不思議なヤハタさん   作:センセンシャル!!
<< 前の話 次の話 >>

50 / 74
引き続きクロノ視点です。



こいつまた一ヶ月とかかけだしましたよ? やっぱ好きなんすねぇ~(意味深)


四十一話 休日の過ごし方 後編 時

 第97管理外世界での休暇も、残すところ明日のみとなった。何も予定のない一週間という時間をどう過ごすか初めは悩んだものだが、意外とどうにかなるものだ。

 やはり初日にはるかと遭遇することが出来、海鳴の町を案内してもらったのがよかった。あれのおかげで、何が何処にあるか、何処でどう過ごせばいいかがよく分かった。

 海鳴という町は、発展したオフィス街と自然豊かな公園が隣接している調和の町だ。少し入り込めば山道を歩くことも出来る。逆に臨海公園で海を眺めたり、海浜公園で海水浴さえ出来てしまう。

 文明と自然のいいとこどり、と言ったところか。日常生活を送るにも不足はなく、遠方から観光に来る人間も大勢いる、環境水準の非常に高い町だった。

 そんな町だから、僕は余暇を持て余すこともなく、大いに観光を楽しむことが出来た。日頃アースラ艦内にこもっているから、穏やかな自然を見るだけでも心が癒される。

 そして昼食は翠屋へ。最初の日に出会ったアリサという少女の言った通り、翠屋で出された料理は絶品と言ってよかった。管理局の食堂ではまず味わえないレベルだろう。

 程よいアルデンテに絡められた、濃厚なトマトソース。魚介のうまみがしっかりと染みており、思い出しただけでよだれが出そうだ。

 もっとも、あの店の本領は料理ではなく、ケーキやシュークリームと言った菓子類なのだが。恐らくアリサが「病み付きになる」と言ったのは、こちらの方なのだろう。

 女性陣皆が勧めるものだから、僕とちひろもシュークリームを注文し、実食して驚愕した。シューもクリームも、これまで食べたものでは比較にならないほど高レベルだった。

 口の中で溶けて違和感の残らない、しかし存在感は確かにある柔らかなシュー。あっさりとした甘さで、上品でありながら庶民らしい安心感を忘れないカスタードクリーム。

 管理世界でも滅多にお目にかかれないレベルのシュークリームだろう。事実、僕はこれまで管理世界であれほどのものを食べたことはない。

 思わず「翠屋クラナガン支店でも出来ないものか」と益体も無い妄想をしてしまうほどだった。……食レポになってるな。いかんいかん。

 別に翠屋に入り浸っていたわけではない。確かに昼食は毎日お世話になり、そのたびにシュークリームを注文してはいたが。他の店に行かなかったわけではない。

 この国特有の料理であるスシというのも挑戦してみた。生魚の切り身を乗せた酢入りライスにソイソースを付けて食べるというものだが、これも実に美味かった。

 最初は魚を生で食べるということに抵抗を覚えたが、エンガワというのを食べてその考えを拭い去った。生魚には、焼き魚にはない味わいがある。

 ……また食レポになっている。別に食道楽だけを楽しんでいたわけではないからな。食事も楽しんでいただけだ。

 

 そんなわけで明日にはアースラに帰還するわけだが、僕は今、高町家の前に来ている。時刻は夕日が眩しい18時前だ。

 実は何度か翠屋に行っている間になのはの接客を受けることがあり、彼女から夏祭りに誘われたのだ。皆で一緒に行くから、僕も行かないかと。

 僕は、彼女達とプライベートでまで親しくする気はなかった。それは前から言っている通りであり、今もその考えは変わっていない。

 だが、彼女の父――翠屋のマスターである高町士郎さんから、「遠慮せずに来なさい」と強く勧められた。……纏っていた空気がグレアム提督と同じだったので、親バカの類なのだろう。

 彼の立ち居振る舞いには一切の隙がなく(魔導師を瞬殺出来る恭也さんの父親なのだから当然か)、かなりの威圧感があった。僕がそう感じていただけで、彼にその意志はなかったのかもしれないが。

 結局、その勢いに圧されて僕は首を縦に振ってしまったのだ。そして今日、祭りが始まる少し前に高町家を訪れている。ちなみに今日の翠屋は昼だけだ。

 

「あら、クロノ君。いらっしゃい、皆待ってるわよ」

「ええ、お邪魔します」

 

 インターホンを押し、扉を開けて現れたなのはの母・桃子さんに応対される。彼女が翠屋のパティシエールなのだそうだ。

 ……翠屋が高町家の家族経営であり、僕がその店を愛用していた以上、高町家全員が僕のことを知っている。プライベートで関わりを持つ気がないと言っていたのに、結局関わりを持ってしまっていた。

 

 

 

 ご両親は戸締り等の支度があるため(高町邸は庶民でありながら結構な敷地面積を持ち、道場という訓練施設まで併設されていた)、僕は高町家の子供達とともに先に出ることになった。

 高町家の子供は三人。僕も知り合いである恭也さんとなのはに加え、恭也さんの妹でなのはの姉の「美由希」という少女だ。

 歳は僕より二つ上だが、精神的には逆と言った感じだ。この世界の基準がまだ分かっていないため、それが一般的なのかどうかは分からないが。

 

「やー、クロノ君がなのはのお誘いを受けてくれて嬉しいよ。わたしってば、話だけ聞いてて実際にクロノ君と会ったことはなかったから」

 

 どうにも彼女は一度僕と話をしたかったようだ。彼女も翠屋の手伝いはしているらしいが、僕と遭遇することはなかった。時間帯がずれていたんだろう。

 以前にも触れたと思うが、高町家は家全体が管理世界に対する理解を持っている。この若干エイミィを髣髴とさせる能天気そうな少女も例外ではない。

 ……ただ能天気なだけ、ということはないだろう。恭也さんほどではないが、彼女も動きの芯がしっかりしている。高町家の武術を相伝している証拠と思われる。さすがに彼ほど理不尽ではないと思いたいが。

 

「実際に会った感想としてはどうだ?」

「ほんとに14歳? 小学生って言われても納得できるんだけど」

 

 また身長の話してる……。いや身長と断言はしていないが、彼女の目線がそれを物語っている。僕の歳なら、彼女以上の身長を持っているのが普通だろうからな。

 こっちに来てから毎日身長のせいで年齢を誤解され続けてきたため、反応が淡白になってきた。はあ、と疲労を交えたため息が漏れる。

 

「あ、ひょっとして気にしてた?」

「むしろどうして気にしてないと思ったのか知りたいな。デリカシーがないとか言われないか?」

「うっ……あはは」

 

 エイミィを髣髴とはさせたが、明確な違いがあったな。彼女は、分かった上で弄ってくる。美由希のように悪意なく傷を抉るわけではない。

 僕の指摘は痛いところだったようで、彼女は苦笑しながら頭をかく。……言葉にすると失礼だから口には出さないが、女性と会話をしているという感じがしないな。

 夏祭りの正装なのか、なのはと美由希の格好は浴衣と呼ばれる着物だ。なのはは子供らしくピンク色で桜模様、美由希は濃い赤に楓の模様。僕の感覚としても、女性らしい格好と感じる。

 だというのに、高町美由希という少女は一切「女性」を感じさせない。男性的、というのではなく、非常に中性的な性格をしているのだろう。ある意味凄いことだ。

 

「で、でもさ! 管理局とかで可愛がられたりしない? お姉さん達から優しくしてもらったりして、いい思いしてるんじゃないの?」

「生憎と僕の周囲は男性職員がほとんどだ。若い女性と言ったら、母さんと腐れ縁の補佐官だけだ。この身長で得をしたことは一度もないよ」

 

 こんな人通りのある場所で迂闊な話題だと思うが、確信的なところは話していない。これだけで管理世界の話題であると分かるのは、それこそ知っている人間だけだろう。

 苦し紛れのフォローだったのだろうが、彼女の浅はかな考えではフォローしきれず轟沈。苦笑して沈黙した。

 

「だが、その身長は自身の不摂生が原因なんだろう? それが嫌なら、もっとちゃんと自己管理をしないとな」

 

 なのはの手を引いて先を歩いていた恭也さんが歩調を緩め、僕に声をかける。確かにその通りであり、今回僕が休暇を取らされた原因の一つでもある。

 恭也さんは、目算で180cm程度の身長を持つ立派な男性だ。あれだけ非常識な剣腕を持ちながら、自己管理もしっかり出来ているということなのか。……「天才」なんだろうな。

 僕が内心で劣等感を感じていると、それを察したのか恭也さんは小さく笑いながら過去の話をした。

 

「俺も、それで痛い目を見たことがある。今はもう平気だが、一生膝は治らないと医者に言われたほどだ」

「あのときの恭ちゃんは無理してたからねー。それで治しちゃったのも恭ちゃんだけど」

 

 何でも、過去に士郎さんが大怪我を負ったことがあり、それを受けて恭也さんは「これからは自分がしっかりしなければ」と気負い過ぎてオーバーワークを起こしたらしい。

 結果、膝の靭帯断裂という大怪我を負ってしまい、一時期は剣士としての再起も絶望視されたそうだ。それで諦めなかったのが、今の彼ということだ。

 結構重い話だとは思うが、笑い話に出来てしまう程度に、彼らは困難を乗り越えてきたのだ。

 ……少なからぬ羨望を感じる。僕達はまだ、笑い話には出来ない。出来事の質が違うから笑い話には出来ないかもしれないが、それでも彼のように何事でもないようには話せない。

 だから、感想がひねくれてしまったのも、仕方のないことだ。

 

「本当に人外ですね、恭也さんは。さすがは士郎さんの息子ってことなんでしょうね」

「いや、俺は父さんほど人間辞めてはいないんだけどな……」

「わたしの家族って……」

「いやー、最近はなのはも……」

 

 士郎さん、恭也さん、なのは。戦闘民族の血は、脈々と息づいていた。美由希はまだ分からないけど。

 

 

 

 本日の夏祭り――近所の神社の縁日というものらしい――は、高町家以外の人達も一緒だ。待ち合わせの場所に、見覚えのある少女達の姿があった。

 

「こんばんは。休暇は楽しめてるかな?」

「それなりに。ここが過ごしやすい町で良かったよ」

「毎日翠屋使ってるんだってね。なのはからもう立派な常連さんだって聞いてるわよ」

 

 先日件の喫茶店で顔を合わせたなのはの友人二人、及び復元プロジェクトにも関わっている姉の方。僕は子供達の方に声をかけられた。

 ……年齢としては、彼女達よりも恭也さん達の方がわずかに近いんだけどな。やはり見た目が問題なのか。

 

「ガイ君は?」

「まだ来てないよ。待ち合わせまで時間あるし、もうちょっとかかるんじゃないかな」

「男なら先に来てなさいよって感じだけどね」

 

 真っ先に変態少年のことを気にするなのは。……そういえば、先のミーティングのときも少し印象が違っていたような気がするな。

 ジュエルシード事件のときは、ガイが変なことをするたびになのはからの折檻が飛んでいた記憶がある。表面的に見れば、なのははガイのことを邪険にしていたように思う。

 だが今の彼女の反応からは、そういったものが見られない。逆に、積極的に気にかけている。

 ほんの数ヶ月の間に進展があったのか、それとも嫌っているように見えていただけなのか。分からないが、相変わらず深入りする気はなかった。

 少女達が会話の花を咲かせたのをきっかけに、彼女達と距離を取り、恭也さん達の会話に混ざる。

 

「どうしたんですか、恭也さん。額に皺が寄ってますよ」

「ああ……将来の義弟候補について、な。もうちょっとだけでいいから、マシにならんのかと思ってな」

 

 彼は大きくため息をついた。やはりそういうことらしい。今の発言から、彼もガイのことは認めているということが分かる。ただ、あの変態性だけは許容できないようだ。当たり前か。

 

「クロノ君って、ガイ君のこと知ってるんだっけ?」

「多少はな。先の事件でちょっと会話した程度だけど、どれだけふざけた奴なのかは感じ取れた」

「愉快な子だから傍から見てる分には面白いんだけどねー。あの子がなのちゃんとくっ付くと、わたしにとっても義弟ってことになるのよねぇ……」

「あはははは、気が早いですよ忍さん。恭ちゃんとのお付き合い、スタートしたばっかりじゃないですかー」

「あら、わたしはちゃんと恭也との将来を考えてるわよ? 気が早いってことはないんじゃないかしら、美由希ちゃん」

 

 笑顔の裏に迫力を込めながら睨み合う美由希と忍さん。……何と言うんだったか。嫁姑問題、というやつか? なんかちょっと違う気がするが。

 頭痛の種が増えた恭也さんは、先ほどよりも大きなため息をついて二人の女性から離れた。僕も彼に倣い、火花を散らす二人に巻き込まれないようにする。

 

「モテる男は辛いですね」

「別にモテるわけじゃないさ。美由希は俺に依存してるところがあるっぽいから、取られたくないんだろうな。早いとこ兄離れしてくれないと、将来が不安だ」

 

 一人勝手に納得するモテ男。絵に描いたような鈍感だな。きっと気付かないうちに多くの女性を泣かせてきたのだろう。

 もったくもって、妬ましい。……別にモテたいわけじゃないけど、モテる男に対しこう思ってしまうのは、男の性(サガ)というものなのだろう。

 

「お、皆もう来てたのか。って、マジでクロノいるし」

「いちゃまずいか?」

 

 ミーティング以来顔を合わせていなかった、話題の変態がやってきた。翠屋でも彼とは遭遇しなかった。彼はあまり利用しないようだ。

 ……そういえば、あきら達が「小学生には出費がきつい」と言っていたな。アリサとすずかの二人が例外なだけで、そういう意味では彼もこの世界の一般的な小学生ということだ。

 言葉で返したカウンターに、ガイはからから笑って「ご愁傷様」と答えた。今この場にいる経緯を思いだし、軽くため息が漏れた。

 

「君で最後か?」

「こっちで集まるのは、そうだな。向こうで海鳴二小組とも合流する予定らしいぜ。クロノは八神家とはるかちゃん以外面識なかったよな?」

「休暇初日にいちことあきら、あきらの弟のちひろと会っている。他にいたら、それは知らないが」

「あきらちゃんって弟いたん? 俺会ったことねえわ」

 

 再びからから笑うガイ。彼も、彼女達の全てを知っているわけではないようだ。生活範囲が違うようだし、それも当然か。

 ガイがやってきたことに気付き、彼の腕をなのはが引っ張る。彼は困ったような笑みを浮かべ、僕に向けて謝るように片手を上げた。

 恐らく祭りの会場の方に引っ張られていくガイを見て、僕はやはり驚きのような感覚を持った。

 

「第一印象では、あそこまで積極的な子だとは思わなかったんだけどな」

「そうなの? でもなのはって、昔から恋愛には積極的だったわよ。あの変態相手ってのは予想外だったけど」

 

 僕の感想に、隣にやってきたアリサが解説を付ける。今の話から察するに、なのはは過去に失恋をしているということなのだろうか。

 だが、アリサはおかしそうに含み笑いしている。友達の失恋を笑うような子だとは思えないが……。

 

「人の過去を笑うのは感心しないぞ」

「あんたも聞いたら絶対笑うわよ。ま、なのははガイに取られちゃったし、道すがら話してあげるわよ」

「どっちかっていうと、ガイ君がなのちゃんに取られたんだと思うけどね」

 

 結局、僕の周りに集まってきたのは子供組だった。

 ――なお、なのはの失恋という名の自爆話は、アリサの言う通り笑い話にするしかないと思った。まあ、今もちゃんと交友関係を持てているのだから、笑い話ぐらいでちょうどいいのかもしれない。

 

 

 

 

 

 祭りが行われる神社というのは、想像していたよりも大きいものだった。それに伴い、祭りの規模もそれなりのものとなる。

 人でごった返す神社の石段前。そこには既に、海鳴二小組がやってきていた。……正確には、海鳴二小組+八神家、だろう。なお、八神家にはグレアム提督とリーゼ姉妹も含まれている。

 

「やあ、クロノ。結局君も来ることにしたようだね」

「押し負けました。高町家は中々侮れませんよ」

 

 やはりと言うか、最初に僕に声をかけてきたのはグレアム提督だった。夏祭りへの参加は拒否していた僕がこの場にいるという事実に、嬉しそうな笑みを浮かべている。

 僕が休暇を取る原因となったアリアは、そちらの方が気にかかっているようで、体調を聞いてきた。すこぶる快調と答えると、安心したように微笑んだ。

 

「クロ助と遊び歩くのって、何気に初めてだねー。お姉ちゃんが飴ちゃん買ってあげようか?」

「子供扱いするな。僕は引率側の心持ちでいるよ」

「そういうことは私達に任せなさい。今日は君も、大いに楽しむといい」

 

 管理世界ではそう珍しくないことだ。優秀な子供は、早い段階で高度な教育を受け、年齢一桁の内から就業することもある。僕はそういう環境で育ち、そのことに疑問を持ったことはない。

 だけどそれは、幼少期の「遊ぶ」という時間を犠牲にすることを意味している。実際、僕にはこういう場を遊び歩くという経験がない。

 そしてグレアム提督は、この世界の、管理外世界の出身だ。それはつまり、管理世界の子供の在り方が、彼の中では当たり前ではないということだ。

 僕にとっては「遊ぶ」という経験が重要でなくとも、彼にとってはそうではない。彼は……僕が出来なかったことを、この場で経験させようとしているのだろう。

 突っぱねても良かったけど、どうせ休暇中なのだと思い直す。グレアム提督の言う通り、気楽に過ごすのも間違いではないだろう。

 

「なら、そうさせてもらいますよ。もっとも、僕は祭りの楽しみ方というのは知りませんけど」

「ふむ、そういうことなら……出番だよ、アリシア君、ヴィータ君」

「はーい! クロすけくんにおまつりのいろはを教えちゃうんだよー!」

「オラオラ、ぼさっとしてんな! 出店全部周んだからな! じゃ、はやて、ミコト! あたしらちょっと行ってくるから!」

「れっつらごー、だよー!」

「あ、こら、引っ張るな!?」

「全く……ほどほどにしておけよ」

「気ぃ付けるんやでー」

 

 小さな二人、それからロッテの三人組に腕を引っ張られて、僕達は祭りの雑踏の中に埋もれたのだった。

 

 

 

 そしてこれはお約束なのだろうか。見事にはぐれてしまった。

 

「祭りのイロハを教えるんじゃなかったのか、全く」

 

 僕の身長では、この人ごみの中で彼女達を見つけることは難しい。サーチャーを使えば簡単だけど、管理外世界であるここで魔法を使えるわけもない。

 ……アリシアは子供だし、ヴィータも精神が肉体に引っ張られているんだろうと納得は出来る。しかしロッテまで子供と一緒になってはしゃぐというのは、いかがなものなのだろうか。

 仕方なし、先ほどアリシアから押し付けられたりんご飴(代金は僕持ちだ)というのをかじりながら、人の少ないところを選んで歩いた。……甘いな、これ。

 雑然とした人の流れを見て、漠然と思う。ああ、これが「管理外世界」なんだな、と。

 管理世界……僕の暮らしているミッドチルダにも、祭りというものは存在する。その期間は街も活気づくし、人々も羽目を外す。

 だけど、このお祭りに比べればもっと整然としている。文化の違いもあるだろうけど、それ以上に行政の在り方の違いを感じる。

 僕達の世界の祭りは、よく言えばもっと人々の安全に配慮している。時間の無駄をなくすために人員整理も行われる。治安組織である管理局による監督の下で行われるものだ。

 それに対しこの世界の祭りは――テストケースが一つしかないので断言はできないが、参加者一人一人に委ねられている。主催は行政機関だろうけど、あまりそれを臭わせていない。

 それぞれに長短はある。管理局のやり方は、より人の安全を求める代わりに、個人の自由が制限される。この世界の在り方は、突発的な事件の危険性が比較的高い。

 民衆の安全は最大限保証しなければならないものだ。そのためには多少の制限もやむなし、というのが管理局のやり方だ。僕も、この考えが間違いなどとは思っていない。

 だが、一週間この世界で過ごして思ったことも、またある。束縛からの解放というものも、ときには必要だ。

 以前の僕だったらこうは考えなかった……いや、考えられなかっただろう。思考が局員としての責務に縛られた僕では、「自由」にそこまで重きを置かなかっただろう。

 自由とは、それだけで一つの「エネルギー」なのだ。物事を変革する力となり得るのだ。

 僕は、管理局が完全なものである、絶対なものであるなどとは思っていない。改善すべき点が多くあり、体質を変化させていくべきだと考えている。

 そのためのヒントが、この世界で過ごした時間にあった。そう感じられただけ、一週間の休暇の意義はあっただろう。

 

「……また仕事のことを考えてしまった。この切り替えの悪さも、いつかは改善できなければいけないな」

 

 無論、まずは僕自身を改善していく必要があるだろう。先は長い。

 

 ポンっと背中を叩かれる。振り返ると、見覚えのない少女が緩い笑みを浮かべていた。

 

「クロノ君だよね。一人なの?」

 

 僕のことを知っているということは、海鳴二小組のメンバーなのか。そういえば、石段下の集合場所で見たような記憶がなきにしもあらず。

 

「アリシアとヴィータに置いて行かれた。ロッテも止めてくれればいいのに、一緒になって騒いでたからな」

「あははー、お疲れ様ー。実はあたしも皆とはぐれて、ぶらぶら歩いてたんだよー」

 

 全体的に緩い印象の少女だった。身長は、多分ミコトよりも低い。先日会った矢島晶とは対極と言っていいだろう。

 この少女……ええと。

 

「……あー、自己紹介してなかったねー。あたし、亜久里幸子。ミコトちゃんのクラスメイトだよー」

「どうも。ご存知のようだが、クロノ・ハラオウンだ。歳は……」

「14歳なんだってねー。身長は、あたしが言ってもブーメランだからー」

 

 既に知っていたか。あの三人のうちの誰かから情報を得たのだろう。ミコト達八神家組は、何故か黙っていたようだし。

 彼女は自身の身長について、一際小柄であることを理解していた。個性の一つとして受け入れているようだ。……女の子なら大した問題にもならないだろうしな。

 

「海鳴二小の子は、君で最後かな」

「はるかちゃんといちこちゃんと、あきらちゃんにも会ってるんだよね。したら、もう一人いるよー」

 

 計5人。……改めて多いな。聖祥の方は、アリサとすずかの二人だけだというのに。倍以上だ。

 この国のことわざには「噂をしたら影」というものがある。だからと言って、最後の一人が現れた因果には関係ないだろう。

 

「もう、やっと見つけた! さっちゃん、一人でふらふらしちゃダメだよぅ!」

「あははー、お手数おかけしましたー。でもむーちゃん、ほら」

 

 小柄な、と言ってもさちこやミコトに比べれば大きいが、眼鏡をかけた少女。彼女はさちこに指された方向、つまりは僕を見る。

 そして、みるみる表情が険しくなった。それだけで察せるようになった辺り、弄られ慣れてきたことを自覚してため息が漏れる。

 

「これで何度目か分からないけど、あれは事故だったんだ。それでも悪かったと思っているから、今後もバックアップすることを約束した。これで許容してもらえなかったら、僕にはもうどうすることも出来ない」

「……はるかちゃんから聞いてるし、あきらちゃんも「悪い奴じゃなかった」って言ってたから、信じます。伊藤睦月、ミコトちゃんのクラスメイトです」

 

 僕も名乗り、和解ということでいいだろうか。少なくとも、むつきは警戒を解いてくれた。

 ――全くの余談になるが、聖祥組も海鳴二小組も、皆美少女と言っていいだけの容姿を持っている。これだけの女子に囲まれて狼狽えずに済んでいるのは……間違いなくあの一件が原因なのだろう。良くも悪くも。

 

「えっと、さっちゃんのこと、クロノ君が見つけてくれたんですか?」

「偶然遭遇しただけだ。君達とは今自己紹介をしたばかりだしな。それと、敬語は使わなくていい。……正直、今更感がある」

「あ、あはは……」

 

 僕達の年齢差を考えれば、むつきの対応がノーマルなのだろう。皆して遠慮というものがなさ過ぎる。遠慮されても、それはそれで困るから別に構わないんだが。

 ここは人ごみを避けているとは言え、道の真ん中だ。二人を先導しながら、会話を続ける。

 

「グレアムさんからクロノ君は来ないって聞いてたから、びっくりしたよ」

「どうして気が変わったのー?」

「別に気が変わったというわけじゃないんだが……僕はこっちの皆とは深く関わらないつもりだったんだ。だけど、皆が同じ考えとは限らないということさ」

 

 「あー」と、納得した表情を見せる二人の少女。伝わらない可能性も考えて言った内容だったが、あきらやはるか同様に優秀な子供達なのだろう。

 

「ミコトちゃんみたいだね。あの子も、管……そっちとは最低限しか関わらないって言ってたし」

「合理性のみで判断すれば、僕やミコトのような結論になるんだろうな。僕としては、こっち側のはずのグレアムさんが高町家の人達と同じような考え方をしていることに驚きだよ」

「いい人だよねー、グレアムおじさん。この間遊びに行ったら、お菓子くれたよー」

 

 その後ミコトに「安易に餌付けをしてはいけない」と怒られたそうだ。……思ったよりも「父娘」としての相性はいいのかもしれないな。

 彼は、八神家の皆だけでなく、その周辺の人物とも交流を取っているようだ。ひょっとしたら、管理局引退後はここに腰を落ち着けるつもりなのかもしれない。

 人との繋がりが強くなるだけ、その場所から離れ辛くなる。僕が彼女達との交流を最低限にとどめようとしているのは、そういう事情もある。僕はミッドチルダを離れるつもりはないのだ。

 

「でも、それだと寂しいよね。せっかく知り合えたのに、お互いに深く関わらないなんて」

「僕はそれで納得してる。ここには長く留まれないんだから、深く関わったところで別れが辛くなるだけだ」

「えー、もうこっちに住んじゃいなよー」

 

 さちこが笑いながら無責任なことを言ったがスルー。彼女としても、冗談のつもりだろう。

 

「今の状況も、過剰干渉スレスレなんだ。これ以上を求められると、僕のあっちでの立場が危うくなる」

「そんなに気にすることもないと思うんだけど……文化が違う、ってことなんだよね」

 

 心情としては納得していない様子ながらも、理屈は理解した様子のむつき。やはり、優秀だな。

 たとえ彼女達が一般的な管理外世界の住人より管理世界に詳しかろうとも、管理外世界の住人であることに変わりはないのだ。管理局が干渉を許される世界の外側だ。

 彼女達が魔導師であったり、あるいは管理世界に移住するというのなら話は別だが、そうでない以上「局員による管理外世界への必要以上の干渉」と判断し得るのだ。

 グレアム提督はこの世界出身であるからまた別の話になるが、僕の場合はそうもいかない。この世界において、僕は異世界の住人でしかないのだ。

 理路整然とした説明を理解し、むつきは俯き口をつぐんだ。……さっきまで敵視されていたはずなのに、この子もお人好しなものだ。

 

「みんな、難しく考えすぎなだけだと思うけどなー」

 

 相変わらずあっけらかんとした様子で、さちこがごちる。話をしている間に人ごみを抜け、明かりの少ない境内に端に来ていた。

 薄明りの中、やはり少女は笑っていた。能天気そうに、空気を弛緩させる笑顔を浮かべている。

 

「……僕は、本来ならこの場にはいない人間だ。文字通り住んでいる世界が違うんだ。いないはずの者がいるべき人間に、干渉すべきではないだろう」

「でもクロノ君、今ここにいるよね。仮定の話をしてもしょうがないって、ミコトちゃんよく言ってるよー」

 

 それは……確かに、いない「はず」というのは仮定でしかなく、現実に僕はこの世界にいる。そうである以上、多少の干渉は避けられない。だから必要以上にと言っているのだ。

 あくまで論理を通す僕の反駁にも、彼女は揺るがない。……ミコトとは別ベクトルでやりにくい相手だ。

 

「いないはずとかいるべきとか、大した問題じゃないよ。いるんだから、我慢したってもったいないだけだよー」

「……だが、管理外世界に対して管理局が干渉するというのは、文明への干渉に当たるわけで――」

「それ」

 

 ビシッと指を突き付けられ、言葉を飲み込む。能天気そうな少女の瞳は、俄に真剣味を帯びていた。

 

「さっきからクロノ君が言ってるのって、「管理局が」「管理外世界に」干渉するって話なんだよ。クロノ君は、管理局基準でしか判断できないの?」

「ッ!」

 

 痛い指摘だった。そんなことはない、と反論したいが……今までの僕の理屈は、全て「管理局員として」のものでしかない。

 「この世界に休暇で来ている個人」としてならば、全く問題にならないはずなのだ。ただ、僕がそれを引きずらない自信がないというだけ。

 

「あたしね、実はまだクロノ君のこと許してないの。だってクロノ君のお詫びって、クロノ君個人じゃなくて、クロノ・ハラオウン執務官としてのものだもんね」

「……その通りだな。僕としては、僕に出来る全力を尽くしたつもりだったんだが」

「それじゃダメだよ。執務官が隠れ蓑になっちゃってる。ちゃんと、クロノ君自身がお詫びしなきゃ」

 

 のほほんとした少女だと思った。事実、今の空気も変わらない。相変わらず弛緩している。だけど何故か、僕は彼女の意見に反論する気が起きなかった。

 これでミコトの周囲の全員に会ったことになるが、一人残らず曲者だった。元々そういう人物が集まったのか……あるいは彼女の影響でそうなったのか。

 

「僕自身として、か。……どうすればいいのか、皆目見当がつかない。君には何かいい考えがあるのか?」

「さあ? あたしは思ったことを言っただけだもん。そういうのは、むーちゃんにお任せー」

「この空気でわたしに投げるの!? え、えっと、お食事に招待する、とか?」

 

 いきなり話を振られたむつきは、しどろもどろになりながら提案した。それだと彼女と深く関わることになるので、あまり気は進まないが。

 ……いや、そういうことなのか。僕がしでかしたことを清算するためには、どうしたって彼女と関わることを避けられない。関わらずにお詫びをしたところで、それらは全て上辺だけのものでしかない。

 さちこはそれを指摘したかったのかもしれない。逃げるなと。ちゃんと向き合えと。……違うかもしれない。よく分からない子だ。

 

「ともかく、何か考えてみよう。ありがとう、さちこ、むつき。少し、目が覚めたよ」

「実はまだ夢の中かもー?」

「そういう話じゃないよ、さっちゃん。もう……」

 

 相変わらず緩い少女を、真面目そうな少女が窘めるのだった。

 

 

 

「こんなところにいたか。……何故亜久里とむつきがハラオウン執務官と一緒に?」

 

 さてそろそろ皆を探そうかと思ったところで、色々な意味で話題の人物がやってくる。

 今僕が最も会うべきであり、会いたくなくもあった少女。八幡ミコト。

 アリシアとヴィータに引っ張られていたはずの僕が彼女のクラスメイトとともにいることに、純粋な疑問を浮かべている。答えたのはさちこだった。

 

「クロノ君、迷子だってー」

「……何をやっているのか」

「どちらかと言えばあの二人が迷子だ。ロッテがついてるし、心配はいらないと思うが」

「同じ猫でも脳筋の方では心配だ。リーゼアリアもつけておくべきだったか」

 

 額に指先を当て、ため息をつくミコト。……格好のせいか、その行動一つ一つに華があるように感じて、少々落ち着かなかった。

 これまで触れてこなかったが、むつきとさちこも、少女達は全員浴衣を着ている。ミコトも多分に漏れず、白地に赤で花の模様――シャクヤクというそうだ――が描かれた浴衣だ。

 以前にも写真で着物姿を見ていたが……実物はさらに威力がある。複数人の美少女に囲まれても落ち着きを崩さなかった僕を動揺させるとは。やるな。

 

「君は、むつき達を探しに来たのか?」

「亜久里を探しに行ったはずのむつきが、いつまでも帰ってこないからな」

「あう、ごめんなさい……」

「ちょーっと話が弾んじゃったんだよー」

「君は君でふらふら歩くなといつも言っているだろう」

 

 消沈するむつき、まるで悪びれないさちこ。対照的な二人の様子は、いつものことなのだろう。ミコトも深く追求することはなかった。

 

「とりあえずは、二人を見ていてくれたことに礼を言う。やはり子供だけでは危ないからな」

「それは君にも言えることだ。大人を連れてきた方がよかったんじゃないのか」

「手が空いてるのがいなかった。ギルおじさんはフェイトとソワレを見てくれているし、リーゼアリアは聖祥組。シャマルははやての付き添いだ」

「シグナムとブランはどうしたんだ? それに、聖祥組と言えば恭也さん達もいただろう」

「ブランを大人にカウントするのは酷だ。まあ、残りの海鳴二小組といるよ。恭也さんには恋人との時間があるから、邪魔は出来ない。シグナムは……察してくれ」

「あー……ミコトちゃん、撒いたね」

 

 シグナムは何かとミコトの世話を焼きたがるため、さすがに鬱陶しく感じたミコトが二人を探すついでに撒いたそうだ。忠実を通り越して過保護な騎士だな。

 

「それに、人探しならオレ一人の方が動きやすい。大人では人の隙間を縫うのも楽じゃないだろう」

「もう、ミコトちゃんってば、また危ないことして。この間も海でナンパされたばっかりなのに」

「……あれは、あの水着のせいだ。今の格好なら問題はないはずだ」

 

 いや、その格好でも人目は引くと思うが。……というか、この歳でナンパされるのか、この子は。全くもって常識離れしている。

 危機感が薄いというか、自己評価の低い彼女に対し、級友からの叱責が続く。褒められるが故に叱られるというのも不思議な話だ。

 

「アリサちゃんも言ってたけど、ミコトちゃんは可愛い女の子なの! もっとちゃんと自覚して!」

「客観評価として受け入れてはいるんだが……自分のことだとどうにも判断が難しい。そも、美醜というのは個人の主観に大きく左右されるものだから、絶対的なことは言えないと思うのだが」

「そこまでカッチリしてなくても、皆が可愛いって思えば可愛いんだよー。クロノ君もそう思うよねー?」

 

 ここで僕に振るか。当のさちこはニヤニヤしており、僕が返答に窮すると分かっていたことを臭わせる。

 

「その……、男の僕から見ても、君の容姿は多くの男性を魅了するものだと思う。二人が言いたいのは、つまりそういうことじゃないか?」

 

 さすがに面と向かって言うことは出来なかった。少々視線をずらし、わずかに顔が熱を持つのを自覚する。照れているとバレないことを祈る。

 

「もぅー。もっと素直に「可愛いよ」って言いなよー、ヘタレノ君」

「誰がヘタレだ。そういうのは僕のキャラじゃない」

 

 そういうのはどこぞの淫獣にでも任せておけばいい。彼なら喜んでやるだろう。そして、皆の希望通りヘタレてくれることだろう。

 ――ミコトが彼のことをどう思っているか、彼の想いに気付いているのか、僕は知らない。だからユーノを連想させる一切を口には出さなかった。心の中だけで呟く。

 当のミコトはというと……口元がちょっと笑みの形に歪んでいる。ああ、バレないわけがなかったかと、ある種の安堵のような感覚。

 

「婉曲表現を使いながら赤面しているようでは立派なヘタレではないかな、ムッツリーニ執務官」

「内容としては大差ないからな。これまでに女性の容姿を褒めるなんて経験はなかったんだ。あとムッツリ言うな」

「そんなことを威張られても、ますますヘタレと言うしかなくなるだけだぞ」

 

 言ってから僕も思った。だが、どうにか「いつも通り」の僕達の空気に戻すことが出来たようだ。彼女もそう考えて、今のような話題を振ったのだろう。

 もっと弄りたかったのか、さちこは口をつまらなさそうに尖らせる。彼女が僕達の会話についていけることに驚くこともないか。

 

「ともかく、そろそろ戻ろう。いつまでもこんな端の方でたむろしていても、君達にはつまらないだろう」

「オレも二人を連れ帰るつもりで来たんだ。予定外が一人いただけで、目的は変わらない。その意見には賛成だ」

 

 脱線に脱線を重ねた話題を本筋へと戻し、本来の目的を果たすために僕達は動いた。僕も、元々は二人を皆と合流させるために移動したんだしな。

 

 そのつもりだったのだが。

 

「あ、じゃああたしシアちゃん達探してくるー。皆は先帰っててー」

 

 突然さちこがそんなことを言い出して、ふらふらした動きながらも、素早く人ごみの中に紛れてしまった。一瞬の出来事だったため、僕もミコトも何も言えなかった。

 ややあって、我に返ったむつきが動く。

 

「さ、さっちゃん! ダメだってばー!」

「あ、こらむつき! 君まで勝手に動かれては……」

 

 時すでに遅し。しっかり者な少女は、その性質が故にさちこの後を追ってしまった。すぐに見えなくなる。

 後に残されたのは、むつきの腕を掴もうと腕を伸ばし空を切ったミコトと、唖然としたまま立ち尽くす僕のみ。

 しばし、沈黙が流れる。祭りの喧騒のみが僕達の耳に届いた。

 

「……僕達だけでも、戻るか?」

「……そうするしかないだろう」

 

 はあ、と二人分のため息が重なった。

 

 

 

 二人で歩きながら沈黙というのは気まずい。仕事中ならばそういうこともあるが、あくまで今はプライベート。自然と僕の口が開いていた。

 

「君の周囲は、揃いも揃って癖が強いな。類は友を呼ぶ、という奴なのか」

「かもしれないな。オレ自身、自分が異常であるという自覚はある」

「……そうだな。君は、異常だ。恐らく全ては「原初の能力」による影響なんだろうが」

 

 グレアム提督から聞いている。彼女が「プリセット」と呼ぶ、彼女固有の先天能力。僕らで言うところのレアスキル……ともまた違うか。言うなれば「インヒューレントスキル」、先天固有技能の類だ。

 魔力とも違う力を用いた、生まれついての特殊能力。古代ベルカの王族などが持っていたそうだ。現代でも彼の王族の末裔などは受け継いでいるそうだが、実際にこの目で見たことはない。

 これがあったために、彼女は早くに精神を成熟させ、高度な思考能力を得たのではないかと、アリアは分析していた。僕もその分析に間違いはないと思う。

 ある意味、彼女の個性の全ては「プリセット」が生み出したものだ。非常に論理的で正確な思考。的確な判断力。男性的な口調は……何が原因なのかよく分からないが。

 だけど、同時に思うことがある。

 

「それでも、君の異常は「正しい異常」だ。僕はそう感じている」

 

 彼女は決して、「プリセット」に振り回されていない。完全に自分の制御下に置き、必要なときに有効活用している。そう考えれば、全ては逆。「プリセット」は彼女の個性の一つでしかないのだ。

 ミコトは異常でありながら、それを正常なものとしているのだ。だから彼女の周りには、彼女を慕う人間が集まる。それがきっと、グレアム提督が語ったミコトの「カリスマ性」。

 あるいは、本当に逆なのかもしれない。「プリセット」という巨大な能力に振り回されない才覚を持ったミコトだからこそ、天からのギフトとして能力を授かった。……というのは、ちょっと夢を見過ぎか。

 

「……そんな風に言われたのは初めてだな。「正しい異常」、か。執務官ともあろうものが、おかしな表現を使う」

「そう言う割には、随分楽しそうじゃないか。僕なりの精一杯の言葉遊びは、気に入ってもらえたかな」

「そうだな。……72点。いや、65点だ。端的で分かりやすいが、些かひねりが足りない。あとは、おかしな表現の割には面白みが足りないのも減点対象だ」

「手厳しいな。だが、君らしい」

 

 前にも思ったことだ。彼女との会話は、軽妙で心地よい。僕達のしゃべり方は互いに固く、軽さや柔らかさとは無縁のはずなのに。

 いや、ミコトの話す内容を考えれば不思議もないか。彼女の言葉は表面的に固いだけで、中身は割と温かみに溢れている。そして遠慮なく打ち込んで来る。

 だからそれを素直に返せば、こうやって普通に会話が弾む。返せればの話なんだろうが。……それが出来ないからユーノはヘタレなんだ。

 

「僕は君の「正しい異常」を、好ましく思っている。多分、僕だけじゃない。皆も同じなんだろう」

「だろうな。どいつもこいつも、お人好しが過ぎる」

「そのお人好しの最たる者は、君だと思うけどな。なんだかんだで僕との会話に付き合ってくれている」

「ただの暇つぶしだ。オレ自身の都合でしかない。オレは、何処まで行ってもオレ自身のことしか考えていない」

 

 自分自身のことを考えて、それが他者の都合にまで及んでいるとしたら、それは立派なお人好しだと思うが。……言っても認めないだろうし、言わないでおくか。

 だけど、これだけは言っておこう。彼女が「違う」という僕達も、「同じ」部分もあると。

 

「だとしたら、皆も同じだろうさ。自分にとってミコトとの関わりが有益だから、関係を持ち続けている。少なくとも、僕はそう判断したからだ」

「お前はそうだろうな。だが、他の皆がそこまで理性的に判断しているとは思えないぞ。特になのはといちこ」

「それはまあ、そうだろうな。だけど、理性的だろうが感覚的だろうが、最終的に判断をしているのは自分自身。理屈の上では同じことだ」

 

 ミコトは現実を正確に理解し、それを言葉にしているだけだ。わざわざ自分を卑下するような表現を使う必要はない。

 

「卑下しているつもりはなかったが……お前にはそう聞こえたということか」

「そうだな。僕にはそう聞こえた。君にそのつもりがなくても……君に卑下されると、僕の立場がない」

 

 僕はまだ彼女に挑戦する立場なのだ。だというのに彼女が自身を価値のないものとして語ったのでは、滑稽な道化でしかない。

 

「いつでも自信満々にいてくれた方が、僕としても挑戦しがいがある」

「それはお前が勝手にそう思っているだけだ。……厄介な男に目を付けられたものだ」

 

 彼女が自分の都合しか考えていないというように、僕も同じなのだ。僕が彼女に挑戦する価値を感じているだけなのだから。

 だけど、それは人同士の間で繋がっていく。彼女がいつか言っていたように、「お互いの利害の一致」で重なる部分がある。

 それが、人と交流を取るということの本質なのだろう。人当りがいい人間でも、冷たいように見える人間でも、結局のところ同じことなのだ。

 だから、やっぱりミコトはお人好しで……「優しい」女の子なんだろうな。

 

「厄介というなら、君もいい勝負だ。知れば知るほど評価が変わって、全体像を把握するのも一苦労だ」

「そんなことは知らん。オレはオレがやりたいようにやっているだけだ。その上で他者がどう判断するかなど、そこまで責任は持てん」

「それでいいさ。僕が好きでやっていることなんだからな」

「……オレの周りには、物好きしか集まらないらしいな。それが類友だとは思いたくないが」

 

 ふぅと軽く息を吐くミコト。結わえられた彼女の長い黒髪が吐息に揺れ、妙な色気を醸し出す。直視しないように目を逸らし、思う。なるほど、ユーノはこれにやられたわけだ。

 彼女は……ずるい女の子だ。見た目は並はずれて美しく、内面も高潔だ。それでいて自身の魅力には無頓着で、無自覚に男性を魅了する。

 アリサやむつきが心配するというのも、無理のない話だ。

 

「集まる、ということなら、僕からも忠告だ。君は自分の周りに集まる男性に注意を払った方がいい。さっきもそうだったが、君には危機感が足りなさ過ぎるように思う」

「今その話を蒸し返すか。オレにナンパをしてくるような変態性癖がそれほど多いとは思いたくないんだが」

「それは……僕もそう思うけど、事実として君は人目を引く。君は気付いてないかもしれないが、さっきから僕への視線が痛い」

 

 主に男性客からの視線だ。彼らはまずミコトに目を奪われ、その後に彼女の隣を歩く僕を見て、思いっきり表情をしかめる。皆が皆というわけではないが、少ないというほどのものでもない。

 並はずれた美貌を持つ少女の隣を歩く僕は、言ってしまえば普通の容姿だ。この国の人とは若干顔立ちが異なるだけで、多分普通に溶け込めるだろう。

 だから彼らが嫉妬の視線を向けるのは当然というか、これも一つの男の性か。

 

「やたらチラチラ見られていることには気付いている。だが、所詮はいつものことだ。諦めもつく」

「……もしかして日常生活の中でもこんななのか?」

「ここまで酷いのはイベントのときぐらいだがな。概ね、いつも通りだ」

 

 なるほど。彼女は文字通り「客観的情報」、即ち「誰かがそう感じるもの」として、自身の容姿が人目を引くことを自覚しているのだ。先に語った言葉通りに。

 それでいて、「何故そうなるのか」を理解していない。「魅力的」という言葉の意味を、正しく理解していない。だからこうも危機感が希薄なのかと、ようやく合点がいった。

 

「なんというか……君は本当に、色々とちぐはぐだな」

「お前の想像通り、「プリセット」の影響だ。そういうものとして受け入れるのが、一番面倒がない」

 

 そうなのかもしれないが、このまま引き下がるというのは何となく癪だった。

 

 ――多分このときの僕は、祭りの空気に当てられて、多少なりとも平常心を失っていたんだろう。普段の僕だったら、絶対にそんなことはしなかった。

 正気ではなかった……というのは、言い訳でしかないのだろう。実際に僕は「そういう行動」を起こしてしまったんだから。

 

 

 

「なら、僕が君のことを「可愛い」と思っていると言ったら、どうする」

「……は?」

 

 彼女にしては珍しい、間の抜けた声とともに、僕を見る。――いつか見たような、何が起こったか分かっていない、歳相応なあどけない表情。

 僕自身、こんなことを言うのはキャラじゃないと思っている。だからこそ効果的だった。

 

「容姿の話だけじゃない。君の内面を知るたび、僕は君に男性として惹かれている。僕がそう言ったら、君はどう感じる?」

「……正気か、ハラオウン執務官。オレは――」

「クロノって呼んでくれよ。今だけでいいから」

 

 彼女の瞳は、揺れていた。いつもの冷静さを失わない彼女ではなく、彼女の理解できない未知に触れ、期待と不安の色に染まっていた。

 ああ、やっぱりこの子も「女の子」なんだと、改めて感じた。

 

「く、……クロノ」

「ああ。……可愛いよ、ミコト」

 

 真っ赤に染まった彼女の顔は、本心から可愛いと思った。

 彼女の顎に触れる。彼女はビクッと震えて、目じりに涙を溜めながら目を瞑った。

 そして、僕は――

 

 

 

「……あたっ」

「ほら、やっぱり無防備じゃないか」

 

 お芝居をやめて、彼女にデコピンを一発入れて現実に引き戻す。我ながらクサい芝居だと思ったのに、思った以上に乗って来たな、この子は。

 ミコトは、さっきとは別の意味でわけが分からない表情で目を白黒させた。さっきからレアな表情が見れて、何だか得をした気分だ。

 

「そんな簡単に流されるんじゃ、皆が心配になるのも無理のない話だ。君はもうちょっと男という生き物を知るべきなんじゃないかな」

「……え? あっ……」

 

 ようやく僕のお芝居に気付いたミコトは、羞恥に顔を赤らめる。つまり僕がやったのは、「全く気のない男から強引に迫られた場合」を想定した即興劇だったのだ。

 結果としてミコトは、見事に自分のペースを乱されて成すがままとなってしまった。これでは、彼女は何の反論も出来ない。

 いい教訓になっただろうと、僕は会話を締めることにした。

 

「これからはもう少し皆の意見を聞いて、自身が人の目にどう映るかを意識して――」

 

 ドスン、と鈍い音が響いた。同時、僕のみぞおちを重い衝撃が抜け、僕はその場に崩れ落ちた。

 痛くて苦しい。何が起きたのかと視線を上げると、冷たい無表情に戻ったミコトが僕のことを見下ろしていた。……切り替えの早い事で。

 

「よくもまあやってくれたものだな、ハラオウン執務官。思わず思考が停止してしまったよ。中々に芝居上手じゃないか、ええおい?」

「……お、お褒めに与り、恐悦至極、っと、言えばいいか……?」

「そうだな。乙女心を弄り倒す底意地の悪さも、まったく恐れ入る。執務官殿は女を手玉に取ることにも慣れているのかな?」

 

 あ、これ本気で怒ってる。声色がジュエルシード事件のあのときと同じだ。

 いやまあ、教訓を刻むためとは言え彼女の気持ちを弄ったのは事実で、それは批難されて然るべきなのかもしれないが。

 ちなみに女性相手に慣れているわけではない。お芝居のために頭のスイッチを切り替えただけで、素の僕じゃあんなことは言えない。ミコトが予想以上に乗ってきたというのもあるか。

 

「不愉快な思いを、させたなら、申し訳ない……」

「これも以前に言ったことだが、言葉だけなら何とでも言える。お前は学習能力のない阿呆なのか?」

「そんなことは、ないと、思いたいな……」

 

 恐らく本気の一撃をみぞおちに入れられたのだろう、全然痛みが引く気配がない。それだけ彼女が怒ったということなのだろう。

 ――当然これらは祭りの客に見られている中であり、周囲からは何事かという声が聞こえてくる。取り合っている余裕はないが。

 

「……貸し一だ。早急に返せよ」

「それで許してもらえるなら。いてて……、今度こそ、「ちゃんと」、返すよ」

 

 呆れた様子のミコトに肩を借り、ようやく立ち上がることが出来たのだった。

 

 

 

 その後皆と合流し、そのときにも色々と弄られたが、これについては割愛しよう。

 ただ、アリアから「はぐれたなら念話で呼び出せばよかったのに」と言われるまでその存在を忘れていたのは、僕の落ち度だった。

 ……まあ、なんだかんだで楽しい時間を過ごせたよ。




完全オリジナルの話だし、(時間がかかるのも)多少はね?
まあ他のことに気を取られたのが主な原因なんですが。ロマあく。

今更ですけどクロノ君が原作からかけ離れたキャラになり過ぎてる気がします。家庭環境が全く違ったなのはとはやてや、地球に来てから幸せな日々を送っているフェイトと違って、クロノ君には変化が起こる明確な要因はないはずなんですがね……。
ミコトと対等に接するようにするために、原作よりも大人びた性格にしたのが原因でしょう。本作最大の御都合改変かもしれません。
なお、96助君はミコトに対し「可愛い女の子」とは思っていますが、前話で語っていた通り畏怖の方が大きいため、恋愛感情的なものはありません。今は、まだ。

ミコトにしても、彼に対する意識というのは「管理世界の窓口となる協力者」というものが一番大きいです。しかしそれだけでない、彼女自身も気付いていない何らかの感情があることも確かです。
それがため、クロノのお芝居を本気で受け止め、どうすればいいか分からず思考が停止してしまったというのが真実です。もし本当に「何の気もない男」が相手なら、蹴りの一発も入れていたでしょう。股間に。
今回の件で、ミコトにとってのクロノはどう変わるでしょうか。少なくとも、もう「ただの窓口」だけとは思えなくなるんじゃないでしょうか。

何が言いたいかっていうと、赤面して恥ずかしがるミコトちゃん可愛い(オレっ子は正義)

恭也さんの足のくだりは、半オリジナルです。とらハ原作の方では交通事故で怪我してたはずです。自己治癒もしていません。
これまで明言はしてませんでしたが、この作品はとらハ要素を含んでいるような含んでいないような、そんな曖昧な感じを目指しています。

次回から、とうとう物語が動き出します。……という予定です。予定は未定。
またいつか。





※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。