書き出しが遅れてしまったため、三日空いてしまいました。次は二日で投稿したいものです。
色々あってミコちゃんがのぼせてしまったので、わたし達は露天に向かうことになった。足取りのおぼつかないミコちゃんは、シグナムにお姫様抱っこされてた。
ミコちゃんは「肩さえ貸してもらえば自力で歩ける」言うてたんやけど、シグナムが「御身にもしものことがあったら」って聞かんかった。以前の刺々しさが嘘みたい。ええことや。
欲を言ったら、わたしらに接するときに主としてやなくて、普通の家族として扱ってほしいんやけど。それはおいおいやな。
「お、皆もこっち来たんだ。……って、ミコトはどうしたんだい?」
「……聞くな」
「あぅ……ごめんなさい……」
露天風呂は屋内よりも低めの温度設定になってる。風も通るし、のぼせた体を冷ます(と言っても、今は夏やからそこまで冷めへんけど)にはちょうどいい。
先にこっちに来とったアルフとブランと合流し、ぬるめの湯にまったりつかる。わたしもシャマルから湯の中に下ろしてもらって、ミコちゃんの隣に座った。
ちょっと悪戯心が湧いて、ミコちゃんの綺麗なうなじにフゥッと息を吹きかける。さっきの件で敏感になっているミコちゃんは、ビクンと震えてうずくまった。
「なはは、すごい反応やな」
「……そういうことはやめてくれ。まだ動ける程度に回復しただけなんだ」
「ほんとに何があったんだい?」
「実はふぅちゃんが……」
その場にいなかったアルフとブランに、シャマルが説明を始めた。やらかしたふぅちゃんはというと、ヴィータからお叱りを受けてる。
「ったく。フェイトは一応8歳なんだろ? あんな赤ちゃんみたいなこと、しちゃダメだろ」
「うぅ、分かってたんだけどぉ……」
わたしも、ソワレがミコちゃんのおっぱい吸ってるところを、ふぅちゃんが羨ましそうに見てるのは気付いとったけど、まさか本当に実行に移すとは思わんかった。
しかもソワレでそれなりに慣れてるはずのミコちゃんをあそこまでよがらせるとは。さすがミッド人、遺伝子に刻まれた舌テクは侮れんわ。
それにしても……さっきのミコちゃんは可愛かったなぁ。思い出したらニヤけてしまいそうや。
声を出さないように口を押さえて、切なそうにトロンとした顔で涙を浮かべて……ああ、たまらん!
「わたしもミコちゃんにあんな顔させたいわー」
「本当にやめてくれ。あんなことを頻繁にされたんじゃ、体がもたん……」
「主はやて、主ミコトのお体に障るようなことは御自重ください」
「シグナム、呼び方ー」
「……はっ!? しまった!」
しまったも何も、さっきからずっと主付けて呼んどるやないか。本気で気付いてなかったんか。
そんな聞き分けのない子は、こうや!
「ひゃあ!? あ、主はやて!? おやめくださいっ!」
「「はやて」やでー。ちゃんと呼ぶまで、やめたらん」
ミコちゃんの隣のシグナムにとびかかり、その豊かな胸部を両手に掴む。大きさはシャマルの方が上なんやけど、シグナムのおっぱいは「凄み」があるんよね。
シグナムの抗議を無視して、大きな双丘を優しく丁寧に形を変える。わたしにはふぅちゃんみたいなテクはないから、気持ちでカバーや。
「あるじー!?」と相変わらずなシグナムのおっぱいを揉み揉みしながら、チラリとミコちゃんの方を見る。彼女は、シグナムの豊かな母性の象徴と自身の未成熟な希望を交互に見ながら、ちょっと肩を落とした。
……ミコちゃん、可愛すぎやでぇ! いじらしすぎやろ! 大丈夫、ミコちゃんのおっぱいはわたしが育てたる! シャマルにも負けん立派なおっぱいに育てたるっ!
心の中で一大決心をしていると、わたしの後ろから手が伸びて来て、シグナムからわたしを離した。ブランだった。
「無限ループになりそうですし、このぐらいにしておきましょう。大丈夫ですか、シグナムさん」
「あ、ああ。助かった、ブラン。ありがとう」
「もー、どうして止めるんよー。まだ主呼びのままやったのに」
「シグナムさんはまだ、自分の中で納得できる理由を見つけられていないんですよ。それなのに無理に呼ばせてしまったら、可哀そうでしょう?」
生み出された当初はバカ丁寧にしかしゃべれなかったブランがここまで成長しとるとは……。なんや、感慨深いものがあるなぁ。
しゃーない。今日のところは、ブランの成長に免じて許してやろうやないか。
「せやけど、いつかはちゃんと名前呼び出来るようになるんやで? いつまでも主呼びしか出来んと、困る場面もあるかもしれんし」
「大丈夫ですよ、シグナムさん。わたしも最初、皆さんを様付けで呼んでましたけど、今じゃこの通りですから」
「……分かりました、主はやて。ブランを参考に、努力致します」
うん、その意気や。
「想像出来ねえなー。ブランって丁寧だけど、物腰柔らかだろ。本当にそんな固いしゃべり方だったのか?」
ヴィータはふぅちゃんへのお叱りを終わらせたみたいだ。お叱り言うても、ミコちゃんみたいな教訓染みたことは言うとらんかったけど。お姉ちゃんぶりたかっただけやろうな。
ソワレは、ミコちゃんではなくわたしのところに来た。今はミコちゃんを休ませたらなあかんからな。
わたしらの愛娘を背中から抱きしめながら、ヴィータの疑問に答える。
「せやでー。丁寧語も今よりずっと固くて、会う人皆様付けや。それやと過ごしにくいから、わたしがみっちり教えて直させたんや」
「へー、そうなんだ。あたしが会ったときには、もうそんなことなかったけど」
「うん。海鳴温泉のときは、もう今のブランだったよね」
「ソワレがうまれたときも、こうだった」
「ブランを生み出して3日後ぐらいの話だ。この中だと、あの頃を知っているのはオレとはやてを除けば、なのはだけだな」
「考えてみると、意外と短い間だったんだね。……ブランさんを紹介されたときは、驚きすぎて驚けなかったの」
そんなこともあったなー。ほんの3、4ヶ月前のことなのに、もうずっと昔のことみたいに思えるわ。それだけ毎日が充実してるってことやな。
……思えば、あの頃に比べて、わたし達の家族は本当に増えた。召喚体、元テスタロッサ家、ヴォルケンリッター。2人だけだったのが、今じゃ10人と2匹や。
ガイ君の話やと、「作品の世界線」のわたしはヴォルケンリッターが現れるまでたった一人で生活してたらしい。学校にも行かず、グレアムおじさんの文通と、主治医の石田先生だけが話し相手。
そんなん性格ひん曲がるに決まっとるわ。今のわたしやったら、絶対耐えられへん。そもそもミコちゃんがいない世界とか考えられへんわ。
あくまであれは「作品」の話やから、現実のわたしと比べるのはナンセンスなんやろうけど、頑固な印象を受けたのは間違いじゃないだろう。なのちゃん……ちゃうな。「なのは」ちゃんと「フェイト」ちゃんもそうや。
「作品」故の都合なんやろう。「魔法少女物の作品」だから、魔法に関わり続ける必然性が必要や。そのための、頑固な性格。魔法で戦い続けるための、悲しい宿命。そんなんわたしは御免やな。
そしてこの世界は、件の世界に近似的であって……わたしがミコちゃんに出会えた時点で、全くの別物なんやろう。なのちゃんも「なのは」ちゃんとはちゃうし、ふぅちゃんも「フェイト」ちゃんとは違う。
だからわたしも、「はやて」とは違う。わたしはミコちゃんの「相方」や。なのちゃんの友達で、ふぅちゃんの家族や。ソワレのママや。他にもたくさんの繋がりを持っている。
たくさんの家族と、たくさんの友達に囲まれて、大好きな「相方」と一緒に未来を目指すわたし。そんな自分が、今は大好きや。
まあ、そんなもんは今更っちゅうかなんちゅうか、ただの確認やな。
「ソワレはまだまだ甘えんぼさんでええんやでー」
「……うん。はやてママのだっこ、やっぱりすき」
「あらあら。ソワレちゃん取られちゃったわね、ミコトママ」
「今は助かる。正直、風が吹くだけで痙攣をぶり返しそうだ」
「フェイト……どんだけ派手にやらかしたんだい?」
「うぅぅ、何であんなことしちゃったんだろう……」
今はただ、大好きな皆と一緒に、和気藹々とした時間を過ごした。
ようやくミコちゃんの体が落ち着く頃、露天の戸が開き大小のコンビがやってきた。
「あ、みんなここにいたんだー」
「やっほー。お邪魔するわね」
シアちゃんと忍さん。そういえばなのちゃんが、意気投合して電気風呂行った言うてたな。あとでわたしらも試そか、電気風呂。
二人とも体が真っ赤っかで、サウナに入って水風呂に入ってを繰り返してたそうな。で、わたしらと同じように、ぬるめのお風呂でまったりしにきたってわけや。
「なんや、不思議な組み合わせやな。リッター除けば最年少と最年長やん」
「そうね。けど、シアちゃんは話が合うから楽しいわよ。ねー、シアちゃん」
「そうだねー。しーのん、はるかちゃんなみに分かってくれるから、じゃんじゃんアイデアわいてくるよー」
シアちゃんってば、忍さんのことあだ名で呼んでんのかい。ほんまに仲良くなったなぁ。
そして、なるほどなるほど。そういえば忍さんは機械いじりが得意やったな。デバイス絡みで話が合ったみたいや。
「はるかちゃんともあまり接点がなかったけど、こうなったら一度三人でじっくりお話したいわね」
「めざすはリンカーコアなしでつかえるデバイスだよー!」
「あはは……産業革命が起きそう」
「革命を起こすのはいいが、管理世界のしがらみを呼び込んでくれるなよ、まったく」
テンション上げ上げの二人に、ふぅちゃんは苦笑、ミコちゃんは呆れ。けど、もしそれが完成したら、あきらちゃん達と一緒に空を飛ぶことが出来るかもしれない。
夢のある話や。わたしは、三人の夢を応援するで。もちろん厄介事はなしの方向で。
「そういうわけでー……そろそろレヴァンティン見せてよー、シグナムー」
「断る。如何に賢くとも、子供が触るようなものではない。この間クラールヴィントも見せてもらっていただろう。それで我慢しろ」
「だってー。ほじょ用だからハデさがなかったんだもーん」
『...』
「だ、大丈夫よクラールヴィント! 派手さがなくても、あなたはとても頼りになる子だから!」
指輪型の待機形態となっているクラールヴィントが、宝玉部分を力なく明滅させた。なんか前もヴィータとアイゼンが同じようなことやっとったなぁ。
せやけど、あのときと違ってシグナムもシアちゃんとは完全に打ち解けとるし、頑なに断る必要もないと思うんやけどなぁ。一応刃物やから、シアちゃんの心配しとんのかな?
「子供ってことが理由で触らせないなら、大人のわたしが見てればいいかしら?」
忍さんからシアちゃんへの援護。さすがにあまり会話をしたことのない忍さんへは、シグナムも顔をしかめた。
「私の剣は、主を守るための剣だ。いつ何時不測の事態が起こっても対処できるよう、手放すわけにはいかん」
「忠心は感心だけど、それが原因で不測の事態が起きたら元も子もないわよ」
「何?」とシグナムは眉をひそめる。どうやらシアちゃんがレヴァンティンを見せてほしいというのは、ただの興味本位ではないらしい。
「シグナム、さいごにレヴァンティンのメンテナンスしたのって、いつ?」
「……少なくとも、今回召喚されてからは一度も行っていない。だが、メンテナンスが必要なほどは使っていないぞ」
「そうかもしれないけど、今後月イチで蒐集を行っていくなら、問題がないうちに見ておくべきだと思うわよ。デバイスがどういうものかはまだ把握しきれてないけど、故障しないわけではないんでしょう?」
「だが、それならばシャマルに見せれば……」
「あ、わたし今後はシアちゃんに見てもらうことにしたの。この子凄いわよ。魔力はないけど、デバイスマイスターの才能はピカイチね」
唖然として黙るシグナム。ちなみにバルディッシュとグラーフアイゼンもシアちゃんが見てるらしい。ふぅちゃんもヴィータも、シアちゃんとは一緒の部屋やから、見せやすいんやろうな。
置いてけぼりを喰らったなのちゃんは「れ、レイジングハートも見てくれる!?」と焦り気味やった。こっちは忍さんがシアちゃんから教わりながら見てくれることになった。
ふふん、と小さな胸を張るシアちゃん。シグナム以外のデバイス持ちリッターが認めているため、シグナムも断る明確な理由がなくなってしまい、たじろいで呻いた。
そんなときは、ミコちゃんからの鶴の一声や。
「見せてやれ、シグナム。忍氏の言葉は正しい。常にメンテナンスを受けられる環境にあるなら、それを最大限使用するのが最良の選択だ。不測の事態が起きる可能性が少ないに越したことはない」
「あ、主……。主ミコトがそうおっしゃるなら……」
「但し、メンテナンスを行うのはアリシア、忍氏、はるかが揃っているときだ。レヴァンティンはアームドデバイスの中でも特に武器としての性能が高い。アリシアに触らせるのは危ないというシグナムの認識も正しい」
「うん、いいよ。あぶないのはわかってるもん。しーのんとはるかちゃんがついてくれるなら、心づよいし」
まとまったみたいや。さすがのリーダーっぷりやで、ミコちゃん。惚れ直すわー。
――もしわたしが魔法の勉強をして使えるようになったら、多分単純な「力」だけで言えば、ミコちゃんよりもずっと強くなれるだろう。少なくとも魔力だけはアホみたいにあるらしいからな。
けど、わたしはきっとミコちゃんより「強く」はなれないだろう。ミコちゃんみたく、ブレずにいられないだろう。それはどんなに魔力を持っていても出来るとは限らないことだ。
ミコちゃんは心が強い……というわけではない。ミコちゃんの心は普通とは「違う」だけで、はっきり言ってふぅちゃんよりも幼い。知ってる感情が少なすぎる。それでは強い心とは呼べへんやろう。
じゃあ何がそんなに強いのか。グレアムおじさんが言ってた「カリスマ性」って言葉で片付けてもいいんやけど……わたしは「求める力」やと思ってる。
求めた結果を、何がなんでも実現する力。思うだけでなく、必要なものを正しく理解して、実際に行動して、描いたものを現実に写し出す力。そういう、とても基本的な力だ。
誰もが当たり前に持っている力を、人一倍強く持っているだけ。その結果が、皆にリーダーと認められ、ヴォルケンリッターにもう一人の主と認められ、時空管理局のえらいさんに協力者として認められた。
誰にでも出来得ることだけど、誰でも出来るわけじゃないこと。それがミコちゃんの、誰にも負けない強さなんやと思う。わたしが勝手に思ってるだけやから、ひょっとしたら違うかもわからんけど。
だからわたしはミコちゃんを大好きになった……ちゃうな。だからもっと大好きになるんや。わたしがミコちゃんを大好きなことに、こんな理由は関係ない。
ただ、大好きなんや。プラスして、もっと大好きになるんや。そういうことやん。
「? いきなり抱き着いてきて、どうしたんだ、はやて」
「んー。わたしのお嫁さんがかっこよくて、ギュッてしたくなったんや」
「……また懐かしいフレーズを拾ってきたものだ。少し、二年前を思い出したよ」
そういえば、最近はあまり言うてへんかったなぁ。ミコちゃんのことを「お嫁さん」て。最後に言ったのは……たしかソワレが生まれて間もないぐらいかー。ユーノ君のこともあるしなぁ。
大好きなミコちゃんの花嫁姿は見てみたいと思うけど……その隣にあの金髪フェレットもどきがおるんは、ちょっと想像できへんなぁ。
「やっぱミコちゃんの旦那さんはわたししかおらんなぁ」
「お互い行き遅れてしまったときは、それもまた選択肢かもしれないな。もっとも、はやてが旦那というのはイメージが合わないと思うが」
「そんなら、両方お嫁さんやね。お得な感じするやん」
「……はあ。また勘違いされるような会話を。二人が同性愛疑惑を持たれるのって、割と自業自得ですよ?」
ブランが苦笑交じりにため息をついた。見れば、ブランとソワレとシアちゃん、それから忍さんを除いた全員が、顔を赤くして視線を逸らしていた。
なははと笑い、頭をかく。……ミコちゃんとやったら、それもまたあり、かもな。
ま、今のところはそんなことないけど。ほんとやで?
ヴィータとシグナムとアルフはサウナに向かった。シアちゃんの話を聞いて行きたくなったみたいや。シグナムは、ミコちゃんに「ヴィータを見てやれ」って言われてやけど。
わたしもサウナは入ってみたいけど、自分で動かれへんから厳しいやろな。今日はちょっと無理かも分からん。……足が動くようになったら、やな。
露天も気持ちええし、ここでも十分満足できる。わたしは、あとは電気風呂とジャグジーに入れればええかなと思ってる。
「あ、そーそー。ここでトリビアなんやけど、ジャグジーって日本語訛りなんやて。ほんとはジャクージいうらしいで」
「君はまた何処からそういう知識を得てくるんだ。……本か、そうか」
さすがわたしの「相方」、よう分かっとるわ。
なんて他愛もない雑談をしていると、ミステール、それからアリサちゃんとすずかちゃんがやってきた。皆よう露天に来るなぁ。
「何こんなとこでまったりしてんのよ。ちゃんとお風呂楽しんでる?」
「休憩中だ。入浴にも体力を使う。水分補給は怠るなよ、アリサ」
……んん? ミコちゃん、今アリサちゃんのこと名前で呼んだな。いつの間に。
「いい加減「アリサ・バニングス」という海外名をフルネームで呼ぶのが面倒になってきてな」
「庶民のこいつには、あたしの高貴な名前を発音するのが難しいんだから、仕方なく譲歩してやったのよ」
「あはは。仲良う出来とるんなら、ええことやろ」
わたしのときとはちょっと違うけど、ノーガードで言葉の殴り合いが出来とる。アリサちゃんも、それだけミコちゃんを受け止められたってことやな。自分のことのように嬉しいわ。
……せやけどすずかちゃんは、変化なしみたいやな。羨ましそうな目でアリサちゃんを見とる。わたしから見ても、アリサちゃんの成長は目覚ましかったけど、すずかちゃんは足踏みしとる感じやったしな。
すずかちゃんは、何と言ったらいいか。わたしらに対してだけでなく、アリサちゃんやなのちゃんに対しても、一歩下がって線を引いとる感じがする。客観的に見とるっちゅうのとはまた違う感じで。
多分、何かを抱えてるんやろうとは思う。けどすずかちゃんが触れて欲しくないみたいやから、わたしらも、アリサちゃん達も、一線は越えない。……なのちゃんは分かっとらんだけかもやけど。
そしてすずかちゃんはそこから動けていないから、ミコちゃんからの扱いが一切変化してない。相変わらず、真っ先に切り捨てられる位置付けや。忍さんも同じように。
……ちょっとシャマルに手伝うてもろて、わたしとすずかちゃんを少しだけ皆から離れた位置に置いてもらう。これで、小声で話せばわたしらの会話は聞こえんやろ。
「どうしたの、はやてちゃん。……はやてちゃんと一対一で話すって、実はあんまりないね」
「せやね。わたしは足がこんなんやから、必ず誰かがいてくれとったからなぁ」
シャマルは、用が終わったら呼ぶということで、一旦皆のところに戻ってもらった。賑やかに、楽しそうに会話する他の皆。忍さんだけは、ちょっとこっちを気にしとるみたいや。
多分、この光景は、普段すずかちゃんが見とる視点なんやと思う。皆から一線を引いて離れ、そこから眺める景色。……こんなん、寂しいわ。
ごちゃごちゃ言わんで、単刀直入に切り出すことにした。
「皆のこと、羨ましい?」
「っ。……うん。わたしも、心からあの輪の中に入れたら、きっと楽しいんだろうなって」
すずかちゃんも分かっとるやろう。わたしやミコちゃんが察していることを。だから、一瞬戸惑いながら、素直な胸中をさらけ出す。
「そしたら、あの中に入るための努力をせなな。すずかちゃん、出来とるか?」
「……わかんない、かな。わたしなりに努力してるつもりだけど……何も結果は出てないし、ね」
せやな。わたしらが翠屋で出会ってから結構経つけど、すずかちゃんだけが相変わらずや。変わらないって素晴らしいことやけど、すずかちゃんが変わりたがってるならそれじゃダメや。
「つもりじゃあかん。胸を張って「努力してます」って言えるぐらいでなきゃ。アリサちゃんはそうやったやろ?」
「うん。本当に……凄い子なんだよ、アリサちゃんって。わたしとは違って」
うーん。すずかちゃんもミコちゃんと同じで、自己評価が低いなぁ。……いや、そうやないな、これは。ネガティブなだけや。ミコちゃんとは全然違う。
自己評価が低いだけならまだええけど、ネガティブだけはあかんで、すずかちゃん。
「そうやって自分を卑下したら、いつかほんとにそうなってまうで。強気なところは、アリサちゃんを見習わな」
「……そうだね。わたしって……一年のときから、無成長なのかも」
ああもう、この子は。暗い顔をするすずかちゃんのほっぺを掴み、ムニムニ動かす。
「ひゃ、ひゃやへひゃん?」
「黙って聞きぃ。わたしは二年前のすずかちゃんは知らんから、そのときから成長してるかどうかなんて知らん。そらしゃーないわな」
わたしらは、ほんの3、4ヶ月前に出会ったばかりなのだから。お互い、これから知っていく段階や。
過去のことを軽く見るつもりはないけど、それでもとらわれてばかりもあかん。問題は、これからどうするかなんやから。
「置いてけぼりは、嫌なんやろ?」
「……うん」
「ネガネガしとったら、ほんとに置いてけぼりにされてまうで。人って、残酷な生き物やから」
人間にとって一番大事なものは何かと言ったら、どうしたって自分自身や。自分というものが、その人の全ての基準の根っこの部分なんやから。
だから、たとえ相手が大事な人であったとしても、優先順位の上位には自分が来る。どんな綺麗事を並べたところで、それは変えようのない現実や。
なのちゃんにしろアリサちゃんにしろ、前に進む意志は強い。たとえ親友のすずかちゃんが後ろ向きに歩き始めたとしても、彼女達は前を見続けるだろう。一緒に堕ちてはくれない。
だから……一人が寂しいなら、一緒にいる努力を怠ってはいけない。わたしは、そうして皆と一緒にいられる時間を得たんや。
「合わせろってことやない。自分のやりたいことを我慢しない、そういう勇気の話や」
「……我慢しない、勇気」
「自分から行動せんでもええよ。けど、ちゃんと自分の意志は伝えなあかん。好きなことは好き、嫌なことは嫌って、はっきり言葉にせな」
友達だから否定しないってのは、違う。友達だからって、合わない部分はある。「相方」であるわたしとミコちゃんにしたってそうや。
ミコちゃんは、わたしのために自分を切り捨てることがある。わたしはそんなんしてほしくない。けど、ミコちゃんはそうしてしまう。自分がそうしたいから。
お互い、そういう意志は伝え合っている。だからミコちゃんは出来る限り自分も大事にするし、わたしもそのときが来たら耐える心構えをしている。
大事な人だからこそ、たとえ相手の考えを否定するようなことだったとしても、はっきり伝える。それが、今のすずかちゃんに最も足りてないものや。
「すずかちゃん、なのちゃんやアリサちゃんの言うことで、納得いかないことってあるやろ。そういうとき、すずかちゃんはどうしてる?」
「……我慢、しちゃうね」
「「これを言ったら嫌われてしまうかもしれない」って思うんやろな。けど、あえて言わせてもらうで。それは二人に対する最大の侮辱や」
強い言葉に、すずかちゃんの目が驚きで大きく見開かれた。それは同時に、気付いたという意味でもあるんやろう。
だってそれは、親友やって言うてる相手に疑ってかかってるってことや。信じてるくせに信じてないんや。あの二人を過小評価してるってことや。
アリサちゃんあたりやと「ふざけんじゃないわよ!」って言いそう。なのちゃんは、黙って悲しそうな顔をするやろな。どっちもすずかちゃんが望む結果ではない。
「自分の勇気のなさを、誰かのせいにしたらあかん。親友を言い訳にしたらあかん。こう考えたら……すずかちゃんも、前に進む気になるやろ?」
「……うんっ。ほんとうに、そうだよね……っ」
ちょっと目に涙が浮かんでるすずかちゃん。泣かしてもうたか。そこまでする気はなかったんやけど。
よしよしと頭を撫でる。泣き笑いで、はにかんだ表情を浮かべるすずかちゃん。可愛いなぁ。さすがは聖祥三大美少女(ガイ君談)の一人やで。ミコちゃんには敵わへんけどな!
「わたしから言えるのはこのぐらいや。お節介焼いてしもうて、ごめんな?」
「……ううん。凄く嬉しかった。はやてちゃんが、わたしのことを考えてくれて。本当だよ」
「そかー。そんなら一安心や。落ち着いたら皆のところに戻ろか」
「うんっ」
顔を見合わせ、ニッコリ笑う。そうしてから、すずかちゃんは微笑み、言った。
「……はやてちゃんって、お母さんみたいだね。ミコトちゃんはママだけど、はやてちゃんはお母さん。お似合いの二人だね」
「なはは、そら嬉しいわ。……ま、ミコちゃんの「相方」やっとるからには、このぐらいはな」
わたしかて、前に進む努力は怠っとらんのやで。ミコちゃんと一緒の未来を手に入れるために、な。
すずかちゃんがちょっと泣いてたのは見られてたので、「涙活」なるデトックスがあるというトリビアを披露していると。
「……む。男連中も、男湯の露天に集まっているそうだ」
ミコちゃんから通知があった。ミステールの念話共有を使って確認したみたいやな。リンカーコアがなくても出来るから、ほんとミステールの念話は便利やで。
その発言に真っ先に食いついたのは、なのちゃん。
「ほんと!? なら、今度こそガイ君と一緒のお風呂に入ってくるの!」
「やめておけ。また暴走して追い返されるオチが見えている。それでなくとも、恭也さんから「なのはを男湯には来させるな」と言われているんだ」
ありゃりゃ。なのちゃんは一回男湯で騒ぎを起こしとったみたいや。ミコちゃんの指示には逆らえず、シュンとなるなのちゃん。
わたしも、なのちゃんがガイ君にコクる以前から、実はなのちゃんってガイ君のこと好きなんちゃう?とは思ってたけど、ここまでだったとは予想してなかった。結構お似合いやと思うよ。
ガイ君もなのちゃんは好きなはずやから、相思相愛。なんでこれでお付き合いしてへんのかと思うけど、多分ガイ君の方が「お付き合いするまでの期間」を楽しみたいだけやと思ってる。ハーレム思想はただの口実やな。
ミコちゃんもよう言うとるけど、彼をそれなりに知ってる人間なら、本当にガイ君がハーレム目指してるとは思うてへんやろう。変態なだけで、実は常識人なんよな。
……うーん。これは通るかどうか、賭けやな。
「ほんなら、ガイ君をこっちに呼ぶってのはどうや?」
「ちょっとはやて、本気で言ってるの? 相手は"あの"ガイなのよ?」
アリサちゃんは反対みたいや。まあ、日ごろの行いがアレやからなぁ。こっち方面では信用されてなくても、しゃあないやろ。
ミコちゃんは、反対寄りの中立。単純に男の子に裸(タオル巻くから半裸やけど)を見せるってことに抵抗があるみたいや。
「彼はヘタレだから、実際女湯に放り込まれたら何も出来ないとは思うがな」
「挙動不審な"盾の魔導師"殿を眺めるというのも一興じゃのう」
ミステールは賛成。ソワレは、何気にガイ君のことは気に入ってる。この子も賛成やな。
シャマルとブラン、忍さんの大人組(ブランは見た目だけやけど)は全員意見なしみたいや。子供に裸を見られるぐらい問題ないってことか。シアちゃんも、どっちでもいい感じや。
ふぅちゃんは、やっぱり恥ずかしいみたいで控えめに反対。けど、なのちゃんの希望を叶えてあげたいとは思ってるらしい。
これで賛成は、わたし、なのちゃん、ソワレ、ミステール。反対はミコちゃん、ふぅちゃん、アリサちゃん。意思を表明していないのはすずかちゃんのみ。
彼女が賛成に票を入れればガイ君を呼ぶことになるし、反対すればこの案はなし。同点なら現状維持、結果的には反対と同じことや。
すずかちゃんは、少しの間考えた。自分はどうしたいのかを考えてるんやろうな。早速動けてるみたいで、何よりや。
アリサちゃんが「反対に入れなさい!」と圧力をかけ、ミコちゃんに諌められた。これは、すずかちゃんの意志で選択しなきゃならんことや。アリサちゃんが介入していいことやない。
そして、すずかちゃんの選択は。
「賛成。ガイ君のことは嫌いじゃないし、なのちゃんの恋も応援したい。……それと、普段ハーレムハーレム言ってるガイ君が、実際にどんな行動を取るか見てみたい」
「呵呵っ。お主も中々いい性格をしておるのう、月村の妹姫」
「なぁー!?」と頭を抱えるアリサちゃんを、すずかちゃんはクスクス笑いながら見ていた。付け加えた一文が紛れもない本音やな。
ミコちゃんは諦念のため息をつき、男湯に向けて念話を送った。ふぅちゃんは、これから起こることに恥ずかしがり、顔を真っ赤に染めた。
しばし待ち、露天風呂の連絡通路の扉が開き、わけが分かっていない様子の少年が、おっかなびっくり入ってくる。
「……これマジ? ドッキリとかじゃなくて?」
潔く男湯に吶喊したというなのちゃんとは対照的な自称ハーレム王の様子に、おかしくて笑う。喜色に満ちたなのちゃんが、ガイ君を連れてくるために走り寄った。
手を引っ張られてわたわたしながら、わたし達の集まってるところにつかる男の子。目は泳ぎ、なるべく女の子の裸を見ないようにしている。
そんな友人の様子を見て、反対していたアリサちゃんが呆れたため息をついた。
「ミコトの言う通りだったわね。これなら、反対するまでもなかったわ」
「……オレは、裸の男が近くにいるというだけで、気が気じゃないがな」
「わ、わたしも……。皆、恥ずかしくないの……?」
「わたしは平気かな。恥ずかしがってるのは、ミコトちゃんとふぅちゃんだけみたいだよ」
「しょーがないよ、すずかおねえちゃん。ミコトおねえちゃんとフェイトは、男の子のはだかを見なれてないんだもん」
「シアちゃんもやろ。まあ、わたしもやけど。単にミコちゃんがふぅちゃん並に恥ずかしがりなだけやで」
「……反論したいが、この状況だと反論の余地はないな。遺憾だ」
遺憾も何も、ただの事実やと思うけどな。ミコちゃんが実は恥ずかしがり屋だってこと、わたしはずっと前から知っとるんやから。
ガイ君に積極的に話しかけるなのちゃん。心ここに非ずで上ずった声で返事をするガイ君。今は二人の世界にしてあげよう。
ふと、すずかちゃんと目が合った。サムズアップで「グッジョブ!」と意思を伝えると、彼女からも同じ行動が返ってきて、二人でニッコリ笑った。
これなら、すずかちゃんが踏み出せる日もそう遠くはないかもな。
ミコちゃんとふぅちゃんは恥ずかしさに耐えられなかったようで、屋内に戻ってしまった。しょうがないので、わたしもシャマルと一緒にミコちゃん達に着いて行くことにした。
去り際になのちゃんに念話で「ほな、頑張りやー」と伝えておいた。
個人的に本日のメイン。電気風呂や。浴槽のお湯に弱い電気を流して、ビリビリを楽しむっちゅう変わったお風呂で、当たり前やけどうちのお風呂にはそんなもんはなく、わたしは今日が初体験や。
もちろんミコちゃんもふぅちゃんも経験はなく、ふぅちゃんは「電気風呂」という物々しい名前にビビッとった。
「ほ、本当に大丈夫なの、これ……」
「怖がりすぎやてー。シアちゃんと忍さんも「気持ちよかった」って言うてたやろ? へーきへーき」
「健康に害が出るようなものなら、認可されているわけがない。……とはいえ、やはり最初の抵抗感は拭えないな」
ミコちゃんは屈んで湯に手をつけて、どのぐらいの電気が流れているのかを確認している。
端の方には電気が流れていないようで、ある程度手を奥に進めたところで、バッと手を引いた。突っ込んでた左手を見て、握ったり開いたりする。
「思ったよりも刺激が強いが、ゆっくり慣らせば平気だろう。ただ、素早く移動できないはやてが入浴するのはあまり勧められないな」
「えー。大丈夫やて。シャマルに抱えてもろて、辛くなったら出してもらうから」
せっかく普段は入れないお風呂なんや。わたしかて入りたいわ。心配してくれるんは嬉しいけど、心配し過ぎもよくないで。
ミコちゃんは「むぅ」と唸ったけど、シャマルが援護してくれた。
「ちゃんとわたしが見ておきますから。魔法でバイタルも確認するから、はやてちゃんにも楽しませてあげましょう?」
「……そうだな。はやてにも、楽しんでもらいたい。ちゃんと見てやってくれよ、シャマル」
「任せてください、リーダー」
もはや日常生活でまでリーダー扱いされとるミコちゃん。諦めの嘆息とともに、チャプンと音を立ててお湯につかる。ふぅちゃんはまだビビッてるみたいで、涙目でミコちゃんを止めようとしてた。
段差の部分に腰掛け、足を電極の間に伸ばす。見た目には分からんけど、今ミコちゃんの足には微弱な電気が流れてビリビリしとるんやろう。
そうやって慣らした後、ミコちゃんはゆっくりと体を電極の間に持ってった。マッサージ効果で緩んでいるのか、それとも電流の痛みに耐えているのか、非常に微妙な表情だ。
「なるほど、悪くない。大丈夫だ、フェイトも怖がらないで入って来い」
「う……うん」
なおも躊躇いがあったようやけど、ミコちゃんが入ったことでふぅちゃんも覚悟を決めたみたいや。びくびくしながらやったけど、電気風呂の湯に足をつける。
「……ひゃっ!? び、びっくりした」
ミコちゃんがやったみたいに足を伸ばし、驚いて引っ込めるふぅちゃん。けど、それでどの程度の刺激なのかを理解したみたいで、そこからはスムーズやった。
っていうか、ふぅちゃんって電気変換資質持っとったよな? 電気風呂程度で今更ビビる必要なんてあったんやろか。可愛いからええけど。
「あぁぁぁっ……け、結構いいかもっ」
「長風呂は出来ないが、これは疲れが取れそうな気がする。あくまで気がするだけだが」
「それは言わないお約束やで、ミコちゃん。ほらシャマル、わたしらも」
「はいはい。それじゃ、失礼しまーす」
手元に小さなベルカ式魔法陣を展開したシャマルが、前二人に倣って湯につかる。彼女に抱きかかえられたわたしも、必然的に電気風呂の中へ。
足は動かんから手を伸ばして、電極の間にやる。ピリピリと痺れる感じがあって、まさに電気っ!!って感じやな。
シャマルも確認して、わたしの方を見る。「ええよ」と言うと、わたしごと電極の間に――。
「へっ?」
全身を刺激するピリピリの中、わたしは素っ頓狂な声を上げてしまった。全身を満遍なく刺激するソレは、だけどわたしにとって予想外の刺激まで与えた。
三人が何事かとわたしを見る。せやけどわたしは、構わず刺激を感じた場所に目が釘付けになって、それを感じ続けていた。
刺激のあった場所……つま先。麻痺して、感覚がなくなってしもうたはずの、最末端。そこが、本当に微弱なものやけど、確かに痛みを発していた。
「足の感覚が……、……ある?」
『えっ!?』
「っ、本当か、はやて!」
ミコちゃんが珍しく焦った表情を見せる。気持ちが逸り抑えが利かない様子の、普段では絶対に見られないミコちゃんの姿。
わたしは彼女の問いにちゃんと答えられるように、じっくり、本当にじっくり感覚を調べた。
そして……間違いなく、完璧とは程遠いけど、足全体の感覚が戻っていた。太もも、膝、脛とふくらはぎ、そして足の先まで。全部に、電気の痛みがわずかながら走っていた。
「うん。まだほんのちょっとやけど、確かに感覚が戻ってる。ずっと動かしてなかったせいで、動かせはせえへんけどっ!」
シャマルの腕の中からかっさらわれ、ミコちゃんに抱きしめられた。ミコちゃんは、痛いぐらいにわたしのことを抱きしめて、そしてわずかに震えていた。電気風呂のせいではないだろう。
「なんやミコちゃん。可愛いはやてちゃんのことが恋しくなってもうたか?」
「……バカっ。もっと、素直に喜べ」
ミコちゃんは、声まで震えていた。涙の混じった声が、わたしの胸を暖かくする。
わたしの大事な彼女の心を抱きしめるように、わたしもミコちゃんを抱き返す。柔らかく、壊れないように。
「だけど、どうして急に戻ったんだろう……」
「急にじゃないわ。多分、前回の蒐集で魔力簒奪がかなり弱まったから、わずかに感覚が戻っていたのよ。それが電気風呂の強い刺激のおかげで気付けたってことね」
なんや、感動的な割にお間抜けな話やな。そしたら結構前から感覚戻ってたってことやん。知っとったら、歩く練習も出来たのに。
わたしの横にあるミコちゃんの顔から、鼻をすする音がする。結構本格的に泣いとるなぁ。
「ミコちゃんも涙活かぁ? わたしも一緒にデトックスしたいなぁ」
「うるさいよ、バカっ! バカはやてっ」
「確かにバカやねぇ。もっと早く気付いとったら、色んなお風呂を楽しめたのになぁ」
「そうじゃなくてっ! そうじゃないんだ……っ!」
分かっとるよ、ミコちゃん。ちゃんと分かっとる。ずっと心配させてしもうたもんね。お互い不自由しとったもんね。あの日から、ミコちゃんはずっと走り続けたんやもんね。
それが今初めて、確かな形で報われて、泣くほど嬉しいんよね。わたしよりも、ずっとずっと、嬉しいんやもんね。
大丈夫。ちゃんと、分かっとるよ。
「ありがとう、ミコちゃん。本当に、ありがとう」
「……はやてぇっ!」
抱きしめられる力が増した。けど……ミコちゃんやから、全然苦しくないよ。大好きなミコちゃんを、全身で――動かなかった足でも、感じられるから。
ミコちゃんは、しばらく泣いた。シャマルとふぅちゃんが見てることも忘れて。泣き止んだミコちゃんは、そのことを思い出して、顔を真っ赤にした。
わたし達三人は、そんなミコちゃんが可愛くておかしくて、心の底から笑った。
「『はやての足よ、オレの声を聞け。この言葉を電位として、神経を伝い、力を生み、動きに変えろ』」
ミコちゃんの「グリモア」(わたし称)が発動し、わたしの足がわたしの意思でなく動く。それを、しっかりと足の神経に集中して、感覚を覚える。
しばらく屈伸運動をした後、わたしの足は動きを止める。今度は、わたし自身の意思で動かしてみる。
「ふ……ぬぅっ! け、結構しんどいな!」
「それでもまだマシな方だ。筋肉と関節が固まっていたから、本来ならそれをほぐすところから始めなきゃならない。そのステップは「コマンド」で省略出来たんだ」
「魔法を使うよりもずっと早いわ。こういうことに関しては、ミコトちゃんの"魔法"は本当に優れているのね」
「元々がはやての足を治すためのものだったからな。こっち関係は、それなりに実験を重ねている」
「本当に、はやてを治すためだけに作った"魔法"なんだね。それを凄く実感できた気がする」
長い時間をかけて、ようやく足を曲げることが出来た。力を抜くと、ずりずりずりと足が伸びていく。ふぃーと息を吐き出して、泡風呂に身を預ける。
今は場所を変えてジャグジーを使用中や。電気風呂はしっかり堪能したし、リハビリするのにピリピリした中でやるのはやりにくいしな。
麻痺が完全には解けてないってのもあるけど、やっぱり長い事動かしてなかったせいで筋力も落ちとる。歩ける可能性は出てきたけど、一筋縄ではいかんみたいや。
「完全に麻痺が解けたわけではないということは、歩けたとしてもだいぶぎこちないだろう。走ったりも出来ないだろうな。……分かってはいたが、闇の書を夜天の魔導書に直すまでは、まだまだ不自由するな」
「時間が経てば、魔力簒奪も再開しますからね……。何とか簒奪だけでも停止させる方法はないかしら」
「だが、下手に闇の書にアクセスすると、防衛プログラムによる自壊が発生するという話だ。……バグを修復するにしても、そこを何とかする方法も考えなければならんか」
「難しい問題が山積みですね……」
なんやら難しい話を始めたミコちゃんとシャマル。チームのブレイン組の職業病って感じやな。
けど、今はそんな話はやめようや。今日はお風呂を楽しみに来たんやからな。
「せやから、はよ自力で動けるようになって、せめてサウナだけでもっ!」
「……残念ながら時間切れだよ。ミステールから念話だ。男組はもう上がるらしい。なのは達も、シグナム達もそろそろ上がるようだ」
「早ないか!? まだ3時間ぐらいしか入っとらんやん!」
「銭湯で3時間も入れば十分だよ……」
ぐぬぬ、この銭湯充実し過ぎやねん! なんや、岩風呂とか泥風呂って! なんで銭湯にそんなもんがあんねん! 3時間でコンプリート出来るかいな!
「あと1時間! 1時間あればきっとサウナに入れると思うんや!」
「そんなに皆を待たせられるわけがないだろう。ほら、駄々をこねてないで上がるぞ」
「いややー! わたしはまだお風呂楽しむんやー!」
「す、すごいよはやて! もうこんなに足を動かせるようになるなんて!」
「それだけ動かせれば、次の機会には入れる。シャマル、頼む」
「はーい。ほらはやてちゃん、暴れないで。落ちたら大変よ」
まだ足を自由には動かせないわたしは、結局シャマルに抱きかかえられて脱衣所へ運ばれてしまったのだった。
……わたしは諦めたわけやない。次こそは、ここのお風呂をコンプリートしたるんや。そう、自分の足で!
アイシャルリターンや、海鳴銭湯っ!
まさかの電気風呂ではやての足回復(微)。次回あたりで松葉杖に戻れそうです。つまり、夏祭りは二年前と同じく松葉杖で移動です。やったぜ。
あくまで微妙に感覚が戻っただけだったため、大きな刺激が加わることもない日常生活の中では気付かなかったようです。
ミコトのこれまでの苦労が、ほんの少しだけだけど、報われました。そりゃはやて以外に見られてることも忘れて泣くわ。女の子だもの。
忍さんがアリシアプロジェクト(仮称)に仲間入りしたようです。現在の構成員は、アリシア・T・八幡、田中遥、月村忍の三名。デバイス関係では忍が一番出遅れてますが、機械いじり関係でははるかが遅れています。
この話ではレイジングハート・エクセリオンやバルディッシュ・アサルトが開発される必然性がありません(ヴォルケンリッターと対立していないため) しかし、彼女らの存在によってその可能性は出てきたわけです。
しかし、この世界線は既にバタフライエフェクトによって原作とは完全と言っていいほどに乖離しています。どの道カートリッジシステム付きのレイジングハート及びバルディッシュは絶望的でしょう。はてさて、何が開発されることやら。
久々登場の「コマンド」。ある意味、これこそが本来の使い方です。これまで色々と回り道をして、初めて本来の使い方をされた瞬間でした。