不思議なヤハタさん   作:センセンシャル!!

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今回こそ日常話です。イベント回ですけど。
一話で終わらせるつもりが前後編となってしまいました。長い(確信)



ポケモンGO個体値厳選楽しい(白目泡吹)


四十四話 運動会 前編

 秋は短いとよく言うが、そのくせ二学期はイベントがてんこ盛りだ。この間夏休みが終わったばかりだと思ったら、もう来週の日曜は運動会だ。うちの学校は秋の運動会タイプなのだ。

 聞くところによれば聖祥の初等部・中等部は5月、つまりは晩春から初夏にかけての暑くなり始める時期に体育祭が開催される。高等部のスポーツ大会はオレ達と同じ10月だそうだ。

 夏休みが終わってからすぐにチーム分けがされ(全部で赤、青、黄、白の4チーム。クラスごとのくじ引きで決まる)、オレは白組。フェイトは残念ながら黄組で別チームとなってしまった。

 例によって駄々をこねたフェイトであるが、同じチームとなったはるか、及び鈴木と加藤の二人組に宥められ、何とかその結果を受け入れてくれた。

 はやてはオレと同じ白組となったが、まだ松葉杖をつかなければ歩けないので、今回は見学扱いだ。その関係で、3年2組の白組は男子女子ともに一人多い編成となっている。両方とも5人編成だ。

 他の面子は、赤組にあきらと亜久里、青組にむつき。オレ達と同じ白組にいちこが振り分けられている。見事にバラける形となった。

 

 チーム分け後は任意出場競技の選出。これは他クラスの同チームと話し合って決定する。オレは借り物競争に、いちこはリレーに出場することになった。妥当なところだろう。

 オレは体格面で言えば恵まれていない部類だ。運動能力は平均以上はマークしているつもりだが、体格差を覆せるほどの優位性はない。故に、頭脳など他の要素が要求される競技が望ましい。

 逆にいちこは、あきらと並んで学年トップクラスの運動能力を持つ。身長もそこそこ高い。となれば、加点の大きいリレーのアンカーを任せる他ないだろう。

 ――より細かく戦略を練るなら、競争の激しいリレー以外で確実に一位を取る人員配置にした方がいいのだろうが、そこまでするのはさすがに大人気ない。ただの学校行事なのだから、子供らしく楽しめばいいのだ。

 それに、戦略は練らないが戦術を練らないとは言っていない。全体参加の競技では、全力で作戦を組ませてもらった。連携訓練も行ってきた。抜かりはない。

 ともあれ、二学期に入ってからの体育の時間はチーム別競技と学年合同ダンスの練習であり、そうしているうちにあっという間に運動会目前となったのである。

 

 

 

「ふむ……はやて君が参加出来ないというのが残念だね。是非とも三人の勇姿を見たかったのだが」

 

 八神邸の食卓を一緒に囲んでいる時空管理局顧問官のギル・グレアム提督。だが今の彼の姿は、はやての手紙で見てきた通りに好々爺のギルおじさんだった。

 現在、第二回「夜天の魔導書復元プロジェクト」ミーティングを終え、前回同様しばらくこちらに滞在することになったギルおじさん一行と夕食中である。……さすがに今回はハラオウン執務官も普通に帰ったようだ。

 今回の成果は、こちらははやての魔法習得とインスタントデバイスの作成。向こうは「蒐集機能の作用機序」に関する資料だった。「修復」という面で見たら大きな成果ではないが、それでも有用な資料だ。

 これを紐解けば、もしかしたらはやてが夜天の魔導書の蒐集バグに対抗する手段を得られるかもしれない。もしそれが可能なら、定期蒐集すら必要なくなるのだ。はやての足も完治するだろう。

 食事が終わったら、シャマルとミステール、リーゼアリアとともに内容を確認しようと思っている。……それはそれとして。

 

「もしかして、参観に来るつもりですか?」

「もちろんだとも。去年と一昨年は見ることが出来なかったからね。今年こそはちゃんと予定を合わせて、この目で見るつもりだよ」

「いや、おじさんついこの間までわたしらに素性明かしてへんかったやん」

 

 はやての鋭い突っ込みはスルーされた。ギルおじさん的には、これまでの運動会も見たかったということなのだろうか?

 

「ほら、父さまってこれまで色々抑え込んでたから」

「うむ、その通り。やはり人間は正直が一番だ」

「はあ……少しは自重してくださいね」

 

 アリアはこめかみを抑えてため息をついた。ロッテの方は今のギルおじさんに順応しているが、彼女はそうでもないようだ。

 それが好ましくないというわけではなく、単純に取扱いに困るというだけなのだろう。ため息をつきつつも、アリアの表情は微笑みだった。

 

「……ギルおじさんははやての後見人だから、参観自体は可能だと思いますが。大丈夫なんですか、色々と」

「それこそ私の腕の見せ所だよ。「歴戦の勇士」と呼ばれたのは伊達じゃないということを証明してみせよう」

 

 英雄の称号がこんな私事で使われるなど誰が想像しただろうか。長らく溜め込んだ鬱屈した感情から解放されたせいで、頭のネジも一緒にぶっ飛んだようだ。

 ……管理局自体はどうなろうと構わないので、それで局が不利益を被る事態になろうが、おじさんが休暇をもぎ取ることに関して特に文句はない。釈然としないものはあるが。

 

「局の話は、まあ何でもいいですが。目立ちますよ」

 

 うちの学校で外国出身の生徒というのは、オレの知る限りフェイトのみだ。私立にはそれなりにいるらしいが、公立はそれほどでもない。

 故国を離れてこの国に長期滞在できるだけの経済力があるなら、子供を私立に行かせることも容易いということなのだろう。将来を考えれば、そちらの方が職業の選択肢も広がる。

 だから、イギリス人であるギルおじさんは参観に来る保護者の中で確実に浮く。他は全員日本人なのだ。

 それだけでなく、年齢的にもおじさんは「小学生の親」からは少し上にずれている。全くいないというわけではないが。

 さらには、彼自身が言った通り、おじさんは「英雄」である。この世界で知られていることではないが、それにしたってにじみ出るものは完全に消しきれない。纏う雰囲気が一般人とは違ったものになるだろう。

 オレ達が聖祥の生徒なら、それでも問題はなかっただろう。何せ向こうなら既に戦闘一家がいる。超ど級のお嬢様もいる。ギルおじさんの持つ英雄性も上手い事馴染むだろう。

 ごく一般的な日本の公立小学校のイベントに対し、彼の存在感は大きすぎるのだ。

 ……が、彼は自身が場にそぐわない存在となる可能性すらも意に介さなかった。そんなところで英雄性を発揮しなくていいから。

 

「目立てば、それだけミコト君とフェイト君に気付いてもらえるだろう。全力で応援させてもらうよ」

「そーそー! それに、リッターは応援に行くんでしょ? どの道同じだって」

 

 珍しくロッテが正論を述べる。確かに、三人増えたところで変わりないと言えばそうだ。彼女らもオレ達を応援する気満々だった。

 というか、当日は八神家全員で応援に来る予定となっていた。アルフとザフィーラも人型になって来るそうだ。不用意かもしれないが、オレは別に魔法がバレようが構わないのだ。

 

「ミコト! 裏切り者のフェイトなんか蹴散らしちゃえ!」

「う、裏切り者じゃないもん! わたしだって、ほんとはおねえちゃんと同じチームがよかったのに……」

「まーまー。わたしは、ちゃんとフェイトもおうえんするよ。はるかちゃんもおうえんしなきゃだもん」

「シアちゃんははるかちゃんと仲が良いものね。わたしも応援するから。元気出してね、ふぅちゃん」

「主ミコト。私も貴女のご健闘をお祈りします」

「……はあ。俺達は一体誰の騎士なのだろうか」

「細かいことはいいんだって。いい加減ザッフィーも諦めなよ」

「ザッフィー言うな」

 

 ヴォルケンリッターではやて「にのみ」忠誠を誓っているのは、今ではザフィーラ一人となっていた。どうしてこうなった。

 

「呵呵っ。これは、当日は賑やかな応援になりそうじゃな」

「応援で運動会を食いそうだ。ほどほどにしてくれ、まったく……」

「……ミコト、おうえんされるの、や?」

「そんなことは言っていない。ソワレが応援してくれるなら、百人力だよ」

「相変わらずソワレが絡むと鮮やかな掌返しやでぇ、ミコちゃん」

「うふふ。お弁当、頑張らなきゃですね」

「私も手伝うわよ。ブラン一人に任せたら、お弁当箱ひっくり返しそうだし」

「もうっ、アリアさんったら!」

 

 ドッと笑いが起きた。なんだかんだ、すっかり八神家に馴染んだギルおじさん達であった。

 

 

 

 

 

 そして迎えた運動会当日。はやてがメインとなって作ってくれた弁当を携え(本当はオレも参加しようと思ったのだが、競技に出るのだからと止められてしまった)、オレ達三人は登校した。

 運動会は日曜日に開かれ、翌日の月曜日は振替休日となる。普段は休日の曜日に通学路を歩くというのは、不思議な感覚を覚えるものだ。

 途中、ミツ子さんから激励された。彼女は応援には来れない。10月になり涼しくなり始めたとは言え、まだまだ日差しは強い。高齢のミツ子さんには長時間の直射日光を耐えるだけの体力がないのだ。

 素直に残念に思う。……最初は身分を証明してもらうだけの関係でいるつもりだったのに、いつの間にか彼女のことを「養母」と思えるようになっていた。多分、フェイト達のおかげだろう。

 だから「二人とも、頑張ってくださいね」と激励されるのは、やはり嬉しかった。いつかは満面の笑みを返せるようになりたいものだ。

 

 教室に着き、荷物を自分の机にかけて体操着に着替える。男子も同じ教室で着替えるのだが、オレとフェイトが着替える間、彼らは教室から締め出される。というか自主的に退室する。

 これは体育の前はいつものことなのだが、気が付いたら出来ていたルールだ。恐らく例の「抜け駆け禁止令」と似たようなものなのだろう。

 実際のところ、感情が未発達であった一年の頃ならいざ知らず、今のオレは彼らが見ている前で着替る気になれない。以前はよく平気だったものだ。いつごろからこうなってしまったのか、ちょっと思い出せない。

 なんにせよ、オレもフェイトも(ついでにむつきも)助かっているから、別に問題はない。石島教諭もこれについては理解を示しているようだ。

 ……まあ、一つだけ問題があるとすれば。

 

「おお、八幡さんのおみ足……いつ見ても美しい」

「妹さんも健康的で綺麗な太ももだなぁ……」

「ブルマー残した校長マジGJ……」

「ありがたやぁ、ありがたやぁ……」

 

 この学校の体操着が女子はブルマー着用なせいで、男子から下半身をジロジロみられることだ。あれでバレてないつもりなのだろうか。チラ見のつもりでガン見してやがる。

 確かに動きやすいのはその通りだが、こう見られたのでは不愉快極まりない。早急にハーフパンツに切り替えてもらいたいものである。

 あきらといちこが男子達との間に壁を作ってくれて、視線から逃れて一息つく。

 

「あ、ありがとう、あきら、いちこ……」

「全く、奴らはいつになったらアレをやめるんだ。飽きもせずよく続けられる」

「まー気持ちは分かるけどね。ミコトもフェイトも、肌綺麗だし。ほら、わたしと比べたら全然色違う」

「あきらちゃん、夏休みの間ちっぴーと外で遊んでたからねー」

 

 オレもフェイトも外に出なかったわけではないはずだが、クラスの女子の中では一番白かった。体質なのだろうか。

 どうにも、普段よりも見られている気がする。確かに体育の授業前はいつも見られているが、ちらり程度だ。あそこまでガン見はされない。

 

「運動会だから、皆気合入ってるんだろうね。で、ミコトちゃんとふぅちゃん見てさらに元気になる、と」

「人を栄養ドリンク替わりにされても困るのだが」

 

 額に指を当ててため息をつく。本当に、男という生物は度し難いものだ。ちょうどいい塩梅の奴はいないのか。

 横手から抱きしめられ、頭を撫でられる。亜久里、ではない。あきらでもない。

 

「よしよし。ミコちゃん頑張ってきたもんな。これからは、わたしも一緒に見られたるからね」

 

 オレの大切な相方、はやて。彼女の今の姿は、オレ達と同じ体操着。車椅子となって長らく体育不参加だったため、この姿となるのは一年生の時以来だ。

 見学ではあるものの着替えることは出来るので、こうしてオレ達と同じ格好をしているというわけだ。一人だけ普段着というのも寂しいものだろう。

 そんなはやての言葉に、あきらは辛辣に突っ込みを入れた。

 

「はやての足かー。別に普通過ぎて見る価値あんましないよね」

「なんやてー!? こんな薄幸の美少女つかまえて、ようそんなこと言えるな!」

「薄幸の美少女(笑)」

「はやてちゃんって逞しいから、ついつい病気設定忘れちゃうよねー」

「設定ちゃうわ!?」

 

 いちこと亜久里も混ざり、三人ではやてを弄り始めた。はやても楽しんでいるので、オレは止めなかった。

 フェイトははるかに宥められ、だいぶ落ち着いたようだ。開会式前から消耗するのもつまらない。このぐらいの空気でちょうどいいだろう。

 ……ところで、さっきからずっと気になっていることがある。

 

「今日はいつにもまして静かだな。緊張しているのか?」

 

 5人衆の中で一人だけ騒ぎに混ざらず、俯き気味で黙っているむつきだ。

 彼女ならば何か落ち込んでいるのかと思うところだが、どうにも様子が違っている。緊張している、というわけでもなさそうだ。

 オレの言葉を受けて、彼女はおもむろに顔を上げる。その表情は、緊張でも弱気でもなかった。オレが知る限り、およそ彼女にはもっとも当てはまらないと思える言葉だ。

 

「ミコトちゃん。わたしね……ずっと待ってたんだ。ミコトちゃんと、本気でぶつかり合える日を」

 

 その表情は……不敵な笑み。争いごとからかけ離れた彼女が、闘争心に満ち満ちた表情を湛えていたのだ。

 

「ずっと、あきらちゃんが羨ましかった。だってミコトちゃん、あきらちゃんに対しては一切遠慮しないんだもん」

「彼女には不要だからな。君に対しても、遠慮をしたことは一度もないと思うが」

「気は遣ってもらったよ。何度も、何度も。……わたしは、ミコトちゃんと対等な、「友達」になりたいんだ」

 

 知っている。彼女の口から聞いたことだ。「いつかオレの友達になりたい」と。だが今の彼女は、「自称友達」のあきらよりも手前だ。知人以上ではあるが、友達にはまだ遠い。

 だから彼女は、決意したのだ。オレが対等と呼べるほどに成長しようと。そして、今その成果を見せようとしているのだ。

 

「勝負の舞台は棒引きだよ。絶対に、わたし達が勝つ」

「その前に敗北しないことだな。組み合わせ上、君達と当たるのは二回戦だ。無論のこと、オレ達は優勝を狙っている」

 

 勝てるものなら勝ってみろと挑発を返す。オレとむつきの間に、心地よい緊張感が満ちた。……彼女とこんな空気を作れる日が来るとは。ちょっと感動だ。

 彼女は、5人衆の中で一番運動能力が低い(恐らくなのはとどっこいどっこい)代わりに、頭脳面ではオレに追従できるほどのものを持っている。

 つまり彼女は、オレの得意とする土俵で真っ向勝負を挑もうというのだ。決して勢い任せの無謀ではない、思考の末の決断だ。

 面白い。かつてオレの言わんとするところを知ろうとして敵わず、努力の末に面と向かって勝負出来るようになった。面白くないわけがない。

 もしかしたら、彼女を「友達」と呼ぶことが出来るかもしれない。なのはに対するものと意味は違うが、対等な立場で意見を交わせる存在になるかもしれない。

 だからオレは、彼女の挑戦を受け入れることにした。

 

「おー、むーちゃんが燃えとる。頑張るんやでー」

「は、はやては一応白組なんだよ? ミコトのことを応援しないと……」

「この二人の場合、わざわざ言葉にする必要もないんでしょ。妬けるわよね」

「あきらちゃんは拳を交わさないとダメだもんねー。それはそれで結構いい仲なんじゃない?」

「いちこちゃん、「殴り愛」って言いたいんだろうけど、別に面白くないからね?」

「……何でオチを先に言うのよー!」

「いやー、今のははるかちゃんのファインプレーですなー」

 

 和気藹々。その後、石島教諭が教室にやってきて移動の指示を出した。オレ達は校庭の入場門へと移動を開始した。

 

 

 

 オレ達の家族は、やはり目立っていた。入場行進を終え、白組の生徒達の待機場所に移動した直後に見つけることが出来た。

 ……というかアレは、オレの家族を知らない人でも何事かと見るだろう。競技はまだ始まっていないのに、全身に強烈な疲労を感じる。

 

「ね、ねえ。あれって、八幡さんの家族なの?」

 

 白組女子の上級生(名前は知らん)がソレを指差してオレに尋ねてくる。ここで首を横に振れたなら、どれだけ楽だったことか。

 

「誠に遺憾ながら、共同生活者という意味では家族に他ならない。一人は、正確に言えばはやての後見人だが」

「??? よ、よく分かんないけど、そうなんだ」

 

 上級生ではあるものの、5人衆とは違って訓練されていない小学生だ。オレの言葉の意味を正確にとらえられず、目を白黒させて引き下がった。

 そして件の後見人は、とてつもないドヤ顔で、とてつもなく常識はずれな格好をしていた。

 彼が今着ているもの。それははっぴだった。それもただのはっぴではない。でかでかと応援の言葉が書かれたものだ。

 「頑張れミコト」「負けるなミコト」「ファイトだミコト」etc... オレの名前がまるで隠されず自己主張していた。

 この学校で「みこと」という名前の女子は、オレの知る限りオレだけだ。それもカタカナ三文字ともなれば、ほぼ間違いなくオレだと特定できるだろう。

 そして以前にも触れた通り、オレはこの学校ではそれなりに顔と名が知れている。オレが知らずとも、オレのことを知っている人間は上級生下級生問わず多いのだ。

 その結果、彼らはまずはっぴを着たギルおじさんとシグナム(彼女も着ている)に視線が行き、次にオレを見る。全校生徒にほぼ等しい視線がオレに向いていた。

 

「……はやて」

「はいな」

 

 皆まで語らずともはやては理解してくれた。彼女的にもこれはないようだ。

 ややあって、ミステール経由の念話が通じる。相手は、この視線の元凶となっている二人。

 

≪やめてください。即刻、今すぐ、さあ早く≫

≪むぅ、ミコト君はお気に召さなかったかね。いい考えだと思ったのだが……≫

≪だ、ダメなのですか? これならば一瞬の隙もなく主を応援出来るのですが……≫

 

 脳筋のシグナムはともかくとして、大提督と呼ばれるギルおじさんまで何を考えているのか。大提督だからこそ常人が考えないことを考えるとでも言いたいのか。そういうのいいから。

 

≪やめなかったら今後口を聞きません。シグナムにも指示以外の会話はしない。オレはやると言ったらやる≫

 

 割とガチな(実際ガチだが)念話に二人から慌てた反応が返って来る。視界の中では、彼らが急いではっぴを脱いでいた。

 ロッテはおかしそうに笑っており、アリアは「だから言ったのに」と言いながら(口の動きから推測)呆れのため息をついていた。そう思うなら最初から止めてくれ。

 オレもため息をつく。元凶がなくなったため視線は少なくなったが、それでもオレを見る者は多かった。とんだ置き土産だ。

 ……もう一つ、ため息の原因がある。確かに生徒達が注目したのはオレ達の家族だが、家族でない同伴者もいた。

 

≪それと、何で高町家も来てるんですか≫

≪グレアムさんに誘われたんだよ。一緒にどうか、ってね。嫌だったかい?≫

 

 ミステールに指示を出し、同伴者の代表、即ち高町家の大黒柱である士郎さんに念話を繋ぐ。彼はいつも通り落ち着いていて、あっけらかんとした調子だった。

 別に嫌ではないが、これは大丈夫なんだろうか。確かに高町家は全員オレの関係者ではあるが、あくまで他人だ。防犯上の理由で入場拒否されてもおかしくない。

 一応、門前で入場者の確認をする教師はいる。彼らが通したということは、とりあえず問題なしと判断されたのだろう。

 まあ、実際に彼らが問題を起こすということはないのだが。人外の戦闘力を持つ高町家(但し桃子さん除く)であるが、ギルおじさんに比べればはるかに常識を介する人達だ。

 

≪せっかくいるんだったら、ギルおじさんの暴走を止めてください。イギリス人の間違った日本観で行動されて、被害を被るのはオレなんです≫

≪はは、そりゃそうだ。チーフの指示に従いましょう≫

≪……翠屋の外でそれはやめてください。あと、士郎さんはマスターでしょうに≫

 

 彼なりのジョークだったようで、もう一つ笑ってから念話は切れた。

 ……士郎さんが念話をするのはこれが初めてのはずだが、何であんなに堂に入ってたんだ。やはり高町家は何かおかしい(周知の事実)

 他の高町家の面々――桃子さん、恭也さん、美由希、そしてオレの現状唯一の友達であるなのはが、ジェスチャーでオレに激励をかけた。

 あれぐらいでいいのだ。自身の家族よりも友人一家の方が安心感が持てるというのも、おかしな話だ。

 

「へー、高町家も来てるじゃん。ミコっちが呼んだの?」

「あれもギルおじさんの暴走の産物だそうだ。もっとも、たかだか5人増えたところで大した差はないな」

「うちからは応援12人やもんなぁ。多分一番の大所帯やで」

 

 多分じゃなくて絶対そうだろうな。そもそもうちの家族関係は血縁に依らないのだから、そう考えれば数が膨れやすいのも不思議ではない。

 事情としては成り行きの部分が大きいが、八神家のエンゲル係数の高さと無関係な理屈ではないだろう。

 改めて人数を聞き、話に混じっていたいちこがカラカラと笑う。

 

「相変わらず多いよねー。あたしンちも皆来てるけど、たった3人だよ」

「お兄さん来てるんや。中学二年生やったっけ?」

「そだよー。あたしらが一年のときは、実はこの学校にいたんだよ」

「その割には全く絡まなかったな。……あのときは、そもそもオレの交流姿勢が整っていなかったか」

 

 噂に聞くいちこの兄とはニアミスしていたようだ。ひょっとしたら、向こうはオレのことを知っているのかもしれない。だからどうということもないが。

 

「ミコっちとやがみんのことは、あたしからは聞いてるけど、そこまで知らないはずだよ。二人が他の学年にも有名になったのって、一年の終わり頃からじゃん」

「いや、そんなことは知らないが。そうだったのか?」

「わたしら当事者やからなー。気が付いたら皆に顔と名前覚えられとったし」

 

 はやての場合は、車椅子であったことも大きかったのだろう。あれはどうしても目立つからな。……皆すぐに慣れて気にしなくなっていたような気はするが。

 ともあれ、いちこの例が代表するように、一般家庭というのはそこまで人数は多くない。一世帯当たり3~5人、多くて7人といったところか。

 八神家応援組の9(共同生活組)+3(普段は離れて生活組)+5(高町家)=17人は、応援の保護者の中では最大勢力に間違いなかった。

 それだけに、あんな格好をすれば悪目立ちし過ぎる。普通にしてて十分目立つのだから、余計なことをする必要などないのだ。

 

「強烈な家族だねー」

 

 苦笑した上級生の一言が、その全てを物語っていた。

 

 

 

 

 

 競技が開始する。まずは一年生による50m走からだが、生憎と今年の一年にオレ達の関係者はいない。誰が勝っただとか、気になる部分も特にないのでカット。

 得点はほぼ横並びで、若干赤組がリードしていた。体力的に有利な生徒が多かったのだろう。

 次は二年生。オレ達も去年やった、二人三脚だ。端数が出た場合は三人四脚になる。

 二年生の白組には矢島弟がいる。関係者と言えるほど深い間柄ではないが、あきらと親交がある以上無関係とも言い切れない。

 二年生出発時に、いちこが彼に向けて大声で激励した。それに倣い、オレも「やるだけやってこい」と軽く声をかけた。

 彼は顔を真っ赤にし――あきらの弟とは言え、性質はそこら辺の男子生徒と変わらないようだ――張り切って競技入場門へ向かった。

 オレが矢島弟に声をかけたとき、主に三年男子が敵意に似た視線を彼に向けたのだが、特に気にしている様子はなかった。あきらの弟というだけあって太い神経をしている。

 いざ競技が始まれば、彼らも矢島弟に声援を向けた。思うところがあろうが同じチームなのだ、勝って自分達の得点にしたいのだろう。

 彼は、張り切った。張り切り過ぎて二人三脚なのにほぼ一人で走った。相方の男子生徒(当然知らない奴だ)は涙目になり、半ば引きずられながら走っていた。

 そんなめちゃくちゃな走り方で一位を取ってしまうのだから、矢島家の運動能力の高さを思い知らされる。男女差はあるが、去年のあきらよりも高いかもしれない。

 二年の競技の結果、赤組のリードを追い越して白組がトップに躍り出た。

 

「ちっぴー、一等賞おめでとー! えらいぞーホレホレ!」

「ちょ、やめろよバカいちこ! 離せって!」

 

 白組の陣地に戻ってきた矢島弟を、いちこが抱きしめ(というか首しめ?)頭を撫でてほめた。彼は照れ隠しか、それとも本気で苦しくて嫌なのか、必死でそれを払いのけた。

 ちなみに彼は既にオレよりも身長が高く、いちことそう変わらなかった。……矢島家の遺伝子め。

 先ほどは応援に沸いていた白組男子だが、女子と仲良さげな様子の彼に再び敵意を再燃させる。忙しい連中だ。

 奴らに取り合う必要はない。一応、オレもねぎらってやろう。いちこ同様、オレも彼を激励したのだから。

 

「手法に問題ありだが、結果だけ見ればよくやった。これで少しは後続に余裕が出来るだろう」

「あっ、は、はい! ありがとうございます!」

 

 やっぱり顔を真っ赤にして、勢いよく頭を下げる矢島弟。相変わらずその反応の意味が、理屈は理解出来るものの、オレには分からなかった。

 要するに彼……というかこの学校の男子全般は、オレとの会話に照れるのだ。その理由がオレの容姿にあるということは、皆からの証言で分かっている。

 だがどうしてそうなってしまうのか、その感情がどうしても理解できない。外見など所詮は同一性の一つに過ぎない。ただの個体差に一喜一憂し、会話に支障をきたす意味が分からない。

 オレとの会話に照れるほど喜ぶというのなら、まずは普通に接しろというのだ。ガイやハラオウン執務官のように。

 ……そうは思うものの、やはり矢島弟とオレの接点はそこまで深くない。わざわざ指摘してやる義理もなければ、オレの意志もない。

 

「その調子で、個人参加の方でも成果を上げろ。ルールを逸脱しない範囲でな」

「はいっ! 頑張ります!」

「おーおー、ちっぴー調子いいねー。あたしのときと反応違い過ぎじゃない?」

 

 いちことやいのやいのやる矢島弟とは、それっきりで会話を切る。最低限の義理は果たしたのだから、これ以上は必要ない。

 

「なはは、わたしら以外が相手やと相変わらずやな」

 

 一連のやり取りを見ていたはやてが、楽しそうに笑いながら言った。今のやり取りに笑いどころがあったんだろうか。

 

「あきらの弟というだけあって多少は見所があるが、基本的にその他男子と同じではな」

「せやねー。ちひろ君も頑張っとるんやろうけど、まだ見えてへんからなー」

 

 一年のときの5人衆と同じだ。「結論を決めて」しまい、先が見えていない。現実にあるオレの存在を見ず、頭の中で作り出した偶像を見ている。

 攻撃性を生み出す偶像でない分マシだが、レッテル貼りをしているという点では変わりがないのだ。

 

「ま、男の子なんてそんなもんやろ。多分あれが普通なんよ」

「子供のオレが言うのもなんだが、子供だな」

 

 どうにも交流のある男子というのがレベルの高い連中だったせいで、それが基準になってしまっていた。考えてみれば、あれはごく一部の突出した連中なのだ。

 まずガイだが、"前身"の記憶を受け継いだことで精神年齢が高い。オレと似たような、それでいてもっと人間らしいものだ。同年代の男子と比べれば、物事を考えることが出来て当たり前だ。

 次にユーノ。管理世界という自立の早い社会で、さらに優秀と呼ばれる人種だ。思考能力は高く、客観視をすることも可能だろう。精神的には子供であるため、コントロール出来ているとは言えないが。

 ハラオウン執務官……は同年代ではないので除外。年齢的に見れば大人に近いし、そもそも彼の立場を考えれば立派に大人としての責任を果たしている。

 最後に、剛田少年と藤林少年。前三人には劣るが、それでも私立に通い将来を見据えている子供達だ。この場にいる男子連中に比べれば、ずっと大人だろう。

 彼らに比べれば、うちの学校の男子の方が歳相応なのかもしれない。だからと言ってオレが合わせる気はないのだが。

 

「トリビアの考察はこの辺にしておくか。そろそろオレの出番も近い」

「パン食い競争終わったら借り物競争やったな。けど、ふぅちゃんの出番までは見ていくやろ?」

「無論だとも」

 

 フェイトは任意参加の競技でパン食い競争を選んでいた。ちょうど次のレースだ。

 自チームである白組の選手は、3組の遠藤。何の因果かオレと同じチームに割り当てられていた。

 オレにやり込められて以来すっかりおとなしい文学少女と化した彼女にフェイトの相手は酷だろう。オレも期待はしていないし、応援もしていない。彼女には悪いが、身内の応援を優先させてもらう。

 スターターピストルが乾いた破裂音を鳴らす。4人の選手が一斉に走り出し、やはり先頭はフェイトだった。スピードが段違いだ。

 高速が生み出す慣性力を使い、高く跳躍する。そして器用に口でパンを掴み、着地と同時にまた走り出す。

 最終的にフェイトは二位以下の生徒と5秒以上の大差をつけてゴールした。なお、遠藤は四位だった。残当。

 

「うわー、八幡さんの妹さんはっやー……」

「あ、でもこれに出てるってことはリレーは出ないんだね。もったいないなぁ」

 

 白組女子の何気ない会話。だが、そうとも限らない。以前考えた通り、競争の集中するリレーを避けて確実に点を取りに行くというのは、選択肢としては十分あり得る。

 それに、いくらフェイトが速いとはいえ、リレーは複数人で走るものだ。他の面子が遅かったら、どれだけ差をあけても埋められてしまう可能性はある。

 ……もっとも、フェイトはそこまで考えていないようだが。

 

「ふぅちゃん、嬉しそうやなぁ。そんなにパン好きやったっけ?」

「米よりはパンの方が好きみたいだが、そこまででもないな。あれは単純に一着を喜んでいるだけだ」

「あはは、そうみたいやね。味方やなくてわたしらにアピールしとるわ」

 

 嬉しそうに笑ってこちらに手を振るフェイトを見て、胸に暖かいものを感じる。純粋にこの行事を楽しんでくれれば、それで十分なのだ。

 さて、そろそろ時間だな。

 

「オレもあの子の姉として、恥ずかしくない結果を出すとしようか」

「恥ずかしがるミコちゃんも可愛いから、それはそれでわたしに良しなんやけど」

「色々減るから却下だ。勝利に喜ぶオレを愛でてくれ」

「なんやそれ、ミコちゃんのキャラちゃうやん」

 

 つまりは普通に応援してくれということだ。珍妙な応援はギルおじさんとシグナムの件でもうお腹いっぱいだ。

 はやての方も冗談であり、オレ達にとっていつもの軽口のやり取りだ。……うん、やる気出たな。

 

「では行ってくる。期待してくれても構わないぞ」

「ほな、ミコちゃんの珍プレーと好プレーを期待しとくわ。いってらっしゃい」

 

 最後にもう一度軽口を交わして、オレは競技入場門へ向かった。

 

 

 

「お、八幡は借り物競争なんだ。ちゃんとフェイトちゃんの応援はしてきた?」

 

 オレの競争相手となる黄組の生徒は、一年の頃は先ほどの遠藤とつるんでいた加藤。可能性としては十分あり得ることだが、何とも因果なものを感じる。

 

「そういう君は、遠藤の応援をしたのか?」

「あはは、するわけないじゃん。あの一件以来、あの子とはあんまし仲良くないし」

「自分達のやったことを全て一人に押し付けるのはどうかと思うが」

「そういうんじゃないの。あの子すっかりおとなしくなっちゃったから、何を話せばいいか分からなくなったのよ」

 

 実際に痛い思いをした遠藤と違い、彼女と鈴木には警告を与えただけだ。現実の受け止め方が違ったのだろう。

 加藤と鈴木は、それまでに見られた品のない振る舞いを改めはしたが、性格は概ね変化なしだ。相変わらず群体であり、相変わらず中身がない。

 あの件で自分のやったことを痛みとして知った遠藤とは違う。オレは知っている。彼女が文学少女となったのは、オレの言葉の意味をちゃんと知るためであったことを。

 

「それは君達が彼女に及ばないというだけの話だ。本を読む、という選択をしたのは遠藤本人だ。何も選択しなかった君達とは違う」

「……何よ。ケンカ売ってんの?」

「厳然たる事実を述べているだけだ。オレはそんな体力の無駄遣いはしない。ただ、何もしなかった君が、選択をした遠藤を責めるのは筋ではないと言いたいだけだ」

 

 遠藤に対し、オレが思うところは特にない。彼女が選択をし、自分の道を歩き始めたところで、オレの生活に影響はない。離岸の住人だ。

 それでも、ただ見ているだけの人間が必死に道を探している人間を嗤うのを見て、いい気はしない。

 だがそれはオレの都合であり、加藤には関係ない。彼女はカチンときた様子で、表情をしかめた。

 

「そーよね。あんたはそうやって、人の気持ちを考えもしないで、ずけずけと物を言うやつよね」

「君も同じだろう。遠藤の変化の意味を考えず、自分の視点でしか見ていない。オレはちゃんと自覚している」

「あー言えばこー言う。ほんと、フェイトちゃんと違って性格悪いわ、あんた」

 

 むつきのときとは違う緊張感。一触即発の空気だ。まあ、加藤の独り相撲でしかないのだが。

 彼女の言葉は、軽い。オレに突き刺さる言葉は何一つなく、不愉快な風を散らすだけだ。それだけでしかない。彼女を一個の敵と見るほどのものでもない。

 

「もし君に悔しいという感情があるのなら、オレを負かしてみることだ。ちょうどよく、オレと君は借り物競争で対決することになる」

「はン、上等! 後になってベソかくんじゃないわよ!」

 

 彼女も実際に経験すれば、少しは変わるだろうか。……そんなことを考えてしまうあたり、オレも甘くなったものだな。

 彼女はフェイトと懇意にしているから、妹に悪影響がないように働きかけているだけだと、自己正当化をした。

 なお、巻き込まれた赤組と青組の生徒は、泣きそうな顔で怖がっていた。彼女達にはちょっと悪いことをしたかもしれないな。

 

 

 

 競技が始まれば、あとは早い。個人競技は他の学年も参加するが、一学年8組(男女それぞれ4組ずつ)で一年からスタート。オレ達は三年の第一走者だ。

 中にはゴールまでてこずった組もあったが、それでもあっという間だ。次はオレ達の番であり、現在前の組――二年生男子最終走者のゴール待ち中。

 最後通告とばかりに、隣で腕を回す加藤が言葉をかけてくる。

 

「今謝るんだったら、ちょっとぐらい手加減してやるわよ」

「無意味なことに思考を回しているなら、目の前の試合に集中するんだな。余計なことを考えて勝たせてやれるほど、オレは甘くない」

「あっそ! じゃあいいわよ!」

 

 彼女はまだ理解に至っていないのかもしれないが、オレはやると言ったらやるのだ。たとえ些末なことであれ、「恥ずかしくない結果を出す」とはやてに約束したのだ。

 だからオレは、全力で走るし考える。加藤の独り相撲に対し同情することは何もない。

 ようやく最後の二年生が借り物(バットを持っていた。何処から借りて来たかも気になるが、そんなお題を入れた教師陣の正気を疑う)を持ってゴール。なお、白組の生徒であった。

 号砲役の教師が位置に着く指示を出す。4人の女生徒は、それぞれの姿勢でスタートラインに足を乗せた。

 

「位置に着いて! ヨーイ……」

 

 火薬の弾ける音とともに、オレは走りだした。……単純な徒競走なら、どうやら加藤の方が早いようだ。

 オレも決して遅くはないのだが、いかんせん体が小さく一歩が小さい。同程度の身体能力を持った相手なら、体格の優れた方が有利になるのは自明の理だ。

 

「へっ、お先ぃっ!」

 

 一歩分先にお題の書かれた紙を拾う加藤。それが有利に働くわけではないと分かっていないのが、彼女の底の浅さだ。

 事実彼女は折りたたまれた紙を開き、硬直した。あれは「ハズレ」の紙だ。

 ――オレはこれまでの競技を、ただ漫然と見ていたわけではない。走者が拾ったお題と、書かれている内容の傾向を観察し続けた。

 全64パターンの観察の結果、簡単なお題と難しいお題の撒かれる位置に有意差があることが分かった。

 比較的簡単なお題――人探し系は、観客席に近い方に撒かれる。逆に確保の難しいことが多い物探し系は、放送席側だ。

 恐らくはお題を取った生徒が錯綜して衝突事故を起こさないための配慮。だが、そこに難易度の差が生まれることまでは配慮されていない。

 当たり前だが、人と物では物の方がパターンが多くなる。パターンの多さは難易度のバラつきに繋がり、一つ前の最後の生徒のようなことになるのだ。

 だからオレがすべきだったのは、加藤よりも先にお題を拾うことではなく、後ろからプレッシャーをかけて彼女を「物」側に押し出すこと。

 その作戦は上手くいき、オレは悠々と「人」側のお題を手に取った。

 

 そして、固まった。

 

「……何を考えている、教師陣」

 

 難しいわけではなかった。むしろオレには簡単過ぎるお題だ。ある意味オレが取るに相応しく、オレ以外が取ったら非常に困ったことになっただろう。これは小学生向きのお題ではない。

 開いた紙に書かれていたのは、たった四文字のカタカナだった。英語で言えば「ハンサムボーイ」。

 タイムロスになることも構わず、オレは額に指を当ててため息をついた。右の手には「イ ケ メ ン」とでかでかと書かれた紙を握ったまま。

 ようやく後続が追い付いてきた。……加藤は放置で問題ないが、他二人が簡単なお題を手にするとまずい。呆れてないでそろそろ動くか。

 オレは観客席の方に向き直り、一目散に走りだす。目標は一つしかない。即ち、オレの家族が陣取っている箇所だ。

 辿り着く必要はない。声が届く距離まで近づき、オレは大声で呼びかけた。

 

「恭也さん!」

「! 分かった!」

 

 皆まで言わずとも、我がチーム最強の戦力は意図を理解してくれた。その場で反転し、走り出す。後ろを見ずとも、恭也さんならあっという間に追いついてくるだろう。

 ものの数秒もせずに彼はオレに追いつき……先を走りながらオレの手を引いた。

 

「ちょ、恭也、さん! そこまで、しなくてもっ!」

「大丈夫だ、俺に任せろ!」

 

 任せたら不安なんです。その言葉を紡ぐことは出来なかった。彼のペースで走らされたら、オレの体力でまともにしゃべる余裕なんてない。

 さすがに御神の剣士の本領を発揮する非常識はなかったが、それでも小学生の体力なんぞものともしないスピードで、オレ達はダントツでゴール地点に辿り着いた。

 

「早っ!? じゃ、じゃあお題を確認しますね……って、八幡さん大丈夫?」

「ケホッ、大丈夫、に、見えますか……」

「む……ちょっと張り切りすぎたか」

 

 息も絶え絶えになりながら、用紙を三年一組担任に渡す。彼女はお題を見て恭也さんを見て、満面の笑みで合格を出した。

 これにて、オレ達の一着は確定した。多少予定外の事態はあったが、恥ずかしくない結果を出すことは出来ただろう。

 なお、ハズレ(内容は一輪車、校舎まで取りに行ったようだ)を引いた加藤はビリだった。ハズレ側に行くように仕組んだのはオレだが、さすがにちょっと哀れかもしれない。

 

「……こんなの運じゃん。あたしは負けてない!」

 

 キッとオレを見てそんなことをのたまう加藤。……一から十まで説明しても、この子は分からないだろうな。

 面倒を嫌ったオレは、「そうか」とだけ言って会話を切ろうとした。が、まだ観客席に戻っていなかった恭也さんが、オレと加藤の間に立つ。

 

「君とミコトの間に何があったかは知らない。だけどこれだけは自信を持って言える。ミコトは、運に頼らず自分の力で勝利をもぎ取ったはずだよ。そういう子だ」

 

 ポンとオレの頭に手を置き、乱暴に撫でる。髪が乱れるからやめていただきたい。……悪い気はしないが。

 実際のところ、多少は運の要素も絡んでいる。人系のお題が簡単というのは傾向の話であり、たとえば「母親」などというお題をふられた場合、オレは詰む。ミツ子さんは来ていないのだ。

 それでも出来る限り運の要素を排除する努力はした。だから、恭也さんの発言は訂正しなかった。

 加藤は年上の男性に声をかけられたことに驚き、ポケーっとした表情をしていた。

 恭也さんは、構わず続けた。

 

「この子は容赦がないせいで分かりにくいかもしれないけど、とても優しい子なんだ。邪険にせず、ありのままのミコトを見てやってくれ。兄貴分からのお願いだ」

「あっ、は、はい……」

 

 加藤が返事をしたことで、恭也さんは薄く笑みを浮かべ、「ダンスも楽しみにしてるから」と言って観客席の方へと戻って行った。

 ……全く。妹もお節介焼きだが、兄の方も相当なものだと、苦笑が浮かんだ。

 ようやく正気に戻った加藤が、何やら焦った様子でオレに尋ねてきた。先ほどまでの険悪さも何処へやらだ。

 

「ね、ねえ八幡! あの人誰!? あんたお兄さんいたの!!?」

「兄貴分と言っていただろう。オレの友人の兄だ。どうにもオレのことを妹のようなものとして見ているらしい」

 

 オレも兄のような人だと思っている、とは言わない。余計なことは言わなくていいのだ。

 加藤の焦りは続く。はて、この反応は……。

 

「な、名前なんていうの!?」

「高町恭也。私立風芽丘大学の一回生だそうだ」

「高町、恭也さん……大学生なんだ……」

 

 ああ、やっぱり恭也さんに対する一般的女子の反応だ。彼女の頬は運動後の興奮とは別の意味でほんのり朱に染まっており、彼への好意を表していた。

 いや、加藤だけじゃない。よくよく見ればゴール係をしている坂本教諭も恭也さんの方をチラチラ見ているし、ともに走った三年女子の二人も釘付けだった。

 ……同年代だけでなく、年上や小学生までも魅了するとは。本当に業の深いお人だ。

 兄のような人の無自覚女殺しっぷりに、本日何度目かのため息が漏れるのだった。

 

 なお、彼には恋人がいるという話をしたら、阿鼻叫喚となってしまった。最初に言っておくべきだったかもしれない。

 

 

 

 

 

 この後、五年生の組体操、六年の騎馬戦を経て、オレ達三年合同のダンスがあり、午前の部は終了した。

 一時間の昼休憩の後、戦いは怒涛の午後の部へと移っていくことになる――。




海鳴二小・秋の運動会話。なお、作中に出てきた聖祥の運動会については作者の創作です。特に資料がなかったのでああいうことにしました。多分描写する機会はない。

海鳴二小の女子体操着がブルマーとなっていますが、現実では既にブルマーは完全撤廃されています。あくまでフィクションです。
何故ブルマーにしたかというと、作者の趣味……ではなく、二十一話「お泊り会」でのミコトの独白との整合性を取るためです。
かつて彼女はこう言いました。「ズボンをはいたのは久々だ」と。
もし海鳴二小の体操着が現実と同じハーフパンツであると、この発言と矛盾してしまいます。そのため、ズボンとは言い難い形状(ショーツタイプという名称があるぐらいですし)のブルマーであることが避けられなくなってしまいました。
まあこれのおかげで恒例のお色気描写(微弱)につながったので、まぁまええわ(結果オーライ)

廃止と言えば、パン食い競争も衛生面の問題から姿を消して行っているそうです。まだギリギリあるのかな?
何故パン食い競争である必要があったかというと、ブルマー履いてて全力で走って力いっぱいジャンプして必死にパンをくわえるふぅちゃん可愛くないですか?(真顔) 作中描写はさらっと流しちゃってますけど。
運動会は女の子が輝く行事ってはっきり分かんだね(百合)

久々に元敵役モブ登場。今回はちょろっと元リーダー格とのその後を描写してみました。
実際に痛い思いをしたのとしていないのでは、結構差が出ていたというお話です。遠藤ちゃん(下の名前は未定)がおとなしくなったのは、最初は恐怖からでしたが、後々知性を磨いて、どれだけ自分がみっともなかったか気付いたからです。
これに対して加藤丸絵と鈴木友子は、自分達とミコト達の間にある差の大きさに気付いていない段階です。直視できない、これもまた恐怖の形なのかもしれません。
それでもフェイトのことは可愛がってくれているので、ミコトとしても多少の良感情は持っているはずです。だからこそ無視ではなく、軽く指摘をしたのです。
まあ何のために出したって、恭也さんに引っ張られて走るミコトを描きたかっただけなんですが。寝取りルートもありや(事案不可避)

なんかむーちゃんが不穏な空気を醸し出してますが、果たして……?

後編の投稿日は未定です。気長にお待ちください。

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