不思議なヤハタさん   作:センセンシャル!!

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今回はクロノ視点です。

一週間(真顔)


四十一話 休日の過ごし方 前編 時

 カーテンの隙間から差し込む日の光で意識が覚醒する。頭がぼんやりしており、あまり良い目覚めではなかった。

 弁解しておくが、僕は本来そこまで寝起きが悪い方ではない。幼い頃から管理局勤めをしてきたため、起床後すぐに活動できる程度には覚醒が速い。

 環境の変化で睡眠がとれなくなったりすることもない。アースラ付け執務官という役職についている以上、生活の大半は艦で行うことになるし、泊りがけで調査を行うことだってある。その程度はとっくに慣れている。

 では何故こんなにも目覚めが悪いのかと言うと……多分、"休み方"が分からないんだろう。それも住み慣れたミッドチルダではなく、管理外世界で過ごす休日なのだから。

 

「……まだ9時……いや、もう9時、なのか?」

 

 部屋に備え付けられた時計を見て、今の鈍った思考では判断しかねた。

 

 ――ここは第97管理外世界。海鳴市のとあるビジネスホテルだ。元々泊まる予定などなかった僕が素泊まり出来るところと言ったら、このぐらいのものだ。

 そう。僕は初めから休暇のつもりで来ていたわけではない。ミコトが主導する「夜天の魔導書復元プロジェクト」の初回ミーティングに参加し、状況を共有するためだけだったはずだ。

 それが何故、突然この世界で休暇を過ごすことになってしまったのかと言えば、全てはグレアム提督の発言からだった。

 

 

 

 

 

「私は一週間ほど滞在して、ミコト君やはやて君達と過ごそうと思う。クロノとユーノ君はどうするかね」

 

 会議を終えて解散となった後、管理世界組のみとなったところでグレアム提督はそう尋ねてきた。

 今の彼にとって、ミコトとはやてが娘のような存在となっていることは、以前から知っていた。長年見守って――監視目的ではあったが――きたことで、情が移ったのだろう。

 今までは素性を明かすわけにはいかず、触れ合うことが出来なかった。だから、全てが明らかとなった今、改めて娘達との触れ合いを楽しみたいと考えているのだろう。

 ……もし最悪の事態が発生したら、いつ彼女達と最期の別れを迎えてしまうのか分からない。そういうこともあるのかもしれない。

 だからグレアム提督がそうしたいと思うことを止めることは出来ないし、止める気もない。局員視点で考えても、彼が抱えている案件で緊急のものはなかったはずだ。

 けれど……ユーノはともかくとして、どうして僕にまで尋ねてくるのだろう。

 

「僕は、アースラに戻って通常業務をこなしておきます。今後もプロジェクトに関わっていく以上、どうしても時間を取られてしまう。それに、ミコト達の今後についてもありますし」

 

 至極論理的に意見を述べる。艦隊職を退いている彼とは違い、僕や母さん、エイミィは、アースラ乗員としての業務が存在する。他に重要なことをやっているからと言って、こちらをおろそかにすることも出来ない。

 僕に迎合したわけではないだろうが、ユーノも首を横に振る。

 

「僕もミッドに戻って無限書庫にこもろうと思います。僕が早く資料を見つけられれば、それだけミコトさん達の助けになれますから」

 

 周辺処理や代案模索をしている僕達とは違い、ユーノがやっていることはプロジェクトの成否に直結するレベルのものだ。彼の仕事が早ければ早いほど、安全は確保される。

 それに、彼の想い人にあてにしてもらえたというのも大きいだろう。ミコトの期待に応えようと張り切っている。……空回りはしないでもらいたいものだ。

 僕とユーノの断りの言葉に、グレアム提督はつまらなそうに顔をしかめた。

 

「ふむ……もうすぐ夏祭りがあると聞いているんだがね。君達も、彼女達と一緒に楽しめればいいと思ったのだが」

「お気持ちは嬉しいですが、やるべきことがありますので。……そうだよな、ユーノ」

「え!? あ、ああうん、もちろんだともっ!!」

 

 ……こいつ、今心が揺れやがったな。多分ミコトの着物姿でも想像したんだろう。いつぞや写真で送られてきたアレは、確かに似合っていたからな。

 だが、とっくに落ち切ってるユーノはともかくとして、僕にそれは通用しない。そんな外面で判断をする気はない。彼女は可憐な容姿でありながら、英雄的と言えるレベルの猛者だ。

 多くの人の目を惹きつける容姿よりも、彼女の内側にある底知れぬ才覚に対し、畏怖を覚える。だから僕は、彼女に挑戦し続けているのだ。

 前言を翻しそうになるヘタレチキンスケベフェレットもどきを牽制しつつ、僕は再度断りの言葉を告げる。……だが、どうにもグレアム提督は引き下がってくれない。

 

「逆に聞きますが、どうして僕達を彼女達の近くにいさせようとするんですか。僕はともかくとして、こいつは悪い虫じゃないですか」

「ちょ、クロノ!?」

「私は、君達が彼女達に悪影響を及ぼすとは思っていないよ。ミコト君を籠の中の鳥にする気はない。もしユーノ君が彼女に好意を持たせることが出来るなら、それ自体は別に構わないよ」

「グレアム提督まで!? リンディさんとエイミィさんもいるのに!」

「いや、ユーノ君がミコトちゃん好きって、言われるまでもなく丸分かりだからね? 行動あからさま過ぎだから」

「ミコトさんなら不思議はないわよね。あんなに可愛い子なんだから。……クロノも、素直になっていいのよ?」

「勝手に決めつけないでください。僕はその淫獣とは違います」

「誰が淫獣だよっ!?」

 

 ユーノ弄りが加速しすぎた。ちょっとクールダウンさせる。

 

「知っての通り、彼女達の周囲には異性の存在が少なすぎる。クロノの言う通り、悪い虫に寄りついてもらいたくはないが、同年代の男性との交流がほとんどないというのはさすがにいただけない」

 

 グレアム提督が言うことには、ミコト達の学校では男子生徒の間で「ミコト達の集団は絶対不可侵」的な取り決めが発生しているそうだ。はやてから手紙で相談を受けたんだとか。

 何故そういうことになるのか、僕にはよく分からない。そういうことなら、むしろ取り合いが発生してもよさそうな気がするが。

 

「高嶺の花、というやつだね。彼女の持つ美貌と才気に当てられ、同性ならまだしも、経験の少ない異性は近づきがたいものがあるんだろう」

「ああ……気持ちは分かるかも」

 

 ユーノがグレアム提督の推測に納得を示した。そんなものなのか。やはり僕には分からないな。

 彼の言う通り、ミコトが持つ容姿と才覚は、一線を画すという言葉すら生易しく感じるほどに飛びぬけている。だが、言ってしまえばそれだけだ。

 彼女自身が会話に壁を作っているわけじゃない。性格も、一見すれば仏頂面で取っつきづらく見えるかもしれないが、話してみれば割とフランクだ。事あるごとに僕を弄ってくることを考えればよく分かる。

 ……まあ、僕は彼女と同年代というわけではないが。彼女達ぐらいの年齢だと、そういうことが分からないものなのかもしれない。

 

「そういうことなら、理由は分かりました。けど、やはり僕には関係ない話です。僕は彼女の友人ではないし、向こうも同じ考えのはずだ。信頼した取引が出来る間柄であれば、それで十分ですよ」

 

 互いのプライベートにまで干渉する気はない、ということだ。僕が挑戦したいのはあくまで彼女の才覚に対してであって、日常に対してではない。

 僕のはっきりした意見を聞いてなお、グレアム提督は引き下がらない。……いや、本当のところ、理由は分かっているんだ。彼は僕にミコトを意識させたがっている。以前そう言っていたからな。

 自分で言うのもなんだが、僕はこの歳にして確固とした社会的地位を築き上げている。彼女を狙う筋肉フェレットとは月とすっぽんの差だ。さらにグレアム提督は昔から僕のことを知っており、互いに信頼がある。

 だから、少なくともユーノよりも彼女に相応しい男として僕を指名している。そう、理屈の上では分かっている。

 だけど思ってしまう。何故僕なんだ、と。僕は彼女に対してそういう方面の情熱は持っていない。そういう意味で言えば、僕はユーノに圧倒的に劣る。全く悔しくはないが。

 たとえばの話、将来的にミコトの隣にユーノが立って、彼女が彼に笑いかけるところを想像しても、妬ましさの欠片も感じない。……ユーノに関しては不愉快を感じるが。だらしない表情がありありと想像出来てしまう。

 そうである以上、僕は彼女に対して、恋愛方面では何の感情も抱いていない。むしろ持ってたらまずい。忘れてはいけないが、僕と彼女は6歳も離れているのだ。

 

「プライベートでの付き合いも、信頼を育むには重要だと思うがね」

「度を越せば癒着です。今の距離感が、互いの利害を一致させるには最適だと考えます」

「……ふう。誰に似たのか頑固だね、クロノは。昔を思い出す」

「ええ、本当に。私も、あのときは苦労しましたから」

 

 グレアム提督は苦笑しながら昔を懐かしみ、母さんもそれに同調した。……父さんのことか。母さんもこのプロジェクトの話を聞いて、ようやく長年の呪縛から解き放たれたんだろう。

 

 僕達親子は父さんの死について、割り切って過ごしてきたわけではない。その事実を考えないようにしてきただけだ。そして、目を逸らしたところで現実は変わらない。

 父さんは闇の書が原因で命を落とし、僕達は大切な人を奪われた。その現実に目を向ければ、今だって辛い。悲しい。こんなはずじゃなかったと思ってしまう。

 闇の書に対する復讐心がなかったと言ったら嘘になる。僕は少なからずそれを糧にして成長してきた。結局のところ、僕の正義はそんなものでしかない。

 だけど……僕はクライド・ハラオウンの息子なのだ。闇の書の暴走に抗い、乗員全員を救った偉大な艦長の息子なのだ。その事実に、誇りを持っている。

 そしてミコトは、それを知らなかっただろうけど、父さんと同じように抗っているのだ。大切な人を救おうとしているのだ。

 ……僕達の勝手な感傷でしかない。それでも、ミコトを手助けすることが出来れば、僕達は父さんの遺志を果たすことが出来る。そう感じていた。

 もちろんそれで父さんが戻ってくるわけでもないし、ミコトにそんな意志は一切ないだろう。それでも、僕達は満足できる。多分、それでいいのだ。

 

 ――プレシア・テスタロッサのときもそうだった。彼女は、一貫して自分のために行動を続ける。彼女自身がそう言っていたし、そのスタンスを崩したことは僕の知る限りなかった。

 アリシアの件も、僕の考えでは「彼女自身のための行動」だ。あの行動のおかげで、彼女の求心力はより強まる結果となった。それが今日まで続くチーム力の要因の一つであることに疑いはない。

 自分のための行動。それは決して、自分勝手な行動ではない。望んだ結果を得るだけでなく、彼女自身がその結果に納得できるように行動している。言うなれば「筋が通っている」。

 だからこそ、彼女は結果的に人を救うのだ。意図した結果ではなく、副産物としてであるが、それでも救われる人間は間違いなく存在している。

 現在彼女が救おうとしているのは、はやてただ一人。だけど結果として、ヴォルケンリッターと闇の……夜天の魔導書も、僕達も救われるのだ。否、僕はもう救われている。

 このプロジェクトに参加することで僕は……幼い日に見たあの背中に、手を伸ばすことが出来たのだ。長い長い悪夢から、ようやく覚めることが出来たのだ。

 母さんも、きっと同じようなものだろう。母さんも……ようやく、父さんとの思い出を懐かしむことが出来るようになったんだ。

 

 閑話休題。僕達の心境の変化は置いておくとして、今はともかくグレアム提督の説得だ。僕のことを頑固と言うのはいいが(自覚はある)、彼だって似たようなものだ。結局、男は皆バカなんだろう。

 

「ともあれ、何と言われようと予定を変更する気はありません。僕がこの世界に長期滞在する合理性はない」

 

 隣のバカ(ユーノ)が期待を込めてチラチラ見てきたが、僕はそれを一蹴するように断言した。決めたんなら最後まで貫き通せっていうんだ。

 ……と、ここで静観を保っていたリーゼアリアが動く。彼女はグレアム提督の使い魔ではあるが、完全に彼と同じ考えというわけではない。ロッテはともかくとして、彼女は僕と同じく合理的な考えをしているはずだ。

 だから僕は、彼女が僕の意見を尊重するものだと考えていた。

 

「リンディ。ちょっと聞きたいんだけど、クロノが最後に休暇を取ったのっていつ?」

 

 が、彼女は全く関係のない話を母さんに振った。母さんもそんなことを聞かれるとは思っていなかったようで、困惑に表情を崩した。

 

「え? えっと、ちょっと待ってね。エイミィ、勤怠データって今見れる?」

「いつでも見れますよーっていうか、見るまでもなくここ三年は休みなしですよ。本来の休日も自主トレで潰してるし。ちなみにわたしはちゃんと止めましたからね?」

「はあ、だと思ったわ……」

 

 彼女は呆れてため息をつき、首を横に振った。……何だよ。

 

「クロノ、私はちゃんと休息もとりなさいって教えたはずよ。オーバーワークは体を壊すだけだって言ったわよね?」

「体を休めることはしている。自主トレーニングだって、無理のない範囲だよ。僕は才能に恵まれてるわけじゃないんだから、努力で補うのは当然の義務だ」

 

 よく誤解されるが、僕は天性の才能で執務官まで上り詰めたわけではない。もちろん一定以上の才能はあっただろうけれど、普通はどんなに頑張っても秀才の域を出ない程度でしかない。

 僕自身自己分析しているし、目の前の姉代わり兼師匠からも同じことを言われている。

 他と比較してみよう。なのはなら、バカ魔力を活かした砲撃がある。ガイは強固で独特な防御魔法。ユーノには多岐に渡る補助魔法が。フェイトに至っては全距離対応可能などという、何か間違った戦力を持っている。

 天性の才能というのは、そういったものだ。特に前者二人など、魔導師歴が浅いというのにあれだけの能力を保有している。天才という言葉を使うのに何の疑問もない。

 単純に魔導師としてみた場合、僕に特徴らしいものはない。全般的にこなせる。それだけだ。だから僕は、全ての能力を満遍なく伸ばし、状況対応力を鍛える必要があった。

 それが、僕が執務官として働けている理由だ。平凡を鍛えた結果として、オールマイティに近づけた。出来ることだけは多い。あとは、それをどう活かすかだけの話だ。

 ……そう教えたのは、紛れもないアリアその人だ。僕はそれに従い結果を出したというのに、何故彼女は僕に苦言を呈しているのだろうか。わけが分からないよ。

 

「休んだ気になってるだけじゃないの? 本当に体に無理がないなら、あなたの歳ならもうちょっと身長が伸びててもおかしくないわよ。ユーノ君とどっこいどっこいじゃない」

「身長の話はしないでくれ! ……まあ、身長に関してはその通りだけど、僕自身は無理を感じていない。それなら問題はないはずだ」

「自覚症状が出るレベルになったら手遅れよ。現実に出ている結果をちゃんと見なさい」

 

 そう正論で言われてしまっては、二の句が継げない。……確かに、僕の感覚として無理をしているつもりがないだけで、毎日検査を行っているわけではない。現実に出ている結果は成長不全だ。

 僕だって歳相応の身長はほしい。贅沢は言わない、せめてあと10cmはほしい。そのために休息が必要というのは、皆から言われていることだ。

 だけど、僕個人の欲求と管理局の業務を天秤にかけて、どちらを優先すべきか語るまでもないだろう。

 それでもアリアは、やはり正論で僕をやり込めてくる。

 

「あなたのことだから「自分のことより管理局の使命」とか考えてるんでしょうけど、自分のことすら管理出来てない人間にそんなことを考える資格はないわよ」

「……ちゃんとコントロール出来てるつもりなんだが」

「つもりでしかないってわざわざ証明してあげなきゃいけないほど、私の弟子は出来が悪いのかしら?」

 

 沈黙。僕の魔法と頭脳方面の師匠は、僕の弱点を正確に突いてくる。何を言っても論破されてしまいそうだ。

 仕方なし、僕は黙ってアリアの意見を聞くことにした。

 

「いい機会だから、私達と一緒にここでしっかり休暇を取りなさい。私はミコトちゃん達と一緒に過ごせとまでは言わないから、せめてゆっくり過ごしなさい」

「有給は丸々3ヶ月分溜まってるから、職務的には問題ないね。お姉さんの言うこと聞いときなよ、クロノ君」

 

 エイミィもアリアに同調する。母さんは無言で二人の意見を肯定した。

 ……これは、断るという選択肢は残されていないな。諦念のため息をつく。

 

「はあ、分かったよ。一週間、僕も休暇をとることにする。但し、過ごし方は自分で決めさせてもらいますからね」

「君の意思を無視して強制しても仕方ないからね。気が変わったら、いつでもはやて君の家を訪ねてくるといい」

「あ、じゃあ僕も……」

「ユーノ君は無限書庫にこもるんだろう? 簡単に前言を翻すような男では、ミコト君を任せることは出来ないな」

 

 自身の発言で自分の首を絞めたユーノは、膝をついて嘆く。一応友人と言える少年に対し、僕は一応の同情を示した。

 

 

 

 

 

 グレアム提督は八神邸で過ごすことを勧めてきたが、僕はそれをよしとしなかった。ミコト達とプライベートでまで関わる気はないというのは、紛れもない僕の意思だった。

 そういう経緯で、僕は素泊まりできるビジネスホテルを探し、宿泊することになった。

 ちなみに、僕一人だ。母さんとエイミィは、僕の代わりに通常業務をこなしておくそうだ。二人は僕と違ってちゃんと休暇をとっていたし、僕が抜けた分を埋める必要はある。

 そうして一人、狭いホテルの一室での時間を過ごす。いつの間にか時計の針は30分ほど進んでいた。

 ……時間を無駄にしている感じがして、心が落ち着かない。かと言ってやるべきことが何も思い浮かばないのだ。

 僕がここにいるのは休暇――体を休めて英気を養うため。自主トレーニングなどもってのほかだ。する場所もないが。

 暇つぶしに書類仕事をすることも出来ない。執務官という役職を離れた僕は、何をすればいいのか全く思い浮かばなかった。

 

「……ここまで仕事のことしか考えていなかったとは、気付かなかったな」

 

 ベッドに横になり、一人ごちる。考えてみれば当たり前のことだ。僕は、そこまで器用な人間ではない。仕事漬けの毎日の中で、別のことを考える余裕などあるわけがなかった。

 そうである以上、この数年僕は執務官としての職務以外のことを一切考えてこなかったということになる。……それは休み方も忘れるというものだ。まったくもってアリアの言った通りだった。

 

「これからは、もう少し休みの取り方を覚えた方がいいのかもしれないな」

 

 エイミィからも言われた。「クロノ君が休暇を取らないと、他の職員も取りづらいんだよ」と。……その割にはエイミィは普通に休みを取っている気がするが。

 だが彼女の言うことも真理だ。職員は僕の行動を規範としているのだから、僕が休暇を取らなければ「休暇は悪である」という風潮が生まれてしまう。別に僕は休むことがいけないことなどとは思っていない。

 ただ休むことが出来ないと思っていただけで、実際にはそんなことはないと証明された。今後は定期的に休暇を入れて、他の職員が休み易い環境を作るべきだろう。

 

「……これじゃ、仕事のことを考えているのと同じだな。思った以上にワーカーホリックだったみたいだな、僕は」

 

 というか、さっきから独り言が多すぎる。一人でやることがないせいで、暇を持て余している証拠だった。

 休暇だからといって、じっとしていてもしょうがない。勝手を知らない世界だが、少し外を散策してみよう。

 ……行き当たりばったりで行動するというのも、いつ以来だろうな。

 

 

 

 

 

 やはり、行き当たりばったりで行動するものではないな。

 

「暑い……」

 

 じりじりと照りつける日差しに、思わず不快が口をついて出る。今この国は夏真っ盛りであり、昼間の気温は間違いなく30℃を超えていた。

 それに対し、僕の暑さ対策は不備だらけだ。こんな炎天下に出る予定があったわけではなく、僕の服は上下黒。これしか持って来ていなかった。

 バリアジャケットを使えば熱をシャットアウトすることも可能だが、法の番人たる僕がこんな私事で魔法を使っていいはずがない。結果、服が熱を吸収して蒸し焼きにされている状態だった。

 

「大体、何でこんな蒸し暑いんだ。暑いか蒸すか、どちらかにしてくれ。相乗効果で不快指数が酷いぞこれは」

 

 無益な愚痴が独り言として零れるあたり、相当参っているようだ。これは果たして、正しい休暇の過ごし方なんだろうか。……そんなわけがないな。

 暑さに耐えながら、無目的に地の利のない海鳴の町を散策する。木陰の多い場所を選んで歩いているうちに、いつの間にか学校の前に辿り着いていた。

 広い校庭に、三階建ての校舎。この世界の科学技術は、発展途上というほど未熟ではないが、進んでいると言えるほどでもない。アナログな印象を受ける施設だった。

 アルミ板に文字が彫り込まれた看板。ミッドの学校なら、よほど歴史ある名門でもない限り、普通はホログラムだ。ここが管理外世界であるということを強く感じる。教育機関は文化の差が強く出るものだ。

 この国特有の「漢字」という表意文字を解読し、音にして口に出す。

 

「しりつうみなりだいにしょうがっこう……市立海鳴第二小学校か」

 

 それは確か、ミコト達が通う小学校の名称だ。彼女達は、毎日ここで学んでいるのか。

 ――彼女の才覚は、管理世界の人間と比較しても非凡なものだ。管理局の執務官や提督ですら対等以上にはなれないのだから、当たり前の話だ。

 そんな彼女が、こんな前時代的な教育施設で、果たしてレベルに見合った教育を受けることが出来ているのだろうか。ちょっと想像が出来ないな。

 もし彼女が管理世界の子供ならば、就学年齢に達した時点で士官学校に通っているだろう。それも、将来は提督の椅子が約束されているエリートコースだ。こちらは容易に想像出来る。

 そう考えると、彼女が管理世界に関わりを持たないというのは、非常にもったいなく感じる。この世界では、彼女の持つ才覚を活かしきることは出来ないだろう。彼女の能力に対し、世界が狭すぎる。

 彼女は僕達の依頼を受けることを約束したが、それでも間口が狭すぎる。僕達を通してしか関わらないのだから、今と大した差はないだろう。

 とはいえ、ミコトを管理局に関わらせたいかと言われると、それもまた違う気がする。彼女達にその意志がないし、僕としても性急が過ぎると思っている。

 何故かと言うと……ミコトの才覚に対し、今度は管理局が未熟すぎるのだろう。一見すればありえない結論だが、まるで違和感がない。管理局が彼女をコントロールできるとは思えないのだから。

 今の僕達の関係性を発展させ、チーム3510が管理局から直接依頼を受けられるようになるためには、まず管理世界の構造改革を行う必要があるだろう。それがどれだけ難しいかは、推して知るべし。

 

「結局は、今の関係を続けるしかない、か」

 

 またも独り言が口をつく。……本格的に暑さで参っているようだ。どこか涼める場所はないだろうか。

 

 と、チリンチリンという金属音が響く。そちらを向くと、昨日の会議で見た少女が、見覚えのないボーイッシュな少女とともに、自転車に乗っていた。

 

「クロノ君じゃん。管理局に戻ったんじゃなかったの?」

「君は、田中遥、だったな。その様子なら、そっちの子にも話は通ってるってことか」

「あ、この子がクロノ君なんだ。あたし、田井中いちこ。はるかの幼馴染だよー」

 

 まったく、管理外世界の住人に管理世界の情報は秘匿すべきだというのに。ミコトは何を考えているのやら。これは、次に会うときに討論すべき話題だな。

 二人の少女は、自転車から降りて僕のいる木陰に入ってきた。何か用事があったんじゃないのか?

 

「お菓子がなくなったからコンビニまで買いに出てるだけだよ。で、何でクロノ君まだいるの?」

「アリアに無理矢理休暇を取らされたんだ。そのせいで逆に困っているんだけどな」

「グレアムおじさんの使い魔の人だっけ。っていうかクロノ君、そのかっこ暑くないの?」

 

 いちこと名乗った少女が、話の流れをぶった切って僕の服装を指摘する。確かに、見た目からして暑いだろうからな。

 

「今言った通り、突然の休暇で準備がなかったんだ。無計画に行動するものじゃないよ、まったく」

「あー、ご愁傷様。うちのアニキのお古だったら貸せるよ?」

「それぐらい適当に現地調達すればいいさ。マーケットにでも行けば、シャツぐらい売ってるだろう」

 

 問題は僕に地の利がなくて、何処にマーケットがあるのか分からないということだが。……しょうがない、教えてもらうか。

 

「ここからだと結構遠くてめんどくさいよ。シゲ君……いちこちゃんのお兄さんのお古借りた方が楽だと思うけど」

「それはそれで返すのが手間だ。休暇が終わったら、次にこの世界に来るのはいつになるか分からない」

 

 その前に返せばいいのだが、服を借りてクリーニングもかけずに返すというのは不作法だろう。この国でもそれは変わらないはずだ。

 だが、いちこはカラカラと笑って僕の意見を一蹴する。

 

「だーいじょうぶだって、どうせアニキはもう着れない服だし。そのままもらっちゃえばいいのよ!」

「いや、そういうわけには……、……一つ聞きいておきたいが、お兄さんは何歳なんだ」

「13歳! 中学二年生だよ」

 

 やっぱり歳下だった。彼女達の年齢からその可能性は十分あったけど、こうしてまざまざと現実を突きつけられると、やはり凹む。

 急に暗くなってため息をついた僕に、二人は首を傾げた。彼女達は僕の年齢を聞いてないのか。

 いちこは見た目通り強引な少女らしく、渋る僕の手首をつかむ。どうあっても服を貸すつもりらしい。

 

「まーまー、ここはお姉さん達に甘えときなさいって!」

「……一つ言っておこう。僕は、君のお兄さんより歳上だぞ」

「まったまた、ご冗談をー! さー行くよ、はるか!」

「いちこちゃんってば、何のために外出たのかすっかり忘れてるよね。ま、いいけど」

 

 そうして僕は、半ば強引に田井中家まで走らされる羽目になった。

 

 

 

 彼女の兄はいなかったが、母親は在宅していた。いちこと同様、快活で竹を割ったような性格の女性だった。

 つまり、いちこの言うことに何ら反対をせず、彼女の兄のお古である夏物衣類(多分小学生用……)を譲渡された。

 改めて僕の格好は、白いシャツと群青のハーフパンツ姿となった。これなら暑さも多少はマシだろう。

 現在、僕ははるかといちこの二人に海鳴案内をされていた。二人は特にやることがなかったらしく(アリシアプロジェクトも今日はお休みだそうだ)、彼女達の暇つぶしも兼ねているのだろう。

 

「はい、ここがクスノキ公園。憩いから作戦ブリーフィング、魔法訓練と何でもござれの便利な場所だよ」

 

 「クスノキ公園」というのは通称で、正式な名前は別にあるそうだ。特に名前がかかれた看板もないため、地元の人間でも正式名称を知っている人は少ないとのことだ。この二人も知らないらしい。

 これまでの道中で、この二人――正確にははやてを除いてもう三人いるが、彼女達がミコトとどういう関係なのか、より詳しく聞かされた。

 彼女の"魔法"、「コマンド」。それを確立した際の調査協力者だったようだ。この世界には魔法は存在しないということだったが……恐らくはまだオカルトを卒業していない魔法なのだろう。

 多くの世界で錬金術が科学の礎になったように、前時代の魔法は発展科学の基礎となった。そしてこれらは、科学的な体系が存在しない。地域慣習や宗教と結びつき、迷信的に語られるものだ。

 これからこの世界の科学が発展していくにつれて、そういった"魔法"が解明されていくことだろう。そうなって初めて「魔法」という"技術"が確立されていくのだ。

 ……ミコトが如何に管理外世界の住人離れしているのかよく分かる話だ。彼女はこの世界の数世代先の技術を、知人の助力ありとはいえ、ほぼ独力で完成させたのだ。

 

「「ミコっち魔法」も、結構ここで実験してたんだよ。おかげでこの辺の人達は多少の不思議じゃ動じなくなったよね」

「「心言」だってば」

 

 全くの余談だが、「コマンド」というのは仮称であり、正式名称は決まっていないそうだ。二人して自分好みの名前を好き勝手に言っている。

 結構不用意な会話をしているが、いちこの言葉を信じるならば、たとえ聞かれたとしても問題ないということなのだろう。この話だけならば管理世界にはつながらないということもある。

 何より、暑さのためか外を出歩いている人がほとんどいない。この国の人間と言えど、辛いものは辛いのか。

 今ここにいるのは、僕とはるかといちこ、それから公園内でボール遊びをしている二人組だけ。この暑い中よくやるものだ。

 

「……あれ? あれってあきらちゃんじゃない?」

「あ、ほんとだ。おーい、あきらちゃーん!」

 

 と思ったら二人の知り合いだった。……この様子からして、残り三人のうちの一人だろうか。

 いちこの大声に反応し、二人組の片方――長身の少女の方がこちらを向く。友人達に気付いて、彼女は笑顔で手を振り駆け寄ってきた。

 

「いちこちゃん、はるかちゃん! ……っと、そっちの男の子は?」

「噂のクロノ君。ただいま海鳴案内中!」

「あきらちゃんは、ちひろ君と遊んでるの?」

「暑いからって家の中に引きこもってたらダレるからね。……ふーん。キミがクロノ君なんだ」

 

 僕より長身である彼女は、ねめつけるような視線で僕を見た。これは……多分、例の件なんだろうなぁ。

 

「警戒しないでもらえないか。ミコトの件については、引き続きお詫びをしていくつもりだ。僕としても、あの件は悪かったと思っているんだ」

「……その場しのぎの嘘じゃないわね。いいわ、許してあげる」

 

 許してもらえた。……何故初対面の彼女から許されていなかったのか謎なところだが、女性はそういうものなのだろう。エイミィにも言われたからな。

 さばさばした印象のスポーティな少女は、右手を差し出して自己紹介をした。

 

「矢島晶よ。ミコトの友達……になりたいと思ってるクラスメイト」

「何だそれは。クロノ・ハラオウンだ。詳しいことはミコトから聞いていると思うから割愛する」

 

 遅れてやってきた彼女の弟と思われる少年が何処まで知っているか分からない。管理世界の話題は伏せておく。

 

「ねーちゃん、ボール持ってくなよなー。こんちわ」

「こんにちは、ちひろ君。暑いのに元気だね」

「このぐらいへーきへーき! 今日はいつもの面子じゃないんだね」

「んんー? ちっぴー、ミコっちがいなくて残念だった?」

「べ、別にそんなのじゃねーし! 変なこと言うなよな、アホのいちこ!」

「そんな悪い言葉使うのはこの口かー!」

 

 ちひろと呼ばれた彼は、いちこと取っ組み合いを始めてしまった。ケンカではなくじゃれ合っているだけだろう。

 代わりにあきらが紹介してくれた。彼女の一つ下の弟で、矢島千尋と言うそうだ。……彼も、もうすぐ僕の身長を追い越しそうな背丈だった。

 はるかがあきらに、僕がこの世界にいる理由を説明する。何度も同じ説明をするのは面倒だし、助かったな。

 

「あのスケベフェレットもどきはいないの?」

「ここでもそんな扱いなのか、彼は。やることがあるから、一足先に帰ったよ」

 

 彼女はユーノに対しても警戒しているようだ。僕と違って直接の面識があったはずだし、そこまで警戒すべき人格ではないと分かっているはずだが。

 疑問に思って聞くと、一昨日の海水浴のときに、ミコトに強引に迫っていたとのことだ。とはいえ、あきらは熱くなって語っていたので、相当主観が入った見解だと思われる。実際にどうだったのかは分からない。

 ユーノがいないと知り、あきらは大仰に頷く。そして、僕に顔を見合わせて詰問してきた。

 

「クロノ君は、ミコトのことどう思ってんの? あの淫獣と同じなの?」

「冗談はよしてくれ。正直なところ、あれほどの猛者を相手に憧れの感情を持てるユーノの感覚が分からない」

 

 先述の通り、僕は彼女の外見に惑わされていない。内側に潜む巨大な才覚に畏怖を覚えている。そうである以上、男女間の感情を持つことはありえない、とまでは言わないが、難しいことに違いはない。

 

「付け加えて言うなら、僕は小児性愛じゃない。どんなに彼女の容姿が優れていても、子供に劣情を持つほど堕ちてはいないよ」

「同じ子供が何言ってんのよ。ミコトみたいなこと言うわね」

「……彼女がどういう意図を持っているのかは知らないが、僕のは言葉通りだ。これでも14歳なんだよ、僕は」

 

 あきらとはるかは目を丸くして驚いた。残りの二人はじゃれ合っていて聞いていなかったようだが。

 

 

 

 いちことちひろのじゃれ合いが収まるのを待ち、僕達は再び移動する。何故か矢島姉弟も一緒だった。

 ちひろも着いて来てくれたのは、正直助かった。あきらだけだと男女比が1:3で多勢に無勢だ。職務中なら女性が多かろうと別に構わないが、プライベートでそれは勘弁願いたい。

 

「じゃあ、クロノさんはその歳でもう働いてるってこと?」

「そうだな。僕の国は就業年齢が低いから、君ぐらいの歳で働き始める子も少なくはないよ」

 

 女性陣は先導しながらおしゃべりをしているので、僕はちひろと会話をしている。やはり彼は管理世界のことを知らないらしく、その辺りのことはぼかしておいた。

 最初僕のことを同年代だと思っていた彼だが(彼自身の高身長も手伝ってのことだろう)、こちらでいうところの中学生相当であることを伝えると、今のようなしゃべり方になった。

 

「ただ、それは相当優秀か、已むに已まれぬ事情があるかのどちらかだ。就学するのが最大多数派というのは、この国と大差ないかな」

「クロノさんは、どっちだったの?」

「……両方、と言っておこうか。短い期間ではあったけど、学校に行かなかったわけではないよ」

 

 士官学校とは言わないでおく。彼が理解出来るかどうか分からないし、理解されてもそれはそれで管理世界のことを誤魔化すのに苦労する。

 ミッドの就学事情と就業年齢の話を聞き、ちひろは難しい顔をした。琴線に触れる部分でもあったんだろうか。

 

「……ねーちゃんが小学校入ってから、周りの人が凄すぎて。負けてらんねーって思うんだけど、そういう話聞くとやっぱすげーって思っちゃって、俺何やってんのかなって……」

 

 コンプレックスか。あきらが小学生になってからということは、まず間違いなくミコトとの出会いが原因なのだろう。

 ちひろもこちらの7歳児にしてはしっかりしているように思うが、子供であることに変わりはない。たどたどしい説明を聞く。

 あきらは……あきらだけでなく、いちこやはるかも、まだ見ぬ二人も、学年で上位の成績をキープする優等生なのだそうだ。特にいちこの意外性が半端じゃなかった。

 そんなよく出来た姉に負けないように、彼も頑張ってはいるが……ということらしい。

 

「比較されて辛いってことか?」

「そんなんじゃないけど……ねーちゃんと比較されたことないし。学校で上級生の話って、大体三年の八幡さん姉妹のことばっかりだから」

「ああ……そういえばフェイトも同じ学校なのか」

 

 忘れてた。ミコトにばかり焦点を当てていたせいで、フェイトに関する考察がおろそかになっていた。あの事件の後、彼女がどう過ごしてきたのか、一度聞いておかなければ。

 フェイトの名前を出したことで、ちひろは「あれ?」と頭にはてなを浮かべた。

 

「クロノさん、八幡さんのこと知ってたの?」

「ああ。ちょうど、そのフェイトがミコトの妹になったきっかけの出来事に携わっていた。あの件の関係者として、その後問題が起きてないかは気になるところだよ」

 

 危ない。ちょっと気が緩んで余計な情報をしゃべるところだった。僕とミコト達の関係はビジネスライクなものでしかない。突っ込んだ質問をされると、誤魔化すのに苦労することになる。

 彼は他人の家庭事情に突っ込んでくるほど無遠慮な人間ではなかった。察して追及しないでくれた。彼が聡い子で助かったな。

 話を戻す。

 

「君は君で、姉は姉だ。周囲がどうとかじゃなくて、君に出来ることを探せばいいと思うけどね」

「それは……多分、そうなのかもだけど……」

 

 子供特有の対抗心というやつは厄介だ。言われてすぐに「はいそうですか」と聞けるものじゃない。しっかりしているとは言っても、それでも彼は管理外世界の子供なのだ。

 ……僕がミコトに対抗しようとするのは、彼とは意味合いが違うはずだ。僕のはあくまで「目標とすべき好敵手」と認識した上での対抗心なのだ。違うに決まっている。

 内心自己正当化をしつつ、マルチタスクで表面には出さずにどう説得すればいいかと思案する。……こういうのは、苦手だな。

 会話が止まりしばらく歩いたところで、先を行くいちこ達がこちらを振り返った。

 

「はい、とうちゃーく! 次の目的地、翠屋だよ!」

 

 見れば、いつの間にやら喫茶店の前に辿り着いていた。翠屋というと、確かなのはの家がやっている喫茶店だったか。

 つまり、ここで昼食を摂ろうということだ。そういえば食事のことを全く考えていなかったので、これは素直に助かったな。

 

「やー、小学生の懐には結構痛いから、クロノ君がいてくれて助かるよ」

「ちょっと待て、まさか僕が奢ること前提なのか?」

「案内料。ギブアンドテイクってやつよ。結構稼いでるんでしょ?」

 

 腕を組み仁王立ちをしてドヤ顔のあきら。何らかの返礼は必要だと思っていたけど、全員分を僕が支払わなければならないのか。彼女の言う通り、僕の懐事情を考えれば大した打撃ではないが。

 

「……まあ、いいか。確かに助かりはしたからな」

「およ、素直。クロノ君ってミコっちによく突っかかってたって聞いてたんだけど」

「彼女の場合、そうする必要があるからだ。隙を見せたらどこまで譲歩を引き出されるか、分かったもんじゃない」

「あはは、まさにミコトちゃんって感じだね。けど、クロノ君も満更じゃなさそうだったよね」

 

 昨日の会議のことか。僕達の舌戦は、ある種互いを認め合っているからこそのものだと思っている。屈服させて従えるためのものではない。

 好敵手と表現しているのはこのためだ。競い、高め合う関係。少なくとも僕の方はそう思っている。

 

「得るものがないわけじゃない。それなら互いに満足だって出来るさ」

「ふーん。……ほんとにミコトに対して何もないの?」

「くどい。わざわざ暑い外で話をする必要もないだろう。そろそろ店内に入ろう」

 

 ちひろへの説得が中途半端になってしまったが、食事中か食後にでもフォローを入れておけばいいだろう。

 僕は彼女達を追い越し先頭となり、店の扉を押して開く。すぐにホールスタッフの一人が応対してくれた。

 

「いらっしゃいませー! ……っと、クロノ君じゃないですか」

 

 金髪ロングの穏やかな表情の女性店員は、僕のことを知っていた。いや待て、僕も彼女のことは知っている。

 

「……ブラン、で合ってたか?」

「はい、八神家お手伝いのブランですよ。グレアムさんから聞いてましたけど、ほんとにこっちに残ってたんですね」

 

 ミコトの生み出した"召喚体"という存在の一人。元ジュエルシードで、光という概念が受肉した存在、らしい。……ロストロギアが普通に労働しているのか。

 まあ、彼女は最早ジュエルシードとは別物になっているそうで、この考えは不適当なんだろう。そう思うことで、常識との齟齬を力技でねじ伏せる。僕もいい感じで染まってきてしまっているのかもしれない。

 

「ブランさん、こんにちは! 5人だけど、大丈夫?」

「あら、あきらちゃん達も一緒だったんですね。そちらの男の子は、新顔さんですね」

「わたしの弟のちひろ。挨拶しな」

「矢島千尋です。いつも姉がお世話になってます」

「まあ、ご丁寧にどうも。と言っても、わたしは助けられてる側なんですけどね」

「……そろそろ案内してもらえるか?」

「あ、ご、ごめんなさい! ちょっと待っててくださいね!」

 

 世間話モードに入りそうなところに、僕が突っ込みを入れて中断させる。彼女は慌てて下がって行った。

 ……ジュエルシードから生まれたということで、もっとしっかりした人なのかと思っていたが、そうでもないらしいな。あれは多分ドジッ子だ。

 時間にして10秒ちょっとあってから、ブランは戻ってきた。

 

「えっと、ただいま満席でして、ご合席をお願いしてもよろしいですか?」

「僕は構わないが、皆はどうだ?」

「んー、ちょっと微妙。どんな人?」

「アリサちゃんとすずかちゃんですよ。6人がけの席だから、ちょっと詰めてもらうことになっちゃいますけど」

「あ、全然平気。じゃあそれでお願い」

 

 僕は知らない名前だ。彼女達の友人だろうか。それにしては、少し対応が違う気がするが。

 案内された席では、二人の少女が差し向かいになって談笑していた。片方は気の強そうな金髪。もう片方はお淑やかそうな黒髪。両方とも髪は長かった。

 

「やっほ、アリサ、すずか」

「二日ぶりね、あきら、いちこ、はるか。男連れとはびっくりだわ」

「こっちはわたしの弟よ。で、こっちが噂のクロノ君」

「やっぱり噂になってるのか、僕は……」

 

 アリサと呼ばれた方が一瞬責める目つきになったので、例の件なのだろうが。いくらなんでも広まりすぎだ。

 レディファーストで先に三人を座らせ、最後に僕とちひろが向かい合う形で座る。6人がけとは言うが、大人が前提だろう。子供7人なら余裕があった。

 

「あんた達がここ来るのってかなり珍しいわよね。どうしたの?」

「クロノ君のおごり。これなら庶民の財布も痛まないってね」

「あはは、太っ腹だね」

「街を案内してもらってるんだ。このぐらい、大したことじゃない」

 

 この二人は、なのはやガイのクラスメイトだそうだ。先のジュエルシード事件の際、ミコトが協力するにあたって関係者で顔合わせをしたそうだ。隣のはるかがそれとなく教えてくれた。

 つまり、この二人は管理世界の情報を持っているということか。さらに言えば、すずかのフルネームは「月村すずか」。月村忍氏の妹だ。アリシアプロジェクト参加者ではないにしろ、関わりの深い人物だった。

 

「……妹の方は、姉と違って大人しめなんだな」

「お姉ちゃんは、ね。発明家って頭のネジが飛んでる人が多いっていうから……」

 

 実の姉に対して辛辣な発言をするすずか。いや、確かに頭のネジは飛んでそうだったな。アリシアも同様。

 対面に座っているちひろは静かなものだった。さっきの件で落ち込んでいるわけではないようだ。単に初対面の女子に緊張しているのか。

 

「二人はよくこの店に来てるのか?」

「友達の家がやってるお店だし、味も文句なしだからね。あんたも一度食べたら病み付きになるわよ」

「わたし達ももっと気軽に来たいけど、小学生の懐にはキツいのよね。アリサやすずかが羨ましいわ」

 

 先ほどの発言からも分かる通り、すずかはもちろん、アリサも良家の子女のようだ。資金面は海鳴二小組とは比べ物にならないほど裕福なのだろう。

 あきら達は、それをあてにする気はないようだ。僕に奢らせるのも、あくまで案内の対価。このあたりはミコトの影響なんだろうな。

 ちらりと他の席を見る。小柄な少女が、仏頂面でパスタセットを出していた。客商売でそれはどうかと思うが、相手の客は気にしていないどころかニコニコ笑っている。

 

「ミコトは、普通に受け入れられているんだな。少し意外だ」

 

 彼女がここで働いているということは知らなかったが、偶然見た今の光景は、僕の予想の中にはないものだった。

 ミコトの持つ大きな才覚は、一般人からしたら理解の及ばない、得体のしれないものだ。僕で畏怖を感じるレベルなのだから、その比ではないだろう。

 加えて、彼女は表情に乏しい。一見すれば冷たい印象を与えてしまう。美しい容姿も、そうなっては人を遠ざける方向に働いてしまうだろう。

 だから、彼女が普通の従業員として客に受け入れられているというのは、意外と言うべき光景だ。

 

「まあ、最初はあの仏頂面でやってけるか心配だったけどね。コミュニケーション力自体は結構あるのよ、あの子」

「あと、ミコトちゃんが率先してスタッフ調整したこととか、皆知ってるから。今じゃ翠屋の名物チーフだよ」

「そうか。彼女の才覚は、そういう活用方法もあるんだな……」

 

 全く想像もしていなかった使い方に感心する。平和的利用とでも言えばいいのか。それは間違いなく、有効活用する方法の一つだった。

 歴戦の勇士でさえ認めるほどの才覚を、喫茶店のチーフスタッフに使用する。役不足過ぎて勿体ない気もするが、不思議と違和感というものがない。彼女の在り方のせいだろうか。

 ……僕は、彼女に何を求めているのだろう。彼女が管理世界に関わる意志を持たないと理解しながら、それが必定と思いながら、何故彼女と管理局を結び付けて考えてしまうんだろう。

 言葉にならない曖昧な感覚で、何となく居心地が悪かった。

 

「八幡さんって、このお店で働いてたんだ。知らなかった……」

「言ってなかったっけ。5月ぐらいから始めたみたいよ」

「……あきらの弟って、やっぱミコトに?」

「他の男子と大体同じだけどねー。せっかくあきらちゃんってコネがあるんだから、有効活用すりゃいいのに」

「ちなみに、少なくとも三年男子の大半は、ミコトちゃんかふぅちゃんのファンなんだよ」

「あはは、相変わらずミコトちゃんはスケールが凄いね」

「そんなことより、注文は決まったのか。決まったならブランを呼ぶぞ」

 

 談笑モードに入った皆を諌めようとしたが、女子の勢いを止めることは出来なかった。……実は結構空腹なんだけどな。

 皆の注文が決まったのは、それから5分後のことだった。

 

 

 

 世の中には、僕の知らないことがまだまだある。不意にそんなことを思った。




今度こそ一週間で投稿することが出来ました。あれですね、前回人大杉。

クロノ君に海鳴の町を歩かせてみました。外側からミコトちゃんを見てみようの回。結果、ミコトの登場がチョロっとで台詞すらない始末。これもう(誰が主人公か)分かんねえな。
原作と違ってフェイトが新しい家族を得たことで、クロノから彼女に対する関心が非常に小さいものとなってしまっています。というかミコトへの関心大きすぎ。後の分岐に配慮する作者の鑑(二次創作者の屑)
なお原作主人公。

本当はこの回で夏祭りまで進むつもりでした。どうしてこうなった(前後編)

あ、そうだ(唐突) 作者は某いちかわいいSSを応援しています。TSNLいいよね。いちかわいい。

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