緊張することでもないと思うが、彼女にとっては大冒険なのだろう。

 

「それじゃあ……行くぞ」

 

 そう言って、オレも大きく息を吸う。フェイトが息を吸い込み終わったのを確認して、手に力を入れてザブンと沈む。

 ゴボゴボという水音。外の音はほとんど聞こえなくなり、それだけがオレの聴覚を支配する。オレはゴーグルをつけていないから(何故か皆が反対する)、視界もクリアではない。

 だがこれだけ近ければ、フェイトが目をギュッと瞑っていることは見て取れる。口もむーっと閉じられていて、時折鼻から空気の泡が漏れる。手はグーに握られて胸の前に。

 明らかに力みすぎだ。これでは10秒も持たないんじゃないか? 案の定、フェイトは5秒を過ぎたあたりで苦しそうにプルプルしだした。

 オレは肩に置いた手を脇の下に挟み、浮上する。

 

「ぷはっ! はあっ、はあっ!」

「力みすぎだ。そんなに無駄に酸素を使っては、すぐに息切れして当然だ。もう少し力を抜いて、もう一度だ」

「む、むりだよぉ! いまのでせいいっぱいだったのにぃ!」

 

 水を怖がり過ぎて幼児退行している。彼女の生きた年数からすれば、実はそのぐらいで適正なのだが。

 てこでも動かないとでも言うように、オレに抱き着いて力を緩めないフェイト。目には涙が浮かんでいた。やれやれと思いながら、その体を抱き返し、頭を撫でて宥める。

 オレ達、というかフェイトを見て、亜久里は「んー」と考える。そして自分のゴーグルを外し、フェイトに着けてやった。

 

「ふぅちゃんさー、これでもう一回潜ってみよう。ゴーグルつけてれば、水の中で目も開けられるし。見えれば、少しは怖さもマシになるかもー」

「さちこ……」

 

 見えない恐怖、というやつか。だが、フェイトの様子から、それは大いにありそうだ。

 亜久里から勇気をもらい、再度決意するフェイト。もう一度、皆で水の中に潜った。

 フェイトは……今度はリラックスしていた。目を開き、口を笑みの形に開き、水の中から見える景色に感動していた。

 

≪凄いよ、おねえちゃん。水の中から見る景色って、光がキラキラして、とってもキレイ≫

 

 余程嬉しかったのか、ミステールに念話共有を繋いでまで話しかけてきた。参加者は、オレと亜久里。

 

≪少しは、水が怖くなくなったか?≫

≪うん! ありがとう、さちこ≫

≪目がー、目がぁーっ!≫

≪ああっ!? ご、ごめんさちこ! 今ゴーグル返……目がぁー!?≫

≪何をやっとるんじゃ、主ら……≫

 

 思わずミステールが突っ込みを入れる混乱具合だった。

 ……そんなに水の中で目を開けるのは辛いだろうか? お湯より楽だと思うのだが。

 

 

 

 一度水から上がり、プールサイドに並ぶ。ビート板を使い、25mをバタ足で泳ぎきる練習だ。

 一度に泳げるのは6人まで。男子3人、女子3人。二組合同の場合、男女ともに30人強なので、全部で11組となる。

 何が言いたいかと言うと、結構待ち時間があるということだ。水から上がると男子からの視線が集まるから、正直この時間は鬱陶しい。

 

「女子なら他にもいるだろうに。何故オレ達ばかりを見る」

「そりゃ、二人が美少女だからでしょ。二人とも群を抜いて可愛いんだから、しょうがないわよ」

「うぅ、恥ずかしい……」

 

 オレとフェイトに集まる視線から守るように、あきらが並ぶ。彼女は一番男子側に立ってくれている。それでも、全ての視線を防ぐというわけにはいかないのだ。

 

「うぉぉ……やっぱすげーぜ、八幡姉妹」

「今年は前半組で良かった……噂の八幡さんの水着を見ることが出来た」

「ふつくしい……」

 

 ……全部聞こえてるんだよ、男ども。見世物じゃないんだぞ、まったく。

 そのくせ彼らは、オレ達と交流を取ろうとはしないのだ。ヘタレというレベルじゃない。言い方は下品だが、玉無しと言う他ない。

 

「……最近知ったんだけど、男子の間では協定があるらしいよ」

 

 後ろから、はるかがこそこそとオレ達に話しかける。協定って、一体どんな。

 

「なんか、「八幡ミコトのグループに手を出してはいけない」みたいなの。あくまで遠巻きから眺めるだけ。抜け駆け厳禁みたいな感じかな」

「なんだそれは。オレはともかくとして、君達にまで迷惑がかかっているじゃないか」

「わ、わたしは、別に平気だよ? 皆がいてくれるから……」

 

 ちょっと顔を赤くしながらのフェイトの言葉に、はるかも同意した。

 

「わたしも今のところ男子には興味ないから、別にいいんだけどさ。問題なのが、その、なんていうか……女の子同士の恋?みたいなのを期待されてるんだよね」

「……はあ? それ、わたし達全員? ミコトとはやてだけじゃなくて?」

「そこで何故オレとはやてが出てきた。オレ達がそういう関係じゃないことは、君達が一番知っているはずだ」

「周りからどう見えるかって話よ。ミコトちゃん達にその気がないのは知ってるけど、何も知らないで見たら二人は恋人同士にしか見えないってこと」

「解せぬ……」

 

 どうにかして、オレ達はノーマルであることを周知徹底せねばなるまい。そういう目で見られるのは、さすがに不愉快だ。

 「それは置いといて」と、あきらは憤慨した。

 

「わたしはミコト達みたいなことしてないのに、どうして同性愛扱いされなきゃなんないのよ。納得がいかないわ」

「いや、あきらちゃんは普通に順当だと思うよ? ミコトちゃんのこと大好き過ぎだし」

「……うん。はるかの言ってること、わかるかも……」

「ちょお!? まさかフェイト、わたしが同性愛者だと思ってる!? 違うからね!?」

「わ、分かってるよ! ただ、ミコトに対する愛情表現が大きすぎるっていうか……」

「君と亜久里は、人目をはばからずオレに抱き着いてくるからな。そのせいじゃないか?」

 

 「むむむ」と唸るあきら。もしこの学校になのはがいたら、きっと彼女も同性愛扱いされていたのだろう。彼女も、オレに対する愛情表現があきら並だから。

 ――このとき、どこぞの聖祥大付属小学校3年1組の教室で、どこぞのツインテール少女が大きなくしゃみをして顔を真っ赤にしたらしい。どうでもいいな。

 

「……つまり、ミコトのせいね!」

「どうしてそうなった」

 

 本当に、どうしてその結論に至った。しかも何の反省もなく抱き着いてくるし。

 

「ミコトの抱き心地が良すぎるのが悪いの! ちっちゃいし柔らかいし可愛いし、あーもうたまんないっ!」

「どうやら君は今が授業中だということを忘れているようだな。……石島教諭、お願いします」

「おう」

「し、しまっだぁ!?」

 

 久々の男女平等パンチである。これに懲りたら、少しは行動を自重してもらいたいものだ。

 ……なお、この後も彼女達の行動は何も変わらず、当然オレ達に寄りつく男子は現れなかったことを記しておく。

 

 

 

 授業時間は残り10分。この10分間は、自由にプールで遊べる時間だ。もちろんプールに入らないで冷えた体を温めるのもよし。

 オレは、フェイトと一緒にはやてのところにいた。少し、疲れたのだ。

 

「しっかし、ふぅちゃんが水に顔付けられへんのは意外やったなぁ。水泳とか涼しい顔で出来そうやったのに」

「も、もう付けられるもん! ……プレシア母さんのところにいたときは、魔法戦の訓練以外、やったことなかったから」

「……せやったな。辛いこと思い出させてしもうたか?」

「ううん、平気。今は皆がいるし……こうして、新しい思い出を作れるもん。だから、無理はしてないよ」

「そか。なら、ええわ」

 

 タオルで体を隠しているため、男子からの視線は来ない――残念そうな視線は飛んでくるが、知ったことではない――ので、安心して会話を楽しむことが出来る。

 夏の熱い日差しで、冷えた体が体温を取り戻す。やはり、この時期の水はまだ冷たい。

 

「はやての足も、早く動くようになればいいのに。そうすれば、きっともっと楽しいよ」

「せやなー。こればっかりは、今は待つしかないもんなぁ。急に動くようになったら、きっと皆びっくりするやろな」

「そんな急には動くようにならないだろう。麻痺が解けても、衰えた筋肉を取り戻す必要がある。オレも手伝うから回復は早いと思うが、それでも徐々にだ」

「なんや、つまらんなぁ」

 

 「コマンド」で魔力の簒奪を止めることは出来ない。魔力要素に働きかけることは出来ても、プログラムに干渉することは出来ない。オレがそれを理解できないからだ。

 だが、肉体には干渉することが出来る。はやての足の麻痺が解けさえすれば、はやての足に干渉して動かし方を教えることが出来る。筋肉の回復を促すことが出来る。

 だからそのときが来れば、はやてはすぐに歩けるようになる。今まで作れなかった思い出を、いっぱい作れるようになる。

 そのときを思うと……どうしても、口元が笑みの形になってしまう。まだ気が早いにも程がある。

 

「それでも、オレも楽しみにしているんだろうな。ギルおじさんからの連絡が早く来ないか、待ち遠しくて仕方がない」

「あはは。なんや、今のミコちゃん、普通の子供みたいやったで」

「知らなかったのか? オレは普通に子供なんだよ。はやてのおかげでな」

「せやったな。けど、ふぅちゃんシアちゃんソワレのママやで?」

「普通に子供をやりながらママをやっちゃいけないのか?」

「ううん、そのぐらい欲張りでいいと思う。ミコトは、それぐらいの労力を支払って来たんだから。そうじゃなかったら、「貸し借りのバランスが取れてない」。でしょ?」

 

 フェイトが上手い返しをしたことで、オレもはやても笑う。まったくもってその通りだ。

 普通に子供をやりながら、彼女らのママをやり、そしてはやての足を治し、家族皆で思い出を作る。

 それが、今のオレが描く、最高の未来絵図だ。前回は逃してしまった最高の結果を、今度こそ、手に入れてみせる。

 

 だが、今は。

 

「ミコっちー! ふぅちゃーん! あと5分しかないから、そろそろ遊ぼうよー!」

「ほら、お呼びやで。わたしはここで見とくから、二人とも行ってきぃ」

「うん、行ってくるね。行こう、おねえちゃん」

「ああ。行ってくる、はやて」

 

 この瞬間も確かな思い出として、胸に焼き付けることにしよう。

 

 

 

 

 

 夏は、まだ始まったばかりだ。




水着回だけど全員スク水です。学校授業だもの。当たり前だよなぁ?(ねっとり)
学校授業なので、微エロ的な要素もありません。健全そのものです。当たり前だよなぁ?(ねっとり)

今回新しく出てきたモブ二人は、今後出てくる予定はありません。使い捨てキャラです。でも剛田君もそうだったので、今後次第でどうなるかは分かりません。
海鳴二小の男子で名前ありモブは出さないつもりです。8人組が濃すぎて会話に絡められる気がしません。
フェイトは学校で結構愛されてます。八幡三姉妹の良心ですからね(長姉は非道系、末妹は悪戯好き)

しばらくは夏のイベントを消化する話を書きたいと思います。まったり日常!





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