結局またしても4日かかってしまいました。リアル事情が落ち着くまでは投稿ペース戻らないかもです。
2016/02/09 思い切って一週間ほど執筆を休むことにします。お楽しみいただいている皆様方にはご迷惑をおかけしますが、ご理解いただけますようお願い致します。
2016/10/13 誤字報告を受けたので修正
須らく→全て 例の「須らく」の誤用です。探せばまだ見つかりそう(白目)
詳しくは十六話その一のまえがきを確認してください。
久々の第97管理外世界、初めてのビーチ。彼らがここに来ているという話を聞き、クロノ達より一足先に会うべく、僕はやってきた。
ほんの2ヶ月半前に別れたばかりの友人達との再会を、僕は心待ちにしていた。彼らとまた会えた喜びは……特にミコトさんと言葉を交わすことが出来た喜びは、筆舌に尽くしがたい。
感動の再会にはならないだろうと思っていた。あの時はミコトさんとそこまで親密にはなれなかったし、彼女もロマンチストではない。
だけど、ただ自然に言葉を返してくれるだけで、ミコトさんの中にちゃんと僕が残っているという感動が胸を打つ。うれし涙をこらえるのも一苦労だ。
彼女がくれた言葉になるべく自然に、会話が流れるように返す。上手く出来たみたいで、少し笑っている感じがする。
そして彼女は振り返り、僕を見て、少し驚いて目を見開いた。
――ミコトさんと交わした約束を果たすべく、僕はミッドチルダに帰ってから肉体改造を行った。体力はある方だったけど、それだけでは足りないと思ったんだ。貧相な見た目では、ミコトさんには釣り合えない。
子供の内から筋肉を鍛えると身長が伸び悩むというのはあるが、そこは自前の補助魔法でカバーだ。治癒結界の応用で成長促進を行えば、肉体の成長と鍛錬を両立することが出来るはずだ。
文武両道。恭也さんを参考に打ち立てたこの方針は、まだ途上段階ではあるものの、一定の成果はあげられている。あの頃は頼りなかった僕の体も、少しは逞しく成長することが出来た。
それが、少しでもミコトさんの目に適っていたら、嬉しいな。そう思いながら、少し照れくさくて、鼻の頭をかいた。
「……チェンジで」
「えっ!? な、なんで!? どうしてなんですか、ミコトさん!」
しかしミコトさんから下された評価は非情なもので、しかも他の皆――初対面の人達までもが首を縦に振った。
まだ……まだ、足りないのか!? 力が必要なのか!!?
そういうことではなく、僕の見た目に逞しい筋肉は似合わないということだった。……ここでも女顔が僕の行く手を阻むのか。
「そもそもオレはギルおじさんに当てた手紙で、その歳でウェイトトレーニングはやめろと伝えたはずだ。成長阻害に関しては、どうせ補助魔法でどうにかしているのだろうが」
積もる話もあるだろうということで、一時的に僕達は皆から離れて荷物置き場に来ている。集まっているのは、元ジュエルシード探索チームとはやて、そしてヴォルケンリッターの一部。魔法の話も心置きなく出来る。
事実として、管理世界の人間である僕がここにいる時点で、必然的に魔法関係の話を抜きには語れない。この処置は正直に助かった。
手紙の件は、僕もちゃんと目を通している。グレアム提督が僕のトレーニング風景の写真(ロッテさんが撮影したやつだろう)を送ったらしく、それについてミコトさんから先述のレスポンスがあったことは知っている。
「お察しの通り、治療魔法の延長で成長を補助してます。それが完璧な対策でないことも承知の上です。それでも僕は、やめるわけにはいかなかったんです」
「お前の強みは高い補助能力と状況判断能力のはずだ。そんな脳筋みたいな真似をしてどうする」
クロノにも言われたことだ。体を鍛えたところで、僕の最大の長所はそこじゃない。
ミコトさんがあいつと同じ意見だということに少し思うことはあるけれど、多分二人の考えは正しい。僕のやり方が迷走してるのは自覚している。
だけど、出来ることをしてるだけじゃダメなんだ。今のままじゃ、僕がミコトさんを振り向かせることは出来ないだろう。
彼女のすぐ近くには、恭也さんという非常に魅力溢れる男性がいるのだ。そしてミコトさんは、常日頃から彼と接している。男性の基準が恭也さんになっている可能性は十分にある。
だから僕は、最低でも恭也さんレベルの男になる必要があるのだ。あの、魔導を一切使わず魔導師を圧倒する、ただそこにいるというだけで皆に安心感を与えられるような、素晴らしい男性と同じように。
「だからこそですよ。これについては、たとえミコトさんの頼みであったとしても、折れるわけにはいきませんよ」
「……お前の選択に口出しをする権利はないから、何とも言えんが。ともかく、忠告はした。後悔する結果になっても、オレは知らんぞ」
「ええ、僕自身の責任ですから」
はあ、とため息をつくミコトさん。……ミコトさんは、僕の気持ちを何処まで知っているのだろうか。
非常に察しのいい人だから、もしかしたら全部バレバレなのかもしれない。だけど彼女は感情の機微には少し疎い人だから、案外あのときの言葉の真意に気付いてないかもしれない。
あれは、僕に出来る精一杯の告白だった。本当は「あなたに相応しい男になれたら、結婚を前提にお付き合いしてください」って言えれば完璧だったんだけど。それは無理だった。
結果、「もう一度あなたの指揮下に入らせてください」という、何とも情けないものになってしまった。……あれじゃ伝わらないよなぁ。伝わってたら奇跡だよ。
そして現実に、現在僕は彼女主導のプロジェクトの指揮下に入っているのだから、因果なものだと思う。
話が区切れ、本題に入る。何故僕がここにいるか、皆に伝えなければならない。
「……半月ほど無限書庫を調査した結果、意外にもあっさりと「夜天の魔導書」の資料を見つけることが出来ました。元の名前が分かっていたというのが大きかったみたいですね」
「悪夢の書庫」の異名を持つ大図書館を相手にするのに、僕達は長期戦を覚悟していた。それが半月で結果を出せたのだから、資料が見つかったときは肩透かしを食らった気分だった。
もちろん僕は万難を排すべく、対無限書庫用の検索魔法を構築して事に当たった。だけどそれだけでこんなに早く結果を出せるものじゃないだろう。実際、無限書庫をこの目で見たときの絶望感は今も覚えている。
この「夜天の魔導書」という名前は、ヴォルケンリッターがミコトさんの指摘でバグを自力修正することが出来たことで思い出せたものだと聞いている。
「闇の書の守護騎士」ではなく、「夜天の守護騎士」。ベルカ語で「雲の騎士」を意味するのがヴォルケンリッターなのだから、考えてみればその通りだ。そこに気付くからこそ、さすがのミコトさんだ。
「詳しい資料は明日、管理局メンバーが八神邸に持っていきます。僕はそのメッセンジャーも兼ねてるんです。もちろん、皆に会いたかったからっていうのが一番だけど」
もっと言うなら、ミコトさんに会いたかったからというのが最優先だけど。それは今は言わなくていいし、言うだけの度胸もなかった。……度胸もつけないとなぁ。
管理局メンバーというのは、グレアム提督とリーゼさん達、リンディ提督、クロノと補佐官のエイミィさん。この6人だ。彼らもまた「夜天の魔導書復元プロジェクト」の同士ということになる。
ただ、彼らは時空管理局という組織に所属している以上、構成員としての仕事がある。この件に付きっ切りというわけにはいかない。管理世界との橋渡しとしては機能するけれど、やはり主力はミコトさん達なのだ。
管理局、という言葉を聞いて、ヴォルケンリッターの一人――確かシグナムさんが、表情を険しくする。
「グレアム殿が引き込んだのなら心配はないだろうが……主ミコトは管理世界と必要以上に関わることを望んでいない。そこのところは大丈夫なのだな?」
「100%とは言えませんが、全員ミコトさんと面識のある人たちだから……って、主?」
「"ミコトの騎士"だそうだ。ヴォルケンリッターとしてではなく、騎士シグナムとしてオレを主として見ているらしい。……どうしてこうなった、だがな」
そう言ってミコトさんは、口の端を少しだけ釣り上げた。笑っているというよりは、苦笑なのだろう。僕もつられて「あはは」と苦笑する。
だけど、ミコトさんなら理解出来るかな。最高のリーダーである彼女なら、夜天の魔導書のマスターを主とするべき騎士が、ミコトさんを主にしても不思議はない気がする。
この場にいるヴォルケンリッターはもう一人。はやてを上に乗せて移動の補助をしている蒼い狼。ベルカの守護獣、ザフィーラさん。
「シグナム以外も、全員ミコトをリーダーとして認めている。特にヴィータなど、主はやてよりもミコトに懐いている。常々「誰が主なのか忘れるな」と言い聞かせているのだがな」
「わたし達に黙ってはやてとミコトのベッドに忍び込んだこともあるしね。あれはずるかったよ」
口は尖らせながらも、フェイトの表情は穏やかであり、充実した日々を送れているのだと感じた。ミコトさんによれば、フェイトやアリシアが二人の寝床に忍び込むこともあるらしい。ソワレは言うまでもない。
どうやら八神家はヴォルケンリッターを含め、全員が互いを家族であると認識出来ているみたいだ。……管理世界で語られる「闇の書」とはかけ離れた光景だ。
曰く、究極の魔導を約束する本。曰く、血と呪いで彩られた本。曰く、戦乱と殺戮を招く本。全て今のはやてとヴォルケンリッターには適さない形容だ。
「夜天の魔導書」の情報を考えると、今の姿があるべき姿なのだろう。歴代の主によってどれだけ歪められてしまったのか考えさせられる光景だ。
そして、それだけ歪められてしまったものを、果たして元に戻せるのか。……ミステールが主力となって修復を行うらしいけど、ミコトさんの"魔法"にも出来ないことがあるのは知っている。
やはりどうしたって一筋縄でいくことではない。だからこそ……僕がミコトさんの力になるんだ。彼女に「最高の守護者」と評された者として、「最後のライン」を絶対に守り抜くんだ。
「僕からは、大体そんな感じです。詳しいことは明日の話し合い次第だと思うけど、今後も資料の探索は続けることになるかもしれません」
「そうだな。見つかった資料で何処まで出来るかはまだ分からない。それ次第では、また無限書庫に潜ってもらう可能性もある」
僕が見つけたのは、あくまで「夜天の魔導書」の資料のみ。それだけでも膨大なものになったけど、それだけで修復できると決まったわけではない。追加の資料が必要になる可能性もある。むしろその可能性は高い。
「健全な資料本」が「血を吸う魔道の本」と化しているのだ。歪み方が尋常ではなく、元の形と現状を比較するだけでは糸口がつかめないだろう。
そうなったら、「改変の記録」が必要になる。「夜天の魔導書」が作られてから、「闇の書」となるまでの資料が。それを知るためには、やはり無限書庫しかないだろう。
気が重い。だけど、それでミコトさんの力になれるなら、迷うことはない。喜んで本の迷宮にダイブしよう。
用件は以上。ミコトさんからも特に質問はなく、空気が弛緩した。
改めて、僕はミコトさんを見る。以前クロノから見せてもらった写真と同じ、黒の大人っぽいビキニ姿。神々しいまでに美しいその姿を、この目で見ることが出来た。
ミコトさんは、同年代の女の子に比べて発育が遅れているように思う。身長はなのはよりも小さいし、全体的にほっそりとした体付きだ。
だけど、彼女の大人びた表情と、纏っている雰囲気によって、大人向けの水着を見事に着こなしている。……ミコトさんがソワレの黒衣を纏った姿を初めて見たときと似た、それ以上の感動を覚える。
「その……とても似合ってますよ、ミコトさん。とても綺麗です。お世辞じゃないですよ」
「見れば分かる。それに、さっきもアリサから「自分の容姿を自覚しろ」と言われている。ありがたく受け取っておくよ」
そう言って彼女は、口元に小さく笑みを浮かべた。……なにこれ、やばい。心臓が物凄くドキドキいってる。嬉しいのと恥ずかしいのと、ミコトさんの微笑みが可愛いのとで、緊張が半端じゃない。
顔が熱いから、多分真っ赤になってるんだろうな。我ながらあからさまな反応だと思うけど……これでもミコトさんが気付くかどうかは分からない。
自分がどれだけこの人に惚れこんでしまっているのか、自覚した。
「遅くなりましたけど……また会えて嬉しいです、ミコトさん。本当に」
「……そうか。そう言ってもらえるのは、オレも嬉しい……かもな」
ミコトさんは、やっぱり見惚れてしまうほど美しい人だった。微笑みを真正面から見て、僕は間違いなく真っ赤になった。
僕がミコトさんを好きになったのがどのタイミングだったのか、正確には覚えていない。いつの間にか好きになっていて、事件の後にクロノから指摘されて初めて気が付いた。
最初からそうではなかったのは間違いない。だって僕は、初めの頃はミコトさんという女の子を掴みあぐねていたのだから。
初めて出会ったときは男装――というよりは性別がはっきりしない格好をしていて、口調も相まって男性として認識してしまったのも大きかったのだろう。
今から思えば、とても失礼なことを思っていたものだ。もし僕がタイムリープして過去の僕に出会えるなら、きっと殴り飛ばしてしまうことだろう。
ミコトさんのことをはっきり女の子として認識したのは……多分、温泉のときだと思う。まだ敵対してたフェイトと共闘したあと、少しだけ見せた弱気な表情。恥ずかしそうな姿は、紛れもない女の子だった。
それまではただ「協力者」だったミコトさんが、僕の中で確固とした存在になったのは、多分そのときだと思う。そのときには……協力者だけで終わらせたくなくなっていたんだろう。
そして、フェイトとの停戦協定を経て、彼女は僕にとって……いや、僕達にとって「最高のリーダー」となった。もし彼女がいなかったら、フェイトと協力なんて出来なかっただろう。
それがどれだけの効果をもたらしたのかは、事件の結末を見ればよく分かる。もしあのままいがみ合ったままだったら……何個かはプレシアさんの手に渡って、次元震が起きていた可能性もある。
もちろんあのときにそこまでは分かっていなかったけど、それでもフェイトとの協力が大きな力になったのは間違いない。それだけのことを、彼女は見据え、実行してみせた。
だから僕はミコトさんに憧れ、彼女の指示に従える日々にやりがいと充実感を覚えていた。不謹慎だけど、いつまでもこんな日々が続けばいいのにとさえ思った。
そう考えると……その時点ではとっくに好きになってたんだろうな。だからクロノと会ったとき、あいつとミコトさんが話すのを見ていて、胸の辺りがもやもやしたんだろう。
冬の空のように澄んだ混じり気のない声で、黒真珠のような輝きを持った瞳を向けて、僕以外の男と会話を弾ませていた。……紛れもない嫉妬だな。二人ともそんな気はないって分かってるはずなのに。
実際のところ、クロノとミコトさんは、波長がよく合っていると思う。二人とも、理性が先行しているタイプだ。そして、会話の中に皮肉な冗談を混ぜる。似ている部分が多々ある。
二人の会話が弾むのは当然だし、ミコトさんだって会話を楽しめるならそっちの方が嬉しいだろう。だけど……やっぱりもやもやは消えてくれない。割り切ることは出来なかった。
いや……割り切る必要はないんだろう。だって僕は、ミコトさんのことが好きだって認めてるんだから。いつかは、彼女の隣に立ちたいと思っているんだから。
いつの日か、それを現実に出来るように。僕はそう思って、自分に出来ることを始めたのだから。
「……すっげー筋肉。俺も空手で鍛えてるはずなのに……」
ガイの同級生であるという「剛田猛」という少年のリクエストに応えて、力こぶを作ってみせる。この2ヶ月半で鍛えた筋肉は、どうやら武道をやっている彼よりも発達しているようだ。
たけるは、身長で言えば僕より頭半個分ほど大きい。今は周りが女の子ばかりなので、その身長は特に際立っている。大人組を除けば、だけど。
彼も僕と同じように腕を曲げて力こぶを作り、ガイともう一人の少年「藤林裕」が触り比べる。
「あー……いや、固さだと剛田の方が上だな。実際に攻撃受け止めたりするから、その分かね?」
「多分そうだろうね。それにしても……二人とも、とても同い年とは思えない筋肉だよね」
「ユーノはなんかスポーツとかやってんの?」
「ううん。2ヶ月半前からジムトレーニングをやってるぐらいだよ。あとは、日ごろの力仕事かな」
今は男4人で集まってしゃべっている。……本当はミコトさんのところに行きたいけど、あっちはあっちで会話してるし、女の子達の中に単独で入り込む勇気はない。
「ジムって、僕達の歳だと普通使えないんじゃ……」
「ちょっと知り合いに融通してもらってるんだよ。僕は自己責任ってことでやってるけど、あんまり真似しない方がいいかもね」
「はぁー。イギリスって意外とすげえのな」
ちなみに僕はイギリス人ということになっている。これは、グレアム提督がこの世界のイギリス出身であることに由来している。
一応、彼からイギリスという国の言語・文化については講習を受けているので、質問をされても問題はない。イギリス料理といったら、フィッシュアンドチップスだ。
「ユウは、サッカーをやってるんだっけ」
「うん。翠屋FCっていうチームのゴールキーパー兼キャプテンだよ。ユーノ君は、翠屋は知ってるんだっけ」
「こっちに来てる間、結構お世話になったからね。サッカーチームの噂は聞いてるよ」
実は一回試合も見てるんだけどね。あのときはフェレットモードだったので、迂闊なことは言わない。ガイもその辺は分かっているようで、特に言及はなかった。
その代わり、いつものニヤニヤ笑いを浮かべながら別のことを話題にする。
「あすこにいるユーノが面識ない女の子が、こいつの彼女なんだぜ。しかも翠屋FCのマネージャーっていうね」
「へえ。見かけによらず、やるね」
「あ、あはは……何か、照れるね」
ユウは恥ずかしそうに笑いながら頬をかいた。茶化されて慌てない辺り、付き合ってそれなりの期間なんだろうと推測する。
そんな僕らに対し、たけるは難しそうな表情をしながらガイを見る。……多分同類だからなのだろう、僕にもその視線の種類は分かった。嫉妬だ。
気になったので、ガイに向けて念話を飛ばす。
≪ガイ。まさかキミ、たけるの好きな子をハーレム!とか言ってかっさらったりしたの?≫
≪人聞き悪ぃな。……まあ、あながち間違いでもないんだけどさ≫
ちょっとした冗談のつもりだったのに、まさかの正解だった。何やってんだ、このバカ弟子は。これは師匠として、しっかりと問い詰めなければならないな。
≪いや待て落ち着け。剛田の方は片思いだったんだよ。ちゃんと告白もして、その上で玉砕してんの。後ろ暗いとこはねえよ≫
≪……まあ、キミはそういうところで汚い真似はしない奴だったね。信じておくよ。それにしても……本当にハーレム作り始めたの?≫
≪あー、どうなんだろ。向こうは俺のこと振り向かせて一対一のお付き合い望んでるんだよね。いや俺も好きだけど、こう、ね≫
わかんないよ。とりあえず、相思相愛の相手がいるということだ。……なのはかな。多分なのはなんだろうな。さっきも、以前と様子違ったし。
人間関係をまとめると、ユウは向こうの女の子――確かあゆむと付き合ってるので無関係。たけるがなのはに片思いをして、だけどなのははガイと相思相愛で、なのにガイは相変わらずハーレムを考えている、と。
「とりあえず、ガイは爆発すればいいと思うよ」
「ちょ!?」
「い、いきなりどうしたの、ユーノ君?」
「ユーノ、お前……いい奴だな」
たけるが僕の右手を取り、僕も握り返す。漢と漢の熱い友情、こんにちは筋肉。ユウは察しが悪いようで、置いてけぼりだった。
「ちょっと待て、爆発するべきなのは藤林一人だろ!?」
「そうなの!? ど、どうして!?」
「お前彼女持ちだろが! リア充はしめやかに爆発四散するべしって古事記にも書いてあんだよ!」
「いやそれはさすがに嘘でしょ! 僕は騙されないよ!」
「ユウは空気に乗れてないっていうか、一周回って純粋だね」
「藤原のネタが分かりづらいってのもあるけどな」
3ヶ月前は連れまわされてたせいで、僕は分かっちゃうんだよなぁ。ああ、変態に毒されている……。
ガイはユウに自分のネタの解説をするという恥辱を受ける羽目になった。自業自得なので手は貸さない。
代わりに、たけると少し話をする。
「キミは、まだなのはのことが好きなの?」
「……いや。好きかどうかで聞かれたら好きだけど、もう付き合いたいとかはねえよ。藤原には、とっととくっつけって思ってる」
「そっか。吹っ切れてはいるんだね。まだくすぶってるようだったら、奪い取っちゃえぐらい言うつもりだったんだけど」
「物騒だな。ユーノって、藤原の友達じゃなかったっけ」
「友達だから絶対味方するってもんでもないだろ。それに、ガイのハーレム思想は共感できないし。いつまでもそのままなら、たけるの方がいいかなって思うよ」
まあ、そうはならないだろうけどね。いずれガイはなのはの尻に敷かれる。彼女はあれでとても強い子なのだから。
僕の言葉に、たけるは苦笑を浮かべる。全く同意、ということだろう。
「いい奴なんだけどなー」
「本当にね。ハーレム思想と変態で、全部台無しだよ」
「おう今聞き捨てならねえこと聞こえたぞ! 男は皆エロいんだよ! そうだろう、藤林!」
「え、ええ!? そんなことないよ! 僕はスケベじゃないっ!」
「ほぉう? なら聞くけど、お前鮎川さんの裸見たいって思ったことねえの?」
「!?!? そ、それは……」
これは酷い。どう答えても糾弾される質問じゃないか。見たいと言えば「このスケベ!」だし、見たくないと言えば「好きな子なのに魅力がないのか」と言われるし。
僕に置き換えてみる。僕の好きな人、ミコトさん。ミコトさんの裸。そんなの……見たいに、決まってるだろうがっっっ!!
「……えげつねえな」
「正直この質問は無効でいいと思う。好きな人が相手ならしょうがないよ」
「ほぉらほらほらほら、どうしたのー藤林クン? 変態か不能者か、好きな方を選びなヨー?」
「う、うぅぅぅぅっ! あ、あゆむちゃーん!」
とうとう彼は逃げ出してしまった。自身の恋人の元へ行き、しきりの頭を下げて謝っている。彼の答えは、誇り高き変態だったようだ。
「正義は勝つ!」
「お前が正義とは思いたくない」
「こんなものが正義でたまるか」
――なお、これがきっかけでユウとあゆむは「一緒にお風呂」を経験することになるのだが、それとこの変態が正義であるかどうかは無関係である。
その後、ガイはなのはに引っ張られていき、たけるも(何故か)いちこに引っ張られていき、僕一人になる。ならば少しでもミコトさんと会話しようと思ったところで、話しかけてきた人物。
「スクライア。少し、いいか」
「……ええ」
ヴォルケンリッターのリーダー。そして、"ミコトさんの騎士"シグナムさん。彼女が話しかけて来ている間に、ミコトさん達は海の方に向かった。水遊びをするようだ。
視線はシグナムさんから外さずに、マルチタスクの一部を使って意識はミコトさんを追う。それがこの人には分かったとでもいうのだろうか。
「お前は、主ミコトをどう思っている」
そんなことを尋ねてきた。見定めるように、僕を見ている。……この人はミコトさんのことを本当に大事に思っているんだ。視線の質が、グレアム提督と同じだ。
あのプレッシャーを経験していたからか、僕はスラリと答えることが出来た。
「好きですよ。一人の女の子として。それを聞きたかったんですよね」
「ああ。主に害を成す存在かどうかを判断するためにな」
「……どうでした?」
「あの男達とは違うようだ。少なくとも害意は見られないな」
あの男達? なにか、あったんですか。
「……お前が来る少し前の話になるが、主ミコトは年上の男達から言い寄られていた。ナンパというやつだ。私が気付いて追い払ったから、大事には至らなかったが」
「詳しく聞かせてもらえませんか。場合によっては、その人たちと「お話」しなきゃならないかもしれない」
「生憎と顔も覚えていない。記憶にとどめる価値も無い小物だったということだ。お前が動く必要はなかろう」
ミコトさんの方も、腕を強く握られて少し赤くなった程度で、怪我もなかったということだ。……本当によかった。
安堵のため息をついた僕を見て、シグナムさんは視線にこもった緊張感を幾分和らげた。
「本当に主のことを慕っているのだな」
「お互い様ですよ。シグナムさんも、ミコトさんのリーダーシップに惚れ込んだんでしょう?」
「同じ穴のムジナということか。……お前の方は、もう少し深いようだが」
それは勿論。彼女を好きと思うこの気持ちは、生半可なことで負けるつもりはない。……はやて相手だと勝てるか分からないけど。
まあ、あの子は別格というかなんというか。僕も二人の間に割って入るつもりはない。僕との間に、新たな関係を作りたいだけだ。
「僕のことは、聞いてますか?」
「ああ。私達が召喚される前に、主ミコトが関わった事件の中核にいたのだろう。最高の守護者だったと聞いている」
「……はは、なんだろう。凄く嬉しいや」
あのときの言葉が、ただの励ましなんかではなく、本当にそう思ってくれていたということが。涙が出そうになるほど嬉しい。
そう思ってくれているのなら、僕はもっと頑張れる。ミコトさんの隣を歩くに相応しい男になれるまで、ひた走れる。
「……私は、主ミコトの騎士となって日が浅い。主から功績をたたえられるだけのことを成せていない。だから……少しお前が、羨ましい」
「天下のヴォルケンリッターの将からそう言ってもらえて、照れくさいやら恐れ多いやらですよ。……まだまだ、僕は止まる気はありませんよ。こんなんじゃ、彼女の隣に立つには、まだまだ足りない」
「そこは同意だ。主の才覚は、管理局提督にすら見初められるほどだ。主ミコトを守護する者として、今のお前を認めるわけにはいかん」
グレアム提督からも言われてるんだよね。このままだとジェノサイドシフトコースだって。恐ろしい話だけど、ミコトさんが色んな人から思われているんだってことが分かって、ちょっと嬉しかったりもする。
シグナムさんはそう言って、コホンと咳払いをする。
「私は、主の取り計らいで、剣道場の臨時講師などをしている。……魔導師にとって役に立つものかは分からんが、あって損はしないはずだ」
「……教えてもらえるんですか?」
「基礎だけだがな。その体の作り込みに、お前の本気を感じた。武人として、その心意気には応えたい」
あって損をしないどころではない。本物の古代ベルカの騎士の手ほどきを受けられる。それが何を意味するか分からないほど無知ではない。
是非もなく、首を縦に振った。
「ありがとうございます。今後もこっちに来ることはあると思いますし、その時は是非」
「再度になるが、基礎だけだ。その先は自力で鍛えろ。私とて、今だ強者に挑戦する身なのだ」
「……恭也さんですか?」
「いずれは士郎さんとも戦いたいものだが、今の私では無理だ。まずは彼を打倒するのが目標だな」
御神の剣士は、古代ベルカの騎士よりも強いことが証明されてしまった。いやまあ、想像はしてたけどね。
その後、シグナムさんと別れてミコトさん達が水遊びをしているところに向かおうとした。またしても呼び止められる。はやてだった。
彼女は先ほどと同様、ザフィーラさんの上に乗って移動している。少しは足が動くようになったって聞いてたんだけど。
「ほんの少しやねん。まだ松葉杖つかんと歩けんし、それも二年前と比べたら全然や。だから今日はこうやって、ザフィーラに運んでもらっとるんよ」
「ビーチじゃ、車椅子も危ないね。そういうことか」
ザフィーラさんはアルフ同様、基本的に狼の姿で過ごしているらしい。……考えてみたら、女所帯の八神家にたった一人の男性なんだよね。そりゃ人型で居づらいか。
一応エールともやしさんは男性だったはずだけど、彼らは常に顕現しているわけじゃない。必要なときに呼び出されるタイプの召喚体だ。まあ、たとえ彼らを含めたとしても三人なんだけど。
「それで、僕に何か用?」
「用ってほどのもんでもないんやけど。以前のときって、わたしはあんまりユーノ君としゃべってへんかったやろ?」
そういえばそうだ。というか、仕方ない話だと思う。あの事件のとき僕が八神邸にお邪魔したのはミーティングのためで、当時のはやては魔法の力を持っていなかった。必然的に蚊帳の外になってしまっていた。
……あのとき、僕がもう少しはやてに注意を向けていれば、闇の書の存在に気付けていたんだろうか。いや、多分無理だな。フェイトが一緒に生活してて気付かなかったんだから。
「この足やと水の中に入るのは無理やし、それならせめてお話を楽しみたいやん。んで、ちょうどいいところにキミがおったわけや」
「なるほどね。いいけど、僕もせっかくビーチに来たんだから、ちょっとぐらいは海に入りたいんだ。いつまでもは付き合えないよ」
「ええよー。わたしも鬼やないし、ちょっとぐらいならミコちゃんと遊ぶの許したる」
……この反応、僕の気持ちってはやてにはバレてるってこと? いや、おかしい話じゃないか。お別れのときにはやてもいたし、離れたところから見ていた彼女なら気付いても不思議はない。
はやてはそう言ってニヤニヤと笑った。うん、確実にバレてるね。それがどうしたと開き直ってみる。実は結構やせ我慢だったりします。
「わたしからのプレゼントは気に入ってもらえた?」
「……あの写真のことか。あれって、はやての差し金だったんだ」
「そらーミコちゃんが写真のお返しなんて気を利かせるわけないやん。で、感想は?」
結構なお点前で。あの写真を見たときは、その場にいられなかった嘆きで思わずクロノに掴みかかってしまったけど、ちゃんとプリントアウトして僕の宝物の一つになっている。
が、それを認めてしまうと何か負けた気分になる。余裕っぽい笑みを浮かべて、腕を組む。
「本物に比べれば、どうってことはなかったよ」
「そう? 他にも色々写真あるんやけど、ほんならユーノ君には必要ないなぁ」
「ごめんなさい強がりましたほしいです」
あっさり掌を返した。情けないと笑いたければ笑え。プライドじゃミコトさんの写真は手に入らないんだよ!
頭を下げた僕を見て、はやてはからから笑う。
「なんや、体はやたらムキムキになったけど、中身はまだまだみたいやなぁ。それじゃあミコちゃんはあげられへんよ」
「……さっきシグナムさんにも言われたよ。日々努力は怠ってないんだけどね」
「方向性の問題やない? 体鍛えたからって、気持ちは鍛えられへんよ。そういうのは人との交流で鍛えるもんや」
それは、そうだろうね。いくら知識を集めたところで、魔法を洗練させたところで、体を鍛えたところで。僕は9年弱しか生きておらず、経験は少ない。心を鍛えるのは、どうしても時間がかかる。
だけど、健全な精神は健全な肉体に宿るという。僕がやっている"下準備"も間違ってはいないはずだ。
「こんな程度でミコトさんの隣に立てるなんて自惚れてはいないよ。もっと強くなって、もっと経験を積んで、もっと頼れる男にならなくちゃ」
「向上心があるのはええことやな。……人様の恋愛にあんま口出しするのもアレやし、どんな結果になってもユーノ君の自己責任ってことで」
「そりゃそうだよ。僕の恋愛なのに、他人任せでどうするのさ。僕自身の力でミコトさんに振り向いてもらえなけりゃ意味がないよ」
「……難儀やなぁ。キミも、ミコちゃんもや」
はやては苦笑をして、ザフィーラさんに運んでもらって荷物置き場に向かった。……難儀、か。恋愛っていうのは、きっとそういうものなんだろう。
決まった解答はなくて、そこに到る過程も千差万別。どんな数式よりも難解で、この世で最も単純な感情。だからこれは、僕とミコトさんに限ったことじゃないだろう。
ガイとなのはの関係も、たけるの片思いも、ユウとあゆむのお付き合いも。全て難儀なものなんだ。
だから、どんな結果になるかなんて僕には分からない。ひょっとしたら、どうしようもないぐらい悲しむ結果になるかもしれない。身を裂かれるほど辛い思いをするかもしれない。
それでも……それでも、簡単に諦められるなら、初めから人を好きになったりなんてしないんだ。
「はやてと何の話をしていた?」
「要精進と言われました。体を鍛えるのはいいけど、心もちゃんと鍛えろって」
ようやく、ミコトさんのところに着いた。彼女は波打ち際に足を晒して、海ではしゃぐ皆を眺めていた。僕とはやての会話は聞こえてなかったみたいだ。
「それはそうだな」と言って、彼女はまた海の方に視線をやる。僕はミコトさんの隣に立ち、彼女を見る――ことは恥ずかしくて出来ず、彼女に倣って海を見た。
視線の先では、ガイがなのはに背中から抱き着かれたまま泳いでいた。……何をやってるんだか。
「ガイはいつまでハーレムなんて言ってられますかね。あの二人がくっ付くのは、時間の問題だと思いますけど」
「同感だ。……奴も、心を鍛え足りないんだろう。なんだかんだであいつも8歳児でしかない。オレやお前とは別の意味で、未熟な部分があるんだろうな」
そうなんだろうか。……ミコトさんがそう言うということは、何かしらの根拠はあるのだろう。なら、きっとそうなんだろう。
チラリと彼女の横顔を見る。口元に小さく、穏やかな笑みが浮かんでいた。その横顔があまりにも綺麗で、顔に血が上る。慌てて視線を逸らす。
「ミコトさんでも、自分が未熟だって思うときがあるんですか?」
「実際未熟だからな。特にこの体の成長の遅さは、どうにかしてほしい。お前のように筋肉を鍛えているわけでもないのに身長が伸びん」
「気にしてるんですね。でも……その、か、可愛いと思いますよ」
どもってしまったけど、何とか言うことが出来た。僕の偽りない感想だ。僕にとってミコトさんは、憧れの人であり、とても可愛らしい女の子だ。
ミコトさんは、どう受け止めるだろうか。以前の彼女なら、「可愛さなど求めていない」と言いそうだけれど。
「そうか。ありがとう、と言っておけばいいか」
さっきもそうだったけど、今の彼女は、褒め言葉をある程度受け入れてくれる。少し会えない間に、ミコトさんも変わって……恐らく、成長していた。
あの頃のミコトさんは、澄んだ声に比例するように冷たい態度を取ることが多かったように思う。それが今では、暖かいものを混ぜてしゃべることが出来るようになっている。
それを思うと、心臓がキュッと縮むような感覚を覚える。……ますますミコトさんに入れ込んでいる自分がいることを自覚した。
「ミコトさん、表情が少し柔らかくなりましたね」
「そう感じるか?」
「ええ。なんていうか……優しい感じがします」
「そうか。……多分、フェイト達のおかげだろうな。あの子達の「母親」となったおかげで、愛情というものの理解が深まった気がする」
なるほど、と思った。あの事件の前と後で、ミコトさんには「母親」という属性が付加された。それが、彼女の経験値になったということだ。
だから僕はこんなに緊張しながら、ミコトさんの近くにいることに興奮しながら、何処か落ち着いていられるのか。
「いいですね。凄くいいと思います」
「悪いとは思わないが、そこまで絶賛するほどか?」
「はい。少なくとも僕はそう思いますよ」
「お前が思っているだけでは、説得力がないな」
「他の人からも言われませんか? ミコトさんは優しいって」
「……うるさいよ、バカ」
少しすねた感じのミコトさんの声が、僕の心をとてもくすぐる。……何だかいい雰囲気になってるんじゃないか、これ。
夏のビーチの波打ち際。僕もミコトさんも水着姿で海を見ている。シチュエーションとしても申し分ない。
これは、あの日失敗した告白をやり直すべきじゃないだろうか? もう一度、今度こそはっきりと「好きだ」と伝える絶好のチャンスじゃないだろうか。
絶対にそうだ。今しかない。
「あの……ミコトさんっ!」
場所が海なだけに気持ちの波に乗って、思い切って切り出す。テンションの変わった僕の言葉に、ミコトさんはこちらを向いた。
僕もまた、ミコトさんの方を真っ直ぐ見る。さっきまで海の中にいたのだろう、少し湿った長い黒髪が太陽の光を反射して、キラキラと輝いている。瞳も、頬も、唇も。
そのあまりの美しさに引き込まれ、一瞬言葉を失う。だけどすぐに気を取り直し、言葉を紡ぐ。
「別れ際の約束、覚えてますか?」
「忘れるものか。中々衝撃的だったぞ。面倒事が全て終わってやっと一息ついたところで、また指揮官になってくれ、だからな」
「うっ!? あれは、その、そういう意味じゃなくてですね……っ!」
やっぱり伝わってなかった。その事実に少々の落胆と、だからこそ今はっきり伝えるんだという奮起で持ち直す。少し逸らした視線を、もう一度ミコトさんに戻す。
彼女は……楽しそうに口元に笑みを浮かべていた。蠱惑的、と言っていいだろう。僕の心を魅了し、惑わせる色香に満ちていた。
「では、どういう意味だったんだ? オレにも分かるように、はっきり言ってくれ」
「あれは……あの言葉の意味は……」
甘い香りがする。本当はそんなことはないんだろうけど、ミコトさんの全身から、僕を惹きつけるように甘い香りを発している気がする。
陶然とする。意識せず、手が彼女の肩を掴んだ。
「……へ? ゆ、ユーノ?」
「ミコトさん……」
華奢な、女の子の肩。力を入れたら壊れてしまいそうで、壊れ物を扱うように、丁寧に掴む。彼女は、何が起こっているのか分からないようで、困惑していた。
抱きしめたいほど可愛い。柔らかそうな唇に触れたい。ミコトさんを全身で感じたい。劣情とも言っていい感情を、わずかに残った理性が抑え込む。
伝えなきゃ。この心を満たす熱い想いを、はっきりとした言葉にして、ミコトさんが分かるように伝えなきゃ。
「僕は……」
「ユー、ノ……」
潤んだ瞳。彼女を愛おしいと思う感情が溢れる。気を抜けば体が勝手に唇を奪ってしまいそうだ。ダメだ、やっちゃいけない。そんなことをしたら、いくらミコトさんでも許してはくれない。
感情に振り回されないように必死で抑えながら、僕の気持ちを表すたった二文字を口にする。たったそれだけのことに、大変な労力を必要とした。
そして僕は、口を開く。
「僕は、ミコトさんのことが……――」
「くぉらぁぁぁ! 何やってんの、この淫獣がぁぁぁぁぁ!!」
「すぎゅるぶっ!?」
皆まで言うことは出来ず、僕は側頭部に強烈な衝撃を受けて、浅い海の中にダイブした。冷たい海水で頭が冷え、急速に思考も冷えて行く。
冷静になった僕は海面から顔を出し、下手人の姿を確認する。ミコトさんのクラスメイトの「矢島晶」が、怒りの形相を貼り付けて仁王立ちしていた。恐らくは彼女が僕の頭に飛び蹴りをしかけたのだろう。
「な、何するんだよ!」
「それはこっちの台詞だっての! あんた今、ミコトにチューしようとしてたでしょうが!」
「は、はぁ!? してないって! 言いがかりはよしてくれよ!」
「言い訳すんな! わたしだけじゃなくて、シグナムさんもばっちり見てたんだからね!」
「スクライア……私はお前を評価していたのだがな。先ほどの言葉は、撤回しなければならぬか」
「ご、誤解ですシグナムさん! 確かにしそうにはなったけど、ちゃんと堪えましたよ!」
「やっぱりしようとしてたんじゃない、このケダモノ!」
シグナムさんも交じり、僕を糾弾してくる。……告白どころではなくなってしまった。
その後、ヴィータやアリシア達も混じって大騒ぎになり、結局この日はミコトさんに僕の真意を伝えることは出来なかった。
だけど……僕は諦めない。いつの日か、ちゃんと僕の気持ちを伝える。そして、僕が望む未来を勝ち取るんだ。
僕の大好きなあの人がそうしているのと同じように。思ったことを、成し遂げるんだ。
「ミコトちゃん、だいじょーぶ? お顔真っ赤だよー」
「あ、ああ……そんなに赤くなってるか?」
「ミコトちゃんって肌白いから、目立つのよね。嫌だったの?」
「いや……ただ驚いただけ、のはずだ。まさか彼があんな行動に出るとは思わなかった」
「……無害そうな顔して、ミコトちゃんの唇を奪おうとするなんて。やっぱりあのフェレットもどきは一度「お話」するべきだよね」
「おーいむーちゃん、ライトサイドに戻ってきなー」
「彼の名誉のために言っておくが、先に挑発したのはオレの方だ。あまり責めてやるな」
「ユーノ君も男の子だったってことやな。これに懲りたら、今後は軽い気持ちで男の子を誘惑したらあかんで」
「そこまでしたつもりはなかったんだが、結果的には同じことか。……彼は、オレに誘惑されたのか」
「? ミコトちゃん、ちょっと嬉しそう?」
「……そうだな。どうしてかは分からないが、彼を誘惑出来たという事実を嬉しく感じている。ナンパされたときは不愉快なだけだったのに。どういうことだ?」
「そんなのあたしらに聞かれてもわかんないよー。やがみんは分かる?」
「んー……ユーノ君に脈ありかと思ったけど、多分これはちゃうな。子供の成長を喜ぶ的なアレや」
「あー、つまりユーノがちょっと男らしいところを見せて、よく出来ましたってことね。ミコトちゃんに春が来たのかと思ったのに、残念」
「そうなの?」
「……どうなんだろうな」
意外とガチで進む筋肉ネタ。ネタを冗談でやったら何も面白くないので、ユーノ君には本気で筋肉街道を進んでもらいます。
今回でシグナムから剣術を学ぶフラグが立ちました。なのはが原作より戦闘能力低かったり、はやてに戦う意志がなかったりなので、他の面子が補う必要があるでしょう。補ったところで、使い道は多分ないんですが。
ともかく、これでほぼ完全にユーノの無限書庫司書ルートは壊滅したものと思われます。っていうかミコトに惚れた時点で管理世界に職を持つのは無理ですね。
作中でユーノが語っている通り、健全な精神は健全な肉体に宿ると言いますが、筋肉質な体になったことで若干行動がアグレッシブになったかもしれません。以前のユーノでは、挑発されたからと言ってミコトに迫るなどという真似は出来なかったでしょう。
結果はグダグダになりましたが、どうやらミコトの方も満更ではなかった様子。もしあのまま押しきれていたら……どうなっていたでしょう。ミコトのことだから簡単にOKはしないでしょうが、もう一歩認めてくれていたかもしれません。
まあA's章の間はユーノ君の恋が成就することはないんですけどね(無慈悲)