不思議なヤハタさん   作:センセンシャル!!

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今度こそ、まったり日常回です。

2016/01/19 01:35 誤字修正 他らなぬ→他ならぬ どういうミスタイプだよ……。
2016/01/19 12:26 あとがきに言い訳を追記。五話でやった話題を繰り返してました……。


三十三話 人々

 朝。腕に重みを感じて目を覚ます。寝起きで判然としない頭で、はやてを抱きしめたまま眠ったのかと思いながら、うっすらと目を開ける。

 最初に視界に飛び込んできたのは、鮮やかな赤。

 

「……今日はヴィータか」

 

 音になるかならないかぐらいの声量で呟く。オレの腕の中にいたのは、はやてではなくヴィータだった。はやてはヴィータの向こう側で、ベッドから落ちそうになっていた。

 現在時刻は6時。オレにとってはいつもの起床時間だが、二人にはまだ早い。ヴィータを起こさないように腕を抜――こうとしたら、ヴィータはがっしりとオレを抱きしめて離さない。

 はあ、とため息をついて、ヴィータを出来るだけこっち側に引き寄せる。空いたスペースにはやてが収まるよう、ヴィータ越しにはやての体を引く。かなり力が必要だが、はやてが落ちないためには仕方ない。

 努力のかいあって、二人を起こさないようにベッドの中央に寝かせることが出来た。……やれやれだ。

 

 ヴォルケンリッターが家族となって、一月以上経っている。目を覚ましたら時々誰かがオレとはやての間に収まっているのも、同じ時期に発生しだした。

 というのも、ヴォルケンリッターが召喚された最初の日に、ヴィータをサンドイッチにして寝たのが、そもそもの始まりだ。

 あれのおかげでヴィータは、翌日には八神家に馴染むことが出来た。だが、あれのせいでオレ達と一緒に寝る味を占めもした。

 次の日もオレ達と一緒に寝ようとしたヴィータであるが、これに反発したのがソワレ、フェイト、アリシアの娘組。特にフェイトの「ずるい」の勢いが凄かった。"鉄槌の騎士"の二つ名を持つヴィータが圧されていた。

 協議の結果、ヴィータは娘組の部屋を使って一緒に寝ることになった……のだが、4人のうちの誰かが、不定期で寝てる間に忍び込むようになったのだ。それまでは、時折ソワレが潜り込むだけだった。

 ソワレの場合、オレのパジャマに潜っておっぱいに吸い付いているから、一番驚く。フェイトとアリシアの場合、今のところ100%の確率でオレに抱き着いて離れない。

 そしてヴィータは、オレに抱き着いている場合とはやてのときとが半々ぐらいだ。今日はオレの番だったということだ。

 娘達はオレと一緒に寝たいようだ。多分、愛されている証拠なのだろう。だがオレとしては、やはりはやてと二人で寝るのが一番好きなのだ。だからこそ、オレ達が寝てる間に忍び込むという結論に至ったのだろう。

 ……ヴィータの立ち位置は、「オレの娘」とはちょっと違うだろう。彼女はあくまで「はやての騎士」であり、本来の繋がりははやてとの方が強いはずだ。

 だがどういうわけか、彼女ははやてよりもオレの方に懐いている節がある。もちろんそれではやてを蔑ろにすることはないのだが、本来の主ではなく「相方」に強く懐くというのはどうなのだろう。

 まあ、嬉しいか嬉しくないかで聞かれたら、嬉しいに決まっているのだが。

 

「……んあ」

「起こしたか?」

 

 ヴィータが何事か呟いた。目を覚ましたのかと思ったが、どうやら寝言のようで、腕にこもる力が増して、オレの胸に顔を強く押し当ててくる。

 

「……ひゃまう、へっは?」

「中々失礼な夢を見ているようだな」

 

 どうにも彼女、夢の中ではシャマルの胸に顔をうずめているようだ。どういう夢なんだ。まあ、夢というものに論理性を求めるのが間違いなのだろうが。

 貧しくて悪かったな。まだ8歳なんだよ。二次性徴も来てないのに、あんなナイスバディでたまるか。オレだってあと数年もしたら、きっとナイスバディになってるんだよ。

 心の中で虚しい言い訳をする。……はやては、どうにも大きな胸が好きらしい。最初はブラン、次にシャマル、果てはシグナムと、豊かな母性の象徴を弄っている姿が目撃されている。

 いや別にオレ自身は胸の大きさなんて求めてないけど、はやてが胸の大きな女の子が好きなら、オレだってそうなることにやぶさかじゃないというかなんというか……。

 とにかく、そういうことなんだよ。

 

「いいか、勘違いするなよ」

「んー……」

 

 聞こえてるわけがない。ヴィータは寝言で反応をすると、また寝息をたてはじめた。胸に息がかかって、こそばゆい。

 まったく……幸せそうな顔をして。「闇の書の守護騎士」などと呼ばれているなんて嘘のようだ。実際、彼女は既に「闇の書の守護騎士」ではないんだろうな。

 ヴィータだけでなく、ヴォルケンリッター全員が思い出したのだ。自分達は何のために存在するのか。闇の書はまだだが、彼女達に関しては、既に「夜天の守護騎士」に戻っているのだ。

 ただ、主とともに在る存在。夜空に在る、雲の騎士。ならば、主が過ごす日常で、ともに幸せを享受しても問題はない。彼女達は、そうあるためにいるのだ。

 オレは、思う。夜天の魔導書を作った魔導師は、きっと心優しい大魔導師だったのだろう。戦乱で失われてしまう命を憂い、せめてその生きた証として、魔導の記録を集めようとしたのだろう。

 その優しさが、ヴォルケンリッターという存在に顕れている。そんな気がした。

 

「……はやての足のことを抜きにしても、元に戻してやりたいな」

 

 所定の位置――本棚の一番上の端にしまわれた黒い荘重な本を見ながら、オレは思ったことを呟いた。

 闇の書……まだ夜天に戻れない偉大な魔導書は、少しだけ動いて応えた。

 

 

 

「潜り込むのは構わないが、もう少しスペースを考えてくれ。はやてが落ちそうになっていたんだからな」

「だから悪かったってー」

 

 7時を過ぎ、ヴィータとはやてを起こす。オレとはやては互いの髪留めを付け、三人で寝室を出た。

 リビングに向かう途中、はやてがどういう状況になっていたかについて、ヴィータにお説教中だ。もう彼女達が潜り込むことについては諦めているし、別に嫌だというわけではないのだ。

 キッチンには、既にブランがいた。彼女は10人と2匹分の朝食を作るべく、材料を冷蔵庫から出しているところだった。改めて、大所帯である。

 

「おはよう、ブラン。手伝おう」

「おはようございます、ミコトちゃん、はやてちゃん、ヴィータちゃん。それじゃあ、お願いしますね」

「ブラン、おはよーさん。ほな、わたしらは顔洗いにいこか」

「おはよー。ブランは早起きだよなー。うちのうっかり参謀にも見習わせたいぜ」

 

 うっかり参謀こと、"湖の騎士"シャマル。最初の日、彼女は「自分はうっかりではない」と言っていたが、別にそんなことはなかった。場面によってはブランを超すうっかりをしてみせた。

 その最たるものが、料理。火を使えば料理を焦がす。包丁では自分の手を切る。調味料は量を大幅に間違える。そもそも工程がめちゃくちゃだったりする。

 結果出来上がるものはとても食えたものではなく、彼女は料理禁止令を出された。もやしを台無しにされたときは、温厚なもやし1号もさすがに怒ったものだ。というかオレもはやても怒った。

 そんなうっかり2号のことは、今は置いておこう。今は朝食の準備だ。ヴィータははやての車椅子を押して洗面所に向かった。

 ブランが出した食材は、卵、牛乳、食パン。どうやらフレンチトーストを作るようだ。

 

「では、オレが焼くから、ブランはパンを調味液に浸していってくれ」

「分かりました」

 

 役割分担さえしっかりすれば、ブランがうっかりを起こすことはない。彼女はどうにも並列思考が苦手なようで、同時に二つ以上のことが出来ないのだ。"光の召喚体"故に一本気な性分なのかもしれない。

 とはいえ、彼女一人で家事をやっても、以前ほど失敗はなくなった。恐らく翠屋でのウェイトレスが精神訓練になって、テンパることが少なくなったのだろう。

 油を敷いて熱したフライパンに、卵と牛乳がしみ込んだ食パンを置く。ジューという音とともに香ばしい匂いが鼻腔を刺激する。

 

「おー、いい匂いだね。今日はフレンチトーストか」

「アルフか。起きていたのか。人型とは珍しいな」

「ちょっと早く目が覚めちゃったから、ザフィーラ誘って庭で組手してたのさ」

「空腹は最高のスパイス、だそうだ」

 

 アルフとザフィーラが窓からリビングに入ってきて、狼形態に戻る。朝からよくやる。

 この時間になると、八神家の皆が続々と起きてくる。シャマルが慌ててリビングに入ってきて、全員から料理は禁止と止められた。彼女はシュンとした表情になって、食卓の準備の方に向かった。

 続いて、あくびをかみ殺したミステールが、リビングに顔を出してから玄関に新聞を取りに行く。「知の探究者」である彼女は、毎朝の新聞も欠かさない。

 娘組はオレ達と同じように、全員揃って来る。はやてとともにリビングに戻ってきたヴィータが、三人から「勝手にいなくなるな」と怒られる。どうやら昨晩は何も断りを入れずに潜り込んできたようだ。

 そして最後に、ヴォルケンリッターのリーダーであるあんちくしょうがやってきた。

 

「おお、今日も美味しそうな朝食だ。主が作られたのですか?」

「今日はミコちゃんとブランやでー」

「……む。そうでしたか」

「はやてほどではないが、オレの料理の腕も人前に出して恥ずかしくないものだ。少なくとも貴様とは比較にならんから、安心しろ」

 

 露骨に顔をしかめたシグナムに対し、皮肉たっぷりに言ってやる。オレと彼女の関係性は、相変わらずだ。

 シグナムとの舌戦も、これで何度目だろう。ちなみに彼女がオレに勝てたことはない。ここはオレのフィールドなのだから、当たり前の話だ。

 

「ふんっ。主ほどの腕はないと認めている時点で、貴様は自身の敗北を認めているということだ」

「そもそも戦った覚えはないが。何でも勝ち負けに結びつける短絡な思考をどうにかした方がいいんじゃないか」

「私は騎士だ。主に勝利を約束するための存在だ。勝利という結果を外すなどありえんことだ」

「なら、貴様がオレに勝利することがありえん。貴様の主は、オレと争うことなどありえないのだからな」

 

 自身の感情にはやてを巻き込んでるんじゃないよ、脳筋騎士。

 とはいえ、彼女もいい加減レヴァンティンを抜くことはなくなった。どうせ使うことは出来ないし、時間と魔力の無駄であると学習したのだろう。

 シグナムが言葉に詰まるのを確認し、オレは食卓についていない全員を呼ぶ。

 

『いただきます』

 

 これが、最近の八神家の朝の風景だった。

 

 

 

 

 

 朝食を終えるのが7時30分。一度寝室に戻り、服を着替える。夏なので袖の短い白のカジュアルと、下は凝りもせずロングスカートだ。但し黒一色ではなくチェック柄の落ち着いた赤。

 髪ははやてのアレンジだが、首元が髪で隠れないように上げている。アップポニーアレンジだ。髪を切ることが出来ないのだから、せめて涼しくしてもらっているのだ。

 着替え終わって、7時40分。さきほど使った食器を洗う。これはオレとはやてで行い、シャマルとブランには昨日セットしておいた洗濯機の中のものを干してもらっている。

 ソワレ、フェイトとアリシア、ヴィータの四人は、この時間を使って出来る簡単な掃除。食卓を拭いたり、要らない郵便物をゴミ箱に入れたりしている。

 ミステールは既に本を読んでいる。本と言っても娯楽本ではなく、ハードカバーの学術書だ。彼女はとにかく知を吸収しなければならないため、暇があれば読書をする。それが彼女の仕事だ。

 ザフィーラはミステールを手伝うように、読み終わった本を片付けたり、必要な本を持って来たりする。狼型のままで。彼は、女所帯である八神家の環境に気を遣い、極力人型になるのを避けていた。

 そんな働き者とは対照的に、人型は疲れるという理由で狼型でいることが多いアルフは、日向でうとうとしていた。……彼女はペットポジションなので、正しい行動なのだろう。本当に必要なときは働いてくれるし。

 シグナム? 大人しくソファに座らせて新聞を読ませているよ。あのガサツ女に家事を任せられるわけがない。ドジっ子二人の方が余程頼りになるというものだ。

 朝の慌ただしい時間。人数が増えたことでやることは増えたが、こうして役割分担して出来るようになった分、総合的には楽になっただろう。以前は出来なかったことも出来るようになった。

 全体指揮を取っているのはオレだ。シグナムを除き、皆オレの指示には素直に従ってくれる。曰く、「簡潔で分かりやすいから迷わないで済む」だそうだ。

 ……オレが皆からリーダー扱いされたり、指揮官として評価されてしまったりするのは、そういうところに原因があるのかもしれない。必要なことをやっているだけなのだが。

 

 8時。皆の家事が一先ず終わり、オレとはやて、フェイトの三人は学校に行く時間だ。

 最初の頃は見送りで駄々をこねたアリシアやヴィータであるが、最近は大人しく見送ってくれるようになった。

 

「行ってきまーす。ソワレ、シアちゃん、ヴィータ。いい子にして待ってるんやでー」

「だいじょうぶ。ソワレ、おねえちゃん。みんなのめんどう、しっかりみる」

「いってらっしゃーい! 早くかえってきてねー!」

「子ども扱いすんなよ! あたしが一番お姉ちゃんなんだからな!」

「ヴィータもすっかり娘ポジションだね……。皆、行ってきます」

「元気なことだ。それが一番だがな。行ってきます」

 

 挨拶を交わし、オレ達は夏の暑い道路に出る。朝とは言え、既に気温は25℃を超えており、じっとりと汗が浮く。高音多湿の正しい日本の夏だ。

 八神邸とミツ子さんのアパートははす向かい。通学路でもあるし、必然的に前を通る。彼女はアパートの前で打ち水をしていた。

 

「あら、ミコトさん、フェイトさん。はやてちゃんも。おはようございます」

「おはようございます、ミツ子さん。朝から大変ですなぁ」

「皆が気持ちよく過ごすためですもの。苦ではないですよ」

 

 オレとフェイトも、形式上の養母さんに向けて、頭を下げて挨拶をする。ミツ子さんは、優しい目をしてフェイトを見た。

 

「フェイトさんも、すっかりはやてちゃんちの生活に慣れたみたいね。安心しましたよ」

「ありがとうございます。アリシアともども、元気に過ごせてます」

「ええ、知ってます。アリシアちゃん、ヴィータちゃんと一緒に、時々遊びに来てくれるんですよ。フェイトさんも、たまにはお茶を飲みに来てくださいね」

「あ、はい。……アリシア、そんなこと一言も言ってなかったのに……」

 

 一人だけ養母と仲良くしているアリシアに不満たらたらな様子のフェイト。アリシアがフェイトよりも甘えん坊でない理由の裏には、こんな事実があったのか。

 考えてみれば当然か。内気なフェイトと違って、アリシアは活発だ。オレ達がいないからと言って、八神邸から一歩も出ないなどということはありえない。

 となれば、近場で遊べる場所と言ったら、クスノキ公園かミツ子さん宅ぐらいのものだ。ひょっとしたらアルフを連れて海鳴探検ぐらいしているかもしれない。

 どうしても別行動が多いため全てを把握できていないが、アリシアの新しい一面を知った気がした。

 さて、オレ達は登校中である。あまり長々と会話をしている時間もない。

 

「今度、何人かで遊びに行きます。さすがに今の八神家の住人全員は無理ですが」

「そうねぇ。いつの間にか、あんなにたくさん増えちゃって。気持ちは分かるけど、グレアムさんも心配性よねぇ」

 

 ヴォルケンリッターの皆は、ギルおじさんが子供だけで生活するオレ達のことを心配して連れてきた家族ということになっていた。……あながち間違いでもない、か?

 

 

 

 

 

「八幡一家、おはよー」

「今日はリムジンで登校じゃないのー?」

「あれはお泊りしただけだと言っている」

「あはは……おはよう、ともこ、まるえ」

 

 フェイトはちゃんと会話が成立するため、相変わらず5人衆以外との交流が薄いオレと違って、他のクラスメイトとの交流がある。鈴木友子と加藤丸絵の二人とも、結構仲が良い。

 二人が言っているのは、先日月村邸にお泊りした際、ノエルに送ってもらったときのことだ。車から降りるところを目撃したこの二人は、それはそれは騒いでくれたものだ。噂の収束に三日も費やしてしまった。

 広がって歩くと通行の邪魔になるため、オレは車椅子を押して少し先に出る。フェイトは彼女らと並んで歩き、他愛のない会話を始めた。

 

「フェイトちゃん、昨日テレビ見た? 「捜査線で踊る相棒」っていうドラマが始まったんだけど」

「あ、ううん。うちって、テレビあんまり見ないから」

「そーなの? 結構面白い番組もやってるから、見た方がいいよ。あたしのお勧め教えたげよっか!」

「い、いいよ! その、見れるかどうかわかんないから……妹たちの相手もあるし」

「そういえば妹いるんだっけ。あれ、一人じゃなかったの?」

「あ、えっと、妹と、妹的な同居人、かな」

「おっとぉ、これ踏み込んだらやばいやつね。聞かなかったことにしとこ」

「あ、あはは……」

 

 相変わらずどっちがどっちなのか分からない会話だ。フェイトもよく付き合えるものだ。オレだったら開幕で「テレビは見ない、時間と電気代の無駄だ」で終了してしまうだろう。

 5人衆の会話レベルに慣れていると、こういうところで合わせるのが大変だ。

 

「皆、おはよー」

 

 と、むつきが合流してくる。……隣には先日知り合った杉本万理の姿。まだ交友は続いていたのか。

 

「おはよ、ミコトちゃん。えーっと、八神さんは、初めまして?」

「なはは、同じ学校やのに変な感じやね。おはよーさんや。八神はやて。はやてでええよ。よろしゅうな」

「あたし、杉本万理。マリって呼んでね。マリッペは禁止」

「ほいほい。マリちゃんはむーちゃんと仲良うしてくれとるんやな。これからも仲良くしたってな」

「はやてちゃん、お母さんみたいだよぅ……」

 

 二人はオレ達の少し後ろに並んだ。気が付いたらフェイト達とだいぶ離れていたようだ。

 少し歩くペースを緩めて、彼女らを待つ。

 

「はやてちゃんはミコトちゃんと違って、ちゃんと名前で呼んでくれるんだねー」

「あー。ミコちゃんはあれや。ちょっと恥ずかしがりなんよ」

「あ、なるほど。そういうことだったんだ」

「納得するな。単純に関係性の問題だ。オレは、一定以上の繋がりを持たない相手を、名前で呼ぶ義理はないと考えている。そういう理屈だ」

「……んー? つまり、どゆこと?」

「仲良くなれば、名前で呼んでもらえるってことだよ。わたしも名前で呼んでもらえるようになったの、実は最近なんだ」

「へー、そうなんだ。じゃああたしも、ミコトちゃんと仲良くなればいいのね」

 

 すぐには無理だと思うがな。むつきの通訳なしで会話が成立していない時点で、円滑な会話は望めない。思考レベルが足りなさ過ぎる。

 むつきは……むつきだけじゃない。5人衆の全員は、二年をかけてオレとの会話についてこれるレベルになったのだ。根気よくオレとの対話を続けた結果だ。一朝一夕で出来るものじゃない。

 そして根気を持ち続けることは、誰にでも出来ることではない。それは、5人衆と他のクラスメイトとの差が物語っている。杉本は、加藤や鈴木、遠藤と同じ。離岸の住人のままだろう。

 別にそれでいいのだ。むつきと仲良くしているからと言って、オレとまで仲良くする意味はない。

 

「まあ、好きにするといい。君の行動は君の責任だ。どんな結果になろうとも、君が選択した因果応報だ」

「ミコトちゃんの言うこと、いちいち難しいよぉ」

「あはは、慣れるまでは大変だよね。つまり、「がんばれ」っていうことだよ」

「……がんばれるかなぁ」

 

 意訳した上でかなりマイルドにした表現でも、杉本には荷が重かったようだ。

 

 

 

 気になったので、「研究・発表」の時間に聞いてみた。

 

「フェイトにしろむつきにしろ、どうやってオレ達以外の生徒との会話を成り立たせているんだ?」

 

 今回のオレ達の班は、オレ、はやてに加えフェイトとむつき。基本的には男子2人女子2人で班を組む授業だが、フェイトがまだ慣れていないことを理由に、このような班構成にしてもらっている。

 ちなみに研究テーマは「雷の発生メカニズム」。もちろんオレは細かなところまで分かることが出来るが、「研究」というカリキュラムを考えてプリセットは使っていない。

 オレの質問がおかしかったのか、むつきが困ったように笑う。

 

「どうやって、って言われても、自然に合わせちゃってるから、説明するのは難しいよ」

「そうなのか。むつきは器用なんだな」

「んー……ちょっと違うかな。わたしだけじゃなくて、はやてちゃんも、さっちゃん達も、同じだと思う。どう?」

「せやねー。さっちゃん達は聞いてみな分からんけど、わたしも何も考えんで合わせとるな。逆に考えると出来なさそうや」

 

 そんなものなのか。これはつまり、オレの「違う」部分が影響しているということだろうか。

 

「ミコちゃんは、普通の子とは物の覚え方がちゃうやん? せやけど、わたしらは同じやから、「こう言えば分かるかな」ってのが想像つくねん」

「なるほど、そういうことか。以前に経験した過程だから、予想を付けるのが比較的容易なのか」

「理屈でいうと、多分そんな感じかな。ふぅちゃんはどう?」

「わたしは、まだちょっと分からないかな。そもそもの話として、わたしは会話をするっていう経験が少なかったから」

 

 普通の子かどうかで言えば、フェイトも普通とは程遠い。発生過程の話ではなく、生育環境の話だ。

 ごく限られた相手としか接しない環境で、ごく限られたことしか教わってこなかった。だから彼女は、5人衆とは逆に、クラスメイト達よりも手前の場所にいるのだ。

 

「だから、どんな話でも楽しいんだ。もちろん、一番楽しいのは皆と話してるときだけど」

「言い方を考えないでも拾ってもらえるから、気が楽なんだよね。だから会話そのものを楽しめるっていうか」

「つまり、君達でも他の生徒と会話をするときは、気を張っている部分があるということか」

「付き合いの深さもあるんやろなー。ミコちゃんかて、むーちゃんと話するときとアリサちゃんと話するときの差を考えたら、分かるやろ」

 

 それは当然だ。確かにアリサ・バニングスの理解力は5人衆と同じレベルにあるが、むつきとじゃ過ごした時間が違う。オレに対する馴染み方が違うのだ。

 ともあれ、彼女達はある意味「レベルを落として」会話を成立させているということだ。……オレには出来そうもないな。

 

「それにしても、ミコトちゃんがこんなこと気にするなんて、珍しいね。急にどうしたの?」

「単純に気になっただけだ。杉本の存在が原因だろうな」

「マリちゃんなー。……こう言っちゃ悪いけど、ミコちゃんの表面もさらえてへんかったな。まーそれが普通なんやろうけど」

 

 「あはは」と苦笑を浮かべるむつき。はやての言う通り、杉本万理という少女は、正しく「二年前の5人衆」なのだ。入学直後、オレとの会話が成立せずに退散していたあの頃の彼女らだ。

 あの頃に比べて、オレの性格が多少は丸くなっているから、妙なレッテル貼りをされずに済んでいるだけで、コミュニケーションが成立しているとはとても言えない。

 ……避けられないだけ成長出来たと思えばいいのか。

 

「ミコトちゃんは、マリちゃんと仲良くしたいの?」

「そんなわけがない。彼女と交流を取ることに価値は見出せない。彼女と交友関係を持つ君には悪いと思うがな」

「ううん、ちょっと安心した。ミコトちゃんが、わたし達の大好きなミコトちゃんのままで」

「……君達も中々、いやかなり"個性的"になったな」

 

 思えば、最初の頃は誰がしゃべっているのか判別できなかったように思う。加藤と鈴木のようなものだ。それが今では、出だしの部分で誰の発言か分かるレベルだ。

 それはつまり、彼女達の持つ個性が育ち、顕著になった証拠なのだろう。オレがそれを把握した、というのもあるだろうが。

 伊藤睦月、割と容赦なく切り込む、思い切りのいい少女であった。

 

「まあ、ちょっと気になっただけだ。それよりも、課題の方だ。大体参考文献の内容から逸脱しないように書いたが、こんなもので大丈夫か?」

「……んー、こんなもの、なのかな。この世界の観測レベルがどの程度か分からないから何とも言えないけど、もうちょっと足してもいいんじゃないかな」

「こら、そこの不思議ちゃん姉妹。今まで黙ってたけど、言わせてもらうで。十分やり過ぎや」

「あはは……小学三年生の調べるレベルじゃないよね」

 

 原子レベルでのメカニズムと数式を図解していたら、二人から突っ込みを受けてしまった。

 後日、この課題を発表したところ、石島教諭からも「やり過ぎだ」と呆れられてしまった。

 

 

 

 

 

 折角なので、翠屋の"お手伝い"のときにも引っ張ってみた。

 

「アリサちゃんとすずかちゃん以外のお友達?」

「オレは君が彼女達以外の聖祥の生徒とつるんでいるところを見たことがないからな。少し、気になった」

 

 客が途切れたところで士郎さんから休憩していていいと言われたので、なのはにも尋ねてみた。彼女は虚空を見上げ、「んー」と口にしながら考えた。

 

「あゆむちゃん……は、ちょっと話す程度だし、ゆうきちゃん達もそこまで話すわけじゃないし、……あれ? ひょっとしてなのは、実は友達少ない?」

「オレが知るわけないだろう。あの二人以外に管理世界のことを話している人間はいないのか?」

「い、いるわけないよ! 本当は教えちゃいけないことなんだから!」

 

 家族以外の関係者の多さという意味で言うと、オレの方が多いようだ。彼女は2人だが、オレは5人だ。多ければいいというものではないが。

 しかし、意外にもなのはは友達が少ないのか。もっと大勢に囲まれてわいわいやっているのかと思っていたが。

 

「うぅ……そういえばいっつもアリサちゃんとすずかちゃんと一緒にいるから、他のお友達作ってなかったかもなの……」

「それで君が満足しているなら、特に問題はないんじゃないか。そういうのも、多ければいいというものではないだろう」

 

 人が多くなれば、それだけ特定の一人との付き合いは減る。家族が増えるごとにはやてと二人の時間が減っているオレのように。オレにとって、家族もはやても大事だからこそ今の環境がある。

 ただ友達の数をステータスとして増やすのでは、大事なものが蔑ろになってしまう。それならば、付き合いを限定するのも間違ったことではないだろう。

 

「クラスメイトと話ぐらいはするのだろう。それで十分だと思う。オレは、それすら成立しないことがあるからな」

「そうなの?」

「オレの周りにいるのは、君達のように私立に通えるだけの知能を持った小学生ではなく、平均的な小学三年生だ。5人衆と同じでは考えない方がいい」

 

 「そうなんだー」と理解していない様子のなのは。考えてみれば、彼女も(いい意味で)かなり限定された環境で生活しているのだな。さすがは高町家の箱入り娘だ。

 

「でも、ちょっとびっくりしたの。考えてみたら、ミコトちゃんの方がなのはよりもお友達多いんだもん」

「オレの友達は、現状ではなのはだけだ。5人衆は、知人以上友達未満というところだ。君の方が多い」

「にゃはは、まだ友達認定してなかったんだ……」

 

 これはもう、才覚の違いだからどうしようもない。それに、なのはの側に(勘違いで)育てた思いが4年分存在した。そういう意味では、彼女らよりも長い付き合いということになるのだ。

 それでも友達になることを諦めていないのだから、オレは5人衆を尊敬している。はやてやなのはと意味は異なるが、それも立派な才覚の一つだろう。

 

「まあ、少々気になっただけだ。つまらん話をして悪かったな」

「ううん、そんなことないよ! ミコトちゃんとお話するの、とっても楽しいよ!」

 

 こんな話でも、なのはは満面の笑みでそう言ってくれる。きっと彼女と話す相手も、彼女が言ったように思っていることだろう。

 だからオレも「そうか」と言って、口元に小さく笑みを浮かべる。上手く笑えているといいのだが。

 

「なになにー、コイバナー?」

「違う。いい高校生が小学生の話を邪推するな」

 

 本日バイトに入っている美由希の同級生が、誘蛾灯に引き寄せられる羽虫のようにひらひらとやってきた。オレ達も休憩しているわけで、追い払うような真似はしない。

 

「なのはの友達が意外に少なかったなーって話。みーなさんはお姉ちゃん以外のお友達っているんですか?」

「あー、どうだろ。あたしが一番仲良いって思ってるのは美由希だけど、何処までを友達って言うかだよねー。ちなみにチーフは?」

「チーフ言うな。友達と言えるのはなのはのみだ。知人以上友達未満なら何人かいる」

「おっ! ってことはなのはちゃん、チーフの一番の親友ってことじゃん!」

「にゃはは、違いますよ。ミコトちゃんが一番仲良いのは、はやてちゃんだもんね」

「宮藤、チーフ言うな。はやてはカテゴライズとしては「相方」で一線を画しているから、友達カテゴリの中ではなのはが一番でいいんじゃないか?」

「相方って何!? チーフにまさかの恋人発覚!?」

「はやてちゃんは女の子ですよー」

「次にチーフって言ったら女言葉でしゃべる」

「ごめんなさいっ!」

 

 女子小学生に最敬礼をする女子高生の図が出来上がった。まったく、誰がチーフだ。

 宮藤(フルネームは宮藤未依菜)が大人しくなったので、しっかりと説明してやる。

 

「はやては同居人の女の子だ。ブランやシャマルと同じ、血縁関係に依らない家族だ。説明が難しい間柄だから、「相方」というフレキシブルな呼び方を採用している」

「そのはやてちゃんって子とミコトちゃんが深い関係だってことは分かったわ」

 

 どうしてそうなる。オレ達はノーマルであって、同性愛じゃないんだよ。邪推してくれるな。

 

「でも、おやすみのキスはしてるんだよね」

「なのはちゃん、その話詳しく」

「どうして君は餓えた獣に餌を与えるんだ」

「ご、ごめんなさい! つい!」

 

 オレ達の行為があくまで親愛表現であることを説明するのに5分ほど費やし、来客があったことで休憩時間は終了した。休憩のはずなのに無駄に疲れた気分である。

 

 

 

≪そういえば、友達じゃないけど、最近剛田君っていうクラスメイトの男の子がよく話しかけてくるようになったよ≫

 

 8時のなのはとの定時念話。どうにも今日の話題は「友達」縛りのようだ。はからずも、先月半ばに関わった男子の名前が飛び出してくる。

 剛田猛……むつきの思い人で、なのはに向けて報われることのない片思いをしていると思われる少年。どうやらアクションは起こし始めたようだ。

 

≪ほう。なのはがガイ以外の男子と会話するとは、それなりに興味深いな≫

≪むぅ。なのはだって、男の子とお話することぐらいあるもん。べ、別にガイ君としか話さないわけじゃないんだから≫

 

 肝心のなのはは、間違いなくガイに向けた想いを抱き始めているのだから、タイミングが悪いという他ない。彼のアクションがもう数ヶ月早ければ、また違う結果になり得ただろうに。

 とはいえ、なのはとガイの関係は、もうしばらくは現状維持だろう。当人たちが自分達の感情にまるで気付けていないのだから。

 

≪……それに、最近のガイ君、なのはにはあんまり話してくれないもん。アリサちゃんやすずかちゃんとは、前みたいに話してるのに≫

≪君にとっては平和なことじゃないのか? 変態をされていないということだろう≫

≪うん……けど、何だかもやもやするの。なのはだけ、仲間外れにされてるみたいで……≫

 

 相変わらず寂しいという感情の分からないオレには、今の彼女をどう扱えばいいのか判断出来ない。励まそうにも励ます言葉が分からない。

 だから、結局はいつも通りの言葉しか吐くことができない。それが、オレだ。

 

≪その関係性が嫌なら、働きかければいい。君の望む結果を得られるように動けばいい。そうできない事情があるわけじゃないんだろう?≫

≪……うん。ただ、どうすればいいのか、自分がどうしたいのか、分からない……のかな≫

≪分かっているか分かっていないのかすら分からない、ということか。中々に難儀な感情だ≫

 

 やはりオレに恋愛はまだ無理だろう。観測の目線すら見失うほどの感情というものを、理解することが出来ない。

 さりとて、そういうことならばオレの考えを述べさせてもらおう。

 

≪最近の君との会話から、オレは君がもっとガイと交流を取りたいと思っているように感じている。たとえ変態行為をする彼であっても、君は嫌いではないんだろう?≫

≪……うん。ガイ君のこと、嫌いじゃ、ないよ。エッチなところは自重してほしいけど≫

≪そこは同感だ。なら、そうすればいい。向こうがなのはと交流を取りたくないと思っているなら、そのときの反応で分かるだろう。それを見て、自分がどうしたいのかを判断すればいい≫

 

 岡目八目で冷静に見れば、ガイの行動の意図――親友のために身を引いていることは一目瞭然だ。行動が露骨なことから、本当はもっとなのはと触れ合いたいとも思っていることだろう。

 だからなのはが行動を起こせば、彼は必ず何かしらのアクションを返す。それをなのはが感じ取れれば、あとは早いだろう。

 なのはは少し考えたあと、オレの考えに同意した。

 

≪そうだよね。まずは、行動してみなくちゃ。ミコトちゃん、ありがとうね≫

≪オレは思ったことを言っただけだ。結果がどうなるか、保証出来るものじゃない≫

≪それでも、だよ。何もしないで友達とよそよそしくなっちゃうのは、寂しいもん≫

 

 「友達」、か。彼女は最初ガイのことを「腐れ縁の変態」としか認識出来ていなかった。それがいつの間にか、自然と「友達」と呼ぶようになっている。

 彼女がそのことに気付ければ、二人の関係は一気に進むと思うのだがな。傍から見れば完全に両想いだ。

 

≪えへへ。ミコトちゃん、大好き。ミコトちゃんがはやてちゃんとケンカしちゃったときとか、今度はなのはが相談に乗るからね≫

≪ありえん話と言いたいところだが、世の中絶対はないな。そのときは……君に頼むまでもなく、うちには頼れる家族が多かった。残念だったな≫

≪えー!? なにそれー!≫

 

 不満を言いながらも、なのはからの念話は明るい。腹を決めたら気持ちも軽くなったようだ。

 話は移ろう。男絡みの話題だったから、今度はオレの学校の男子絡みへ。

 

≪そういえばミコトちゃんって、相変わらず学校で男子との会話がないの?≫

≪最近知ったが、男子はオレ達のグループに話しかけない協定があるらしい。オレが学校で男と関わりがないのは、オレの意志と無関係だったということだな≫

≪……ぇえー。どうしてそんなことになっちゃうの?≫

≪さあな。抜け駆け禁止がどうとかってことだが、小学生が何をやっているという話だ≫

 

 恋愛なんて出来るほど精神が発達していないくせに、抜け駆けも何もあるか。もっとも、オレが話を振られても、5人衆以外の女子と同じことになるのは目に見えているのだが。

 なのはは「あー」と納得する。

 

≪ミコトちゃんとふぅちゃん、飛びぬけて可愛いもんね。そういうことになっちゃうんだ≫

≪オレにはそれがどうにも分からん。フェイトはともかくとして、オレなんぞ表情筋が死んでいる。人の好い連中はそれでも可愛いと言うのはいい加減学習したが、一般論とはとても思えん≫

≪無表情でもそうなっちゃうぐらい可愛いってことだよ。ミコトちゃんは当事者だから分からないかもだけど≫

 

 そうだな。もし分かってしまったら、オレはナルシストということになる。あいにくと、そんな性癖はない。

 

≪でも、それじゃ男の子と話す機会って、ガイ君ぐらいしかないね≫

≪そうだな。思い返してみれば、ユーノやガイは、久々に会話をした同年代の男子だったのかもしれない≫

 

 4月、ブランの元となったジュエルシードを回収したときのことを思い出した。……あのときはユーノのことを小動物と思っていたが、実は人間で、今はオレに好意を持っているんだよな。

 男との関わりが薄いオレが、久々に関わった同年代の男。そういう意味では、ユーノも十分「特別」なのかもな。

 なのはが念話越しで疑問の空気を醸し出す。相変わらず器用だな。

 

≪クロノ君は?≫

≪彼を同年代というのは失礼だろう。あれで、オレ達より6歳年上だ。こっちで言えば中学三年生だぞ≫

≪あ……そっか。なんか、ミコトちゃんが対等にしてたから、すっかり忘れてたの≫

 

 中々不憫な扱いである。あの低身長も手伝っているんだろうな。男で14歳で140cm弱……あきらの方が大きいぞ。オレも125cm弱しかないので、あまり人のことは言えないが。

 だが、彼はあれで時空管理局の執務官という重要な役職に収まっている。言ってみれば、単独行動が可能な指揮官なのだ。非常に優秀な人物であることに疑いはない。

 そんな彼をオレは全く敬わず、完全に対等なものとして接していたわけだ。風評被害の温床となったかもしれない。

 だが……。

 

≪なんというか、彼はとても話しやすかった。男版はやて、は言い過ぎだろうが、それに近しい何かがあったような気がする。多分、そのせいだろうな≫

≪そうなの? なのはとしゃべるときは、何だかかたいしゃべり方だった気がするんだけど……≫

≪オレのときも変わらないぞ。そういう表面的な話ではなく、こちらの言いたいことを拾って、上手く返してくれるというか。そういうところがやりやすかったんだ≫

 

 ああ、そういうことか。彼は、なのは並の才覚を持った者が、さらに6年分の人生経験を積んだところにいる人物なのだ。だから、はやてほどではなくとも、上手く会話を運んでくれたのか。

 納得する。そして、同時に思うこともあった。

 

≪……彼が管理局の人間でなければ、プライベートでの付き合いも持てただろうに≫

 

 彼ならばきっと、「男友達」と呼べるだけの存在になり得ただろうという事実だ。それは、彼が管理世界、その中央たる管理局に属する人間であるという事実により打ち消される。

 惜しい。彼を「クロノ・ハラオウン」ではなく「ハラオウン執務官」としか呼べないことが。なのはのときのような愛おしさは感じないが、機会損失による勿体なさを感じてしまう。

 なのはが驚いたように「え?」という念話を返してきた。

 

≪え? え?? も、もしかしてミコトちゃん、クロノ君のこと……≫

≪先に行っておくが、気になっているわけではないぞ。波長が合う人間というのは、男女問わず貴重なものだ。特にオレのような偏屈にはな。それが交わることのない場所にいるというのが、勿体ないだけだ≫

≪そ、そうなんだ。びっくりしちゃった、ユーノ君が戻ってくる前に決着がついちゃったのかと……≫

 

 それについては、どうなるか分からんが……現状のままなら彼の勝率は低いだろうな。そもそも勝負にならないというやつだ。オレに「異性」が分かってないんだから。

 同様に、「異性」が分かっていないオレにハラオウン執務官を意識することなど出来るわけがない。それ以前の問題なのだ。

 

≪現状オレの一番近くにいる異性は、エール、もやしアーミー、ザフィーラの三人だ。これで異性を感じろというのが無理な話だろう≫

≪あ、あはは……人間がいないの≫

 

 オレが異性を意識出来る日は、まだ遠い。

 

 

 

 

 

 その後、はやてとフェイトと風呂に入り――はやてとはいつも一緒だが、もう一人は毎日違う。今日はフェイトだった――髪の手入れをして、歯磨きをして就寝。

 

「……ふぅ」

「なんやミコちゃん、ため息なんかついて」

 

 ベッドにもぐりこんだら一心地ついたため、思わずため息が漏れてしまった。はやては気になったようだ。

 

「なんというか……いつの間にか、周りに人が多くなっていると思ってな」

 

 相変わらず友達はなのは一人だし、まともにコミュニケーションを取れるのは学校だと5人衆ぐらいのものだが、それでも取り巻く環境は変わっていく。

 二年前まで、オレは一人だった。今はそれが嘘のように賑やかだ。あのときのオレは、こんな未来を想像だにしていなかった。必要ともしていなかった。

 だが……今のオレは、失いたくないと思っている。この賑やかさは、時に鬱陶しく感じることもあるが……それでも、暖かい。

 

「一番驚いているのは、オレ自身の変化だな。オレは……弱くなったのかな」

 

 以前に比べて、失いたくないものが増えた。はやても、フェイトとアリシア、ソワレも、召喚体の皆もヴォルケンリッターも。5人衆も、聖祥三人娘も、高町家の人々も。おまけで変態も。他にも色々だ。

 失いたくないということは、失うリスクを背負うということだ。そこを突かれたら、間違いなくオレの弱点となる。必要とあらば切り捨てるが、出来ることなら切り捨てたくはない。

 そんな風に思うようになったオレは、以前よりも弱くなってしまったかもしれない。

 だが、はやては首を横に振る。

 

「ミコちゃんは、強くなったよ。色んなことを知って、色んな感情を知って、人として、強くなったよ」

「……そう、かな」

「そうや。ずっと近くで見てきたわたしが言うんや。間違いあらへん」

 

 そうか。それは、何よりも信用できるな。オレの自己分析よりも。

 

「二年前のミコちゃんは、確かに弱くなかったかもしれへん。けど、強くもなかった。だって一人なんやもん。強いも弱いもあるかいな」

「……そりゃそうだ」

 

 結局は、これも関係性の中で生まれる話。関係性がないなら、強弱という話は無意味だ。比較するものがないのに、強さ弱さを語ってどうするという話だ。

 だからオレは、強さを得て……弱さを得たのか。

 

「ミコちゃんは、人と会話できるようになった。あきらちゃん達以外とはまだまだやけど、それでも出落ちはしなくなった。それって、物凄いことやん」

 

 普通の子供達が当たり前に出来ることが出来なかったオレが、少しは出来るようになった。それは、誇ることが出来る進化なのかもしれない。……まだまだ精進すべきではあるけれど。

 

「ミコちゃんは、ママになれた。こんなんわたしらの歳じゃ普通はできへんで。それが出来たってことは、ミコちゃんはとってもおっきくて暖かいってことやん」

 

 冷たい心しか持たなかったオレが、娘達に愛情を向けられる。それは間違いなく、オレがこの二年で得た一番大きなものだ。それをくれたのは……他ならぬ、はやて。

 

「わたしは最初からミコちゃんのこと大好きやったけど、変わっていく、成長していくミコちゃんを見てて、もっともっと好きになってる。だから、ミコちゃん。ミコちゃんの強さも弱さも、わたしは大好きや」

「……うん。ありがとう、はやて。落ち着いた」

「ん、そか」

 

 はやてと出会えた偶然の奇跡は、オレの人生で最大の幸運だったんだろう。この先、これ以上の幸運に出会える自信はない。

 だからオレは、彼女の存在をかみしめる。これまでも、これからも。

 

「オレも。はやてのことが大好きだ。これからも、ずっと、ずっと」

「……ありがとう、ミコちゃん。ほんとに、ほんとに大好きや」

 

 どちらからともなく口づけをし、長く長く思いを交わす。

 ――そしていつの間にか、そのまま眠りについていた。

 

 翌朝目を覚ますと、オレははやてとキスをしていた。

 ……一晩中キスしたままだったのか、それとも寝相でそうなったのか。どっちにしろ、無意識でもお互いを求めてるような気がして、ちょっと恥ずかしかった。

 まあ、いっか。




ス ー パ ー 百 合 タ イ ム 。今回男はザフィーラしか出てません。モブ男すら出てこない始末。
女同士だから男が話題になるという高度な会話トリックです(大嘘) いあまあいつまでもなのはとガイを放置しておくわけにもいきませんし、ミコトとクロノの関係性も進展させなきゃいけませんからね(サブルートへの配慮)

現状でのミコトの一日。朝起きたらランダムで娘(ヴィータ含む)の誰かがベッドに乱入してるとか、寝起きドッキリ過ぎるでしょ。それを受け入れてるミコトちゃんマジミコトママ。
とりあえず、家事は楽になったようです。但し指揮の手間が発生しているため、書く側としては変わりません。これはもうどうしようもないです。

何のかんの言いながら、意外と回りの人間が多いミコトでした。

もちろん、最後の濃厚なはや×ミコがやりたかっただけです。何回かに一回はこういう話やらないと落ち着かないです。
どうでもいいことですが、二人ともキスに性的な意味はないので、舌は絡めてません。どうでもいいですね。

※追記
よく考えたら強さ弱さの話は五話で既にやってましたね。やっちまったなぁ。
作中で一年以上前のことなので、二人ともうっかりしてたってことにしてくだちい。本当にうっかりしてたのは作者なんだけどな!!

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