不思議なヤハタさん   作:センセンシャル!!
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2016/08/23 23:48 誤字修正しようと思ったんですが、結局誤字だったのか不明なので元に戻しました。つまりは変更なしです。紛らわしくて申し訳ない。


五十一話 最終決戦 その一

 ――そして、決戦の日はやってくる。

 

 

 

 明けて12月27日火曜日、午前10時02分。第85無人世界「ディーパス」、砂漠地帯。

 オレ達は現在、フルメンバーで「最後の蒐集」に当たっている。対象は、この砂漠地帯に住む巨大な砂クジラ。

 大型の中でもかなりの大物であり、竜種でないにも関わらず竜種並の魔力を持っている種。砂の中を泳ぎ、その勢いと大量の呼気により強烈な砂嵐を巻き起こしながら進む砂漠の主だ。

 何故こんな竜種と遜色ない厄介さを誇る相手から蒐集を行おうとしているかと言うと、夜天の魔導書の起動をこの場で行うためだ。

 オレ達が「ナハトヴァール」に取り込まれた後、しばらくの間は確実に戦闘が発生する。その際に周辺の動物を巻き込まないために、生命の存在が少ない場所が望ましい。

 それだけなら海洋でも条件を満たすのだが、足場がない。はやてが飛行魔法を習得していない関係上、足場のある場所という条件が必須となる。

 そしてこの砂漠で残りの頁数を埋めきってくれる動物というのが、あの砂クジラぐらいしかいないのだ。小物をチマチマ狙っていては、そちらの方が余程体力を消耗してしまう。

 

「なのちゃん、補助するわ!」

「はい、シャマルさん! 行くよ、レイジングハート!」

『All right, Master. Divine buster.』

「こっちも……アルフ、バルディッシュ!」

「はいよ! ぶち抜け、雷撃!」

『Thunder smasher.』

 

 なのはとフェイト、アルフの砲撃が砂クジラに目掛けて発射される。桜と黄金、橙色。三色の砲撃は、しかし砂嵐に巻き込まれて着弾したかどうかが分からない。

 ……シャマルの表情から、どうにも外したか防がれるかしたようだ。遠距離からしか攻撃しようがないというのに、厄介なことだ。

 

≪三人とも、今は砲撃をするな。このままでは効果が薄い。先のことも考えると、下手に消耗するわけにはいかない≫

≪っ、分かった! 追跡を続けるよ!≫

≪うぅー、自信あったのにー!≫

≪しょうがないよ、次だ次!≫

 

 三人から了解の念話。とはいえ、遠距離攻撃が通じないことにはどうしようもない。まずは遠距離攻撃が通じる状況を作り出す必要がある。

 ……恐らくは砂塵の中に紛れる岩石が砲撃を受け止めてしまうのだろう。つまり、砂嵐を止めるか、あるいは岩石のみを取り除ければ、砲撃も普通に通じるようになるのだ。

 砂嵐の原因は、奴の移動以外に呼気もある。あの砂クジラが生きている以上、砂嵐そのものを止めることは難しいだろう。殺すわけにもいかない。

 では、岩石のみを取り除くにはどうすればいいか。……対症療法的なやり方しかない。浮かび上がってくる岩石を、片っ端から「受け止める」のだ。

 

≪ユーノ、ザフィーラ。相当な無茶を頼むことになるが、砲撃の邪魔になりそうなものを取り除けるか?≫

≪……難しいですね。もちろん、出来る限りの努力はしますけど≫

≪同じく。我らが全力で対応したとても、確実に砲撃を届かせることは適わぬかと≫

 

 ……中々ザフィーラの丁寧な言葉遣いに慣れない。オレを主と認めてしまったため、急激に変化したからな。それは置いておくとして、だ。

 確実ではないが確率を高めることは出来る。ならば数撃ちゃ当たる戦法で行くという手もあるが……それだとどうしても後衛四人の消耗が大きくなる。出来れば避けたいところだ。

 と、ここでガイが提案をする。

 

≪ちょっと試したいことがあるんだ。もしかしたら、あいつを空中に浮かせられるかもしれない≫

≪……それが出来れば、前衛組の「連携」で一発で沈められるな。手短に説明してくれ≫

≪「ジャンプ台」を設置しようと思うんだ≫

 

 ……なるほど、そういうことか。奴自身の推進力を利用しようというわけだ。それなりに硬いシールドが必要になるが、ガイならば十分可能だろう。ダメならユーノとザフィーラも使えばいい。

 オレは瞬時に布陣を構築し、念話を使って全体に共有する。

 

≪ユーノ、ガイ、ザフィーラは転移魔法で指定位置にトラップを設置。なのはとフェイトでターゲットの追い込み、シャマルとアルフはその補助。止めはシグナム、ヴィータ、恭也さん≫

 

 「了解!」と威勢の良い念話が人数分返って来る。先日の連携訓練もあって、全員が淀みなく動くことが出来ている。

 盾組の三人は、ユーノの転移魔法で姿を消す。前衛組はそれを追って、合流地点へと空を駆ける。そして後衛組は射撃魔法を駆使して砂クジラの進路を誘導する。

 ほどなくして奴は、前方にガイたちを捉える。ザフィーラとユーノが前に立ち自分達を守るシールドを展開、後ろのガイが「ジャンプ台」を設置したようだ。

 そして、奴の巨体が「ジャンプ台」……地面に斜めに突き刺さったシールドに乗り上げ、自身の生み出した勢いで10数mの高さまで投げ出される。

 

『……ォォ……!?』

「この一撃にて葬る!」

「殺すな! だけどぶっ倒す!」

「悪いが、少しの間眠っててくれ!」

 

 前衛は三人とも準備完了。あとはオレが号令を出すのみ。

 そして、最高のタイミングでゴーサインの念話を放つ。

 

≪連携発動! コード「デルタスパイク」!≫

 

 まず、恭也さんが動く。彼は巨大なクジラに向けて、刃ではなく蹴りを放つ。

 

「御神流・雷徹!」

 

 とても人間の脚力とは思えない一撃――正確には二連撃を受け、巨体は落下方向をヴィータへと向ける。彼女は動かず、代わりにグラーフアイゼンに魔力を帯びさせて真横に構えていた。

 

「テートリヒシュラーク!」

 

 一撃。打撃の威力だけなら先の恭也さんの二連蹴りを上回るだろう。衝撃音を響かせ、巨体の落下をわずかな上昇に変化させる。

 そこに、大上段にレヴァンティンを構えたシグナムが、必殺の一太刀を放った。

 

「紫電、一っ閃!」

 

 紫色の炎刃は、過たず砂クジラの胴体中央に炸裂する。奴は再び落下運動を始め、盾組が避難した後の砂漠に墜落した。地響きと、砂柱。

 全員まだ気を抜かず、しばし待機。砂煙が収まった後にターゲットが沈黙しているかを確認するまでは、戦闘は終わらない。

 やがて、奴の巨体に比例した砂煙は晴れ、大地にあおむけで気絶する砂クジラの姿を映しだした。……ひとまずは、作戦終了だ。

 

≪皆、ご苦労だった。次のミッション開始までのわずかな時間だが、休憩していてくれ≫

≪『はい!』≫

 

 これでようやく、一ステップクリア。次は最後の蒐集と、魔導書の起動だ。

 

 

 

「お見事やったでー、ミコちゃん。わたしの考えた連携技の名前もばっちし決まっとったし」

 

 アースラで待機していたはやて、及びクロノを呼び寄せると、いつものお気楽な調子ではやてがそんなことを言った。

 ……先の連携コードだが、当然名前を考えたのはオレではなくはやてだ。あんなハイカラな名前、オレが付けられるわけがない。出来てせいぜい「近接三連撃」だろう。

 連携コード「デルタスパイク」は、前衛陣による近接三連攻撃だ。三角形の頂点に人員を配置し、中央に対象を閉じ込める形で行う。

 特徴はなんといっても破壊力・殺傷力の大きさだ。あの巨大な砂クジラがたったの一連携で落ちたことからもお察しだろう。

 欠点は、相手が行動不能状態でないと成功しないこと。一発目が防がれれば続かないし、当たっても入りが悪ければ逃げられる。陣形構築の時間もある。

 ターゲットが大きな隙を晒せば絶大な効果を発揮するが、そうでもなければ使い道のない連携だ。逆に使いどころさえ間違えなければ、今回のように最低限の消耗で最大の結果を得ることが出来る。

 そういう意味では、今回はガイの大手柄だろう。奴のシールドは意外なところで活躍してくれる。

 

「オレというより、ガイを褒めてやってくれ。発案者はあいつだ」

「そうみたいやけど、作戦を成功させたんはミコちゃんやん。素直に褒められー」

 

 今回に限りオレ達の念話はアースラに筒抜けになっている。最大限のバックアップを受けるために、連絡の手間を省く必要があるのだ。

 たとえば現地戦力が足りなくなった場合の待機戦力としてアリアとロッテが控えているが、いちいち連絡をしていたら到着に時間がかかってしまう。向こうで判断出来ることは、向こうで判断してもらいたい。

 ……彼女達はこの場に来ることすらもつらかったようだ。出来ることなら、彼女達は待機戦力のままで終わらせたい。もっとも、それはオレではなくシャマル次第なのだが。

 

「ミコトなら成功させて当たり前みたいなところがあるから別に驚かないが……やっぱり恭也さんは何かおかしいよな」

「言うな。言ったところで第97管理外世界の七不思議が解けるわけじゃない」

 

 クロノはオレ達に比べれば恭也さんの理不尽に慣れていない。魔法なしの純粋な脚力で、数tではきかなそうな巨体を蹴り飛ばすという事象に頭を痛めていた。

 ――実際には蹴りの瞬間にベクターリングで威力を増加させているそうだ。どちらにしろ脚力がおかしいことに違いはない。

 

「それで、いつ蒐集を行うんだ?」

「あと5分待ってから、皆に念話を入れて実行する。気持ちの入れ替えぐらいさせてやれ」

「急かしたつもりはなかったんだけどな。むしろ5分はストイックすぎないかと思うぐらいだよ」

 

 現在オレ達――オレ、エール、ソワレ、ミステールと、はやて、シャマル、そしてクロノ以外の全員は、少し離れたところで休憩を取っている。蒐集後はクロノの転移魔法で向こうへ移動することになる。

 まさかこの砂クジラを巻き込むわけにもいかない。だから蒐集が済んだらこちらから離れるというわけだ。

 蒐集を行ったらあとは最後までノンストップだ。休憩の時間はない。最大で1時間は作戦継続となる。

 

「……本当に、1時間しか待たなくていいのか? 暴走激化の危険は抑えたんだから、3時間ぐらい見てもいいんじゃ……」

「原因を取り除いたわけじゃない。「ナハトヴァール」が新たに「システムU-D」とのパスを繋いだら元の木阿弥だ。それに、全員が3時間も戦い続けられるとは思えない」

 

 連携訓練の際、最初に限界が来たのはなのはだった。それが1時間。ガイはなのはより5分多く、アルフが1時間30分、フェイトで2時間。他は最後まで集中が続いていたが、3時間の間にこれだけ脱落するのだ。

 残りで抑えられないかと言われればそんなことはないと思うが、それでも万全の状態よりは危険度が増す。だったらいっそ1時間とはっきり期限を切った方が、こちらも「気合」が入るというものだ。

 

「「安全に戦える時間」は1時間しかないんだ。我が身かわいさで皆を危険にさらせるほど、オレは厚顔ではないんだよ」

「……ああ、知ってるとも。君は貸し借りをとても大事にするからな。そんな借りを作るような真似を好むはずがない」

「分かっているなら納得しろ。それに、今更作戦変更などと言い出しては、皆の足並みを崩すだけだ」

「それもそうだな。……それが全部独自に構築した論理だっていうんだから、とんでもない話だよ」

 

 そう言ってクロノは苦笑する。こんなもの、当然の理屈に従って考察すれば誰だって行きつく結論だと思うが。……相変わらずよく分からんな、この「感覚の差」というやつは。

 

「心配せんでも、何とかなるって。ミコちゃんが寝こけてるようやったら、わたしがおはようのキスで起こしたるからな」

「……君達はまさか、毎日そんなことをしてるのか? いや確かにミコトの報告で、ちょくちょくしてるみたいな描写はあったけど……」

「毎日ではないが、ちょくちょくというほど間を開けていないぞ。二日に一度、朝か晩にしている程度だ」

 

 オレとはやて二人がかりのからかいで、クロノは顔を真っ赤にさせる。本当に耐性がないやつだな。面白っ。

 三人の様子を見て、シャマルは苦笑に近い質の微笑みを浮かべた。

 

「ダメよ、二人とも。女の子の秘密を男の子に話しちゃ。クロノ君ぐらいの年頃の子は、すぐ興奮しちゃうんだから」

「うわ、クロノ君わたしらにヨクジョーしたん? 実はロリコンなん?」

「違うっ! 君達まで僕をムッツリスケベ扱いするな!」

『ダメだよークロノ君! ムッツリはダメだ! 時代はオープンスケベなのさ!』

『長兄殿も自重めされよ。ムッツリじゃろうがオープンじゃろうが、おなごからすれば大差ないわ』

『クロノ、えっち、さいてー』

「うがああああ!?!?」

 

 何かと思ったら彼女も混ざってきただけだった。……シャマルも、緊張しているようだ。

 結局、最悪のパターンの確率を0にすることは出来なかった。どれだけ上手くやっても、オレ達が封印、あるいは消滅する可能性が2、3割は残ってしまう。

 高くない確率だが、無視できるほど低くもない。しかもそんな状況で、シャマルはオレの代わりまでしなければならない。彼女の緊張もむべなるかな、だ。

 ならばオレがやることは決まっている。すっかり定着してしまった「指揮官」の役割を務めるまでだ。

 

「ふむ、そうまで言うなら仕方ない。この作戦が終わったら、アースラのシャワー室で執務官殿のお背中を流して差し上げようじゃないか。日頃の感謝を込めてな」

「やめろォ!? 確実にアースラのミコトファンから殺されるっ!?」

「いつの間にアースラにもファンが……ミコちゃん、さすがやでぇ」

 

 突拍子もない発言に、シャマルは一瞬驚いた表情を見せた。だがオレが目配せをしたときには意図を察したようで、普通に微笑んだ。少しは緊張が取れたか。

 

 あっという間に5分は過ぎ、作戦開始の時刻だ。

 

≪ただいまから蒐集を行い、そちらに転移する。全員、心と体の準備をしておいてくれ。何かあるなら、今のうちに聞く≫

 

 念話で向こうの全員に確認を取る。了解多数。むしろミッション開始を今か今かと待ちわびていた雰囲気すらある。そのぐらいの方が頼もしいな。

 ……一人だけ、了解の前に一言付した。恭也さんだ。

 

≪ミコトも、あまり気負うなよ。もしお前が目覚められないようなら、俺達が呼びかけてやる。なに、寝坊した妹を叩き起こすのには慣れている≫

≪にゃっ!? な、なのは、そんなにお寝坊さんじゃないもん!≫

≪黙っときゃバレないのに。美由希さんのことかもしれないだろ? 妹としか言ってないんだから≫

≪にゃあああ!? そ、そうだったの!?≫

 

 分かってるんだか分かってないんだか、ガイとなのはの夫婦漫才。ガイは狙ってるかもしれないが、なのはの方は素だろうな。

 それでいい。肩に力が入り過ぎるよりは、少しリラックスしているぐらいが一番いいのだ。向こうは全く問題なさそうだ。

 

≪それでは、ミッション開始だ。皆、よろしく頼む≫

≪了解! ……がんばってね、おねえちゃん≫

 

 最後にフェイトから応援を受け、念話を切断する。こちらは既に準備完了。シャマルに口頭でゴーサインを出す。

 

「蒐集!」

『蒐集、開始』

 

 夜天の魔導書……その管制人格であるトゥーナが、最後の蒐集を始める。砂クジラの巨体から、体の大きさに比例した巨大なリンカーコアを抜き出し、情報を伴った魔力を吸収する。

 この血塗られた行為も、これで最後だ。今日をもって蒐集という機能は修正される。人を傷つけない、元の記録の機能へと。それでいいのだ。

 白紙だった最後の5頁に、勢いよく記述が追加される。さすがは竜種に匹敵する巨獣と言ったところか。

 残り1頁。そろそろだ。

 

「クロノ、転送待機」

「了解!」

 

 彼の手に握られるデバイスは、彼がいつも使っていたS2Uではない。ビル数件分にもなる巨額の費用を投じて開発された、氷結変換支援用ストレージデバイス、デュランダル。

 魔法を扱えぬオレにはどれだけ扱いにくいか感覚的には理解出来ないが、少なくともなのはやガイではお話にならなかったようだ。興味本位で使わせてもらっていたが、基本的な魔法の発動すらできなかった。

 今のクロノが魔法の使用に苦慮しているようには見えない。扱いこなせるだけの経験を積んでいたか……今日に間に合わせるために訓練したかのどちらかだろう。

 彼の目には見えない努力に思いをはせるうちに、蒐集は完了する。もちろん、そのことから意識を離してはいない。

 

『蒐集完了』

「はやてちゃん!」

「はいな!」

「転送、開始」

「トランスポーター発動!」

 

 無駄のない一続きのアクション。夜天の魔導書が輝くと同時、シャマルは本来の持ち主へと受け渡す。それを確認するかしないかのタイミングで合図を出し、転移魔法は瞬時に発動した。

 景色が一変し、前方にチーム「マスカレード」の実行メンバーが勢ぞろいする。シャマルとクロノもそちらへ移動し、書の近くにいるのはオレ達とはやてのみ。

 そしてはやては、承認を下す。

 

「夜天の魔導書、起動! 管制人格、全機能解放!」

『Ja. Buch der Dunkelheit, veröffentliche eine Funktion.(闇の書、機能を開始します)』

 

 夜天の魔導書は輝きを帯び、はやての手から離れる。それは黒い心臓のようで、ドクン、ドクンと脈を打っているようにも見える。

 光は形を変える。本を包み込み、人の形へと変化させる。長身の女性のシルエットだ。

 シルエットは質感を持ち、実体へと変化する。光が消えて表れたのは、長い銀髪を風にたなびかせる、スタイリッシュな美人だった。

 これが、トゥーナの活動形態。……だが、その主導権はまだトゥーナにはない。

 目が開かれる。彼女の赤い瞳は、色を映していない。自動制御のシステムがその体を動かしていることは明白だった。

 

「ある、じ……わタしが、おさえテいるうちニ……」

 

 それでも彼女は、オレ達の家族であるトゥーナ・トゥーリは、必死に抑え込んでくれている。彼女もまた戦っているのだ。

 その言葉に応えずして何が家族か。最高の結果を生み出せずして、何が指揮官か。

 彼女は黒い靄を生み出した。恐らくはそれが書の中へと通じる道。あの中に飛び込んだら、あとは時間と自分との戦いだ。

 はやての手を握る。彼女も、オレの手を握り返してくれた。

 

「皆、外のことは任せたぞ」

「わたしらは、ちょっとこの子の病気を治療してくるわ。シャマルの言うこと聞いて、いい子にして待ってるんやで」

「ああ! お土産、待ってるからな! はやて、ミコト!」

 

 ヴィータが応える。それは日常を繋ぐ言葉であり、これから始まる戦いへの鬨の声でもある。

 はやてと顔を見合わせる。彼女の顔には、一切の不安が浮かんでいなかった。だから……絶対に、大丈夫だ。

 

 オレとはやては駆け出す。目の前に広がる、一筋の光すら見えぬ闇の中へと。そうして視界いっぱいに黒が広がり――

 

 

 

 気が付いたときには、オレの意識は既になかった。……意識がないのだから、気が付いたも何もないか。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 ――ゆさゆさと体を揺さぶられる。それで意識が半覚醒し、眠気の中でまどろむ。もうちょっとだけ眠っていたくて寝返りを打つ。

 

「……ん、……ちゃん」

 

 大切な彼女の声。それも何処か遠く感じられて、眠りの世界が手を伸ばしてくる。それに身を委ねて沈んで行けたら、どれだけ気持ちがいいだろう。

 だけどそうもいかなくて。

 

「ミコちゃん! もう朝やで! はよ起きんと遅刻するよ!」

 

 彼女は布団を引っぺがす。あまりにも起きないものだから、強硬策に出たみたいだ。

 ごろんとベッドの上に投げ出される。……この季節に布団がなければ、さすがに寒くて目が覚めた。

 

「ふぁ……おはよう、はやて」

「おはようやないて! もう7時半やで!? はよご飯食べて学校行かんと、遅刻してまうわ!」

「……もうそんな時間? おかしいな、いつもだったらもっと早く……」

「そんなこと言っとる場合やないよ! 大人は皆出勤してもうたし、ふぅちゃんも待っとるんよ!?」

 

 妹が待っている。それを聞かされ、一気に意識が覚醒した。こうしちゃいられない。

 

「急いで着替えなきゃ。あー、それよりも先にご飯かな?」

「どっちでもええからはよ! もぉーん、最近ミコちゃん気ぃ抜けすぎやよ!」

 

 「あはは」と笑ってごまかす。はやての言う通り、気が抜けているみたいだ。

 つい最近まで気を張っていたから、その反動かな。……なんで気を張っていたんだっけ。ちょっとよく分からない。

 まあいっか。頭の中の疑問を投げ捨て、パジャマを脱ぎ始める。既に着替え終えているはやてが手伝ってくれたおかげで、2分もしないうちに普段着に着替え終わった。

 白のカジュアルと、黒のロングスカート。はやてとお揃いの、バッテンの髪留め。

 

「うん! 今日もミコちゃんは可愛い!」

「えへへ。ありがと、はやて。はやても可愛いよ」

 

 大切な彼女と、互いに褒め合う。……今日は時間がないから、髪はストレートのままかな。どうせ学校で皆に弄られるんだから、別にいっか。

 はやてに手を引かれ、リビングに急がされる。テーブルでは、フェイトが朝ご飯に手を付けずに待っていた。

 

「もう、遅いよおねえちゃん! わたし、お腹すいちゃったよ」

「ごめんごめん、つい二度寝しちゃって。でも、先に食べてればよかったのに」

「……おねえちゃんと食べたかったんだもん。皆もそうだったんだよ。用事があったり我慢できなかったりで、先に食べちゃったけど」

 

 それは皆に悪いことをしてしまった。今日の晩に何かして埋め合わせないといけないな。

 妹のいじらしさにクスリと笑い、はやてと二人で席につく。

 

『いただきます』

 

 あまり時間はないけれど、朝ごはんはしっかり味わって食べた。美味しいパンケーキだった。

 朝食を終え、急いで玄関に向かうと、もう一人の妹がタタタッと駆け寄ってくる。

 

「ミコトおねえちゃん、おはよう! きょうはアリシアのほうがはやかったよ!」

「おはよう、アリシア。ちゃんと起きれて偉かったね」

「うん!」

 

 頭を撫でると、アリシアは本当に嬉しそうに目を細めた。見ているだけで、こっちも心が癒される。

 だけどそうすると、姉の方がブスッとする。

 

「わたしも、おねえちゃんより早く起きたもん! アリシアばっかり……」

「ごめんってば。フェイトも、よく出来た妹で嬉しいよ」

「……えへへ」

「仲良し姉妹やなー。はやておねえちゃんも仲間に入れてーな」

「うん、いいよ! ミコトおねえちゃんも、はやておねえちゃんもだいすき! もちろんフェイトもね!」

「わたしも、アリシアが大好きだよ。はやても、ミコトも。皆大好き」

「せやけど、ミコちゃんのこと一番大好きなんはわたしやで? これは大好きなふぅちゃんシアちゃんにも譲れへんわ」

「あ、はやてずるい!」

 

 キャイキャイと騒ぐ、大切な彼女と妹達。なんだかおかしくて、自然と笑みがこぼれる。

 だから愛おしい気持ちが口を突いた。

 

 

 

「「わたし」も、皆のこと大好きだよ。家族全員、愛してるよ」

 

 わたしの顔には、きっと満面の笑みが浮かんでいることだろう。

 

 

 

 学校へ行くと、まず最初に親友のあきらから声をかけられる。

 

「ミコト、おっはよー! ギリギリだったけど、寝坊でもした?」

「あはは……おはよ、あきら。ちょっとね。はやてに起こしてもらわなかったら、遅刻してたかも」

「珍しいですなー。夜更かしでもしたのー?」

 

 席に着くと同時に背中から抱き着いて来るさちこ。かわいいものに抱き着くくせがあるらしく、わたしもかわいいもの認定されている。それ自体は嬉しいけど……ちょっと苦しい。

 

「さちこ、ちょ、締めすぎ……」

「相変わらずあきらちゃんとさっちゃんはミコっち大好きだねー。おはよ、お三方。早速だけど宿題見せてくんない?」

「いちこ、また宿題忘れてきたんだ……」

「やればできるくせに、めんどくさがるのよ。わたしの部屋来て勉強の邪魔するんだもん」

「そうは言いつつ部屋に上げてくれるのがはるかだもんねー。優しい幼馴染であたしゃ幸せですよ」

 

 ぞろぞろといつものメンバーが集まってくる。いつもは余裕を持って登校してるのにギリギリだったから、皆気になってたみたいだ。

 特に、心配性のむつきにはかなりの心配をかけてしまったみたいだ。反省。

 

「体調、悪いとかじゃないよね? 熱ないよね?」

「大丈夫だって。わたし、生まれてこの方風邪もひいたことないのが自慢なんだから。心配してくれてありがとう」

「そ、そんなお礼を言われるほどのことは……」

「ふふ。むつきは可愛いね」

 

 わたしよりも少しだけ「小さな」女の子をギュッと抱きしめる。むつきは耳まで真っ赤にして恥ずかしがった。ほんと、可愛い子だよね。

 女の子同士でイチャイチャ騒いでいると、それを破る無粋な教師が入室してきた。いつの間にか始業のベルが鳴ってたみたいだ。

 

「おらー、そこの百合集団。非生産的な会合してないで、とっとと席に着け」

「センセ、この歳で百合言われても何の隠語が分かりませんて」

「お前らなら分かるから言ってんだよ。さっさとしねえと一人一人席に運ぶぞコラ」

 

 暴力の正しい使い方を心得てる先生だから、それは決して強権行使ではない。わたし達は素直に従い、席についた。朝の会が始まり、あっという間に終わる。海鳴の町は今日も平和みたいだ。

 

 学校の生活も、楽しい。大好きな友達がいて、尊敬できる先生がいて、授業は……ときどき苦痛なときもあるけど、それも日常のスパイスで。

 だからわたしは学校が好きで、守るべき日常の一つだって……、……大げさなこと言ってる。なんでこんなこと考えてるんだろ。

 少し違和感があったけど、大したことじゃない。結局は日々の営みの中に埋もれる、若気の至りだ。

 そうしてわたしは、今日も皆と楽しい一日を過ごす。昨日と変わらない、楽しい一日を。

 

 

 

 

 放課後になり、今日はいちこの家で遊ぶことになった。新しいゲームを買ったから皆で遊ぼうとかなんとか。

 わたしは、あんまりゲームをやらない。うちにはゲーム機がないし、そんなものがなくてもアリシアやフェイトと遊んでいれば退屈なんかしない。何より、はやてがいる。

 それに、そんなことをしている時間は……、……あるね。別に家事が忙しいわけじゃないんだから。なんだろう、妙に違和感を感じる。

 まあいっか。こんなものは気の迷い。今日は皆とゲームをして遊ぶんだから。

 いちこが買ったゲームはパーティゲームで、結構盛り上がった。盛り上がりすぎてうるさくなって、途中でお兄さんが文句を言いに来たんだけど、女の子だらけの部屋を見てそそくさと引き下がった。

 それもまたおかしくて、皆で大笑いした。今度はあきらの家で遊ぶのもいいかもしれないって。そういえば、あきらにも弟がいるもんね。

 そうして楽しく時間を過ごしたら、いつの間にか日が暮れていた。時間は5時。そろそろ帰らないと、家の人が心配する。

 いちこはもっと遊びたかったみたいだけど、他の皆も同じだったので、今日はそこでお開きになった。わたしとはやてとフェイトの三人は、手を繋いで家に帰った。

 

 

 

 家の前に一人の女性が立っていて……――硬直した。

 

「? あら、フェイト。ミコトとはやても。今帰ったの?」

 

 彼女は親しげにわたし達に微笑みかける。「あまり寄り道しちゃダメよ」と叱る姿は、まさに母親そのもので。

 

 

 

「プレシア母さん! おかえりなさい!」

 

 紛れもない、フェイトとアリシアの母親だった。

 

 なんで? どうして? 何故彼女は、ここにいるの? 何故そのことに、誰も疑問を持っていないの?

 だって彼女は、わたし達の目の前で……。

 

「ミコト? どうしたの、そんな幽霊でも見たような顔をして。外は冷えるわ、あまり長居しては風邪を引くわよ」

 

 「さ、中へ」と言って彼女はわたしの手を取り……オレはそれを振り払った。

 

「……ミコト?」

「……残酷な、夢だ」

 

 そう。これは夢。夜天の魔導書の防衛プログラムが……「ナハトヴァール」が見せる、優しく残酷な夢。

 オレに「プリセット」の能力がなく、普通の女の子として育つことが出来た可能性。はやての足が最初から健康で、何の悲劇もなかった可能性。

 そして、プレシアが生きていて、フェイトとアリシアとともに、オレの家族と……母親となっていた可能性。ありえないIFを夢として見せているのだ。

 どんなに焦がれても、もう届かない可能性。プレシアは事切れ、オレ達の前で埋葬された。観測してしまった以上、覆すことのできない可能性。

 プレシアは表情を消した。はやても、フェイトも。彼女達は本人ではなく、オレの記憶から構成された登場人物でしかないのだから。

 

「何故、オレにこんな夢を見せた。こんなつぎはぎだらけの異様な夢を」

「……あなたが望んだのよ。私に生きていてほしかったと。「ナハトヴァール」は、それを叶えただけ」

 

 ああ、望んだとも。プレシアもリニスも生きていて、アリシアが本当の意味で生き返ることを夢に見なかったわけじゃない。

 オレがこんなしゃべり方じゃなくて、もっと女の子らしいしゃべり方の出来る、普通の女の子であることを考えなかったわけじゃない。

 望んだとも。だけど……幻にすがって現実を覆そうなどと考えたことは、微塵もない。

 

「ふざけるなよ、「ナハトヴァール」。オレを舐めるな。オレは現実から目を逸らし続けるほど、愚かではない」

「現実は辛い事ばかりよ。私は決して生き返らない。アリシアも、"偽物"でしかない」

「――その口を閉じろ、紛い物」

 

 プツンと、頭の中で何かが切れた。分かっている、あれは「ナハトヴァール」が作り出した虚像だ。プレシア本人ではない。

 だけど……だからこそ、許せない。プレシアの姿を使って、プレシアの声を使って、アリシアを……"命の召喚体"を"偽物"と断じさせた。オレには、許せない。

 

「プレシアは、それでも「自分の娘だ」と言った。フェイトにも「生きろ」と言った。二人が本物であると、認めたんだ。だから、オレに託したんだ」

 

 その姿に……オレは尊い「母親」を見たんだ。オレのような若輩では届かない、娘のために生き続けた母親の姿を。

 オレが最も尊敬する「母親」を貶めたのだ。許せるはずがなかった。

 

「訂正など求めん。お前は所詮自動プログラム。最初に与えられた役割の通りにしか動けない。オレのこの気持ちなど、分かるはずもない」

 

 "プレシア"は何も答えない。答えられない。自分で考える機構を持たないこいつには、オレの言葉に対する反応を考えられない。

 ……終わらせよう。この悪趣味な夢を。――これが最後の別れになろうとも。

 

「……さようなら、プレシア。それでもアタシは、現実を生きる」

 

 一筋の涙とともに、オレは頭の中でスイッチを切り替えた。「コマンド」、発動。

 

 

 

「『夢よ、オレの声を聞け。解けろ。そして目覚めろ』」

 

 夢の世界が崩れていく。はやてとフェイトも、最初からそこにいなかったかのように消えていく。見慣れた八神邸が蜃気楼のように消え、ただの闇が広がっていく。

 最後にプレシアが口を開き……何を言うこともなく消えていった。

 これで、「ナハトヴァール」の干渉は振りほどいた。第二ステップクリア。……っ。

 

「プレシア……っ。アタシは、あなたに、生きてほしかったよ……、っ!」

 

 周囲にはやて達の姿はない。オレは一人、涙を流し続けた。

 

 いつまでもそうしていられるわけではない。時間には限りがある。涙を拭き、立ち上がる。

 ちょうどそのタイミングだった。

 

「ミコちゃん! よかった、見つけたで!」

『ご無事ですか、我がもう一人の主!』

 

 上の方からはやてが――何やらバリアジャケットのようなものを纏っている――降りてきた。トゥーナの声もしたが、姿はない。

 どうやら突入直後にオレがはぐれたみたいだな。今まで探してくれていたみたいだ。

 

「ああ、もう問題ない。……三人はまだ眠っているみたいだがな」

「自力で起きられたんか、よかった。なんや、「ナハトヴァール」がミコちゃんだけに反応したみたいやったから、大丈夫かなって心配しとったんよ」

『リンカーコアで繋がっている我が主と違い、もう一人の主は彼奴にとって異物でしかなかったのでしょう。あなたが優先対象となったために、何とか我が主だけは保護することが出来たのですが……』

「結果オーライだ。こうして目覚められたのだから問題ない。……作戦開始から何分経っている?」

「5分とちょっとや。いいペースやな」

 

 長い夢を見ていたと思ったが、それほど時間も経っていなかったか。……まあ、夢などそんなものか。

 

「あれ? ミコちゃん、何か目ぇ赤くなってない?」

「……少し、な。悪趣味な夢を見せられて、辟易としていたところだよ」

「おーよしよし、怖かったなぁ。もうわたしとトゥーナがおるから、大丈夫やで」

 

 抱きしめられて頭を撫でられた。今の彼女は両足でしっかりと立っているから、オレよりも身長が高い。……何故だ。

 

『……申し訳ありません、我がもう一人の主。私がお守りできなかったばかりに……』

「蒸し返すな。今はこの通り万事問題ない。ここから先の修復は、君の力も必要になるんだ。そちらのことを考えてくれ」

『はい、仰せのままに』

 

 シグナム同様従順すぎるのはどうかと思うが、素直に切り替えてくれるのは嬉しいところだ。

 ……ところで、さっきから気になっていることが一つ。

 

「はやてのその姿と、トゥーナの姿が見えないことは関係しているのか?」

「せやでー。これがトゥーナの秘密パワーや!」

『そのような大層なものではありません。私は夜天の魔導書というストレージデバイスであると同時に、管制人格という"ユニゾンデバイス"でもあるのです』

 

 初めて聞く単語だ。ギルおじさんやクロノの話にも出てこなかった。管理世界でも特殊な存在だということか。……そもそもの夜天の魔導書自体がロストロギアなわけだから、当たり前だな。

 ユニゾンデバイス。融合騎とも言って、古代ベルカ技術の中でも特に謎の多いデバイスだそうだ。その最大の特徴は、マスターと一体化してデバイス兼騎士となる「ユニゾン」という能力だ。

 今のはやてはまさにこの状態であり、髪と目の色が変化している。鮮やかな茶だった髪は白みがかっており、瞳は緑色に。夢に入る前に見たトゥーナの特徴を合わせた感じだろうか。

 バリアジャケット……いや、騎士甲冑か。これは前々から考えていたのか、ソワレのドレスの色違いだ。オレは黒だが、彼女は白。背後に浮いている黒い翼は、トゥーナの飛行魔法だそうだ。

 

「トゥーナが手伝ってくれるから、魔法がめっちゃ使いやすいんよ。今までが古くなって軋んだドアやったとしたら、今は油塗って滑りが良くなり過ぎたドアやな」

「あまり調子に乗って事故を起こすなよ。君は戦闘訓練などしてきていないんだから」

『主が無茶をせぬよう、私が見守っておきます。だからご安心を、我がもう一人の主』

 

 それならまあ、いいか。トゥーナならどこぞの忠誠バカと違って、自制心も働くだろうし。

 ……あまり長話をする時間もない。とっとと三人を起こそう。

 

「エール、いつまで眠っている。起きろ。ソワレと、ミステールも」

『ムニャムニャ……あれ? ミコトちゃん、ナイスバディーは?』

 

 ブン投げた。ここに地面があるかは知らないが、それでも何かにぶつかって「あいたぁ!?」と悲鳴を上げるエール。目は覚めたようだな。

 

「誰がペッタンコのちんちくりんだ。叩き折るぞ」

『言ってないよ!? っていうかミコトちゃん、気にする歳じゃないよね!?』

「お前が失礼な夢を見ているからだ、バカ者め。オレをどういう目で見ているかよく分かった」

 

 「ナハトヴァール」の見せる夢は、オレの件からも分かる通り、本人の願望を反映する。つまりはそういうことだ。

 思い当たるところがあったか、エールは「うっ」と呻いて黙った。余計なことは考えなくていいと意志を込めつつ、彼を拾い上げた。

 今の騒ぎでソワレも目を覚ます。

 

『……ミコト、おっぱい……』

「……ソワレは、まあ、いつものことか」

『うぅ、なんでソワレちゃんは良くてボクはこんな扱いなんだ……』

「女の子と男の子の差やな。エロスはほどほどにやでー」

『あの、そろそろミステールも起こした方が……』

『わらわなら先ほどからとっくに起きておるぞ、トゥーナ』

 

 いつから起きていたのか、ブレスレットの目を開くミステール。狐のくせに狸寝入りとは。

 そんなタヌキツネの顔は悪戯っ子のように笑っていた。

 

『なんじゃ主殿、夢の中でおなごらしいしゃべり方でもしておったのかの?』

「……いつから起きていた」

『主殿が目を覚ます少し前じゃな。起こそうと思ったら主殿も目を覚ましたんじゃよ。……呵呵っ、「アタシはあなたに生きてほしかったよ」か。優しい主殿で何よりじゃ』

 

 ……君も地面に投げつけてやろうか。そう言うと彼女は「おお怖い怖い」と、今は存在しない肩を竦めた。ちくしょう。

 ミステールの話を聞いて、はやてが神妙な顔をしている。何かあったか?

 

「なあミステール。それ聞いて、ゾワッと来たりせぇへんかったん?」

『……そういえば何ともないのう。主殿の女言葉と言えば、長兄殿ならSAN値直葬レベルのはずじゃが』

『もしかして、夢の中でコツを掴んだとか? ねね、ミコトちゃん。もう一度やってみてよ』

「やらん。見世物ではないし、万一エールに障害が出たら移動が困難になる。というか起きているならいい加減修復を始めるぞ」

 

 「おっとっと」と言って表情を引き締めるはやてとミステール。トゥーナの反応がなかった辺り、彼女はとっくに準備出来ていたのだろう。

 今のしゃべくりで消耗した時間は5分程度。作戦限界までは50分も残っている。これは、十分に修復可能な時間だろう。

 

『では……始めるぞ、トゥーナよ』

『はい、ミステール。夜天の魔導書、アクセス開始。権限付与、対象ミステール』

 

 修復が始まる。はやての内側にいるトゥーナと、オレの左腕にはまっているミステールが、それぞれに作業を開始した。

 時折はやてのリンカーコアの部分が光り、応じるようにミステールが輝く。恐らくはそれで情報のやり取りをしているのだろう。

 内側からでも、修復は見た目に表れてこない。だが肌では感じられる。重い闇が暖かい夜に変わっていく感覚。ソワレがついついまどろみそうになる。

 修復が上手くいっている証拠だ。ほどなくして外で暴れているはずの「ナハトヴァール」の攻撃性も失われることだろう。

 

 しかし、万事上手くいくというわけでもないようだ。

 

『むぅ……なんじゃこりゃ。直しても直しても、一瞬で元通りになるぞ。もしかしてこれが「システムU-D」かのぅ』

『恐らくは……しかし、厄介な場所に隠れていますね。よもや、「ナハトヴァール」との接合部とは』

 

 どうやら「システムU-D」が見つかったようだが、その部分だけ修復が効かないようだ。恐らくは「無限連環再生」が悪さをして、「修復という変更」から再生させてしまっているのだろう。

 では今は無視していいかというと、「ナハトヴァール」と繋がってしまっているようだ。これではいつまた暴走激化が始まるか分からない。

 

『……切り離してしまうか?』

『やめた方がいいでしょう。逆に「システムU-D」が暴走しかねません。そうなったら、被害は「ナハトヴァール」の比ではない』

『そりゃそうか。……ううむ、ここまで上手くいっておったのに。歯がゆいのう』

 

 二人にも上手い手が見つからないようだ。だが、そこではやてが妙案を思いつく。

 

「せや! それやったら、「紫天の書システム」に任せたらええやん。「システムU-D」の制御プログラムなんやろ?」

『その通りなんじゃが、「紫天の書システム」が何処にあるか分からん。ついでに言うなら、それをやると夜天の魔導書が乗っ取られる危険もある』

「きっと話せばわかってくれるって。な、ミコちゃん」

「そう上手くいくとは……ああ、そういうことか」

 

 はやてのウィンクで言いたいことを理解した。そこはオレの仕事だということだ。

 「紫天の書システム」は自律プログラム。つまり、ヴォルケンリッター同様意志を持つプログラムだ。交渉の余地がある。

 彼らに上手く首輪をかけ、利害を一致させれば、「システムU-D」の制御のみを行わせることも可能だ。それこそオレの得意分野である。

 

「そしてはやては「紫天の書システム」の在りかに心当たりがある。違うか?」

「おー、さすがミコちゃん。わたしの「相方」やなぁ」

『なんじゃと!? 一体どうやって……! まさか、あの夢か!』

 

 ミステールも思い出したようだ。はやてが夢で夜天の魔導書にアクセスしたことを。そう、はやてがここに来るのは二度目なのだ。

 そのときのことを思いだし、怪しい何かを見ていたとしたら。彼女の洞察力ならば、何か気になっていたはずだ。だからこの提案につながるのだ。

 オレの予想は、是。

 

「夢から醒めるときに、なんや紫色の変な光見たこと思い出してな。今から思えば、あれが「紫天の書システム」だったんやないかなーって」

『紫色の……? 私にはそんなものは見えませんでしたが……』

「つまり、それがイレギュラーの正体だったということか。「紫天の書システム」が状況の打開のために、夢の中のはやてをここに導いたというわけだ」

 

 何故それが起きたのかまでは、さすがに分からないが。休眠させられた「紫天の書システム」が活動期に入り、今回の主が魔導書の復元に意欲的であることを知ったとかだろうか。

 彼らがプログラムである以上、その存在意義には忠実だろう。つまり、「システムU-D」の制御だ。それを達成するためならば、主を利用するぐらいはあり得る。

 そして彼らは書とは別個のプログラムだから、蒐集状況に応じて稼働する必要はない。「ナハトヴァール」の目を逃れて活動出来る可能性も十分にある。

 オレの推測は的外れでもないようで、トゥーナは「確かに……」と考え込む。ともかく、試してみる価値はある。

 

「分かった、はやて。案内してくれ」

「りょーかいやで。えーっと確か……こっちやったかな?」

 

 黒い羽がパタパタと羽ばたき、はやての体が上昇する。オレもソワレの翼にエールの風を受け、彼女の後に着いて行った。

 

 

 

 二、三度ほど迷ったが、オレ達は無事辿り着くことが出来た。正直オレには景色が変わらないから何も分からなかったが、トゥーナと融合しているはやてにはアドレス的なことが分かったのだろう。

 そこには、三つの光が浮かんでいた。一つは強く、二つは弱く。一際輝くそれが、紫色の輝きをしていた。

 

「あんたが「紫天の書システム」……「マテリアル」で合っとるか?」

『……フン。やはり我の見込んだ通り、嗅ぎ付けたか。どうやら天は我を見放さなかったようだ』

 

 男性のようであり、女性のようでもある声。守護騎士達よりもプログラム寄りの存在らしく、性別はないようだ。

 第一印象としては、不遜な賊。自身が夜天の魔導書のハックシステムであるにも関わらず、本人を前にしてこの対応だ。中々に太い神経をしている。

 彼/彼女の発言からして、オレの推測は当たっていたようだ。外の様子も、全てではないが知ることが出来るみたいだな。

 こちらの確信は持てた。あとはオレが話をしよう。

 

「質問に答えていただこうか」

『なんだ、貴様は? 何故魔導の才も持たぬ小娘が、このような場所に入り込んでいる』

「三度は言わん」

『……いかにも。我こそは「紫天の書システム」の君主。闇統べる王。名を「ディアーチェ」という』

「八幡ミコト、今回の夜天の主・八神はやての「相方」。現在は、夜天の魔導書に蓄積したバグを解消するために、内部に侵入している」

 

 お互いの存在をはっきりさせる。これをしなければ、交渉どころではない。こちらの問いにも答えてもらわなければ、対話が成立しないのだ。

 ディアーチェが空気を震わせる。嘲笑しているようだ。

 

『ククク。魔導の才を持たぬ貴様が、この魔導書を修復する。何の冗談だ? それとも貴様は、それほど優れたデバイスマイスターなのか?』

「手段については黙秘させていただく。だが、冗談かどうかは現在の書の状態を見てから判断してもらおうか。少なくとも、先ほどよりは修復されている」

 

 嘲笑が止まる。確認しているのか、しばし言葉も紡がれない。視線は分からないが、彼/彼女から嘲りの気配が消えるのを感じた。

 

『どうやった?』

「黙秘すると言った。同じ質問を繰り返すのは阿呆のすることだ。よもや闇の王ともあろう者が、その程度も分からないとは言わせんぞ」

『……よかろう、我に対する非礼も特別に許してやる。して、何か用があるのであろう』

「「システムU-D」」

 

 ピクリと紫の光が震える。さあ、ここからが正念場だ。

 

『そこな子鴉が我らのことを知っていたのだ、今更驚くまい。だが、アレは我らのものだ』

「それは重畳だ。こちらも連鎖式永久機関などという第一種危険物を書の中に残しておきたくはない。そこで提案がある」

『提案だと?』

 

 闇の王がオレに興味を持った。油断なく、しっかりと確認した後、オレは「提案」の内容を告げた。

 

 

 

「あなた達をここから解放する手伝いをしよう。のみならず、「システムU-D」のところまで案内する。その代わり、夜天の魔導書そのものには一切手出ししないことを約束してもらおう」

 

 ――作戦限界まで、あと30分。




マテリアル娘。達に関しては姿が決まっていないようなので、これまたどうなるか分かりません。が、躯体を作る際に魔法的なリソースを使っているはずなので、「リンカーコアを持つ存在」の姿が基本になるかと思われます。なのでそう原作を外れた姿にはならないのではないかな、と。
今回はディアーチェのみ登場。シュテルとレヴィは後ろでお休み中です。現段階では彼らに性別は存在しないはずなので、あんな感じの描写となりました。原作とは違い、既に寝ぼけ状態ではありません。かなり早期に覚醒していたようです。
ディアーチェは外の様子が全て分かるわけではなく、ミコトが何をしてきたかを知らないので、まだ侮ってます。まあどうせすぐデレるんですけどね(さすミコ)

ミコトちゃんに夢を見させました。実はこの話で一番やりたかったところはここです。一度でいいから普通に女言葉でしゃべらせてみたかったんや!
一人称を「アタシ」に変えたときミステールに拒絶反応が出なかったのは、実はエールの言う通り夢の経験でコツを掴んだからです(副作用がないとは言ってない)。但し本人は「オレ」でしゃべる方が楽みたいです。
夢の中に召喚体もリッターも出てこなかったのは、「プリセットが存在しない」、「夜天の魔導書が存在しない」世界だからです。

最後の蒐集相手のモデルは、やっぱりモンスターハンターから「ジエン・モーラン」です。あっちでは古龍となっていますが、この作品ではただの砂クジラです。やっぱりパチモンじゃないか(憤怒)

とりあえず二人の生存はこれにて確定となりましたが、まだまだ難関が待ち構えております。が、次回はその前に、一度外の様子に移りたいと思っています。
では。


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