不思議なヤハタさん   作:センセンシャル!!

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今回はなのは視点です。


無印章
六話 ジュエルシード (あとがきに主人公紹介あり) ☆


 突然ですが、皆さんには大事な思い出はありますか。

 わたしにはあります。たった一日だけの出来事だったけど、世界が色を取り戻したあの日のことは、今も心の宝石箱に残っています。

 この記憶は、この気持ちは、きっと一生消えずに残って行くでしょう。名前を聞くことが出来ず、後ろ姿もおぼろげになってしまったけれど、あの子と遊んだ事実だけはきっと消えない。

 そして私は信じています。いつの日か、あの子とまた巡り会えることを。何の根拠もない予感だけど、世界はきっと厳しいばかりじゃなくて、優しい顔を見せるときもあるから。

 あの日、一人寂しく泣いていた私の隣に立ち、世界を切り拓いて見せてくれたあの子に出会えたときのように。

 

 

 

 

 

「『……だから、いつかわたしの王子様が迎えに来てくれることを信じています』。高町なのは、将来の夢でした」

 

 国語の時間、「将来の夢」というお題の作文の発表。わたし、高町なのはは、「素敵なお嫁さん」という夢を音読しました。

 なんだか空気が唖然としてる気がしますが、気のせいです。先生も困った顔をしている気がしますが、気のせいなんです。

 

「え、えーとぉ……。は、はい! 高町さん、ありがとうございました! とても夢があって素敵な作文でしたね!」

 

 先生が明らかにこちらに気を使ってくれているのが分かりました。よく見たら、わたしの親友二人のうち片方(金色の方)が机に突っ伏して小刻みに痙攣しています。

 そんな親友の失礼な態度に若干憤慨しながらも、顔はやりきった満面の笑みで一礼し、着席する。一片の後悔もありません。

 

「皆さんは優秀ですから、現実的な将来を見据えるのも大事ですが、高町さんみたいに子供らしくて微笑ましい夢を持つのもいいと思います」

 

 先生がわたしの発表に一言フォローを加えてから、次の生徒を指名した。

 ちなみに、わたしの作文は割と本気です。

 

 

 

 そうして、お昼休み。お弁当を持って屋上へ。親友のアリサ・バニングスちゃんと月村すずかちゃんと一緒に、おしゃべりをしながら食べるのが、わたしの日課です。

 さっきの国語の時間の話題になると、アリサちゃんは耐えきれずに噴き出して痙攣を始めました。

 

「くっくくく……「素敵なお嫁さん」ってタイトルだけでベタなのに、「私の王子様」とか……ね、狙い過ぎでしょ、なのは……」

「あ、アリサちゃん笑い過ぎだよぉ……」

 

 言葉で諌めようとするすずかちゃんも、口元は半笑い。むぅ、失礼な。

 

「なのはは本気だもん!」

「あっはははは! ちょ、やめて、腹筋がよじれるっひゃひゃひゃ!!」

 

 真剣な顔で言ってるのに、アリサちゃんは余計に笑う。すずかちゃんも耐えきれず声に出して笑った。もう、二人とも酷いよ!

 不満顔で待つことしばし、アリサちゃんはようやく大笑いが止まりました。まだ体はひくひく痙攣してるけど。

 

「あはは……ふぅ。ごめんねなのはちゃん、笑っちゃったりして。あんまりにもなのはちゃんらし過ぎて、つい……」

「ふっくくっ! ま、まあ、なのははそれでいいんじゃないかしら。あたしが見てる分には楽しいし」

「なのはは見世物じゃないの! まったくもぅ、そりゃ二人みたいに具体的じゃなかったけど、いくらなんでもひどいよ」

「アリサちゃん、あんまりなのはちゃんをいじめちゃダメだよ?」

「分かってるわよ。別にバカにしてるわけじゃないのよ。なのはみたいに子供子供した夢ってのも、それこそ夢があって悪くないし。……「私の王子様」、くふぅっ」

「あー! アリサちゃんまた笑ったー!」

 

 しばし三人でやいのやいのと騒ぐ。それでようやく落ち着き、話を進める。

 

「あー、けど久々に聞いたわね。なのはの「憧れの君」の話」

「一度だけしか会ったことないんだよね。それなのにそんなに思い出になるなんて、何だか羨ましいなぁ」

 

 さっき発表した作文は、創作でもなんでもなく、実際にわたしが経験した内容です。たしか、4年くらい前だったのかな。

 当時、お父さんがお仕事で大怪我を負ってしまい、わたしの家は落ち着きがなくなっていました。

 お母さんは喫茶店の切り盛りで大忙し。今から思えば、不安を抑えるために必要以上に働いていたんじゃないかと思う。

 お兄ちゃんはいつもピリピリしていて、修行をしに何処かへ。お姉ちゃんもそれに付き合って、わたしの相手をしてくれる人はいませんでした。

 結果、幼いわたしは家に一人ぼっち。わたしの家は、アリサちゃんやすずかちゃんの家ほどではないけれど、結構広い。一人でいるととても心細くなります。

 だからせめて人がいる公園とかに出ていたんだけど、公園で遊んでいる子供達を見ると余計に寂しくなってしまう。だけど混ぜてって言う勇気もなくて、ベンチに座って泣くことしか出来ませんでした。

 

「なのはちゃんの方から声をかけたんだっけ?」

「うん、そうだよ。その子も一人だったから、何だかとても気になっちゃって」

 

 いつも通り公園で泣いていたある日、いつの間にかわたしのそばに、同い年ぐらいの子が、木にもたれかかって立っていました。その瞬間、わたしはその子に目を奪われてしまいました。

 肩ぐらいまである、サラサラな黒髪。ぱっちりとした目に、意志強く一文字に結ばれた口。時間が経ってうろ覚えになってしまったけど、まるで精巧な人形みたいだったことを覚えています。

 その子は、砂場で遊ぶ子達と同じ服装をしていて、多分同じ幼稚園か何かの子供なんだろうと思った。だけど何であの子達と遊ばないんだろうと思った。

 そうしてわたしは、「彼」に声をかけたのです。

 

「で、そいつのおかげで、桃子さんがなのはに構ってくれるようになったのよね」

 

 もう会話の内容は覚えていないけれど、「彼」と遊んだこと、「彼」を家に呼んだこと、そしてその日からお母さんが翠屋を閉めて遊んでくれるようになったことは、今でも覚えている。

 最初はお母さんに迷惑をかけちゃうんじゃないかと思ったんだけど、「なのはよりもお仕事の方が大切だなんて、そんなことはありえない」と抱きしめられました。

 わたしは色んな感情がごちゃまぜになってしまい、大泣きしてしまいました。だけどお母さんもひたすら「ごめんね」と言って泣いていました。

 「彼」とお母さんがどんな話をしたのかは分からない。だけど、多分何かに気付かせることを言ったんじゃないかと思っている。

 

「うん! なのは、お母さんのこと大好き!」

「そこまでは聞いてないっての。まあ、おかげでなのはがこんなに明るい子に育ったわけだから、感謝は感謝よね」

「いつか会ってお礼を言いたいね。でも、名前も分からないんだよね……」

 

 そう。作文でも書いた通り、わたしは「彼」の名前を知らなかった。教えてもらえていないことに気付いたのは、お父さんが退院した後のことでした。

 お父さんに「彼」の話をしたときに、「なんて名前だったんだい?」って聞かれて気付きました。あれはわたしも一生の不覚です。

 以降、わたしは友達になる時は絶対に名前を聞き忘れないようにしています。

 

「せめて通ってた幼稚園の名前でも分かれば探しようもあるけど、それすらも分からないんでしょ? ほんと、何で何も聞かなかったのよ」

「うぅ……アリサちゃんが古傷を抉ってくるよぉ」

「あはは……。で、でも! それで再会出来たらほんとにロマンチックだよね!」

「出来すぎてて怖いわよ。あたしだったら誰かの作為を疑うわね」

 

 アリサちゃんはリアリスト過ぎると思います。

 

 わたしたちが会話の花を咲かせていると、唐突に屋上の扉がバン!と開かれました。

 音に反応してそちらを見ると……ゲッ。

 

「おお、見つけたぞ! 我が女神たちよ!」

「うわぁ、来ちゃった……」

「思い出話が台無しなの」

「あ、あははー……はぁ」

 

 わたし達の嫌な反応を無視するかのように、こちらに向けてずんずか前進してくるバカ一名。さっきの作文の件で先生からお説教を受けていたはずなのに、もう解放されてしまったらしい。

 奴はわたしの前でひざまずき、キモチワルイ微笑みを浮かべて、わたしの手を取りました。キモチワルイ。

 

「姫よ。あなたの王子がお迎えにあがりました」

「駄馬の王子様はお呼びじゃないの。馬姫様でも探しに行けばいいの」

「ダメよ、なのは。それじゃ馬姫様が可哀そうだわ。彼女の相手は近衛兵なんだから」

「DQ8は名作ってはっきりわかんだね」

「何だかんだ言いながら三人とも息が合ってるよね……」

 

 はぁ、とアリサちゃんともどもため息をつく。何が悲しくてこんなピエロと漫才をしなければならないんだろう。

 このピエロ……一応同級生の、藤原凱(ふじわらがい)は、常々「俺はハーレムを作るんだ!」と宣言してるスケベ男。全女子から白い目で見られている変態だ。

 わたしたちは不幸にも小学一年生の頃から同じクラスで、目を付けられてしまっている。そして何度あしらってもすり寄ってくるこのM男のせいで、対応に慣れてしまった。まったくもって腹立たしい。

 

「昼休みいっぱい先生に叱られてりゃよかったのに。って、それじゃ先生がご飯食べられなくて可哀そうか」

「存在しているだけで迷惑なの」

「はっはっは、アリサもなのはもツンデレだなぁ。……デレ期はいつですか」

『そんなものはない』

 

 ツンデレじゃなくてツンギレなの。

 ちなみにこの男、さっきの作文でも「ハーレム形成に必要なこと」というフザケタ発表をして先生から呼び出しを受けた。わたしの発表の余韻を返していただきたい。

 とまあ、こんな感じで同じクラスになった女子の不幸の象徴とも言えるドル○ゲスなわけですが、わたしにとっては追い打ちとも言える事実があったのです。

 それが。

 

≪あ、そーそー。今日も魔法の訓練するから、ユーノ貸りるな。ジュエルシード見つかったら念話入れてくれ。一緒に向かうから≫

 

 わたしと同じく、「魔法の素質」を持っていた、ということです。こんなはずじゃなかった現実に、思わずため息が漏れました。

 

 

 

 ことの起こりはつい先日。今日発表した作文の課題が出された日のことです。

 いつか「彼」が迎えに来てくれることを夢見ながら、意気揚々と下校するわたしの頭に直接語りかける声がありました。

 最初は勘違いかと思ったんですが、何やら切羽詰っている感じがしてただ事ではないと思い、その声がする方に向かってみました。

 そこにいたのは、一匹の小動物。……と、同じように声に引かれてやってきたらしいうちのクラスの変態。

 会いたくもない顔を見て、わたし達(アリサちゃんとすずかちゃんも一緒にいた)は顔をしかめたけど、その小動物(フェレットに似た動物だった)は怪我をしていたので、変態をひき潰して動物病院に向かった。

 お医者さんに治療をしてもらい、何だかよく分からなかったけど一安心と思ったのもつかの間、その日の夜に再び助けを求める声。

 お父さんとお兄ちゃんに事情を話し、着いて来てもらって声の聞こえた動物病院に行くと、突然爆発が起きて例のフェレットと黒い渦が出現。何が何だか分かりませんでした。

 お父さんとお兄ちゃんが人外剣術(わたしの家族って……)で黒い渦を抑えている間に、フェレットさん――ユーノ君が教えてくれました。

 曰く、あれは「ジュエルシード」という宝石が起こした暴走である。

 曰く、あれは魔法の力であり、物理的な力で抑えることは出来ない。

 曰く、わたしには膨大な魔法の才がある。などなど。

 契約を迫るかのようなまくしたて(実際に差し迫った状況だったので仕方ないんだけど)に流されるように、魔法の杖「レイジングハート」を起動。言われるがままに封印を完了し、その場は事なきを得ました。

 あ、変態は遅れてやってきて「あれ、もう終わったの?」などと言っていました。スルー安定です。

 爆発のせいでパトカーや消防車がやってきましたが、事情を把握できていないわたしたちに説明が出来るわけもなく、厄介なことになる前に離脱。変態はちゃっかりついてきました。

 

 その後、わたしにとって思い出の公園でユーノ君から詳しい話を聞きました。

 彼は異世界からやってきた存在であること。その異世界では、魔法の力が当たり前に存在し、それを基にした文明を築いているそうです。

 彼が遺跡で発掘した古代遺産「ジュエルシード」を輸送中、何者かの攻撃が原因で紛失してしまったこと。海鳴の町に21個のジュエルシードがばら撒かれてしまったらしい。

 ジュエルシードは人や動物の願いを歪んだ形で叶える宝石で、周囲の魔力を吸収して勝手に発動してしまうこともあるとても危険なものらしいです。あまりピンとこなかったのは、まだ魔法を理解できていないからかな。

 暴走による被害は、動物病院で見た通り。そうならないためにも、「封印」という作業をして回収しなければならない。それが出来るのは、魔法の力を持つ者だけ。

 ユーノ君が申し訳なさそうに言ったことから、彼には出来ないことなんだろうと推測出来た。封印しようとしたけど力及ばず、その際に多くの魔力を消費してしまい、現在回復中だそうです。

 わたしが動くしかない。その事実に、お兄ちゃんは難色を示しました。子供にやらせることじゃないと怒っているようでした。変態が「あの、俺は……」とか言ってたけど誰も相手にしません。空気読めなの。

 だけどお父さんはわたしの目を見て「なのははどうしたい」と聞いてきました。

 わたしは……やりたいと思った。魔法の力がどうとかじゃなくて、大好きな家族が、友達が、「彼」がいるこの町が危険にさらされているから。

 それがわたしにしか出来ない事なら、なんとかしたい。感情を整理しながらだったからたどたどしくなったけど、そんなことをお父さんに伝えました。

 わたしの宣言を聞いて、お父さんは嬉しそうな寂しそうな、複雑な笑みを浮かべ、許可をくれました。お兄ちゃんは反対しましたが、「なら魔法以外のことはお前が何とかしなさい」と言われて黙った。

 ついでに変態はお父さんから人足として任命されました。そうそう、ハーレム思考のせいで、奴はお父さんとお兄ちゃんからも嫌われています。

 一応アレにも魔法の力がある(しかもわたしと同じぐらいらしいです。なんかヤダ)らしく、盾としては使えるだろうということで、ユーノ君から防御魔法を教わることになりました。

 大体そんな感じで、わたし達のジュエルシード回収は始まったのでした。

 

 

 

 思い返してみて、再びため息が漏れた。何でコレが魔法使い――魔導師の才能を持っているんだろうと。ここは「彼」が颯爽と現れてわたしを助けてくれるところじゃないの?

 まあ、ユーノ君の話では管理外世界(この世界みたいに魔法文明がない世界)で魔法の才能を持つ人は珍しいらしいから、「彼」が魔導師じゃないのはむしろ当たり前なんだけど。

 それでも思ってしまう。一緒に戦うのが「彼」だったら、とてもロマンチックだったのに、と。

 

≪わたしに直接念話かけないでほしいの。キモチワルイ≫

≪わーお、なのはの愛が痛いぜ。けど、アリサとすずかの前じゃ魔法の話出来ないし、しゃーねーべ≫

 

 そう。ユーノ君によると、管理外世界の住民に魔法を公にするのは基本的にNGらしく、先日のような緊急でもない限り教えることはダメなのだそうです。管理局法(向こうの法律)で決まってるんだとか。

 うちの家族には(お父さんは巻き込まれたし、お兄ちゃんに至っては協力までしているので)教えていますが、友達にはよっぽどのことでもない限り教えない方が無難だと止められました。

 ……黙ってるのって、お友達を騙してるみたいで嫌なんだけど。いつか話せたらいいなぁ。

 

≪わたしの方はお兄ちゃんがついてくれるから、別にいいよ。ユーノ君に直接話して≫

≪りょーかい。……はあ、いくらなんでも原作ブレイクし過ぎだろ。何で恭也さんが普通に回収に参加してるんだよ≫

 

 意味の分からない発言を最後に、念話の接続が切れた。独り言なら切ってから言えなの。

 ちなみにユーノ君はわたしの家で世話してます。突発的にジュエルシードが発動したとき、封印出来るわたしの側にいた方がいいという理由です。

 ジュエルシードの封印は単独でも出来ないことはないらしいですが、大怪我を負うリスクが高く、また消費する魔力もバカにならないので、デバイス(魔法使いの杖)を介して行うことになっています。

 わたし達が持っているデバイスは、わたしがユーノ君から譲り受けた「レイジングハート」のみ。コレが封印を行うためにはユーノ君と同じく捨て身タックルしかない。

 いくらコレがアンタッチャブルだからと言っても、まさか危険を冒せとまで言えるわけがなく、回収担当はやっぱりわたしなのです。ほんと使えないの。

 

「ってかね。ほんとハーレム思想とかやめなさいよ。言われなくても分かってると思うけど、あんた最低レベルの女の敵だからね?」

「ふっ、我ながら罪作りな男だぜ……」

「そのまま縛り首になっちゃえばいいのに」

「なのはちゃん、黒いよ……」

 

 基本的に皆大好き平和が一番なわたしですが、コレと相対するときだけは例外です。

 

 

 

 

 

 時間は飛んで、放課後。アリサちゃんとすずかちゃんと別れ、後ろから呼び止めてくる変態を無視し、家に帰って着替え完了。

 お兄ちゃんと合流し、街中を探索する。魔法でパーっと見つけられればいいけれど、わたしにはそんなことは出来ない。せいぜい近くで発動しているジュエルシードの魔力を感じ取ることが出来る程度です。

 それでも、この方法でこれまでに3つのジュエルシードを回収しています。最初のと合わせると4つ、残りは17個です。

 手順としては、ジュエルシードを発見したらユーノ君に連絡、待っている間に暴走したらお兄ちゃんが囮になって耐え、ユーノ君が到着したら結界を張ってもらい、バカが盾になってわたしが封印する。こんな感じ。

 物凄く意外なことに、あの変態は防御魔法の才能が高いらしく、日に日に強力なシールドを張れるようになっているとユーノ君が驚いていました。どんな人間にも一つぐらいは取り柄があるらしい。

 そんな具合に、これまで誰一人怪我を負うこともなく回収を進めています。この調子で早く全部回収出来たらいいな。

 

「なのは、ちょっと気が緩んでいるぞ。ここまで上手くいったからって、油断するなよ」

「わ、分かってるもん!」

 

 探索中なのにちょっと鼻歌が出て、お兄ちゃんから怒られる。一応危ないことをやってるんだから、気を抜いてはいけない。

 お兄ちゃんが回避盾になることについて、最初は不安だった。ジュエルシードの暴走体の攻撃はコンクリートの塀を簡単に壊してしまうほど。生身の人間が受けたらひとたまりもない。

 もしお兄ちゃんが避けそこなって攻撃を受けたら、大惨事になってしまう。ユーノ君によると「他者への身体強化付与」っていう魔法も存在するらしいんだけど、彼にもそれは出来ない。

 だから「危ないよ」って言ったんだけど、お兄ちゃんは「御神の剣士に後退の二文字はない!」とか言って全く聞いてくれませんでした。

 で、実際のところ本当に心配はいりませんでした。もちろん、もし当たったらというハラハラはあるけど、まず当たりようがない気がします。そのぐらい人外な動きでした。

 だって、残像を残して暴走体の後ろに回り込んだりするんだよ? ユーノ君も「魔法の恩恵もなしにあんな動き、ありえない!」とかショックを受けてたし。

 多分わたしがバリアジャケット(魔法の防護服)を着て戦うよりよっぽど安定しているので、もう何も言えませんでした。

 

「それならいいが。俺がジュエルシード相手に出来ることは、囮だけだ。倒すことも、なのはに向かったときに防ぐことも出来ない。お前がしっかりしてないと、危ないんだからな」

「わ、分かってるってば! お兄ちゃんは心配性だなぁ」

「心配ぐらいさせろ。一番大事なところを妹に任せることしか出来ないんだから。本当だったら今すぐ代わってやりたい」

 

 お兄ちゃんは、お姉ちゃんに対してはそうでもないんだけど、わたしに対してはちょっと過保護です。今でもわたしがジュエルシードを集めることには反対みたい。

 だけど現実として封印作業を行えるのがわたししかいないから、渋々納得してくれてます。もしお兄ちゃんが魔法を使えたら、多分あっという間に終わっちゃうんじゃないかな。

 

「頼りないかもしれないけど、なのははお兄ちゃんの妹だよ? 少しは信じてくれてもいいのに」

「妹だから不安なんだ。お前は母さんの血が強いっぽいし、運動もからっきしなんだから」

「う、運動には触れないでください……」

 

 確かに何もないところで転んだりするけど……。で、でも、魔法には関係ないもん!

 会話をしながらマルチタスク(同時に複数思考する魔法)で周囲の魔力に神経を張る。……特にひっかかるものはない。場所を移動しよう。

 

「それを言ったら、お兄ちゃんこそ一人だけ魔法を使えないんだから、無理しちゃダメだよ」

「俺のことは気にするな。というか、普通の女の子、小動物、変態に任せきりに出来るわけないだろ」

「……ほんと、なんでアレが魔法使えるのかなぁ……」

「全くだ。俺が使えるなら、こんなやきもきせんで済むのに」

 

 あの変態の魔法資質をお兄ちゃんに移す手段はないだろうか。本気でそんなことを考えてしまう。

 いや、いっそ「彼」を見つけ出して一緒に戦ってもらう……ダメだ、あの変態の因子で穢れるのは許せない。

 と、お兄ちゃんが心配そうな目でわたしを見る。なに?

 

「……そんなことはないと確信しつつ確認するが、お前アレのことが好きだったりしないよな」

「冗談でも不愉快なの」

「だよな、悪かった。お前の周りの男がアレしかいないから、つい」

 

 確かに、わたし達の周囲の男の子と言ったら、逞しい変態が一匹だけ。むしろアレのせいで他の男の子たちが寄り付けなくなってるんじゃないだろうか。だとしたらとんだ害虫なの。

 いや、わたしは別にそれで構わないのかな。だって、わたしの王子様はたった一人だけなんだから。……えへへ。

 

「じゃあお前が好きな男っていうのは、4歳の頃に会ったっていう子なのか?」

「……ふえ!? お、お兄ちゃんなんで知ってるの!?」

「いや、なんでって……その日にお前が教えてくれたんじゃないか。覚えてないのか?」

 

 ……過去のわたしなにやってんのー!? 一番教えちゃダメな人に教えちゃってるの!

 そりゃ、お母さんもお父さんもお姉ちゃんも知ってるけど、お兄ちゃんにだけは話さないようにしてたのに! だって、お兄ちゃんが知っちゃったら……。

 

「まあ再会できるのかも分からんが、もし会うことが出来るなら……なのはに相応しいかは見てやらないとな」

 

 ほらー、こうなっちゃったー! いつかは避けて通れないことかもしれないけど、会って早々にケンカされちゃったら嫌われちゃうよ!

 

「お、お兄ちゃんはそんなことしなくていいから! そういうのはお父さんとお母さんの役割でしょ!?」

「だが父さんも母さんもなのはには甘い。冷静に見てやれる目線が必要だろ」

「全然冷静じゃないの!」

「大丈夫だ、俺は正気だ」

 

 それダメなやつなの!!

 

 何とかお兄ちゃんを説得しようとしながら、いつの間にか日も沈みかけ、場所は思い出の公園近くに来ていました。

 ジュエルシードは毎日見つかるわけではない。むしろ見つからない日の方が多い。これは、発動していないジュエルシードを見つけるのは困難であるため。

 ジュエルシード自体は、本当に小さな青いひし形の宝石。暴走体みたいな大きな体を形成すれば遠目でも分かるけど、そうじゃなければ目視で見つけ出すことはほぼ不可能です。

 そして発動しなければ、周囲に魔力を発散することもない。ジュエルシードは通常の状態では逆に魔力を吸収する性質があるため、探査魔法にも簡単には引っかからないそうです。

 なのでわたし達が出来ることは、発動の瞬間に出来る限り近い場所にいて、可能な限り迅速に対処すること。そのための町内探索なのです。

 

「うーん、今日は見つからないかな」

「発動の気配はなかったんだよな」

「うん。ジュエルシードの魔力は特徴的だから、発動すればなのはでもすぐ分かるよ」

 

 魔力をはっきりと感じられなかった頃でも、妙な胸騒ぎを感じたジュエルシードの魔力。それは、魔力を自覚したことで、よりはっきりと分かるようになった。

 イメージを端的に言い表せば、ドロリとした高周波。魔力は五感では感じられないものだから、あえて五感に置き換えるならこんな感じだろうと思う。

 高周波と言えば混ざり気のないものなイメージだと思うんだけど、ジュエルシードの場合色んなものが混ざっている気がする。

 擬音で表すと、ギィーンかな。そんな生易しいものじゃないかな。ギュィーンか、チュィーンか。

 

 ――ドゥュィーン

 

 あ、そうそうこんな感じこんな感じ。

 ……って!!

 

「ジュエルシードが発動してる! ほら、すぐ分かったの!」

「何ィ!? 相変わらず唐突だな! 何処だ!?」

「多分そこの公園の中! ちょっと待って、ユーノ君に連絡するから!」

 

 お兄ちゃんに待ったをかけて、ユーノ君に念話を飛ばす。向こうも発動の気配を感じ取ったのだろう、すぐに通話が繋がった。

 

≪なのは、ジュエルシードだ! 何処にいる!?≫

≪発動してる場所のすぐ近くなの! そこの変態にクスノキ公園って言えば分かるから!≫

≪分かった! いつも通りの手筈で! ガイ、訓練は中止だ! 場所は……ガイってば! 聞いてるの!? おい、人の話聞けよ変態! シールド使って何やってんだこの変態は!!≫

 

 とうとうユーノ君からも変態呼ばわりされる変態。何をやってるかなんて知りたくもない。というかユーノ君もちゃんと念話切ってからしゃべろうよ。

 しばし変態に向けた罵詈雑言があってからブツリと念話が切れた。

 

「……また奴か?」

「何があったかなんて知りたくないの」

「……そうだな。とにかく、俺達は先行しよう」

「了解なの!」

 

 互いに胡乱な表情を振り払い、わたしとお兄ちゃんは公園の中に走り込んだ。

 

 

 

「あ、れ……?」

 

 その瞬間、さっきまであったはずのドロリとした高周波が、嘘みたいに霧散した。

 

「なのは、どうした?」

「え、と……ジュエルシードの発動が、止まった……のかな」

「……どういうことだ?」

 

 分からない。あんなにはっきりとしたジュエルシードの気配が、勘違いだなんてことはありえない。

 だけど、突然消えてしまった。誰かが封印魔法を使ったような魔力もなく、まるで自然に収まってしまったかのように。

 

「わ、わかんないけど。一時的なものだったらまずいし、とりあえず確認しよう」

「そうだな。場所は覚えてるか?」

「うん、多分こっちの方」

 

 わたしはお兄ちゃんを先導して、ジュエルシードの気配があった場所に向けて走り出した。

 一回転びました。

 

 そこは、わたしにとって思い出の場所でした。小さなベンチと、その横に生えている大きな樹。

 一人の子供がいました。背丈からして、多分わたしと同い年ぐらいの子。

 ダボダボのウインドブレーカーを上下に着込み、頭には野球帽。左手に何かを掴み、こちらに背を向けている。

 その、左手の中にあるものは。

 

「ジュエルシード!? やっぱり、勘違いじゃなかったんだ!」

 

 既に刻印が入ったジュエルシード。それは既に封印されていることの証。その子が持っているジュエルシードには、XXと刻まれていた。

 お兄ちゃんが一歩前に出て、構えを取る。顔には明らかに警戒の表情が浮かんでいた。

 

「……お前は何者だ。何故それを持っている。どうやって封印した」

 

 ……そうだ。封印したということは、あの子はきっと魔導師のはず。魔力の気配がなかったけど、もしかしたらとても緻密な操作で封印を行ったのかもしれない。

 だとしたら、間違いなく圧倒的格上の魔導師。だからお兄ちゃんは警戒しているのだろう。

 だけど、なんでだろう。どうしてわたしは、あの子に対して全く警戒していないのだろう。あの後ろ姿に、どうしてこんなに安心するんだろう。

 わたしの疑問に答えは出ず、その子――「彼」は、こちらを振り返った。

 

「これは、ジュエルシードというものなのか?」

 

 澄み切った冬の空のような、混じり気のない幼い声。何故かわたしには、その声に聞き覚えがあった。

 一体、どこで。――それは今よりも子供だった頃、この場所で聞いた声。

 一体、誰。――それはわたしの大切な思い出に出てくる、わたしの王子様。

 わたしがそのことに気付くのは、まだ後の話。野球帽を目深にかぶり、顔が隠れている「彼」は、お兄ちゃんの質問には答えなかった。

 

「いくつか聞きたいことがある。武器を収めてくれ。そうしたら、そちらの質問にも答えよう」

「……いいだろう。どうやら、敵意はないみたいだしな」

「話が早くて助かる。……さて、「何者か」だったな。はたしてどう答えたものか」

 

 お兄ちゃんがいつの間にか構えていた小太刀をしまい、「彼」は顎に手を当てて考え込んだ。

 ややあってから、「そうだな」とつぶやき。

 

「とりあえず、オレのことは「ヤハタ」と呼んでくれ。一応、ただの小学生だよ」

 

 そう答えた。

 

 

 

 わたしの大事な思い出。たった一日だけだったけど、今も心の宝石箱に残っている出来事。

 歯車が再びかみ合い、動き始めようとしていた。

 

 肝心な部分にかけ違いを残したまま。




SYSTEM>なのちゃんに時限爆弾(精神崩壊)がセットされました



・現時点での主人公データ



氏名:八幡ミコト
読み仮名:やはたみこと

性別:ご想像にお任せします

年齢:8歳(小学3年生)
誕生日:12月24日(孤児院に拾われた日なので、正確な日付は不明)

利き腕:左
身長:ちっちゃめ(低身長ではない)
体重:軽い
容姿:黒髪ロング、ぱっちりお目め、仏頂面でも可愛いと言われる顔(笑顔の破壊力はばつ牛ン)
性格:
ほとんどの感情を自己完結させるため、外部との繋がりを作りづらい
必要と判断した場合は一切の容赦をしない(倫理的な歯止めが存在しない)。逆に、刺激さえしなければ非常に穏やか
「プリセット」の影響で歳不相応の精神だが、人生経験自体は足りていないので歳相応な部分もある
パッと見でクールな印象を与えやすいが、実際はそんなことはなく割と饒舌。冗談やネタも言ったりする

所属:市立海鳴第二小学校3年2組、出席番号15番

保有技能:
「プリセット」(あらゆる普遍法則等のストレージ)
「確定事象のトレース」(高精度なシミュレーションとその実行動トレース)
「創作魔法」(現在は詳細不明)

交友関係:
八神はやて(「相方」、両想い)
矢島晶(一方的に友人と思われている)
亜久里幸子、伊藤睦月(いつか友達になれたらと思われている)
田井中いちこ、田中遥(一方的に慕われている)
石島鉄平(担任、3年連続で受け持たれている)
八幡ミツ子(保護者、ミコト曰く「身元保証人」)

好きなもの:はやて、内職、節約、もやし
嫌いなもの:過剰な贅沢、貸し借りのバランスが崩れること
大事なもの:はやてからもらったバッテン印の髪留め、クラスメイトからもらった安物の腕時計

特記事項:
孤児院「どんぐりの里」出身、八幡ミツ子の養子、現在は八神邸に居住

説明:
本作の主人公兼メイン語り部。性別について明記されていない人だけど、作中表現で大体分かると思われる。
一人称は「オレ」。「俺」でも「我」でも「己」でもなく「オレ」であることがポイント。「俺」と表記されていたらそれは作者のミスです。
規格を取り違えたような能力を持っていること以外は実に一般的な小学生。ある意味能力のせいで人生ひん曲がった可哀そうな子。
感情が発達する前に知性が発達してしまったため、感情の発露が乏しい。その分、表に出るときは非情に大きく出る。
また、独自の価値観を形成しており集団の常識が意味をなさないことが多々ある。
はやてのことが大好きだが、その感情がどういうものなのかは自分でも分かっていない。但し一生をともに過ごしたいとは思っているようだ。
一袋19円で買える万能食材MOYASHIをこよなく愛する節約家。隙あらば人にもやしの素晴らしさを説いている。



氏名:八神はやて
読み仮名:やがみはやて

性別:女

年齢:8歳(小学3年生)
誕生日:6月4日

利き腕:右
身長:平均的
体重:比較的軽い
容姿:明るい茶髪でショートカット、表情豊かな美少女
性格:
社交性に溢れ、幼いながらに多種多様な人たちと得意の(?)関西弁で会話をすることが出来る
幼い頃から多くの本を読んでおり、小学生にしては知性的。ミコトのネタ会話の情報源はおおよそ彼女である
両親と死に別れてから一人暮らしをしてきたためか、精神年齢が高め。反面、小学生の女の子らしい一面もあり、相方に慰めてもらうことがある
とにかく包容力が半端でなく、そのおおらかさは世の母親達さえ凌ぐものがある

所属:市立海鳴第二小学校3年2組、出席番号16番

保有技能:
全て未覚醒

交友関係:
八幡ミコト(「相方」、両想い)
矢島晶(友達、ミコトを巡ってライバル気味?)
亜久里幸子、伊藤睦月、田井中いちこ、田中遥(友達)
他多数の生徒達(会話をする程度の知人)
石島鉄平(担任、3年連続で受け持たれている)
石田幸恵(主治医)
ギル=グレアム(後見人、文通のみのやり取りで面識はなし)
八幡ミツ子(ご近所さん)

好きなもの:ミコト、家事、友達、もやし
嫌いなもの:孤独、上っ面だけの人間
大事なもの:ミコトとお揃いのバッテン印の髪留め

特記事項:
足が不自由で車椅子使用、ミコトと同居中

説明:
本作のメインヒロイン(という表現で合っているかはわからない)。一人称は「わたし」。「うち」ではない。
リリカルなのはA'sの重要人物であるが、本作では原作とはかなり環境が違っている。
原作では小学校は休学していたが、初日に休まず登校したおかげでミコトと出会い、車椅子になった後も学校通いを続けている。それは3年になっても変わっていない。
また、ミコトとは家族も同然の付き合いをしているため、原作であった家族への渇望が薄い。二人とも子供であるため、ないわけではないが。
ミコトと出会って話しかけようとしたきっかけは、ミコトの容姿、格好、雰囲気があまりにもチグハグで好奇心をそそられたこと。本人はこれを「運命の出会いやった」と言っている。
ミコトのことを知れば知るほど独特の価値観に引き込まれ、夏休みを迎えるころには首ったけになっていた。
一日で一番好きな時間は、ミコトと一緒にお風呂に入るとき。次点で一緒に眠るときがランクインしている。

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