不思議なヤハタさん   作:センセンシャル!!
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三十八話 リハビリ

 銭湯の一件ではやての足がわずかながら動かせることが分かったため、リハビリをすることになった。

 

「……ほっ! よっ! とぁっ!」

「はやて、がんばって!」

 

 松葉杖をつきながら、よたよたしながらリビングをゆっくり歩くはやて。後ろからソワレが応援し、フェイトとヴィータがすぐ横に控えて、倒れそうになったら支えている。

 まだ歩けるというほどではない。だが、松葉杖をついて動く程度のことは出来るようになったのだ。二年前とは比べるべくもないが、それでも全く動けない状態からここまでこれたのだ。

 ゴール地点で待ちながら、一つの結果をかみしめる。……また涙腺が緩みそうだ。いかんいかん。

 ほんの十数m程度のリビングを数分かけて歩き切ったはやては、倒れ込むようにオレに抱き着いた。

 

「お疲れ、はやて。シャマル、スポーツドリンクを」

「了解です、ミコトちゃん」

「えへへー、ちょっとは歩けたでー」

 

 運動量自体は大したことないが、今のはやてにとってはオレ達が100mを全力で走りきることよりも大変なのだ。息は切れ、額に汗が浮かんでいる。

 持っていたハンドタオルではやての顔を拭いてやる。汗を拭き切る頃には、シャマルが少し冷えたスポーツドリンクを持って来てくれた。

 相当喉が渇いていたのだろう、はやては勢いよくコップをあおろうとしたが、オレはそれを手で制する。

 

「ゆっくりだ。あまり急に飲むと体によくない」

「えー。ちょっとぐらいええやん」

「ダメだ。はやての健康管理は、石田先生からも任されているんだ。まだ魔力簒奪はなくなったわけじゃないんだから、健康状態の維持は最大限行う必要がある」

「ちぇー」

 

 はやての足の麻痺が少し解けたことは、はやての主治医の石田先生にも連絡して伝えてある。このリハビリメソッドを考えたのは彼女だ。

 本来ならばもっと軽いリハビリ――足のマッサージだとかから始めるらしいのだが、「コマンド」を使用してその段階はスキップしている。それを伝えたときの彼女は、電話越しに苦笑していた。

 これは、本格的に歩くためのリハビリだ。はやての体にかかる負担も、相応に大きい。だからこそ、健康管理はしっかり行うよう言われているのだ。

 はやては賢い子だ。それはちゃんと理解している。そして、同じだけ普通の子供だ。思うようにしたいという欲求はあるだろう。

 

「……夜天の魔導書に修復することが出来たら、多少の不摂生は見逃すから。それまでは我慢してくれ」

「分かっとるよー。わたしの体のためなんやもん。ここからは、わたしもちゃんと頑張らなな」

 

 オレに出来るのは、夜天の魔導書修復プロジェクトの運営と、リハビリのサポートぐらいだ。実際に動けるようになるためには、はやてが努力するしかない。

 「コマンド」にリハビリを必要としないほどの力があればよかったんだが、世の中そう上手くは出来ていないのだ。

 それでも……そんな"魔法"に頼らなくても、人は前に進めるのだ。

 

「へへっ。杖つきながらだけど、はやてが歩いてるのって、嬉しいな」

「うん。やっとここまで来たんだね」

「ソワレ、はやてといっしょに、おまつりあるく!」

 

 オレ達と一緒に補助に入ってくれていたフェイトとヴィータ。はやての応援をしていたソワレ。今八神邸にいるのは、この6人だけだ。

 ブランは翠屋でバイト中。シグナムも剣道場。アリシアとミステール、アルフとザフィーラは、月村邸でデバイス研究とその付き添いだ。

 銭湯で意気投合した忍氏とアリシアだが、その日のうちに忍氏が月村邸の一室を開放して研究室にしたらしい。ミステールは、研究を夜天の魔導書復元の一助とするために向こうに行っている。

 ザフィーラは完全にミステールの秘書となっている。一緒に文献を調べているうちに彼女と同じ知識を共有したため、発想の手助けが出来るようになったそうだ。

 そしてアルフは、アリシアのお目付け役だ。いくら彼女が八神家一賢いと言っても、肉体・精神年齢5歳の実年齢0歳なのだ。誰かが見守っておくべきだ。

 そういうわけで、今日はこの5人ではやてのリハビリをサポートしていた。

 

「この調子なら、本当に夏祭りまでには松葉杖で歩けるようになっているかもな」

「わたしも、ソワレと手ぇつないで、ミコちゃんと一緒に回りたいもん。かもやなくて、歩けるようになってみせたるわ」

 

 そう言って再び松葉杖をついて歩こうとするが、それはダメだ。あまりやり過ぎても逆効果になる。今日のリハビリはここまでだ。

 皆に指示を出し、シャマルにはやてを抱えさせ、フェイトとヴィータに松葉杖を取らせる。ソワレが車椅子を持って来て、はやては定位置に戻された。

 

「気持ちが逸るのは分かるけど、焦る必要はないんだ。今日は歩く訓練はここまでにして、一旦休憩しよう」

「……うー、まだやれるのにー」

 

 これまでずっと車椅子だったから、動きたい気持ちが有り余っているのだろう。すねて口を尖らせるはやてを見て、オレ達は苦笑したのだった。

 

 

 

 

 

 さて、歩くためのリハビリは一先ず終えたわけだが、実はまだやることがある。はやてがあまり消耗しないうちにやめたのは、そのためでもあった。

 ピンポーンとインターホンが鳴る。予定の客が来たようだ。シャマルが玄関に行き、彼らをリビングに招く。

 

「こんにちは、皆!」

「ちぃーっす。毎度、藤原屋でーっす」

 

 なのはとガイの魔導師カップル、もといコンビだ。ここからの訓練は、彼らも一緒に行う。

 より正確に言うならば、彼らとフェイト、ヴィータ、シャマルの五人だ。共通していることは、全員リンカーコアを持っていること、即ち魔法の資質を持っていること。

 これからはやてが行うのは、実際に魔法を使うための訓練だ。なのは達はそれに便乗する形となっている。

 

 前々から考えていたことだ。闇の書の魔力簒奪に対抗するために、はやて自身が魔力を扱う技術を学ぶ。平日の学校や翠屋の"お手伝い"で今まで放置になっていたが、夏休みに入りようやく出来るようになったのだ。

 今のはやては、闇の書起動の際にリンカーコアが活動を開始してはいるものの、出来ることと言ったら念話程度しかない。念話はリンカーコアがあれば誰でも出来る基本技術。これだけでは魔力を扱えるとは言えない。

 そこで、本格的に魔法を学ぶことによって、魔力の使い方を覚え、魔力を奪われないように留め置く術を身に付けるというわけだ。

 なお、はやては「夜天の主」である関係上、ミッド式とベルカ式の両方に適性を持っており、ミッド式をフェイトから、ベルカ式をシャマルから教わることになっている。

 ……本当ならば、あまりはやてには魔法に触れてほしくない。この二つの魔法体系は、戦闘技術としての側面が強すぎるのだ。

 もちろん、以前フェイトが見せたように探査などの補助魔法も存在するが、技術の発展が戦いに主眼を置いているように感じられてならない。

 その理由というのは、攻撃用魔法の分類の多さだ。各距離対応の射撃・砲撃魔法。魔力付与による打撃・斬撃魔法。広域殲滅や空間攻撃などというものもあるそうだ。

 これに対して補助は、移動、探査、転送、結界、バインドとざっくりしている。攻撃ほど分類を細かくする必要がないのかもしれないが、それにしたって力の入れ方に差を感じてしまう。

 管理世界に行けば、攻撃よりも日常生活のサポートに魔法が使われているかもしれない。それでもやっぱり、はやてが習うのは間違いなく「戦闘用の魔法」なのだ。

 分かってはいる。これは必要なことだ。魔法を覚えないことには、魔力の扱いを覚えられず、魔力簒奪に対抗できない。はやてを苦しめることになってしまう。

 それでも、オレの大事なはやてに、出来ることなら魔法に触れてほしくはなかったと思う。これも、魔法訓練を先延ばしにしていた理由の一つだ。

 ……割り切らなければならないか。出来るだけ戦いに関係ない魔法を教えさせるようにしよう。それならばオレも納得することが出来る。

 

「まずはやてちゃんには、魔法がどういうものなのかを理解してもらいます。なのちゃんとガイ君、ヴィータちゃんは退屈かもしれないけど、おさらいと思って我慢してね」

 

 少し思考に沈んでいる間に、シャマルが講師となって座学が始まった。フェイトがアシスタントを務めるようだ。他は皆、シャマル達の前で体育座りしている。

 オレとソワレは、少し後方からそれを眺める。オレ達は魔導師ではないから、講義を受ける必要はない。

 

「わたし達の魔法――ミッド式とベルカ式は、魔法プログラムという魔力の流れをコントロールする数式によって行使されます。このために必要なのが魔法の資質、リンカーコアよ」

「ほへー。魔法プログラムって単語はよう聞いとったけど、そんなもんやったんや。ミコちゃんの「グリモア」の"命令文"みたいなもんやと思ってたわ」

「「フェアリーテール」なの」

「……あれは正直、わたし達から見たら反則手みたいなものね。本来はどういうプログラムを組んだらどういう現象が起きるのかを理解しなきゃいけないところを、現象そのものにそのまま干渉出来てしまうんだから」

 

 相変わらず名称の安定しないオレの"魔法"に苦笑しつつ、シャマルは別の意味でまた苦笑した。

 確かに彼女の言う通り、「コマンド」の汎用性は非常に高い。元々原因の分からなかったはやての足を調べるためのものなのだから、そう作られているのは当然のことだ。

 だが、魔法のように素早い行使は不可能だ。プログラムのように、一度作ったものの使いまわしは出来ないのだ。そこを忘れてはならない。

 

「リンカーコアは、魔力要素から魔力を作り出す以外にも、魔力の貯蔵、コントロール、プログラムの作成、記憶、他魔力関係全ての機能を持っています。だから、リンカーコアがないと魔法を使うのは不可能なの」

「……思ったよりもずっと重要な器官なんやな、リンカーコア」

「なのはもそこまでは知らなかったの……。ガイ君は?」

「一応ユーノから座学も受けてっからねぇ。ミコトちゃんの「魔力=ダークマター論」のおかげで、感覚的にも理解出来てるぜ」

「相変わらずミコトはすげぇな。何でリンカーコア持ってないのにそんなこと分かるんだ?」

「「コマンド」を使うのに必要な基礎能力だ。情報として知ってるだけで、オレ自身に魔力を感じる術はない」

 

 魔力は、五感で感じられる世界にはないものだ。脳機能では原理的に魔法プログラムを処理することは出来ないのだ。魔力の系における情報処理器官が必要になる。リンカーコアはそれも兼ね備えているということだ。

 はやてに分かりやすいように、以前オレがなのは達にした説明をもう一度する。それではやては「魔法は不思議な物質を制御する技術」と理解したようだ。シャマルとヴィータも感心して頷く。

 

「ってことは、さっきシャマルが言ってたのは、わたしらが魔法でこの世界に影響及ぼそうと思ったら、魔力っちゅう物質をどう動かしたらどう影響が出るかを知る必要があるって意味なんやな」

「そういうことになるわね。……わたし達の体を構成しているものは魔力だってずっと思ってたけど、そう考えると実際には、「魔力によって生み出された実体」ってことなのね」

「あ、そっか。あたしらが魔力で作られてるんだったら、皆に見えるわけねーもんな」

「オレが「人をエミュレートしている」と表現しているのはそのためだ。大元は魔法プログラムで表現されているのだろうが、今そこにいる君達は、ニュートン力学系に作られた実体だ」

「うにゃー……こんがらかってきたの」

「つまり、本物のおっぱいでも偽乳でも、服の上からなら同じように見せられるってことだよ」

「……なんでガイは物のたとえがそういう風になるのかな」

 

 まったくだ。が、久々に変態発言を聞いた気がする。これを非常にガイらしいと感じてしまっているのはまずい傾向だ。なのはに手綱取りを頑張ってもらわねば。

 少し話は脱線したが、はやても魔力というもの、魔法というものがどういうものなのか、感覚を伴って理解出来たようだ。

 次に、デバイスについて。

 

「デバイスは、魔法の使用を手助けしてくれる機械のことよ。これについては、改めて説明するまでもないかしら」

「せやねー。皆のデバイスでイメージは掴めとるから。で、わたしの場合、デバイス言うたら闇の書ってことになるんよね?」

「そうね。ただ、闇の書は未完成時はまともに使えないし、完成したらしたで暴走してしまうらしいから……」

「身一つで使うしかないってことかー。出来るん?」

「出来ます。ガイ君やアルフ、ザフィーラなんかは、デバイスなしで魔法を使ってるでしょう? 推奨というだけであって、必須というわけではないの」

 

 無論、デバイスを使わないと実行速度は落ちるし、魔力をコントロールしきれない可能性もある。なのはだと、レイジングハートがないとシュートバレットぐらいしか使えないそうだ。

 ガイに関しては、文字通り「シールドの天才」という他ない。シールド魔法しか使えない代わりに、デバイスを必要としないほどの実行速度を誇るのだ。

 

「デバイスの主な役割は、魔法補助とプログラムの外部ストレージ。はやてちゃんに分かりやすいようにたとえると……外付けハードディスクの機能を持ったパワードスーツ、かしら」

「あー、何となくわかったわ。つまり、わたしの頭……やなくてリンカーコアで覚えきれて、リンカーコアで処理しきれる魔法なら使えるけど、それ以上になると無理ってことやな」

「そういうことね。あと、デバイスにも種類があって、なのちゃんやふぅちゃんのインテリジェントデバイスは自己判断で魔法を使ってくれることがあるわ。そのまま、自動制御付きパワードスーツのイメージね」

 

 リッターのアームドデバイスは、パワードスーツに武装が付属したものをイメージすればいいか。中々上手いたとえをしたものだ。

 ……そう考えると、アリシアプロジェクト(仮)は中々の無茶を考えているように思う。リンカーコアの複雑な機能を機械で再現しようというのだ。脳機能と心肺機能を機械化しようと言っているようなものだ。

 アリシアの様子からして、少なくとも彼女の知る限り管理世界に「リンカーコアなしで使えるデバイス」は存在しないのだろう。考える人がいないのかもしれないが、技術的な障壁が大きいというのも間違いないだろう。

 まあ、成功してもしなくても、その過程で得た知識と技術は彼女の糧となることだろう。無茶だからという理由で止める気はない。

 

「それやと、やっぱり初心者はデバイスの補助があった方がええってことになるなぁ」

「もちろんそうね。ただ、わたし達が持ってるのは全部人格型デバイスだから、一時的にはやてちゃんに貸すというのが難しいの。どうしても持ち主の癖が付いちゃうから……」

「俺は最初からデバイスなしだったけど、それもあんましあてにならねえよなぁ。魔力の感覚理解したら、シールド作るだけならサクッて出来ちゃったし」

 

 言いながらガイは、本当に無造作に魔法陣を作り出しシールドを張る。単純な面シールドだ。恐らくフェイトがデバイスを使って行使するよりも速い。シールドに関しては異常の域だな。

 彼の感覚をあてに出来ないのは、もう一つ理由がある。魔力を扱う感覚は人それぞれ違う。リンカーコアが魔力の系における体であることを考えたら当たり前だろう。体の動かし方は人それぞれだ。

 さらに、リンカーコアは最初からインプットされている魔法プログラムが存在したりする。フェイトの電気変換やなのはの魔力収束なんかがそれだ。

 これもまた、リンカーコアを使う感覚の差に影響してくる。たとえばフェイトの場合、そのまま魔法を使うと全て電気変換が付加されてしまい、通常の魔法を使う場合は「外す」ことを意識しなければならない。

 やはり、はやては彼女自身で魔法を使う感覚を理解する必要があるのだ。デバイスの助けなしで。

 

「これなら、グレアムさんにお願いしてストレージデバイスを貸してもらっておけばよかったかもしれないわね。あれなら変な癖とかはないはずだし、入手も簡単だから」

 

 ストレージデバイスは、魔法の外部記憶に特化したデバイスだ。インテリジェントのように自動選択・自動実行の機能を持たない代わりに、動作が非常に高速であり癖も少ない。

 時空管理局で一般に使用されているデバイスはストレージであり、管理世界でただデバイスと言った場合は、ほとんどストレージデバイスのことを指すそうだ。

 機構が単純であり大量生産もされていることから、ストレージデバイスならば安価で容易に手に入れることが出来るとのことだ。それでも日本円にして10万スタートらしいが。

 

「それを考えると、デュランダルは本当に金がかかっているんだな。ストレージでありながら開発費用がビル数件分だろう。ギルおじさんの財布の中身が心配になる」

「相変わらず仕送りもしてくれとるからなぁ。……大丈夫なんやろか」

「だ、大丈夫ですよ! 管理局の提督って言えば、収入の割に支出が少なくてお金は有り余ってるって話ですから!」

「……魔法の話のはずなのに、とっても世知辛い現実的なお話なの」

「そら魔法っつっても技術には変わりないからねぇ。何をするにもお金は必要っしょ」

「こっちで生活するようになって、以前のわたしがどれだけお金を無駄遣いしてたか身に染みたよ。自炊、大事」

 

 第一次・第二次八神家エンゲル係数危機の記憶はまだ新しい。……話が大幅に逸れてしまった。お金の話は大事なことだが、今すべきことではなかった。

 ――レイジングハートやバルディッシュがいくらぐらいの価値になるのかは聞かない方がいいだろう。彼らを見る目が変わってしまいそうだ。

 

「ないものねだりしてもしゃあないわ。そもそもわたしは、魔力を動かすっちゅう基本から学ばなあかんやろ。デバイス云々はまだ先やで」

「それもデバイスがあればすぐなんだけど……確かに、今言っても仕方ないわね」

「大丈夫だって! はやてなら、デバイスなんかなくてもすぐに魔法使えるようになるさ!」

 

 ヴィータの無根拠な応援。いや、あながち無根拠というわけでもないか。少なくともはやては、「闇の書の使用に耐え得る能力を持つ」という条件を満たしているのだ。

 それは魔力的な意味だけでなく、適性やリンカーコアの処理能力も含めているはずだ。そうでなければ、なのはやガイ、フェイトだって、「夜天の主」になれるはずなのだ。

 つまりはやては、良くも悪くも魔法の才を持っているということだ。オレとしては、手放しで喜ぶわけにはいかないが。

 ……いかんな、割り切れていない。これではユーノのことを言えないな。魔力簒奪に対抗できる可能性はあるということなのだから、そこは喜んでおかねば。

 

「オレもヴィータに同意だ。少なくとも、はやてに非凡な魔法の才があることは疑いようがない。最初のとっかかりさえつかめれば、後は早いだろう」

「ミコちゃん……、せやね。ポジティブシンキングでやった方が、いい結果が出そうや」

 

 はやては、察しがいい。特にオレの心情はよく分かってくれているだろう。だから、一瞬真剣にオレを見てから、すぐに切り替えてくれたのだ。

 ありがとう、はやて。……ごめんね。

 

 

 

 

 

 座学は一旦ここまでで、ここからは実際に魔力を使ってみる訓練だ。まずはプログラムの乗っていない基本魔法陣の作成。全ての魔法の基本となる技術だ。

 魔法陣は、魔法プログラムのフローの下地となるものだ。ここに全ての数式が乗り、順次実行されていく。言うなれば仮想的な計算機のCPUとメモリのセットみたいなものだ。

 これはミッド式とベルカ式で形が異なる。ベルカ式の方がより単純であり、中心と周囲三点にメインメモリ領域の円が描かれ、それぞれをつなぐようにIO領域の線が描かれている。

 これに対してミッド式は、二つの円と二つの四角で構成される。大きな円の中に四角が互い違いで描かれ、さらにその中に小さな円がある。メモリ領域は円周部分であり、ベルカ式よりも情報量が多い。

 

「基本や言うけど、どっちも大変そうやなぁ」

 

 フェイトが展開する金色のミッド式魔法陣と、シャマルの青緑色のベルカ式魔法陣を見て、はやては苦笑しながら素直な感想を述べた。

 オレはリンカーコアを持っていないため感覚は分からないが、端から見てよくあれだけの図形を一瞬で描けるものだと思う。もっとも、実際には図形を描いているのではなく、基本部分がそう表れているだけだろうが。

 再三になるが、魔力そのものは目に見えるものではない。五感では感知できないものなのだ。あくまでプログラムの基部がニュートン系に影響を与えた結果が、各人の魔力光で描かれる魔法陣になるだけだ。

 とはいえ、この図形が魔法プログラムの進化と無関係とは思わない。如何にリンカーコアで魔力を感知できるとは言っても、精緻な動きまでは分からないだろう。やはり人間の最大の情報源は視覚なのだ。

 目に見える形で操作することによって、技術を洗練させ、形を整えていった結果が、今日のミッド式・ベルカ式の魔法となっているのだろう。

 つまり何が言いたいかと言うと、「魔法プログラムの基礎」の感覚さえつかめれば、魔法陣を展開するのは難しくないだろうという推測だ。

 

「最初はあまり形を意識しない方がいいだろう。魔力を感じ取って、簡単な動きが出来るように考えてみるといいかもしれない」

「そうだね。デバイスもなしに最初から処理の形にするのは難しいから、まずは「魔力を動かせるようになる」ところから始めよう」

 

 フェイトの感覚としても、オレの助言は的外れではなかったようだ。これで最初の指針は決まった。魔力の動かし方を覚えて、図形を形作る。

 この最初のステップが、ある意味で一番難解だろう。今まで存在しなかった感覚を覚えなければならない。これに関しては、オレに「魔力操作の感覚」は分からないので、助言することは出来ない。

 

「魔力……ダークマター……リンカーコア、かぁ。念話なら簡単なんやけどなぁ」

「あれはただのリンカーコアを介しただけの会話だ。プログラムと言うのはおこがましいだろう」

「……これ、絶対ミコトの方が魔法理解出来てるよな。リンカーコアないのに」

「残念よね。ミコトちゃんがコアを持ってたら、絶対に優秀な魔導師なり騎士なりになってたのに」

 

 オレのことはいいから、はやての指導に集中してくれ。オレの指摘で、シャマルはちょっと慌ててから思考を始めた。見学だったはずなのに、結局監修してしまっている。

 と、ソワレがはやての手を取る。彼女は相変わらず眠たげな瞳で、はやてを真っ直ぐ見ていた。

 

「ソワレ、まりょく、わかんない。でも、「よる」、わかる。いっぱいひろがってて、ソワレ、そのなかにいる」

「「夜」の中にいる? せやけど、今は昼やで?」

「でも、「よる」、なくならない。ソワレ、「よる」からうまれた。リンカーコア、たぶん、おんなじ」

「……なるほど。ソワレが言いたいのはつまり、「外側にある魔力要素を感じて、自分自身を知覚しろ」ということだ」

 

 哲学的に言えば「我思う、故に我有り」を魔力の系で行えということだ。そうすれば、「魔力を操作しよう」と意識するのではなく、「魔力を操作できる」という状態になる可能性が高い。

 重要なのは、リンカーコアの各処理系に感覚を通すことなのだ。そのためのヒントが、ソワレの言葉の中に隠れている。

 オレの言葉で、はやては察してくれた。なのはは相変わらず混乱しており、「なんで魔力を感じると自分を感じるの?」と疑問を呈している。あれの処理はガイに任せよう。

 

「そうは言うても、魔力要素を感じるのも分からんのよなぁ」

「それならばオレの出番だ。『次元を満たす魔の源よ、オレの声を聞け。ここに集まり、しばらく留まれ』」

 

 「コマンド」を用いて非常に短い"命令文"を出力する。これにより、オレには知覚することが出来ないが、この場の魔力要素の濃度が増すはずだ。

 それを証明するように、フェイトとシャマルの展開する魔法陣が輝きを増す。集まった魔力要素が彼女達の保有魔力にも影響を与えた結果だろう。

 

「……はぁーん。なるほどなぁ。これが魔力なんや」

「感覚を掴めたか?」

「うん、ばっちり。なんかこう、シュワシュワした感じやな」

 

 はやても感覚派だったようだ。分かったなら何でもいいか。

 

「……ミコトちゃんの"魔法"って、魔力要素に干渉することも出来るのね。びっくりしたわ」

「プログラムに出来ない以上、ほぼ使い道はないがな。直接ニュートン系に干渉した方が手っ取り早い」

 

 逆に、はやての足の一助になるなら魔力要素にだって干渉してみせよう。

 

「なあなあミコト、それ使って魔力弾みたいなの作れるんじゃないか?」

 

 はやてが試行錯誤している間、オレ達はやることがない。ヴィータは「コマンド」を用いた魔力要素の制御に興味を持ったようだ。

 ……魔力要素を押し固めて球体にしたものを魔力弾と呼べるのだろうか。多分彼女の言っている魔力弾とは、物理的干渉力を持つものだと思うのだが。

 

「見せた方が早いか。『次元を満たす魔の源よ、オレの声を聞け。この手に集まり、弾を作れ』」

 

 掌を広げて待機する。しかし見た目には変化がない。ヴィータとなのは、それからソワレは首を傾げたが、ガイとフェイト、シャマルは理解出来たようだ。

 

「なるほどなぁ。「魔力要素の弾」は作れても、イコール魔力弾ってわけじゃないのか」

「そういうことだ。魔力弾と簡単に言うが、あれは立派な魔法プログラムだ。ただ魔力要素を固めたところで、同じ結果は得られない」

「それはそうよね。魔力要素そのままじゃ物理系に干渉することは出来ないんだから。「弾丸」というプログラムを付与して、初めて魔力弾という形になるのね」

 

 魔力を感覚的に扱えてしまうために、論理的には当たり前の事実が抜け落ちていたのだろう。魔力要素そのものは、不可視物質という表現通り、触れることも見ることも出来ないのだ。

 期待外れの結果に、ヴィータは残念そうに表情を歪める。「コマンド」で魔力要素に干渉する意味はほぼないと言っただろうに。

 

「ミコトの魔力光を見れると思ったのに……」

「リンカーコアを持たないオレに魔力光などというものはない。仮に発色したとして、それは魔力要素そのものの色だ」

「魔力光はリンカーコアで決定されるものだもんね。仕方ないよ、ヴィータ」

 

 そう言うフェイトも少々残念そうだ。……ふむ。そこまで言うなら、やってみせよう。

 

「『次元を満たす魔の源よ、オレの声を聞け。規則正しく列を成し、オレ達の前に姿を現せ』」

 

 掌の上に集まっているはずの魔力要素に干渉し、「発色する」という単純なプログラムもどきを与える。"命令文"に従い、ポツポツと色とりどりの点が浮かびだす。

 おお、とどよめく一同。しかし感動は束の間のことだ。点の数が増えるごとに色は互いを飲み合って行き、だんだんと種類を失う。

 最終的にオレの掌の上には、全ての色が混ざって、ただ白く発光するだけの円盤が浮いていた。

 

「予想通りだな。光の色が混ざれば、加色法に従って白くなる。魔力要素を加工する術を持たないオレが無理矢理光らせているのだから、こんなものだ」

「なんだよー。虹色とかだったら面白かったのに」

 

 こんなものに面白みを求めてどうするという話だ。君達は魔法を使えるのだから、そちらに面白みを見出しなさい。

 ヴィータも「コマンド」で魔力要素に干渉することの非効率さを理解したようだ。もう発色した魔力要素の塊を浮かべておく意味もない。

 再度「コマンド」を使用して消そうとした。

 

 

 

「ミコちゃん、ミコちゃん」

 

 そのタイミングではやてに呼ばれ、振り返り……驚いた。

 

 彼女の手元には、オレが作ったものと同じ、白色の円盤が浮いていた。魔力を制御することが出来た証だ。

 魔法陣とは到底言えない、だけど彼女が感覚を掴んだ確たる証拠。それを彼女は、嬉しそうにオレに向けてかざした。

 

「お揃いや」

「……そうだな。それが、はやての魔力光なんだな」

 

 魔力光は、魔法の適性や魔力の性質に影響を及ぼすものではない。ただ波長を表すだけの個性だ。「コマンド」で集めた魔力要素が呈した色と、はやての魔力光が一致したのは、ただの偶然に過ぎない。

 だけどはやてがとても嬉しそうにしているから、オレもついつい頬が緩んでしまう。彼女がしたように、オレも手元の魔力要素が生み出した円盤をかざし、彼女の円盤と触れ合わせる。

 二つの円盤は、オレの方が素通りしてしまい重なり合う。やがて魔力要素は制御を離れて、はやての魔力光だけが残った。

 ……分かってはいる。オレは「コマンド」を使って魔力要素を弄れるだけであり、皆のようにリンカーコアを通じて魔力を操れるわけではない。こんなものは、ただのままごとに過ぎない。

 だけど、少しだけ思ってしまった。

 

「オレにも、リンカーコアがあれば……もっとお揃いだったのにな」

 

 はやてが魔法を覚えるのは、状況的にそれが必要だからであって、この世界で生きていくために必要なものではない。魔法もリンカーコアも、余計なものだ。オレはずっとそう思っていたはずだった。

 だけど、目の前ではやてが魔法のとっかかりに触れたのを見て、少し思ってしまったのだ。リンカーコアがあれば、もっとはやての隣に立てたかもしれないと。

 自分に魔法の力がないことが、はやてに魔法を教えてあげられないことが、……悔しかった。

 

「ミコちゃん」

 

 はやてはオレの名を呼び、手を取って指を絡ませた。そして軽くキスをする。……皆が見ている前なんだが。

 

「そんなに心配せんでも、平気やよ。わたしかて、今の日常が大切なんや。魔法を覚えたからいうて、危ないことに首を突っ込む気はあらへんよ」

「……うん」

「前にも似たこと言うたと思うけど、魔法を覚えたってわたしはわたしや。ミコちゃんを大好きな、ミコちゃんの「相方」の八神はやてのまんまや」

 

 その通りだ。はやてが魔法を覚えた程度で自分を見失うような子だとは思っていない。オレが恐れていることなど、客観的に見たらとてもくだらないことなのだろう。

 はやてが「戦えるようになること」を懸念しているだけ。彼女にそんな意志はないことを重々承知しているのに、ただ可能性が発生することを恐れているだけなのだ。

 オレは……こんなにも割り切れない人間だったのか。はやてのことになると、ここまで弱くなってしまう人間だったのか。……知らなかったな。

 

「……オレは」

「うん」

「本当だったら、はやてに魔法を覚えてほしくはなかった。そんなことをせずとも、魔力簒奪を完全に抑え込める方法を見つけたかった」

 

 胸中を語る。はやては黙って聞いてくれる。はやてだけじゃない、他の皆も、口を挟まない。

 

「フェイトにしろシャマルにしろ、使う魔法は戦闘関連だ。覚える魔法をどんなに補助だけに絞ったとしても……はやてが「戦える」という可能性を持つことには変わらない」

「そうやね。それはどうしようもないわな」

「それが、オレは嫌だった。はやては戦いとは縁遠いところにいてほしかった。我儘なことを言っているのは分かってる。でも、どうしてもそう思ってしまう……」

 

 避けられぬ戦いはオレが矢面に立てばいい。オレの自分本位な理屈で、そう考えていた。やっぱりオレは、何処までも自分本位な人間なんだ。

 はやてを籠の中の鳥にするつもりはない。だけど、危険には触れさせたくない。二律背反を成立させたい。強欲だ。救いようがない。

 オレはまた最高の結果を逃してしまったんじゃないだろうか。そんな考えに囚われる。

 はやては、そんなオレの考えを一蹴する。

 

「ミコちゃんは優しい子やな。優しすぎて、背負い込みすぎないか心配になってまう」

 

 微笑み、オレを見ながら。その顔に憂いは一切ない。

 

「これはな、ミコちゃん。わたしの選択なんよ。わたしが、これからもミコちゃんの隣にいたいから選んだ道なんよ」

「……オレの、隣に?」

「せやで。ミコちゃん、やるって決めたらやり切るまで止まってくれへんのやもん。だいぶ置き去りにされてしもうたで」

 

 オレが、はやてを置き去りにした? そんなつもりは、なかったのに……。

 

「せやから、今度はわたしの番。わたしがミコちゃんに追いついて、隣に立つ番なんや。……ミコちゃんが、わたしの頑張る分まで、背負う必要はないんよ」

「……オレの方から、はやての隣から、離れてしまったのか?」

「あー。言い方が悪かったかもなぁ。ミコちゃんは、わたしと一緒にいられるために、出稼ぎに行っとったんよ。ミコちゃんの判断は正しかったんやけど、寂しいのまではどうしようもないやん」

 

 「寂しい」。……ああ、そういうことなのか。これが、その感情なのか。

 自覚し、……猛烈にはやてのことを抱きしめたくなった。そこにはやてがいることを、全身で感じたかった。

 オレは、はやてと同じ力を持っていなかったことが、はやての隣にいられないかもしれないことが……「寂しかった」のだ。

 

「どうしたん、ミコちゃん。急に抱き着いて来て。わたしは嬉しいけどな」

「……最近、自分の弱い面ばかり見てる気がする。屈辱だ」

「あはは、そらしゃーないわ。ミコちゃんは可愛い女の子やもん。少しぐらい弱点があった方が可愛いもんやで」

 

 そんなもんか。そんなもんや。このやりとりも久々な気がする。それだけ、オレははやてを置き去りにしてしまっていたんだな。

 

「ごめんね、はやて。ずっと、寂しい思いをさせてしまって」

「気にせんでええよ。ミコちゃんが起こす騒ぎで、寂しいなんて感じる暇もあらへんかったから」

 

 先日に続き、人前で涙を流してしまうオレであった。……本当に、弱くなったものだ。

 あるいは、それだけ彼らに心を許しているということなのかもしれないな。それもまた、悪くない。

 

 

 

 悪くはない。が、からかうのはやめていただきたい。

 

「いやー、ミコトちゃんの泣き顔なんて初めて見たかも。プレシアさんの葬式のときは、……っと」

「大丈夫だよ、ガイ。わたしもアリシアも、ちゃんとお別れ出来てるから。あのときはわたし達が大泣きしてたから、ミコトがどうだったか見れなかったんだよね」

「お葬式の最中はどうか知らんけど、うち帰ってきてからは大泣きやったで。意外と泣き虫なんよ、ミコちゃんって」

「意外だけど、なんか納得だよな。ミコトって優しいから。裏でこっそり泣くとか、そんな感じか?」

「ふふふ、そうよね。やっぱりミコトちゃん、優しい子なのよね」

「むー……泣いてるときまで可愛いとか、ミコトちゃんズルイの」

「そんなことを言われても知らん。というか魔法の訓練はどうなった」

「休憩中やでー」

「きゅうけいー」

 

 ソワレを抱っこしてソファーに座るはやて。ここまでに出来たのは、先ほどの円盤――魔法陣練習とでも呼ぼうか――だけだ。

 今日の目標は「魔力を操作できるようになる」なので、一応目標は達成している。が、それなら魔法陣の形成ぐらい出来るようになった方がいいんじゃないだろうか。あと他の連中は普通に魔法の訓練をしろと言いたい。

 皆の前で泣いたこと、そしてはやてとのキスをからかわれ、ため息をつく。

 

「あと何気に俺ミコトちゃんとはやてちゃんのチュー見たのも初めてっス。なのは達から聞いてはいたけど、マジでしてるとは思わなかったっス。刺激が半端ないっス」

「……なのは。君達は本人確認もなく個人のプライベートを暴露しているのか?」

「にゃ!? あ、あれはその、話の流れと言いますかっ!」

 

 そうなんだよな。男に、泣き顔とキスシーンを見られてしまったんだよな……。意識すると、顔に血が上り熱くなる。なんでこんな変態相手に恥ずかしがらなきゃならないんだ、まったく。

 なのはへの糾弾もそこそこに、席を立って水分補給のためにキッチンに向かう。決して赤くなった顔を見られたくないわけではない。

 冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出して、人数分のコップに注ぐ。そうしていると、フェイトが手伝いに来た。

 

「大丈夫だよ。おねえちゃんに魔法の力がなくても、わたし達がそばにいる。わたし達の魔法の力は、ミコトの力なんだよ」

「……そうか」

 

 励まされてしまった。よく出来た妹を持ったものだ。本当に……嬉しいよ、フェイト。

 ――結局のところ、オレの迷いなどというものは、自身の心持ち一つでどうにでもなってしまうものだ。吐き出すものを吐き出せば、あとは腹をくくるだけだ。

 絶対に戦いにはさせない。戦いになったとして、はやてを戦わせない。もし戦わせることになってしまったら……そのときは、隣に立って一緒に戦う。三段階の覚悟だ。

 オレの考えというのは、オレの理想でしかないのだ。そして現実は理想の通りにいくものではない。そのときのために、覚悟が必要なのだ。オレには覚悟がなかった。はやてを隣に立たせる覚悟が。

 覚悟を決めた今のオレに迷いはない……とは言えない。いまだに、本当にこれでいいのか、別の選択肢はないのかと模索している。それをやめることは出来ない。

 はやてを戦いに関わらせないのは、オレにとって最高の結果なのだ。それを目指すことをやめてしまったら、いずれ彼女は戦いに巻き込まれてしまう。闇の書の因縁は消えていないのだ。

 だから、この二律背反を抱えて、オレは前に進もう。はやての隣にいられる毎日を目指して。

 ……もちろん、はやてだけではない。

 

「優しい家族に囲まれて……オレは幸せ者だよ」

「っ! そ、そう!? そう思ってもらえてると、嬉しいなっ!」

 

 急にフェイトが挙動不審になってしまった。顔はニヤけて頬は緩み、「えへへ」と笑っている。……一度本格的にお話しないとダメかもしれないな、これは。先日の銭湯の件もあることだし。

 まあ、今は放置しておくか。休憩が終わったら、また魔法訓練を監修しなければならない。まだまだやることはたくさんあるのだ。

 

「フェイト、それを運んでくれ。……起きろ、フェイト」

「はっ!? う、うん!」

 

 トリップしていたフェイトを現実に戻し、お盆に乗せたスポーツドリンクを運ばせる。一体何を考えていたのやら。

 苦笑。愛されていることが嬉しいと感じられるから、やはりオレは幸せ者なのだろう。

 空になったペットボトルをすすぎ、乾燥させるためにシンクの横に置く。そうしてから、オレもまたリビングに戻った。

 

 結局この日は、はやてが魔法陣を形成するには至らなかった。如何に才能があるとは言っても、最初はそんなものだろう。

 焦らず、じっくり。はやての隣で、彼女を支えながら、今度こそ一緒に前に進んで行こう。




ミコト、ちょっと成長するの巻。今回覚えた感情は「寂しさ」。人があまり感じたくないだろう、しかしこれがあるから「恋しい」と思うことが出来る感情です。これにて、恋愛のもっとも基礎となる感情を身に付けることが出来ました。
しかしながら、彼女はまだまだ精神的に未熟であり、「異性を意識する」ということが出来ません。次の課題はこれですね。
果たして彼女はどういうきっかけで異性を意識出来るようになるのでしょうか。今からわくわくが止まりません(ゲス顔)

ミコトはここまでノンストップでひたすら突っ走って来ました。振り返ってみれば、多くのことを成し遂げてきています。「コマンド」の構築、召喚体の作成、ジュエルシードの全回収、事件の解決、闇の書の分析、管理局との協力、そしてはやての足の微弱な回復。
これだけのことを成してなお、ミコトは目的を達することが出来ていません。目的を達成するまで、彼女は自身を評価することが出来ないのです。それまではどうしても、周囲との評価の差にやきもきしてしまうことでしょう。
だからこそ、自分がはやてを置いてけぼりにしてしまっていることに気付かなかったのです。気付いた彼女は、少しはスローペースに生きてくれるでしょうか。





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