不思議なヤハタさん   作:センセンシャル!!

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一週間とは何だったのか……(白目)


四十話 はじめのいっぽ

 海に行った翌日、八神邸のリビングに関係者が集まる。修復プロジェクトが本格的に動き始めてから初めての全体ミーティングだ。

 つまり、全員揃っての話し合いはこれが最初。オレは全員と面識があるが、はやてやヴォルケンリッターは一部とは面識がない。

 加えて今回は、アリシアプロジェクト(仮)の参加者である忍氏とはるかもいる。彼女達のデバイス作成計画は夜天の魔導書修復と直接は関係ないが、デバイス絡みということで力になれるかもしれないとのことだ。

 そのため、まずは改めて自己紹介から始める運びとなった。

 

「時空管理局所有次元航行艦船「アースラ」艦長の、リンディ・ハラオウン提督です。こちらは部下のクロノ・ハラオウン執務官と、彼の補佐官兼通信士のエイミィ・リミエッタ。本件に協力させていただく者です」

 

 アースラ組を代表し、ハラオウン提督が紹介する。

 ……提督はポーカーフェイス、リミエッタ通信士はのほほんとしていて分からないが、ハラオウン執務官は若干表情をしかめている。恐らく「現地の一般人」が当たり前に列席していることに納得出来ていないのだろう。

 事実として彼女達は、「一般人」と言うには管理世界のことを知り過ぎているが、それでもこの件に関わる必然性というものはない。彼が納得できないのはそういうことだろう。

 彼は良くも悪くも「優秀な執務官」なのだ。全体的な能力が極めて高く、肉体面でも頭脳面でも間違いなく一級品と言えるだけのものを持っている。

 それゆえに、セオリーを外れることが少なかったのだろう。セオリー通りで物事を解決できるだけの能力があったから、型破りな発想をする機会がなかったのだろう。

 だから「管理外世界において管理世界の情報は秘匿する」というセオリーに真っ向から対立する現状を受け入れられない。……いや、受け入れる努力はしているのか。

 

「月村忍です。シアちゃん……アリシアさんが主導となって進めているデバイスプロジェクトに参加させてもらっています。ついでに、月村家の現当主です」

「そっちがついでなんだ……」

 

 なのはの小さな突っ込みは総スルー。それでもハラオウン執務官は、黙って忍氏の自己紹介を聞く。自分が納得できずとも、目の前で起きている出来事は現実であると理解しようとしていた。

 次いで、はるかの自己紹介。

 

「えっと、田中遥です。同じくシアちゃんのプロジェクトのメンバーで、ミコトちゃんとはやてちゃんのクラスメイトです。……そのぐらいかな」

「……色々と突っ込みどころはあるが、もういいか。ミコトに関して、僕の常識で測ろうというのがそもそもの間違いなんだ」

 

 彼は色々と諦めたようだ。失礼な物言いではあるが、オレの方も彼の狭い了見で推し測ってもらおうなどとは思っていない。

 その程度で収まっていたら、オレ達が成し遂げようとしていることは到底成しえないのだ。「管理世界の常識」の中で思考していたら、飛躍は生まれない。

 そのためならば、「現地の一般人」の力を借りることだってしよう。あるいは、それこそが突破口になるかもしれないのだから。

 次にギルおじさん陣営が自己紹介をし……ハラオウン家とは因縁深いであろう、ヴォルケンリッターの番になる。

 

「守護騎士を代表して。"剣の騎士"シグナムと申す。主はやて、そして主ミコトに仕えるベルカの騎士だ」

「……一応、ユーノさんから報告は受けてましたけど。本当にミコトさんの騎士もやっているんですね」

「騎士の誇りにかけて、虚偽は一切ないと断言しよう。……ないとは思うが、もしそちらが我が主達に危害を加えようとした場合は……」

「私達はあなた方に協力するためにここにいるんです。だから、安心してください」

 

 やれやれと、我が騎士の高過ぎる忠誠心に呆れの嘆息を吐く。今更ながら、掌返しが熱すぎてむずがゆい。

 ハラオウン提督とシグナムの間に立ち、仲を取り持ってやる。協力者なのだから、あまり警戒しすぎるのは非効率だ。

 

「彼らは、オレの不興を買った場合にどうなるかを理解している。わざわざこちらから敵対する必要はない」

「……主がそうおっしゃるのであれば」

「君は相変わらず鬼才だな。やはり、敵に回したくはない」

 

 ハラオウン執務官は、再び色々諦めた表情だった。

 ――ハラオウン家にとって、闇の書が"仇"であるという話は、ギルおじさんから聞いていた。だがその割には、彼らはヴォルケンリッターにも闇の書にも、これといった感情を表さなかった。

 提督はまだしも、ポーカーフェイスの出来ない執務官までもそうだということは、実際に大きな感情を持っていないということだ。少し、拍子抜けだった。

 

 簡単な自己紹介を終え、本題に入る。内容は、昨日ユーノが伝えた通り、夜天の魔導書の資料について。

 

「細かな仕様だとか、専門的な内容に関しては、こちらの資料に記載されています。これは……ええと、ミステールさんにお渡しすればいいのよね」

「うむ。今回の件、実働の主力はわらわなのでな。恩に着るぞ、提督殿」

 

 紙媒体にプリントアウトされた資料を受け取り、ザフィーラにファイリングを指示するミステール。彼は完全に秘書が板についてしまっていた。……なんか、すまないな。

 ハラオウン提督は、恐らくミステールの素性について聞かされたのだろう。先の事件のとき、彼女もオレ達と一緒にいたという事実が、上手く頭の中で繋がっていないようだ。

 

「あ、そっか。ミステールちゃんって、前の事件のときも実は大活躍だったんだねー。わたし達全然気づいてなかったけど」

「ソワレも、がんばった!」

「うんうん、ソワレちゃんも頑張ってたよねー」

 

 その辺はこの能天気そうな通信士の方が受け入れているようだ。考えが浅い分、現実をありのままに受け止められるのだろう。

 ソワレはリミエッタ通信士を気に入ったようで、頭をなでられて嬉しそうにしていた。それを難しい表情で見ているのは、ハラオウン執務官。

 

「……確かにグレアム提督から全て聞かされたが、いまだに信じがたいな。ロストロギアを……ジュエルシードをこんな形で活用できるなんて」

「お前は"あの場"にいて見ただろう。紛れもない事実だ」

「疑っているわけじゃないさ。ただ、理解が追い付いてないだけだ」

 

 自信満々に言うことではないと思うが。

 

「だが、君が僕達の理解を超えてくれるおかげで、色々と幅が広がったんだ。僕が全てを理解出来る必要はないんだろう」

「残念ながら、相変わらずオレは管理世界に関わるつもりはない。そちらとしても、不和を呼び込みたくはないはずだ」

 

 今回の件を通じてオレが管理局に協力するようになると考えるのは大間違いだ。ギルおじさんは別として、彼らとの協力関係は今回限りのものでしかない。

 だというのにハラオウン執務官は、余裕あるたたずまいを崩さない。……少し、ムッと来た。

 

「何をニヤついているのかね、ムッツリーニ執務官」

「君は本当にそれを引っ張るな……。僕にも僕の考えというものがあるのさ。まだ考えでしかないけれど、双方にとって得があるなら、君を動かすことが出来るかもしれない」

「管理局がオレにとっての得を提示する手段が思い浮かばないが……まあ、いい。話ぐらいなら後で聞いてやろう」

 

 この少年(というにはオレよりもかなり年齢が上だが)も相変わらずのようだ。相変わらず、何かしらオレに勝とうとしてくる。一体オレに何を求めているのやら。

 まあ、不快かと聞かれたら、そんなことはないんだが。……オレもこの関係性をそれなりに楽しんでいるようだ。

 ふと視線を感じ、視界の端でそれを捉える。ユーノが射殺すような目でハラオウン執務官を見ていた。ああ、なるほど。それが嫉妬というものか。

 

「クロノ、今は夜天の魔導書復元の会議中だよ。関係ない話は後にしなよ」

「発端は僕じゃないんだがな。とはいえ、君の言うことも一理ある。エイミィ、その子を離して会議に集中してくれ」

「だいじょーぶだよー、記録漏れはしないから。ねー、ソワレちゃん」

「ねー」

 

 リミエッタ通信士に随分と懐いているソワレ。オレやはやて以外にあれほど懐くというのも、珍しい話だ。

 ――後に聞いてみたところ、「エイミィ、ミコトに、ちょっとにてる」だそうだ。どの辺りが似ているというのか。真逆のキャラクターだと思うが。

 ジュエルシードから生み出されたソワレに対してか、それとも能天気な対応のリミエッタ通信士にか、彼はため息をついて追及をやめた。彼女の能力は認めているということなのだろう。

 事実、彼女はソワレを膝に乗せたまま、空間投影のキーボードとディスプレイを展開し、いつ議論が始まっても記録できるようにしている。……オレには無理だな。

 ここに来て管理世界の技術の一端を初めて見た忍氏とはるかは、前者は隠しながら、後者はあからさまに、目を輝かせた。

 

「それではまず、資料の概要から説明願いたい。詳しいことは書いてあるとはいえ、大まかな内容は全体として共有しておきたい」

 

 大勢が集まったことによる雑然をぶった切り、会議を始める言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

「おさらいとして、現在「闇の書」と呼ばれているデバイスの開発時の正式名称は「夜天の魔導書」。これは、古代ベルカ時代の資料から裏を取ることが出来ました」

 

 管理局側のまとめ役は、ギルおじさんではなくハラオウン提督のようだ。考えてみれば、ギルおじさんは提督の役職を持っているとはいえ現在は艦隊職を退いている。現役の提督の方が適任ということか。

 これまでオレ達が口に出してきた「夜天の魔導書」という名称は、元はと言えばガイの"前世"の知識によるものだ。彼が言っていたように、それが100%この世界にも適用されるというものではない。

 現時点を持って初めて、「夜天の魔導書」という名前が正式名称であると確定したのだ。

 

「資料が古くてかなり飛び石な情報になってしまったけれど、開発初期の機能は"記録"のみであった可能性が高い。これは、ミコトさんも予想していたことですね」

「確かにそう予想していたが……ヴォルケンリッターも後付けということか?」

「そうね。どの時点で付加されたのかは分からないけれど、本当の初期の初期は"ただの高機能な魔導書"の域を出ない代物だった。現時点での調査では、そういう推測になるわ」

 

 なるほど。今後の調査次第では分からないことだが、もし本当にそうだとすれば、"初期化"をするわけにはいかない。ヴォルケンリッターに消えてほしくはないのだ。

 ヴォルケンリッターが元々「夜天の魔導書」の機能ではなかったということに、シグナムとシャマルは衝撃を受けたようだ。対して、ヴィータは驚きはしているものの落ち着きを崩していなかった。

 

「あたしらの知らない闇の書のことがあるぐらいなんだ。別に不思議なことじゃないだろ」

「それは……確かにそうなのだが。我らは常に主とともにあるものではなかったのか……」

「その必要があったから、ヴォルケンリッターというプログラムが付加されたのだろう。少なくとも"バグ"ではない。正規のプログラムと考えればいい」

「……そう、ね。わたし達は、わたし達の意志ではやてちゃんやミコトちゃんと一緒にいたいんですもの。たとえ後付けだったとしても、何も変わらないわね」

 

 ちなみにザフィーラは驚きすらしていなかった。恐らく埋もれた記憶の中に符合する何かがあったのだろう。さすがの"盾の守護獣"である。

 衝撃を受けた二人が落ち着きを取り戻すのを待ち、ハラオウン提督に先を促す。

 

「"蒐集"という言葉が出てくるのは、"ヴォルケンリッター"という言葉が出てからだいぶ経ってからのことです。その間に、"記録"の機能の改変が行われたのでしょう」

「手っ取り早く魔法を集めたがった当時の主が、強制的に奪えるように手を加えたということか」

 

 恐らくはその辺りから、「夜天の魔導書」は「闇の書」と侮蔑を受けることになってしまったのだろう。人の犠牲を厭わない、血塗られた書と。

 

「そこから先は、どうやら夜天の魔導書の転換期だったらしくて、まだ詳しい資料が見つかっていません。"蒐集"が付加されたことによって、加速度的に改変が進められたんでしょうね」

「前の主がそうしていたのだから自分も、と考えるんだろうな。まったくもって度し難い」

 

 ハラオウン執務官の感想は、怒りとも言っていいものだった。……なるほど。彼は恨みの対象を正したのか。「闇の書」と呼ばれてしまった「夜天の魔導書」という被害者から、改変を加えた歴代主という加害者へと。

 一つ理解し、やや落胆のような感覚を覚える。一番の問題は、まだ起点すら見つかっていないようだ。

 

「最低でも防衛プログラムに関する資料はほしいところだな。それをどうにかしないことには、アクセスすらままならない」

「下手にアクセスして自己破壊を起こさせるわけにはいかないからな。……そちらの、ミステールがやっても、やはり防衛プログラムに引っかかるだろうか」

「恐らくはそうじゃろうな。因果を起こして干渉するにしても、相手が魔法プログラムならば、干渉の結果も魔法プログラムじゃ。防衛プログラムそのものに干渉出来るなら、話は別じゃろうが」

 

 防衛プログラムは何物なのかという疑問を解消しなければならない。それさえ分かれば、ミステールがなんとか出来る可能性も生まれる。

 ともあれ、現状集まった資料は「夜天の魔導書として適正な範囲の仕様」ということだ。闇を孕み、闇の書へと変貌していった過程は、まだ分からない。

 

「……やはり、ユーノにはもう一度無限書庫に潜ってもらうことになりそうだ。異論はないか」

「ありません。ミコトさんの役に立つことは、僕も望むところですから」

 

 そう言って彼は発達した筋肉で力瘤を作ってみせる。……確かに、逞しくはなったようだな。

 ――不意に、昨日海であったことを思い出しそうになり、無理矢理思考を振り払う。あれを思い出したらまた顔に血が上りそうだ。今は会議中なのだ。関係のない思考はカット。

 

「助かる。あてにさせてもらうぞ、"最高の守護者"」

「……へへっ! 任せてくださいよ!」

「気合を入れるのはいいけど、浮かれて凡ミスをするなよ。君がミスをすると、その分僕達にしわ寄せがくるんだから」

「分かってるよ。僕はそこまで愚かじゃない」

 

 先ほどの嫉妬から打って変わって、ハラオウン執務官に勝ち誇ってみせるユーノ。それに対して執務官は、呆れの視線を投げるだけだった。

 

 

 

 資料については以上。次は、ギルおじさんから。

 

「先の会談で私が提示した「ミコト君をはやて君とともに封印する」という次善策だが、少し改良を加えることが出来た。と言っても、まだ賭けの要素が強いのだがね」

 

 彼、そしてハラオウン執務官は、これまでに何度か会議を開き、代案の模索を行ってきたそうだ。

 多少とはいえ、進展があったというのは素直に驚きだ。そもそもギルおじさんが何故最初はやてを犠牲にする計画を立てたかというと、それしか方法がなかったからだ。

 闇の書は、完成と同時に暴走する。正確には防衛プログラムが暴走し、主を取り込んでしまう。そのため、封印を行おうとすると、どうしても主ごと封印しなければならなくなる。

 二人が着目したのは、完成から暴走までのタイムラグだ。

 

「私は先代の主の一件で、完成してから暴走するまでにそれなりにラグがあることを確認している。もし本当の意味で完成と同時に暴走するなら、あの事件はまた違った結末になっていたはずだ」

「確かに。闇の書の完成は、先代主の最後の悪あがき。つまり、少なくとも生きている間に完成は成していた。本当に同時なら、ギルおじさんの弾は防衛プログラムに阻まれ届かなかった」

 

 しかし実際には彼が先代主を射殺した。オレは平気だが、他の面々――特にはるかなどは気にする内容だろう。おじさんもオレも、皆まで語ることはしなかった。

 逆に完成と射殺が全くの同時で、書が主を認識できずにラグが発生したという可能性もあるが……そちらの方が可能性としては低いだろう。

 

「つまり、書が完成し暴走するまでのラグの間に、うまいこと防衛プログラムだけを封印することが出来れば、暴走を抑えることが出来るというわけか」

「だが、グレアム提督が最初に言った通り賭けの要素が強い。防衛プログラムの強度の問題もあるだろうし、本当にはやてが取り込まれるのを防げるのかも分からない」

「……取り込まれてから、はやてが自力で抜け出すという可能性は?」

 

 ガイからもたらされた「作品の世界線」の可能性を提示する。オレは正直「これはない」と思っている選択肢だが、一応彼らの意見も聞いておきたい。

 

「ゼロではないだろうけど、それも賭けだ。もし簡単に出来るなら、これまでの主もそうやって生き延びたはずだ」

「現実的ではないか。なるほど、確認できた」

 

 やはり次善策は「暴走するまでの間に防衛プログラムを抑える」の方が優先されそうだ。

 あっさりと引き下がったオレに、ハラオウン執務官はやや訝しげな視線を向ける。

 

「君自身現実的でないと思っていながら、どうして聞いたんだ?」

「言っただろう、ただの確認だ。オレはそちらの魔法に関しては無知もいいところだ。科学的に論理的に、どれだけ現実的でないかを知りたかっただけだ」

 

 ――彼らにガイの"前世"について話す気は、今のところはない。オレ達は彼にとって「仲間」と言える存在だが、管理局の面々はその限りではない。先述の通り、一時的に協力しているだけだ。

 無論、彼らがガイの真実を知って、その知識を私利私欲のために利用しようとする人間でないことは知っている。が、管理局にそんな人間がいないとは限らない。

 だから、管理局に在籍している彼らに、管理局の内側に、ガイの情報を持たせるわけにはいかない。オレの"魔法"なんかとは比較にならないトップシークレットだ。

 彼もその辺りのことは何となく察しているだろう。表に出せる情報に真実を隠すことを、黙って受け入れていた。

 

「あらゆる可能性を網羅しなければ、オレ達の成したいことは成しえない。それが理由だ」

「……その通りだな。少し過敏だったみたいだ、すまない」

 

 彼が喰いついてきたのは、結局のところ例の妙な対抗心だったようだ。楽しんでる手前大きくは言えないが、TPOは考えてもらいたいものだ。

 ユーノの嫉妬はスルーして(彼はハラオウン執務官を敵視し過ぎである)、話を戻す。

 

「この案は、どの程度具体化されていますか」

「現状では出たとこ勝負といったところだね。防衛プログラムについて分からないことが多すぎるから、今のままでは最も基本的な布陣で構えるしか出来ないだろう」

 

 闇の書とはやてに一定の距離を置き、彼女の回りを防御魔導師が囲み、前衛部隊が弱らせて封印する。なるほど、セオリーだな。

 もちろん、オレもギルおじさんもハラオウン執務官でさえ、そんなにうまくいくとは思っていない。相手は膨大な力を保持し得る魔導書の、最大の歪みとも言える存在なのだ。

 現状のアイデアは、オレがはやてとともに封印されることを前提に置き、魔導師部隊が出来る限り抗うという程度のものでしかないようだ。

 

 その程度でしかない……だけど、確かな前進はあった。彼らが、オレとはやてのことを「失いたくない」と考え、その思いを現実にしようとしてくれた。

 今のオレは、それをちゃんと感じ取ることが出来るぐらいには成長したらしい。

 

「ギルおじさん。ハラオウン執務官。……それと、リーゼアリアとリーゼロッテも。オレとはやてのことを考えてくれて、感謝する。……ありがとう」

 

 頭を下げる。顔を上げたときに見た4人は、豆鉄砲でも喰らったような顔をしていた。気持ちは、分かるな。

 

 

 

 管理局側からの伝達事項を終え、オレ達の番となる。大まかな進捗に関してはエアメールでギルおじさんに伝えてあるが、細かいところはやはり面と向かった方がいい。

 

「はやての足に関して、蒐集が一定の効果を持つことは確認できた。……一応確認だが、無人世界でリンカーコア持ち動物から蒐集を行うのは、管理局法的に問題ないか?」

「グレーゾーンだな。管理世界ならロストロギアの不法所持と違法使用になってしまうけど、君達はあくまで管理外世界の住民だ。それに、僕達の監督下にあるという言い訳も立つ」

 

 見せ方の問題としてだ。実際のところプロジェクトを主導しているのはオレであり、彼らが協力しているという形。それを、管理世界に向けては逆に見せる。

 そうすることで、「管理局によるロストロギアの安全処理」という体裁を整えることが出来、仮に管理世界に察知されても、追求を避けることが出来る。

 それにしても……管理局法というのはどうにも融通がきかないようだ。

 

「緊急避難すら適用されないのか」

「ロストロギア関連では、どうしてもな。君だってリスクを取るのは承知でやっているんだろう」

「まあ、な」

 

 蒐集を行うということは多少ではあっても闇の書を完成に近づけるということ。それでなくとも刺激は与えることになるだろう。

 そして今の闇の書は、爆弾を抱えているのだ。世界を巻き込むほど巨大な爆弾を。

 治安組織からしたら、個人よりも大多数の方を守ろうとするのは当然の理だ。彼の言っていることは正しい。それを律儀に守っていたら、いつまで経っても何も変えられないというだけの話。

 

「リスクを取った結果として、確実な結果が出ている。より多くの時間を稼げるなら、それだけプロジェクトの成功率も高まる」

「……その通りだ。その考えに賛同しているから、僕達は協力しているんだ」

「なら、しっかりとオレ達を守ってくれよ。法の番人」

 

 真っ直ぐ撃ちかえした言葉に、ハラオウン執務官は少し顔を赤らめて頬をかいた。安定のユーノからの嫉妬。

 ……海のときもそうだったが、ユーノに「そういう」反応をさせられるということが、どうしてだか嬉しく感じている。弄って楽しんでいるのとは、また違う感覚だ。

 自分でも理由が分からず、収まりが悪い。はやての言う「親目線で子供の成長を喜ぶ」のとも違うし。皆に聞いてもやはり分からなかったし。本当に、何なんだろう。

 まあ、今は関係のない話なので捨て置こう。後々覚えていたら考察すればいい。

 

「現在の蒐集量は3ページ。初回は前回のギルおじさんとの対談前に行い、第57無人世界「ビリーステート」にて小型動物を中心に1ページ強を蒐集。……半分ほど、凍結変換資質持ちの中型が混じっているがな」

 

 蒐集の細かな内訳を説明する。さすがに正確な数までは覚えていないが、「小型多数と中型一体」という事実を共有すればいいだろう。

 当時のシャマルの反応で分かっていたことだが、管理世界の住民からすれば凍結変換というのは驚く程度にはレアな能力のようだ。

 

「凍結変換持ちの野生動物……それはまた、初回から随分と珍しい札を引き当てましたね」

「ヴォルケンリッターの将の功績にして過失だ。結果オーライとはなったが、これからは自重してもらいたいものだ」

「うっ。は、反省したではありませんか……」

 

 なんだか妙に懐かしく感じるな。当時はまだ、シグナムとオレの仲が険悪だった。険悪ながら、利害の一致により共闘し……それが今の結果につながっているのだろう。

 評価の変化はむずがゆくとも、それが不快というわけではない。今の関係性は、多少忠誠心が重いが、それでも心地よくはある。

 シグナムに向けて口元で小さく笑い、「もう責めてはいない」と意思を伝える。今のはただのシグナム弄りだ。なのは弄りと大差ない。

 

「これによりはやてが状態の緩和を感じられる程度に回復。しかしこの時点では恐らくまだ足の麻痺は解けていなかった」

「胸の辺り……リンカーコアやな。魔力が取られるのが減ったからやろうけど、負荷っちゅうんかな? それが楽になったのは、言われて初めて気付いたわ」

 

 「せやから、もしかしたら足も動かせたんかもな」と苦笑するはやて。銭湯での一件がなければ、今も気付いていなかっただろうからな。

 だが、それはないだろうと考える。初回で足を動かす目処が立たなかったから、二回目でもまだだろうと推測していたのだ。足の麻痺の緩和は、二回目の蒐集からだ。

 

「二回目は夏休み初日、第71無人世界「コルマイン」にて、金属皮膜持ちの中型猛禽から蒐集を行った。この際の蒐集量は2ページ弱。一回目と合わせて3ページだ」

「……君達の戦力を考えれば危険というほどでもなかっただろうが、もう少し安全な手段は取れなかったのか? 一回目はもっと安全面を重視していたんだろう」

 

 何かあれば対抗して来ようとするハラオウン執務官。だがそれは、オレも考えてはいたことだ。

 

「同じことを繰り返しているだけでは、状況を動かすことは出来ない。だからこそ、蒐集量を増やして違いを見る必要があった」

「初回で延命には十分な結果が出ていたはずだ。わざわざリスクを取る必要があったようには思えない」

「そうでもない。オレは、はやてと一緒に、夏祭りを「歩いて」回りたかったんだからな」

 

 沈黙。無論のこと、そうすればはやての麻痺が解けるなどという保証はなく、オレもそれを期待していたわけではなかった。結果としてそうなったというだけの話。

 だが、「はやてを歩けるようにしたい」という意志がなかったわけではない。皆がそういう意志を持っていたからこそ、コルマインでの蒐集を決行することになったのだ。

 より致命的な方に囚われ足のことが抜け落ちていたハラオウン執務官は、何も言えなかった。足が動かせないというのも、それはそれで致命的なことなのだ。

 

「まあ、今後次第ではリスクを取る必要もなくなる。……はやて」

「うん。というわけで、ほいっと」

「っ。これは、魔法陣? にしては……」

 

 はやてが作って見せた、魔法陣練習中の代物。相変わらず彼女は光り輝く円盤しか作り出せなかった。今の彼女は、魔力要素を魔力に変換することが出来るだけだ。

 

「はやて自身が魔力の運用を覚えることが出来れば、魔力簒奪に対抗することが出来る。そうすれば、現状維持も可能だろう」

「ゆーても、まだほんとに魔力を動かせる程度でしかないんやけどな。どうやれば魔力奪われんように出来るかは分からんわ」

「……蒐集による状態の緩和、そして現状維持のためのはやて自身の訓練。これが、君達の成果ということか」

 

 ハラオウン執務官は正しく理解したようだ。本当に全ての成果を言うなら、はやての足のリハビリと、シグナムとの和解によるチーム力向上も含まれるだろうが、プロジェクトには関係がない。

 オレ達がただ待つだけではなく、自分達に出来ることを可能な限り探し実行してきたということに、彼は小さく嘆息した。

 

「本当に君は、どこまで鬼才なんだ。敵に回したくないという思いが強まったよ」

「それは重畳だ。オレも、無駄な労力を割きたくはない」

 

 意訳、管理世界の厄介事はごめんだ。それは正しくハラオウン執務官に伝わり、彼は小さく苦笑した。

 

 

 

 最後に、復元プロジェクトからはやや離れて、アリシアが主体となって進めているプロジェクトについて。年少のアリシアに代わり、忍氏が代表して発言する。

 

「私達は「魔導師でない者でも使用可能なデバイス」の開発を目指して研究を進めているわ。現状、私の恋人が空中戦に参加出来てないことを鑑みて、まずは非魔導師に空戦を可能とする手段の確立からね」

 

 若干公私の入り交じった発言に、話題に上げられた恭也さんが「おい、忍……」と諌める。彼は気付かなかったようだが、オレは彼女の視線が一瞬だけシャマルに向けられていたことに気付いた。つまりは、牽制か。

 このような場ですることではないと思うが、逆にこのような場だからこそ「恭也さんの恋人」という立場をはっきりさせることが出来る。そういう駆け引きを感じ取った。

 対してシャマルは、分かっているのか分かっていないのか、曖昧な苦笑。横恋慕の心配はないだろうが、もしそうなったとしても彼女に勝ち目はなさそうだ。

 恐らく恋愛絡みの話題に耐性がなかったのだろう、ハラオウン執務官は少し狼狽えた。さすがにハラオウン提督やギルおじさんは、苦笑する程度だったが。

 

「非魔導師が使用可能なデバイス、ですか。……ご存知か分かりませんけど、管理世界でも似たような研究が行われた過去はあります。ただ、そのどれも有力な結果には繋がらなかったらしいわ」

「ええ、シアちゃんから聞きました。と言っても、彼女の知識は26年前のものだけど。現状も進展はなしってことなのかしら」

「一応、外部カートリッジで魔力を供給して、登録された魔法だけを使用可能なものはあるけれど、あなた方が目指しているのはそういうことではないのでしょう?」

 

 首肯。彼女達が目指しているのは、魔導師でなくとも魔導師と同様に魔法の行使を可能とするようなデバイスだ。そんなインスタントな代物ではない。

 

「私達が考えているのは、リンカーコアの機能を提供しつつ、魔法の処理も行えるデバイス。電池を使い切ったら何も出来ないんじゃ、ただの子供のおもちゃよ」

「……非魔導師の局員向けに配布はされてるんですけどね、インスタントデバイス。けれど、忍さんの言いたいことも分かります。あれらは結局、本当のデバイスと比べたら、子供のおもちゃ程度でしかない」

「完全に魔導師と同じってわけにはいかないでしょうけど、せめて「リンカーコアがないから魔法が使えない」という縛りをなくすぐらいは出来ないとね」

 

 文字通り、「外部リンカーコア」として働くデバイスということだ。魔導師と非魔導師の差は、突き詰めればリンカーコアの有無でしかない。

 もし魔導師としての高度な能力行使の素質を持ちながら、リンカーコアがない故に魔法を使えないという人材が存在した場合、彼女達が目指すデバイスがあれば新たな道を開くことも出来るのだ。

 それほどの偉業とも呼べる研究が平易なわけがない。現に管理世界で、「アダプトデバイス」というものは存在しないのだから。

 

「管理世界の教育を受けた魔導師としての意見ですけど、率直に言って無謀な研究だわ。私には到底、成功する未来が想像出来ない」

 

 だからハラオウン提督の切り捨てるような意見も至極尤もだ。恐らく管理世界の常識で考えたら、「非魔導師に魔法を使うことは出来ない」というのが定説なのだろう。

 だがここは管理外世界であり、管理世界の常識が通用しない場所なのだ。彼らが「出来ない」と言ったからと言って、アリシア達に出来ないとは限らないし、それで諦める連中でもない。

 

「私だって、完成図が頭の中にあるわけじゃない。だけど発明家っていうのは、試行錯誤の中で無から有を生み出すのよ。想像が出来ないというだけで不可能と断ずるのは、結論を急ぎ過ぎね」

「もちろん、私が想像出来ないから不可能だ、なんて言う気はありません。ただ、実現できる可能性の問題を指摘しているだけです」

「その可能性がゼロでない以上、挑戦する価値はあるのよ。私達はそういうスタンスを取っているだけ。やめる気はないわよ」

「別にやめろと言っているつもりではなかったのだけれど……いえ、やめた方がいいという気持ちはあったわね。あなたもアリシアさんもはるかさんも、もっと他のことに時間を費やした方がいいと思ったわ」

「えーっと……わたしはこの研究に参加してるので十分満足出来てますよ。まだ、何も力にはなれてないけど」

 

 どうやら管理世界の常識との齟齬が発生しているようだ。管理世界的には、「無駄になる可能性が高いことに時間を費やすべきではない」という考え方が一般的なのだろう。

 もちろんこの世界でも、その考え自体は間違いでもない。だがオレ達ぐらいの子供は、そういう無駄を好む傾向にある。無駄を楽しみ、未来の糧にしている。

 海鳴二小に編入したばかりの頃のフェイトが、まさにその常識との差に困惑していた。同年代の子供達の「無駄」な遊びの意味を理解出来ないでいた。

 忍氏にしろはるかにしろ、管理世界への理解はまだまだ浅い。そしてアリシアは、頭は良くても精神は子供そのものだ。ハラオウン提督に対して効果的な説得が出来ないでいた。

 ……そもそも彼女に理解してもらう必要があるのかはさておき、このままではいつまで経っても話が進まない。口を挟ませてもらおう。

 

「ハラオウン提督。この件に関して……彼女達が研究することに対して、あなたが口出しできることは何もない。あなたにとっては無駄かもしれないが、彼女達にとっては貴重な経験値なんだ」

「ミコトさん……、確かにその通りかもしれないけど……」

「彼女達がその事実をどう受け止めるかというだけの話だ。管理世界の教育がどういうものかは知らないが、この世界の子供はそこまで凝り固まったものではないということを理解しろ」

 

 かなりキツめの表現に、彼女は口を真一文字にして噤む。なお、忍氏は「……子供って、私も含まれてる?」と表情をひきつらせた。無論である。

 

「奇しくも忍氏が「発明家」という表現を使ったが、そういう人種に求められるのは柔軟な思考力だ。無駄を厭う、全てのフローを管理しきった思考では、飛躍は生まれない」

「……確かに、その通りでした。少し熱くなってしまったわね」

 

 別にハラオウン提督が間違っているわけではない。無謀を避け、物事を効率よく進める生き方というのも、それはそれで価値あるものだ。

 ただ、彼女達が求めるものがそうではなかったというだけの話。効率重視ではたどり着けないことを成し遂げようとしているのだから。

 水を向けられ、過熱した思考を冷ます提督。なんというか、ハラオウン執務官の母親だと理解させられる一幕であった。

 ともあれ、これでようやっと二つのプロジェクトを結びつけるところに話を進められる。

 

「えーっと、何処まで話したっけ……。もうっ! リンディさんが変なこと言うからわからなくなっちゃったじゃない!」

「確かに余計なことは言いましたけど、忘れたのは自分の責任よ、忍さん?」

 

 ダメだこりゃ。

 

「……アリシア」

「はーい。えっとね、わたしたちが作りたいのは「リンカーコアのきのうをもってるデバイス」だから、リンカーコアのせいしつとか、そういうのをしっかりけんきゅうしなくちゃいけないの」

 

 舌っ足らずなアリシアの説明だが、それでも忍氏よりよほどしっかりと説明してくれる。当たり前だ、そちらのプロジェクトはアリシアが主導しているのだから。

 

「それで、闇の書ってリンカーコアにすごーく、えっと、かんしょう?してくるデバイスでしょ。だから、そういうところでわたしたちのけんきゅうが役に立つかもっていうことなの」

「なるほど……そういうことなら、確かに有用と言える研究だな。君達が目指すデバイスそのものに関しては僕も提督と同意見だが、そういう意味ならあながち無意味とも言い切れない」

 

 忍氏ともどもポンコツと化したハラオウン提督に代わり、ハラオウン執務官が受け答える。初めからこうしておくんだったな。

 アリシア達のプロジェクトそのものは、あくまで独立した、彼女達の研究欲求を満たすためのものだ。けれどそこで得られたものをオレ達の復元プロジェクトに適用してはいけないわけではない。

 

「わらわはそちらのプロジェクトにも参加しておる。故に、何か成果があればダイレクトに共有できるというわけじゃ」

 

 加えて、ミステールのこの姿勢。彼女は現在「夜天の魔導書の復元」を主軸に行動しており、アリシアプロジェクト(仮称)への参加はあくまで広範な情報収集のためだ。

 そもそも求める結果を得るためにどうすればいいのか、道筋が不透明な状態なのだ。無駄があって当たり前、その中から必要な情報を目ざとく見つけるのが重要だ。

 故にオレは、ハラオウン提督と忍氏に向けてこう告げる。

 

「「無駄な争い」をしている暇があるなら、「無駄かもしれない研究」をする方がよっぽど有意義だと思わないか?」

『……すいませんでした』

 

 忍氏はともかくとして、ハラオウン提督も案外抜けているところがあるようだった。

 

 

 

 

 

 現状の共有は終わった。今後については、全員現状の継続だ。

 オレ達は引き続きはやての訓練と定期的な微量の蒐集。ユーノとリミエッタ通信士、ハラオウン提督は夜天の魔導書と闇の書に関する資料集め。

 ギルおじさんとハラオウン執務官はコンティンジェンシープランを模索し、アリシア達は独自プロジェクトを推し進める。この方向性に問題はないと結論付けられた。

 

 ここで、ハラオウン執務官が挙手をして発言する。

 

「ミコト達の今後についてだが、僕達から少々提案がある」

 

 来たか、と思った。会議の導入のとき、彼は言っていた。「双方にとって得があるなら、オレを動かすことも出来る」と。

 つまり彼は、何がしかのアイデアを持って来ているのだ。オレ達が管理世界に関わることで得となる可能性をもたらす何かを。

 そんなものは不要と切って捨てるのは簡単だが、あえて聞こうと思う。管理世界そのものは信用に値しないが、彼と周辺人物に関してはその限りではない。取引は可能だ。

 目で確認をしてくるハラオウン執務官に、オレは首を縦に振った。

 

「現在、闇の書のことは管理世界、著しくは管理局に公表できない状況だ。歴代主の行いのために、闇の書そのものに対するイメージが非常に悪く、緊急体制を組まれる危険がある」

 

 即ち、はやてやヴォルケンリッターに危険が及ぶ可能性があるということだ。管理局としては「闇の書と主の捕獲・封印」という形で動くだろうし、あるいは恨みを持った個人による復讐なども考えられる。

 どちらも筋の通らないことではあるが、そんなことは関係ないのだ。彼らがそれを是としたならば、実行に移される可能性は多分にあるだろう。

 だから、まずは闇の書が持つ負のイメージを払拭しようというのが彼の提案だ。

 

「闇の書の危険性というのは、主に対する魔力簒奪と完成後の暴走、この二つだけだ。蒐集に関しては、主にその意志がなければ危険はない。現状維持が可能なら、少なくともヴォルケンリッターの運用だけは可能だ」

「なるほど、つまりお前はこう言いたいわけだ。「ヴォルケンリッターに慈善活動をさせることで、彼らそのものに危険はない」と喧伝する」

「その内容を包含した提案だ。僕達からの提案というのは、「チームミコトへの管理局業務の依頼」。そこには必然的にヴォルケンリッターも含まれてくる」

 

 なのはとフェイトが息を呑むのが分かった。その中には当然彼女達も含まれているのだ。……というか、何故オレの名がチーム名になっているんだ。勝手に名付けるなと言いたい。

 文句を飲み込み、彼の提案を解釈する。依頼ということは、対価を糧に引き受けることになる。なるほど、確かにメリットはある。

 高町家や藤原家はそうでもないだろうが、八神家は相変わらずのエンゲル係数の高さだ。のみならず、衣類や嗜好品といったものへの出費も、今後少なからず出てくる。

 ギルおじさんからの仕送りとオレ、ブラン、シャマル、シグナムの稼ぎにより、生活に困窮するほどではない。が、収入は多いほうがいいに決まっている。学費もミツ子さんに頼らずに済むかもしれない。

 ヴォルケンリッターのことを抜きにしても、メリットは確かにある。……それでも、だ。

 

「やはりデメリットが大きいな。オレ達のことが管理世界に知られれば、そのしがらみに組み込まれることになる。オレ達がこの世界での生活を捨てる気がない以上、それは余計なものでしかない」

「君ならそう言うと思っていたよ。だから、僕はその前提を覆す」

 

 待っていたとばかりにハラオウン執務官は勝ち誇る。一体彼は何を考えている?

 そうして彼が言い放った言葉は……確かに前提を覆すものだった。

 

「管理局が君達に依頼をするんじゃない。僕達が、僕やリンディ提督、グレアム提督が、個人として依頼をするんだ。君ならば……言ってる意味が分かるだろ?」

「……クッ。なるほど、そう来たか」

 

 思わず笑いがこぼれる。つまり、彼らが防波堤になると言っているのだ。オレ達はあくまで管理外世界の住民として、知人の依頼を受けるだけ。管理世界の法に縛られることはなく、管理外世界の常識で活動出来るのだ。

 もちろん、うまく行く保証はない。彼らの依頼を受けることで、管理世界に情報は残るだろう。それを嗅ぎ付けた管理世界の何者かが、オレ達を利用しようとするかもしれない。

 デメリットが発生する可能性は依然としてあるのだ。……だが、それを言ったらどんな選択をしても、必ずメリットとデメリットが発生する。どんなに小さくとも、リスクは発生するのだ。

 だからオレは利害を問うのではなく、覚悟を聞くことにした。

 

「何にせよ、オレ達という「異物」を使おうとしていることに変わりはない。それに伴いお前達が背負うべき労力も相応のものとなる。目先の欲にとらわれて、大勢を見失ってはいないか?」

「理解しているさ。君達という力を、君という才能を行使しようということにどれだけの対価が発生するか、理解しているつもりだ。僕はそれだけのものを支払う価値を感じたんだ」

「お前もオレを無駄に高く評価するんだな。買いかぶりは後悔のもとだぞ」

「買いかぶっているつもりはないな。僕はこれまでの君の言動を見て、僕自身で判断したんだ。これまで見てきた指揮官の中で、最高位の存在だとね」

 

 やれやれだ。オレは指揮をした覚えなどないのに、皆が皆そう言う。周りの人間の能力が高いから、それに任せているだけだというのに。

 ハラオウン提督、それからギルおじさんに視線を向ける。彼らは穏やかな笑みを浮かべ、首を縦に振った。これは彼の暴走などではなく、向こうの総意ということらしい。

 

「っていうか、クロ助とこれだけ渡り合ってて自覚がないって、ミコトちゃん案外自己分析出来てないよね」

「少なくとも無謀にしゃしゃり出てくる君よりは出来ている。評価基準が違うだけだ」

 

 ここぞとばかりにオレを弄ろうとリーゼロッテが口を挟んだが、脳筋の彼女が口論でオレに敵うわけもない。一言で撃沈させる。

 余計な口を挟んだショートカットの妹は、ロングヘアの姉にたしなめられた。

 ……さて、どうしたものか。

 

「シグナム……はオレの意見に従うに決まっているか。シャマル、君の意見を聞きたい」

 

 「主!?」と驚愕する我が忠実な騎士を捨て置き、こちらの参謀の意見を尋ねる。知識量においては、オレよりも彼女の方が優れているのだ。

 話題を振られるとは思っていなかったのか、シャマルもちょっと驚いてわたわたする。ブランに助けられて落ち着き、考えることしばし。

 

「……正直に言って、魅力的な提案だと思います。こちらのメリットが大きすぎる。依頼遂行の報酬に加えて、こちらの継続的な自由の保証。わたし達のイメージ改善は分かりませんけど、それだけでも十分ね」

「オレもそう思う。これではハラオウン執務官たちが支払い過ぎだ。それはそれで、あまり健全な取引とは言えないな」

 

 貸借バランスを取るということは、こちらのメリットと向こうのメリットが釣り合っていなければならない。こちらのメリットが大きすぎても、それは後々歪みを生むのだ。

 彼らがオレ達にそれだけの価値を感じていると言ってしまえばそれまでなのだが……オレの方が納得していないのでは、片手落ちだな。

 ハラオウン執務官としても、これ以上の提案はないようで、黙ってオレの意志決定を待っている。

 受けるだけの価値はある。いや、価値があり過ぎるのが問題なのだ。かと言って、過分を払い戻すための何かを持っているわけでもない。

 何かないものかと思っているところで、これまで記録係として静観を保っていたリミエッタ通信士から発言があった。

 

 

 

「あ、じゃあさ。クロノ君がミコトちゃんの着替え見ちゃったお詫びってことでどうかな?」

 

 「ぶふっ!?」とあちこちで噴き出す音。……何を言い出すんだ、この通信士は。いきなりのことにあのときの記憶がフラッシュバックし、顔に血が上るのを自覚した。

 対面するハラオウン執務官も思い出してしまったのか、顔を赤くして取り乱した。オレの背後に佇む騎士が、ゆらりと殺気を立ち上らせる。

 

「……どういうことか説明してもらおうか、クロノ・ハラオウン」

「あ、いや! これはその、もう終わったことというか何と言うか!?」

「落ち着けシグナム。気持ちは嬉しいが、その構えたデバイスをしまえ。……ヴィータもな」

「いやいや、クロノ君は終わったことって言うけどさ。女の子の着替え見るってあの程度じゃ済まされないことだと思うよ? ぶっちゃけわたし絶交も考えたし」

 

 周囲の状況には取り合わず、マイペースに持論を述べるリミエッタ通信士。オレとしても、清算はしてもらったわけで禍根はないのだが。

 ……思うところが、ないわけではないが。今思い出しても恥ずかしい。きっと一生涯忘れることの出来ない衝撃の記憶だろう。そういう意味では、彼が何をしたところで清算されることではない。

 もしそれを消すことが出来るとしたら……一体何をしてもらえばいいだろうか。ちょっと、想像出来ない。

 

「あー……そういえばそうだったよね。むーちゃんからも、クロノ君に一言物申してきてって言われてるし。ミコトちゃんのクラスメイトとして言わせてもらうけど、サイテーの一言だね」

「とりあえずクロノは一回死ねばいいと思うよ。あんな程度で許されるとか、そんなわけないじゃないか」

「ほんとマジふざけんな。何で詫びたのかは知らねーけど、あたしはそう簡単に許さねーからな」

「……クロノ、えっち、さいてー」

 

 四方から浴びせられる罵詈雑言。彼は頭を抱えてプルプルと震えた。良心と自尊心がフルボッコなのだろう。

 やがて彼は、絞り出したようなか細い声で、こう言った。

 

「……おせわさせてください、おねがいします」

「お、おう」

 

 ――かくして、オレ達は管理世界のしがらみとは無関係に、三人から依頼を受けることが決まったのだった。




大変長らくお待たせしました。ようやっと四十話投稿です。
前回投稿から3ヶ月空いてしまいました。ちょっとリアル事情が立て込んだ影響で、維持し続けていたモチベーション=サンがいくえ不明になり、探し当てるのにだいぶ時間がかかってしまいました。
書き溜め分はなく、まだ完全復活ではないため、以前と同じ更新ペースとはいきませんが、なるべく間を空けずに次の話を投稿出来ればと思います。出来なくても泣かない。

ブランクのせいで微妙な話の運びかもしれませんが、オリジナル色の強いストーリーになってきているので、その関係もあるかもしれません。今回はおさらいと裏で動いてた色々の確認です。
最後は久々ながらやりたいことが出来てよかったと思います。これだからクロノ弄りはやめらんねえ(ゲス顔ダブルピース)
にしても、原作主人公ェ……(今回の発言は地の文の突っ込みのみ) まぁま、ええわ(脳筋故頭脳パートでは致し方なし)

赤面するミコトちゃん可愛い(積極的に恥ずかしがらせるスタイル)

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