不思議なヤハタさん   作:センセンシャル!!

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今回はなのは視点です。



先に謝っておきます。やっちまいました、ごめんなさい。


五十一話 最終決戦 その二 ☆

 二人がトゥーナさんの生み出した黒い靄に突入すると、靄と二人の姿は消えた。上手く夜天の魔導書に入りこめているといいんだけど。

 トゥーナさんが目を閉じる。はやてちゃん達のサポートに向かったんだろう。だから今ここにいるのはトゥーナさんじゃなくて、トゥーナさんの体を使った「ナハトヴァール」。

 彼女は一度全身をビクンと震わせた。そして再び目を開く。赤い瞳は、もはや何も映していない。

 

「警告、敵性体を確認。物理防衛モードを起動します。……エラー、メモリ領域が足りません。データ保護機能を停止します。……エラー、メモリ領域が足りません。内部防衛機能を停止します。……エラー」

 

 何度もエラーを繰り返す防衛プログラム。……ミコトちゃんの言った通りだった。防衛プログラムは、夜天の魔導書の機能を使うには処理能力が足りないんだ。

 やがて何度目かのエラーを吐き出した後、「ナハトヴァール」は完全にエラーを起こした。

 

「※〒*¥は%#$を+{@}=ぺぺぺぺ……」

「うわぁ……、ここまでバグってやがんのかよ」

 

 生理的な嫌悪感を催す、意味のない音の羅列。ガイ君の言葉が皆の気持ちを代弁していたと思う。

 ……こんなものに、今まで多くの人が犠牲にされてきたんだ。歴代の主だけじゃなくて、蒐集の犠牲になった人たち、暴走に巻き込まれた人達も。

 許せない。わたし達の友達を、トゥーナさんを「闇の書」なんて呼ばせるこの存在が。今もヴォルケンリッターの皆を苦しめるこの存在が。

 絶対に、負けられない。負けたくない。レイジングハートを握る手に力がこもる。

 そして「ナハトヴァール」は、とうとう機能の全てを「破壊」に向ける。彼女の背中に、巨大な竜の翼が展開された。

 

「物理防衛モード、起動確認。闇の書の防衛を開始します」

「っ……それは「闇の書」なんかじゃない。夜天の魔導書だよ! あなたみたいなのが操っていいものじゃない!」

 

 ソレの放った言葉で、わたしは気持ちが爆発した。この存在を……「闇の書の闇」を許すもんかって。

 全員が地面を離れる。飛行魔法、転移魔法、跳躍、それぞれの方法で。

 戦いが始まった。

 

 

 

 まず最初にわたし達が取った行動は、攻撃ではなく防御。気持ちとしては砲撃したいところだったけど、「ナハトヴァール」の出力が分からないから迂闊な行動は禁物ってミコトちゃんから言われてる。

 それに、今はシャマルさんの指示に従わなきゃ。わたし達の強みは、なんといっても「チームであること」なんだから。

 

≪陣形、フォースシールド!≫

 

 念話を通じたシャマルさんからの号令。わたし達の前にガイ君、ユーノ君、ザフィーラさんの三人が集まり、巨大なシールドを形成する。攻撃戦力をシールドの後ろに隠して温存する防御陣形だ。

 同時に、攻撃を防いだらすぐに反撃に移るための速攻陣形でもある。動きの速いふぅちゃんとお兄ちゃんが最前列に、追撃役のシグナムさんとヴィータちゃん、アルフさんがその次に。

 そしてわたしとシャマルさんは最後尾で砲撃を行う。動く相手にはまだ上手く当てられないけど、シャマルさんが補助してくれるなら当てられるようになった。

 ……わたしは、暴力が嫌いだ。痛くて悲しい気持ちになるから。砲撃魔法は好きだけど、それを人に当てようなんて思ったことは、それこそガイ君ぐらいにしかない。たとえ非殺傷設定があっても、それは変わらない。

 だけど今日だけは別。全力全開で撃ち抜く。わたしの友達を侮辱されて黙ってられるほど、なのはは大人しい子じゃないの!

 ――ちなみにクロノ君は連携訓練に参加していなかったからか、単独で行動中。それに彼の役割は……最悪のときの封印。下手に手を出して消耗するわけにはいかない。

 こちらの陣形が整うと、「ナハトヴァール」はゆらりと動く。開かれた夜天の魔導書を左手に、右手をこちらの方に向けている。

 

「……煉獄の矢」

 

 轟轟と音を立て黒い炎が巻き起こる。それは一塊の球体となり、次に何本もの弓矢を作り上げた。多分、この世界で蒐集した動物のどれかが持っていた魔法だろう。

 それらは、何の溜めもなく発射された。シールドにぶつかり、衝撃と熱が吹き荒れる。シールドに阻まれてこちらに被害はない。

 それほど強くない攻撃だけど、次弾の装填が早い。防いだと思ったらもう次の一陣が目の前にあり、シールドを叩いた。……これじゃ、攻撃に移れない!

 

「シャマルさん!」

「大丈夫よ、なのちゃん。心配しないで」

 

 シャマルさんはわたしの方を見ず、ひたすら前を見続けていた。相手の隙を伺うために。……わたしが邪魔をしちゃいけない。わたしも、前を見る。

 シャマルさんは……頬に一筋の汗が流れていたことに気が付いた。彼女でも、この人数を指揮するのは非常に神経を削るという証だった。……如何にわたし達がミコトちゃんの指示におんぶにだっこだったかが分かる。

 だけど今ミコトちゃんはいない。この作戦で最も大事な部分を担っている。ただ戦えばいいだけのわたし達が音を上げるわけにはいかない。

 前を見る。「ナハトヴァール」の攻撃は間断なく続いている。ここからでは炎に遮られて彼女の姿は見えない。

 それでもシャマルさんは、考えに考えて、指示を出した。

 

≪連携発動! コード「クロスブレイド」! 恭也さん、ふぅちゃん、お願いします!≫

≪応!≫

≪了解!≫

≪なぁ!? おいシャマル! 本気かよ!?≫

 

 シャマルさんの指示に、ヴィータちゃんが念話で反論した。だけど前衛の二人は躊躇せずシールドを迂回し、二つの方向から「ナハトヴァール」に迫った。

 ヴィータちゃんの言いたいことは分かる。まだ彼女の攻撃は止まっていない。お兄ちゃんとふぅちゃんが迎撃されてしまうかもしれないと心配しているんだ。

 だけど、このまま待機していてもいずれやられてしまう。盾組のシールドは確かに固いけど、無限に防御し続けられるわけじゃないから。

 ヴィータちゃんの懸念通り、「ナハトヴァール」の攻撃は二人にも向けられてしまう。……だけど二人は怯まず、当たることもなく、交差する軌道で「ナハトヴァール」に迫った。

 

≪ヴィータちゃんも! 中衛、連携準備!≫

≪お、おう! ったく、無茶しやがる!≫

≪だが、あの二人ならば……!≫

≪フェイトはあたしのご主人様だよ! やってくれるさ!≫

 

 二人の攻撃が当たることを信じて、ヴィータちゃん達も次の攻撃の準備を始める。そして、二人の刃が一つの地点で交錯した。

 

「御神流・斬!」

「ハアアアアッ!」

『Scythe slash.』

 

 バルディッシュのサイズフォームから放たれるふぅちゃんの一閃と、お兄ちゃんの小太刀の二閃。それは「ナハトヴァール」が展開したプロテクション(?)によって阻まれてしまう。

 ……だけど、届いた。彼女の攻撃が、一瞬だけど止む。シャマルさんの指示は、そのためのものだった。

 「クロスブレイド」は、速攻要員(ほとんどの場合ふぅちゃんとお兄ちゃん)が二方向から同時に攻撃を仕掛けて相手を崩すための連携技。決して相手を倒すための連携じゃない。

 それはここから。シャマルさんは、既に次の指示を出し終えている。

 

≪連携発動! コード「トリプルラッシュ」!≫

「喰らいなぁ、バリアブレイク!」

 

 三人のシールドが消え、一直線に飛び出したアルフさんがまず一撃。それで「ナハトヴァール」の展開したバリアは破壊される。

 次にヴィータちゃん。彼女は威力と速さを両立させるべく、カートリッジを一つ消費してデバイスをラケーテンフォルムに変化させていた。

 

「ラケーテンハンマー! ぶっ飛べェ!」

 

 バリアがなくなり無防備となった「ナハトヴァール」の胴体に、鋭角なスパイクが刺さる。……いや、その前にシールドを使われた!

 不発。「ナハトヴァール」が反撃しようと、黒い炎を躍らせる。だけどその背に水色の刃が迫り、彼女は防御を優先させる。クロノ君の援護射撃だ。

 その隙にヴィータちゃんは離脱。入れ替わり、シグナムさんが肉薄した。

 

「助太刀感謝する! ……紫電一閃っ!」

 

 シグナムさんの得意とする、炎を纏った必殺の一撃。それが再びナハトヴァールのシールドを破り、今度こそ一太刀を浴びせる。

 「ナハトヴァール」の体勢が崩れた。今っ!

 

「なのちゃん!」

「はい! なのは、行きます!」

『Divine buster.』

 

 一連の連携の最後の一撃は、わたしの砲撃。最高のタイミングで放たれた一撃は、過たず「ナハトヴァール」を魔力の奔流に飲み込んだ。

 しばし照射し続け、皆が戻ってきてからやめる。「ナハトヴァール」は、全身がちょっと煤けていた。効果は……あったかな。

 

「思っていたよりも攻撃が苛烈ではないな。手強くはあるが、チームでなら対処可能な程度だ」

 

 今の攻防をお兄ちゃんが分析する。その目は「ナハトヴァール」の行動を見逃さないように彼女を見ている。

 彼女の攻撃は十分脅威だったと思うけど……時空管理局が危険視してきたと言うほどではない。わたし達で十分対処出来ているのがその証だ。

 

「ミコトちゃんの言う通り「システムU-D」を使えなくしたことで弱体化したのか……あとは人から一切蒐集を行わなかったのも大きいかもしれませんね」

「単に暴走の初期段階だからという可能性もある。油断するな」

 

 クロノ君もこちらに合流した。単独行動だと消耗が激しいみたい。さっきも、一人で炎の矢を防いだり回避したりしてたもんね。

 現在で作戦開始から、5分が経過。「ナハトヴァール」に目に見えた変化は起きていない。ミコトちゃん……はやてちゃん……。

 

「クロノは心配性だね。見てたろ、あたし達の連携を。あいつが一人でしかないんなら、絶対負けないよ!」

 

 アルフさんは自信満々でそう断言した。クロノ君はため息をつき、だけど何も言わなかった。

 

「奴さん、回復が終わったみたいだぜ。どうする、シャマルさん」

 

 陣形を維持したまま「ナハトヴァール」を観察していたガイ君からの注意喚起。先ほどまでの煤けた様子は消え、最初と同じ万全の「ナハトヴァール」の姿があった。

 シャマルさんは一拍だけ考えて、答えを出す。

 

「このまま「フォースシールド」を維持しましょう。同じ攻撃を繰り返してくれるなら、今の連携手順で削りきれます」

「相手が自動プログラムだからこその戦法だな。……いや、待て。どうにも様子がおかしい」

 

 クロノ君が表情を険しくする。「ナハトヴァール」は、先ほどと違って複数の魔法陣を展開した。大型動物がスッポリ入ってしまいそうな、大きな魔法陣を。数は5。

 

「……怪鳥、召喚」

 

 彼女がそう言葉を紡ぐと同時、魔法陣から生まれた闇が形を作る。顔の回りにヒレのようなものがある、特徴的な鳥。

 わたし達がこの世界で主に蒐集対象とした巨大な怪鳥だった。

 

「チッ、数を増やしてきたか。有象無象とはいえ、厄介な」

「竜種やさっきのクジラでなかっただけマシよ。でも……これじゃ「フォースシールド」はダメね」

 

 あの陣形の欠点は、相手が各個撃破出来る程度の戦力でないと逆に削り落とされてしまうこと。防御方向が一つに限られること。対多数には向いてない。……って、ミコトちゃんが言ってました。

 ギャアギャアと鳴く影の怪鳥。……あまり待ってくれそうにない。

 

「仕方ないわ、陣形「フリーファイト」! しばらくは個々の判断で戦って、お願い!」

「やはりそうなるか! 仕方ない!」

 

 シャマルさんの号令で、わたし達は散開した。同じくして怪鳥が襲い掛かってきて、「ナハトヴァール」からの攻撃も再開した。

 ……上手く、やれるかな。若干の不安が、わたしの心の中に生まれた。

 

 

 

 怪鳥自体は大した脅威にならなかった。元々捕獲が比較的簡単だという理由でメインの蒐集対象にしていたわけだから、それは当然かもしれない。さらに今回は手加減をする必要もない。

 シグナムさんの剣が怪鳥を真っ二つに両断して闇に還す。同じタイミングで、お兄ちゃんは別の個体をバラバラにした。個別で戦うとなったら、やっぱりこの二人は別格だった。

 ……お兄ちゃんがほぼ魔法なし(移動だけ)で戦ってるっていうのが、どうしても納得いかないけど。多分これは納得しちゃいけないと思うの。

 ともかく、怪鳥自体は問題じゃない。わたしも遠距離からの砲撃で十分戦える。……だけど、「ナハトヴァール」にとって怪鳥はただの捨石でしかない。

 

「恭也さん、危ねえ! どありゃぁ!」

「っ、すまん! 助かったぞ、ガイ!」

 

 怪鳥を囮に、お兄ちゃんに向けて高出力の水レーザーを放つ「ナハトヴァール」。幸いガイ君が気付いてシールドで防いでくれたので、お兄ちゃんに怪我はなかった。

 シグナムさんの方にも攻撃は行っていたけど、ザフィーラさんが防いでくれた。

 「ナハトヴァール」は、お兄ちゃんたちに大きな隙が出来る瞬間――攻撃の瞬間を正確に狙ってきた。初めからそのつもりだったのか、暴走の結果としてそうなったのかは分からない。

 お兄ちゃんたちに斬り捨てられて数が減った怪鳥を、彼女は再び召喚して補う。数は再び、5。

 

「倒しても倒しても、キリがない! 何とかならないのかねぇ!?」

「……とにかく、数を減らそう! 今はそれしかない!」

 

 アルフさんとふぅちゃんは、二人で連携している。使い魔と主の関係であるためか、非常にスムーズな連携だった。

 まずふぅちゃんが先行してサイズスラッシュで攻撃。怯んだところに間髪入れず、アルフさんがフォトンランサー。最後にふぅちゃんのサンダースマッシャーで一体を撃破した。

 阿吽の呼吸っていうか、お互いがお互いのしたいことを分かってる感じの連携。……ふぅちゃん、凄いな。

 あんなこと、わたしには出来ない。わたしは……なのはは、砲撃魔法が得意なだけの、ただの小学生だから。

 今日に備えて連携の訓練はした。魔法の練習も欠かしていない。だけど「戦闘」をするってなったら、指示がなければ何をすればいいか分からない。

 別に戦闘訓練をしたかったわけじゃないし、ただ魔法を楽しもうって決めた自分の判断に後悔はしていない。

 それでも、今この状況で大した力になれないことだけは、悔しかった。

 

≪……ごめんね、なのは≫

 

 頭の片隅でそんなことを考えていたら、ユーノ君から申し訳なさそうな念話が飛んできた。彼は今、クロノ君と背中合わせになりながら、緑色に光る剣を構えていた。魔力で作った武器みたいだ。

 怪鳥が襲い掛かってくる。爪の一撃を剣で弾き、返す刃を突きたてる。そうして怯ませたところにクロノ君が振り返りもせず放ったスティンガーブレイドでとどめを刺した。

 

≪どうしてユーノ君が謝るの?≫

≪……君がここにいるのは、元をたどれば僕の責任だ。僕が、君にジュエルシード回収を依頼してしまったから……傷つけることに悲しむ優しい君を、戦場に立たせることになってしまった≫

 

 念話をしながらも、ユーノ君は戦闘態勢を取り続ける。いつの間にか彼は、剣で戦える立派な男の子になっていた。傷付いた小動物の姿だったあの日の面影は何処にもない。

 だから……弱っていた頃に選択せざるを得なかったことを悔やんでいるのかもしれない。

 ……違うよ、ユーノ君。

 

≪なのはがここにいるのは、なのはがここにいたいって思ったからだよ。ユーノ君のせいじゃない≫

≪なのは……ごめん≫

≪謝らないでよ。なのはね……ちょっと怖いし、大した力になれなくて悔しいけど……それでもやっぱり、嬉しいんだ≫

 

 不謹慎かもしれないけど。なのはは今、ガイ君と同じ時間を共有出来ている。ふぅちゃんと同じ場所に立てている。大好きな皆と一緒にいられる。たとえ少しだったとしても、その力になれている。

 だから、それがただの自己満足でしかなかったとしても、やっぱり嬉しいんだ。

 

≪それって、ユーノ君がなのはを見限らないでくれたおかげなんだよ。ユーノ君の「おかげ」で、なのははミコトちゃんのお手伝いが出来てるんだよ≫

≪なのは……≫

≪だから、ユーノ君がごめんって言うのじゃなくて、わたしからありがとう、なんだよ≫

 

 魔法を教えてくれて、ありがとう。守ってくれて、ありがとう。ミコトちゃんの言う通り、ユーノ君は"最高の守護者"なんだね。

 ユーノ君は、ちょっと照れたみたい。それから「こちらこそ、ありがとう」という念話が返ってきた。

 

≪君達、雑談とは余裕だな。ユーノは随分と剣に自信があるみたいだし、恭也さんやシグナムみたいに突撃してみたらどうだ?≫

≪あの二人と比べないでくれるかな? 僕のはまだ、ただの力任せの剣だよ。……雑談したのは、悪かったけど≫

≪しつれーしました! 集中っ!≫

 

 クロノ君が念話に割り込んできて、わたし達に注意した。確かに、そんなことしてる場合じゃなかったね。

 ……ちょっと重くなってた気持ちが、すっかり軽くなった。本当にありがとう、ユーノ君。

 

 陣形が「フリーファイト」になってから早10分。戦況は膠着状態だった。

 「ナハトヴァール」が暴走を激化させる様子は見られないけど、衰える様子もない。こちらの集中も続いているから、被害は出ていない。

 だけどこの状態があまり長く続くのはよくない。特にわたしやガイ君の集中力が持たなくなる。訓練のときは1時間だったけど、実戦ではもっと早いかもしれない。

 それに、今回はさっきのクジラさんからの連戦。皆が疲労してしまう前に、何とか抜け出さないと。

 

「……シャマルさん、「あれ」、行きましょう!」

「なのちゃん……でも、「あれ」はなのちゃんに物凄く負担がかかるわ。何とか、それ以外の方法を考えたいんだけど」

 

 「あれ」は、なのはとシャマルさんの合体魔法。シャマルさんの制御とわたしの砲撃を組み合わせた必殺技だ。

 そしてシャマルさんの言う通り、とても魔力を消費する。さすがにスターライトブレイカーほどじゃないけど、この後のことを考えるとちょっとキツいかもしれない。

 だけど、それでいいと思う。

 

「なのはは、砲撃しか出来ません。はっきり言って、皆みたいに色々な魔法で戦術を助けることが出来ません。だから、わたしが消耗するだけで皆が助かるなら……!」

 

 きっとミコトちゃんならそういう作戦を組むだろう。わたしの勝手な予想だけど、そう外れてはいないと思う。……もしかしたら、もっととんでもない作戦を考えるかもしれないけど。

 シャマルさんはわたしの視線を受けて、一瞬だけ悲しげな顔をした。だけど彼女も分かってる。それが一番安上がりな方法だと。

 だから彼女は決断して。

 

≪その作戦、ちょっと待ったァ!≫

 

 指示を出す前に、ガイ君から念話が飛んできた。びっくりして周りを見ると、ガイ君はさっきと変わらない場所でお兄ちゃんの盾役をやっていた。

 ……どうやってわたし達の会話を知ったんだろう。まさか、聞こえたの?

 

≪恭也さんが読唇術で教えてくれた! やけっぱちになってんじゃねーぞ、なのは!≫

≪ど、読唇……。やけっぱちじゃないよ。役に立てないなのはが役に立つためには、こうするしか!≫

≪それがやけっぱちだってんだよ! なのはが役に立てない? だったらシールドしか出来ない俺はどうなるっつーの!≫

≪ガイ君はさっき大活躍だったじゃん! なのはは遠くから砲撃魔法撃っただけだもん! 全然役に立ってないよ!≫

≪何処がだよ!? めっちゃ切り札じゃねーか! お前、俺が大活躍だったっつーけど、シールドだけだから絵的に地味なんだよ!≫

≪ガイ君の分からず屋ー!≫

≪二人とも! 今は痴話喧嘩してる場合じゃないでしょう! そういうのは全部終わってからにしなさい!≫

 

 シャマルさんから怒られてしまった。……深呼吸して落ち着こう。

 

≪……いいか、なのは。お前の砲撃は、必殺技だ。切り札だ。起死回生の一手だ。だからこそ「ここぞ」って時まで温存しなきゃなんねえ。そう易々と切っていい札じゃねえんだよ≫

≪そんなこと、ないもん≫

≪あるからシャマルさんも迷ったんだろうが。こんなロリコンドル落とす程度に、お前の魔法は役不足なんだよ。あ、役不足の意味ちゃんと分かってるか?≫

 

 難しい熟語は使わないでほしいの。ガイ君曰く、「役割に対して人物が立派過ぎること、力不足の逆」だそうです。役者不足は造語だとか何とか。……国語は苦手なの。

 

≪ともかく、自分の魔法を過小評価すんな。一発逆転のためにスタブレ撃ちたいのに「魔力が足りません」じゃ話になんねーだろ≫

≪じゃあ、どうするの。皆、余裕なさそうだよ≫

≪そんなときのための「ジョーカー」だろ。「エース」の出番はまだ先だ≫

 

 そう言ってガイ君は、一度念話を切る。再び念話が繋がり、今度は全体に向けて。

 

≪皆! このクソ鳥どもを出来るだけ一ヶ所に集めてくれ! 俺が何とかする!≫

≪何か考えがあるんだな? 期待してるからな、意外性No1!≫

 

 ヴィータちゃんが率先して動き、一体の怪鳥をアイゼンで弾き飛ばす。彼女の攻撃は分厚い羽毛を持つ怪鳥と相性が悪いけど、弾くだけなら非常に効率よく行える。

 触発されて皆が動く。シグナムさんとザフィーラさん。ふぅちゃんとアルフさん。クロノ君とユーノ君。そしてお兄ちゃんも、怪鳥を蹴り飛ばして移動させた。

 まとめあげられた怪鳥の群れに向けて、ガイ君は飛行シールドから魔力の帯を迸らせて加速する。その手元には、別の魔法陣が組み上げられていた。

 

「見さらせ! こいつが俺の必殺技!」

 

 赤紫色の魔力が収束する。それとともに空気の温度が下がり、ガイ君の魔法陣の周りに霧のようなものが発生した。……これって、まさか!

 

「喰らえ、「アイスシールド」!!」

 

 盾としては奇妙に角ばったそれが怪鳥に触れた瞬間、全部をまとめて氷漬けにしてしまった。やっぱり、凍結変換! すごい、いつの間にそんなことが出来るようになってたの!?

 皆、驚いている。だって凍結変換は、魔力変換の中では一番難しいと言われている魔法のはずなのに。しかも盾を単独で攻撃方法に使用してしまった。

 ガイ君は、凄い。……だから、なのはも!

 

「シャマルさん、チャンスです! やりますよ!」

「え、ええ!? あ、そ、そうね!」

 

 勢いで押し切る。ガイ君は温存しろって言ったけど、あんなものを見せられて黙ってられるなのはじゃないの。

 幸い、「ナハトヴァール」は動きを止めている。状況を処理しきれていないのか、それとも別の理由があるのか。砲撃魔法を当てるなら今しかない。

 シューティングモードのレイジングハートを構え、シャマルさんの補助魔法で照準を合わせる。

 

「ディバイィーン……バスター!」

 

 桜色の魔力の砲撃が放たれた。いつもより多く魔力を込めたため太さは倍あるけれど、速さは若干落ちている。

 それでなくとも、さすがに砲撃が迫れば「ナハトヴァール」は防御をする。……狙い通り、ラウンドシールドタイプ!

 

「レイジングハート! シャマルさん!」

『Multiway.』

 

 「ナハトヴァール」が展開したシールドに直撃する直前、砲撃はいくつもの光条に別れた。ディバインバスターのバリエーションの一つ、「ディバインバスター・マルチウェイ」。

 だけどわたしだけだと本当に分解することしか出来なくて、狙った的に命中させることが出来なかった。そこでシャマルさんが追加制御してくれる。

 

「クラールヴィント!」

『Induktion.』

 

 一度逸れたディバインバスターは、再び進路を「ナハトヴァール」へと曲げ、上下左右360°から襲い掛かった。さすがに全弾命中とはいかず一部シールドで防がれてしまったけど……ダメージはある!

 自己修復のために「ナハトヴァール」は攻撃を停止する。その隙に全員が集合した。

 

「ったく、結局撃ちやがったな。何のために俺が奥の手出したと思ってんだよ」

「だからだよ。ガイ君に負けたくないって思ったんだもん」

「あのなぁ……今は意地張ってる場合じゃないだろ? ミコトちゃん達が頑張ってんだから、外にいる俺達で「ナハトヴァール」を抑えるのが仕事だろ」

「結果としてちゃんと抑えられたんだから、問題なしだよ。ちょっとはなのはのこと信用してほしいの!」

「はいはい、だから痴話喧嘩は後にしなさい。わたしが泣くわよ」

 

 な、なんでシャマルさんが泣くんですか? ……ザフィーラさんが「痴話喧嘩をする相手がいないんだ、察してやってくれ」と、こっそり答えを教えてくれた。そ、そうですか……。

 

「だけど、ガイ君のおかげでかなり魔力消費を抑えられたわ。……凍結変換なんて、いつ覚えたのかしら。魔力は大丈夫?」

「へへっ、皆をびっくりさせたくてずっと黙ってましたからね。魔力は、そこまででもないっす。消耗が激しい魔法ってわけでもないし」

「シールドしか使えずとも、工夫で攻撃に転用する、か。その発想力には脱帽だ」

「なのはも、いつの間にかあんな魔法を使えるようになってたんだね。……相変わらず砲撃一辺倒みたいだけど」

 

 し、仕方ないでしょ! 砲撃魔法、好きなんだから! 一応リングバインドも使えるもん!

 魔法の成長を褒めてくれるユーノ君だったけど、評価が微妙で素直に喜べなかった。……うー、ガイ君ずるい。

 

「スクライアよ。剣の基本は、体に染みついてきたようだな。だがまだまだ剣筋が甘い。あの程度の敵なら一撃で撃ち落とせねば、ベルカの騎士の名が泣くぞ」

「あの、僕、騎士ではないんですけど。いや確かにベルカ古流剣術は習ってますけど、魔法はミッド式ですし」

「私なりの冗談だ。実戦初投入にしては上出来だ。その心を忘れずに精進しろよ」

「……はい、師匠!」

「弟子の成長が嬉しいのは分かるが、状況を忘れるなよ。まだ気を抜いていいわけじゃない」

「分かっているとも。それとも、私がその程度を怠るとでも思ったか?」

「俺なりの冗談だ」

 

 「ふふふ」と不敵に笑いあう武術家二人。……なのはには分からない世界なの。ユーノ君も、半分以上そっち側に足を踏み入れちゃってるし。なんだか遠いところへ行っちゃったなぁ。

 

「お気楽なもんだなぁ、さっきまで結構やばかったってのに」

「いいじゃない。気を張りっぱなしよりはずっといいわ。……ろくな作戦が立てられなくて、ごめんなさいね」

「気に病むな、シャマル。お前はあの場で最適な判断を下せた。……というか、主ミコトと比較するな。あの方は俺達が「主であると認めた」お方だ。その意味はお前が一番分かっているはずだろう」

「そうなんだけど……ミコトちゃんが指揮を任せた身として、妥協は出来ないわ」

 

 そう言って気を引き締め直すシャマルさん。……そうだね。ミコトちゃんが、安心して修復を進められるように。わたし達も頑張らなきゃ!

 「ナハトヴァール」の自己修復が終わる。彼女は……すぐには動かなかった。

 

「? どうしたんだろう。もう動けるはずだよね」

「さあね。判断能力もバグってるみたいだし、予想がつかないよ」

 

 アルフさんの言う通りだ。「ナハトヴァール」は、目につくものを手当たり次第に攻撃するかと思いきや、何もせずに棒立ちしていることがある。攻撃方法もまちまちだ。

 最初に使った炎の矢を初め、水の刃、雷の弾丸、竜巻攻撃に魔力弾による攻撃もあった。はっきり言ってとりとめがない。

 判断能力も迎撃のための魔法使用メモリに割り当ててしまったせいで、使用判断が出来ないんだと思う。かろうじて「近付くものを攻撃する」「攻撃は防御する」程度だ。

 ただしそれも曖昧みたいで、何処まで近付くと反応するのか、優先的に攻撃する相手は誰かというのもその時々で違う。まったく読めなかった。

 ……だけど、今の状況になっている可能性は一つある。

 

「もしかして、ミステールちゃんの修復が始まった?」

「! じゃあ、ミコトとはやてはちゃんと起きられたんだな!?」

 

 ヴィータちゃんが喜びを露にする。もしそうだとしたら、二人が封印されることはもうない。最悪でも「ナハトヴァール」だけ分離して叩くという手段になる。

 良かった……本当に。クロノ君も、やっぱり自分の役割を重く感じていたようで、少しだけ表情が緩んだ。

 

「だが、まだ確定じゃない。アレが停止するか、二人が外に出て来るまで、作戦は続行だ。……どうやら、完全に攻撃性が失われたわけじゃないらしいからな」

 

 さっきまでに比べれば動きは鈍いものの、「ナハトヴァール」は魔法陣を展開した。凝りもせず怪鳥召喚の魔法だった。

 だけど迎え撃つわたし達の気持ちがさっきまでと違う。先の見えないマラソンじゃなくて、ゴールが見えた戦いだ。

 気持ちに余裕が持てたシャマルさんは、新しく陣形指示を出した。

 

「陣形「マルチカウンター」。さっきもこうしておくんだったわね」

 

 「フォースシールド」と同様、防御を前に置く陣形。違うのは、チームが三つに分かれること。盾の三人を起点とした反撃陣形だ。

 ザフィーラさんの後ろに、シグナムさんとヴィータちゃん。ユーノ君の後ろに、お兄ちゃんとアルフさん。ついでにクロノ君。

 そしてガイ君の後ろには、ふぅちゃんとなのはとシャマルさん。それぞれ防御・前衛・後衛という布陣になる。

 怪鳥は邪魔だけど、脅威にはならない。「ナハトヴァール」も動きが鈍り始めた。この陣形で十分戦えるはず。

 

「それじゃあ……散開!」

 

 シャマルさんの号令の下、ザフィーラさんチームが前進を開始する。向こうも怪鳥が一斉に襲い掛かってきて、「ナハトヴァール」が黒い魔力の弾丸を撃ってきた。

 ユーノ君のチームがザフィーラさん達の後ろに付き、彼らを補助する。わたし達も遠距離からの攻撃を開始した。

 

 

 

 それから10分が経過し、20分が経過する。ミコトちゃん達は、まだ出てこない。「ナハトヴァール」もときどき動きを止めたりするけど、それ以上の目立った変化はない。

 ……修復、上手くいってないのかな。攻撃の途中で止まったりするから、全く修復出来てないっていうことはないんだろうけど。

 作戦時間はもう半分を切っている。現状の最後の手段、「ナハトヴァール」だけを分離して叩くなら、いざとなったら「アルカンシェル」を使えばいいから、ギリギリまで待っても出来るはずだけど。

 「アルカンシェル」。アースラみたいな次元航行艦が装備できる最終兵器みたいなもので、過去にも暴走した「ナハトヴァール」を魔導書ごと消し去った実績がある。

 ただ、この方法には問題があって、周囲に与える被害が尋常ではないそうです。わたしのスターライトブレイカーなんかの比ではなく。

 なんでも、空間歪曲と反応消滅によって対象の防御力を無視して周辺の空間ごと無に還してしまうとか何とか……とにかく、恐ろしく広範囲を消し飛ばしてしまうということだけは分かりました。

 この世界、「ディーパス」にも生物はたくさんいます。さすがに星を消し飛ばしてしまうことはないと思うけど、それでもあまり被害は出したくない。出来れば「アルカンシェル」には頼りたくないのが本音です。

 もし修復が上手くいかないようなら、ここは分離撃破の方向に切り替えて、あとからじっくり修復してもらいたいところなんだけど……。

 

「フォトンランサー、ファイア!」

「なのはも行くよ! ディバインシューター!」

「ここはわたしも……風矢の射手!」

 

 わたし達は現在、皆の後方支援をしています。シャマルさんも珍しく攻撃に参加して(出来たんだ……)射撃魔法で怪鳥を牽制している。

 数が減ったそばから召喚されるため、相変わらずキリがないけど、上手く陣形を組めた今回は先ほどよりも少ない消耗で戦えている。

 

「テートリヒシュラーク! 任せたぞ、シグナム!」

「応とも! 紫電一閃!」

「はいよ恭也さん、次はこいつだ!」

「分かった! ……御神流・虎乱!」

 

 わたし達が後衛を請け負ったことで、前衛も出来るヴィータちゃんとアルフさんが前に出て、とどめをシグナムさんとお兄ちゃんが刺す形になっている。

 時折「ナハトヴァール」から飛んでくる攻撃は、ザフィーラさんとユーノ君、クロノ君で防いでくれる。

 

「鋼の障壁! 我らの後ろには欠片たりとも通さん!」

「右に同じく! ラウンドシールド・プラス!」

「熱血は性に合わないんだけどな……やれやれだ! スティンガーレイ!」

 

 なお、ガイ君はお休み中です。ガイ君の飛行魔法は「シールドで無理矢理飛ぶ」から、浮かんでいるだけで消耗してしまう。今は魔法陣を展開して、その上に立っています。

 本人は平気だって言ってたけど……飛行魔法を消したときに結構息が上がってたから、実際には相当消耗してたんだと思う。もう、強がりなんだから。

 

「……ミコト」

 

 ふぅちゃんが「ナハトヴァール」を見て、心配そうにつぶやく。二人が出て来る様子はない。「ナハトヴァール」も、相変わらず取り留めのない攻撃魔法を使ってくる。

 ……そりゃ、心配するよね。なのはだって心配してるけど、それ以上に。だってふぅちゃんにとって、ミコトちゃんはおねえちゃんで、ママなんだから。ミコトちゃんとはやてちゃんとトゥーナさんの家族なんだから。

 ちょっとだけ。シャマルさんに許可を取って、レイジングハートを待機形態に戻す。ガイ君も念のためにシールドを展開してくれた。

 空いた両手でふぅちゃんを抱きしめる。

 

「なのは……?」

「不安になるよね。……なのはだって、そうだもん。修復が上手くいってないのかなとか、色々考えちゃう」

「……ごめんね、作戦中なのに」

 

 連携訓練のとき、ふぅちゃんはなのはよりも長くもった。だけどやっぱり心はわたしと同じ、小学生の女の子だから。不安を消すことなんかできない。

 だから、一緒に支える。なのはも抱えてる不安も、一緒に支えてもらいたい。支え合いたい。だってふぅちゃんは、ふぅちゃんも、なのはの大切な、大好きな友達だから。

 

「一人で抱え込まないで。なのはも、一人で抱えないから。皆で一緒に支え合おう?」

「なのは……、……そうだね。ミコトのこと、信じてるんだけど……万一のことってあるから」

 

 そうだよね。ミコトちゃんだって、絶対無敵ってわけじゃないんだから。出来ないことだってあった。……プレシアさんを、助けられなかったように。

 

「それで……もし作戦限界までに脱出できなかったらどうしよう、とか。本当はまだ目覚められてないんじゃないのかな、とか。どうしてもそんなことを考えちゃう」

「うん。そうだよね」

「分かってるんだ。そんなことを考えても、どうにもならないってこと。ミコトのことを思うなら、おねえちゃんの負担が少しでも少なくなるように、「ナハトヴァール」を抑えるべきだって。……でも」

 

 「ミコトがいないだけで、こんなに背中が心許なくなるなんて、知らなかった」と。ふぅちゃんは、なのはと同じ気持ちを語った。

 シャマルさんの指揮が悪いわけじゃない。むしろ凄く助かってる。ただの素人のわたしがこの場に立てているのは、間違いなくシャマルさんのおかげだ。

 ただミコトちゃんが持っているものをシャマルさんが持っていないという、それだけ。グレアムさんが語った、ミコトちゃんの「カリスマ性」。

 そこにいてくれるだけで安心できて、全力で身を預けられる。何があろうと絶対に打開策を見つけてくれるという安定感。そういったものに……わたしだけじゃなくて皆が、いつの間にか頼り切ってしまっていた。

 ミコトちゃんにその自覚はないかもしれない。だけど間違いなく、わたしとふぅちゃんはそう思っている。だったら……なのは達もミコトちゃんを支えなきゃ、ダメだよね。

 

「ね、ふぅちゃん。地球に帰ったら、ミコトちゃんにお菓子を作ってあげよう? なのはも一緒に作るから」

「え……なのは?」

「ミコトちゃん、「贅沢は敵だ」って言ってるけど、翠屋のシュークリームは大好きだよね。きっと甘い物は好きなんだよ。女の子だもん」

「う、うん。本人がそう言ってたから……」

「じゃあ、作ってあげようよ。ふぅちゃんが作ってあげたら、ミコトちゃん絶対喜ぶよ。ね?」

「なのは……、うん。約束だよ?」

 

 小指を結ぶ。ゆびきりげんまん。ふぅちゃんの表情は、少しだけ軽くなった。

 こんなことでミコトちゃんの負担を軽く出来るかは分からないけど、これが今のなのはの精一杯。大事なのは「支え合いたい」って思うこと。いつかそれが本当になるように。

 インターバルはおしまい。レイジングハートをデバイスモードに戻す。そして前を向くと、ガイ君がこっちを見てニヤニヤしてた。

 

「……なに?」

「いやいや、ナイス百合シーンごちそうさまってな。やっぱなのは君の……百合を……最高やな!」

「わけわかんない。下手な関西弁使ってると、またはやてちゃんから怒られるよ?」

「おっと、そりゃ勘弁だわ。あの子怒るとこえーんだもん」

 

 同感なの。ふぅちゃんの生活態度を叱ったときはほんと怖かったもん。

 非日常の場での、日常の何気ないやりとり。思わずクスリと笑ってしまう。

 

「さあ、泣いても笑ってもあと15分! 最後まで、全力全開だよ!」

「涙の結末はもう十分経験したよ。わたし達は……笑顔で明日を迎える!」

「おうよ! 可愛い子には笑顔が似合う! そいつのためなら、男の子はどこまででも頑張れるのさ!」

 

 三者三様。だけど皆で同じ方向を向く。前方、皆が戦っている場所。その中央に、「ナハトヴァール」。

 わたし達は再び、射撃魔法による牽制を始めた。ガイ君は、遠隔シールドを使って皆の防御を開始した。

 ……シャマルさんがわたし達を見て微笑んだ。そんな気がした。

 

 

 

 

 

 ――残り時間が10分となったとき、変化は起きた。

 

「? なんだ、怪鳥の動きが……」

「消えていく……? ! じゃあ、「ナハトヴァール」は!?」

 

 際限なく現れ続けた怪鳥が、突如として動きを止め、溶けるように姿を消していく。召喚魔法が解けた証だ。それはつまり、「ナハトヴァール」が魔法の行使を止めたということ。

 それの意味するところは、「ナハトヴァール」の攻撃性が完全に失われたということ。だから皆、彼女の方を見た。

 彼女は……動かなかった。宙に浮いたまま、微動だにしていなかった。攻撃魔法を使う気配もない。

 しばし、砂漠の風の音だけが耳に届く。先ほどまでの戦いの喧騒が嘘のように静かだった。

 そして。

 

「っ!? まぶしっ!」

 

 「ナハトヴァール」が光り輝く。じっとそちらを見ていたわたしは、そのあまりの眩さに目がくらんでしまった。

 輝きの間、わたしは目を開けられなかった。皆がどうだったかは分からないけど、多分直視は出来なかったと思う。

 やがて輝きは消え、恐る恐る目を開けると……「ナハトヴァール」の姿は消えていた。

 

「あ、あれ? 何処に行っちゃったの? み、ミコトちゃん達は!? 出てきたんじゃないの!!?」

 

 本当に、誰もいない。「ナハトヴァール」も、トゥーナさんも、ミコトちゃんもはやてちゃんも。忽然と姿を消してしまった。

 わたしの心に冷たい何かが流れる。――それを、背後から吹いた風がかき消す。

 砂漠の風でない、清涼で清浄な風。ミコトちゃんが空を飛ぶ時に使う、エール君が巻き起こす風。

 振り返る。そこには、わたし達が心待ちにした姿があった。黒衣となったソワレちゃんを身にまとい、ブレスレットのミステールちゃんを腕にはめ、右手に鳥羽の剣を逆手に持った女の子。

 

「ミコトちゃんっ!」

「遅くなってすまなかった。少々、手間取ってな」

 

 わたしの大事なお友達が、威風堂々と浮いていた。思わず彼女に抱き着く。色々張りつめてたものが一気に噴き出した。

 

「うぅ、み、ミコトちゃぁん! よかった、よかったよぉ! ずっと、ふあん、きえなくって!」

「悪かった。……ついでに言うと、ある意味不安は的中している」

「……ふぇ?」

 

 どういう意味? と聞こうとしたところで、ミコトちゃんがわたしの体を強く引く。一瞬前までわたしがいたところに、紫色の魔法の刃が通過した。

 え、ええ!? なに、なんなの!!?

 

「控えろ、下郎めが! 我が妃に手を出そうなど、分際を弁えよ!」

 

 声のした方……わたしから見て右手側の方を見る。そこには、バリアジャケットを身に纏ったはやてちゃんの姿があった。……はやてちゃん? いや、なんか違う。そもそもしゃべり方が全然違う。

 っていうか、「我が妃」? ミコトちゃんのこと? ……魔導書の中で何があったの!?

 

「誰が妃だ。あなたが勝手に言っているだけの話だろう。オレは誰の所有物でもない」

「その気の強さがまた良い。じっくり我が妃としての自覚を持たせるのも、また一興か」

「……まったく。誰のせいでこの七面倒くさい状況になったか、自覚がないのか? 人に自覚云々を問う前に、まずはそこを自覚してもらいたいものだ」

 

 と、とりあえず「我が妃」っていうのは、この子(この人?)が勝手に言ってるだけで、ミコトちゃんの意志は関係ないみたい。よかった……のかな?

 けど、「この七面倒くさい状況」ってどういうこと? 夜天の魔導書の修復は終わったんじゃないの? そもそも、この子誰?

 なのはの疑問に答えが出る前に、わたし達と彼女の間に一人割って入ってくる。今度こそ、はやてちゃんだった。

 

「くぉら、ディアーチェ! 何好き勝手言っとんねん! ミコちゃんはわたしのお嫁さんやって言うとるやろうが!」

「ふん、本人が否定したではないか。ならば我が妃として迎えてなんの問題がある? うぬにもう用はない、子鴉よ。下がるがよい」

「っああああ、もう! 自分と同じ顔しとるのがまた腹立たしさ倍増やわ! 肖像権の侵害で訴えるで!?」

「え、えっと。はやてちゃん、とにかく落ち着いて。なのは、何がなんだかさっぱりなの」

「……トゥーナ、そこにいるの? どういうことか説明してもらえる?」

 

 シャマルさんも若干混乱しているようで、こめかみに指を当ててトゥーナさんを呼んだ。トゥーナさんの姿はどこにもないみたいだけど……。

 

『……信じられないかもしれないが、"コレ"が「紫天の書システム」の核だ。私も、信じられないというか信じたくないというか……』

「わっ!? トゥーナさんの声がするの!」

「ユニゾンデバイス、だそうだ。彼女は現在はやてと融合し、はやての中で魔法の制御を行っている。……何故黙っていた、ガイ」

「いや、俺はてっきりトゥーナさんから聞いてるもんだと思ってたから。……つーか、ようやく分かったわ。「紫天の書システム」って、「ゲーム」の方か。そら「前の俺」が知らねえわけだわ……」

 

 なんだかよく分からない言葉が飛び交って、なのはは絶賛混乱中です。だ、誰か解説してー!

 

「解説してやりたいところだが、実は割とのっぴきならない状況になっている。後回しだ」

「……修復は、完了したわけではないんですか」

『3割程度は進んだんだが、そこで問題が発生した。そのために「紫天の書システム」の力が必要になったのだが……まさかこんなことになるとは』

 

 トゥーナさんの声が緊張感を持ちながら、どこか気が抜けた感じがして判断に困る。これは、なのはも緊張感を持った方がいいのかな?

 

 どうやら、緊張感を持った方がよかったみたいです。

 

『……ッッッ!!?』

 

 本当に突然、背筋が凍るほどの魔力が、さっきまで「ナハトヴァール」がいた場所から発せられた。それは「ナハトヴァール」の比ではなく、かつて海鳴の海を襲ったジュエルシードの暴走すら小さく見えるほど。

 わたしだけでなく、ふぅちゃんもシャマルさんも、ガイ君も、他の場所の皆もそちらを見る。

 いつの間にか、そこには人型のナニカが浮かんでいた。そのナニカは……今もなお魔力を高めている。限界など存在しないかのように。

 

「あ、あれって一体……」

「あれが、「システムU-D」……「砕け得ぬ闇」だ。信じられないかもしれないが、な」

「う、うそ!? だってあれ、どう見ても女の子だよ!?」

 

 そう。人型のナニカは、年端もいかない少女の姿をしていた。長い金の髪を風にたなびかせ、白い肌には染み一つない。目を閉じ宙に浮き、ただ魔力を高め続けている。

 「魔力を高め続けている」という一点がなければ、とてもじゃないけどあれが「永久機関」だなんて信じようがなかった。

 ……っていうか、なんでそんなものが外に出て来てるの!? 危ないんじゃなかったの!?

 

「この王気取りの賊風情がやらかした。……だからオレは「状況を考えろ」と言ったんだ」

「この程度、何ほどでもないわ。何故なら我はアレを制御できる唯一の存在! そして我にはそれを助ける臣下がおる!」

「簡単に言ってくれますね。私は彼女の意見に賛成したのですが」

 

 空から降りてくるように、また一人の人物が現れる。多分、あの子――ディアーチェちゃんが「臣下」と言った人物。つまりは彼も「紫天の書システム」のマテリアルの一人。

 彼は……髪を赤くしたクロノ君の姿をしていた。ただしその表情は、無というか空虚だった。

 

「"理のマテリアル"シュテルと申します。「天秤座の断罪者(シュテル・ザ・パニッシャー)」。以降、お見知りおきを」

「あ、はい。ご丁寧にどうも……あの、何でクロノ君の姿なの?」

「躯体を作る際に近くの魔法リソースを用いました。私に一番適合した人物が、あなたの言う「クロノ」という人物だったようです」

 

 丁寧に説明してくれるシュテル君。……なんだろう、この物凄い「取られた」感。「理」って言うなら確かにクロノ君は一番ピッタリだと思うんだけど。

 以前受けた説明では、マテリアルは全三基。ディアーチェちゃんとシュテル君と、あと一人。

 

「いーじゃん、久々に暴れられるんだよ! 僕は王様にさんせー! シュテるん、かたく考えすぎだよ!」

「あなたと一緒にしないでください、年中脳筋。……失礼。彼は"力のマテリアル"レヴィ。「鉄拳の破壊者(レヴィ・ザ・グラップラー)」。見ての通り、脳筋です」

 

 物凄く投げやりな紹介をするシュテル君。紹介されたレヴィ君は……やっぱりわたし達の知ってる人物の姿。ユーノ君(筋肉)だった。こちらも髪の色が違って、彼は水色。

 

「……なんだろう、このすごく「取られた」感。彼とは初対面のはずなのに……」

 

 フェイトちゃんもわたしと同じことを感じたみたいです。ほんと、なんでなんだろう……。

 ――後にガイ君から、「別の作品の世界線」で彼らは彼女らで、わたし達の姿を元にした存在だったと聞きました。……何でこの世界では男の子だったんだろう。

 レヴィ君は……多分あまり深く考えてないんだと思う。だから、ちょっと許せない発言をした。

 

「時々防衛プログラムが暴れてるの見てたけど、僕も一度ああいうことやってみたかったんだー。ちょうどいいじゃん!」

「なっ……!」

「失言ですよ、レヴィ。彼女達が夜天の魔導書を復元しようとした意味を考えなさい。……彼の無神経な発言をお許しください。何も考えていないのです」

「ちょっとちょっとシュテるんー、何も考えてなくはないよー。さっきから僕に対してだけ風当たり強くない?」

 

 シュテル君が間をとりなしてくれるので、何とか衝突せずに済む。……ディアーチェちゃんもそうだけど、あまり仲良くしたいと思える相手じゃなかった。

 ……自己紹介をされたのだから(「自己」紹介はシュテル君だけだけど)、こっちも返さなきゃ。

 

「高町なのはです。ミコトちゃんとはやてちゃんのお友達で、小学生兼魔導師です」

「同じく、フェイト・T・八幡。ミコトの妹で、はやての家族。……あんまりよろしくしたくないけど」

「ミコトちゃんは俺らの大事なリーダーなんだ。取らねえでもらえるかな。俺は藤原凱」

「ご丁寧にどうも。それは、我が王の意向次第です。……私としても、彼女のことは好ましく思っております」

 

 「ふふふ」と無表情に笑ってみせるシュテル君。本気なのか本気じゃないのか、よく分からない。

 皆が集まってくる。大体の事情はシャマルさんから念話で聞いたようで、一様に複雑な表情をしていた。

 

「……この者達の意向はともかくとして、今なお魔力を高め続ける……いや、精製し続ける「システムU-D」を止めるために、協力しなければならないのですね」

「その通りだ。不本意は重々承知、オレも同意見だ。だが、やらなければこの世界に爪痕を残すことになる」

「フン! 我の悲願を果たすために力となれることをありがたく思うのだな、愚民ども!」

「なお、この大バカ色ボケ愚鈍無能王が失敗したときは、「アルカンシェル」でこいつごと消し飛ばす。そこだけは心配しなくていい」

 

 「なあ!?」と表情を驚愕に染めるディアーチェちゃん。ミコトちゃん……よっぽどディアーチェちゃんのこと気に入らないんだね。

 

「それが嫌なら、余計なことを考えずに「システムU-D」の制御だけを考えろ。ほら、オレの好感度を上げるチャンスだぞ」

「ぐぬぬ……! よ、よかろう! 事が終わった後には「王様素敵、抱いて!」と言えるようにしてやろう! 楽しみにしているがいい!」

 

 ミコトちゃんはディアーチェちゃんに反応を返さなかった。それはそれでさすがに酷い気がするけど、今回ばかりは何も言わない。自業自得だもんね。

 と、アリアさんとロッテさんが現れる。状況の変化を見て参戦を決意したみたいだ。

 

「……無事でよかったって言いたいところだけど、まだ全然無事じゃないのよね」

「その通り。見ての通りの相手だ。今度こそ、総力戦になる」

「っしゃあ! はやてちゃん達を封印しなくて済むなら、もう気にすることは何もないわ! 全力で潰すよ、アリア!」

「まったく、現金なんだから。……けど、わたしも気持ちは同じなのよね!」

 

 それを号令として、全員が戦闘態勢を整える。わたしも……疲労はあるけど、まだ戦える。ミコトちゃんの力になれる!

 「システムU-D」の瞳が開かれ、魔力が急激に収束する。

 

「……システム「アンブレイカブル・ダーク」、出力増大、現在5%。状況安定のため、戦闘行動を開始します」

 

 ――今度こそ、最終決戦が始まった。




おめでとう! マテリアル娘。はマテリアル息子。に進化した!(白目)
というわけで、シュテルとレヴィの姿が変更となりました。ディアーチェのみは変わらず。一応理由はあります。
まずシュテル。原作ゲームの方ではなのはの姿を取るはずでしたが、このなのはははっきり言って砲撃オンリーの魔導師です。戦闘経験もほぼなし。コピーする意味がほとんどなく、時空管理局執務官として経験を積んだクロノの方が相対的に適合率が高くなってしまいました。
レヴィの方は適合率の問題ではなく(フェイトは普通に強いので問題なく適合します)、本人の趣味趣向です。要するに「凄いぞ強いぞかっこいいぞー!」ということ。
コピー元が異なるため、名前も微妙に違っています。クロノシュテルは殲滅者ではなく断罪者、ユーノレヴィは強さを求めるという意味で破壊者の名を当てました。
可愛いマテリアル娘。を楽しみにしてた方、ごめんなさい。

現在のなのちゃんは単独戦闘出来ない程度に弱いですが、砲撃魔法のレパートリーは多いです(原作以上)。本人も言及している通り、「砲撃魔法が楽しい」という理由で新しい砲撃魔法を開発しているのが原因です。
今回登場した「ディバインバスター・マルチウェイ」以外にも複数個のディバインバスターバリエーションがあります。但し実用性はお察し。
本人の意思が「強くなりたい」ではなく「魔法を楽しみたい」であるために、このようなことになりました。ある意味原作よりも真っ当かな?(トリガーハッピー)

ガイ君のねんがんの新魔法「アイスシールド」は、触れたものを凍結させるシールド魔法です。名称はロマサガ及びミンサガの両手剣「アイスソード」から。なにをするきさまらー!
彼は「シールド魔法しか使えない代わりに、シールドなら発想次第で何でも出来る」ことから、魔力変換系のシールドにも非常に適性が高いです。凍結変換も映像を見せてもらったことで独自に習得しました。
ただ、魔力変換とシールドの親和性がそこまででもないので、使い道は接触反撃程度しかありませんが。それでも彼にとっては貴重な攻撃手段です。

とうとう現出してしまったシステムU-D、砕け得ぬ闇。これこそがA's章最後の敵となります。今度こそラスボスです。フローリアン姉妹涙目(出番なし)
これを制御するために紫天の書を目覚めさせたはずなのに、どうしてこうなったのか。何で王様がミコトを嫁(妃)呼ばわりしているのか。そしてナハトヴァールはどうなってしまったのか。
ちょっとした謎(自明の理)を残したところで、次回に続きます。

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