不思議なヤハタさん   作:センセンシャル!!

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前回の続き。閑話なのに長すぎィ!
棒引きの戦術部分は結構適当です。時間かかったのに申し訳ない。



デッデッデデデデ!(カーン)デデデデ!デッデッデデデデ!(カーン)デデデデ!
ぺーぺぺぺーぺーぺーぺーペペペペッペーペッペッペペペーペペペッペッペーペペー
イクゾー!


四十四話 運動会 後編

 午前の部が終わり、昼食へ。オレ達三人は一度教室に戻って弁当を取り、八神家応援組と合流した。

 5人衆は一緒ではない。彼女らは彼女らで家族が応援に来ており、各々別の場所へ向かった。オレ達の応援は数が多く、他の家庭のように校庭を使ったのではスペースを取りすぎる。

 そういうわけで、校庭の喧騒からいくらか離れた裏庭で、レジャーシートを敷いて昼ごはんである。

 

「ミコトちゃんもふぅちゃんも、かっこよかったの! 最後のダンスも、とっても可愛かったの!」

 

 午前の部最後の演目は、三年生によるダンス。男子は白軍手、女子はポンポンを持って行う応援ダンスだ。曲が何故か洋楽だったのは教師の趣味か。

 オレの感覚としても満足のいく出来であり、興奮が冷めやらぬ様子のなのはは、弁当に手を付けずオレ達を賞賛した。

 

「そうだな。ダンスはともかくとして、個人競技の方は思った以上に上手くいった。……結果オーライに近かったが」

「そういえば、結局お題は何だったの? 恭也さんが呼ばれたっていうことは、「お兄さん」かな」

「それやったらミコちゃんが呆れた説明がつかんやろ。大方「イケメン」とか書いてあったんちゃう?」

「ははは。何にせよ、今日来たことでミコトの役に立ったなら、それで十分だよ」

 

 内容の適不適はともかくとして、あのお題を引いたことで相当余裕を持ってゴールすることが出来た(楽とは言ってない) 勝利自体はオレの作戦通りだとしても、圧勝という結果は運によるところが大きい。

 それに、オレは運動能力で戦っていない。消耗していないというわけではないが、移動距離を最少に抑えている。「運動会」というイベントの意義を考えれば、評価されるべきことではないだろう。

 それならば真っ当に運動能力で圧勝したフェイトをこそ褒めるべきだ。

 

「フェイトはよく頑張った。同じチームではないから表立って応援は出来ないが、君の活躍を嬉しく思っているよ」

「そ、そうかな! えへへ……」

「むー。ふぅちゃんずるいの! なのはもミコトちゃんに褒められたい!」

 

 君は観客だろうに。それはまた別の機会を見つけてくれ。

 

「なのは君に全て言われてしまったが、私も感動したよ。やはり来てよかった」

「大げさすぎやしませんか。フェイトはともかく、オレは大したことをしてません」

「いや、グレアムさんの言う通りだ。ほんのちょっとの競技の中で、二人とも素晴らしいものを見せてくれた。店を閉めてでも来たかいがあるよ」

「その通りです、主。御謙遜なさらずに」

 

 高町家全員が応援に来ているということは、翠屋は当然お休みだ。個人経営だから出来ることなのだろうが、これでいいのだろうか。オレの記憶でも今日が休みにはなってなかったはずだが。

 どうにも「圧勝」という結果のせいで妙に褒められて収まりが悪い。もうちょっと接戦だったら、こちらの受け止め方もまた違ったのだろうか。

 ……どんな結果になろうが、シグナムは褒めてくるだろう。彼女の忠誠心は日に日に増しており、正直ちょっと重い。

 彼女がオレを主とすることに最早異論はないが、もうちょっと軽くていいのだ。それこそヴィータぐらいで。

 

「はやてが参加出来ないってのだけがほんと残念だよな。あたしは絶対応援したのに」

「なはは、そらしゃーないわ。今は体操着着られるようになっただけでも十分やよ」

「そういえば、ここもまだブルマーなんだな。最近は減ったと聞いてたんだが、意外とあるもんだな」

「ねー。うちも今年からハーフパンツになったし。ちょっと残念だよー」

 

 美由希が通うのは私立風芽丘高校であり、恭也さんの母校でもある。今の発言から、彼の時代は女子の体操着はブルマーが当たり前だったということだろう。

 しかしながら、最近は男女ともにハーフパンツを採用する学校も増えている。事実、風芽丘はブルマーを廃止したようだ。

 彼女はブルマーに思い入れがあるようだが、オレにはない。動きやすさは確かに大事だが、男子から不愉快な視線を受けてしまうのは重大な問題である。

 

「オレは君のような性癖は持っていない。うちもとっととハーフパンツを採用してほしいものだ」

「えー、なんでー? ブルマー楽でいいじゃん」

「その、わたし達って男の子たちからジロジロ見られちゃうんだよ……」

「確かに、そういう連中は結構いたな。お前みたいなガサツとは違うみたいだぞ、美由希」

「恭ちゃんっ!」

 

 恭也さんの美由希弄り。翠屋で休憩中は結構よく見る光景だ。親愛の証なのだろう。

 幸いというべきなのか何なのか、男子は例の抜け駆け禁止令があるため、オレ達に接触を行わない。直接的な行為につながらない分マシと言えばマシかもしれない。

 と、シグナムがオレの前で姿勢を正しひざまずく。

 

「主。御命令とあらば、私は主に害成す者どもを切り捨てる所存です」

「やめろ、バカ者。奴らはただ見ているだけで、害というほどのものはない。そもそも相手は何の変哲もない小学生だぞ。なのはとは違う」

「何でそこでわたしが出てきたの!?」

 

 最近なのはがガイにばかり構うために、なのは弄り分が不足しているからな。ここらで補給しておきたいところだ。これもまた恭也さん達と同じ、親愛の形の一つだ。

 シグナムなりの冗談……というわけではなく、結構ガチめの発言だ。目がマジだった。やっぱり忠誠心が重い。

 

「いい機会だから言っておくが、最近のお前は少し過保護だ。オレはそこまでされずとも、自分の身を保つことぐらいは出来る」

「……しかし、海のときのようなこともあります。騎士として、御身に危険が迫るならば、刃となって主を守ることが私の務めです」

「お前の主は一度起きたことを二度繰り返す愚か者なのか?」

 

 呻き、沈黙。オレの中でああいったトラブルに巻き込まれた際の対応マニュアルは出来ているのだ。必要とあらば彼女に助けを求めることはする。だから、必要以上に気を張ることなどないのだ。

 とはいえ、彼女の気持ちが嬉しくないわけではない。行き過ぎた部分はあるが、純粋にオレを思ってのことだ。そもそもの原因はオレがナンパされてしまったこと、つまりはオレの責任だ。

 だから責めるだけでなく、シグナムを安心させる言葉を紡ぐ。

 

「必要ならば命令を出す。お前は、いつでもオレ達の刃になれるようにしてくれるだけでいい。振りかざし続けることはない」

「私は……主に、ご迷惑をかけてしまったのでしょうか」

「迷惑というほどではない。男子連中の方がよっぽどだ。ただ、もうちょっと肩の力を抜いて生きてくれというだけのことだ」

 

 シグナムは少し目を潤ませ、頭を垂れた。……やれやれ、手のかかる騎士だ。バカな子ほどかわいいと言うが、これもそういうことなのかもしれない。

 苦笑。リッターの参謀も、オレと同じ表情を浮かべていた。ちなみにヴィータは呆れ、ザフィーラは平常であった。

 

「話を変えましょうか。ミコトちゃんとふぅちゃんの出番は、あとは三年全員参加の棒引きと、学年合同の大玉運びだけよね」

「そうだな。関係者だと、大玉運びの前のリレーにいちこが出るぐらいか」

「あ、白組はいちこがリレーなんだ。黄組はともこが参加するんだよ」

「何でフェイトちゃんがリレーじゃなくてパン食い競争だったの? 足の速さ考えたらリレーだよね」

「そりゃフェイトがリレーじゃ他の子がかわいそうじゃないか。魔法なしでも相当なもんなんだからね。優しいんだよ、うちのご主人様はさ」

 

 ロッテの疑問に答えたのは、当人のフェイトではなく使い魔のアルフ。主従関係である彼女には、フェイトの考えが分かっているつもりなのだろう。自信満々である。

 が、フェイトは苦笑しつつ。

 

「それもあるけど、一番はパン食い競争っていう競技が気になったから、かな。ただ走るだけじゃなくて、口だけでパンを取らなきゃいけないっていうのが面白そうだったから」

「ありゃま」

「違うじゃないの。主のことを分かってないんじゃ、使い魔失格じゃない?」

「あなたも人のこと言えないわよ、ロッテ」

 

 脳筋使い魔組は、「たはー」と言いながら後頭部をかいた。ツッコミを入れたアリアはオレの方を向く。彼女はニヤニヤと笑っていた。

 

「ミコトはミコトで容赦なかったわね。見てて「らしい」と思ったわ」

「君ならそう思うだろうな。それと、シャマルも分かっているんだろう?」

「ええと、まあ。どこからどこまでが作戦だったのかは分かりませんけど」

 

 なのはと美由希、フェイトとソワレが頭にはてなを浮かべる。彼女達以外は、概要までは分からずとも、あれが偶然でないことは分かっているようだ。

 四人の様子を見てミステールがカラカラと笑い、解説を入れる。彼女ならば全てを理解しているだろうな。

 

「主殿にはどこに何のお題があるか、ある程度は把握出来ておったということじゃよ。前を走る童を難しい方に誘導して、自分は簡単なお題を取ったというわけじゃ」

「そうだったの!?」

「っていうか何で分かったの!?」

「しっかり観察していれば傾向ぐらいは分かる。そこから帰納的に推察し、難易度の格差を考察しただけだ。難しいことは何もしていない」

「あの場面でそんなことを考えるのがそもそも難しいと思うんだけど……」

「ミコト、すごい!」

 

 なのはと美由希は脳筋故に、フェイトとソワレは純粋故に、それぞれ分からなかったようだ。同じ脳筋組でもシグナムとヴィータは、オレならば作戦を立てていると信じていたそうだ。

 

「恭也さんが該当してくれたのは、さすがに作戦外の牡丹餅だ。オレが考えたのは難易度の格差と、即座の判断が下せるアドバンテージだけだ」

「あの子も災難よね。自分がどれだけの大物を相手にしてるか分からないで突っかかってたんだもの」

「……ミコトちゃん、あの子……まるえちゃん、でしたっけ。あんまり仲良くないの?」

「一年の頃に少し、な。彼女があまりにも無成長だったから、少し喝を入れたくなってしまった。普段は可もなく不可もなくの関係だ」

 

 シャマルはオレの人間関係を気にしているようだ。お節介ではあるが、オレのような人間を見たら、彼女の性格なら黙ってはいられないだろう。

 加藤と仲良くしているフェイトは、少し悲しそうな表情だ。すかさずブランがフォローを入れてくれた。

 

「大丈夫ですよ、フェイトちゃん。きっといつか、まるえちゃんにもミコトちゃんの良さが伝わる日が来ますから」

「ブラン……うん、そうだね」

 

 オレの良さとやらが何なのかは分からないが、それでもその日が来るのは年単位で先のことだろう。今の彼女は、そもそもオレとの会話が成立していない。

 圧倒的に知性が足りていない。そして彼女の理解力を考えると、一朝一夕で埋められるものでもない。

 とはいえ、現実的な指摘で空気を悪くすることもない。黙って流すことにした。

 アリアにとって加藤の話はどうでもいいことらしく(当然だな)、それよりも先のことを気にしているようだ。

 

「で、棒引きではどんな作戦を立ててるのかしら?」

「今言うわけがないだろう。フェイトとは別のチームになっているし、第一面白みがなくなる」

「……わたし、白組とだけは当たりたくないよ。気が付いたら負けてそう」

 

 団体競技というものは、戦術によって結果が左右される面がある。個々の能力も重要ではあるが、戦術次第で能力差をひっくり返すことすらも可能なのだ。

 黄組はフェイト、赤組はあきらと、身体能力に優れた強敵を擁している。だが彼女達がどんなに頑張っても二人分以上にはならない。ただ身体能力を行使するだけでは、大きな効果にはなり得ない。

 それを考えると、注意すべきはむつきのいる青組。彼女はオレの土俵で戦おうとしている。即ち、戦術による場のコントロール合戦だ。

 今の彼女にどの程度それが出来るかは分からないが、少なくとも5人衆の中ではトップだ。その事実だけで警戒するには十分である。

 

「むつきから勝負を吹っかけられるとは思っていなかったからな。予想外に楽しめそうだ」

「むつきって言うと、あなた達と仲のいい五人組の、眼鏡の子よね。ふうん、なるほどね……」

 

 オレとアリアは、顔を見合わせて不敵に笑う。オレの方は口角をわずかに上げただけだが。

 オレ達が放つ妙な空気に、他が若干引き気味だった。いかんな、まだ早い。

 

「ともあれ、棒引きは必見とだけ言っておこう。どんな組み合わせになるにしろ、白組は青組とぶつかるはずだ」

「ぶ、ぶつかっちゃうんだ……」

 

 暗に黄組だろうが赤組だろうが、白組と青組には勝てないと言っているわけだ。フェイトに悪い気はするが、団体競技として考えると、それが厳然たる事実なのだ。

 だが彼女とてただでやられるわけではない。使い魔と妹の応援を受けて、オレ達の前に立ちはだかるのだ。

 

「あきらめちゃダメだよ、フェイト! わたしもアルフもおうえんしてるんだから!」

「そうさ! たまにはミコトにギャフンと言わせてやるんだよ!」

「う、うん。とにかく頑張ってみるよ。……あ、そうだった。はるかが障害物競走に出るから、応援してあげてね」

「もちろん!」

 

 平和な昼食の時間。午後の部に向けて、各々十分に英気を養うことが出来たようだ。

 

 

 

 

 

 午後の部は午前の部のラストと同様、競技ではない演目からとなる。六年生による応援合戦だ。

 三年生のダンスとは違う、硬派な印象を受ける応援だ。高校部活動の応援団を小型化したら、こんな感じになるだろうか。

 オレの近くに座り話しかけていた女生徒は六年生だったようで(それすら知らなかった)、出発前に「わたしもいいところ見せるからね」と言っていた。この行事を通してオレと仲良くなったつもりのようだ。

 無論のこと、錯覚でしかない。行事の熱で己の感覚を誤認し、主観で距離が縮まったように感じたに過ぎない。オレにとっての彼女は、離岸どころか存在を認識する事すら難しい他人だ。

 だから、応援合戦のときに彼女――木下という名字だそうだ――が何処にいるのか、オレには分からなかった。はやてが見つけてくれなければ、最後まで気付かなかっただろう。

 

「大見得を切って行った割には普通だったな」

「うっ……辛口。ちょっとぐらい褒めてくれたっていいじゃない」

「ミコちゃんにそれ期待したらあかんですよ。お世辞とか一切言わん子やもん」

「だから褒められると凄く嬉しいんだよね。本当に成果を残せたんだーって分かるから」

 

 ちなみに木下はパン食い競争に出ており、3着だったそうだ。全く印象に残っていない。

 六年の全体競技は既に終わっており、残る彼女の出番は最後の大玉運びのみだ。そしてそれはオレも参加するため、彼女がオレに勇姿を見せる機会はもうない。

 だが彼女に悔しそうな表情は見られず、オレとの関係性がそれだけ軽いものだったことを示唆している。当然だな。今日初めて会話をし、そして今後はその予定もないのだから。

 木下への評価と励ましははやてといちこに任せ、オレは競技フィールドの方を注視する。次は個別競技の障害物競走だ。

 この競技にははるかが出ると聞いている。のみならず、出場者を見る限りでは、亜久里とむつきも出ているようだ。

 近くの六年生に比べれば、この三人の方がオレとの関係性は断然強い。そして彼女達には評価できる部分も多々ある。

 はるかは言うまでもないだろう。アリシアとともにデバイスプロジェクトに参加している。この時点で一般的な小学生とは比較にならない技術・知識を持っている。

 恭也さんが身に付けるベクターリング開発の際も、彼女が持つ「この世界の魔法」の知識は大いに参考になったとアリシアは語った。忍氏の指導の下、メカニックの技術もメキメキ伸ばしているそうだ。

 亜久里は、一見すれば能天気なだけの少女だ。ぽややんとした空気を常に纏った、天然癒し系キャラとでも言えばいいか。

 その実、彼女の持つ精神力は図抜けている。ちょっとのことでは空気を崩さないことからも分かるし、何よりも怒ったときの恐ろしさにそれは顕れている。

 オレに有無を言わせないのだ。理路整然と正論を述べるオレの言葉を、感情の力のみで撥ね退けるのだ。その強制力は、恐らくはやてをも上回る。

 素養はあっただろう、だが初めから持っていた力ではない。オレとの関わりの中で彼女が見つけ、自分で育てた力だ。はるか同様、だからこそ評価に値する。

 そして、むつき。オレにとって、今日のメインの対戦相手。手を抜くことなどしない。失礼だからとかそんなことではなく、きっとそんな余裕はないから。

 その事実が、オレが彼女を認めている何よりの証拠だ。ずっとオレに追いつこうと走り続け、彼女は辿り着いたのだろうか。非常に興味がある。

 だからオレは、障害物競走をじっくりと観戦した。彼女達の成長のほどを確認するために。

 

 なお、むつきは大差を付けられての4着だった。……運動は苦手な子だからな、しょうがない。

 

 

 

 四年生の綱引きを間にはさみ、ようやくにしてオレ達三年生による団体競技・棒引きのときがやってきた。

 棒引きのルールは綱引きに少し似ている。違いは、引っ張り合うものが麻の綱ではなくアルミの棒であることと、1本ではなく10本あることだ。

 つまり、どれだけ多くの棒を自陣に運べるかを競う競技だ。それ故に戦術による効果が顕著となる競技なのだ。

 綱引きの場合、体力の配分や力学ベクトルの合成など多少の知恵が活きる部分はあるものの、基本的には単純な力勝負だ。力の総量が大きかった方が勝つ。

 これに対し棒引きは、10本を取り合うというルールのために、人員の配分や陽動などの戦術部分が発生する可能性を秘めている。

 たとえば力自慢の生徒一人に対し全員が引っ張れば、当然ながら数の暴力に勝ることは出来ない。だがそれをやると他の棒の防衛が手薄になり、勝敗確定量である6本を奪われてしまうことだろう。

 逆にどんな力自慢でも、一度に運べる数は一本まで。棒の一本一本は小学生でも一人で運べる程度の重さではあるが、何本も持てる重さではない。それに、そんなことをしたら狙い撃ちにされるのがオチだ。

 とにかく6本を自陣に運ぶか、あるいは時間切れまでに敵よりも多く確保すれば勝てる競技なのだ。バカ正直に体力勝負を挑む必要はどこにもない。

 その他の細かなルールとしては、開始前の陣地外移動禁止、陣地まで運んだ棒の奪取禁止、ラフプレー禁止ぐらいか。当たり前すぎてわざわざ語るまでもなかろう。

 制限時間は1分半だが、小学三年生の体力を考えたら1分半も全力で動き続ければ限界だろう。妥当な長さだ。

 

「初戦は赤組か……黄組と当たれれば一番楽だったんだがな」

「妹がいるチームなのに、相変わらず容赦ないね」

 

 作戦構築に情は不要だ。大事な娘にして妹であろうが、それは変わらない。必要なのは極限まで研ぎ澄まされた合理性、それだけだ。

 身体能力だけで言えば、はっきり言ってフェイトが学校全体でトップだろう。学年ではない、女子でもない、男女含めた学校全体でトップなのだ。

 当然というのも言葉が足りないほどの必然だ。彼女はオレの妹となるまで、ひたすら魔法を用いた戦闘の訓練のみを行ってきたのだ。魔法がなかろうが、体の鍛え方が一般的な子供とは異なる。

 それほどの身体能力を持っていても、彼女が限界まで動いたとして、魔法抜きでは1.5人分働くのが関の山だろう。それが人一人が持つ力の限界だ。

 そして黄組は彼女を除けば一般的な女子(この競技は男女別で行われる)のみ。運動が得意な者もいるだろうが、突出しているわけではない。

 フェイトが人並以上に動けたとしても、こちらを全員1.1人分の効率で働かせれば、十分圧倒出来る。ちょっと無理をさせればオレが動く必要もない。

 これに対し赤組は、フェイトほどではないが、身体能力が突出しかつ体格にも恵まれたあきらというパワーファイターがいる。そして小柄故に素早い亜久里の存在もある。

 選択肢が黄組よりも多いのだ。それだけで黄組より手強いと言うには十分な判断材料だ。

 もっとも、これはあくまで比較の話。3つの組の中で黄組と当たれれば一番楽だったというだけで、どれも気を抜けば敗北する。全力を尽くさなければならない。

 そして同様に、青組以外のチームならばどちらでも打倒は可能だ。

 それを盤石なものとするために、オレは自チームの女子15人に向けて最終ブリーフィングを行う。

 

「最後にもう一度確認だ。競技が開始したら、いちいち名前を呼ぶ余裕はない。事前に確認した背の順で呼ぶ。自分が何番か分からない者はいるか?」

 

 全員が首を横に振る。ちなみにオレは0番であり除外。一番小さいわけではないからな。オレより小さいやつも、一人だけどいるからな。

 主力となるいちこは、後ろから数えた方が早い13番。一番大きい15番は3組遠藤だった。……文学少女になったんだから身長は必要ないだろう。遺伝子め。

 このチームの中では一際大きい遠藤であるが、それでもあきらの方が一回り大きい。身体能力勝負になったらまず勝ち目はない。

 勝ち目はない……が、時間稼ぎぐらいは出来るだろう。オレが考える遠藤の役割は、言ってしまえば捨て駒だ。勝つために、その体の大きさを利用させてもらう。

 

「誰がどの棒に向かうかは適宜指示させてもらう。最初に番号、次に棒の位置。13番と14番、左の2、という形だ。左右については近い方を選択させてもらう。三年生にもなって右と左が分からない者はいないな?」

「お箸持つ方が右でしょ?」

 

 オレより背の低い女子が挙手をして言う。だからそれだとオレは逆になるんだと……まあ、知らないのだろうな。下手をしたら左利きという存在そのものを知らない可能性もある。

 オレの知る限り、三年で左利きはオレのみ。全員を知っているわけではないが、これまでに見る機会があった人間は全員そうだ。

 他の学校などを含めていいのならばなのはとアリシアも左利きだが、そんなことをこの学校の生徒が知るはずもない。

 

「全員、右手を挙げてくれ。……分からない者はいないようだな、安心したぞ」

 

 確認したところ、全員右利きか、少なくとも右がどちらかは分かるようだ。必然的に左も分かるということになる。

 左利きがオレしかいないのなら、わざわざマイノリティの事情を解説する必要もない。先に進めよう。

 

「指示は出す。が、基本的には自分の意志で行動してもらって構わない。出来るだけ指示には従ってもらいたいが、無理そうなら自分の判断を優先してくれ」

「それって……どういうこと?」

 

 オレの意図を推し量ろうとしてつかめない様子の遠藤。考えているだけ他の女子とは違う。

 質問には秘匿することなく正直に答える。

 

「オレは勝利することを目標として作戦を考えるが、全員が同じとは限らない。ただ競技を楽しみたい者、どうしても対戦したい相手がいる者。そういった意志を強制することはしたくない」

 

 言ってしまえば、ここにいる全員は「くじ引きで決定したから同じチームになった」だけの関係だ。目的はバラバラで、意志の統率など取れるはずもない。

 ならば意志をまとめる努力は無駄以外の何物でもなく、バラバラのまま作戦を考えた方がよほど効率的だ。

 

「指示に従う余裕のある者だけ従ってくれれば十分だ。もっとも、全員に無視されたらさすがに手の打ちようがないが」

「それでもミコっちならー……?」

「何とも出来るか。物理的に無理なものは無理だ」

 

 オレ達のやり取りがおかしかったか、チームの女子の数名がクスリと笑った。

 質問をした遠藤は、納得しつつ苦笑。「自分はまだまだ」とでも自己評価を下しているのだろう。その通りなので何も言わない。

 とりあえず、オレの指示が完全に無視されるということはなさそうだ。

 

「さて……時間だな。位置に着こう。全員、よろしくたのむ」

『はいっ!』

 

 文字通り全員から元気よく返事された。……春ごろから感じている、慣れ親しみたくない慣れ親しんだ感覚があった。

 ――結局「リーダー」に収まってしまっている辺り、それがオレの性分なのかもしれない。認めたくないものだが。

 

 

 

 対戦相手の赤組と対峙する。様子を見るに、あきらを中心としてまとまっているようだ。彼女らの中では最も身体能力が高いのだから、そういうことになるか。

 それだけに、戦術というものは一切ないだろう。あきらは決して頭が悪いわけではないが、性質が非常に直情的だ。下手な作戦を練るぐらいなら、全力でぶつかって来るだろう。

 そしてその選択は、彼女にとっては最適だ。オレと同じ土俵で戦えば、彼女には万に一つの勝ち目すらない。それを理解しているのだ。

 だからこそ、緒戦と言えど気を抜くことは出来ない。オレの方も、オレの全力をもって事に当たらせてもらう。

 

「位置に着いて! ヨーイ……」

 

 2組担任の石島教諭が号砲役。張った声に普段の粗雑な雰囲気はなく、厳粛に審判を務めていた。

 一拍の間。高まる緊張感が場を満たすのを、確かに感じ取った。

 そんな中、オレはひたすら冷静に観察を続けていた。他の生徒達がそれぞれに動き出しの構えを取る中、オレだけは直立不動。

 それで狼狽えることがないからこそ、審判役がオレ達の担任なのだろう。――思考の片隅でそんなことを思った。

 

 撃鉄が落とされる。巻き上がる鬨(とき)の声。オレを除くすべての選手たちが、一斉に動き出した。

 そしてオレは、その一瞬を見逃さなかった。見逃さないために、冷静に集中力を高めていたのだから。

 

「9番と15番、右3! 13番、左5! 1、4、6番、左1!」

 

 動き出しの一歩。それで向こうの要注意生徒(あきらと亜久里)がどの棒に向かうかを判断し、封殺すべく指示を出す。

 あきらが向かおうとしたのは、彼女から一番近い右から3番目の棒。だからそこに、動きの速い9番を先行させ、後のストッパーとして遠藤を向かわせる。

 素早い亜久里は一番左。だから比較的動きの速い3人を向かわせ、数の力で奪い取る。

 こちらで一番素早いいちこは、敵方が一番手薄となっていた真ん中の一本に向かわせ、確実に点を取らせる。

 これで2点は確実に取得でき、強敵あきらの足止めも可能だ。問題は、合戦状態となる7本だ。

 優勢となる数が多ければいいが、劣勢が5本以上だとまずい。特にこちらは強敵2人を抑えるのに5人費やしてしまっている。余剰戦力は向こうの方が多いのだ。

 だからオレは、即座に次の指示を出す。

 

「2番と3番、左3に向かえ! 7、8、11番、それぞれ左4、右5、右4! 9番、オレとともに右1へ!」

 

 合戦状態で圧倒的不利となっていた二つにかかっていた生徒達を、それぞれ拮抗している場所に向かわせる。また、遠藤が追い付いた9番を解放し、オレも出撃する。

 ここまで有利に進められれば、オレの思考リソースを運動に割いても問題はない。あとは制限時間いっぱいまで動くのみだ。

 

「ミコっち!」

「右5が不利だ、そこへ向かえ! 14番、右3を手伝え! 馬鹿力が自重を知らない!」

「だぁれが馬鹿力、よぉ!」

 

 棒を引き合いながら、出せる指示は出す。予め「基本は皆に任せる」と言っておいたため、指示待ち族はいなかった。

 

「やー、やっぱミコトちゃん相手は厳しいですなー」

 

 左1を早々に諦め右1へ走った亜久里が、ニコニコ笑いながらそんなことをのたまう。この子は力を入れているんだろうか。……入れてはいるようだな。足元の土が抉れている。

 彼女の言葉に答えを返さない。競技が終わるまでは、オレはそれだけにリソースを割いている。亜久里はつまらなそうに口を尖らせながら、やはり笑顔のままだった。

 

 赤組が取得出来た棒は、あきらが全力で引いた1本といちこが手伝えなかった2本。残り7本のうち5本を白組の陣地に引き込むことが出来、場に残された2本は一本ずつがそれぞれに加算。

 最終的には6対4でギリギリの勝利となった。小細工なしで来た分、手強かった。

 

「ちぇー。結構惜しかったんだけどなぁ」

「君をフリーにさせていたら、結果は逆だっただろうな。一つのことに執着したのが君の敗因だ」

「諦めるってのは嫌だったからね。ミコトも、それを分かってて作戦立ててたんでしょ」

 

 まあな。もし彼女が亜久里のように取捨選択できる性格をしていたら、作戦もまた違っていた。そしてそれをしなかったからこそ、ここまでの接戦だったのだ。

 彼女にしろ亜久里にしろ、自分の強みというものを理解しているのだ。……これから戦うことになるであろうむつきも同様に。

 

「皆、よくやってくれた。次の試合までのわずかな時間だが、息を整えておくといい」

「そ、そうさせてもらうわ。矢島の相手、キツかった……」

「右に同じく……」

 

 あきらは一人でこちらの高身長二人を相手にし、勝利したのだ。遠藤と14番の生徒は、息も絶え絶えという様子だった。……これは、次の試合ではあてに出来ないな。

 まあ、いい。それならば力には頼らない作戦に切り替えればいいだけの話だ。青組が勝ち上がって来るならば、それもまた可能だろう。

 ともかく、一旦オレ達の出番は終了だ。むつきの成長のほどを見せてもらおうではないか。

 

 そう、彼女の成長を楽しみにしていた面は確かにある。が、オレが思っていたよりもある意味楽しい成長の仕方をしてしまったようだ。

 

「……伊藤さんが持ってるアレ、何?」

「なんか、うちわみたいだけど……」

 

 気弱な印象が強かった彼女は、イメージにそぐわない不敵な笑みを浮かべていた。白組女子の言う通り、その手にはうちわ型の指揮道具が握られていた。

 軍配というやつだ。有名どころで言えば、武田信玄のような武将が使用するイメージがあるだろう。実際に戦で使われていたという、正式な指揮道具である。

 ……彼女は、結構形から入るところでもあるのだろうか?

 

「あれじゃあ棒を持てないのに。何考えてるんだろ」

 

 実際、自身が動く気はないのだろう。彼女が動いたところで大した働きが出来ないというのは、紛れもない事実だ。

 むつきは、オレとは違い完全に指揮のみに徹しようとしている。……運動会という行事の意義としてそれはどうなのかとは思うが、勝利を目指すという意味でなら間違いはない。

 さすがの石島教諭も、8人組の中では比較的大人しめな少女の奇行に頭を痛めているようだ。が、止めないあたり既に諦めはついているのか。

 相手となる黄組にも動揺が走っている。フェイトとはるかの二人のみ、余裕のない真剣な表情でむつきを見ていた。

 オレもまた、むつきの采配に全力で注視する。彼女達が勝ち上がって来た場合、オレはそれを相手にしなければならないのだ。

 教諭の号令。それでざわめき立っていた黄組陣営も、慌てた様子で体勢を整える。青組は……恐ろしいほどに静まり返っていた。

 白組とも違う、まるで一個の生命体のように統率された気配だ。「勝利」という目的のために、各人の意志を揃えている証拠であった。

 号砲。黄組が鬨の声を上げ、それでも青組は静寂を保ったまま動かなかった。あまりにも不気味であり、黄組の生徒達の表情にもそれが浮かんでいた。

 動きがあったのは、開始3秒後。一番早いフェイトが棒に辿り着いた瞬間だった。

 

「上翼集中攻撃、開始!」

『ハッ!』

 

 むつきが軍配を上げ、指示を出す。同時、むつきを除く青組全員が一糸乱れぬ動きで、彼女らから見て右側の3本に殺到した。

 ちょうどその3本に向かっていた黄組の生徒達は、面食らった様子で動きを止めた。そこからは、まるでパズルを見ているような光景だった。

 

「「重兵」、攻撃継続! 「騎兵」、下翼移動!」

『ハッ!』

「え、なになに!? どういうことなの!?!?」

 

 黄組の一人が悲鳴のような声を上げる。青組は背の高いグループと低いグループに分かれ、低いグループが左側にスライドして行った。

 ここに到り、オレはこの勝負においてむつきが何を考えたのか理解した。

 

「奇策、陽動、最後は正攻法か。上手い事をやる」

「……ちょっとわたしも意味わかんない。解説お願い」

 

 何故かオレの近くにいるあきらの求めに従い、オレの解釈を言葉にする。

 

「まずむつきが持っている軍配だが、あれはただのパフォーマンスというか、敵の注意を惹きつけるためのものだ。指揮そのものには関係ない」

 

 あんなものがなくとも、指示出し程度声一つで出来ることはオレが証明している。つまりは一つのディスプレイなのだ。

 あきらといちこ、亜久里の三人は理解出来たようだ。他は知らん。話を続けよう。

 

「自身に視線を集中させ、試合が始まっているのに全員動かない。そんな中で突然、小学三年生からすれば意味の分からない言葉を発する。しかも青組がそれに従って一斉に動き出す。知らなければ面食らうだろう」

「それが「奇策」ってわけね。んじゃ、「陽動」ってのは?」

「青組が「上翼」に集まったことで、黄組のほとんどが釣られてそちらに集まっただろう。あれはオレが遠藤を使ってやったのと同じことだ」

 

 即ち、体の大きい生徒にストッパーをやらせる。それを集団心理を利用して、複数人相手にやってのけたのだ。

 そして最後に、動きの素早い「騎兵」を主力として「正攻法」で戦う。競技の場では、既に4本が青組陣地に運ばれていた。フェイトも2本運んだが、多勢に無勢過ぎる。

 はるかは残念ながらフェイントに引っかかってしまった。すぐにそれに気付き、手薄になった棒に向かったが時すでに遅し。

 

「全軍突撃、中央突破!」

『ハッ!』

「なんなのこれー!? もういやー!!」

 

 黄組女子の悲鳴は、青組が発した鬨の声にかき消された。そうして時間切れを待たず、試合は終了。

 青組7本の黄組3本。なお、黄組の3本はフェイト一人で獲得した数だ。……たった一人でも、諦めずによく頑張った。後で褒めてやろう。

 勝利に沸く青組の中で、むつきだけは静かにこちらを見ていた。声が聞こえる距離ではないが、何を言いたいのかは分かった。

 

「わたしもこれだけ出来るようになったんだよ。ミコトちゃんにだって、負けないから!」

 

 ……確かに、成長した。驚くべきほどに。二年前の彼女からは想像もつかないほど、強烈に成長していた。

 オレは意識せず口角が釣りあがるのを抑えられなかった。

 

「しょうがないって分かってるけどさ。ちょっと、むーちゃんずるいって思っちゃう」

「相変わらずあきらちゃんはミコトちゃんのこと大好きだねー」

「それこそしょうがないでしょ。筋金入りなんだから。まーあたしはミコっちと一緒のチームだし、あきらちゃんの気持ちも背負って戦うよー」

「……あんた達、慣れ過ぎでしょ。八幡のことを信用してないわけじゃないけど、あたしは今から気が重いよ」

 

 つるんでる連中とそうでない面々で、かなりの温度差があった。さもありなん。

 

 

 

 そうして、最終決戦がやってくる。大げさな表現かもしれないが、オレとむつきの気持ちとしては、ここが今日のハイライトなのだ。オレと彼女の全力がぶつかるのだから。

 戦術の勝負であり、運動会の趣旨には反しているだろう。それでもオレ達は、こんな形でしか力を発揮することが出来ない。

 ――思えば、運動会で戦術が問われる競技というのは、これが初めてだ。

 一年生のときは徒競走。個人競技であり、求められるのはただの身体能力のみ。オレは一位だったが、単純すぎて不完全燃焼だったことを覚えている。

 二年のときは二人三脚。亜久里とパートナーを組み、やはり一着だった。多少のチームワークは必要だったが、それでも個人競技の域を出ない。

 そして迎えた三年の団体競技。初めての団体競技を前にして、オレに追いつこうとしていた少女が、見事強敵へと成り上がってくれた。

 だからオレはこんなにも胸が高鳴っているのだろう。もし彼女の成長が追い付いていなければ、やはり今年も不完全燃焼だったかもしれない。

 

「むつきには、感謝をしなければならないかもしれないな。こんなに「楽しい」と感じる運動会は、初めてだ」

「……あたしには二人の気持ちとかわかんないけどさ。ミコっちが楽しいって思えるなら、それだけで十分なのかもね」

 

 ああ。むつきは既に十分な成長を見せてくれた。チームを掌握し、戦術を組み立て、強敵を打ち破ってみせた。出来るだろうと思っていたが、こうして目の当たりにすると、また違ったものを感じる。

 認めよう。彼女はかつてない強敵である。それこそ、あの事件のときに対峙した5つの暴走体以上であると。

 

「八幡が楽しんでるのは分かったけど、作戦はどうするのよ」

 

 オレといちこ以外の生徒達は少々不安げな表情をしており、代表して遠藤が尋ねてくる。先の競技を見て、むつきの手の内が読めないことに若干の恐怖を持っているようだ。

 ならばオレはそれを解消せねばなるまい。それが、三年白組女子のリーダーを任されてしまったオレの責務だろう。

 

「平たく言ってしまえば、「むつきの作戦を潰す作戦」で行く。こちらが読み切れれば勝ち、読み切れなければ負けだ」

「行き当たりばったりってこと? そんなんで本当に大丈夫なの?」

 

 遠藤の口調は、若干糾弾しているようであった。表面的に見れば彼女の言う通りであり、緻密に作戦を練っている相手には不安を持つだろう。

 だが、それは逆なのだ。

 

「恐らく彼女は何通りかの作戦を持っている。状況に合わせて変えてくるはずだ。何か一つに作戦を決めてしまったら、それこそ向こうの思うつぼだ」

 

 彼女はオレとの付き合いが長い。それだけオレの思考パターンに触れる機会があり、固定的な作戦ならば想定していてもおかしくはない。

 だからこそ、あえての受け。こちらも流動的に作戦を切り替えて、手の内を読ませないようにする。この勝負は単純な棒の引っ張り合いではなく、手の内の読み合いなのだ。

 そして瞬間の判断力ならば、オレの方に分がある。彼女が何処までの判断力を備えているかは分からないが、「ここならば勝てる」とオレが自信を持っている分野ではある。

 

「だから、君達には指示に従うだけでなく、前回同様自分の意志で動くこともしてもらいたい。オレ以外の意志が混じれば、それは攪乱の手助けになる」

「何となくは、分かったけど。……いいわ、どうせ今のあたしじゃ考えたって分かんないし。小難しいことは、リーダーに全部丸投げさせてもらうよ」

「えっと……取りたい棒を取りに行ってよくて、八幡さんが指示を出したらそこに行けばいいんだよね。うん、それさえ分かれば大丈夫!」

 

 1番の生徒がオレの指示内容を総括してくれた。そのぐらいの表現が、皆には分かりやすかったか。

 白組全体に理解が伝播し、不安が一掃される。彼女が通訳してくれて助かったな。もっとも、彼女がやらなければいちこがやってくれただろうが。

 最終ブリーフィングを終了し、散開する。青組もちょうど作戦会議を終えたところだったらしく、同じタイミングで散らばった。

 ……改めて対峙して、理解した。青組の生徒達は、むつきに全てを託している。むつきの指示に従うことを絶対遵守としており、徹底している。

 一体どんなマジックを使ったのやら。これが終わったら、聞いてみることにしよう。

 今はただ戦うのみ。こちらも全力をもって、君の策謀の全てを粉砕してみせよう。

 

「ヨーイ!」

 

 号砲が鳴り響くと同時、こちらの白組の生徒達が一斉に駆け出す。対する青組は、先の試合と同じく待機。

 また奇策か? あの手の手段は一度しか通用しない。二度目以降は相手に心構えが出来る。だからもし彼女が奇策頼りだったとしたら、正直言って期待外れだ。

 もちろん、そんなことは思っていない。先ほどとは違う何かがあるはずだ。

 そして予感は的中する。

 

「前進攻撃、反撃体勢!」

『ハッ!』

 

 前回と違う号令とともに、青組の生徒は一直線に走り出した。それぞれが最短距離で到達できる棒に向けてだ。

 そして彼女らが取った行動は、白組の生徒が引き始めた棒にかじりつき、その場に引きとめるという行動だった。

 単純に見れば、ただの時間稼ぎ。それも徐々にこちら側に引っ張られているため、向こうにとってはジリ貧にしかならない。

 一体、何を……っ!

 

「13、14、15番、左2! 8、11、12番、右3! 他は待機! 無理に引こうとするな!」

 

 白組の生徒から若干の困惑が返ってきたが、いちこがすぐに従ってくれたことで全員が落ち着いてくれた。助かったぞ、いちこ。

 むつきの言葉、即ち「反撃体勢」。これは文字通り、相手に「攻撃」をさせて消耗を図り、然る後に自分達の「攻撃」を成功させる作戦だ。

 さっきの狙いは時間ギリギリまでこちらに消耗させ、最後に温存した力で一気に叩くというものだ。もし気付かなければ、全員蟻地獄にはまっていただろう。

 やってくれる。だからこちらもそれなりの対応をさせてもらった。若干バラけた位置に力を集中させ、すぐに指示を出せなくする狙いだ。

 一拍あって、むつきは次なる指示を飛ばす。

 

「両翼攻撃、中央防御!」

『ハッ!』

 

 今度はすぐに理解する。こちらが力を集中させた中央を消耗させ、かつその隙に両端の棒を奪取しようという魂胆だ。

 まだ確定ではないが、白組に対する彼女の基本方針は「疲弊」のように思う。こちらを消耗させ、自分達は温存するスタイル。

 何故か。これが作戦対作戦の勝負であることを理解し、こちらの作戦実行力そのものを奪う方針なのか。確かにいくら考えたところで、実行戦力が消耗してしまえば、実際に行動を起こすことは出来なくなる。

 ……そういうことか。これは、保険だ。彼女がオレの手の内を読み切れなかったとき、それでもなお勝利するための保険。推測ではあるが、本来は二段構えの作戦なのだろう。

 ならば、こちらがやることは決まった。

 

「1~3番、左3! 4~7番、左4! 9番と10番は右2! 他は捨てて構わん!」

「え、ちょ、八幡さん!?」

「5本取れば負けはない! 時間をかけさせるな!」

 

 短期決戦の布陣に持ち込み、5本に戦力を集中させる。今度は1番の生徒が素早く指示に従ってくれて、他もつられて動き出す。

 そのとき、むつきの顔に焦りが生まれたのをオレは見逃さなかった。保険ありの二段構えということは、どうあがいても長期戦覚悟なのだ。その前提を覆されてしまえば、保険すらも意味をなさない。

 それで慌てて指示を出さなかったのは素晴らしい自制心だ。その一瞬の隙を有効活用させてもらおう。

 

「自分の持ち分を処理出来たら、あとは好きにして構わない! 指示はここまで、存分に暴れろ!」

「! うっしゃああ!」

「ッ!?」

 

 オレの指示とも言えない指示に、いちこは気合の声を放ち、むつきはさらに困惑を深くする。自身の言葉を証明するがごとく、オレも中央の「重兵」が待ち構えている棒に吶喊した。

 最後の指示の理由は至極簡単。むつきに揺さぶりをかけ、短期決戦を確実なものとするためだ。作戦勝負だと思っている彼女にとって、オレの指示出し放棄は十分すぎる衝撃となる。

 はっきり言って、オレが遠藤クラスの身長の女子数人に一人で勝つことなど不可能だ。故にオレの行動もまた不可解なものとなり、むつきの立て直しを阻害する。

 状況が動いても指示が来ないことで、統率の取れていた青組に困惑の空気が生まれる。

 そして、そのときは訪れた。

 

「っ、このぉ!」

「あ、マリちゃんダメっ!!」

 

 向こうの一人――1組の杉本が、隊列を乱してしまった。むつきの指示を待たず、自分の意志で中央に向かってきた。

 むつきの作戦が、チーム全員が一丸となって動くことを前提としているなら、一人でも欠員が出てしまえばもう実行することは適わない。

 一人が自分の意志で行動してしまったということは、それは簡単にチーム全体に伝播する。隊列は崩壊し、ただの力勝負へと変貌する。

 そうなってしまったときにはもう遅い。既に形勢はこちらに傾いており、運任せの勝負でも十二分に勝算がある。

 

「お待たせ、ミコっち!」

「こんな小さい体でよく踏ん張ってたよ、ったく!」

 

 引っ張り合いに負けていたオレのところに、自分達の持ち分を片付けたいちこと遠藤がやってきた。力が有り余っているのか、棒はぐんぐん白組側に引っ張られていく。

 そうして半分を割ったところで、時間切れの号砲が上がった。

 

「白組8本、青組2本。よって、白組の勝利!」

 

 最終的には、オレ達の圧勝という結果に終わったのだった。

 

 競技が終わり、むつきはその場にへたり込んだ。自分達が負けてしまったという現実を受け入れるのに時間がかかったようだ。

 それでも受け入れ、泣きじゃくり始めた。

 

「み、皆……ごめんねっ。わたし、絶対勝つって、約束、したのに……!」

「っ、ち、ちがうよ! むつきちゃんは悪くない! あたしが、あたしがむつきちゃんの作戦を破っちゃったから……っ!」

 

 最初に隊列を崩壊させてしまった杉本は、むつきの様子を見て初めて自分のやらかしたことに気付いた。遅すぎるとは思うが、彼女ならば気付けただけでも十分か。

 勝利を喜ぶ白組から離れ、オレは青組……むつきのいるところまで歩いて行った。

 

「少々背筋が冷える場面もあったが、まだ君には負けていなかったようだ。残念ながら、対等に見るのはもうしばらくお預けだな」

「ミコト、ちゃん……」

 

 オレの言葉は、相変わらず感情を反映しない淡々としたものだった。それ故に知らぬ者からは反感を買いやすい。

 むつきと交友を持つ杉本は、オレの放った冷たい言葉に激昂する。

 

「むつきちゃんは、ミコトちゃんに勝とうとしてこんなことしたのよ! そんな言い方しなくてもいいじゃない!」

「何も知らない部外者は黙っていろ。今オレはむつきと話をしている」

 

 切り捨てるような言葉に、杉本は鼻白んだ。が、どうやらそれで引き下がる性格をしていなかったらしく、オレの胸倉をつかもうとした。

 

「マリちゃん、やめて!」

「むつきちゃん!? けどっ……」

「お願い、マリちゃん。お願い……」

 

 だがそれは当のむつきに止められ、渋々引き下がる。その顔には、オレに対する反感がありありと浮かんでいた。

 どうでもいい。彼女はオレにとって、離岸の住人でしかない。オレを忌避するようになろうが、一向に構わない。

 オレにとって今一番重要なのは、むつきと対話することなのだ。

 

「それで、君はどうする。敗北という結果を受け、挫折するのか。もう一度立ち上がり、再びオレに挑むのか。君が選ぶことだ」

「……そんなの決まってるよ」

 

 一瞬の迷いすらなかった。彼女は立ち上がり、涙をぬぐう。それでも涙が溢れてしまうので、あまり意味はなかったように思う。

 そうだ、それでいい。だからこそオレは、君を認めたのだ。

 

「次は、もっともっと考える。簡単に崩されないようになる。それで、今度こそミコトちゃんに勝つっ!」

「君がそうしたいなら、そうするといい。そうでなければ……オレとしても張り合いがない」

 

 最後はあっけなく決まってしまったが、それでも楽しかったのだ。だからだろう、オレの口はわずかに笑みの形を作っていた。

 むつきの涙腺が決壊した。涙を流しながら、彼女はオレに抱き着いた。

 

「ごめんね、ミコトちゃん! よわくて、ごめんね……!」

「君は十分強い。ネガティブになるのは君の悪い癖だ。直せ」

「難しいよぅ……!」

 

 彼女が泣き止むまで、オレはむつきの背中を撫でた。……杉本がばつの悪そうな顔でこちらを見ていたのが印象的だった。ひょっとしたら、彼女もこれがきっかけで変わっていくかもしれないな。

 なお、これらは全て全校生徒、教師、果ては保護者にまで見られている中でのことであり、彼らの拍手で現実に戻ってきたむつきは、恥ずかしさで真っ赤に染まってしまった。

 まったく、飽きさせないでくれる「友人」だ。そんなことを、思った。

 

 

 

 

 

 メインを終えた後は、流れるように時間が過ぎて行った。かろうじていちこがリレーで大ハッスルしたのを覚えているが、気が付いたら結果発表の時間になっていた。

 ……大玉運びはオレも参加していたはずだが、どうしたのだろうか。白組4着という結果は出ているが、具体的な内容はまるで覚えていなかった。別にいいか。

 

『赤組、1248点! 青組、1186点! 黄組、1080点! 白組、1236点! よって、赤組の優勝です!』

 

 行事としての勝利は赤組に持っていかれた。白組も健闘したが、わずかに届かなかったようだ。白組全体をコントロールしていたわけではないから、こんなものだろう。

 黄組が最下位だったことで、フェイトが泣いてしまった。転校してきて最初の運動会で、頑張ったのに負けてしまったという結果が堪えたようだ。

 オレは姉として母として、彼女を抱きしめてあやした。そのまま眠ってしまい、閉会式の前に起こすときは少し気が引けた。

 

 こうして、オレ達にとって三年目の運動会は、平和に幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 八神邸への帰り道。オレ達は再び八神家の三人となり、通学路を歩いていた。

 応援組は先に帰っている。ギルおじさん曰く、「お疲れ様会の準備をしておく」だそうだ。ブランとアリアがいるので出来ないことはないだろうが、そこまでしてもらう必要もないと思った。

 が、止めても聞かないことは分かっていたので、好きにさせることにした。嬉しくないわけではないからな。

 5人衆とは校門まで一緒で、既に別れている。彼女達とは帰り道が違うし、保護者が待っている者もいた。

 だから、オレとはやてとフェイトの三人だけ。身内だけだから、オレの口も軽くなったのかもしれない。

 

「なんというか……もう5人衆は「友達」でいい気がしてきたよ」

 

 「えっ」と驚くフェイト。「友情」について慎重なオレとしては軽率な言葉だっただろう、彼女の驚きももっともだ。

 はやてはからからと笑って答えた。「相方」には、オレの心境の変化が十分理解出来たのだろう。

 

「そらそうやろ。むーちゃんだけやなくて、あきらちゃんもさっちゃんも、いちこちゃんもはるかちゃんも、あの日からミコちゃんの友達になれるように頑張ってきたんやから」

「ああ、痛感した。きっかけはむつきの成長だったが、改めて全員を見て、気が付いたよ」

 

 オレはとっくに全員を「認めている」のだ。分野によってはオレ以上の力を発揮し、対等な目線で意見を交わせる。それは十分すぎるほど「友達」足り得るだろう。

 

 あきらは体格と身体能力ばかりに目が行きがちだが、それを支える誰よりも優しい心を、オレは既に体感している。裏打ちのある安定した「強さ」が彼女の一番の持ち味だ。

 安定ということなら、亜久里はもっと安定している。如何なることにも動じない強靭な「精神力」で、常に皆を見守り、時に茶化す。オレには出来ないことだろうな。

 はるかの「探究心」には、「コマンド」作成のときから今に至るまで、助けられ続けている。きっとこの関係は、プロジェクトを完遂した後も続いていくだろうという予感があった。

 いちこの強さは、他の皆とは少し違うかもしれない。彼女は基本的に、浅い。それは性分だからどうしようもないことだ。だがそれで格差を感じさせることがない。「馴染ませる」ことこそ、彼女の強みだ。

 そして今日見せつけられた、むつきの「諦めの悪さ」。彼女がオレと同じ分野で勝とうとするのは、結局はこの一言に尽きるだろう。

 無謀かもしれない。だがそれでも、彼女がオレに「面白い」と思わせたのは、紛れもない事実なのだ。

 

「全員、成長しているんだな。近すぎて気付かなかった」

「わたしの足のこともあるんやろな。ミコちゃん、ずっとそればっかり考えてたから」

 

 ああ、そうか。それも、去年までと今年で違うことか。今年のはやては、競技には参加できずとも、移動は一人で行えた。もうオレが世話を焼く必要はなかった。

 ……ちょっと、「寂しく」なった。いかんな、喜ぶべきことだというのに。

 

「まー皆が友達やゆーても、一番の「相方」はわたしなんやけどな!」

「それはそうだな。改めて言うまでもない」

「わ、わたしは妹で娘だよっ!」

 

 分かっているって。はやてに対抗してオレの腕をつかむフェイトを見て、頬がほころんだ。

 それからは他愛のない話をしながら、オレ達は家族の待つ八神邸へ歩いて行った。

 

 

 

「――ああ、幸せだな」

 

 そんなことを、思った。




5人衆が友達に進化した話。ってか今更すぎですね。あんだけ息のあった会話してて、どうして友達じゃなかったのか……。
決して友情の安売りではありません。事実、この話でそれなりの成長を見せつけた遠藤ちゃん(やっぱり下の名前不明)は、今後も「友達」になることはありません。それが彼女の限界なのです。
ミコトの下に集った5人衆というクラスメイトは、ある意味で類友だったのでしょう。平凡でありながら非凡である、「人が持つべき力」を強く持った5人だったのです。だからこそ、ミコトと3年間も付き合い続けられているのです。

作中で描写する機会がなかったので説明させてもらいますが、青組が伊藤睦月の命令に従っていたのは、ある取引によるものです。
別に違法的なものではなく、単にむつきが「わたしがミコトちゃんに勝たせてみせるから、協力してほしい」と約束しただけです。彼女と交友のあった杉本万理の協力もあり、見事に一個の集団になったのです。
約束は反故になってしまいましたが、それまでにむつきが見せた指揮により、全員ちゃんと認めてくれています。よかった(小並感)

ミコトとむつきの戦術の違いは、ミコトは「現場指揮」で具体的な配置を指示するタイプ、むつきは「後方指揮」で規定の作戦を指示するタイプです。この違いが表現出来ていたら幸いです。
二人の違いとして一番大きいのは、ミコトの場合「指示に従わないことも織り込み済み」であるということです。これは、ジュエルシード事件で散々ロードマップを破壊された経験によるものです。なんだかんだ彼女も成長しているようです。
なお、むーちゃん作戦実行時の脳内テーマは、ミンサガより「ナイトハルトのテーマ」でした。デッデッデデデデ!

あと一回、日常話を挟んでから、A's編の締めに向かおうと思います。
またいずれ。

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