2016/08/18 18:09 脱字修正 バトルジャキー→バトルジャンキー ジャキーってなんだ……ビーフジャーキー?
夜天の魔導書専用自動防衛運用システム「ナハトヴァール」。この国の言葉に直すと「夜の鯨」を意味する。元々は、主以外の第三者による攻撃から書を守るためのシステムとして導入された。
自動防衛の名の通り、このプログラムは「主や書の意思に関わらず自動運用」される。主が目を離し、書が休眠しているときのことを想定していたのだろう。
自動制御ということから分かる通り、このプログラムに思考・判断能力はない。シャマルが語った通り、「書を防衛する」という目的を機械的に実行するだけの「ただのプログラム」だ。
資料によれば、主な迎撃方法は「書に記録されている魔法の使用」となっている。これはつまり、自動制御のプログラムながら書へのアクセス権限を持っていることになる。
恐らくは、この「仕様ミス」が全ての始まりだったのだろう。
防衛プログラムは防衛のためだけのものなのだから、本来は管制人格よりも下位にあるべきだ。しかしこの権限によって、自動制御のプログラムが管理者並の実行力を持ってしまった。
書を構成する一プログラムに過ぎないものが管制人格すらも管理し、また書への改竄や仕様追加の影響をダイレクトに受ける存在へと変貌したことを意味する。それが改竄の影響をスパゲッティにした最大の原因である。
たとえば、武力による人の支配を目論んだ主がいたとする。彼/彼女は書に対し、攻撃性を増すプログラムを付与するだろう。すると「ナハトヴァール」の攻撃性が増し、それは蒐集機能にまで波及する。
恐らくはそんな感じで、「主に対する恒常的な蒐集」などというわけのわからない仕様が生まれてしまったのだろう。もしかしたら転生・無限再生機能も、同じようにして生まれたのかもしれない。
さて、そんな「ナハトヴァール」の唯一の弱点というべきものが、「主による魔導書へのアクセスは許可する」というものだ。このプログラムで唯一原型をとどめている「防衛機能」とでも言うべきか。
逆にこれのせいで、これまでの主による改竄を許してしまう結果になったわけでもある。もっとも、主すらアクセスできなかったら、一体このプログラムは何を防衛しているのかという話になってしまうわけだが。
ともかく、このシステムの穴というべきものを通せば、夜天の魔導書の修復は可能である。通せるのであれば。
資料によれば、この主の認識というのがリンカーコアの繋がりによって行われているようなのだ。つまり、どれだけ魔力の波長を誤魔化したところで、主であることを偽装することは出来ない。
主であるはやてと修復担当のミステールが完全に同期して作業を行えるならば話は別だが、そんな神業を長時間連続してやることなど、出来るわけがない。
でははやてが修復を行えばいいかというと、彼女にそんな技術はない。今から学ぼうにも、デッドラインの12月末までにはとてもじゃないが間に合わない。
開発した当人は妙案だと思ったのかもしれないが、本当に厄介なシステムを組み込んでくれたものだ。
だからと言って諦めるわけにはいかない。資料はあるのだから、まだ方法は考えられる。ミステールならば、因果さえ組めれば何だって出来るのだ。
そんなわけで、「ナハトヴァール」の防御を抜く方法を考えるのはミステールに任せている。オレが考えているのは、別のことだ。
あの日明らかになったもう一つの存在、仮称"封じられた闇"。確かにバグとは無関係と思われるが、バグに全く影響を与えていないかと言われたらそうではない。
これはまだオレの中での仮設だが、"封じられた闇"の正体は「エネルギー供給のためのプログラム」ではないかと考えている。理由は、爆発的に力を増したはやてへの魔力簒奪だ。
これまでにも書からはやてへの魔力簒奪は行われていたはずだが、もし"封じられた闇"の波長が残っていたなら、シャマルが気付いているはずだ。だが、これまでに彼女からその情報を聞いたことはない。
あの日あの時あの瞬間のみ、"封じられた闇"の魔力が使われたのだ。結果、魔力簒奪バグは一気に活性化し、はやての防壁をぶち抜いた。
効果が一瞬であったのは、"封じられた闇"の活動が不安定なのか、それとも魔力供給路が一時的に確立したものだったのか。それは分からないが、常に使われるものではないようだ。
ともあれ、書が持つ通常以上の魔力を供給するためのプログラムという分析結果になる。それを「悪用」されたというわけだ。
もし"封じられた闇"の活動を抑える、または「ナハトヴァール」による魔力使用を阻害することが出来るなら、はやての安全は確保される。また期間を伸ばすことが出来るのだ。
あるいは、次善策に到ったときに「ナハトヴァール」を弱体化することも可能かもしれない。そうすれば、「封印せずに倒す」という選択肢も現実味を帯びてくる。
いずれにせよ、バグそのものではないがプロジェクトの成否を左右する要素ではあるかもしれない、というのがオレの考えだ。
そう頭の中を整理しながら、目の前の惨状を見る。決して現実逃避ではない。決して。
「にゃあああああ!?!? 来ないでー! た、たすけてぇー!!」
「なのはーっ!?」
「チッ、世話の焼ける奴だな!」
後ろから追ってくる大型の怪鳥に魔力弾を撃ち込みながら必死で逃げるなのは。フェイトが慌てて助けに行こうとしたが、より近くにいたヴィータが間に入る。
「アイゼン!」
『Tödlichschlag.』
赤い魔力に覆われたアイゼンが怪鳥の胴体に入り、大きく弾き飛ばす。しかし怪鳥は空中で体勢を整え、何事もなかったかのようにホバリングをした。
ヴィータの一撃が悪かったわけではない。相性の問題だ。打撃系の攻撃は、分厚い羽毛に阻まれてしまう。
「だぁーっ! 涼しい顔しやがって、ムカつくなぁ!」
「頭に血を上らせるな、ヴィータ。ムカつくのは同意だが」
彼女達に合流し、オレはため息とともにヴィータを諌めた。怪鳥はこちらを嘲笑うかのように「クケケケケケ!」と鳴き声を上げており、聞いているだけで非常に腹が立つ。
ああいう輩にはエネルギー系攻撃と相場が決まっているのだ。焼き鳥にしてくれる。
「ヴィータ。もう一度近付いて、連撃で奴の動きを止めろ。なのははバインドで補助。動きが止まったところで、フェイトがサンダースマッシャーを叩き込んでくれ」
「おう! 野郎、ぶっ潰してやる!」
「うぇ!? あ、はいなの!」
「分かった!」
指示を出せば、彼女達は一斉に動き出す。そして先ほどまでの苦戦が嘘のように、あっさりと怪鳥を追い詰める。
そしてフェイトが放った電気変換付与の砲撃魔法で、見事焼き鳥が完成したのだった。……殺してはいないぞ。
第85無人世界「ディーパス」。原生林のジャングルに砂漠、大海と、極端な環境の多いこの世界では、大型の魔法動物が多数観測されている。最近オレ達が蒐集に利用している世界である。
大型の数と種類が豊富であることに加え、管理局の目も届きにくいという穴場(?)だ。オレ達の住む第97管理外世界からは、次元座標的には隣の隣ぐらいに位置するという近さも利点である。
今回で4回目を数える大型蒐集。夜天の魔導書は、本格的に蒐集を始めてから既に100頁ほどを埋めている。一週間でこの結果は上々と言えるだろう。
このペースならば期限までに余裕を持って蒐集完了することが出来る。前線要員にも十分な休息を与えられているので、今のところ大きな事故等は起きていない。あくまで今のところは、だが。
「思った以上になのはが戦えていないな。これは布陣を見直した方がいいかもしれない」
「うう、ごめんなさい……」
蒐集係を兼任するシャマルの到着を待つ間に、今の戦闘の反省会を行う。
何が起きたか簡潔に言うと、今回初参加のなのはが先ほどの怪鳥に単独で遭遇して、パニックを起こしてしまったのだ。はっきり言って彼女が実力を十全に発揮出来たら、砲撃一発で落とせる雑魚が相手だ。
ただ、無理もない面もある。彼女はこれまで、魔法の訓練は行ってきたが、「戦闘訓練」は一切行ってきていないのだ。ジュエルシード事件のときも、明確に「戦闘」と言えるのは一回だけだった。
ぶっちゃけて言えば心構えが全く出来ていないのにいきなり実戦に放り込まれている状況なのだ。基本へいわしゅぎしゃである彼女に、それは酷だろう。
「責めているわけじゃない。布陣が間違っていたとすれば、それはオレのミスだ。君が気に病むことじゃない」
「で、でも、ふぅちゃんはしっかり戦えてるのに、なのは全然役に立ってないの……」
「わたしは戦闘訓練の経験があるから。それに、今もときどきシグナムと訓練してるし」
「それだけがあたしは納得いかねえんだよ。フェイトって普段気弱なのに、何故か微妙にバトルジャンキーなんだよな」
ちなみにヴィータは脳筋ではあるがバトルジャンキーではない。むしろバトルジャンキー達を見て辟易とする側だ。間違えてはいけない。
戦力バランスと、あとは戦闘経験・相性を考えて、フェイトとヴィータになのはを見てもらっていたのだ。……しかし考えてみれば、フェイトもヴィータも、人のことまで気にする余裕はないか。
二人とも、精神的に幼いのだ。ユーノの資料によって希望は見えたが、それでも先行きに暗雲が立ち込めている状況に変わりはない。そんな状況でなのはの面倒まで見てくれというのは、少々酷だったか。
「……少々シャマルの負担が大きくなるが、なのははシャマルと組ませた方がいいか。彼女なら上手い具合になのはを補助してくれるだろう」
「え、だ、ダメだよ! シャマルさんはお兄ちゃんを見てくれてるんだから!」
シャマルは現在恭也さんと組んでいる。恭也さんに非殺傷攻撃法が存在しないため、治癒術を持つ彼女と組むことが必須なのだ。決して他意はない。
なのははシャマルが恭也さんを見ていると言うが、実際には恭也さんがシャマルの面倒を見てくれている。攻撃力を持たない彼女の護衛までしてくれているのだ。
なので、現状でシャマルの負担というのは、恭也さんが相手を傷つけてしまった場合の治療と、捕獲完了した組の蒐集作業のみ。なのはの世話が増える程度、大したことではないはずだ。
……その場合問題となるのは、なのはよりもフェイトとヴィータだ。賑やかしがいない。先述の通り、二人とも心に重い物を抱えている。それを軽くしてくれる誰かが必要だ。
この二人にとって、その役割として最適だったのがなのはなのだ。ガイのノリだとフェイトが着いてこれないし、ヴィータは手が出てしまうだろう。
同じような理由で、ガイはシグナムと組ませている。ザフィーラはアルフとだ。この二組については特に心配をしていない。戦力も精神も安定している。
……もう一つ、なのは達の組を戦力として安定させる方法がある。
「やはりオレが君達について指示を出した方がいいんじゃないか?」
先ほどの件からも分かる通り、なのはは全く戦えないわけではなく、指示を出されれば迅速に行動できる。それを自分で判断するとなると、経験のなさからどうしても遅れてしまうのだ。
だから彼女が慣れるまで、オレが外から判断・指示を出してやれれば、もう少しマシになるはずだ。
「そりゃ嬉しいんだけど……ミコトが他の奴らの面倒見れなくなるじゃん。ミステールがいないから、念話通じないし」
ヴィータの言う通り、今オレはミステールを使用していない。彼女には「ナハトヴァール」の資料を読み解くことに集中してもらっており、蒐集の現場に連れ出すことが出来ない。
このため、オレと恭也さんは念話を行うことが出来ず、連携が若干低下している。それを補うために、オレは頻繁にそれぞれの組の間を移動し調整に努めている。
果たしてそれを放棄しても大丈夫かどうか、まだ判断することが出来ない。……念話用のインスタントデバイスが必要だったな。アリシア達に発注しなかったオレのミスだ。
「……やはり調整が微妙なラインだな。こいつの蒐集が終わったら、一旦集合して相談しよう。シャマルの意見も聞きたいところだ」
「あら、何の話?」
計ったようなタイミングでシャマルが到着した。もちろん恭也さんも一緒だ。
「なのはの様子から察してくれ。こいつの分が終わったら、一旦全員アースラに戻って休憩だ。そう念話で伝えてくれ」
「あらら、了解。初めてならしょうがないわ。気を落とさないでね、なのちゃん」
「俺は、なのはに戦闘をしてほしいわけじゃない。……やっぱり家で待ってた方がいいんじゃないか」
「なのはも何かの役に立ちたいもん! っていうか、お兄ちゃんこそ大丈夫なの? シャマルさんに迷惑かけたりしてない?」
「先ほど見た限りでは、全く問題なかったな。あの程度の大型なら恭也さんの技は十分通用すると、君も知っているはずだろう」
彼の剣は対人の技であるはずなのだが、巨獣相手の戦い方をジュエルシード事件のときに確立してしまっているのだ。全くもって人外剣である。
それを思い出し、なのはは「わたしの家族って……」とお決まりの落ち込み方だった。
「とはいえ、俺の方も加減が難しいというのは事実だ。あまりやり過ぎるとシャマルでも治療できなくなる。早いとこコツを掴みたいもんだ」
「……恭也が最大戦力って頭では分かってんだけど、あたしはいまだに慣れねーよ。なんであんな武器で魔法もなしに大型を落とせんだ?」
「あ、あはは……恭也さんだからね」
インスタントデバイスの補助ありとは言え、空中戦闘すら可能になってしまったからな。その内「飛ぶ斬撃」とかやり出しそうで、困ったものだ。
ややあってから、シャマルが蒐集を完了した。これで110頁強。ペースが若干落ちているみたいだ。
予定通り休憩の指示を入れ、オレ達は一時アースラへと帰還した。
本格的な蒐集をするに当たり、チーム「マスカレード」の拠点は八神家からアースラに変更となっている。ハラオウン提督・執務官の厚意による提供だ。
「ディーパス」は極端な環境が多いため、休憩できる場所がない。だからと言って休憩のたびに八神家に戻ると、それだけで移動コストがバカにならない。近場とは言え次元は離れているのだ。
そこで、近くの次元宙域を航行している(蒐集に合わせてスケジュールを組んでくれているのだろう)アースラを中継拠点とし、適宜休憩を取ることにしている。
さすがにここまですれば一般クルー全員に隠しておくことは出来ないだろうが、彼らはオレ達のプロジェクトに賛同してくれているのだそうだ。ハラオウン提督の目利きのたまものといったところか。
そういうわけで、オレ達は食堂の一角を堂々と陣取り、軽食を取りながら会議を行っていた。
「疲労はないのですが……やはり、これまでと少し勝手が違いますね」
「警戒されているのかもしれない。やりやすい相手ではあるが、そろそろ場所を変えるべきかもしれんぞ」
シグナムとザフィーラからの意見である。それはあるだろうな。奴らも、そこまで知能が低いわけではないのだから。
なのはが単独になったところで襲われたのも、それが関係しているかもしれない。一番トロそうなのを狙ったということだ。
ムカつく顔をした怪鳥は「普通の大型」であり、一匹当たりの蒐集量は2頁前後。主クラスで5頁強だ。遭遇率も低くはなく、蒐集に適した相手だったのだが。
しかしザフィーラの意見にはアルフが反駁する。
「いや……これはあたしの野生の勘になるけど、一度捕まった奴は別として、他の連中は警戒なんてしてないんじゃないかな。なんていうか、捕まる奴が悪い、みたいな感じかな」
「種の協調はない、ということか。確かに奴らは個で行動しているし、それは十分あり得るな。だがそれなら、未捕獲の個体が警戒していないというのは違うだろう」
捕獲されないということは、それだけ元々の警戒心が強いタイプか、あるいは慎重に狩りを行うタイプかのどちらかだ。個で行動しているならば、余計に個体差は出る。
……結局はもうしばらく様子を見て結論を出すしかないか。まだ時間は残されているのだから、急いて仕損じることはない。
『外側から見てた意見として、やっぱり今一番の課題は未経験者組じゃないかな。なのはちゃんもそうだったけど、ガイ君もぎこちなかったよ』
「マジで? 俺としては結構動けてたつもりだったんだけどなぁ」
エールも意見を述べる。彼の言う通り、なのはよりはマシではあるが、ガイも普段の蒐集に比べて動きが固いところがあった。
全く動けないということはないのだが、平たく言って「考えすぎている」のだ。そのせいで魔法の発動が一拍遅れており、シグナムのリズムが若干崩れている。
それで致命的な隙を作ることはないのだが、経験不足による手探り感は否めなかった。
「高町にしろ藤原にしろ、魔導の才はあっても戦士の才があるわけではない。一朝一夕に戦い方を身に付けるというのは無理な話だ」
「あー……そらそっか。そういえばそっちの訓練はからっきしだったなぁ」
「私情で発言させてもらうが、二人が戦闘技術を身に付けることには、俺は反対だ。そういう面倒事は、年長者である俺が背負えばいい」
「もう、お兄ちゃん一人で頑張りすぎなの! また膝壊すよ!?」
恭也さんが少し気負い過ぎというのはその通りだが、彼の意見にもまた同意だ。少なくとも現在のところ、なのはとガイの二人に「戦士」としての適性はない。ずっと平和の中で生きてきたのだから当たり前だ。
そして目先のことだけを意識して戦闘技術を身に付けようとしても、シグナムの言う通り間に合わない可能性が高い。それだけでなく、今後に影響を残すことにもなってしまう。
フェイトを見れば分かる通り、幼くして戦闘技術を身に付けるということは、精神に与える影響が大きい。それはオレ達の日常からはあまりにかけ離れた事象なのだ。
武道のように習うならともかく、戦闘を学ぶことはさせたくない。
「こういうのはあまりよくないかもしれないが、オレはなのはに「作品の世界線」のようにはなってほしくない。今のなのはの良さが消えてしまいそうだ」
それもまた未来の形の一つなのだろうが、オレの友達であるなのはは「争いが泣くほど嫌いな女の子」だ。なのはが、「なのは」のように戦い続ける必要はないのだ。
彼女としても戦うのは嫌であるらしく(そりゃそうだ)、それでも力になれない現状に不満を感じるというジレンマを抱えているようだ。
「ミコトちゃんの指示があれば、迷わず動けるんだけどなぁ」
「同じく……」
「やれやれ。オレがこちらに着くことにしたのは正解だったということか」
アリアの言う通りであり、もしオレが現場指揮を放棄していたら、なのはとガイの二人は何もできなかったかもしれない。
いや、最悪二人で無理に戦闘技術を学んで、生活に支障をきたしていたかもしれない。それはオレの望むところではない。
……仕方ない、か。
「なのは、ガイ。君達は今後オレと行動し、全体調整と適宜補助を行う。ザフィーラはシグナムと。アルフはフェイトとヴィータのところへ。組数は減ることになるが、今はこちらの方が効率がよさそうだ」
布陣を組み直し、安定性を重視したものにする。シャマルも賛成意見を出し、全員異論はなかった。
――この後の蒐集では、先ほどと打って変わってなのはとガイが大活躍し、この日は40頁分蒐集出来たことを記しておく。やれば出来るんじゃないか。
「と、そうだ。「作品の世界線」の話が出たことだし、ガイに聞いておきたいことがあった」
「ああ、"封じられた闇"のことか」
先の会議では――ほぼ身内同然とはいえ――局員の目があったために出来なかった話だ。今も局員がいる場所ではあるが、話に参加しているわけではない。
彼は「作品」の出来事として「闇の書」の詳細を知っている。ここの夜天の魔導書にどれだけ適用できるかは不明だが、それでもヴォルケンリッターや防衛プログラムについてはピタリと当てていた。
だから今回のことも何か情報はないのかと思ったのだが……確認程度でしかない。もし彼が知っていたなら、もっと早くに彼から何らかの情報提示があったはずだ。
そして案の定。
「俺もそんなのがあったなんてのは初耳なんだよ。「前の俺」が見落としてんのか、それとも「作品の世界線」との差異なのかは分かんねえけど」
「やはりそうか。この件に関しては、他のことと違ってお前が黙っておく理由がないから、そうではないかと思っていた」
「だよな」と笑うガイ。そういうことならば、考察をしながらユーノの資料を待てばいい。ガイの持つ情報が万能でないことなど、とうに分かっていることだ。
「まあ、俺もこの世界の全部を知ってるわけじゃないってこったわな」
「そんな人間がいるなら是非お目にかかりたいものだ。「プリセット」を持つオレとても、全てを識っているわけじゃない」
「結局、地道に進めていくしかないってことね」
シャマルが苦笑しながら引き取った言葉が全てだった。どんなことでも、最終的にはそれが一番の近道なのだろうな。
蒐集と並行して、オレ達の日常も続けている。こちらも捨て置けない大事なことだ。もっとも、最近は2、3日に1日のペースで欠席しているのだが。
学校側には「はやての足の治療とその付き添い」ということにしている。よくよく考えれば突っ込みどころ満載な理由なのだが、うちの担任は物分りのいい石島教諭だ。問題にはなっていない。
「わたしはシアちゃんの手伝いでそれなりに事情知ってるけど……大丈夫、なんだよね」
休み時間。例によって5人衆+八神家で集まり話をしているとき、はるかが不安げにそう尋ねてきた。
現在「外付け魔法プロジェクト」のメンバーは、全員でミステールを助けてくれている。その関係で、はるかは復元プロジェクトの期限が切られたことを知っていた。
オレ達は明言を避けていたが、この分では全員が既に知っているのだろう。あきらが思い出したように怒った。
「ミコト! 失敗なんかしたら、承知しないんだからね! 勝手にいなくなったりしたら、本当に絶交するんだから!」
中々無茶苦茶な言い分である。彼女の前から消えてしまったら、こちらは絶交されても分からない。もちろん彼女もそれは分かっている。
オレが黙っていた理由は想像出来ているようで、彼女は追及しない。だからこその激励だった。
「わたし達には何にも出来ないかもしれないけど……必要だったら、いつでも声をかけてね。絶対、力になるから」
「同意ー。まあ、あたしはむーちゃんと違って力仕事ぐらいしか出来ないけど」
「あたしはクマちゃん貸せるよー」
「なはは、皆ありがとうなぁ。大丈夫やで、いざとなったらミコちゃんが無敵の「グリモア」で何とかしてくれるから」
「だから「命霊」だってば」
「「チートコード」ー」
「め、「命術」……」
「あ、あの……「ミコト式魔法」ってどうかな?」
「ふぅちゃんアウトー。それ、いちこちゃんと同レベルだから」
「えー。いいじゃん、「ミコっち魔法」。このセンスが分からないとは、はるかもまだまだだね」
さりげなくフェイトも呼び名合戦に参加している。……もう好きにしてくれ。
「はやての無茶振りはともかくとして、オレは可能な限り手を尽くしている。オレだって、今更君達とお別れする気はない」
「ミコっちがデレた……だと……?」
「熱は……ないね。どうしたのよ」
「偽らぬ本心を語ったまでだ。……オレがそういう反応で傷つかないとでも思っているのか?」
「ご、ごめんねミコトちゃん! びっくりしちゃって……」
……まあ、気持ちが分からないわけではない。以前のオレなら、厳然たる事実のみを言葉にして、気持ちを語ることはあまりなかっただろう。
だが、彼女達は既に「友達」なのだ。簡単に繋がりを切り捨てられる間柄ではない。そんな相手に対して、本心を黙っておく趣味はない。
もっとも、彼女達に面と向かって「友達」と言うのは、まだ先にしているのだが。……最悪の場合の傷は、少ない方がいい。
オレの衝撃カミングアウト(というほどのものでもないと思うが)に驚かなかったのは、八神家組に加えて図太いことに定評のある亜久里だ。
彼女はごくごく自然な動作で、オレの背中から抱き着いてきた。最近はフェイトが標的になっていたので、何気に久しぶりだ。
「えへへへー。やっぱりミコトちゃんがナンバーワンだよー」
「何のナンバーワンなんだか。相変わらず君は軽いな」
「あたしの中かわいいものランキングー。二番目はソワレで、三番目はふぅちゃんだよー」
「わ、わたしもランクインしてるの!? しかも結構高ランク……」
「ふぅちゃんって意外と自覚ないよね。校内美少女ランキングでトップ争いしてるのに」
「はるかちゃんはほんと何処からそういう情報持ってくるの……?」
……亜久里は亜久里なりに、覚悟を固めているのかもしれない。最悪の結果になっても、受け入れて前に進むために。
彼女がそうすれば、皆もそれを見て倣うことが出来るだろう。彼女達もまた、日常の中で戦っているのだ。
「そろそろ次の授業だな。君達も席に戻った方がいいんじゃないか。特にいちこは、宿題を終わらせていないんだから」
「ギクッ!? な、何故それを……」
「昨日わたしの部屋に来てたって話から推測したんでしょ。ほら、わたしの写させてあげるから」
いっそ教諭のゲンコツで済ませようとするいちこをはるかが引きずって行く。内容は算数ドリルの掛け算と割り算なので、写すまでもないとは思うが。その程度の労力を惜しむ理由が分からない。
それを皮切りに、三々五々に自分の席へと戻って行く。唯一オレの後ろであるはやてのみが移動せず。
「……ほんと、頑張ろうな、ミコちゃん。一緒にこの日常を続けていこうな」
「……ああ。一緒に、頑張ろう」
オレも、この日常を終わらせたくない。本心からそう思った。
またある日のことだ。
「……どうだ?」
「……ダメじゃ。この方法でも防衛プログラムに引っかかってしまう。所詮ダミーはダミーということじゃな」
「そっかー。わたしのコアもどきやし、上手くいくと思ったんやけど」
今日は蒐集の日ではない。八神家にて、ミステールとともに「ナハトヴァール」を騙す方法を模索している。
実際に試すわけにはいかないので、因果操作によるシミュレーションを用いて実験を行っている。今回試したのは、「はやてのダミーコアを通して命令を出す」というものだ。はやての発案である。
さすがにはやて自身のコアを通して書を操作することは出来ず(生体ハッキングに近く、はやてに重篤な影響が出る可能性がある)、代わりに防壁プログラムに使用するダミーコアを使うという方法を試してみたのだ。
だが、やはり書と繋がりのないダミーコアではアクセスを偽装することが出来ず、失敗に終わってしまったのだ。これで通算37通りを試したことになる。
「今までで一番上手くいったのって、「シンクロ法」だっけ?」
「成功率と持続時間を度外視すれば、じゃがの。修復を小分けに出来るならそれも可能じゃろうが、デッドラインがあるからのぉ……」
協力者はもう二人。「外付け魔法プロジェクト」より、アリシアとはるか。忍氏はオレが注文した「念話用インスタントデバイス」の作成にかかっているそうだ。
ミステールの念話共有に比べれば使い勝手が悪くなってしまうが、間に合わせならばそれで十分だ。
「それに小分けにした場合、魔導書側の自動再生も問題だ。直したそばからもとに戻されたんじゃ、修復の意味がない。正常であると判断されるブロック単位での修復が必要不可欠だ」
「そうなんだよねー。ミステール、がんばってどのぐらい?」
「……80文字100行ブロックの命令を5文字、といったところじゃ。現実的な数字ではないな」
「あーもう。このプログラム作った人、ほんとに夜天の魔導書に選ばれた魔導師だったの? こんな仕様ミス、わたしみたいな素人だってやらかさないわよ」
「あはは、はるかちゃんが素人ってのはどないやろうなぁ」
はやての言葉通り、「デバイスマイスター」として見たならば、はるかの方が「ナハトヴァール」の開発者よりも優秀だろう。魔導師として優秀だからと言って、デバイスに精通しているとは限らないのだ。
はるかが言いたいのは「ナハトヴァール」の過分な影響範囲に加えて、「メンテナンスモードが存在しないこと」だ。資料の何処にも記載がないのだ。
結果として書への改変がダイレクトに反映される形となってはいるが、本来ならば「ナハトヴァール」にも機能改修は必要だろう。それが主でさえ不可能というのは、どう考えても仕様ミスだ。
恐らくは魔導師の感覚として、つまり通常の魔法行使と同じ感覚で設計したのだろう。だがそんなものが一度デバイスに記録されてしまえば、以降一切の改修が不可能となってしまうのだ。
過ぎた能力を持った魔導師が未習熟なデバイス分野にまで手を出した結果、取り返しのつかないことをやらかしてしまったというわけだ。そんな負の遺産を後世まで残さないでもらいたいものだ。
「故人に不平不満を言っても仕方がないだろう。……少し頭を使い過ぎたな。そろそろ休憩にしよう」
ミステールに疲労の色が見え始めたので、小休止を入れさせる。オレとはやてで人数分のお茶を出す。短時間ならはやてが松葉杖を手放せるようになったので、こんなことも出来るようになった。
「やっぱり、"封じられた闇"の資料を待った方がいいかもねー。バグとは無関係っていうけど、絶対影響はあるでしょ」
ソファに背を預けだらしなく足を伸ばしたはるかが、お茶を片手にごちる。確かに影響はあるのだろうが、それで「ナハトヴァール」の穴を突けるようになるわけではない。
「過剰防衛をやらかしているのは「ナハトヴァール」だ。"封じられた闇"の詳細が分かっても、そもそもそれに手出し出来るかどうかという問題が残る」
「あー、そっかー。……それって、どうしようもなくない?」
「そうでもないぞ。もし"封じられた闇"が主殿の見立て通りであったとして、エネルギーパスを切ることだけなら容易い。該当部分を0埋めするだけじゃ。それこそ「シンクロ法」でも何とかなるじゃろうな」
それが何処にあるか分かればの話だ。そのために"封じられた闇"の資料があると助かるが、現状では助かる程度でしかないのもまた事実だ。
結局、"封じられた闇"が何なのかは資料が来るまではっきりしないのだ。過剰に期待するのは危険だろう。
はるかは5人衆の中で、最も理系思考が得意だ。ミステールの解説を正確に理解し、「なるほどなー」とお茶をすすった。他の面子では、むつきでもこうはなるまい。
「でも、なんでむかしの主さんは、"ふうじられたやみ"を夜天のまどうしょにいれたんだろうね」
アリシアからの素朴な疑問。オレの見立て通りなら、夜天の魔導書の出力増加を見込んだということになる。実際には魔導書ではなく、防衛プログラムが勝手に利用しているようだが。
オレの回答に対し、しかしアリシアは疑問を深めたようだ。
「でもそれだと、「ナハトヴァール」がいつもはつかってないっていうのが、よくわからないんだよね」
「"封じられた闇"が上手く稼働してないってこと? 未完成のプログラムを突っ込んだとかじゃない?」
「それにしては、稼働時のエネルギー供給が尋常ではない。安定状態にあったはやてを一瞬で昏倒させるレベルだぞ」
「いや、10秒ぐらいは意識もっとったと思うよ? ふぅちゃん達が駆け寄ってくれたのはしっかり覚えとるし」
それにしたって、一瞬でそれだけ消耗させたのだ。見落としていたが、アリシアの疑問はもっともだ。
「……もしかすると、「イレギュラー」なのかもしれんぞ。本来は書に入れる予定はなかったが、何らかの理由でそうせざるを得なくなったとか。これなら、完成度の割に安定しないというのもあり得る話じゃろう?」
「あー、あり得るかもね。夜天の魔導書の中で稼働する設計じゃないってことか。でも、何らかの理由って?」
「作ったはええけど、入れもんがなかったとかとちゃう? で、急遽手元にあった夜天の魔導書に組み込むことにしたとか」
「……「ナハトヴァール」もそうだけど、むかしの主さんっておバカさんなのかな?」
勝手な想像で言っているが、事実ほとんどは愚か者だろうと推測している。そうでなければ、偉大な魔導書をこんなバグだらけにしたりはしないだろう。
今いくら想像を膨らませたところで、正解は分からない。こんなものは休憩中の話題に過ぎない。
……休憩中にしては、本筋に絡みすぎている気はするが。将来アリシアがワーカーホリックになってしまわないか、少々心配である。
だが、ヒントとは意外とそういうところに隠されているもののようだ。
「まあ、いざとなったら本人に聞けばいいんじゃない。近いうちに出来るようになるんでしょ?」
「本人? 誰のことじゃ」
「いや、夜天の魔導書の管制人格よ。確か400頁で人格だけなら稼働可能だったよね? したら、話を聞けるじゃない」
「――それだっ!」
思わず大きな声が出た。そうだ、オレ達はすっかり忘れていた。完成させずとも、夜天の魔導書の本来の管理者は起こせるのだ。
ミステールはオレの大声に驚き、しばし後に気が付いた。
「そうかっ! その手があったか!」
「お手柄だぞ、はるか!」
「え? な、なになに。二人ともいきなりどうしたの!?」
「アリシアたちにもわかるようにはなしてよー!」
「彼女」を起こすというのは、これまでのオレ達のやり方では不可能だった。以前に一度だけイレギュラーが発生したが、それ以来はやての夢にも出て来ていない。
だが、方針を転換した今、状況は変わっている。書を「完成目前」の状態にするということは、その過程で「彼女」を起こすことが出来るのだ。
そうすれば、あるいは書の内側から防衛プログラムにアクセスすることが出来るかもしれない。
「つまり、「彼女」が「ナハトヴァール」にセキュリティホールを作ることが出来れば、復元の可能性は一気に広がるということだ」
「あ、そっか! 夜天の魔導書そのものからのアクセスなら、防衛プログラムに引っかからないってことね!」
「すごい! やったね、ミステール!」
「ああ、本当に凄い発見じゃぞ! 管制人格に手伝ってもらうなど、考えもしなかったわ!」
「専門的な話はよう分からんけど……よかったなぁ、ミコちゃん」
若干話についてこれず、他人事のように微笑むはやてであった。……本格的なメカニックの話ではどうしようもないか。
それが本当に可能かは、「彼女」が起動するまでは分からない。皮算用かもしれない。それでも、何もしないよりはずっと可能性があることだ。
「ぃよーっし! それじゃ、続き考えよっか! どういうセキュリティホール作ってもらうかも考えなきゃだし!」
「焦るな。一歩ずつ、確実にだ。ついでに言うなら、もう少しミステールに休憩させてやれ」
「わらわならもう十分じゃぞ、主殿」
「ダメだよ、ミステール。ちゃんとやすまないと、つかれとれないんだから」
「ほしたら、糖分でも持ってこよか。頭使ったときはやっぱ糖分やで」
また一つ、希望の光が見えてきた。
そうやって残された日々は過ぎていく。秋から冬へ、季節は移り替わる。その時間の全てを、オレ達は無駄にすることなく使えたと思う。
そして11月は終わり、全頁の半分以上を蒐集出来た頃、それはやってきた。
開発コード「アンブレイカブル・ダーク」。特定魔力連環エネルギー炉「システムU-D」と、その外部制御プログラム「紫天の書システム」。"封じられた闇"についての詳細な資料だ。
残された期間は、あとひと月。
終焉に向けた準備の回。なのちゃんの戦闘経験のなさが浮き彫りになりました。もしかしたら発生するかもしれないナハトヴァール戦では、上手く戦えない可能性が非常に高いです。
それでも彼女はそこに立つでしょう。友達と過ごす平和な日常を、最後まで諦めないために。それが彼女の「強さ」です。
原作と比べれば、なのちゃんもふぅちゃんも非常に弱体化しています。ヴォルケンリッターと最初から仲間であったため、デバイスにカートリッジシステムが付与されていません。なのちゃんに至っては、「PT事件」で経験するはずだった戦闘が尽く回避されています。訓練すらしていません(魔法の練習は別)。
しかし、彼女達は原作にはない「チーム力」によってそれを補います。一人で戦えるようになる必要は何処にもなく、全員の力を合わせて困難を打破するのが彼女達なのです。
ナハトヴァールに関する考察は、ほとんど独自設定です。もしかしたら原作設定と競合する部分があったりするかもしれませんが、世界間の差異ということで許して超次元ペルソナ。
そしてとうとう出てきました、「システムU-D」と「紫天の書」。何度も言いますが、作者はなのポ未プレイです。当然GoDも未プレイです。
しかしながらこの設定は「夜天の魔導書修復」となるとどうしても避けられない要素であるため、採用することにしました。現在ゲーム動画等でお勉強中です。
最初は無視することも考えたんですけどね。それをやると「ご都合は出来るだけ省く」っていう理念に反すると思った次第です。
一つだけ言えることは、フローリアン姉妹は涙目になるしかないということですね(出番なし)
あと一回準備回があってから、とうとう決戦(?)のときです。
それではまた。